自公連立政権を打倒し、憲法改悪と「戦争のできる国づくり」に反対し、9条をはじめ「憲法3原則」を守り、生かす方向を堅持する政党と議員への支持を
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7月21日、ようやく衆議院が解散になり、8月18日公示、30日が総選挙の投開票日となった。小泉純一郎内閣のもとで行われた前回の「郵政民営化選挙」以来、ほぼ4年ぶりの総選挙である。この間、自公連立与党は安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と3代にわたって、総選挙によって民意を問わないまま、政権を維持しつづけた。小泉内閣以来4代の政権は、米国のブッシュ政権に追従し、改憲と自衛隊の海外派兵の道をおしすすめ、規制緩和や郵政民営化の新自由主義的な構造改革路線を推進して、社会に貧困と格差を拡大してきた。
とりわけ小泉内閣と安倍内閣のもとで、日本は米国のアフガニスタン、イラク戦争に積極的に加担し、自衛隊の海外派兵を一段と推し進めた。そして憲法改悪に向けて自民党新憲法草案を策定し、国会では改憲手続き法を強行成立させた。また教育基本法を改悪し、防衛庁の省昇格化と自衛隊の主要任務に海外派兵を加えるなどの自衛隊法の改悪を強行した。さらに新テロ特措法と海賊派兵新法を成立させ、自衛隊の海外派兵を恒常化した。米軍再編の動きに対応する在日米軍と自衛隊の体制の再編も進んできた。北朝鮮との関係では「ミサイル防衛」を進め、PAC3の全国展開をはじめ、国会解散で廃案になったとはいえ船舶臨検法の策定も企てられた。与党の中では敵基地攻撃論や、核武装論、武器輸出3原則の見直しなども唱えられはじめた。いま、日米安保体制と自衛隊は、海外での戦争を推進できるような極めて危険な方向に大きく変容させられようとしている。
今回の総選挙は世界的な経済危機のもとで進んでいる生活破壊の政治とあわせて、自公連立政権が進めてきたこれらの積年の悪政への審判の重要な機会である。
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マスコミや民主党は今回の総選挙を「政権選択選挙」と呼んでいる。この呼称には功罪両面がある。
たしかに自公連立政権の悪政を終わらせ、参議院と同様に与野党逆転を実現する課題は緊急の課題である。いうまでもないが、衆議院で自公与党が3分の2超の議席を有して、憲法59条を恣意的に運用し、議会制民主主義を破壊している現状は許すことはできない。福田内閣と麻生内閣のもとで常態化した、衆議院での3分の2の議席を利用した再可決の強行というやりかたは必ず終わらせなくてはならない。
「政権選択選挙」と呼ばれるのは、このところの各種の世論調査の結果や、東京都議会議員選挙の結果などに見られるように、多くの人びとが自公政権に嫌気がさし、政治の転換を望んでいることの表現である。その内容は、2代にわたって続いた無責任な政権の投げ出しや、小泉首相以来、与党がとってきた「構造改革」路線の結果が貧困と格差の拡大をはじめ、年金問題、医療問題など、民衆に耐え難い犠牲を強いてきたことへの不安と不満の蓄積である。また防衛汚職をはじめ、政官財の癒着の構造も相次いで暴露され、この仕組みへの人びとの怒りも増大した。まさに人びとはこれらの自公政治の転換を望んでいる。
しかし「政権選択選挙」という規定には民主主義にとって歓迎できない重大な負の要素が含まれている。その根底にあるのは「政権交代可能な2大政党制」という考え方である。第1に、この考え方は「小選挙区制」の選挙制度を前提にしている点で、危険であり、非民主主義的である。ここでは小選挙区制への批判は展開しないが、それは膨大な死票を生み出す選挙制度であり、民意を正確に議席に反映する点では全く評価できない制度である。第2に、この社会の民意は多様であり、それをわずか2つの政党選択に収斂するのは不可能で、不当である。多様な民意を反映した多様な政党が国会で活動する状態こそが望ましい。議会制度はできるだけ民意を反映したものでなければならない。「2大政党制」でなくても、民意を反映した政権交代は可能であり、そうした方向を目指すべきである。
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私たちはこの総選挙で、9条をはじめ、日本国憲法の3原則(主権在民・民主主義、基本的人権の尊重、平和主義)を擁護し、それを生かし、社会に実現する方向で活動する政党と国会議員が一人でも多く当選するよう奮闘したい。この3原則の対極にあるのが、自公連立政権と改憲派議員たちである。
私たちはこの選挙において、自公与党が過半数割れを起こし、参議院と共に衆議院で、これまでの与野党が逆転する状況を目指したい。そして、その中では社民党、共産党などの護憲派の政党の前進と、民主党内の改憲反対派勢力の前進を期待する。選挙後、これらの勢力が国会外の民衆の運動と連携して、憲法3原則を実現していくよう奮闘できる状況をつくらなければならない。
この総選挙で与野党逆転が実現した場合、新政権は民主党が第1党の連立政権になるだろう。だが、民主党はそのマニフェストをみても不安で、不徹底な要素が多くある。私たちはこのままの民主党に過度の期待を持つことはできない。
とりわけその憲法問題への態度や安保防衛政策などに関して、市民運動は重大な危惧を抱いており、これを慎重に監視し、働きかけなければならない。民主党の中には「自民党以上」に右翼的な勢力があり、改憲の主張を展開している。米国や自公与党を支持した勢力は「現実主義」の名のもとで、民主党の右傾化のためにさまざまな圧力と揺さぶりをかけるだろう。総選挙を前にして、すでに非核3原則問題、インド洋派兵給油問題などで、民主党幹部の動揺した発言が繰り返されている。
私たちは与野党逆転の新政権の成立を歓迎したうえで、それに対して院外からさまざまな大衆的行動をもって、良い政策は積極的に支持し、悪い政策には批判し、断固闘うというスタンスをとることになる。これらの努力の中で、改憲反対勢力の共同行動の輪をできるかぎり拡大し、強化しなくてはならない。この間、多くの人びとと共に勝ち取ってきた「九条の会」や「5・3憲法集会」などでの広範な共同行動と組織は、そのための重要な橋頭堡である。いま、これらのさらなる発展が求められている。
自公政権の打倒は私たちがねがう憲法3原則が実現する社会に向かっての長い道のりの、重要ではあるが、第一歩にすぎない。私たちは一歩一歩とその道を歩みつづけるだろう。憲法12条はこういっている。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と。(事務局 高田健)
お話:山家悠紀夫さん(「暮らしと経済研究室」主宰・元第一勧銀総研専務理事)
(編集部註)5月23日の講座で浦野さんが講演した内容を編集部の責任で集約したもの。要約の文責はすべて本誌編集部にあります。
日本経済 これから先は」というテーマですが、足もとでどういうことが起こっているのか、そしていま麻生政権がどういう政策をとろうとしているのか、これから先どうなるのか、どうするべきかということをお話ししたいと思います。
100年に一度の経済危機といわれています。日本経済も戦後最大の落ち込み、大変な不景気がやってきつつあります。これがどこから来たかを最初に話します。そもそもはアメリカの住宅ローン会社がサブプライム住宅ローンを貸したところから始まります。
アメリカの、ごく普通の住宅ローンはプライムローンといわれる住宅ローンです。日本でも同じですが、金融機関が住宅ローンを貸す場合には借り手の経済力、収入や借金やいろいろなことをチェックします。そこでほとんど問題ないということで出すのがプライムローンです。アメリカの住宅ローンの7割がこのプライムローンだといわれています。それに比べるとちょっと問題がある。例えばいまの仕事についてまだ日が浅い、いまはこれだけの収入があるけれども先はまだわからない、というような問題がある人に、それでもまあいいだろうと貸すのが2番目のランクのオルトAという住宅ローンです。
さらにその下にサブプライムローンがあるんです。この住宅ローンは借り手の経済力に大変問題がある。収入が少なくて住宅ローンを借りても返せそうにない、あるいは金利を払ったら食べていけないんじゃないか、そういう人に対して貸し出されたのがサブプライム住宅ローンです。あるいは銀行のブラックリストに載っている、そういう人に対する貸し出しもサブプライム住宅ローンでやっています。
