(1)
参議院選挙で大敗した安部首相は、党内外から批判が噴出する中、「基本路線は多くの国民に理解されている。約束した改革を進め、実行する責任がある」という奇妙な理屈で引責辞任を拒否し、権力の座に居直った。
「君子豹変」という言葉がある。安倍晋三が「君子」というに価いするかどうかはさておき、目下の事態は「安倍豹変」である。この稿を書いている現在、参院選以来、すでに3週間が経ったが、安倍は「美しい国」ということばを一度も口にしていない(17日「東京新聞」)。安倍は9月中旬に開かれる予定の臨時国会の所信表明演説においても「美しい国」には1~2回しか触れない方針で(昨年9月の所信表明演説では「美しい国つくり内閣を組織した」などと、計8回くり返した)、もうひとつのキーワード「戦後レジームからの脱却」も極力使わない方針だという。
安倍は昨年の自民党総裁選を前に出版した著書「美しい国へ」の冒頭で、政治家を「闘う政治家」と「闘わない政治家」に分け、「闘う政治家」とは「ここ一番、国家のため、国民のためとあれば、批判を恐れず行動する政治家のことである」と豪語したはずだ。「わたしが政治家を志したのは、ほかでもない、わたしがこうありたいと願う国をつくるためにこの道を選んだのだ。政治家は実現したいと思う政策と実行力がすべてである。確たる信念に裏打ちされているなら、批判はもとより覚悟のうえだ」などとまで述べていた。
安倍晋三、恥を知れ、と言わねばなるまい。
しかし、安倍の思想が変わったわけでは、もとよりない。彼はいま、主観的には我慢に我慢を重ねて反撃の時期を探っているのだろう。しかし、なんとも醜い話ではある。
(2)
「戦後レジームからの脱却」という改憲論を掲げた安部晋三は、首相になるや、小泉が「郵政民営化選挙」という大ばくちで手にいれた衆院での与党議席の3分の2という元手を使い、早速に教育基本法の改悪や防衛省の昇格、改憲手続き法の制定などに手を付けた。あわせて「安保法制懇(有識者懇)」を設置し、それに4類型((1)米国向け弾道ミサイルを日本のミサイル防衛[MD]システムで迎撃、(2)公海上での米軍艦船への攻撃に自衛隊が応戦、(3)多国籍軍やPKO[国連平和維持活動]で共に行動する他国軍への駆け付け警護、(4)後方支援の拡大)の検討を指示し、歴代の内閣と国会の論議で積み上げられてきた「憲法9条のもとでは集団的自衛権の行使は不可能だ」という憲法解釈の突破をはかった。安部首相は米軍の世界戦略に積極的に加担できる体制=「戦争のできる国」づくりをめざして、4類型における自衛隊の武力行使の現し、つづいてあわよくば集団的自衛権行使の合憲化という「解釈」へとすすめるという「究極の解釈改憲」をすすめる構えをとったのである。
しかし4類型における武力行使、さらには憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使は、国会論戦を通じて歴代内閣のもとで定着してきた憲法解釈を変更するという問題であり、中曽根康弘元首相などがいう例外的な議論は別にして、一内閣が勝手に変更することは容易なことではない。それは社会の支配機構の前提とされてきた立憲主義、議会制民主主義の基礎を掘り崩し、根底的な政治不信を蔓延させることになりかねないからである。安部はこの「究極の解釈改憲」の正当性を担保するために、派兵恒久法などを含む「国家安全基本法」の制定、ないしは「国会決議」などを行うことで、解釈変更を正当化することを想定していた。安倍は、昨今の米国の要求に応え、国際政治における日本に地位の強化をすすめるには、このような強硬な手段をとるべきだと考えたのである。
あわせて就任以来くり返し主張してきた「自らの任期中」=5年のスパンで改憲の発議を行い、明文改憲を実現しようとした。そのために生煮えの欠陥法である「改憲手続き法」も、政局的には民主党をより硬化させるという強引な議会運営で通過させた。
これが安部首相が描いている二段構えの改憲戦略だった。
(3)
しかし、今回の参議院選挙での大敗は安部のこの改憲戦略に狂いを生じさせた。参院で民主党などの野党が多数派になったことと合わせて、連立与党の公明党が「集団的自衛権についての憲法解釈に反対する」姿勢をより強硬にしてきたことにより、安部が望むような「集団的自衛権行使」の法制上の担保はきわめて困難になった。また任期中の改憲発議どころか、安部政権自身が2期6年の任期ではなく短命政権の可能性が濃厚になった。
