私と憲法47号(2005年4月5日発行)


詐術に満ちた憲法調査会最終報告書案と私たちの反撃

衆議院憲法調査会(中山太郎会長)が4月14日に衆議院議長に提出するとしている「最終報告書」案を読んだ。全文A4版673頁にわたる膨大なものだ。これが3月29日午後に開かれた憲法調査会幹事懇談会で示された。

これは中山会長の指示のもとに憲法調査会事務局が作製したもので、1週間も前の23日にはなぜか読売新聞にリークされその要旨が掲載されていたし、26日の産経新聞朝刊や29日の毎日新聞朝刊にも要旨が掲載された。憲法調査会では従来もしばしばこうしたリークがあり、その都度、幹事懇談会で問題になり、会長らがメディアに「抗議」してきたが、最終報告書に至ってもこのていたらくだ。いや、これは極めて意図的な世論工作であるから、ミスではなく、こうしたあくどい手口がつづいているということだ。改憲の発議などを含めて今後ともこうした汚いやり口で、メディア操作・詐術がやられていくのだろう。心しておかなければならない。

最終報告案の内容もまた、改憲派に一方的に都合の良いような詐術に満ちている。憲法調査会の設置の主旨は今回の最終報告書案が言っているような「どの意見が多数だった」などと言うことにあるのではないはずだ。一見、公平を装っているのだが、「憲法調査会の5年間で20人以上の意見があったテーマのうち、同一意見が3分の2以上のものを『多数意見』として示す」等というのは全くのペテンにすぎない。このような方法で多数意見を示して、それで改憲派が多かったからと改憲の方向をうちだすなどということであれば、もともと、衆議院憲法調査会(定数50名)の過半数の26名が、党是で改憲の立場をとる自民党委員で、それに「加憲」という改憲の立場をとる4名の公明党が与党なのだから、そして明確に改憲に反対の共産党と社民党は計2人しかいないのだから、この結論は調査会を開く前に出ているようなものだ。

このような結論の出し方をするなら、国会も調査会もいらない。少数・多数の単純多数決は決して民主主義ではない。このような「はじめに結論ありき」のやり方ではなく、調査し、審議し、どのような意見とどのような意見が対立し、どのような議論が為されたかを報告し、有権者に判断を仰ぐべきなのだ。私たちが再三にわたって言ってきたように、憲法調査会は本来、まずもって日本国憲法がどのように実行されてきたか、実行されていないのは何か、その理由はどこにあるかなどを明らかにすべきであった。

この基本的任務を回避した上で、はじめに改憲ありきの「議論」を行い、今回のように、事実上「9条1項維持、集団的自衛権行使や国連の集団的安全保障への参加など2項改憲を否定しない」とか、「環境権、知る権利、プライバシー権の新設」や「憲法裁判所設置」、「私学助成合憲を明記」「非常事態条項新設」等が多数意見だったなどとして改憲の方向へ誘導しようとしているのは、憲法調査会を設置した「国会法」や発足時の「申し合わせ」に違反する。さらにその上、両論併記と称して、「我が国固有の価値を謳うべき」「集団的自衛権行使」「国民の義務規定の増設」「改正手続きの要件緩和」などの改憲意見を主要な見解として最終報告書に盛り込んだことも許せないことだ。

3月29日、市民は院内で「憲法委員会設置と国民投票法案に反対する集会」を開いた。4月には昼休みデモもやる。署名運動も続ける。5・3憲法集会もぜひ成功させよう。 私たちの反撃はこれからだ。(事務局・高田健)

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「九条の会」の人びとの並々ならぬ熱意が伝わる
2/25「九条の会」をきく県民のつどい(神奈川)に参加して

「九条の会」をきく県民のつどい実行委員会 池上仁

大江健三郎、小田実、加藤周一の三氏がそろうという、まれに見る超豪華キャストの講演会。
案の定開場予定時刻の2時間以上前から会場の県民ホール前には長蛇の列がつくられた。私は実行委員会の一員として資料の折込作業を開演まで続け、講演は天井桟敷で立って聴いた。

大江さんの講演を聴くのは3回目。高校生時代に、ちょうど「ヒロシマ・ノート」を刊行したばかりの氏が前橋を講演に訪れ、聴きに行ったことがある。訥訥とした語り口と暗鬱な雰囲気だけが今は印象に残っている。2回目は1984年中野重治没後5年の会。3回目の今回は巧まざるユーモアで時々会場を沸かすなど、随分話が上手になった(失礼な言い方かもしれないが)というのが率直な感想。大きな紙の原稿を用意しての講演だった。