どうして返ってくるか返ってこないかわからないような人に住宅ローンを貸したかということですが、2000年代にはアメリカの住宅の値段が年間で10%くらい上がっていた。そうすると住宅ローンを借りて2年か3年たつと住宅の値段が1.2倍とか1.3倍になっています。そうしますとその時点でもう1回住宅ローンを借り直したらいいではないか、かつて100借りられたものが2年たつと120借りられる、そうするとその2年間の金利も全部払えて、しかも前の住宅ローンを全部返しても若干手元にお金が残る、そんな状態が予想されたわけです。それで住宅ローン会社は初めは安い金利にして借りやすくする。3年か4年たって金利が上がるときは新しく借り直して高くなった住宅を担保に借りればいいだろう、そんなかたちでどんどん住宅ローンを増やしていったわけです。
そのサブプライムローン、だいたい日本円にして100兆円くらい残高があったといわれています。そういうかたちで住宅ローンを貸していて、2006年の中頃からアメリカの住宅の値段が上がらなくなりました。それどころか2007年にかけて下がりはじめました。そうしますともう借り手はこのローンを返すことができない。新しく借りたら前より少ししか借りられないわけですから、返すことができなくなって、金利も上がらなくなって、住宅ローンが不良債権になった。
日本の場合は不良債権なんていったら住宅ローンを貸した会社が困るんですが、アメリカの場合は違います。住宅ローン会社が住宅ローンを貸しますとその返済金や金利を受け取る権利は当然発生します。その権利をそのまま銀行とか証券会社に売り渡しています。ですから借り手が払えなくなるとその住宅ローンの債権、権利を買った方に被害が及ぶわけです。その銀行とか証券会社は債権を買って、さらにその債権をためてそれを担保にして新しく証券をつくった。それをさらに投資家とか銀行とか証券会社に売っていたわけです。そうしますと、最初の借り手がお金が払えなくなると最終的に困るのはその証券を持っている投資家などということになります。これがサブプライムローン問題です。
例えばロシアの大富豪とかイギリスの王室が大変な損をしたとかいうことが起こりました。もともとお金の払い手が払えなくなったわけですから証券が大幅に値崩れしてしまって損をしました。問題はアメリカはもとよりヨーロッパ、日本の銀行、証券会社がこのサブプライムローンを担保にした証券を一番たくさん持っていたことです。それが不良債権になり、銀行とか証券会社の経営が危なくなった。サブプライム危機が金融危機というかたちで拡大しました。そして銀行の経営が危うくなるとお金も貸せなくなる、あるいは株が大幅に下がる、今度は経済全体がおかしくなってきたことがいま起こっていることです。2009年の経済成長率はアメリカもヨーロッパも、そして日本も大幅なマイナス、去年よりもだいぶ経済が縮小し、企業倒産が増え失業が増えています。
どういうことかといいますと、投資家その他お金持ち、あるいはその代理人である銀行とか証券会社が貧しい人にお金を貸したら儲かる、というもくろみでどんどんお金を流した。その結果として返らなくなった。要するにお金持ちが投機に失敗したということです。お金持ちが失敗しただけならしょうがないんですが、社会的に大きな役割を果たしている銀行とか証券会社が被害を受けたことで結果として経済全体が大変なことになった。そしてサブプライムローン証券などこの問題が起こるまで見たことも聞いたこともないような人が大変な被害を受けているのがいまの状況です。そういうお金持ちの欲望のツケが貧しい人に降りかかってきていることがいまの経済危機の本質であろうと思います。
別のまとめ方をすると「世界の基本構造が揺らいでいる」ということです。世界の基本構造とは何かと言いますと、まずアメリカが世界中からお金を借りまくる、その借りたお金で世界中からいろいろなものを買い取る。日本から自動車を買い中国からいろいろな買い物をする。さらに余ったお金で借りたお金を貸して、借りた金利以上の金利を取って稼ぐ。さらに余ったお金で、世界中で――いまはアフガニスタンとかイラクで戦争をする。そういうお金の流れになっています。このお金の流れを「世界の基本構造」といったわけですが、それがいろいろな面でいま傷ついているのではなかろうかと思います。
いまヨーロッパ経済が大変なことになっていますが、これはアメリカに貸したお金が返ってこなくなった。サブプライムローンの証券を買ったということは、アメリカ向けのお金を貸したことですが、それが返ってこなくなってイギリスもドイツもフランスもスイスもヨーロッパ全体が大変な経済状況になっています。これは1番目の問題です。
日本経済もひどい状態になっています。中国も一時に比べて勢いが無くなっている。日本の場合はサブプライム証券も買っていましたが、それ以上に影響が大きいのは、アメリカが傷ついたために日本から自動車その他を買ってくれなくなった。中国からいろいろなものを買わなくなった。その被害を受けている、これが2番目です。
3番目の問題として、これもサブプライムローン問題にほとんど関係ない国々が大きな被害を受けています。例えばアイスランドという、ヨーロッパの北の端にある人口30万人くらいの小さな国、あるいはハンガリーとかウクライナという社会主義から市場経済へと転換を急いでいた国、それから日本の近隣にある韓国、タイなどのアジアの国々も大変な被害を受けています。なぜかといいますと、アメリカの金融機関の体力が弱ったので世界中からお金を引き揚げざるを得なかった。アイスランド、韓国に投資しているお金を一斉に引き揚げたので、アイスランド経済が困った状態になった。お隣の韓国も困った状態になった。韓国ウォンが日本の円の半値くらいに下がりました。去年くらいまでは韓国から日本にたくさん旅行者がいらっしゃったけれど、もう来られなくなった。日本に来たらいままでの倍のお金がいる。逆に日本から韓国に行く人はいま大変な勢いで増えています。これはアメリカのお金を借りて、それで経済発展をしようとしたところがいろいろと傷ついたということです。残念ながらアメリカは「お金がないから戦争をやめた」というとこまでは行かないんですが、もっと困れば……、それでもやめないんでしょうね。いろいろな面でこういう構造自体が傷ついてガタがきています。
さて、どうするかということでふたつの考え方があります。ひとつはアメリカ自身にもう一回立ち直ってもらう、元のようにアメリカにお金が流れてアメリカがものを買ってくれて、投資もしてくれて、世界の国々が潤う構造を再生させようという動きなり狙いがあります。アメリカはもちろん、なぜか日本の麻生さんもとにかくアメリカを支えなきゃいけない、という発言を国際会議などでしきりにしています。それがひとつの考え方。
もうひとつの考え方は、世界の基本的な構造が成り立っている背景にドル本位制がある、ドルが世界の決済通貨として使われている。だからアメリカはどんどんお金を借りられる。例えば日本ですと、外国からものを買おうと思うと輸出で外貨――ドルとかユーロを稼いでそのお金で輸入をする。円で払うと言ってもなかなか受け取ってもらえません。どこの国もだいたい輸入をするためには輸出をしなきゃいけないんですが、アメリカだけはそうではない。輸出が少なくてお金が無くても輸入ができる。ドルを渡せば相手の国や業者が受け取ってくれる。結果として借金をして買い物をすることが可能なわけです。
いまアメリカ経済は年間6000億ドルとか7000億ドルという単位で借金をして買い物をしています。それが基本的に問題だという考え方に立って、この世界構造を立て直すためにはドルではない基軸通貨を考えた方がいいのではないか、考えなきゃいけないんじゃないかという考えが出てきました。中国とかロシアあるいはフランスの大統領などもそういう発言をしています。ただこれは実現するには相当時間もかかるし、アメリカがそう簡単に「うん」と言いませんから大変ですが、方向としてはそちら側を目指さないといろいろなところに問題が起こってくる。それぞれの国がそれぞれのやり方でこういう構造から抜け出していく途を考えなきゃいけない状況だと思います。