政権に居直った安部政権が、あえてこの期に及んで巻き返しをねらうとすれば、集団的自衛権の問題と、軍事能力的にも当面不可能な類型(1)の「合憲化」は先送りして、国際貢献や個別的自衛権を口実にして、まず(2)、(3)、(4)のうちのいくつかの類型の合憲化宣言をくわだてることであろう。安部はこうすることで米国の要求に応えつつ、グレーゾーンを合憲化し、従来の枠を突破して事実上の集団的自衛権の行使に踏み込めることになる。
しかしすでに尻に火がついた状態になったのは11月1日で期限切れとなる「テロ特措法の延長」問題だ。野党はすでに延長反対を表明している。米国もすでに窮地に陥っているブッシュ政権の命運を左右しかねない日本政府の対応をめぐって、なりふりかまわず圧力をかけて来ている。民主党への圧力と工作は極度に強まるに違いない。
また、先の臨時国会で事実上設置できなかった「憲法審査会」をめぐっても与野党の激突局面が到来せざるを得ない。
安倍内閣と各政党の態度と、院外の民衆運動の真価が問われる事態が来た。
(4)
いずれにしても、早まることになった衆院選とそれ以降の政治的大激動(政界再編の可能性と憲法問題の動向)を見据えながら、私たちはまず次の168臨時国会期において、安倍の悪あがきを許さず、安倍政権のアキレス腱を衝くたたかいを組織しなくてはならない。
安倍のアキレス腱を衝く闘いとは、当面、まず第1に「テロ特措法」の延長に反対し、同法の廃止とインド洋からの自衛隊の即時撤退を要求するたたかいである。そしてそれを足場に憲法違反のイラク特措法の再検討と廃止、航空自衛隊の撤退を要求する必要がある。これは安倍内閣の対米追従路線に大きな打撃を与えることになる。すでに米国ではブッシュ政権がイラク、アフガン、イラン、パレスチナなど中東関連の紛争で行き詰まっている。米国に追随してきた欧州各国なども引き上げの時期をはかっている。日本でのテロ特措法廃止の闘いの帰趨はブッシュの対テロ戦争に大きな影響を与えるに違いない。
第2に先の臨時国会ではハコを設置したにとどまった「憲法審査会」の再検討を要求する闘いである。私たちは衆院での強行採決と参院での18項目の付帯決議つきの採決という欠陥立法=改憲手続き法の抜本的再検討を要求する運動をつくり出し、国会に働きかけ」なくてはならない。この憲法審査会の設置に反対する運動は、いま急速に進みつつある「九条の会」など、憲法9条の改悪に反対する運動をさらに広げ、強化していく上で、極めて有利な時間を獲得することになるだろう。 (事務局 高田健)
河添 誠(首都圏青年ユニオン書記長)
(編集部註)7月28日の講座で河添さんが講演した内容を、編集部の責任で大幅に要約したもの。要約の文責は全て本誌編集部にあります。
首都圏ユニオンは2000年に発足しまして、ひとりでも誰でもどんな方でも入れる若者のための労働組合として活動しています。300名ほどの組合員のほとんどがパート・アルバイト・派遣などの雇用形態で働く人たちで20代から30代前半の人たちがほとんどです。今日は憲法を守って発展させていくことと若者の雇用を守る、それから貧困の問題をどう考えるかを皆さんと一緒に考えられたらなと思っています。
「ワーキング・プア」という言葉、働く貧困層が広がっていることが一般に知られるようになっています。この背景にはフルタイムの非正規労働者が拡大している現状があります。パートタイム労働者は、言葉通り1日に8時間働いていない人たち、が非正規労働者の中心であった時代から、今の非正規労働者は1日8時間、場合によっては9時間、10時間、週5日、6日働いているのが普通になっています。特にその中でも派遣、請負という働き方が非常に拡大している。細切れの雇用の中で所得が低くなっている。
非正規が非常に労働条件が悪いことはよく知られているけれど、それに伴って正規労働者でも労働条件が悪くなっている。長時間の過密労働、1日9時、10時まで働いて残業代もまともに付かないで月収が20万円いくかいかないかというような若者は珍しくもなんともない。正規の低処遇化、低所得化、正規にも「ワーキング・プア」が存在していることが今の状態だろうと思います。
ここに至る背景は偶然できあがったものでも何でもありません。1995年の日経連の「新時代の『日本的経営』」という方針文書があります。それに基づいて大企業は正規労働者をコア部分だけに残し、あとを非正規労働者に置き換えていく戦略を90年代の後半以降とってきて、正規を非正規に置き換えていくことが大量に進んだ。
それに符合するように一連の労働法制の規制緩和が起こった。1986年に労働者派遣法ができますが、1999年の改正の派遣法の規制緩和が決定的だったわけです。職種を限定していたものを原則自由化する改正が行われてしまう。1999年の改正は共産党以外のすべての政党が賛成した。2003年に製造業への派遣の解禁も進められた。これは共産党、社民党が反対する中で、製造業にすら派遣が入っていく。この中で派遣という働き方がメインストリームに躍り出てきます。