「夏目漱石が有名な1911年の講演で指摘した『日本の開化の外発性』を、丸山真男が戦後初めて書いた論文で引用し、『日本はまだ内発的知識人を育てていない』と書いた。自分も参加した1960年安保闘争での民衆の急速な立ち上がりは、戦後民主主義革命の完成に向けた人々の意思の表われであった。当時の講演で丸山は『8月15日に戻れ』と言った。憲法・教育基本法は、日本の内発的開化の出発点である」と熱っぽく語った。

初期のエッセイ集で、国民学校時代校長に酷く殴られて(右頬を手で支えておいて思い切り拳骨で左頬をぶん殴る・・・とあったように記憶する)、今でも奥歯の骨が歪んでいると書いてあったのが忘れられない。憲法・教育基本法の改悪を目論む勢力、東京ほかで「日の丸・君が代」を暴力的に強制する輩とその人非人の校長とが私の中でオーバーラップする。その連中への静かな憎しみを大江さんと共有していると、自分で勝手に思っている。

一昔前のこと、雑誌『世界』で大江さんと「状況から」「状況へ」のタイトルでエッセイを連載していた小田実さんの謦咳に接するのは初めて。1958年フルブライト留学生として訪米した経験から話し始めた。「何でも見てやろう」の軽快な初々しさを思い出させる語り口。身を以って知った当時のアメリカの人種差別の実態(白人と日本人との結婚を州法で禁止している所さえあった)、公民権闘争、ベトナム反戦運動、女性解放闘争を通じて多様性の尊重へと変わってきたアメリカが、今また再度単一性・均質性の社会へと戻ろうとしている。そのことをサラダ社会とルツボ社会という表現で巧みに表わし、サラダ社会は本質的に平和そして民主主義を必須の条件としている、平和と民主主義を結合した日本の憲法は世界史的な大きな意味をもっている、と言葉を強めた。

最後に、加藤周一さんは、憲法9条の意義と改憲の動向について語った。平和・民主主義・国民主権(個人にとっては人権)の3原則は密接に絡んでいる、例えば人権の柱の一つである表現の自由がなければ民主主義はないのだとし、改憲の動きを批判しながらスーザン・ソンタグの言葉「みんなで一緒にバカなことをするのはやめましょう」で話を締めくくった。

第2会場の大桟橋ホールには、急遽井上ひさしさんが駆けつけてお話してくださったと紹介があった。このことを含め「九条の会」のメンバーの方々の並々ならぬ熱意がひしひしと伝わってくる熱い講演会だった。

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憲法を守り実現する共同の輪をさらに広げたい
「九条の会」広島講演会に取り組んで

「九条の会」広島講演会を成功させる会 二見伸吾

●あっけなく満席 憲法守る熱い心がつどう

3月12日、「九条の会」広島講演会が広島国際会議場で開かれました。
大江健三郎さん、鶴見俊輔さん、澤地久枝さんの3人を講師に迎え、2700人が参加。メイン会場、第二会場とも満席。「成功させる会」はチケットを売り止めにしたうえ、第四会場まで用意して当日に臨みました。売り止め決定以降も連日、事務局には申込みの電話が鳴りつづけ、「立ち見でも…」「なんとかならないか」という申込みがあいつぎ、断るのは本当につらかった。

今回の申込みのすごさ、熱烈さは、私たちの想像力を超えていました。もちろん、3人の講師の力も大きい。しかし、「憲法を守りたい」「9条を守りたい」という思いが最大の成功要因であり、3人の講師の魅力がそれをさらに磨きをかけているのだと思います。

「こういった講演会に初めて参加した」「これだけたくさんの人が集まったという事実が希望です」「第四会場まで用意するなんて広島もまんざらでない」「恐れないでやれることをやらなくては」「行動を起こさなければという思いを強くした」「改憲に反対する勇気と力をえた」「胸が温まり、誰かに伝えたくなる話だった」「到着するや順を追っての誘導にまず驚きました。ユニークで迫力に満ちたお話に大きく心を揺り動かされた」など、たくさんの感想が寄せられています。

●新しい人と日本国憲法

大江健三郎さんの最近のキーワードは「新しい人」。「新しい人」とは、個として責任を持ち、誇りを持って生きる人たちのことだと述べています(『同じ年に生まれて』中公文庫)。