日本の金融機関もアメリカのサブプライムローン証券などを買っていたりして被害を受けました。けれども、その損の具合はアメリカはもとよりヨーロッパの金融機関よりもはるかに少なかった。少ないといっても、そういう銀行や証券会社の1年間の稼ぎがなくなってしまったというくらいの損に止まりました。それにもかかわらず日本経済はいま大変な状況になっています。2009年の日本の成長率はヨーロッパよりもアメリカよりも大きなマイナス、経済が大きく落ち込む見通しです。受けた傷は浅かったのに結果としてひどい状態になりつつある。その背景には日本の経済に大きな問題があった。
日本経済の問題点として3つあげました。ひとつは国内の需要が非常に弱い、ひたすら輸出頼り。アメリカとか中国など輸出によって日本の経済が支えられている。ですからアメリカの景気が悪くなる、その影響で中国の景気も悪くなって輸出が伸びなくなると途端に日本の経済がおかしくなる構造になっています。景気が悪くなると被害を受ける人が猛然と増えてきている。われわれの生活も10年くらい前に比べると貧しくなっていて、景気が悪くなると痛みが強くなる構造になっています。低所得の人や、すぐ首を切られる不安定就労の人が増えています。3番目に、生活が苦しくなっても、それを助けるべき福祉のネットワークが10年前くらい前に比べて大変貧弱なものになっています。
例えば失業したら、制度としては失業保険があるんですが、失業保険をもらえている人は10%台です。残りの7割から8割の人は失業しても失業保険がもらえません。生活保護がありますが、生活保護水準以下の生活をしている人でも生活保護をもらえている人は1割から2割くらい、8割から9割の人は生活保護をもらえないというかもらわないというか、そんな状態に置かれている。あるいは病気になったら健康保険を使ってお医者さんに行けばいいのですが、国民健康保険では保険料を払えない人からどんどん保険証を取り上げています。保険証がないからお医者さんに行ったら3割負担ではすまなくて、全額医療費を払わなければいけない。もともと保険料が払えないほど貧しい人ですから病気になっても医者にもかかることもできない。そういう厳しい状況になっています。
その厳しい状況は、まず日本経済が輸出頼りになっていることです。ここ10年くらいの国内の民間需要――個人消費とか企業の設備投資、要するに国内で買われるものの量ですが――はほとんど増えていません。一時落ちたのが少し戻ってきて元の水準になったということです。それに比べて輸出だけは猛然と増えています。2000年代に入って増えていまして97年の1.6倍から1.7倍くらいにふくらんでいる。小泉内閣のもとで景気の回復がいわれました。2002年から2007年くらいにかけて「景気が良くなった、良くなった」と新聞でも言い、小泉さんも言い続けました。良くなったのは構造改革が実ったからだと竹中さんも言い、小泉内閣の業績だと新聞なども評価しました。
景気がある程度良くなったのは事実ですが、構造改革が実ったからだというのはまったくのうそです。それは輸出が増えたので景気がある程度良くなった。輸出が増えたのはアメリカとか中国、ヨーロッパの景気が良くて日本からどんどんものを買ってくれたためです。構造改革とはほとんどなんの関係もない。環境に恵まれたに過ぎません。ですからここへ来て輸出が伸びなくなると景気が悪くなった、ということです。
もうひとつ、生活が苦しい人が増えているということですが、やはり10年くらいの変化を見ますと、働いている人の中で正社員が猛烈に減っている。その代わりに非正社員、パート、アルバイト、派遣で働く人が猛然と増えてきています。およそ10年間に正社員が400万人以上減って非正社員600万人くらいに置き換わっています。いま非正社員の比率は34%ですから、働いている人の3人に1人はパートかアルバイトか派遣で、景気が悪くなったらすぐにでも首を切られてしまう、そういう恐れが非常に大きい人が1700万人以上います。失業者は1年前に比べると70万人くらい増えていますが、その母集団はとてもとても70万人に止まらない。もっともっとたくさんの人が首を切られかねない状況にあります。
34%というのは男女合わせた数字ですから、女性だけを取り上げますとこの比率はすでに50%を越えています。働いている女性の2人に1人以上はパートかアルバイトか派遣かという働き方です。そのことと関係しますが、低所得の人が大変増えています。年間の所得が200万円以下の人でいえば、1997年に814万人であったのが2007年には1032万人、この10年に200万人以上増えています。年収200万円というと月収にして16~17万円。食べていけるかどうかというくらいの収入しかない人が、働いている人の23%、4人に1人近くになります。所得が少ないから、働いていても蓄えはいっこうにできない。そういう人が非正社員だと不景気になったらすぐに首を切られて家も追い出されて、住む場所もない。
去年の暮れから今年の初めにかけて「派遣村」が反響を呼びましたが、その背景がこういうところにあるわけです。明らかに憲法25条に反します。低所得の人が増えて、そういう人が失業をすると、アメリカの例を見ますと兵隊の予備軍をつくっています。アメリカのルポなどでは、軍部は高校生あたりの貧しい人を一生懸命捜し歩いてリクルートして、そういう人を軍隊で2、3年修行すれば大学にも行かせてやるとういうことでつり上げるている。イラクとかアフガニスタンで戦争をさせられている人はそういう人たちだという報道がありました。
日本でも自衛隊がそういう人に目をつけている。派遣村で活躍した湯浅誠さん、生活保護の相談をしていますが、あの人のところに自衛隊から話があったようです。若くて元気があってただ職が無くて食べるに困っているんだったら自衛隊は非常にいいところだ。食べられて、職業訓練もあって何年かたつと技術を身につけて世の中に出て行けるということで集めている。こういうことは憲法問題にとっても非常に深刻な状況であると思います。
いまの状況は、アメリカで大地震が起こって大変な津波が日本に押し寄せてきたことに例えられます。ところが迎えている日本を見ると、防波堤が非常に低くなって津波が簡単に国内に入ってしまう環境になっています。波打ち際に住む人が増えて、まともに波をかぶってしまう。そういう人たちが逃げ出して避難小屋にいったら、避難小屋はこの間まであったのになくなっているとか、小さくなっているとか、そういう状況だと思います。
問題はなぜそうなったのかということです。私は構造改革がこういう社会をつくりだしたと理解しています。構造改革というとすぐに小泉さんを思い浮かべますが、実は日本の構造改革政策は橋本内閣の頃から始まりました。1996年から1997年にかけて打ち出した“6大改革”と橋本さん自らが言った政策が構造改革政策の始まりです。その影響があらわれたのが1998年くらいからだといっていいと思います。さきほどここ10年ということで1997年の数字と最近の数字を比べましたが、構造改革が日本の経済社会に浸透する前の日本経済の、最後の年という意味で取り上げています。これだけでは単なる「状況証拠」だけで因果関係がいまひとつはっきりしません。因果関係のためにはまず構造改革とは何かをおさえておかなければいけません。
これは小泉内閣が言った構造改革、あるいは橋本内閣がとった構造改革という意味です。そういう考え方が出てきたのは94年、95年頃です。日本でバブルがはじけて景気が大変悪くなって、なかなか良くならなかった時代です。日本経済の景気は良くなったり悪くなったりを繰り返してきましたが、それまでは景気が悪くなっても1年か2年で回復していた。ところが90年代初めの不景気はそう簡単には良くならなかった。なぜこんなにいつまでも景気が良くならないんだろうという議論が起こりました。その中で出てきた考え方のひとつが日本経済は構造が悪い、構造を変えない限り景気は良くならない、そう主張したのが構造改革論です。
構造改革論の中身を見ますと、共通していることはサプライサイドの構造が悪いということです。サプライサイド、日本語に直すと供給側ということです。経済は需要と供給のふたつの面があります。モノとかサービスを買う側と、モノとかサービスをつくったり提供する側、この需要側と供給側がからみあって経済が動いています。ふつう景気が悪くなると需要側に問題がある場合が多いわけです。いまの不景気が典型です。アメリカの景気が悪くなって日本からモノを買わなくなった、輸出ができなくなった、だから景気が悪くなったというのは、明らかに買う側に問題が起こったということです。