これに加えて景気の波が底に来て、いわゆる「ロストジェネレーション」という大学や高校を卒業して正規の職が無く、そのまま非正規になってしまってこの10年間を過ごしている人たちが世代として存在しているという議論になっている。
ただこの議論に私は反対です。大企業の大量のリストラが1990年代の終わりから2000年代の始めに起こる。派遣法の規制緩和は90年代の終わりからどんどん進んでいて、さらに「労働ビッグバン」の名のもとに労働法制が規制緩和されようとしている情勢のもとで、少々景気が回復したからといってこれが元に戻ることはあり得ない。ですので、ああいう世代論的に切り取る議論には非常に大きな弱点があると思っています。
こういうもとで何が具体的に起こっているのか。結論を先に申し上げますと、「最低限の労働条件の底が抜けた、労働基準法以下の労働環境」が拡大しています。その労働現場は非常に暴力的であり、違法性が極めて高い。「違法の3点セット」と呼んでいますが、「残業代の未払い」「有給休暇がない」「社会保険・雇用保険未加入」の状態が若者の雇用現場に広がっています。労働基準法に違反しているような職場が大量に広がっているにもかかわらずそれが放置されていることがさらなる問題を生んでいます。
「ワーキング・プア」といった非正規の人たちは、時給がたとえば800円、900円で働いていますが、正規の時間給にすれば1500円、2000円というレベルで働いている。加えて残業代が払われない、有給休暇が取れない、社会保険・雇用保険がもらえない、挙げ句の果てにはいい加減な首の切り方さえされるということが重なっています。単に賃金のレベルではなくて権利のレベルで格差が現実に存在している。これが低所得の若者をさらに疲弊させていく。
このような状況を放っておくことが絶望を生み、その状況にあることを「いや、君の努力が足りなかった」と「自己責任論」が追い詰めて行く。それに対して何ら対応がされていないという気持ちになった若者にとっては、運動や社会に対する絶望と不信が蔓延する構造があるように思います。自らを追い詰めてしまう人が非常に多い。その中でリストカットや薬物摂取、オーバードーズやひどい場合には自殺にまでいってしまうわけです。
少し具体事例をお話ししたいと思います。
デザイン系の専門学校を卒業して広告デザイン会社に勤められた24歳の男性の事例です。10数人のデザイン会社で、入社した日に会社からもらったのは寝袋でした。その会社では社員全員が寝袋を持っていて締め切りが近づくと毎晩徹夜に近いような状態でみんな床に寝るんです。
机の下に寝袋があって、私は団交にいったときに本当かなと思って机の下を見たんですけれども、本当にあって驚いた。1日2時間3時間しか眠れない、当然のように残業代は出ない、家にも帰れない。風呂とかどうしているのって聞いたら流しで洗ってる、家にも帰らないから定期も買っていないというんですよ。
そんな働き方だったら仕事中に眠くなってしまうのも当然だと思うけれど、ある日、彼がうとうとしていたところ下顎に激痛が走って、気がついたら血が垂れていた。何かと思ったら、寝ている所に上司が下から激しく殴って拳と歯の間に挟まれて頬の肉がちぎれて穴が開き貫通する大けがを負ったんですね。外から見ると歯と歯茎が見えるような大けがを負ってしまった。
そんなひどい目にあったらすぐにやめるだろうと思われるかもしれませんけれども、彼はその後1年間やめなかった。後で聞いたら、デザインの専門学校を出たてだと技術が十分じゃないので転職したときにデザイン関係の仕事に就ける保証はまったくない、自分はラッキーだった。だからこんなひどい会社だけれども1年、2年いて仕事を身につけて次の会社に移ろうと考えたというんです。
その後、さすがにおかしいとユニオンに加入してすべて解決しましたけれども、こういう会社が現実に東京のど真ん中に存在していたんです。これは暴力にまで至ったひどいケースですけれども、違法な状態は非常にたくさんあります。
牛丼チェーンの「すき家」の話をします。
すき家を経営している会社はゼンショーという会社です。牛丼チェーンで有名なのは吉野家、松屋、それとすき家、なか卯などです。ゼンショーはすき家となか卯のふたつの業態で展開していて、牛丼業界ではすき家となか卯を合わせると1位になる、ほかにもいっぱいあるんですけれども、そういう会社です。
