私と憲法83号(2008年3月25日発行)


自衛隊海外派兵恒久法に反対する運動と「5・3憲法集会」、そして「9条世界会議」

自衛隊海外派兵恒久法をめぐる攻防は本年最大のたたかいである。

改憲派のプリンスとして「任期中の明文改憲」を掲げた安倍晋三首相は、昨年秋、内外の困難の前に突然、政権を投げ出した。代わって登場した福田康夫首相は、米国の要求に従って衆院再議決など異常な手段でしゃにむにインド洋給油新法を強行したあと、安倍の改憲戦略とは異なって、明文改憲実現を急がず中長期的な課題として位置づけ、当面は自衛隊海外派兵恒久法の制定をめざすという方針をとっている。福田内閣としては米国や財界の要求する明文改憲による集団的自衛権の行使の実現の方途が見えないもとでは、この派兵恒久法の立法化で急場をしのぐ以外にないところに追い込まれている。

福田康夫首相はもともと小泉内閣の官房長官時代に、私的諮問機関「国際平和協力懇談会」を設置し派兵恒久法の検討に手をつけた過去を持っている。閣僚の一部からはこの通常国会中にも法案を作成し、秋の臨時国会で成立させるという構想も聞こえてくる。しかし、現在、防衛「庁」疑獄やイージス艦「あたご」の事件など自衛隊にまつわる問題続出で、公明党など与党内に躊躇する部分があり、法案作成のための与党協議が遅れている。そのため派兵恒久法案の形として存在するものは06年8月に石破茂が中心になって自民党防衛政策小委員会が作った「国際平和協力法案」以外にない。しかし、これはとんでもない悪法案で自衛隊がいつでもどこでも海外で武力行使ができるようにするという、究極の解釈改憲案、9条破壊の法案である。この法案の下では自衛隊はいま全世界で米軍の戦争と常に行動を共にしているイギリス軍並みになりかねないものだ。石破試案の危険性を暴露し、同法の成立を許さない闘いは当面の反戦平和や憲法に関連する課題では、最大の政治的課題になっているととらえておくべきである。

2001年以来8回目を数える共同の集会である「2008年5・3憲法集会」はこの自衛隊海外派兵恒久法に反対する課題を鮮明にした集会であり、また5月4日から3日間、千葉県幕張メッセをはじめ仙台、大阪、広島などで開催される「9条世界会議」に連帯する立場から、ゲストスピーカーに米国の反戦団体「コードピンク」のアン・ライトさん(元米陸軍大佐、九条世界会議の参加者)を招くことにしている。集会は3日13時30分から日比谷公会堂で開かれる。スピーカーはほかに音楽評論家の湯川れい子さんと、恒例になった志位和夫共産党委員長、福島瑞穂社民党党首の両党首である。

一方、各地あわせて約2万人規模で開かれる「9条世界会議」は、いま派兵恒久法を持って世界的規模で武力行使をしようとしている日本の自衛隊の動きに対抗する国際的な市民運動の画期的な取り組みとなるにちがいない。「9条世界会議」は1999年5月に出された「ハーグ平和アピール」(「各国議会は、日本国憲法第9条のような、政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべきで ある」と呼びかけた)や、2006年6月にバンクーバーで開催された「世界平和フォーラム」(最終文書で、各国政府が「日本の9条のよう に憲法で戦争を放棄すること」を求めた)につづいて、「武力で平和は作れない」と日本国憲法の第9条のような考え方の価値を確認する国際的な潮流の上にある、画期的な企画である。折しも5月4日には中米のボリビアで不戦反基地条項を導入した新憲法が発表されようとしている。

すでに2月24日に広島を出発したピースウォークが5月3日の日比谷、4日の幕張をめざして、山陽道、東海道を歩いてキャンペーンしており、多くの人々の注目を集めている。幕張メッセで開かれる4日の全体集会、5日の分科会などの企画は盛りだくさんで、充実した企画となっているし、6日には内外の参加者たちによる「宣言」が採択される予定だ。

私たちは自衛隊海外派兵恒久法のような悪法の成立をめざしている福田康夫内閣に対抗して、全世界の市民と共に平和をめざす日本の市民運動の歴史的な飛躍をかけて、この9条世界会議の成功をかちとらねばならない。

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許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会
特別スピーチ&各分野からの発言詳報

2月16~17日に東京で開かれた「第11回 許すな憲法改悪・市民運動全国交流集会」の概要は前号で報告しましたが、今号では、特別スピーチと各分野からの発言詳報、シンポジウムの概要を報告します。(文責・編集部)

特別スピーチ(1) 湯浅誠さん(NPO法人 自立生活センター「もやい」事務局長)

こんにちは、湯浅といいます。

私は今ご紹介いただいた「もやい」という団体で生活困窮をしている人の相談をずっと受けています。もともとは95年から路上で、野宿をしている人と一緒に活動することをしてきたんですが、去年は反貧困ネットワークという団体を東京を中心にしてつくりまして、貧困問題を社会的にアピールしていく、そういう活動をしています。この間、じょじょに憲法9条と25条をセットで考えていこうという機運が盛り上がってきたと感じています。昨日、私は札幌から帰ってきましたが、9条と25条をセットにする集会でした。その前の週は沖縄でした。いろんなところで両方セットで考えていかなきゃいけないという機運が盛り上がってきて、それはとても大事なことだし、歓迎すべきことだと思います。

9条と25条をセットにする問題はそんなに難しいんじゃないと思うんですね。例えばこういうことです。われわれのところに今週相談に来られた方は60歳の女性の方でした。江東区で30年、アパートに住んでいて一度も家賃を滞納したことがない、だけどこの間生活が追いつかなくなって一ヶ月半滞納したことでアパートを追い出されました。追い出されたその日にわれわれのところに来ました。パートの仕事を3つ掛けもって暮らしていて1日2,3時間しか寝ていない。だけど生活が追いつかなくて、家賃を払えなくなっちゃたら追い出された。役所には3年前から相談に行っているけど何もしてもらえない、そういう人です。例えばこういう人が、今日明日に憲法の是非を問う投票があったとして、その投票に行けるかという問題ですね。

また35歳の女性は派遣で働いている人でした。鬱病なんです。もともと働ける身体じゃないけど、働かないと食べていけないですから働くわけですね。無理に無理を重ねて働くのでどうしても常勤のようには働けないわけです。そうするとやっぱり家賃が滞ってしまって更新が来月あるけれど、このままでは更新しないぞっておどされています。仕事は苦しい中続けていて、やってくれといわれて辞めるに辞められない。生活保護の話もしたんですが、仕事が辞められないということです。社会福祉協議会から貸付金を受けられるんですが、それも借りていて返していない。国民健康保険は当然のように払えていない。そういう中で「これ以上お役所に迷惑をかけられない」と言うんですが、更新日までどうやりくりするか、入った収入からいくら返していくら生活費残して、次までいくらもたせるかということで、毎日毎日頭の中がいっぱいなんですね。しかも身体はきついですから。じゃあ、この人が同じようにそういう投票があったときに足を運べるか、あるいは憲法9条のことを考えられるか、政治のことを考えられるかということですね。それは言うまでもなく明らかだと思うんです。

世界的にはこういう問題は、基本的にはセットで考えるべき事、つまり飢餓と戦争の問題はセットだったと思うんですね。ところが日本はたぐいまれな戦争経験を持って、平和の問題が非常に強くうち出される一方で、これまたたぐいまれな経済成長をしてしまいましたから貧困の問題は終わったということにこの何十年かなっていたんですね。という中で、9条と25条をセットで考える習慣がとても人々の中で弱い社会だと思うんです。これは世界的に見てかなり特殊な現象じゃないかと私は思います。アジア、アフリカで飢餓と戦争の問題を切り離して考えている人がどれだけいるか、そう考えれば、日本でその問題がこの間ずっと結びついてこなかったことがいかに特殊なのかというのはわかると思うんです。だとすればやはり「9条を世界へ」といったときに、貧困やそうしたメッセージをいかにセットで伝えていくか、それによって9条の大切さを世界的に敷衍するもうひとつの強固な柱になるんではないかと私は思っています。

堤未果さんが「貧困大国アメリカ」という本を書かれましたね。その中で、高校で軍のリクルーターが特に貧困高の貧しい家庭の子をリクルートして、軍隊に送るという話がありましたが、これは日本でも起こっています。これはまだ未確認なのではっきりは言いませんが、学校で自衛隊の勧誘が来て、先生もそれを歓迎している、困った、ということで連絡をしてきた方がいます。高校の先生は子どもをいかに就職させるかで日夜頭を悩まし続けている訳です。これだけ非正規が蔓延している中で、じゃあ3年間社会保険、雇用保険、失業のない安定した職だったらいいじゃないか、と思う人がいてもそれは不思議じゃないですね。実際に20代、30代の人にこれかから一生、昇格も昇級もないコンビニのレジ打ちをやって下さいという人生と、軍隊に入って資格の取れる人生、給料の高い人生とどっちがいいですかといったときに、そっちを選びとる人を止めることはできないと思うんですね。