90年代前半の不景気はそうではないと主張したのが構造改革論です。需要側ではなくて供給側に問題がある。供給側の主たる担い手は企業です。企業の側に問題がある、そう説明をしました。企業が活力を失っている、やる気を失っている、企業が商売を増やそう、設備を新しくしようとしてもがんばらないし、新しい商品をつくる努力もおざなりにしている。なぜ企業に元気がないかというと、それは商売をしても儲からないから、あるいは儲けようと努力しても報われないからだという説明をしました。
企業が儲かる構造改革=規制緩和
じゃあどうすればいいかの答えはおのずから明らかで、企業が儲かるような経済構造に日本経済を変えてやればよろしい。あるいは儲けようとがんばった企業に儲けが入るような経済構造にしてやればよろしいということです。企業が儲かるような経済構造が必要だと構造改革論は主張しました。それに飛びついたのが当時の橋本内閣であり少し遅れての小泉内閣でした。一生懸命企業が儲かるような政策を展開したということです。
大きな柱となる政策はふたつありました。ひとつは「規制緩和」。企業が儲けようとするのにあれをやっちゃいけない、これをやっちゃいけないといろいろな規制を設けていると企業がやる気をなくしてしまう、儲けることができない。だから規制は出来るだけ緩くする、あるいは無くしてしまうことが企業を元気にする最善の道だということでした。橋本内閣も小泉内閣もいろいろな規制緩和を行ってきました。
暮らしの側で影響が大きいのが労働に関する規制緩和です。労働に関する規制では労働基準法が真っ先にあります。労働基準法は第1条で「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と書いてあります。働く人がちゃんと人間らしく暮らしていけるように、その権利を守るのが労働基準法です。企業から見ますと労働者の権利を守ることによって自分たちの権利を阻害している、縛っている、儲ける機会を奪っているということになるので、これを緩和して欲しい。実際に橋本内閣も小泉内閣も労働基準法をどんどん緩和してきました。
それまで、人を雇うについては1年以内の短期の契約は認められていました。1年だけ、半年だけということで、パートで雇うことはできたんですが、それ以上は期限を決めて雇ってはいけない。あなたは2年で首ですよ、3年で首ですよとはできなかったんですが、3年間の契約を認めました。あるいは労働時間、1日8時間、1週間40時間以上働かせてはいけない、それを越えて働かせる場合には残業代を払わなければいけないという規制がありますが、それも緩めて仕事の種類によっては時間の制限なしで働いてもよろしい、仕事を与えてその仕事が5時間でできれば5時間でいいし、できなければ10時間働いてもよろしい、残業代も払わなくてよろしい、そういう規制緩和も行いました。
もうひとつ大きいのは労働者派遣法の規制緩和です。労働者派遣法はそもそもは特別な能力を持った人について派遣の形態を認めました。例えば英語の能力が極めて高い、ある企業が外国と取引するために英語の能力がある人が欲しい。ただし、この仕事が終われば必要なくなる。そういう企業に英語能力の高い人を派遣会社が派遣することを認める制度でした。その労働者派遣法もどんどん規制緩和をして、いまではありとあらゆる仕事に派遣が使えるようになりました。工場のラインの作業も派遣労働でいいと、どんどん規制緩和しています。
企業にとって派遣は非常に使いやすい制度、人が必要なときには派遣会社に電話すれば労働者がやってくる、いらなくなったら派遣契約を切れば首切りとかややこしい問題はなくて契約解除できる、しかも賃金は極めて安い、という使い勝手のいい制度をつくってあげる。労働に限りませんがいろいろなかたちで規制緩和をした。
ふたつ目の構造改革政策の柱は「小さな政府」です。中身はふたつありまして、ひとつは政府がやっている仕事で民間企業でも儲かるような仕事はどんどん民間企業に譲り渡す。政府の機能を民営化する、あるいは民間の参入を認めることです。その最後、郵政の民営化が小泉内閣のもとで行われました。その前にもいろいろな機関が民営化されました。自治体は自治体で、どんどん民間に委託しました。これは民間企業に儲ける機会、儲ける場所を提供してあげる政策です。
小さな政府の二つ目の柱は社会保障の関係の仕事です。社会保障の仕事は年金を払ったり、医療保険を集めて払ったり、介護保険の運営は政府がやっていますがそのお金は民間から取っています。税金を集め、保険料を集めてそのお金で社会保障の仕事をしている。そういう民間から取っているお金はできるだけ取らない方がよろしいというのが構造改革の考え方です。企業から取っているお金を企業に残してやれば企業がプラスになることに使うだろう、あるいは大金持ちから取らないで残してあげればその人たちが新しく事業を始めたりして経済を活性化する方向にお金を使うだろう。政府がお金を取ると非効率なだけであまりよくないということです。
できるだけお金を取らないようにする、ということは出す方も抑えられる。社会保障もできるだけでスリムにしようと、例えば年金給付の水準が増えないような仕組みを導入し、医療保険も1割負担から2割負担になったのは橋本内閣のとき、2割が3割になったのは小泉内閣のときです。生活保護も高齢者加算をやめ、母子加算も先々月あたりで完全になくなりました。社会保障をどんどんスリムにし、福祉の安全網を狭くする。そちらが目的ではないにしても、取るお金を抑えるのでそういう結果を招いてしまいます。そういう政策をどんどんとったのが橋本内閣であり小泉内閣で、その政策のもとでさっきのような経済状況が生まれてきたということです。
構造改革政策で一番顕著なことは、景気がよくなって企業が儲かっても賃金は上がらない状況がつくりだされました。横軸に企業の利益、経常利益を取り、縦軸に働いている人の賃金の水準を取ります。景気が一番悪かったときの企業の利益と賃金を100とします。日本経済の景気が良くなった期間だけを取り上げて、その中で利益がどう動き、賃金がどう動いたかをグラフにします。70年代以降、日本経済が良くなった時期は7回くらいあります。それぞれの時期に、一番景気が悪かったスタート時点から良くなるにつれて、賃金がどう変わり利益がどう変わったかということです。大半のグラフは右上がりの線になり、景気が良くなるにつれて利益が増え、同時に賃金も上がっています。70年代、80年代、90年代初めの景気の回復期は、景気が良くなるにつれて企業が儲かるようになり賃金が上がるということを繰り返していたことがわかります。
例外がふたつあります。前回と今回です。前回は1999年第1四半期、小渕内閣のもとでの短かった景気回復期です。今回は小泉内閣のもとで、サブプライムローン問題が起こる前、2007年くらいまで続いたかなり長かった景気回復期です。この2回はグラフが右下がりにあらわれています。これは景気が良くなるにつれて企業は儲かるようになってグラフはどんどん右に行くわけです。今回などはこれまでになく右に来ている。企業がこの間の景気の回復でこれまでになく儲かるようになったということです。
ところが賃金は100を下回って、ずっと下回ったままです。景気が一番悪かった出だしの時点に比べて賃金は落ちっぱなし。いくら企業が儲かるようになっても賃金は上がらず、明らかに90年代前半までの景気の回復期と流れが変わっています。要するに企業が儲かるようになっても賃金が上がらない経済構造に日本経済は変わった。そう変わったのは1996、97年の橋本内閣以降の景気回復期で、明らかに構造改革のひとつの境目になっていることがおわかりいただけるかと思います。
どうしてこういうことが起こったかということですが、ひとつは構造改革のもとで経済が非常に厳しくなった。橋本内閣は、消費税を2%上げたときですが、お医者さんにかかるときの自己負担も上げ、いろいろな改革で9兆円の国民負担をやりました。そして景気が大変悪くなった。小泉内閣のときは不良債権処理の促進ということで、危なくなった企業を銀行にせっついてどんどんつぶす政策をとりました。企業がつぶれて失業が増えて景気が悪くなった。構造改革のあとで大変景気が悪い状況が出現しました。それがひとつの前提としてあります。
