声明・論評

再度の政権交代に期待し、米国とともに海外で本格的に戦える自衛隊をめざす自民党「国家戦略本部」報告書

自民党国家戦略本部(本部長は谷垣禎一総裁)は2011年7月20日、同党の中長期的な基本政策をまとめた「日本再興」と題した国家戦略本部「報告書」を発表した。同党はこの国家ビジョンを次回衆院選のマニフェストの基本とする考えだ。

発表した谷垣総裁によれば、「報告書」の狙いは、「日本には岩盤のように保守の人びとがしっかりと根を張って地域を守っている。自民党は一時、この岩盤のような保守層を置き去りにしたのかも知れない。今一度、地域に立ち返るべきだ」と民主党との違いを鮮明にし、保守回帰宣言をするところにあるという。

戦後、長期にわたって政権政党だった自民党は、現在、野党の立場にあるが、迷走する民主党政権に対する圧力を含めて政権に少なからぬ影響力を持っている。また民主党が09年衆院選マニフェストから後退につぐ後退を重ね、支持率を大幅に低下させるなかで、両党の間では「大連立」への動きもやまない。いま自民党がどのような国家戦略を持っているのか、今後の市民運動の方向を考えるためにも、その政策の検討は不可欠と思われる。

報告書は6つの分野((1)成長戦略、(2)社会保障・財政・雇用、(3)地域活性化、(4)国土保全・交通、(5)外交・安全保障、(6)教育)に分れており、東日本大震災からの復興に向け、既存の原発の安全確保と稼働・維持を当面容認し、将来の他の地域の震災にも備えた防災対策に10年間で集中的に予算を投入するなどとして、従来の公共事業削減方針の転換、消費税率を当面10%まで引きあげ、学校の式典での国旗掲揚、国歌斉唱の義務化、なども明記した。それぞれ重要な問題であるが、原発震災の最中にある今日、自民党がなおも原発の稼働維持を掲げたことについては、これまでの国の原発政策の責任と合わせて、徹底的に批判されなくてはならない。

しかし、この小論では、特に第5分科会報告(高村正彦座長)で従来の外交・安全保障政策の転換を主張(国家安全保障会議の常設、集団的自衛権の法制化、非常事態法の法制化ないし憲法への挿入、自衛隊海外派兵恒久法の制定、非核3原則の緩和、武器輸出3原則の緩和など)しており、この部分について取り上げておきたい。

(1)「米国」の運命に日本をしばりつける自民党

この第5分科会のサブタイトルは「『世界ととともに平和である日本』『世界とともに繁栄する日本』をめざす」というもので、これがキーワードに位置づけられている。この報告を貫いている政治路線は、サブタイトルの「世界」という用語を「米国」に置き換えるとまったく明瞭になる。「報告」の冒頭の「21世紀における国際社会の変容」という項の世界情勢認識は、「相対的に影響力を低下させつつある米国」と不離の「日米同盟」を強化することで対応していくという、骨の髄まで対米従属がしみこんだ自民党の決意表明となっている。

以下、「報告」で具体的政策として打ち出されているものを検討する。

(2)日本版「国家安全保障会議」の常設を主張

「報告」は「国家安全保障会議を常設する。武力行使事態であれ、今回の大震災・原発事故のような事態であれ、スピーディな情報集約と意思決定が可能となるよう、官邸の組織を見直す。同会議は、平時にあっても、情報収集、分析などを行う」としている。

かつて安倍首相の時代に、首相官邸機能強化の一環として、安全保障問題担当の内閣総理大臣補佐官(小池百合子)とともに、米国の国家安全保障会議を模倣して日本版NSC(JNSC)を作るため、国家安全保障に関する官邸機能強化会議(議長:安倍晋三首相、議長代理:小池百合子首相補佐官)を設置した。安倍内閣は2006年の第166国会で安全保障会議設置法等の一部を改正する法律案(安保会議設置法改正案)を衆議院に提出したが、翌年の安倍首相の政権放棄でこの構想は頓挫した。いま自民党はこの構想の復活を企てている。これは後述する「非常事態法」の制定と合わせて考えると、極めて危険な超憲的で、強権的な機構になる恐れがある。