9条の問題は、平和への意識の問題とかあるいは戦争の怖さを知るか知らないかとか、割と「意識の問題」として語られてきたと思います。それはそれでとても大切なことですが、実はこういう人たちを戦争に駆り出すのにイデオロギーはいらないんですね。だって食えなくしちゃえばいいわけです。食えなければ食わなきゃいけませんから、死ぬか生きるかといったらそれは食う方を選ぶのは決まっているわけですね。そのときに「どこで食うか」ということはそれほど大きな問題にはならないわけです。18歳でホームレスになって、転々として「もやい」にたどり着いた子がいるんですけれども、世の中を激しく怨んでいるんですね。なぜかといえば自分が本当に困ったときに誰も何もしてくれなかったからです。自分が路上や公園で寝ていたときも誰一人声をかけてくれる人がいなかった。生活保護という制度を誰も教えてくれなかった。そういう中で世の中に対するうらみつらみが、本人にもどうしようもないようになっていて、たまに「もやい」のメンバーに電話をかけてきて「なんかやっちゃいそうなんだけど」って相談してきます。だんだん落ち着いてきましたけれどもね、でもそういう状態で人々を、しかも大量な人々をほったらかしておく世の中は戦争に対して抵抗力を発揮できるわけはないんですね。

生存の問題は、要は抵抗力だと思えばいいと思うんです。それは一個人としてもそうです。食うに食えない、寝る場所もないような生活は、個人としても抵抗力を落としていきますが、それは社会もそうだと思うんです。貧困がどんどんどんどん生み出されるような社会は、戦争に対しても抵抗力を失っていくと思います。それは彼らのような事例をみれば明らかですね。路上にいる人たちには自衛隊経験者が少なくありません。多分一般の人たちの比率よりもかなり高いと思います。それは食えなかったからですね。彼らは別に戦争好きじゃないです。「どうせ自衛隊に行ったって戦争に駆り出されることはねーだろう」と思っていっていた人が大半です。出てきてもどうにもならないから野宿になっている。そういう人たちがかつての農家の次男坊、三男坊だけじゃなくて、いろんな人たちに広がっているのが現状だと思います。

生活保護基準以下で暮らしている人は1,000万人程度いるといわれています。この1,000万人の人たちは今日明日の暮らしを支えることに常に頭を悩まさなければいけません。政治のことを考える余裕は正直言ってない人が大半でしょう。そういうときにいかに戦争への抵抗力をつける社会にするのか。社会の強さ、弱さというときには私はそれが本当の意味での社会の強さだと思うんですね。軍事力を持っている社会が強いんじゃない。人々がちゃんと暮らしていけて、考える余裕があって、そしてその問題に取り組むことのできる、そういう社会が本当の意味で強い社会、それは戦争に対する抵抗力においても強い社会だと思っています。憲法9条の問題は割と年齢の上の方が多くて、いまどんどん貧困化している若い連中の問題とクロスしてこなかった経緯があったと思います。これからは両方が両方に手を伸ばしてやっていかないといけないし、またそうでないとこの間の動きを止めることもできないだろうと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

ありがとうございました。

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許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会
特別スピーチ&各分野からの発言詳報

特別スピーチ(2) 谷山博史さん(日本国際ボランティアセンター・JVC代表理事)

 みなさん、こんにちは。紹介にあずかりました日本国際ボランティアセンターの谷山と申します。今回は憲法改悪を許さない全国集会が第11回目ということで本当におめでとうございます。この席に貴重な時間に呼んでいただきまして本当にありがとうございました。私が所属している日本国際ボランティアセンターは今年で28年目になりますけれども、アジア、アフリカ地域で戦争や自然災害などの被害にあった人たちに対する緊急救援や、あるいは貧困地域といわれるようなところでの長期的な開発支援活動をおこなっている団体です。現在は、いまの「対テロ戦争」の現場でもあるアフガニスタンやイラク、それからスーダンは、状況が複雑で一概に言えませんけれども対テロ戦争のひとつの焦点になっている、そこでも活動しております。南アフリカやアジアではタイ、カンボジア、ラオス、ベトナムそれから北朝鮮という地域で活動しております。

私自身は2002年から4年ほどアフガニスタンの東部の町ジェララバードという町で活動しておりまして、一昨年の暮れに帰ってきました。つい最近も1週間ほどジェララバードに行ってきました。状況がどんどん悪くなる一方で、以前はパキスタンから国境を越えて活動地に入っていましたが、外国人に対する誘拐の警告だとか、あるいは「自爆テロ」だとか、あるいは米軍などの攻撃に巻き込まれることなどもあって陸路移動が厳しくなったので、何回も飛行機を乗り換えて4日間かかってジェララバードに着くという、とても私たちの現場が遠くなってしまいました。

今日の話はいわゆる海外の「対テロ戦争」の現場から憲法の問題に引っかけて話をしたいと思います。湯浅さんは帰っちゃったんですね、湯浅さんの話に引っかけって話そうと思ったんだけど。飢餓と戦争の問題、これはまさしく表裏の問題だと考えています。アフガニスタンでも百億ドル近くの復興資金が投入されたにもかかわらず、まだ食えない人たちがたくさんいますね。あるいは武装解除によって軍を除隊させられた人たちも食えない。あるいはケシの栽培、将来どうなるかわからないような不安定地域ですから、とにかくお金で自分を守るしかないとケシをつくっている人たちもたくさんいたわけです。それが禁止され焼き払われたりして、それに代替するものがなくて若者なども職がないという状況がたくさん広がっている中で、生きるすべがない人たちがたくさんいる。

一方で、首都を中心にして復興景気で儲かる人たちがいるという格差と、実際に物理的に生きる難しさの中でタリバンのリクルートが進んでいるわけです。タリバンがお金を払ってリクルートしている。だけど、人間はただ単に生活が苦しいからということで人殺しはしないですよ。そのためにはおそらくある正当化が必要なんですね。あるいはアイデンティティーが必要なんです。それをいわゆる反米、反政府勢力は上手く使って「私たちは占領されているんだ、それに対してたたかうんだ、イスラムのためにたたかうんだ」ということでリクルートされているわけです。そう思いこみながら、信じて「自爆テロ」をする。そう人たちがどんどん増えている。一説によるといまアフガニスタン全土の50%以上が心理的にタリバンの支配下にあるといわれています。実際にパキスタンとの国境に近い南部、南東部、東部――私たちが活動しているところですけれども、この地域ではタリバン及びタリバンにつながるような武装勢力の活動は活発になってきて、地域、地域で実効的に支配していますね。

いまの戦争は米軍が来てテロリストをやっつけて、彼らは逃げて、また「ヒット&ラン」で攻撃を仕掛けるという状況じゃなくて、正面衝突で戦闘が行われているような状態です。その中でおそらく米軍の兵士もたくさん殺されて恐怖の中にいるでしょう。しかしそれを私たちは知らない。完全に報道がシャットアウトされていますからどのような悲惨な戦闘が、殺し合いが行われているか私たちが知らない。だからなんか成功しているような感じがするわけです、アメリカでも。つい最近私の妻が、アフガニスタンで4年くらい一緒に活動していましたが、アメリカに行っていろんなところで話をしてきました。やっぱりアメリカ人にわかってもらいたいということで乗り込んでいったわけです。イラク関係で話をしてくれという集会はたくさんあるけども、アフガンに関しては全然知らない。アフガン戦争、アフガンでの対テロ戦争に反対する人たちはあまりいないのでびっくりして帰ってきていました。

私が行ったのは2002年8月でした。その頃は小康状態で、私自身もひとりで外をほっつき歩くこともできたし、村々に急に行っても村人も迎え入れてくれる状態でした。いまでは本当に私たちが活動している村くらいしか行けないですね。村に入ってしまえば、そこで信頼関係さえあれば守られるということがあります。しかしその村にも当然タリバンのシンパ、あるいはタリバンにつながるような、むかしのムジャヒディンのグループとかたくさんいます。彼らはいちおう黙認してくれているわけです。そんな中で私たちは活動できている。一方で状況はどんどん悪くなって、イラク戦争が始まる前後からの国際的な動きの中でタリバンは力を得てきます。2004年には800人の「テロ」の犠牲者が出て2005年には1500人、2006年には4000人、2007年には5000人以上と犠牲者が増え、その中には外国軍によって攻撃されて無実にも関わらず亡くなる人たちがたくさんいる。そういう背景があることを知っていただきたいんです。

犠牲になる人たちの中にはいわゆるタリバンの「自爆テロ」によって亡くなる人たちもたくさんいます。しかし不思議なことに、じゃあ本当にみんながタリバンに反発して「対テロ戦争」に賛成するような動きが出ているかというとまったく反対です。逆に外国軍、OEFですね、コアリションフォース、連合軍、それからISAF、両方が戦闘に関わっていますけれども、それに対する反発がどんどん広がっている。これは不思議な現象です。やっぱり外国軍が来て自分たちを殺していることに対してとても強い反発があるんですね。歴史的にもあります。それがまたやってきたという中で起こっている反発です。

私と一緒に活動しているアフガン人のスタッフの母親が、2年ほど前に米軍によって撃たれ重傷を負いました。田舎町をローカルのタクシーで移動しているときに前方と後方から撃たれました。乗っていた3人みんな重傷で、それに対して私たちが厳重な抗議を米軍にしました。カブールまで行ってマグラムの本部から来た人たちと話をしましたが、最終的には調査も行われなかったし謝罪もないし補償もなかった。それを聞いてそのスタッフの家族の一人は、本当深い怒りをあらわにして「テロでも何でもやってやる」と口走りました。だから僕は想像できるんですよ。そういう人たちがたくさんいて、部族社会ということもありますから、敵に対してみんなで結束していく、それがどんどん広まっているという感じがします。もちろん貧困もありますけれども、正当性をあたえるいわゆる、反政府、反米の武力闘争の背景にはそういう「自分たちを守るんだ、占領されている状態から脱するんだ」という思いがあることを感じました。