景気が悪いと、企業は経営が厳しい、何とか人件費を抑えたいという要求がそれまで以上に強い時期であったと言っていいと思います。企業がそう思っているところに、2番目として、どんどん人件費を削るのは企業にとって正しいという考え方、構造改革の思想が広まった。構造改革は企業が儲かるようになればよいということで、政府はこんな政策をとって儲かるような状況をつくり出しましょうということですが、同時に企業も変わらなければいけないという考え方を含んでいます。儲けることが企業の使命だ。企業は株主がお金を出してやらせてもらっているんだから株主に奉仕するのが企業の役割である、という考え方を広めました。特にマスコミなんかがそれに同調するような議論を展開するようになって、企業が人件費を減らすことが堂々とできるようになった。
日本の企業は、それまではもちろん儲けることも大事だと思っていたでしょうけれども、それだけではなかった。例えば従業員は儲けをつくり出してくれる人たちですからこれは大事にしなきゃいけない。長い目で見るとやっぱり従業員を大事にした経営をしなければいけないと考えていたと思います。それから取引先、仕入れ先も販売先もいいものを持ってきてくれて、つくったものをちゃんと売ってくれるということで、その関係も大事にしなきゃいけない、あるいは地域社会との関係も大事である。金融機関との関係も大事だ。四方八方に目配りして、ちゃんと手を尽くしながらその中で儲けるという考え方が中心だったと思うんですが、構造改革の思想が出てきてからはそうではなくなった。
とにかく株主のために、儲けることをやればよい。人手が多ければどんどんカットし、賃金もカットする。取引先とか仕入れ先もネットの時代ですから一番安いものを買い、一番高く売ればよい。その都度いいところを見つけて売ればよろしいという考え方が主流になってきた。それが「いい企業」だと評価される時代になった。人手を減らしたいという圧迫感も強まり、やっていいことですよというエールも加わって、いざやるとなると構造改革の政策がそれを助けてくれた。
「構造改革のアメとムチ」と書きましたが、アメは労働規制の緩和で安い労働力にどんどん転嫁できたことです。ムチというのは規制緩和の中で資本規制の緩和が大幅に行われました。会社法が変わったり会計規則が変わったりして合併をしやすい状況がつくられた。これは合併される方から見ますと、合併されやすい、されかねないという状況ができてきたことです。例えば何とかファンドがあの会社は経営を変えればもっと儲かると考えますと、株を買い占めて乗っ取られてしまいます。ですから企業の経営者は安心できないわけです。いくら利益を上げていても別のやり方をすればもっと利益が上がるというふうに他の企業なり他のファンドなりに思われると、会社を乗っ取られて自分が追い出されてしまう。そういう恐れをなくすためには誰がやってももうこれ以上儲けは出ませんよ、という状態に会社をしておかなければならない。そういう環境の中で企業は儲かる状態になったんですが賃金は上げないという状況が生まれてきた。
そして最後に、こういう状況に抵抗するのは本来は労働組合ですが、残念ながら労働組合の力がかなり弱く、なかなか抵抗できなかった。日本の場合は企業別組合が主体ですから、企業がつぶれるよ、今度不景気が来たら危ないからもっとためておかなければいけない、と言われるとついついそうかなと思ってしまって抵抗力を失ったということがあるかと思います。こういうことで企業が儲かっても賃金が上がらなくなりました。
内閣府の「国民経済計算」という日本経済全体を表す大きな資料があります。国民所得はわれわれ全員、日本国民全員の儲け、稼ぎと考えていただいていいですが、97年度は382兆円であったものが2007年度は375兆円、構造改革の10年間で7兆円、日本国民は貧しくなっています。その国民所得を受け取った内訳は、まずサラリーマンの雇用者報酬が280兆円から266兆円に14兆円減っています。全体の稼ぎが7兆円減ったんだからそれ相応にサラリーマンが減ってもおかしくないですが、その倍も減っている。なぜかというと企業所得が76兆円から93兆円と17兆円増えていることが原因だとわかります。日本経済全体のパイが小さくなった中で企業の取り分は増えた。その増えた分、働く人にしわが寄って雇用者報酬は大変な減り方をしたことがわかります。
ですから構造改革は途中までは見事に実って、経済が成長しなくて不景気が続いて貧しくなっても企業はちゃんと儲かるような経済構造になった。半分はあっていますが、残り半分、そうなれば日本の経済は良くなるといった部分はまったくあたっていません。企業がいくら良くなっても、暮らしの方は一向に良くなっていません。サラリーマン所帯の月平均の収入の推移を見ますと、そのピークも97年で、98年から減っています。97年に平均的なサラリーマン所帯の収入は月収60万円だったのが、2007年では53万円、1割ちょっと減っています。2007年のサラリーマン所帯の平均を97年と比べると10年前に比べて収入が11.4%減って、消費の方も10%近く落ちている。この10年でわれわれの平均的な暮らしは1割方貧しくなったということが起こりました。
支出の内訳では、基本的な食・衣・住は大幅に抑えられています。衣生活は10年前に比べて27%も支出が減っている。不景気の中でもユニクロだけは非常に景気がいいんですが、デパートは大変景気が悪い。レストランでも中クラスの店がつぶされて安い店が増えています。支出では医療・保健と交通・通信だけは増えています。医療費が3倍になってその分の支出が増えた。これは生活がその部分も圧迫されたことを表しています。ですから、家計の所得は雇用者報酬が14兆円減り、この間ずっと低金利ですから財産所得も13兆円減って、あわせて27兆円貧しくなった。だいたい1割貧しくなったわけです。これだけ収入が減ればモノを買いようがない。若干は貯蓄を取り崩したりして買っていますが、10年間まったく消費が増えない。国内の民間需要が増えない経済になった。結果として輸出頼りになった。国内に経済を支える力が無くなったと言っていいと思います。家計の所得がこれだけ落ちる中で、貧しい人がどんどん生産されていった。構造改革がこういう状況をつくり出したわけです。
そういう厳しい状況を10年間つくり出してきたところに大津波が起こって、たまたま麻生内閣が誕生した。すぐに選挙をするはずだった麻生内閣ですが、経済対策が大事だと、その後1年近く政策を打ち出してきました。その政策はまったくピント外れです。具体的には、去年の補正予算と今年の2009年当初予算という格好で第1弾を出した。それでも不十分だと、大型の2009年度補正予算を組んで国会を通した。使うお金の量は大変な量になっていますが、中身を見ますと本当に頭をかしげるものばかりです。
定額給付金については、たくさん使う割には効果は薄い政策です。そのほか、例えば雇用保険料の引き下げを実施しました。雇用保険料は失業したときに失業給付を出す、そのもとになるお金です。それが積み上がってきたので、保険料をまけてあげますという政策です。ただ、まけてもらってありがたい人は、現に働いている人でありその人を雇っている企業が恩恵を受けます。本来の雇用保険の目的からいうとそういうお金があるのであれば、もっと失業している人に配るという格好で使ってもいい。それからこれからも失業が増えていく、そのために取っておくこともいいわけで、こういう時期に保険料を優遇することはないだろうという政策です。
それから証券優遇税制の延長は、株の売買で儲けた人、あるいは配当収入があった人の税金をまけてあげるということです。本当は20%ですが、小泉内閣のときから臨時に10%に下げています。その期限が来たのをさらに延長しました。この恩恵を受けるのは、株をたくさん持っていて売買で儲けた人、配当収入がたくさんある人です。少々株を持っていて配当が千円とか2千円、1万円の人にとっては10%税金が安くなってもあまりメリットはありません。メリットがあるのは億単位でお金が入ってくる人、例えば松下とかトヨタの何とかさんとか武富士とかユニクロの社長さんとか大変な株を持っていて配当収入が年間で何億円もあるという人、そういう人には10%の税金は非常にありがたい。片一方で食うや食わずの人がいるのに、こういう人に減税するのかな、という政策です。