(3)「集団的自衛権」の行使の合憲化へ

報告は「集団的自衛権の行使を認める」として、「それにより公海における米艦防護、弾道ミサイル防衛を可能とする。また、集団的自衛権を行使する範囲を法律で規定する」としている。従来、「憲法第9条違反」とされてきた「集団的自衛権の行使」を、「合憲化」し、9条改憲に先立って、それを立法で正当化するというのである。

かつて安倍晋三内閣は明文改憲への動きを全力で強化する一方、集団的自衛権の「合憲解釈」の動きも強化した。2007年5月、安倍内閣において組織された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は安倍首相の意向に沿って、「集団的自衛権行使に関する従来の政府の憲法解釈」の一部見直しをめざしたものであった。その内容は4つの類型で示され、「(1)米艦防護、(2)弾道ミサイル防衛、(3)国際平和活動の際の武器使用、(4)いわゆる後方支援」を合憲解釈することであった。この「安保法制懇」の討議半ばで安倍が辞め、「集団的自衛権行使の合憲化」への動きは頓挫したが、今回、それを復活させようとしている。

この間、9条改憲論者の緊急のターゲットは米国とともに海外で戦争ができるようにするための集団的自衛権の行使であった。90年代から日米両政府が9条改憲を急いだ理由は、ここにあった。しかしながら、世論の大きな反対の前に9条改憲には高い壁があることを思い知らされた自民党は、9条改憲を実現するまえに従来の政府の憲法解釈を自ら変えて、「集団的自衛権の行使」を法律で正当化するというのだ。私たちはこの政治手法を「立法改憲」と呼んで批判してきたが、許せるものではない。

(4)海外派兵恒久法の制定へ

「報告」は「アフガニスタン及びイラクの復興支援、アデン湾沿岸諸国・アフリカ東海岸諸国などへの平和構築/海賊対策分野への支援、中東和平への貢献を着実に実施する」などと強調している。「報告」はこれを自衛隊の海外派兵に関する一般法(恒久法)を制定して進めようとしている。

安倍内閣当時に組織された(2007年5月)「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は2009年8月、麻生内閣に報告書を提出した。この「安保防衛問題懇報告書」は「日本は、PKO以外での自衛隊派遣のうち、安保理決議の要請を踏まえた多国間の取り組みについては、テロ特措法やイラク特措法など、その対象と期限を限った特別措置法によって対応してきた。しかし、その都度法律を作ることは、時間的な損失、政治状況による影響、派遣基準が不明確などの点で問題があり、また特別措置法では情勢変化に伴う修正や延長が必要な場合、あらためて法的手続きが必要となる。こうした点を踏まえ、日本が国際平和協力により積極的に取り組むため、自衛隊が参加できる活動範囲を拡大する観点から、活動を行う国際的枠組み、参加する活動の範囲、武器使用基準、国会の関与の ありかたなどを規定した恒久法の早期制定が必要である。このような恒久法の制定は、国際平和協力に関する日本の基本方針を内外に示す上でも有意義である」 としていた。この問題では、2006年8 月、自民党国防部会防衛政策小委員会(石破茂委員長)が「国際平和協力法」(案)=海外派兵恒久法案(石破試案)を策定した。その後、自公両党は2008年5月に「与党・国際平和協力の一般法に関するプロジェクトチーム」(座長・山崎拓自民党外交防衛委員長)を作り、「国際平和協力活動のための一般法の検討について」という基本文書をとりまとめた。

今回の「報告」はこれらの延長上の動きで、「PKO活動への参加を積極化する。その場合の武器使用を国際基準に合わせる。即ち、駆けつけ警護及び国連のPKO任務に対する妨害排除のための武器使用を認める。そのための国際的平和活動に係る一般法を制定する」としている。まさに、PKO5原則の緩和と、「いつでも、どこへでも」米国の要請に従って自衛隊を海外に派兵できるようにするための派兵恒久法の制定が狙われている。

(5)改憲も含め、非常事態法制化へ

報告はこの問題でわざわざ「改憲」にも触れ、「非常事態(武力攻撃事態も含む)に際して、国として迅速な対応が可能となるよう我が国の法制度・組織を見直し、憲法を含め必要な整備を行う」としている。