いま米軍、それからISAF、もうにっちもさっちもいかない状況で形勢が悪いわけですね。一時は民主化がうまくいって大統領選挙も議会選挙も復興もうまくいっているということを私たちは聞かされてきたのに、何でいまこうなっているのという話なわけです。その一番のクライマックスは大統領選挙で、2004年10月でした。その1ヶ月後の11月にはブッシュの再選がありました。それまではとにかく成功、成功とずっといってきたわけですけれど内実はそうじゃなかった。私たちはもともとこの戦争は成功するとは思えない、テロの背景には当然絶望だとか憎悪だとか、そのさらに背景には世界規模で広がっている不公正、不平等があるわけですね。あるいはアイデンティティーを奪われるというようなものがあって、それは武力によって抑えつけることはまったくできないと思っていました。だからこそ、現場に入ってアフガンの現状をつぶさに見てそこでできることは私たちなりに考えてきたわけです。

アフガンのいまの状況を複雑にしているふたつの要素があります。ひとつは戦争を行う部隊であるOEFと、本来は治安維持の機能に特化しているはずのISAFがいまや一体化していることです。一体化するということはとても大きな問題で、本来はISAFの交戦規定とOEFの交戦規定は違って、ISAFは追跡して攻撃することはできません。しかし南部や南東部では戦闘が激しくて危険なので、先制攻撃をしていく、さらには米軍の指揮下に巻き込まれる中で、実際の指揮権はISAFにあるにもかかわらず、そこには米軍の司令官がいて一体化していく中でなし崩し的な状況になってきています。

もうひとつは復興を行うにあたって治安が悪いから軍隊が復興を行おうということで、軍による人道復興支援、PRT(Provincial Reconstruction Team)が2003年に立ち上げられ、いまや全土に展開しています。この軍隊が復興を担うということで、これまでNGOや国連や地元の行政でできたようなところに軍隊が入ってきて復興活動をします。これも状況をすごく複雑にしている。彼らに言わせると治安が悪いから軍隊がやらなきゃいけないと言いますが、私たちから言わせると彼らが入ってきたから治安がどんどん悪くなるという状況です。私たちが支援していた東部のある軍の診療所、ここに米軍が5台の装甲車を連ねてやってきて急におまえたち出て行けといって薬を配り始めたんですね。そして夜、そこに止まって射撃訓練までしている。私たちがしっかり活動できていたにもかかわらず、本来の中立の立場で誰でも受け入れるはずの病院がそこで軍に巻き込まれてしまったために、そのあと案の定治安が悪くなりましたね。現実的に私たちはそこをアメリカのあるNGOにとられてしまったので、そこから撤退しました。身をもって軍と軍事活動との中立を掲げて、どんな人たちに対しても受け入れられることによって私たちをプロテクトしながら人道復興支援を続ける、そういう私たちの立場が崩されようとしています。

これは大きな脈絡からみますと、復興支援活動の軍事化です。これはグローバルに進んでいる状況の中の、アフガニスタンは最先端です。もちろんイラクでもその後進んでいます。それに日本は参加しようとして、昨年小沢さんが提案をしたISAFに自衛隊を派遣しようという流れが乗っかってきているわけです。一時は私たちも相当動きました。廃案になりましたけれども、どうやら秋口くらいには超党派で派兵恒久法、一般法というかたちで成立しかねない状況にある中で、日本もわざわざ軍事的な装いをもって復興活動に関わるようになってくる、そういう動きになっています。

そうすると私たちは危険なわけです。日本政府の援助を持ち上げるつもりはありませんけれども、日本に関していえばアフガニスタンでは独自の立場を持っていました。本土には軍隊を派遣していない。一方ではインド洋で給油活動をして、OEFに対する直接支援をしていたわけですけれども、それはみんな知らなかった。だから日本だけは違うと、村の長老も知っているんですよ。行くと本当に日本には感謝していると、NGOであろうと日本国であろうとあんまり区別していないところがちょっとしゃくにさわるんですけれども、まあいいやと思って、「そうなんだよ、日本は憲法があってね」と話します。歴史的にいろんな国が入ってきて、特にイギリスなどが入ってきて翻弄された人たちはそういう嗅覚がとても強い。だから日本を特別扱いしています。

今回の給油法の問題は安倍政権の崩壊の大きなニュースの中で、「なんだ、結局支援していたんじゃないか」と、ちょっと僕たちも危なくなった。だけど本土には送らないからね、という話をしていたわけですが、また送ろうとしているわけです。日本人で犠牲者はいません。だけども欧米の人たち、援助関係にもかかわらず、一緒くたにされて狙われたり、殺されたり誘拐されたりというケースが多いです。そういうことも考えて私たちが日本としてできる、軍事と復興をちゃんと切り離して復興面で中立的な立場で支援するというものを、日本は憲法があるから一応アメリカの要求も突っぱねながら、できたわけです。これがなくなったらもっと悪いと思います。

そういう意味で憲法のいわゆる国際紛争を武力によって解決しない、そうじゃない方法によって解決するということは対話によって解決するということです。日本は対話の仲介に入る立場をまだ維持しています。おそらくタリバンは日本だったら仲介の労をとらせる可能性があるだろうと僕は思っています。しかし他の国ではとても難しい。スーパーエンボイといってかなり実権を持った国連のミッションを派遣しようという案が出ましたけれども、カルザイ政権によって拒否されましたね。これは、スーパーエンボイが復興と治安支援、軍事活動を全部一体になって主導権を握るという案があったから、カルザイ政権が脅威を感じたんですけれど、一方でタリバンとの交渉もそれが行うんではないかという不安があったから拒否されたわけです。そこに送り込まれようとしたのはイギリス人だった。もしそれが日本人だったら、ひょっとしたら違うかもしれない。そのくらいまでイメージを大きくして、私たちは軍隊を派遣することに反対するだけじゃなくて日本の立場を利用した和平のイニシアティブをどう発揮していくかということを追求することがいま大事だと思っています。

話せばいくらでもまだあります。本当に地域、地域での和平ですね、「ピース・ジルガ」と呼んでいますが、同時に国際的な規模で和平交渉をもう一度切り替え直す、タリバンを入れなければおそらく展望はありません。過去のような内戦状態になって、外国軍が撤退する、そして私たちが彼らを見捨てるという状況になりかねません。いま憲法でやっと保たれている日本の独自の地位を活かす方向でもり立てていこうじゃありませんか。

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各分野から(1)子どもはお国のためにあるんじゃない!市民連絡会 東本久子さん

こんにちは。簡単に会の紹介を致します。私たちは昨年まで教育基本法反対の市民組織を作っていましたが、残念ながら安倍政権によって改悪されました。改悪されたからもうしょうがないと諦めていたらしょうがないと、教育基本法の実動を絶対に許さない草の根運動をしていこうと、去年この長い名前の会を立ち上げました。一人ひとりの立場を越えて自立した市民が繋がっていこうということでやっています。

いま、改悪された教育基本法の実動が各地で猛烈な勢いで進んでいます。教育現場は国家権力にしっかりと組み込まれ管理統制の嵐が吹き荒れています。道徳教育が強化され、先生たちは物が言えない立場に追い込まれていて、そういう状況の中で様々なことが展開されています。

沖縄戦に関する教科書検定問題について報告します。2006年度の教科書検定は、今年の4月から使われる高校の歴史教科書ですね。沖縄戦における住民の集団死、つまり集団自決に関する記述に関して、沖縄戦の実態を誤解する恐れがある表現である、という検定意見がつけられて、検定申請をした5社の日本史教科書が書き換えを命じられたわけです。いずれも集団自決を引き起こした主体として日本軍という言葉が外され、あたかも住民自らの意志で進んで集団自決を行ったように表現させられたわけです。

1990年以降、集団自決は軍の強制ということで、検定委意見の修正が行われたことはなかったんですね。それが安倍政権になって、日本会議の右翼政治家が内閣を独占したというか乗っ取った感じで、下村博文とかそういう人たちが猛烈な圧力をかけて検定意見をつけさせたわけです。後で文科省の人が、当時の安倍政権に配慮して検定委意見をつけた、ということをはっきり言っていました。これにたいして沖縄では、文科省への抗議、県議会や市町村議会での意見書採択で、これらはすべて超党派の抗議や要請などの行動として積み重ねられました。そして2007年9月29日に11万600人という人が結集しましたよね。ものすごい大規模な県民大会が開かれました。その中で高校生2人が演壇に立って、“あの沖縄戦を体験したおじい、おばあが嘘を言っているというんですか”と言って大きな感動をよびました。

安倍政権が崩壊して福田政権になったとき、この県民大会の思いを重く受け止めて文科省にしっかり検討させると文科大臣が返答していたんです。けれど12月4日に「沖縄戦首都圏の会」などが文科省に要請に行ったときには、検定意見は学問的、専門的立場から公正につけられたものであり撤回できないと返答します。振り出しに戻ったんですね。その日の午後に出版社の役員を呼んで検定審議会は基本的な捉え方を示しました。その指針と基本的な捉え方というのは、集団自決には複合的な要因があり、直接的な軍の命令による集団自決は確認できないとして、軍の責任を曖昧にする発言でした。方針として軍が強制したのではなく住民が強制と思いこんだ節があるというような姿勢です。やっぱり右翼議員がすごい圧力をかけて政治介入していることは明らかです。