『「新しい人」の方へ』では、「私は、なにより難しい対立のなかにある二つの間に、本当の和解をもたらす人として、「新しい人」を思い描いているのです。それも、いま私らの生きている世界に和解を作り出す「新しい人(たち)」となることをめざして生き続けて行く人、さらに自分の子供やその次の世代にまで、「新しい人(たち)」のイメージを手渡し続けて、その実現の望みを失わない人のことを、私は思い描いています」といいます(大江健三郎『「新しい人」の方へ』朝日新聞社、176~8ページ)。

新しい人とは、日本国憲法を指針として生きる人びとのことではないでしょうか。

「平和を求める世界の市民と手をつなぐために、あらためて憲法九条を激動する世界に輝かせたいと考え」、「九条を持つ日本国憲法を、自分のものとして選び直し、日々行使していく」(九条の会アピール)人びとこそ「新しい人」なのだと思います。改憲を阻止し、憲法が描いているような日本を創ってゆくとき、私たちは「新しい人」へとなってゆく。

●改憲は阻止できることを確信

反省すべきことも多いのですが、今回の取り組みで最大の反省点は、みんなが力を出し切る以前に満席になってしまったこと。広島の底力はもっともっと大きいのですね。だから次回はぜひ1万人規模の講演会に挑戦したい。「ヒロシマのこころ」は、戦争を許さない日本国憲法のこころ。改憲を許さない熱い思いが広島に静かに溢れているのです。その心をくみ尽くす取り組みへと発展させたい。

この講演会の成功を土台にして県内各地でつくられている「九条の会」の県内ネットワークづくりや、すでにに始まっている憲法学習県内10万人(現在約8500人)の達成なども引きつづき追求したいと思います。私たちが「日本と世界の平和な未来のために、日本国憲法を守るという一点で手をつなぐ運動」を創ることに成功すれば、改憲の野望をうち砕くことができる。今回の講演会に取り組むなかで「憲法改悪は阻止しうる」ことを確信しました。

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講演会で憲法にかかわる寸劇を上演しました
「九条の会」福岡講演会に参加して

教育基本法の改悪を止めよう!全国連絡会事務局長 八尋麻子

「九条の会」の講演会が各地で成功をおさめているという話はきいていましたが、私の住んでいる福岡でも、まずは成功といえる結果でよかったと思います。

小森陽一さん、鶴見俊輔さん、奥平康弘さんの講演があり、会場からあふれる3000人が集まりました。私は友人たちと、憲法にかかわる寸劇を上演しました。

反戦運動のようなものにかかわり始めてから2年ほど経ちますが、いつもいつも「若い世代がもっと関心を持ってくれれば」ということを言われ、とまどってしまいます。「もっと関心をもつ」ということがどういう状況なのかが分からないからです。

「九条の会」の講演会に数千人集まるという状況、そして会場を見渡せば一定の年齢の人が多いという状況をみて、ようやく実感がわいてきました。戦争や憲法の問題に関心を持っている人が多数存在する、という世代もあるのですね。それとくらべて、私たちは、無関心だと言われているのだな、ということが分かりました。

私は、これまで自分が問われてきたことと逆の問い、「なぜこの人たちは関心があるのだろう?」という疑問をおぼえました。そのことを知りたいと思います。私自身のこと、そして一緒に寸劇を上演した友人たちのことを言えば、戦争や憲法の話を両親や祖父母から聞かされて育ったか、強く影響を与えられる人に会っていたかです。普段の生活に政治が話題になることは無いし、イラク戦争の時でさえも、口にすることは憚られました。デモへいく仲間を見つけても、長く一緒にやっていくことができません。多くは生活のため、意見を言うことが許されない、もちろん組合などはない職場へ消えていきます。自衛官の試験を受けた人もいます。どうしてこのような多数の人が戦争や憲法の問題に関心を持ち続けることができるのか、とても不思議です。

講演はどれも分かりやすくていい内容で、参加してよかったと思います。しかしそれ以上に、そんな講演に集まる人の多さに、感銘を受けました。

それがなぜなのか、世代の違いを私は完璧に説明することはできません。ただ、講演をきいたり、準備をしながら関わってきた人たちの狭間で、常に、権利に対する意識の違いを痛感しました。