住宅ローン減税も同じで、この時期に住宅を建てる人にローンを借りたらこれまでになく大規模に減税する政策です。片や住宅難民といわれている人が一杯いる、派遣切りで追い出されて住む家もなくなって捨てられた、お金を使うのであればそういう人のために使うべきです。この時期に住宅を建てられるある程度恵まれた人のために減税することはないだろうと思います。極めつきは高速道路料金の値下げです。確かに出掛ける人は多くなりましたが、そのために政府が用意したお金が5000億円です。それによって地球温暖化を促進する、省エネ的な交通機関である鉄道とかフェリーなどの経営に打撃を与える政策、高速道路のバスですら渋滞で営業が難しくなっているということがありました。
そういう予算を組んだ後で、超大型、全体で15兆円の補正予算です。この予算をつくるにあたって、新聞などで報道されていますが担当の与謝野財務担当大臣が何でもいいから政策を出してくれと各省庁を集めて言ったようです。自民党の族議員といわれる人は小躍りした。選挙前の結構な政策と、業界の言い分を聞いてどんどん出せる。各省庁もいままで認められなかったものがみんな通ったというのが15兆円の予算です。
それから財界要求丸呑みです。当然産業界がいろいろな要求をしています。自動車業界も電機業界も住宅業界も、建設業界も要求すればみんな応えます。ご承知の通りエコカーを買う人は25万円くらいまけてあげます、政府がそれを負担するわけです。あるいは省エネ型の家電を買う人にはエコポイント。そんな格好で業界の言うままに、業界を助ける。見方を変えると、生活にゆとりのある人のためにどんどん政府の予算を使うという、的外れの予算になっています。
おかげでいろいろな大型工事が次々と復活しています。省庁要求丸呑みという点では、各官庁の補修予算、設備保全のため、建物を直したりする予算が当初予算に比べて倍増しています。これに便乗してか例えば警察庁はパトカーを4000台買う、みんなエコカーに買い換えるのでしょうか。監視カメラも100何十億円の予算を取っています。法務省も便乗してデジタルテレビを4万台買う、刑務所のテレビを買うという説明です。デジタルテレビにいずれ替えなきゃいけないんでしょうが4万台も一挙に買う。防衛省もなぜかデジタルテレビを新たに2万台買うようです。これは宿舎にでも使うんでしょうかね。そんな格好で大盤振る舞いの予算を通しています。
自衛隊を海賊対策で海外に派遣する費用100何十億円もこの予算にちゃんと入っています。面白いのは在外公館の営繕費用も当初予算では40億円くらいしか認められなかったのがこの補正予算でさらに50億円認められて90億円くらい使う。在外公館を補修して日本の景気にどれくらいプラスになるのかまったく読めませんが、みんな便乗して、みんな丸呑みしたのがこの予算です。そのツケは消費税で将来負担してもらうという計算、麻生さんが考えたことはそういうことです。これではそもそも使い道がおかしいし、景気にもあまり効かない。ずいぶん無駄な使い方をしているといわざるを得ません。
いまこ必要な政策、そして実現できる政策をピックアップしてみます。まず景気がどんどん悪くなるのをおさえなければいけない。一方で悪くなっていることで暮らしが苦しくなっている人を支えなければいけない。そういう政策が大事です。例えば生活必需品――食料品と光熱費の基本的な部分を消費税率0%にする。いくらお金がかかるか、ざっと計算しますと2兆円でできます。そういう予算は、とにかく貧しい人はそれなりに恩恵を受ける。その部分は消費が増えますから、景気が悪くなるのを防ぐことができる。定額給付金で2兆円を配るのであれば、こういう方がはるかにいい政策といえるかと思います。
もうひとつ企業がどんどん雇用を切って失業者が増えている。失業した人は生活に困るし、そうでない人も生活の不安に怯えています。これに歯止めをかけなきゃいけない。いっぽう企業はこの間ずいぶん体力を蓄えています。例えば日本の全企業の経常利益を見ると97年度は27兆8千億円、98年21兆円くらいだったのが、2007年度は54兆円にまで10年でほぼ倍増しています。2008年度は途中から景気が猛烈に悪くなりましたから30兆円台に落ちるかもしれませんが、それにしてもかつての悪かった時期や100年に一度の経済危機といわれる割にはそんなに悪くない水準に止まりそうです。
配当金はかつて4兆円レベルだったのが、いまは14兆円と3倍くらいに増えています。配当収入がある人は暮らしが豊になった。それだけ配当を払っても企業の内部留保はこのところ毎年10兆円を超えています。もちろん2008年度の配当はもっと減る。減るといっても10兆円くらい配当しそうな勢いです。また内部留保も減る、あるいはなくなるかもしれませんが結構な額です。これだけあれば雇用は十分維持できます。
ざっと計算しますと年収300万円の人を100万人雇うと、300万×100万は3兆円のお金がいる。3兆円あれば100万人の雇用は維持できる。あるいはことしの春闘では企業はほとんど賃上げしませんでしたが、賃上げすればどれくらいお金がいるか。人件費はだいたいこのところ200兆円です。200兆円の5%賃上げしても10兆円です。ですから、いま100年に一度の経済危機で、この10年なかったこと、100年なかったことが起こってもいいだろうと、配当をゼロにすれば10兆円くらいのお金は簡単に出てくるわけです。
あるいは内部留保を取り崩したことは過去にあります。1998年とか2001年は5兆円くらい取り崩している。この時は配当をするために取り崩しました。配当をするために取り崩すのであれば雇用維持のために取り崩すこともできる。いまは10兆円単位で儲けがたまっていますから、10兆円取り崩せば100万人の雇用は維持できるし、5%のベースアップができる。企業全体としてはそれだけの力をいま持っているということで、これをうまくはき出させるような工夫、企業にそこまで訴えかける、企業がなんとなく居心地が悪い状態に追い込んでいくような世論や政策があってもいいと思います。
いま苦しんでいる人は、失業者であり生活保護が必要な人であり住宅がない人であり、あるいは保険証を取り上げられた人ですから、そういう人に対する対策をきちんとする。失業保険はなぜ2割くらいの人しかもらっていないかというと、もらう条件が非常に厳しい。パートかアルバイトか派遣で働いて失業しても保険がもらえない人が大半です。その入り口を緩めてやる。もうひとつは出口が非常に近い。もらいはじめても数ヶ月で失業保険は出ません。その期間を長くする対策がいますぐにでも必要だと思います。生活保護については、年末年始の派遣村の例でわかるように、弁護士さんや、ある程度慣れた人がくっついていくと役所の窓口も出さざるを得ない。そういう状態をなくしていく。本当は役所で、こういう生活レベルの人はぜひ生活保護の窓口に来てください、というくらいにしてどんどん渡していっていいと思います。そうしたら欧米並みに8~9割の人がもらえる状態に持って行ける。多くの人が助かると思います。
それから、日本で一番弱いのは福祉の面ですから介護とか医療にもっともっとお金をつぎ込んでいく。例えば介護報酬は、年間100万円くらい少ないという統計があります。いい仕事ですけれども一生懸命やると身体もきついし収入が少なくてとても生活を支えていけない。やめていく人もたくさん増えています。そういう人に大幅に介護報酬を増やす。介護で働く人はざっと100万人と言われていますから、計算すれば1兆円です。15兆円使うわけですから1兆円くらいそれに振り向けても良かった。介護に戻ってくる人が増えれば、雇用対策にもなるし、生活資金として消費を増やすから景気にもプラスになる。
看護師さんの仕事もむちゃくちゃにきつい。労働条件がきついからやめていく人がたくさんいる。これをもっと緩やかに人を増やして、ローテーションをもっと人間的なものにしていくということもあると思います。そんな格好で必要な分野にお金を使っていく政策でとりあえずを何とかしながら、景気が悪くなるのを食い止める、あるいは悪くなったもとで被害を受けている人を何とか支えていくことができます。
本当に景気を良くよくするためにはもっと根本的な政策が必要です。いろいろな機関が見通しを発表していますが、共通していることはアメリカの景気が良くなったら日本も良くなると言う見方です。多分これが正解なんだろうと思います。日本は世界で2番目の経済大国ですから、自力で経済を良くする、そして良くすることによってまわりの経済、東南アジアの国々もその恩恵を受けるくらいに、力を持っているわけですからそういう方向に努力しなければいけない。そうするために3つほどあげました。