沖縄タイムスなど沖縄のマスコミは、軍の強制を相変わらず認めないと大きく報道しました。けれども本土の全国紙は軍の関与は認められたという。この差ですね。もう本当に呆れてしまいます。私たちはつながりあいながら、諦めないで検定委意見の撤廃を求めていきます。文科省の検定意見への対応は、皇軍、日本軍の名誉を回復していく、そして自衛隊派兵と海外で戦争することにバリアーをなくしていく、私たちにそれを受け入れさせていくという大きな大きな政治的意味があるわけです。私たちは小さな小さな草の根の運動で大きく広がり、はね返していきたいと思っています。

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各分野から(2) VAWW-NETジャパン東海林路得子さん

「平等」という言葉で切り捨てる人権侵害

去る1月26日の午後、「河野談話の白紙撤回を求める市民の会」と称した集団が「女たちの戦争と平和資料館」に23人押しかけ、暴言・脅迫を行いました。この資料館は、日本軍による被害女性に関する記録の展示や収集を行っていますが、彼らは、呼び掛け文の中で、「戦地売春婦記念館」と言っています。彼らは別名、「(祖父の)名誉を回復する会」とも名乗っていますが、祖父の後ろに「日本軍」という言葉が隠されていることは明らかです。

またその一週間前には、DV防止法が「家族破壊法」だと言って反対しているグループと一緒になり、つくば未来市でのフェミニストカウンセラーの講演を中止させました。その時はたった3人で役所に押し掛け中止させたとのことです。私たちバウネットは2000年に行った「女性国際戦犯法廷」以来、このグループによって妨害され続けてきました。彼らは常に役所で騒ぎ、結局役所が、他の入館者に迷惑をかけるということで、次々に断ってきたのです。

しかし、最近では、その様相が変化してきているのではないかと感じています。

それは「悪しき平等主義」が猛威をふるいだしているのでは―という感触です。そしてそれは、私の印象ではどうやらNHKから始まっているのではないかと感じています。なぜかと言えば、あの大きな番組改変に対して、裁判で、NHKは日本軍「慰安婦」の被害事実を肯定している人と否定している人を平等に扱うために編集したと言い続けてきたからです。始めから終りまで「平等、中立、バランス」とそればかり言ってきました。現在は役所でも女性センターでも、あちこちで「平等・中立」を理由にして、「慰安婦問題」や「性の平等の問題」についてプログラムに受け入れないようになってきています。天皇制の問題はもちろんのことです。私たちはNHK裁判をする中で、NHKが「天皇、慰安婦、フェミニズム」はタブーであると言われていることを知りました。そう考えると役所もメディアも総NHK化しているようにさえ感じます。

確かに実際に押し掛けられるということは気持ちのよいものではありません。また、集会を妨害された場合、一般市民が自主規制したり、自主規制を主催者に求めたりして集会ができなくなっていくという危機感もあります。しかし、私がいま一番危機感を感じているのは、「平等」という言葉で自分たちの主張を切り捨てられたとき、切り捨てられた側が、反論せず、その「平等主義」を受け入れてだんだん運動に消極的になりつつあるということです。これは、運動の崩壊を意味します。人権が平等に認められることを求めているにもかかわらず、「平等」という言葉で、人権が切り捨てられているという事実をしっかり把握しない限り、闘えず、「平和」や護憲を叫んでも、結局足元から崩れるのではないかと恐れています。

昨年秋は、米国、EU、カナダ、オランダなどで日本政府に対して、元「慰安婦」に対する「謝罪と補償」の決議がなされました。彼らの言い分は「理由は単純だ。人権を回復せよということだ」と述べています。政府は、日本軍の慰安婦として性暴力を受けた女性たちの人権を、日本軍の名誉回復を叫んでいる人たちと等しく扱うことによって、切り捨てているのです。
バウネットのNHK裁判は、最高裁において、NHKが「表現の自由」を主張した申し立ては却下されました。しかし、「説明責任」「期待権」など民事の問題で争われています。バウネットは、NHKの権威主義、そして編集権を握っているのが経営者で、しかもその経営者が常に政府に顔を向けていること、その結果、「慰安婦」にされた方々が切り捨てられたことに対して闘ったのです。今朝の新聞によると、麻生氏が「人権擁護法案」を「治安維持法」以上の法案だとして非難しています。「悪しき平等主義」に陥らず、人権を私たちのものにすることこそ、平和の根本であると信じています。私たちの闘いを今後も応援してくださるように、また今後も皆さんと一緒に闘っていきたいと思います。

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各分野から(3)立川反戦ビラ弾圧事件 大洞俊之さん

早いもので私の事件も今年の2月で4年になってしまうのですね。職場の仲間からもあの裁判はどうなっているの、と聞かれる有様です。マスコミもほぼ報道しなくなり、一部の活動家を除いては関心も下がって、状況も十分把握していないんじゃないかと思います。最高裁にいってから2年以上経っています。一審では無罪判決を勝ち取ったんですが、その1年後の東京高裁で中川裁判長によってひっくり返されまして、罰金刑ですが有罪の判決が出されました。直ちに上告して上告趣意書を出したんですが、そのままほったらかしになっている状況です。

最高裁というところは裁判としてはつまらないところです。基本的には高裁でも地裁でも必ず公判があります。事件の規模によっては公判回数が多かったり少なかったりするんですが、最高裁は基本的に公判がありません。要するに書類審査で全部判断しちゃう。例外的に公判を開くときは高裁の判決を見直しますよ、というときです。仮に高裁判決が無罪であれば有罪の判決を出す、有罪であれば無罪の判決を出す、或いは死刑判決が絡んでいる場合ですね。

私の場合、2審が有罪ですから何としても公判の弁論を開かせる必要がある。逆に弁論がありませんと、何月何日に判決が出ますと通知が来たら中身は決まり切っているわけです。上告棄却で終わりと。勿論、理由は述べてくるだろうと思いますし、5人裁判官がいますから、その5人が果たして一致で出るか、それとも反対意見がその中に出ているかどうかですね。とにかく弁論を開かせる。それが勝利につなげる道でしかありません。

状況的には非常に危ないと思うんです。葛飾のマンションビラ入れ事件も密接な関連がある事件ですが、これが私たちと同様に一審は無罪を勝ち取ったんですが東京高裁でひっくり返され、昨年12月11日に最高裁で罰金刑の不当判決になっています。裁判長は違うんですが、構造的に非常に偏ったところがあるという気がします。私たちの場合は、犯罪の構成要件は満たしていると地裁の裁判官は言っています。しかし、商業ビラは放置されていて、実際に住民生活に与えた影響も短時間で、敷地内にいた時間帯も非常に小さいと、要するに犯罪的違法性がないということでの無罪判決でした。

葛飾の場合はもう一歩進んでいます。そもそも犯罪の構成要件を満たしていない、こういうチラシ撒きを犯罪行為とするのは社会通念上も十分合意があるとはいえないのではないかと、非常に常識的な判決だったと思うんです。こういうのを2審の東京高裁はバサッと切って捨てて考えるんです。ちゃんと掲示が出ているではないか、許可なくビラを撒くのは禁止ですと。1審の場合も管理者が出していると、団地に貼ってあると、で2審の、もう一つは立川の意見ですね。

葛飾についての高裁の意見でも理事会が作った掲示板があり、これを排除して入ったから有罪と判断した。ところが面白いことに葛飾の事件では、財産権を侵害したということになるんですが、一体住民のどんな財産権を侵害したのかについては何も書いていません。入った目的の、チラシ撒きに関しては不当なものではないと判決に書いてあるんです。要するに警告を無視して入ったから有罪だという中身です。

チラシ撒きに対して、それを取り締まる法律は日本にはありません。チラシをポストに入れるという行為自体は犯罪でも何でもないんです。入れた文書が脅迫文だったりワイセツ文書だったりすれば、脅迫罪や猥褻物陳列罪が成立するんですが、普通の商業チラシや政治チラシを入れる行為自体は、犯罪行為でも何でもありません。中に入ったことを別の法律で裁かないと、こういうことは規制できないんです。だから葛飾の事件と私たちの事件は住居侵入罪の適用です。

もう一つ「世田谷の事件」を耳にしていると思うんですが、堀越さんとか、それから世田谷の落合さんとかが起きていますが、いずれも共産党支持者の国家公務員でした。これが休日に赤旗の号外などのチラシを撒いたということで捕まえちゃった。堀越さんの場合は公安がずーっと尾行して行動をチェックしていて令状で逮捕しました。落合さんの場合は現行犯逮捕だという違いはあるんですが、はじめは住居侵入罪でやろうとした。後で国家公務員だということが発覚して国家公務員法違反に切り替えたんです。国家公務員は政治行動の規制があるのに違反したと。実はこれは憲法上ものすごい議論がある判断ですね。国家公務員が休日にビラなどを撒くことまで規制していないという事です。要するにポスティングを取り締まれないから、その時その時で国家公務員かそうでないかで住居侵入罪を使ったりして、非常に恣意的に使い分けているのが日本の裁判所ではないかと思います。

葛飾の事件が有罪になったことで、非常に厳しい状況下にあると思います。大衆運動でここまでやってこれた闘いですので何とか最後まで頑張るしかありません。憲法9条も確かに危うい崖っぷちに立っていると思いますが、もう一つ憲法21条とか思想・信条の自由とかそういうことも日本の状況では危うくなっているのではないかと思います。2月23日には決起集会をしますので、どうかご支援のほどを宜しくお願いします。

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各分野から(4) DPI(障害者インターナショナル)日本会議・ DPI障害者権利擁護センター 金政玉さん

 