たとえば中学生のころ、理不尽な校則に憤りを感じて意見を言ったら、「意見は大人になってから言え」とか、「権利を主張する前にまず義務を果たせ」とか言われた覚えがあります。最近では、イラクで人質になった人たちが、その事実についてではなく、過去や、家族のことについて様々にバッシングされる様子を見ました。意見を言うこと、権利を主張することは、人間に本来認められているものではなく、特別な人だけに許されているものだ、という刷り込みが日々おこなわれていて、それだから私は、大学教授や知識人といった「とくべつな」立場にいる人たちが政治を論じていても不思議に思わないのに、そうではない「ふつうの」人が本当にふつうに意見を言ったり、講演会に参加するなどしているのを見ると、びっくりしてしまうのだと思います。けれど世の中には、意見を言うことがあたりまえだと思っている人たちもたくさんいるのだなぁということを、しみじみと感じます。

理屈どおりにいけば、人権というのは誰にでもあるから人権というので、とくべつな人間でなくても意見を言っていいはずだし、意見を言ったからといって人格攻撃を受けなくてよいはずなのですが、なにしろそのようなことが日常生活で保障されていないので、いちいち戸惑ってしまいます。けれど私は、「九条の会」の講演会に多数の人が集まるというようなことが、あらゆる世代について起きなければいけないと思うし、そのために必要なのは、私たち自身の人間の尊厳を取り戻すことだと感じています。

まだ漠然としていますが、次の機会には、著名人でない人たちがどのようにして自分の意見をのべ、生活に反映させてきたのか、ということを聞くことができればなと思います。

それにしても、新しい出会いと驚きのある、貴重な機会となりました。

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許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会に参加して(2)

本誌前号につづき、全国交流集会参加者の皆さんからの感想を掲載します。お忙しい中、原稿を寄せていただいた皆さんに感謝いたします。(編集部)

女性や若者の活躍が目立ち、活気が感じられた

第九条の会ヒロシマ 藤井純子

「全国交流会」の会場に着くと女性や若者の活躍が目立ち、活気が感じられました。「お久しぶり~」と声をかけて頂くのも嬉しく、同じ思いの人たちと楽しい2日間を過ごすことができました。広島から4人で参加しましたが、来年は「中国地方からももっと参加しましょう」と呼びかけたいと思っています。

この集会の主提起者である浅井基文さんが何とインフルエンザでダウン。でもその分を高田健さんの力の入った提起、各地からの報告で、参加者の一人のブーイングもなく、かえって頑張ろうという気持ちになったのですからスゴイ。この集会への期待の大きさでしょうか。

印象に残ったことがいくつか… まず連帯挨拶。平和フォーラムの福山真劫さん、憲法改悪阻止各界連絡会議の川村俊夫さん。東京でも5年前までは考えられなかったことだと言われましたが、これまで広島ではなかなか実現できないでいます。とりわけ福山さんが「我々も市民同志の交流、平和基本法に取り組み、とりわけ『連合が9条を守る』結論を出すよう努力をしていきたい」と私たちの前できっぱりと言われたことは驚きでしたが、元気の出るお話でした。広島でもなんとか実現できないかと思いますが…

高田健さんからの主提起も元気が出ました。「永田町では財界からの力も強力に働き絶望的な状況だが、今、平和憲法大ピンチの中に反対バネがきき始めている。若者の反戦の高まり、市民への拡がり、労組との連携などこれまでにないつながりもみえはじめた。国民投票がそう簡単にはできないぞという協同をすすめよう。専守防衛でも非武装でも『九条』の一点でつながり『同円多心』の大きなネットワークをつくろう。やりがいのある仕事だ。覚悟を決めて取り組もう!」だなんて力強い。

また、嬉しいことは高知の金さん、東京の中学生など若い人が一人で、自分から積極的に平和運動をしていること。金さんは西森茂夫さんが亡くなられてからも、高知「草の家」を引き継ぎ、若い2人連れてきていました。若い人がいることは若い人が集まるということなんだなぁってつくづく… 彼は「日本の軍事化」「北朝鮮問題」「1947年新憲法発布直前の天皇最後の勅令での外国人の排除がこれまで続いていること」など、韓国の運動家らしく日本に対し厳しい指摘をしました。中学生の彼女は、一昨年、イラク反戦WORLD PEACE NOWのデモに出たのをきっかけに、中学校でビラまきをしたり、仲間ができて一緒に活動したり… 「もっと大人になって勉強してからでも(運動は)遅くない」という声にもめげず、「真実を見ない、本だけの勉強なんてする意味はない」と堂々と意見を述べていました。若い人をといっても、お手伝いの域から出るのはナカナカですから嬉しい驚きでした。

内容のある盛りだくさんのプログラムで最後にはクタクタになりましたが、目の前にある重い問題にもかかわらず、確信のある明るいさわやかな笑顔、えがお… 元気をいっぱいもらって帰ることができました。