大震災後の4月末から5月の憲法記念日にかけて、中曽根康弘・元首相らの「新憲法制定議員同盟(改憲議員同盟)」や桜井よしこ氏らの「民間憲法臨調」が、菅内閣の震災対応の不手際にかこつけて、憲法に「非常事態条項がない」からだ、これは憲法の欠陥だというキャンペーンを強めた。これを援護射撃するかのように「読売新聞」も社説(5月4日)で「本来なら改憲が要るが、すぐできないなら『緊急事態基本法』をつくれ」などと述べた。この動きは、国家安全保障会議の設置の主張と同様、緊急時には首相に強大な権限をあたえ、基本的人権を制限する企てであり、危険なものだ。

(6)非核3原則の破壊、「2.5原則化」へ

「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核3原則は1967年、佐藤栄作首相(当時)が表明し、国会決議されたもので、以降、この原則はヒロシマ、ナガサキを経験した日本の「国是」とみなされ、広く市民の間に定着してきた。しかしながら、2010年の民主党政権下で行われた外務省有識者委員会の調査でも「米軍核搭載艦船の立ち寄りを容認する密約」の存在が確認されるなど、日米政府によって、この非核3原則は事実上、破られ、「2.5原則」状態にあった。

今回の報告書はこの現状を積極的に追認し、「これを、陸上への配備は認めないが、核兵器を積んだ艦船等の寄稿などについては容認する『非核2.5原則』への転換を図る」と明記した。これは「密約」の露呈を経て、世論の中で「非核3原則の法制化」による3原則の遵守の声が上がる中で、自民党の居直りだ。こうした動きは、東アジアの平和を実現する上で重要になっている朝鮮半島の非核化への動きを作っていく上でも、百害あって一理もない。今日、東日本大震災を経て、脱原発=核廃絶への世論が高まる中で、この「報告」は世論への逆行だし、冒頭に指摘した「原発保持」の政策が、自民党などの一部に根強い核兵器開発能力の保持の欲求と切り離せないことからみても、容認できない。

(7)日米同盟の深化と、武器輸出3原則の緩和

「報告」は「日米安保条約に基づく同盟関係は、わが国の外交・安全保障の根本を成し、日本の安全保障のみならず、アジア太平洋社会の平和と安定のための公共財となっている」という立場を確認し、いっそうの日米同盟の強化・深化に努力するとして、「普天間など合意ずみの懸案を処理し、日米防衛協力を推進する」「兵器の国際共同開発は世界の趨勢であり、わが国もその対応を急ぐ必要があり、武器輸出3原則の精神を堅持しつつ、米国をはじめとする特定の先進民主主義国との間で、わが国の技術の活用をはかる」などとのべ、武器輸出3原則の緩和をめざしている。

民主党政権下で日米両政府が、昨年の日米安保条約改定50周年を機に策定することで合意していた新たな「日米共同宣言」が、このほど断念するに到った。菅首相の退陣問題との関連で、その舞台として予定されていた日米首脳会談が中止となることが濃厚なうえ、普天間基地の移設の見通しもたたず、米側が強く要求していた環太平洋経済連携協定(TPP)への参加が先送りされ、経済分野での連携強化も打ち出しにくくなったことなどが理由である。「新宣言」は、「集団的自衛権」の行使など日米安保の再々定義にも匹敵する課題の実現を想定し、日米同盟のさらなる強化の象徴となるはずだった。この点でも、今後、自民党は民主党政権への批判を強めていくだろう。

(8)自衛隊の強化へ

「報告」は「07大綱以降縮減されている防衛力を、今後の新しい安全保障環境に適応させるため『質』『量』ともに必要な水準を早急に見直し、適切な人員と予算の強化を図るべく、新たな防衛計画の大綱及び中期防衛力整備計画を策定する」と述べている。また「南西諸島(尖閣、与那国、石垣、宮古)が脆弱である現状にかんがみ、自衛隊の駐留等により、これを強化する」とものべ、民主党政権下で出された専守防衛、基盤的防衛力構想などを放棄し、いっそうの飛躍をめざした「防衛大綱」の路線をさらに危険な方向へと進めようとするものだ。

また、報告が、「日韓の防衛協力を強化する」などとして、韓国との実質的な同盟関係の構築による日米韓三角集団安保(軍事同盟)の形成をねらっていることも見逃せない動きだ。(高田 健 「私と憲法」124号用原稿)

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