ひとつはなんといっても働く人の環境を良くするということです。労働環境が悪すぎる、賃金が低すぎます。日本の労働基準法は1週間の労働時間の上限を40時間と決めています。ということは40時間働けば食べていけるだけの賃金、真っ当な暮らしができるだけの賃金を払わなければいけないと理解すべきだと思います。そのためには何が必要か。もちろん賃金は組合と企業の間で決めることですが、政策的には最低賃金を上げてその下支えをする。日本の最低賃金はいま全国平均で時給700円くらい、東京は766円ですけれど、これは先進国の中でも最低の最低賃金です。アメリカが最低でしたが去年引き上げを決めました。イギリスはサッチャーのときに最低賃金制度をやめましたが、ブレア内閣で復活させていまは日本よりも高い水準になっています。これをせめて最低1000円くらいに引き上げる。週40時間働くと週4万円、月16万円ですから、年収200万円くらいになる。最低をそこまで上げれば全体をもうちょっと底上げできるということです。
もうひとつは非正規雇用をできるだけ少なくする。1年間ずっとあるような仕事を正社員でなく雇ってはいけないというくらいの規制強化があればいいと思います。たまたま夏場だけ、この時期だけあるという仕事は臨時のパートでもアルバイトでも派遣でもいいでしょうけれども、ずっとある仕事をパートとか派遣で振り回すことはやっちゃいけないような制度にすればみなさん安心して働けるようになります。
別に1日5時間しか働かない正社員というのはあっていいわけです。これは労働基準法上なんの問題もなくて、会社が認めればいいんです。家庭の事情があって朝10時から夕方4時までの労働時間の正社員があってもいいし、何らかの事情で週3日しか働けません、という週3日勤務の正社員があってもいい。「それだけしか働けないならあなたはパートね。あなたはアルバイトね」という必要は全然ありません。やってもらう仕事が1年間ずっとあるなら、働く人の事情にあわせて正社員の待遇でなんの問題もありません。そういうことをさせるように企業に働きかける、強制するということがあってもいいと思います。
もうひとつは、社会保障がずいぶん貧弱になっていますからこれを再構築する。日本の社会保障は年間で90兆円くらい政府はお金を使っています。年金が半分くらい、あとは医療とか介護です。90兆円を他の国と比較してみますと、ドイツとかフランスの大陸ヨーロッパと比較するとあと50兆円くらい使わないと独仏の水準にならない。北欧水準にはもっと使わないとなりません。年金の水準をもっと上げる、あるいは医療費を無料にする。介護保険ももっと充実したものにする。
50兆円を使えば、いま社会保障関係で働いていらっしゃる方がこれくらいやったら、これもやって欲しいと言っていることのほとんどは実現できると思います。そういうことを目指してやっていくべきだと言いますと、ふたつの問題、企業はそれでやっていけるのか、財源はどうするのかという話になります。とりあえずの財源は十分にあります。確かに政府にはお金がないんですが、日本国内にはお金が余っているという現実があります。日本全体の資金余剰が2007年末の合計で250兆円あります。
政府は金融資産を554兆円持っていますが、借金が国と自治体をあわせて968兆円あるので414兆円のお金が足りません。それから企業も設備投資その他で515兆円お金が足りない。あわせて国内でお金が足りないのが900何十兆円あるわけですが、家計でお金を蓄えています。家計の持っている金融資産がざっと1500兆円、住宅ローンその他で376兆円を借りていますが、差し引き1128兆円余っている。銀行預金とか郵便貯金とか株とか投資信託あるいは保険の掛け金、という格好で金融機関に集まっているわけです。1128兆円から500兆円を引き400兆円を引いてもまだ余る。それから財団等が50兆円くらい持っていますから、差し引き250兆円のお金が余っているというのが日本国内の状況です。
これだけお金が余っている。これは世界ダントツの1位です。日本が250兆円、その次がドイツ、中国ですが日本の半分以下で、日本は大変な金余り国です。反対にお金が足りないのがアメリカです。300兆円足りない。これを世界中から借りている。日本が250兆円余っている。直接アメリカに行っているのはその半分くらいだと思いますが、よそに流れ流れてまたアメリカを支えている。そして日本はアメリカに自動車を買ってもらったり、いろいろなモノを買ってもらって経済を支えています。こういう使われ方をするのであれば、この250兆円は国内で使った方がはるかによろしい。
個人の1500兆円は何かというと、みなさんの心配の固まりですね。年を取ったら、病気になったらお金がいる、子どもが大きくなったら大学に行く、教育費がいるということで将来に備えるためです。それがかなりの部分です。それからものすごいお金持ちが使い道がないのでためている。このふたつです。家計にまわしても、お金持ちはもう生活上使う必要がないから使わない、アメリカでもどこでも貸してまわしているわけですが、大半の人は使いたくても使えないお金をためているわけです。それから企業に使いなさいといっても企業はいまのところやることがない。不景気で機械がたくさん余っていますから設備投資もいらないし、いくら金利が安くても借りようがない。
250兆円を使いましょうよといっても個人ではまず使えない。使えるのはもう政府だけです。政府は福祉を充実させるためには50兆円くらい使う必要がある、国民からいうとこれくらい使って良くして欲しいということです。政府がこの250兆円のお金を借りて、アメリカとか外へ流れているお金を国内に引き戻してそれで社会保障に使うという選択は十分あり得る線だと思います。
麻生さんは今度15兆円使いますが、10兆円ばかりこの余っている250兆円から借りてきて4兆円ばかりは政府の金融資産を取り崩してくる。政府はこのあいだまでお金がない、財政が大変だと言っていましたがあっという間に15兆円のお金を生み出してきた。ということは同じようにやろうと思えばお金は生み出せる環境にはあるということです。ただ年間50兆円ずつ使うと5年たてば250兆円はなくなります。そこで福祉をまた50兆円抑えるかというと、そうはしなくてもいいわけです。それだけ福祉をいい制度にすると、個人の1500兆円の余りのお金がだんだんいらなくなる。将来に備える必要がなくなりますから、その一部を税金なり保険料で負担してもいいでしょうということになります。まず制度を良くしたらどうですかということがいまできることです。
日本経済全体としてみればやることはいっぱいあるし、やれる環境にもある。問題はそれをやる政府がないことです。誰がどうやって、こうした政策を実現するのか、そのへんではたと困ってしまうわけですが、地道にやるよりほかにないと思います。現場でそれぞれの人が声を上げて、自分の働いている環境から住む環境から、声を上げていって世論をつくり政治を変えていく。さいわい麻生さんががんばってももうまもなく選挙ですから、そういう場で自分たちの政策を聞くような政権をつくり出していく。
それから自治体を変えていくということもあると思います。東京もちょうど都議選がありますが、いまの自治体は国から締め付けられ、そのしわ寄せを自治体で働いている人や住民に押しつけているのが現状です。自治体職員も、いま3割くらいが非常勤です。正職員を安い労働力に置き換えています。住民サービスも切り詰めている。そうではなくて自治体、例えば東京都何々区では生活保護が必要な人はみんなに与えていますとか、国民健康保険証を取り上げている人はいませんとか、そういう状態に向かって努力して、そのために国に予算を要求する、そういう自治体をつくり出す。そのためには住民が支えていくことは必要かと思います。そういう格好で最終的には政治を変えていく、その力はあるということだけをお話しして今日の話を終わりたいと思います。
当選した福士敬子(ふくしよしこ)さんに聞く
7月12日に行われた東京都議会議員選挙は政府・自民党に大きな衝撃を与える結果となった。市民の大きな期待と支援の中で闘った福祉敬子さん(杉並区・無所属)は、4期目の当選を果たした。会派の勢力図が大きく変わった都議会で、経験も生かしてどのように活動するのか。さっそくお話を聞きに行った。