昨年の7月、すき家の渋谷のセンター街店と井の頭通り店で働いていたアルバイトがリニューアルを理由に解雇された。「店舗の備品が汚くなったから改装します。1週間お店を閉めてそのあとまた開く」ということでした。その間休ませる、もしくはほかのお店で働かせればいいだけの話ですが、このゼンショーという会社は解雇した。アルバイトの側からすればまったく納得がいかないわけです。アルバイトといっても最初に訪ねてきたふたりのうちのひとりは自分で授業料と生活費を稼ぎながら大学に行っていた人で、もうひとりは奥さんと子どもがいる人でした。両方とも20代の若者です。何よりも自分が仕事を一生懸命やってきたはずなのに解雇されるのはまったく納得がいかないと来られたわけです。
同じように解雇された人が6名ユニオンに加盟して直ちに団体交渉を申し入れました。その中で会社側に解雇を撤回させ、休まざるを得なかった期間の休業補償を払わせ、社会保険・雇用保険については請求権のある過去2年にさかのぼって加入させて、それからこれが大きかったんですけれども残業代が法律通り払われていなかったので、この6人については過去2年にさかのぼって払わせることに成功しました。
直ちに、記者会見し「すき家にも労組誕生」と報道されました。そういうことで攻勢的に攻めて残業代を全社1万人のアルバイトに対して昨年11月分から法律通りに払わせることに成功しました。これも「バイトに残業割増」などけっこう大きく報道されました。こういう成果を上げました。今は過去2年分についてアルバイト全員に払うように運動を進めています。
今は会社が団体交渉を事実上拒否していて、東京都の労働委員会に不当労働行為で申し立てをしながら大々的に宣伝行動などをやっています。「牛丼のすき家は法律通り残業代を払え」という横断幕を作り、それを渋谷の店舗前で広げて宣伝行動をしたり、などなどしています。
すき家のようなかなり大きな規模の会社でも法律通り残業代が払われなかったり社会保険・雇用保険に入れていないし、乱暴な解雇が行われている。団交の席上で「この解雇は許されると思うのか、こんなの解雇できないじゃないか」といったところ、会社側の役員は「人心一新です」。意味不明でしょ。あんまり頭に来たんで「人心一新というならあんたの方が会社に長くいるんだからあんたがやめろ」といったんです。
解雇が撤回できたのはあまりにもずさんな解雇だからです。解雇日までに本人に解雇通知がいっていないとか、申し渡されていないままにシフトが組まれなくなることが現場で行われていてめちゃくちゃです。アルバイトなら、めちゃくちゃな雇い方、めちゃくちゃな契約解除もかまわないとどっかで思っているわけです。この最低限のところが守られればそれだけでもかなり労働条件は改善されるはずだというのが私たちの運動のひとつの原点です。
リムジンバスで羽田空港にバスが到着するとバスの横の収納庫をあけて荷物を出してくれる人、あるいは乗客の案内の仕事をしている現場の労働者がいます。このリムジンバスはJRなどが出資している東京空港交通という会社が運転手を雇い、乗客サービスの部分はLPSという別の子会社を持ち、そこがまたさまざまな部門を請負会社に投げています。その請負会社に雇われているのが彼らです。
請負と派遣の一番の違いは、請負は上の会社からその会社に仕事の最初から終わりまで全部まるまるまかせる、だから上の会社から指揮命令が入りません。ところが彼らが働く現場は、上の会社のLPS社員からさまざまな指揮命令を受けている、という典型的な「偽装請負」の現場です。
彼らは朝5時、6時から夜の11時くらいまで働きます。飛行機の離発着にあわせてリムジンバスは動くので、朝早い便や夜遅く到着した飛行機の乗客に合わせて仕事をする、恐るべき長時間労働です。これで深夜の割増がついていない。夜10時から翌朝5時までは労基法で25%増しの賃金をつけなければいけない。それから1日8時間労働を超えた分、もしくは週40時間労働を超えた分は25%の割増をつけなければいけない、これは労基法に書いてある誰でも知っている話です。これがまったくついていない。社会保険・雇用保険もない職場です。
さらに寮がまたひどい。3人部屋、4人部屋ですけれど、いちおうひとりにひとつづつ部屋がある。けれども鍵がついていない。つまり3DKとか4DKの民間アパートを会社が借りてそれを「また貸し」している。月々5万円の寮費、水光熱費込みですけれどもちょっと高いですよね。その5万円を給料から差し引く契約になっている。寮といってもまったくプライバシーはないし、台所とかトイレは共有だし、隣に住んでいた人がある日突然替わったりする。というのは、隣の部屋の人がある日やめて、他の人が入社して入ってくるわけです。それで鍵もない。時々ものがなくなる。そういう働かされ方をしている。