 私は障害者の立場から憲法との関係を関連付けながら話したいと思います。DPIとは障害種別をこえた障害者の権利の擁護と自立生活の確立を目指して活動している団体です。(日本会議は1986年に結成)
みなさんは国内で障害者といわれている人が総人口の中でどのくらいいるかご存知ですか。案外知らない方がほとんどだと思われます。毎年内閣府が出している「障害者白書」によりますと精神障害、知的障害、身体障害の三つの手帳制度があり合わせて650万人ぐらいです。大雑把に言って総人口1億2千万人に占める割合は5%~6%です。家族単位でみて大体4人家族とすると650万×4=2千万~3千万と考えられ、日本の5人に1人が何らかの形で関っていると推定できるのです。みなさんは案外多いと思うでしょうがこれは少ないほうなのです。先進国のなかでドイツは10%。スウェーデン、アメリカでは20%前後です。それに比べると日本は、障害とは日常・社会生活に制限を受けている本人の障害問題として出来るだけ狭く解釈していく。それはサービスを出来るだけ抑えたい、お金を抑えたいというのが際立っています。
私たちは当事者運動として1970年代から、施設や親から離れて一人の市民として当たりまえに地域で暮らす様々な権利を課題として取りくんできましたが、いま国内的には逆の流れ、これまでの積み重ねを潰していく流れが政府の動きのなかに見られます。
「障害者自立支援法」が当事者の声を無視して、サービスを受けるとき1割負担を課されたり、サービスの量を減らすなどこれまで受けてきたサービスも受けられなくなっています。小泉構造改革のなかで福祉の切捨てが進み障害者の地域生活が崩されています。
国内の状況はお寒いが国際的には勇気付けられることがあります。国連の障害者権利条約が06年12月に国連で正式に採択され、日本政府も07年9月に署名しました。これから批准に向け国会での取組みが進むことになっています。「権利条約」に私たちNGOの団体が議論に参加しながら5年間に影響を与えて「条約」に結びついたことを理解してほしいと思います。「条約」を日本政府がどういう考えで批准するかが課題です。従来のように障害者を恩恵や保護、お荷物と捉えると地域社会から分離していったが、まだまだこの考えから抜け出ていません。
国連は権威があるので「条約」に関しては、障害者団体としては自民党支持の人ともまとまってきています。この条約を使って、新しい考えとして障害にもとづく差別とは何かということです。障害の特性のニーズにもとづいて雇用主はできるだけ合理的な配慮をして(配慮とは恩恵的なニュアンスがあって問題があるが、いまは置いておいて)きちんとやりましょう、と。それをしなければ差別と見なされますよ、と。そういう考え方が条約に明文化されました。これまでの女性や子どもや他の既存のもののなかにも盛りこまれていなかった新しい考え方なのです。障害者だけの問題ではなくてひとりひとりの違い、ニーズというものを社会が受け入れて、それを大切に共に生活していこうと社会に広げていくことが、障害者以外の人たちにとっても共通のテーマだということが、「権利条約」の示している大きなテーマなのです。

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各分野から(5)習志野・PAC3配備反対運動 吉沢弘志さん

習志野市、船橋市、八千代市にかかっている航空自衛隊習志野駐屯地の新型迎撃ミサイル・パトリオット3に対し反対をおこなっています。

08年1月31日午前3時過ぎに、横須賀米軍基地にほど近い武山基地に同じようにPAC3が配備されこれは国内4箇所目です。一番早いのは沖縄嘉手納基地。航空自衛隊管轄としては07年3月30日に入間基地、そして同11月29日に習志野基地に配備されました。残るのは関東では茨城の霞ヶ浦基地です。この4つの基地で首都圏防衛をするというものです。このミサイル防衛PAC3と連動しているのが07年12月17日、ハワイ沖でイージス艦「こんごう」から発射されたSM3迎撃ミサイルです。このイージス艦からの迎撃で失敗したら地上からのPAC3で迎撃するのだと、2段構えのミサイル防衛です。

ここで問題は幾つかありますがSM3の発射に限って言えばその発射ボタンを押すのは航空自衛官です。このボタンを押す段階で大気圏外を飛んでいる弾道ミサイルが日本に向かっているのかアメリカに向かっているのか明確に分からないはずです。米軍と自衛隊は「(明確に)出来るはずだ」というがまず出来ない。アメリカに向かって発射されたものにたいして迎撃すれば完全に集団的自衛権行使であり憲法9条が禁じています。

2010年までに全国15箇所にPAC3が配備されます。しかしこれはアメリカの迎撃実験では成功率が低くほとんど使い物にならないものです。仮に命中してもその核弾頭や生物化学兵器の弾頭部分は細かい破片となって地上に降りそそぐのです。何でこんなものを配備するのか。SM3の発射ボタンを押す為でしかないと断言できるのです。国内で地上からの迎撃を準備したからSM3のボタンを押せるという、非常に雑なロジックです。まずこれが一つ。アメリカの核攻撃力を支えていく為のものに他ならず明確な憲法違反です。

PAC3、SM3のシステムですがSM3のミサイル一発は20億円です。PAC3のミサイル一発は5億円です。各イージス艦には20億円のものが4発配備。PAC3には一発5億円のミサイルが16~32個、それぞれに配備され費用はハードの分も含め1兆円です。更にシステムのバージョンアップを入れると実に6兆円がつぎ込まれていくのです。防衛予算年間5兆弱のうち半分は人件費。残り2兆数千億はハードの買い物に使われており、そこにからんでいたのが守屋元次官らの防衛利権でした。

そしてもう一つ。このPAC3の配備が、憲法92条~95条が明示している地方自治の本義を踏みにじっているということです。一週間前の岩国市長選は負けましたが、地方自治の本義が軍事の名のもとで踏みつけられたのです。これは沖縄、神奈川の横須賀・座間、PAC3の地域も同じです。住民に明確な情報の開示もなく、抗議する市民にたいしては機動隊が排除するという暴挙は許されません。

霞ヶ浦でも反対運動が始まりました。習志野は配備が終わりましたが、今年1月14~15日にかけ新宿御苑で、(PAC3は半径20キロしか守れないので移動の必要がありそのための)調査がおこなわれたが、習志野そして全ての基地からPAC3を出す時は「撤去する時」というつもりでとりくみます。

防衛省は非公式だが洞爺湖サミットで、入間、習志野からPAC3を配備すると言っています。これは馬鹿げたことで、何故ならPAC3の発射装備は三菱重工がつくっているが国内では発射実験が行なえない為に、作動は確認されていません。確認は今年9月以降アメリカ、ニューメキシコ州に運んで実験することになっています。では何で北海道へ持っていくのでしょう。ここが重要です。運ばれるのは海上自衛隊によります。恐らく陸揚げされたら陸上自衛隊が運びます。つまり陸海空自衛隊の統合運用です。及び米軍との統合運用へ、まさしく米軍再編・自衛隊再編の最先端をこのPAC3システムが担っていくということです。

PAC3は6兆円かけて完成しても何れ陳腐化します。いまアメリカ、イタリア、ドイツが共同開発している次世代ミサイル防衛ABSは半径1000キロ、これは国内を守りません。世界中あらゆる名目をつけて出て行く軍事力展開を守るものです。このニーズに使われることが昨年決定しました。つまり日本にPAC3を配備したといっても国内を守るわけではない。陸海空統合、運用に私たちの税金が使われることにマスコミもきちんと報道すべきだし、私たちもきちんと声をあげていきましょう。

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各分野から(6)宗教者平和ネット 城倉啓さん

志村バプテスト教会というキリスト教の教会の牧師をしています。

今回の九条会議に先立って、昨年11月の終わりにアジア各国からの宗教者を招いた宗教者9条会議が行われました。そのこととも絡めて、宗教者の立場としての取り組みについて申し上げます。

第一に、宗教者はすべての命を尊重することに賛成です。

その意味で、憲法前文および25条の平和的生存権と深く結びついている9条の戦争放棄に賛成です。戦争は最大の人権侵害・差別行為であり、戦争は最大の環境破壊であるからです。先ほど申し上げました宗教者9条会議で沖縄の牧師が教えてくれました。沖縄には平和憲法はただの一度も実現したことがない。だから条文としての9条を守るのではなく、9条の理念を実現する生き方が必要だと。2月10日にまたもや米兵が強かん事件を起こしました。性差別と軍隊の存在が構造的に引き起こした事態です。

近代憲法は主権者が憲法を用いて国家権力を縛るためにあるものです。わたしたちはまず日本国内で立憲主義・主権在民・お上意識ではなく市民意識を常識化させ、そして政府に憲法の三大原則を守らせ、日米安全保障条約の廃棄と自衛隊の武装解除、公教育における人権教育の徹底を求め続けなくてはなりません。その基本として、市民が主権者であるという励ましを与えなくてはいけません。この励ましを与えることに宗教者は貢献できると思います。というのも「命の平等」を「諄々と説くこと」に、宗教者は長けているからです。ついでに言えば、あらゆるかたちの天皇制は主権在民に反するし、命の平等に反するともわたしは考えています。仮に9条が1-8条との引き換えに制定されたという経緯があったとしても、その歴史的役割は終えていると考えます。

さて同時に、国際的に憲法9条の理念を広める努力をしなくてはなりません。たとえば、戦争や武力保持が犯罪であるということを国連憲章に盛り込む努力をしなくてはなりません。なぜなら沖縄で起こっていることは世界中の基地周辺で、戦場で起こっているからです。宗教者たちがしばしば国境を越えた連帯組織を持っていることは、この際強みになります。今や「国家」とか「国際」という概念が問われています。「国際貢献」などという言葉は胡散臭いものです。むしろ民と民の連帯・「民際」こそがかぎです。

