声明・論評

憲法審査会の始動を許すな!

許すな!憲法改悪・市民連絡会

2007年の第166通常国会で安倍内閣によって改憲手続法が強行されたが,その中には,次の国会から憲法調査会を設置することも盛り込まれた。その後,麻生内閣下の2009年に衆院憲法審査会規程が強行され,本年5月には参院憲法審査会規程も自公民3党の主導で制定されるなど,紆余曲折はあったものの,憲法審査会そのものは始動できないまま5年が経過した。

ところが,今年,野田内閣が発足した頃から,会長予定者の具体的な固有名詞まで挙げての動きが表面化してきたことは,憂慮すべき緊急事態である。とりあえず,9月の第178臨時国会では,時間的な制約等もあって始動は見送られたが,10月下旬に召集予定と報じられている第179臨時国会で,この問題が再燃することは必至であろう。

しかし,これまで年数にして5年,会期数にして12会期連続して憲法審査会が始動できなかったのは,決して,推進論者が言うような「立法府の怠慢による不作為」などではない。まず,それまでの自公民3党協調態勢を崩してまでも安倍総理主導で早期成立に拘ったという改憲手続法の成立過程自体の問題がある。さらに,リーマンショックに代表される世界的な景気の低迷や,派遣村に象徴される雇用・生活の破壊など,「美しい国」よりも「今日のメシ」という差し迫った現実の課題があった。だからこそ,「生活優先」を掲げた当時の民主党に支持が集まり,「政権交代」に至ったのである。つまり,現憲法に対してどのような立場をとるにせよ,少なくとも,今すぐ改憲をという切羽詰まった客観的な事情は存在しなかったし,各種世論調査を見ても,そうした民意はどこにも存在しなかったのである。

では,最近になって,そうした事情に変化があったのであろうか。とんでもない。むしろ,観測史上最大の東日本大震災と原発事故による被災者の救援・補償・生活再建をはじめ,エネルギー政策の転換など,ますます喫緊の課題が山積しているのである。

但し,このように改憲のための制度上の仕掛けが手詰まり状態に置かれた中にあっても,既成事実としての憲法の破壊は着々と進んでいることも事実である。すなわち,教育基本法の全面改悪や,海外派兵恒久法の事実上の先取りである「海賊対処」法等である。民主党政権に替わった後も,防衛計画の大綱の見直しでは,武器輸出の解禁に道を拓くとともに,専守防衛から積極的抑止戦略への大転換が図られている。

こうした背景にあるのが財界の意向であり,防衛計画の大綱の見直しの下敷きとなった安保防衛懇報告に先行して,経団連は「わが国の防衛産業政策の確立に向けた提言」の中で,「防衛産業の衰退が防げるような予算の確保」や「技術的鎖国状態の打破」等を主張している。そして,「御手洗ビジョン」をはじめとする財界側から出された国家構想や改憲案は,いずれも事実上,集団的自衛権の解禁を主張している。つまり,大衆課税(消費増税と各種控除の縮小)やTPP参加も含めて,財界の意向に沿った国づくりという動機が働いていると見なければならない。そして,各種の施策について自公民3党間で事前にすり合わせを図るなど,部分的とはいえ事実上の「大連立」が進んでいることにも注意が必要だ。

彼らは,震災すらも「奇貨」として,「復興」を口実に増税を迫るとともに,「トモダチ作戦」に対して「ありがとう米軍」キャンペーンを展開することで,集団的自衛権への拒否反応を薄めようとしている。最近では「世界から救援でお世話になったお返しに国際貢献を」とばかりに,南スーダンへの派兵まで進められようとしている。しかも,武器使用要件の緩和という交戦権の解禁まで狙われている。

こうした状況の下で,国会内に設けられた「憲法に関する常設の機関」が動き出すとすれば,その意味は極めて重大である。

憲法調査会における議論を通じて,自民・民主両党の委員から,行政の一機構に過ぎない内閣法制局が憲法の有権解釈を独占するのは政治主導に反するから,国会自らが憲法判断をできるようにすべきだとの主張が展開されてきた。しかし,憲法審査会は,かつての英国の上院の法律貴族のような法律の専門家集団ではない。他の委員会と同様,その委員は各党の議席割合に応じて配分されることになる。このことは,院内多数派が内閣を組織するとともに憲法審査会の主導権を握ることを意味する。これでは,時の政権による恣意的な憲法解釈に道を拓くことになりかねない。しかし,ひとたび政権幹部がこうと決めたら集団的自衛権も交戦権の行使も武器輸出も何でもありというのでは,とても法治国家とは言えない。しかも,「大連立」ということになれば,一気に改憲発議にまで突っ走ってしまう危険も大きい。

しかし,この憲法審査会の根拠規定である改憲手続法は,制定にあたって18本もの付帯決議が付けられた欠陥立法であることを忘れてはならない。附則や付帯決議に盛り込まれた見直し対象には,一般的国民投票や最低投票率,発議方法,運動規制,成人年齢など制度設計の根幹部分に関するものが多く含まれている。つまり,本来ならば一旦白紙に戻して仕切り直しすべき性質のものであって,今これを拙速に動かす条件はどこにも存在しない。

今,為政者に緊急に求められているのは,憲法審査会の始動などではなく,生活再建も含めた被災者の救済と復旧・復興であり,雇用の確保や生活不安の解消である。そして,その基礎に据えるべきは,誰にも等しく幸福追求権や生存権を保障した憲法であることは言うまでもない。
2011.10.3

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