時間外と深夜の割増の未払いや社会保険・雇用保険の未加入についてはユニオンに彼らが加入して団体交渉で全部とりました。寮にも鍵をつけさせました。寮費を下げろという交渉もやったけれども、これは下がらなかったので今後の課題としてやっています。
この寮についてもう少し考えてみたいんですけど、ここで働いている組合員のひとりは北海道出身の人でした。彼は地元で仕事がなく、東京に出てきた。お金がない人は東京でどうやって仕事を探すかをまず考えてみましょう。一番ネックは住む場所です。たとえぼろぼろの2、3万円のアパートを探したとします。その場合に必要な経費は、まず初月分の家賃3万円と礼金が1、敷金が1だとすれば9万円のお金が必要です。それから次の給料日まで暮らす所持金がなければ死んじゃいますから、たとえば10万円のお金が必要です。だから最低20万円くらいのお金がなければ暮らすことができない。
そこに目をつけているのがこういう会社です。「寮付きです」といって、入ったら住むことを解決できて仕事も与えられる。だから給料日まで持ちこたえられる10万円くらいのお金で生活が成り立つんです。決して割のよくない寮に人が流れてくるのはそういう仕組みがあるからです。逆にいえば「寮付きです」ということによって劣悪な労働条件に流し込むことができる仕組みが今やできあがっている。
貧困な人を前提にしてこういう会社は成り立っている。多くの請負会社は寮付きで仕事を募集する。寮付きの仕事は貧困な人たちを集めて劣悪な労働条件の職場に就かせる、そういうシステムになってしまっています。
いわゆるネットカフェ難民といわれている人たちの置かれている状況もほぼ同じだと思います。彼らの多くはグッドウィルやフルキャストなどのような日雇い派遣という働き方をしています。翌日の仕事を携帯電話などで登録しておいて、「明日の仕事ありますか」といって仕事を探す。彼らが何でネットカフェに住まわざるを得ないかというと、一番大きな理由は家がいったん無くなると借りようがない。先ほどの3万円の話と同じです。
ネットカフェの東京でいちばん安い地域は大田区の蒲田の付近だといわれています。JR蒲田駅の東口に「いちご」という有名なまんが喫茶があります。マスコミがたくさん取り上げている、1時間100円という激安ネットカフェです。ここはほとんど住むことを前提にしているに近いネットカフェです。それ以外の所でも一晩過ごせば1,500円くらいはかかる。1日1,000円だとしても1ヶ月いれば3万円かかる。だったら3万円のぼろアパートが借りられるじゃないか。ところが彼らにはさっき言った9万円がないために借りることができない。そうすると今晩泊まるところをどうするか、明日泊まるところをつくるために働くとなっていくわけです。
家があれば、たとえば食事を安くあげよう、1日1食を100円以内に抑える、50円以内に抑えるというのはがんばればできないことはない。ところがネットカフェで暮らせば、まず煮炊きする場所もない、道具も持っていない。そうすると1食に2、300円はかかる。普通の人よりもお金がかかる。洗濯をしようとすると、コインランドリーにいって洗って乾かすとまたお金がかかる。荷物もいっぱい持って仕事に行けないから昼間はコインロッカーに入れる。コインロッカー代がまたかかる。実はネットカフェ暮らしはめちゃくちゃお金がかかるんですね。それで日雇い派遣の仕事しかない。
実はコンビニの仕事に彼らは就けない。いくつか理由がありますが、ひとつは住民票がない、住所がない。もうひとつは、1ヶ月後にしか給料が入ってこないので、その間持ちこたえられない。だから日払いの仕事を探すしかない。だから非常に劣悪な労働条件のところに就かざるを得ない。それでネットカフェに泊まるしかない。こういう悪循環があるんですね。
彼らの実態についてはマスコミの中でかなりいい番組があります。日本テレビのNNNドキュメントの一連の報道やフジテレビで深夜にやった番組は非常に優れたレポートだったと思います。NHKのクローズアップ現代などは、ネットカフェで暮らしている人の実態が路上で寝ていたり、お金が無くなるとマクドナルドなどで一晩100円くらいのものを頼んでそこにいて、さらにお金が無くなると路上で寝泊まりするというように、路上で生活しているホームレスとつながっている問題であることを描き出していました。
その通りだと思います。彼らの実態はホームレスであって、ホームレスとして把握して生活援助をしていかなければいけないということだと思います。