選挙後に「国政のために都議会が大きく変わって迷惑」とコメントした石原都知事。相変わらず自身の責任を人ごとにしている。福士さんは「マスコミは自民か民主かと言っていたから、そこで動いた人たちは風としては大きかった。杉並でも1位と2位は民主党で得票数もものすごく大きく出ている」。しかし「新銀行東京やオリンピックに外環道、築地市場の移転と争点がありすぎる選挙だった」ことも見落とせない。
選挙前からの辻立ちでは、新銀行東京への批判やオリンピックへの一般の反対も多かったというが、「あまりにも民意と違うことばかりやっているから、そこに反発する人が多かった」という感触を得ていた。福士さんの支持者はどちらかというとこれまで女性が多かったが、今回は新銀行東京の問題で、男の人から拍手や“がんばれよ”という声がかかったり、父と息子が家から出て来て応援する、というめずらしいことにも出会っている。
福士さんは杉並区議会選挙にはじめて立候補したときからあまり当選を意識していなかったと言う。今もその姿勢は変わらない。選挙は、世間に対して私たちが言いたいことを言える場だと思っている。はじめ杉並は、過半数にも届かない投票率で選ばれた人に「全部お任せしていいの?」っていう思いからだった。
今回も、都政は13兆円ものお金があって、そういうお金を動かすだけの力がある。だのに「新銀行東京やオリンピックや知事の好き勝手なところに使わせていいの?」「それを止める人もいない議会でいいの?」ときちんと言える場で、きちんと伝えられて良かった。いってみれば普段の福士さん、そして普段の議会活動を選挙民に問うた。「そのうえで落っこちずに入ったのがうれしい」と、ここでも率直だ。
今回の選挙には、実に全国から応援が駆けつけた。現職の地方議員が自分の選挙のように、福士さんの政策を訴えた。選挙に関わる若い人が少し増えたことも「楽しかった」。
福士さんは「税金のムダ使いをチェック」と訴えてきた。今回は、高齢者、子ども、障害者の福祉も加えた。経済というと普通は公共事業をやって経済をふくらましていく発想しかない。「私も男の人にオリンピックで公共事業がとれて経済が廻って経済効果が出れば世の中いいんじゃないか言われたりもしたの。でもそういう大型の公共事業に頼る経済はもうだめだと思っている」。
2035年には4人に1人が75歳以上の後期高齢者になる。2015年が日本の人口のピークだから、あと6年後。60歳、70歳以上はもっと多い。
「ということはお金を取れない人が日本の経済を支えるべきところいるわけだから、その人たちを抜きに公共事業だけで儲かるというのはウソだと思っている。地域を歩いていると、杉並なんか高齢者で年金生活者でお金持ちの人がいる。普通、政治が問題にするのはお金がない年金生活者で、そういう人たちに「福祉を」というわけです。それもやっていかなければいけないんだけど、お金がある年金生活者に対しても、やはり安心できる医療制度とか福祉をつくっておかないと、お金のある人も買い物をしなくなってしまう」。
福士さんがついたのは「100まで生きてね、途中で具合が悪くなったら介護保険だけじゃ足りなくなるし、医療費もどうなるかわからないいし、入院したらお金もきっといっぱいかかるでしょ。その時までにお金使ってしまっていたらやっていけなくなるからお金使えないのよ」という言葉だった。
「ガバッとした公共事業で儲かるバブル時代のような経済をいつまでもイメージするんじゃなくて、普通の年金生活者もささやかでもお店で買い物が風通に出来るような、豊かな人は豊かな人なりに買い物が出来るような社会をつくらないと、消費経済が回っていかないなと思ったの」。
政治の場合は、大型公共事業をやって景気が良くなったら活性化するという。だから外環道やオリンピックをやって経済効果があるという「それって数字どおりにいったのはいつのことか、数字があるなら見せて欲しい」と福士さん。
「男の人たちが考えるのは、やっぱり会社が儲かってと言うようなイメージの経済ではないですか。今回ばかりはそういう福祉に力を入れないとだんだん先細りになっていくと思った」。国は福祉予算削減を2200億というけれど、都の財政から見たら何とでもなる。何しろ「出すよ」の一言でオリンピックなんか毎年1000億を積み上げている。
「いま都財政はきゅうきゅうにはなっていますけど、この先どこを削るかというと可能性はある。外環道だって1㍍1億円みたいな道を造らなければ、その分でゆるやかな持続可能な経済を考えていける。そういう意味で経済は無視は出来ない。町の人たちが食べていけるような経済の回し方を考えたときの福祉もいるかなあと思っている」。同感です。
これまで、知事の提案だったら与党も、そうでない中間の民主党も含めて何でも聞くという体質がある。「知事の提案ならいいよね」というなら議会はいらいあいのであって、「言う人はいなきゃいけない、ということを福士さんはやってきた。「今後に向けても是々非々でやっていきたいと思っているんですよ」。
「外形標準課税はたった一人で反対しました。みんなが賛成するんだから私一人で反対してもどうにもなるわけではないんだけれど、そしてみなさんがそうするんだから私も賛成してもいいんだけれど、責任とらなくても済むし。でも問題があるなら、そこは明らかにしておかないと、あとあと意味が分からなくなっちゃう。そういうキーマン的な役割を果たしていかないといけないのかな」。普通一人で反対するのはこわい。「ネグッちゃいけないなと、心して据わっている」。プレッシャーは大きい。
121議席のなかで、53民主、ネット3だと57で過半数に達しない。あとは共産8と福士さんで9人になる。民主党はたとえば築地の市場でも、国の鳩山さんは反対と今にもひっくり返りそうな勢いだ。しかし都議会では、どこに落としどころ考えているかわからない。「職員はここまでやってきたのにいまさら変えられない、と言って民主党を説得するでしょう。それにどこで民主が乗るかなんですよ。八つ場ダムもそうですよ」。都議会の民主党は、これまで与党ではないが中間の存在だった。民主の若い人がいっぱい当選したが、この中には右よりの人がいる。「それはそれでねじれが出るかもしれないんですよ」。
「民主党は、国でもそうだけれど第1会派になったことがないから、まとめ方がどこまでできるかがわからない。勝ってがんがん動いているようには見えない。新銀行東京のときも民主の中に石原派がいたからまとめきれなくて賛成しちゃって、融通無碍できているからどうなるかまだわからない」。今後の議会の対応はまだ読めない。
知事とともに東京都の職員の権力者は強い。「八ッ場ダムで質問をしたいといったら、担当者が来て、これだけ金を使ったのにと脅しにきましたよ。自身が事業者だと思っているから、国の官僚よりも、分からないと言わないし圧力がある。石原都知事はわがままいっぱいやっているから、これにたてつく官僚はもうやめちゃっている。だから残っている人は石原さんに『いいよね』」と思わせることができる人です」。「だから八ッ場ダムをいまさら止めますなんて、知事の周りの経団連のお友達なんかにかっこわるいことから、いやとは言えないつきあい方をしていると思います」。
9月議会が終わらないとまだよく見えないことが多い。民主党はオリンピックには反対しなかったけれど、その予算を他にまわせるのか、何にまわせるのか。
「新銀行はいま貸し渋りをしています。国から事業をとれるような優秀なところばかりに貸して、新銀行の赤字を少なくしています。でもこれは民業圧迫じゃないか、と言っています。他の銀行だって優秀なところはもらいたいはずです。そこをぶんどって新銀行東京が握っているわけだから、民業圧迫しながら自分が生き残っていこうとしているよね」。
「選挙で一番悔しいのは無所属だからって差別されること」。本番で街頭宣伝をしていると「レポート下さい」っていわれても、無所属は渡せない。「これをだれもおかしいと思わないところに日本の選挙の問題点があると思います」。ヨーロッパは比例代表制が多いから政党の名前を書けばいいが、日本の場合は選挙区と併用だから人の名前を書かなければいけない。もし純粋に市民派無所属がいて、どこかの選挙区から出ようとすると、ニュースも配れない。「これは無礼な話しです」。と福士さんの無念さは一塩でない。たしかに都議会や区・市議会のレベルだと無所属はゴロゴロいる。なぜ無所属はダメなのか。選挙の公平性を何も考えず、気づかずにやっていることは問題だ。
「何回か選管に言ったこともあるけれど、回答はないんですよ」。主権者に対しても情報を与えないことになる公職選挙法。今ある政党に有利につくられている公職選挙法は他にも問題が多い。