第二に、日本国憲法の9条は19-21条と深く結びついていることを意識した運動は、宗教者に向いています。平和主義と内心・思想・言論の自由・政教分離原則は日本国憲法の場合、その制定趣旨から考えると分かちがたいものです。というのも、天皇制軍国主義国家が国家神道を最大限利用して、政教一致した擬似宗教国家を作り出して、侵略戦争を遂行して行ったからです。ですからわたしたちは靖国神社の国営化に類する動きや、政治家たちの伊勢神宮参拝にも常に抗議し、政教分離訴訟を支援しています。20条および89条の政教分離原則規定や、99条公務員の憲法遵守義務規定などとも関係しています。

また宗教者たちの多くは内心の自由を侵し、愛国心教育をおしつける「日の丸・君が代処分」に反対する運動も支援しています。わたしも教育基本法改悪は違憲ではないのかという訴訟の原告をしています。これは81条の違憲立法審査権をなんとか裁判所に使わせようという運動でもあるのですが。

今、戦時中のような思想統制・言論統制が実際に起こっています。イラク派兵前から自衛隊の情報保全隊が市民を監視していたことが昨年明らかになりました。軍隊は決して市民を守りません。沖縄戦からも学ぶことです。軍隊は軍隊自身や、国家権力を守るための暴力装置です。日本山妙法寺の僧侶や、わたしたちバプテストの教会も監視されていたことが分かりました。立川ビラ事件などのいわゆる「微罪逮捕」や「共謀罪」などの問題、ドメスティック・バイオレンス研修会や日教組大会の会場の使用拒否など、特定の立場への思想統制が顕在化されています。

良心の自由は民主主義の根幹をなすものです。この課題に、いわば必然的に、自然な流れで宗教者は敏感です。自分の信じるものが明らかにあるからです。だから、この自由が侵害された時に、反射的に「痛い」とすばやく言えるのです。その意味で、常に社会に警鐘をいち早く鳴らし続けることが、宗教者の社会的責任ではないかと思うのです。

第三に、わたしたちは祈るというかたちの運動を展開しています。これは9条の理念を宗教者が実践したら、このようなかたちになるという一例です。つまり非暴力による平和をつくりだすために、非暴力で活動をすると、宗教者の場合は祈りになるということです。

宗教者平和ネットでは、毎月一度内閣府を訪れます。2月は21日に予定されています。仏教者とキリスト者の各派で、毎月イラク派兵中止・インド洋派兵中止・派兵のための恒久法(最近は「一般法」などと耳障りのしない言い方をしていますが)制定企図の中止を求めた署名を集めて、内閣府を介して総理大臣に届けるのです。その際に、内閣府の官僚と対話ができます。色々な質問を出し回答をしてもらい意見交換をしています。ほとんどのれんに腕押しという感じですが、しかし意味のある行動として毎月参加しています。

わたし自身はこの対話は、官僚個人の良心に働きかける祈りだと思っています。「どうかこの人が自分の権限の及ぶ範囲で、良心に恥じない行為をしてくれるように」と願っているのです。そこに、相手への尊重を込めているつもりです。

また、わたし自身はこの対話は、目の前の官僚個人を素通りした、国家権力のための祈りであると考えています。というのも、官僚がすげない回答をするのは、その後ろにいる権力がそうさせていることを知っているからです。わたしたち宗教者は浮世離れしていますから私利私欲では祈りません。自分のためにもならないのにしつこく通い続ける姿から、権力者たちに「支配欲で政治を動かすな」という祈り、神がかった要求が通じるようにと願っているのです。相手に「こちらは神がかっているのだ」ということが伝わることはよいことだと思うのです。

内閣府に行った後で、各宗教者のそれぞれの伝統に則った祈りを、首相官邸前でささげます。その際に、団扇太鼓に南無妙法蓮華経を唱える方や、南無阿弥陀仏や、私の場合は讃美歌など、鳴り物もしながらデモをします。メロディーをつけた祈りがそこでなされるわけです。わたしたちは敬虔な思いで宗教的な営みとして平和を祈るわけです。それは一種異様な空間をつくっていると思います。非日常の空間です。なんとはなし警察官も気圧されています。そこに多様性を尊ぶ社会が実現しています。相手はわたしたちのようなとらえどころのない不気味な存在を尊重しなくてはならないのです。

武力で平和はつくれないとわたしたちはしばしば語ります。では何で平和をつくるのか、非暴力の対話努力で平和をつくるのだとしか言えません。種々雑多な宗教者たちが共同で祈るということは、その非暴力による平和の一つの実現であり、多様性を尊び人権を尊び戦争を起こさない社会をいかにつくるかの、一つの方法です。そこに「民際」的・連帯的平和運動における宗教者たちの独特の位置があると考えますので、わたしたちはそのような意味で貢献したいと願っています。

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9条世界会議協賛企画シンポジウム 9条を世界へ世界から

2月16日、全国交流会第1部の後の午後6時から、「9条世界会議」協賛企画シンポジウム「9条を世界へ 世界から」が開かれた。会場の東京・代々木にある日本青年館国際会議場は230人の人びとの熱気であふれ、「9条世界会議」開催の意義を確かめあった。シンポジウムの開始前には「世界は9条に恋してる」のビデオ上映が行われた。総合司会の渡辺りかさん(9条世界会議事務局 ピースボート共同代表)が「パネリストを迎えて様々な角度から九条の意義についてうかがうチャンスをもてたことは幸いである」旨の開会あいさつで始まった。つづいて高田健さんが全国交流会実行委員会から「シンポジウムのパネリストは9条世界会議の呼びかけ人で日本に住む外国人の方にお願いした。自立した草の根の市民運動も成功に向けてがんばろう。」と話した。

コーディネーターの川崎哲さん(9条世界会議事務局長 ピースボート共同代表)が、まず、3人のパネリストを紹介し、次のように話を進めた。

イラク、アフガン、アフリカなど世界中の紛争や北朝鮮の核問題などに苦しむなかで、武力によらないで平和をつくる、軍隊のない世界に向けて進み始めている。それはおそるおそるだが確かな手応えがある。日本国内では、日本が「特殊な国」と後ろ向きにとらえて、軍隊を持つことに合わせようと改憲の動きがあるが、9条が初めからある若者は当たり前と受け入れている。9条の積極的な価値を世界平和に活用できる方向に力をつけていきたい。

1999年のハーグ世界会議では、すべての国が9条のような戦争放棄を持つよう宣言された。これをリードしたコーラ・ワイスさんが世界会議に参加する。2005年のGPAKKUでは、紛争が起きたときに反撃から予防に転換すべきだということが、世界の紛争予防のNGOと国連で合意された。この時も9条が紛争予防のための有効なメカニズムであることが提言に盛り込まれた。2006年のバンクーバー世界平和フォーラムでは、各国政府が9条のような戦争放棄を宣言すべきであることが提言に盛り込まれた。このときのエレン・ウッドワーズさん(バンクーバー市議)も参加する。

こうした大きな国際会議をふまえた国際イベントが5月4~6日に開催される。今日のシンポジウムでは世界の中で9条の価値をどのように生かしていけるのか考えていきたい。

各パネリストの冒頭発言要旨は以下の通りです。

ジャン・ユンカーマンさん(映画監督)

 私が4年前、映画「日本国憲法」をつくる準備に入ったとき、世の中は改憲の流れが強かった。ちょうどイラクに自衛隊を派兵するときで、憲法違反だという反対の声も強かったんですが、全国的な反対運動を作り出せずに自衛隊はイラクに出てしまった。世論調査でも改憲の声の方が多かった。改憲をいう保守派は、改憲を日本の国内問題としてしか捉えていなくて、それが世界の状況にどう影響するか考えていなかった。当時、護憲の人たちの議論も貧しかった。護憲というが守る理由をはっきり言えなかった。ただ守るだけで現実的には考えていなかった。改憲の方は議論がするどかった。

しかし護憲派の議論は4年間でするどくなった。昨年の夏のNHKの討論番組をみても議論の程度はうんと上がっていた。改憲派は相変わらず、北朝鮮が攻めてきたらどうするとかばかり言っていて、少しも質が上がっていない。護憲派はイラク戦争の現実や、再軍備するとアジアの中がダメになるとか、4年間で変わった。どうしてかと言えば、今日のような集りが全国的に開かれてきたからだ。「九条の会」は全国で7000近くがつくられているという。大小の集まりで話し合いをする中で、深く、具体的に、また歴史を分析しながら進めた成果だ。NHKの番組で、司会者が“理想論的な護憲派と具体的な改憲派”とまとめていたが、司会者は議論を聞いていなかったのか。これは間違いだ。9条こそが現実的であり、海外で闘う軍隊をつくる方が現実的でない。

メディアの中でも9条は非現実的だという論調は強い。しかし、一つには「九条の会」などが呼びかけ、広がっている現実がある。もう一つはイラク戦争だ。イラクの人が100万人も殺され、アメリカ兵も4000人も戦死した。これを見て日本の市民は自分で判断している。もし5年前、憲法を改正していたら、日本は一気にイラク戦争に参加していたことはみんなわかっている。改憲派はこれを口に出せない。国際貢献ということは、イラクで戦争したいから改正とは、改憲派はひとりも口に出さない。改正の一番の目的は、アメリカと一緒に海外で戦争をすることです。市民はこれを見て、わかりきっていて、憲法はこのままでいいという判断が強くなっている。