5月20日に若者の雇用問題で集会をやり3,300人集まりました。その集会に向けてネットカフェの全国調査をしたところ、全国のネットカフェのおよそ7割にいわゆる長期滞在者、ネットカフェ難民がいたことがわかりました。東京だけではなく、実態的に家がないホームレス化した人たちが日本中に広がっている。中高年はもちろん多いけれども、若い人の間にも広がっています。
日雇い派遣が問題なのは毎日、仕事場が違うわけですから、その人がその仕事をやるのはその日1日だけで、その仕事を覚えることに積極的な意味あいが何もないことです。通常、どんな単純な仕事でも仕事に行って今日よりは明日、明日よりあさって、その中で技能を高めていこう、いろんな工夫をしていこうするからこそさまざまな喜びもわくし自信もつくと思います。職場の仲間といろんな話をしながら、ときには愚痴を言い、上司の悪口を言いながら仕事を覚えていく。その関係を通じて職場の仲間をつくり、人間関係に支えられながら多くの人は暮らしていると思います。
日雇い派遣の場合は、まず現場の監督などはその人の名前は絶対に覚えない。明日いなくなってしまう人だから覚えないし、その人にとっても上司の名前を覚えようとは思わない。隣で同じような作業をしている人の名前も覚えない。そりゃそうですよね、明日はここにお互いいない人だから。仕事で何か工夫しようという喜びそのものがまずわかない。今日限りの仕事に工夫をしようなんて気はそもそも起こらない。現場の監督もその人に仕事をまともに覚えてもらおうなんてさらさら思わない。毎日雇われ、毎日首を切られ、毎日人との関係ができない。これを繰り返しているのが日雇い派遣労働の実態です。
昔の日雇い労働者はある一定の地域、寄せ場があった。たとえば釜が崎や山谷があって、そこには限定されたかたちだけれど地域のコミュニティがあったし、仲間と言えるかどうかわからないけれどもそういった人間関係が存在していたはずです。ところが日雇い派遣は知り合いができようがない。携帯電話一本でつながっていて、あとはもう連れて行かれるだけだから。毎日明日の仕事、明日の生活、それだけに追われる。あさってのことは考えられない。まして半年、1年先、自分の人生などというのは考えようもない。そういった働き方をしている人が何十万人もいる。日雇い派遣はきわめて非人間的なものであって、こういったものに支えられている経済成長はまったく欺瞞でしかないと思っています。
首都圏青年ユニオンの具体的な話です。
労働相談が電話で入ります。「首を切られたんです。困っています」。「じゃあ解雇を撤回させるために一緒にがんばりましょう、事務所に来てください」と約束して事務所に来てもらったら、組合の加入通知書と団体交渉の申し入れ書をつくります。会社に送るためです。来た人に、「あなたの解雇は法律に違反した解雇です。だから撤回できます。撤回させるまでがんばりましょう」ということをまず簡単な東京都の出している労働法のパンフレットだとかを見せて解説して理解してもらう。
乱暴な解雇をしているような会社は、だいたいほかにも法律違反をやっています。残業代を払ってないとか、社会保険や雇用保険に入れていないようなことをいっぱいやっている。それらをずらーっと並べて「要求しましょう」と話します。本人には「ユニオンはあなたの代理人じゃないよ、あなたが本当に自分の労働者としての権利を会社側に訴えるならば全面的に応援しますけれども、そうでないならば誰も応援しないよ。おまかせ機関ではない。そういうことでがんばりましょう」とまずはっきりさせます。
それをさらにはっきりさせる意味で、本人に組合の加入通知書、団体交渉の申し入れ書をつくってもらいます。
組合の加入通知書や団体交渉の申し入れ書は通常世の中の人は一生のうち1度も書かないと思うんですね、自分の雇用問題で。それを初めて来て、その日組合に入った人に書いてもらいます。でもそんなに難しいものじゃない。組合の加入通知書は、これこれの人が組合に加入しましたということを会社にお知らせするんです。これはユニオンのパソコンにファイルが入っていまから、あとは日付と、会社と社長さんの名前と組合員さんの名前をかえればもうできあがりです。「じゃあ、ちょっと打ってみて」といって打ち出したあとは、組合の判子を押せばできあがりです。
団体交渉の申し入れ書はもうちょっと複雑ですけれど、同じような案件のものを引っ張ってきてちょっと文章を変えればだいたいできあがる。残業代の計算は多少難しいけど、それも労働法のパンフレットを見せて自分のタイムカードの写しがあれば電卓を渡して「じゃあ計算してみてよ」というようにやっています。そのあと専従がチェックして最終的に完成させていきます。
