声明・論評

東北アジアの軍事的緊張を増大させる自民党国防部会「提言」の敵基地攻撃論

高田 健

自民党政務調査会と国防部会・防衛政策検討小委員会は6月9日、政府が年末に策定する予定の新「防衛計画の大綱」(2010~14年度)にむけて、「提言・新防衛計画の大綱について~国家の平和・独立と安全・安心確保のさらなる進展」をまとめた。この「提言」は基本政策の第一に「憲法改正」を掲げ、さらに北朝鮮のミサイル基地に対する攻撃を想定した「敵ミサイル基地攻撃能力の保有」を求めるなど、事実上、専守防衛を基調としてきた従来の日本の防衛政策の大きな転換をせまるものだ。これは先ごろ麻生首相が「われわれは(北朝鮮と)戦うべき時は戦う」と述べたことと並んで、憲法9条に真っ向から反する軍事冒険主義の路線である。

「提言」は「基本的防衛政策」として、冒頭に「憲法改正」を掲げ、自民党が2005年10月に発表した「新憲法草案」を前提に自衛隊の位置づけの明確化、軍事裁判所の設置などを主張している。

続いて「日米安保体制の実効性の確保のための集団的自衛権の行使に関する解釈の見直し(安保法制懇4類型の体現)」をあげる。これは安倍内閣が企て、頓挫した「集団的自衛権の行使は九条のもとではできない」という歴代内閣の憲法解釈を、とりあえず明文改憲を待たずに「4類型」に限って見直しするという方針を復活させ、集団的自衛権行使の合憲化を追求しようとするものである。

また「国家安全保障基本法の制定」による自衛隊の意義付け、集団的自衛権行使や武器使用に関する法的基盤の見直しなどを安全保障の基盤としての適確な意義付けをはかると主張する。この「基本法」の制定で、これまでの9条によるさまざまな軍事的制約を突破し、それを合憲化(立法改憲)しようとするものである。

「総合的統合的安全保障戦略の作成」として、安全保障に関する官邸機能の強化、国花安全保障会議(日本版NSC)等の設置・強化も主張している。

また「日米安保体制の強化」として、来年(2010年)の安保50周年に際して「新日米安保共同宣言」の締結などを主張し、この「新安保宣言」を機に日米安保条約の改定なしに日米軍事同盟体制をグローバルな規模での攻守同盟化へと飛躍させる契機にしようとしている。これは「集団的自衛権の行使」を可能にすることと一体のものとして想定されているものである。

さらに重大なことには、この「提言」が「日米安保体制下の敵ミサイル基地攻撃能力の保有」を主張し、「座して自滅を待つ」ことのないよう、攻撃能力を確保するとしていることである。BMDシステムによる迎撃と敵ミサイル攻撃能力において、「専守防衛の範囲(予防的先制攻撃は行わない)で、日米の適切な役割を見いだし、わが国自身による敵ミサイル基地攻撃能力の保有を検討すべき」で、保有する攻撃能力は情報収集衛星と通信衛星システム、小型巡航ミサイル、巡航型長射程ミサイル、弾道型長射程個体ロケットなどの能力の開発を主張している。「日米の適切な役割を見いだし」という文言の意味するものは、従来日米安保体制における米軍と自衛隊の役割は自衛隊が盾であり、槍の役割は米軍が受け持つとしてきたことの「見直し」を意味している。また、ここに「予防的先制攻撃は行わない」という文言をわざわざ挿入したのは、もともと原案では「先制攻撃」をうたっていたが、あまりの無謀・無法さに党内外から批判が続出し、削除することになった結果である。しかし、小池百合子自民党基地対策特別委員長がこれに抗議の辞任をするなど、この議論はおさまっていない。これらの議論は、従来からの「(敵基地攻撃は)法理的には自衛の範囲に含まれ可能だ」としてきた見解(1956年鳩山内閣当時の政府見解)を大きく跳びこえ、具体的な装備としても「攻撃能力の保有」を要求しているのであり見逃せないことである。

このような北朝鮮のロケット実験や核実験に対抗して叫ばれる敵基地攻撃論は、人びとの恐怖感と北朝鮮敵視の拝外主義的空気を煽り立て、東北アジアの緊張をいっそう増大させ、莫大な軍事費を浪費しながら軍備拡張競争をエスカレートさせるものであり、戦争の危険を誘発するものである。自民党政調や国防部会がこうした「提言」を出す背景には、間近に迫った与野党逆転が成るかも知れない衆議院総選挙を前にして、政界再編の可能性も射程に入れた民主党にたいする揺さぶりでもあろう。実際、民主党の前原誠司副代表は「(自民党内の敵基地攻撃能力保有の議論は)遅きに失している感じがする」「議論して(敵基地攻撃能力を)もつべきだ」などと述べているし、浅尾慶一郎・次の内閣防衛相も「北朝鮮のノドンが全部飛んできたら撃ち落とせない。ミサイル防衛は機能していない」「核兵器は持つべきではないが、相手の基地をたたく能力を持っておかないとリスクをヘッジ(回避)できない」などと述べるなど、民主党内には自民党の防衛族顔負けの議論もある。

これに対し、前防衛相の石破茂氏は朝日新聞のインタビューで「(北朝鮮には日本を射程に収めた中距離弾道ミサイルが200基以上配備され)、どこにあるかわからないのにどうやってたたくのか。2つ、3つつぶして、あと全部降ってきたらどうするんだ。まことに現実的ではない」などとその問題を指摘しているのは注目に値する。

そのほか、「情報収集・警戒監視・偵察活動などの安全確保、領域警備、航空警備の法制化」、「武器輸出三原則の見直し」、「防衛分野の宇宙利用」、「防衛生産・技術基盤の維持」なども盛り込まれている。

その上、「今後整備すべき防衛力」では、必要な人員・予算の確保、「骨太の方針:ゼロベースの見直し、統合運用」、防衛省・自衛隊の情報体制の強化、海外派兵の一般法の制定など法的基盤整備などが強調されている。

自民党がこれらの次期防衛大綱で狙うものは、憲法解釈上からも、また自衛隊の具体的な装備や部隊編成など戦闘能力に於いても、「海外で戦争のできる軍隊」にする危険な方向である。これと先の田母神前空幕長らの策動による自衛隊の思想教育問題とあわせて考えれば、自衛隊の変容はいま容易ならぬ所まできていると見ておかなければならない。

東北アジアの平和のためには、軍事力拡大に暴走する北朝鮮に対して軍事力で対抗するのではなく、2国間対話も含めて関係諸国が協力してねばり強く交渉する外交をすすめる以外にないのである。歴史における数々の経験が示しているように、武力によって真の平和をつくることはできない。

この点で、今回の「提言」のいう敵基地攻撃論は百害あって一利なしである。

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