実は、いま一番危ない地域は北東アジアです。6カ国協議は希望的な動きだ。しかし、こ6カ国の平均的な防衛費は50%も上がっている。アメリカの防衛費は、第2次大戦以後最大になっている。韓国は21世紀に入り70%上がった。ロシアは昨年29%、中国は10%アップした。日本は世界で5番目の防衛費になっている。6カ国あわせると世界の防衛費の60%を使っている。

こうした状況の中に9条がある。仕事はまだまだ残っていると考えなければいけない。今度の世界会議に期待している。9条をいろんな角度から、どのように生かしていくか討論したい。

朴 慶南(パク・キョンナム)さん(作家・エッセイイスト)

私は在日2世の立場でお話しします。

島根県の奥出雲に講演に行ったときのことです。70歳ぐらいのご夫婦が2人で建てた石碑を見てほしいといわれました。小高い丘の上に、大きなおにぎりのような石碑でした。 夫婦の話では、妻が2歳の時に、農業をしていた父が日中戦争にかり出された。弟も生まれたばかり。その父が戦地から母に送った手紙が刻まれていました。よく検閲を通ったなと思いました。その父は心優しく虫を殺すのも嫌がるような人でした。刻まれている言葉は「この鉄砲がごぼうだったらなぁ 戦より野菜作りのほうがずっといいよ」

その夫婦は石碑の前で「父は機銃兵になりました。中国の人たちを私の父は殺したんです。侵略戦争、あの戦争を二度としてはいけない。父も命を奪われました。無念の死だったと思います。この碑は私たちにとって9条の碑です。」と言われました。あの戦争の結果生まれたのが9条です。90歳のお母様は今も野菜作りをしているそうです。

長崎で原爆資料館を観たあと、もう一つの資料館に案内されました。個人の方がつくった加害の歴史を刻んだ資料館でした。戦争中、植民地下にあった朝鮮人が徴用され、1万人が被爆しました。そこにも差別がありました。死体は最後まで片付けられずカラスが目をつついていたといいます。被爆した朝鮮人は救援の対象になりませんでした。その加害の歴史資料館にドイツ人がいました。この小さな資料館に来たときに「自分はここで仕事がしたい」と思われたそうです。ドイツでは徴兵を拒否したとき、その期間に自分の行きたいところで服務することになっている。いいですね……。選んだのが、その資料館でした。どうして徴兵を拒否したの? と聞いたら、青年は「世界中に友達がいるのに、どうして敵として戦うことができるんですか。」と言いました。

そうですね。敵として戦わされあい殺し合わされるのが、戦争です。

日本の人たちも、たくさんの犠牲者を出しました。東京大空襲、原爆で犠牲になった方も戦地で亡くなった方も。300万人の犠牲者と、アジアでは2000万人の犠牲者が出ました。

戦争はたくさんの犠牲者が出て、それは今も続いています。中国では毒ガスの被害が今でも出ています。

ソン・シンドさんの映画があります。ソンさんは宮城県在住で、慰安婦の被害を受けたと名乗りを上げ、10年間、支援の方たちとともに闘い、最高裁で訴えを棄却されました。ソンさんは16歳で騙されるようにして中国に連れて行かれ、背中には日本兵に切られた刀傷があり、片方の耳は殴られ続けて鼓膜が破れたそうです。ほっぺたも硬くなっています。お子さんも生まれたけれど、どこかに連れて行かれ、手には日本名の入れ墨が刻まれています。銭湯に行くと恥ずかしいので、何とか消そうとしたけれど消えなかった。その手を私が握って、「ひどいよね」と言うと、「ここに入れ墨が残っていてよかったよかった。裁判の証拠になるべ。」といわれたときは切なかった。

ソンさんが何で日本に来たかというと、中国で置き去りにされたとき、日本兵にまた騙されるようにして日本に連れてこられ、そこでまた置き去りにされたからです。ソンさんの話を聞く会で、日本の若者が質問しました。「中国で日本兵がどんな悪いことをしたか教えて下さい」。そしたらソンさんは「バカタレ!おめぇ!」と若者を怒りました。「考えてみろ! 日本の兵隊さんだってかわいそうなんだぞ! 誰が好きこのんで戦争にいくか。紙切れ1枚で戦争に行かされ、目の前には死ぬことしかないんだぞ。兵隊さんだって頭おかしくなっちゃうだろう。誰が悪い戦争を起こした人間だ。戦争起こした人間はヌクヌクして責任とらない。兵隊さんやオラたちみたいな下っ端が、みんな辛い目に遭うんだ。」「このままいくと、また日本が戦争するぞ。戦争したらお前が人を殺さなくちゃいけない。オラたちみたいなかわいそうな人を作ってほしくない。オラが恥ずかしい思いをしてこうやってしゃべって歩いているのも、二度と戦争してほしくないからだ。お前が頑張らなくてどうする!!」と一喝したんです。

こんなにひどい目にあったソンさんが、日本兵だってかわいそうだという。戦争は殺し合いをさせ、人間の心を壊し、自然を破壊します。あらゆる命を奪います。いま伝えたいのはソンさんの優しさに甘えてはいけない。加害ということ、その加害から憲法9条が生まれたんです。

あの侵略戦争を本当に反省して、日本は戦後の歩みを進めてきたでしょうか。戦争をよしとしているような人が首相となり、それを後押しするような政治体制が続いているのではないでしょうか。だから日本が9条を変えてアメリカと共に戦争をする国になろうとしているのではないか。私はそう思うんです。

よく言います。外国が攻めてきたらどうするんだ、と。でも、どこが攻めてくるんですか。日本はかつてどこから攻められましたか。歴史を振り返ってみて下さい。蒙古が来たくらいです。攻められて、侵略されて、ひどい目にあったのはアジアです。私の国もそうです。再び日本が攻めてくるんじゃないかと恐れているのは、被害にあった私たちなんです。

父が言っていました。「日本は必ず軍国主義が復活する。油断してはいけない。」私は何を言っているんだろう。日本は憲法9条で再び戦争をしないと誓っているのに、父の杞憂にすぎないと思っていました。でも父の言葉が現実化してきそうで怖いです。

私は相模原に住んでいますが、キャンプ座間があります。相模原補給廠があります。先日は米軍が市民に銃を向けて問題になっています。日本はアメリカの1つの州のようになって、アメリカの戦争に加担しようとしています。

問題は北東アジアです。未だ分断されています。

こないだ板門店に行きました。

板門店は観光地になっていて、韓国人は行けませんが在日韓国人・朝鮮人は行かれます。ここには地雷が埋まっています。ここに立っている兵士は大学中退などで徴兵されて来た若者です。日本はいいですね。地雷の危険も、徴兵の怖さもない。憲法9条があるからです。9条がどうして生まれたか。9条を堅持することは、日本人自身よりアジアの被害を受けた人たちにとってどれだけ大事なものであるか、その切実な思いを皆さんに分かってほしいです。

済州島では、沖縄の玉砕の前に、20万人の島に7万の日本軍が上陸し、人間魚雷を隠す洞窟を島民に作らせ、防衛のための基地にしました。その記録を残そうと、個人で記念館を建てた館長さんが、9条のバッジを胸につけていました。ここに来る人たち、修学旅行生、観光客みんなに9条の大切さを伝えますと言っていました。9条があれば安心なんです。日本が再び戦争する国にならないと。韓国でも言われました。9条がどれだけ自分たちの安心――命綱になっているかと。韓国でも9条を守りひろめたいです。

アーサー・ビナードさん(詩人)

僕が来日したのは90年で、「普通の国」というキャッチコピーが作られたころですね。英会話スクールで英語を教えるアルバイトをしていたとき、生徒が「普通の国って英語で何と言うんですか?」と聞かれ、始めて耳にしました。「normal country」と書きながら、「なんじゃー これは」と思っていました。こういうインチキの言葉、ペテンのキャッチコピーは、翻訳するとインチキの部分が露出して効果的で、いかに薄っぺらな言葉かが出てきます。どういうときに使うのか、授業で30分ぐらいあれこれもりあがってしまった。

アメリカのコメディアンが「普通の人の英語」という言葉を使って面白いことを言っています。

「普通の人」といえるのは、自分があまりよく知らない人だ。知らなければ、まあ「普通の人」だと思う。だって、知りあって親しくなると必ず分かってくるでしょ。僕のよく知っている人でも、家族、友人、知人をみんな思い出しても、フツーのやつって一人もいない、変なやつばかりいるんだよ。だけど、あんまりよく知らない人は「普通の人」。国レベルでも同じなんです。自分があまりよく知らない国は「普通の国」に見えてるだけで蜃気楼みたいなものです。近づくと消える変な国ばっかりです。国連に加盟している国はみんな変です。僕の母国が世界に最たる変な国です。

「普通の国」というキャチコピーは翻訳したり、いろんな角度から捌いて、ジョークにして笑いとばす必要があります。何で「普通の国」という言葉が残っているのか。1~2年で僕らがやっつけなければいけない。こういう仕事も市民レベルでやっていかなければならないことです。「一億総白痴化」ではなく「一億総風刺家」になって、出されてきたインチキのキャッチコピーやスローガンを逆手にとって、笑い飛ばしていく必要があると思います。