何でそういうことをやるかというと、自分が何を会社に要求しているのかをきちんと理解してもらう。どういう法律に基づいて何を要求しているのか、どうして残業代がこういう数字になるのかを自分自身が計算することによって自分の権利が解る。専従がやれば30分ですむ話が初めて来た人がやれば2時間、3時間かかってしまうことも多いけれど、あえてやっていただいています。それが完成して組合の判子を押すと、会社にファックスを送ります。ファックス番号も本人に押してもらって「はい、じゃあ、スタートボタンを押してみよう」といってスタートボタンを押すとファックスがピーっと流れていく。「ああ、もう元に戻れないねー」といってちょっとおどかしたりするんです。みんな「どきっ」とかいいます。そのあと、電話とかで会社と相談して団体交渉の日程が決まります。
そうすると組合員300人が入っているメーリングリストに団体交渉の日程を流します。すき家だったら、たとえば今晩あるとしますと、「7月28日の夜 6時半 渋谷109前集合、午後7時から団体交渉です。解雇と残業代未払いの案件です。前回の交渉ではここまでいきましたけど、今回はここが焦点です。みなさんの応援をお願いします。当日の連絡は河添の携帯まで。090の……」と流します。
そうすると仕事が終わった人たちが夕方、109の華やかな街の中に怪しげな円陣をつくるわけです。みんなわーわーいって集まってくる。夜に設定しているのはみんなが参加しやすいようにです。会社側に昼間できないのかっていわれると「いやできない。昼間は絶対に時間は空けられない」と言って、夜に設定して組合員が参加しやすくしています。
団交開始30分前に集まるのは、団交会場の近くで、申し入れ書のコピーなんかをみんなに配って論点を10分か15分くらい簡単に解説して「みんなで行きましょう」と団体交渉に入ります。
団体交渉が終わったらまた外で円陣を組んで今日の感想をひとりずつ言うんです。「相手方の弁護士が言っていたあれはどういうことか」という質問が出たり、「もっとこういうふうに言った方が効果的だったんじゃないか」とかあるいは「こういう準備をしておいた方がもっとよかったんじゃないか」というような反省会をやります。
何で道端でやるのかというと、お金が無くて喫茶店に入れない人がいる。喫茶店に入るなら帰るという。それは困るので外でやっています。交通費も往復の実費はユニオンから出すようにしています。そうしないと来られない。そして当日渡さないと、帰りの交通費がないという状態で来る人も中にはいて、なかなか大変な状態です。2、30分の簡単な反省会の後みんなばらけますけど、帰った人たちは今日の団交の感想をおのおの参加した組合員がメーリングリストにまた流します。全組合員は300人ですが団体交渉に参加するのは10人ぐらいです。
16歳の女の子が茶髪で解雇されそうになり、それを覆しました。
組合員の中にも16歳の女の子が団交に立ち上がったと衝撃が走り、これは応援に行かなきゃと16人も集まって会社側が驚いた。これも解雇は撤回されて無事契約更新され、今も元気に働いています。帰った後、団体交渉の様子がメーリングリストに流れる。一部の人しか参加していないけれど、全体が内容を共有しています。ユニオンが今どういう交渉をやっていて、みんながどういう感想を持っているかが交換され、それで帰属意識が高まります。
参加型の団体交渉と僕は呼んでいますが、すべてを参加型にすることを徹底しています。執行委員会も月にいっぺんありますが、組合員全員が参加でき、その日組合員になった人でも執行委員会に参加できるようにしています。執行委員会では必ずひとり200円で食べられる激安ご飯を出す。ご飯を食べに出るやつがいるんじゃないかと言われていますが、そういう和やかな感じでやっています。
分会も地域ごとに、千代田、台東、文京、港などいくつかのところにつくっています。分会も、たとえば千代田分会のバーベキュー大会にはふつう千代田分会のメンバーが参加対象だと思いますが、そういうやり方は絶対にやめてくれと禁止しています。分会の企画は必ず首都圏青年ユニオン全体に呼びかけるように、たとえば千代田分会の飲み会、学習会、バーベキュー大会に全然違う神奈川の人が参加していたりする。宣伝行動もそうです。駿河台下でビラまきをする、労働相談をやるからぜひ来てというとみんなが行く。その日ひまだったりすると、お互いに行き会ったりするわけですね。
企業別に分会をつくると自分の会社の労働条件を上げたいと組合員を企業の中で増やそうという意識がどうしても強まる。企業の福利厚生や賃金を上げることは労働組合の機能としてはすごく大切だと思います。