90年に日本に来て、教科書がまだ新品だったころにイラクがクウェートに侵攻してブッシュ大統領によるイラク戦争パートⅠが始まりました。アメリカに生まれて、母国の国防総省がやっていたことはそれなりに分かっていて、「これはまた、アメリカの石油のためのマッチポンプだな」と思って見ていました。でも、日本がどう関わるのか。英字新聞と日本語の新聞を比べながら読んでいると“憲法”の文字がやたらに出てくる。その頃はどういう憲法があるかまったく知らなかった。

合衆国憲法も立派な憲法ですけれど、もうほとんど話題に上らないんです。今のブッシュ大統領のやっていることは殆ど憲法違反ですから、やっとここまできてアメリカ人もこれでは困るという流れが出てきたんです。戦後アメリカのやってきたことは殆ど憲法違反です。戦争するときは宣戦布告をし、議会で可決しなければいけないんです。アメリカ合衆国が最後に出した宣戦布告は対独・対日の宣戦布告です。第二次大戦後、アメリカは200回以上の戦争をしています。僕の税金で。でも宣戦布告は1回もしていなくて200回以上の憲法違反、違憲の戦争を繰り返しています。

それだけでなくCIAという怪物の存在自体が憲法違反です。例えば税金の使い道は全部領収書を出して報告しなければいけないのに、1947年にCIAが創られてから一度たりとも出していません。何百・何千兆ドル使っているか分かりません。米国民は憲法違反に慣れっこになっています。憲法とは政治と関係なく、建国の父ワシントンやジェファーソンやアダムスたちが創った古典文学だと考えている。マークトゥウェインの古典文学の定義にいう「誰もが褒めて誰もが読まない」という状態です。でも憲法は古典であるから、あまりいじれないという強さの面もあります。

政治家のことばでは、いまイラクでやっているのは「国防だ」から布告は必要ないことになります。憲法に修正条項をつけたり消したりすることはあるんですけれど、序文や本文を大幅に変えることはできません。“ワシントンの顔に泥を塗るのか”という話しになる。 ジェファーソンやアダムスたちは、「戦争」を「国防」とごまかして宣戦布告しないで戦争をするという20世紀の政治家の悪辣な手法は見抜けなかったんです。だから日本の憲法のような誤魔化せないものは盛り込まなかった。日本の憲法をドブに捨てようとする人たちは、日本の憲法が古典になるのを恐れているのではないでしょうか。100年たったらいじれないかもしれない、ここ10年ぐらいで捨てなきゃ、と。

しばらくニューヨークに行ってないけれど、「自由の女神」という巨像ははまだ解体されていないと思います。その理想はすべて解体されているけれど銅像は確か残っています。銅像はフランスからのプレゼントでした。台座は市民の募金で作りました。銅像と台座の費用は同じくらいでした。そのとき「自由の女神」の由来や像の持つ意味などを盛り込んだ詩を作ろうと、女性詩人のエマ・ラザルスに依頼しました。ラザルスは「新しい巨像」という素晴らしいソネットを作りました。

妻でもある詩人の木坂涼と翻訳してみました。

「新しい巨像」

古代ギリシャ、ロードス島の港の入り口に、いかめしく/
聳え立っていたという有名なコロッサスとは、まるで違う。/
海に洗われ、夕日に染まるわがアメリカの港には/
力強い女性が立つ。彼女は、稲妻を閉じ込めた松明を/
掲げる「亡命者たちの母」――その右手は、歓迎の光で/世界を照らし、二つの街の空気に包まれ、優しく/
港を見渡す。「わがもの顔に振る舞ってきた古い国々よ、/
その仰々しい歴史はそのままに!」と、動かぬ唇で/彼女はいう。「わたしが受け入れるのは、疲れた人、/
貧困に喘ぐ人、自由を切望しながら身を寄せ合う民衆、/
他国の海岸で惨めに拒否されるたくさんの人々。/
彼らをどうぞ、わたしのもとへ。嵐にもまれて/
身の置き所もない彼らを、わたしはここで、/
黄金の扉の前で、明かりを持って待ち続ける!」/

 この詩が台座に刻まれています。この詩はアメリカの権力者にとってあんまり面白くない詩じゃないか。チェイニーがサンドペーパーか何かで消したい、一番読んでほしくないものです。日本の権力者にとって一番読んでほしくないものは日本国憲法じゃないか。みんなが読まないうちに変えてしまおうとしている。ラザルスの詩も読むと鳥肌が立つ。理想だけどやわな理想じゃない。積極的で力強く、すべてを肯定して包容力が伝わってくる。アメリカの政策とまったくズレているということに気づきます。政府がとっくに「自由の女神」の精神を捨ててしまったことが分かります。リズムが繋がり、韻を踏んでいるので一語たりとも動かせない形で創っていて台座に刻まれている。ブッシュやチェイニーが去っても詩は残ります。日本国憲法も詩と肩を並べるほどの力をもっています。誰も読まない古典にしてはいけないが、理想として運動の足場になります。これを僕らが○○をあけ、憲法とつなげて、憲法がいかに生活の中に根付いて生きているかを伝える必要があります。

 その後、会場を交えた討論を経て、「9条世界会議」で得たものを持ち帰って、運動に生かしていこうという「まとめ」でシンポジウムは締めくくりました。

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九条の会講演会――小田実さんの志を受けついで――に参加して

厚木市民九条の会 角田京子

2008年3月8日、朝。「今日は小田実さんの追悼講演会だ」と、手早く雑事を片付けていたら電話が鳴った。友人からだ。「急なんだけど、きょうの講演会に参加したい」……と。聞きたいと思う人にはぜひ聞かせたい。その一心で早めに出発した。12時少し前に会場について、まず驚いた。大勢の人がすでに長い列をつくって並んでいる。スタッフの人たちが、あちらこちらで案内している。最後尾について、チケットのある私が受け取った整理券は256番。飛び込みの友人の整理券は70番。みんなすごい気合いが入っている。九条をめぐり、小田さんの死を悼み、この講演会に参加する人の強いエネルギーが満ちている。

ラッキーなことに友人も会場に入ることができた。入れなかった人、大勢いたのではないかと、申し訳なく思うところだが。

切れ味のよい小森さんの司会で講演会が始まった。2004年6月10日発足の「九条の会」。アピールに表れている通り、「日本と世界の未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぎ、『改憲』のくわだてを阻むため、一人ひとりができる、あらゆる努力を!!」である。この活動の途上での小田実さんの死は、ほんとうに衝撃であった。

大江健三郎さん、加藤周一さん、鶴見俊輔さん、そして、後半の三木睦子さん、井上ひさしさん、奥平康弘さん、澤地久枝さん……さすが良識者である。皆さん、それぞれの視点で、小田実さんを語り、九条を語り、ご自分の願いを語る姿は気品に満ちていた。ああ、この会場いっぱいの人だけではもったいない、もっともっと大勢の人に聞かせたい、とそう思った。小田実さんの死を通して、呼びかけ人が集まり、そして2300人の人が集まった。多くの来たくても来られなかった人もいるだろう。ほとんどの参加者は、九条のこと、日本国憲法、日本の前途について憂えて、何かしようとしている人たちだ。

三木睦子さん。90歳という高齢にも関わらず、この会場に来られ、シャンと背筋を伸ばして「戦争してはいけない。若い人にも考えてもらいたい。」と訴えたことに感動せずにおられようか。

それぞれの方々のお話を聞いて、小田実さんという大きな人間像、たゆまぬ歩み、常に、権力者からの視点ではなく、民衆の視点から発信を続けた人だ、ということが鮮明に伝わってきた。原点には3回もの空襲を受け、13歳で迎えた敗戦でみたもの、体験したことがあるということだ。「人間はみんなチョボチョボよ。」しかし、このチョボチョボの人間のデモクラシーを、机上ではなく実践で掴み取った人、それが小田実さんだ。

「困ったときの小田だのみ」で、とにかく困ったことがあった時は小田実さんの書いた本の中から回答を探しているという井上ひさしさん、ジョン万次郎と小田実さんが重なる、という鶴見俊輔さん、荒波の中でも土壇場でも「戦争を止めることはできないが、できることは何か。」と道を探し、ベ平連の活動、阪神淡路大震災での被災者に対する公的支援を求める運動、「九条の会」の活動、イラク戦争への自衛隊派遣は違法だ、という提訴。一貫して民衆の立場で生き抜いた人だ。ベ平連の活動一つだけで終わった人ではない。生命ある限り、民衆の問題を捕らえ、共に考え、具体的に行動した人なのだ。私は小田実という人が、自分の病にも気がつかないくらい動き回っていた人だということに深い深い感動を覚える。ちょっとは自分のことも振りかってよかったのではないか……とも。

そして忘れられないのが「チェロとピアノの演奏」だった。渡辺宏さんによるチェロと山形明朗さんによるピアノ。「さくらさくら」「こもりうた」「リベル・タンゴ」「鳥の歌」。美しくしなやかな演奏で場内静まりかえり、すばらしいひとときであった。これが「九条の会」かと、文化の深さを。体の髄までもしみとおるような演奏だった。

小田実さんのおつれあいの玄順恵さんのお話もよかった。生活を共にしてきた方からの小田実さんを語る視点がさすがにきっちりしていると思われた。その玄順恵さんに小田実さんが遺した最期の言葉だと澤地久枝さんが紹介した。

「この世におまえほどの女はいなかった。しかし、おれほどの男もいなかった。」

「九条の会」事務局からの報告で、「小田さんはいなくなったけれど、この先も私たちといっしょにいる。」ので小田さんの名も写真もはずさない、……と。満場の拍手!!。

滋養をもらったよい集会だった。1000円では安い、と思った。

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