けれど首都圏青年ユニオンは膨大にいる労働基準法以下で働いている人たちの労働条件を少しでも良くしていくことを優先させようじゃないかと、企業別の分会はつくらないで地域別の分会にして、地域別の分会も閉鎖的にしない。そうしないとどうしても強い分会と弱い分会というでこぼこが出来て、地域の落差が出来るのを避けたい。
それから個人加盟労働組合の宿命のように言われている、ひとりで入ってきて自分の問題が解決したらやめてしまうということを少しでも防止するためです。入って仲間が出来た、居場所が出来ればそれで止まる人が多くなります。
日雇い派遣の人が典型的ですけれど、自分の居場所がないんですよ。家庭環境、親との関係が悪くなったりすれば本当に居場所がない。そういう人がネットカフェに泊まったりします。家があってもネットカフェにいるような人たちはそういう人たちです。ですから居場所をいろんなかたちで提供していく、そういうことも運動としても必要だと思っています。
非正規化と正規のところで労働条件が悪くなっていく下で、若者の労働運動がいろんなかたちで広がりつつあり、さらにこれが拡大していく可能性は十分にあると考えています。
青年ユニオンは憲法28条、労働組合法で保障された団体交渉権を活用した社会運動であり、従来の労働組合運動とはだいぶ違うと考えています。
今の若者は泥沼のようなところでべちょべちょになりながら、そこで座ったりご飯を食べたり寝たりしているようなものだと思うんです。せめて僕らは「ブルーシート」を敷きたい。風が吹いたりちょっと小雨が降ったりしたら冷たいかもしれないけれどもとりあえずは濡れない、とりあえずそこに座れる、靴を脱いで歩ける、そういうようなものを敷き詰める必要があるんじゃないか、必要最低限のところを守ることが運動として大切なんじゃないかなと考えています。
今後の課題は、組合費も払えないような貧困な若者に向けた情報ネットワークをつくることです。組合費も払えない人、ネットカフェに暮らしているような人たちです。
私たちの組合費は、収入がない人は月500円、10万円以下の人は月1,000円です。
私は専従ですが、このお金では専従者も置けません。「首都圏青年ユニオンを支える会」が月500円の専従者を置くためのカンパを集めています。
貧困な人ほどサラ金で借りたり、悪い労働条件にからめとられたりしているわけですから、その層にどうアプローチするのかが非常に重要です。今考えているのは貧困な人向けの共済です。月の掛け金300円程度で病気、けがで仕事を休まざるを得なかったときに1日500円程度の給付が出来るようなものをつくれないか、共済加入者に対して無利子の貸し付けが出来ないかと。
それから政策制度要求をきちんと作成して運動を広げていくことが必要だと思います。そのひとつの反貧困ネットワークを紹介します。「貧困解決に大同団結」と報道されましたが3月24日に集会をやりました。連合も全労連も、「しんぐるまざーず・ふぉーらむ」や「DPI日本会議」―これは障害者団体、そのほかクレジット・サラ金の問題、生活保護問題、もやい、もちろん首都圏青年ユニオンも入っていますが、そういう団体が集まって貧困問題を解決しようと集会をしました。7月1日にも大きな集会をやりました。3月24日の集会をもとにした本「もうガマンできない!広がる貧困」が出ていて、私もちょこっと書いています。もうひとつは「ユニオンYES!キャンペーン」です。労働組合が非常に日陰に置かれているけれど、今の状況で企業と交渉が出来るのはやはり労働組合なわけで、労働組合を再度盛り上げていこうといろんな労働組合が集まって「ユニオンYES!キャンペーン」をはじめつつあります。これについてはもうちょっと動きがあればまたみなさんにお知らせできると思います。
最後に若者の現在と憲法ということで、憲法25条―生存権と27条の労働の権利、28条の団結権等の労働組合の権利、これを統一して理解し、統一して運動を展開することが重要になっているのではないかと考えています。
貧困が非常に拡大し、深刻な貧困の事例がたくさん出てきていますので生存そのものが脅かされている。そのことと生存できるような労働条件とか、あるいは生存するために労働者は団結していく、そういう時代に「あらためて入っている」というふうに言った方がいいのかもしれません。
戦後の日本の社会はそういうことを繰り返してきたと思います。今新たにそういう時代が再び到来しつつあると思っています。これを統一して憲法を力に運動を展開する、憲法25条、27条、28条を今あらためて読んでもこれはきちんと運動に使っていくならば十分に使える。9条と同様に十分に今日でも通用する重要な規定だと考えています。