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憲法改悪阻止―戦争のできる国にさせない

戦争への道を許さない女たちの会札幌 山口たか

(1)はじめに
2月11、12日の、全国交流集会は、私にとってひさしぶりの、全国レベルの会議であり、非常に多くの「お土産」をいただいて札幌に戻りました。

憲法調査会が設置されて5年あまりたった今年、憲法「改正」が具体的日程に上って自公に加え民主も入って改憲手続きの協議に入っている状況です。教育基本法改悪の動き・日の丸君が代の強制・ちらしまきで逮捕される日々・犯罪の増加を錦の御旗に全国各地で増え続ける監視カメラと住基ネットの施行・「新しい歴史教科書の採択」を求める各自治体議会の動き・メディアと政治家の癒着など、まさにそれらの総体が有事体制であるといえると思います。その中での総仕上げとしての改憲-9条のみならず24条「男女平等規定」の見直しを含め、権力の独走を規制するための憲法が、国民を規制するものに大転換させられようとしています。

ひたひたと押し寄せる軍靴の響き、これは比喩ではなくまさに現実として「その音」が聞こえる状況に今の日本はあるといえます。

(2)その危機感から参加した全国交流会で私が改めて認識したことを記したいと思います。
一点目は、高田健さんの基調報告、提案を皮切りに各地の改憲阻止運動の報告がありました。世代を超えた市民の力を身近に知ることができ勇気と希望が与えられました。

二点目は、憲法の理念の実現が今こそ世界に必要であることが、多くの方の報告や議論の中から実感できたことです。自分の続けてきたことが間違いではなかったと、確信をもつことができました。

三点目は、国民投票法案の上程阻止がいかに重要かの認識が欠けていたことに気付かされたことです。漠然と改悪は反対と唱えているのでは阻止できないこと、具体的な運動としてひとつひとつ出されてくる法案をつぶしていくこと、そのために全国にネットワークを作り、運動を組織することが求められていることに、気付かされました。

四点目は、やがて、市民による市民の憲法を作ることを展望した上での「改憲阻止」であるべきと考えたことです。基本的人権や国民主権は、「日本人」や「国民」だけではなく在日朝鮮人をはじめ日本に暮らす「人々」にとって保障されるべきであり、「第1章天皇」の見直しを含め、ことばの本当の意味での「平等」「人権」「主権」を謳った市民の憲法を手にしたい(しかし、それは今ではない)、そのためにも、現改憲案を阻止し、市民が力をつけていかねばならないことを痛感しました。

(3)これからのこと
私の所属する「戦争への道を許さない女たちの会札幌」は9,11NY・世界貿易センタービルへの航空機による攻撃をきっかけに、テロとの闘いを共通スローガンとして、先制攻撃はもちろん何でも許されてしまう状況に異議申し立てをしたいと考える女性が集まって作られた会です。新年度は、代表をより若い世代と交代し、パワフルに活動できる体制を整えたいと考えています。

★訴訟
元国会議員で防衛族の箕輪登さんが提訴した、イラク派兵差し止め訴訟の支援とあわせ、私自身も第二次訴訟の原告として3月23日提訴しました。

★ピースディズ
敗戦60年の今年を日本にとって重大な年と捉え、8月の1ヶ月前後をピース月間(仮)と位置づけ、市内の平和を求める市民グループと共に様々な反戦平和のイベントに取り組む予定です。

★ピースカフェ
市民がもっと大きく運動の幅を広げることができるように、4月から、中心部のビルの一角に、「ピースカフェ」-平和人権市民運動共同オフィスをオープンさせます。イラク拘束事件の自己責任論バッシングの嵐の中で、札幌の多くの市民運動がそれぞれの場でそれぞれのやり方で「人質」解放に向けて全力を尽くしました。その根底にあるものは、戦争の被害者になることも加害者になることも拒否するという非暴力不服従の意思であったと思います。その意思その行動力は、くじけそうになる時の大きな支えであり、希望でもあります。全国交流会に集った人々はもちろんのこと、日本各地で戦っている市民の力を信じて、憲法改悪阻止―戦争のできる国にさせないことを目的に、この春全力疾走しようと決意を新たにしているところです。

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政治的立場を超えた共同の斗いを実現させるために

「北九州かわら版」発行人 村田 久

過日、一面トップで報道された「自民党憲法草案」は、すぐに引っ込めたものの現行憲法の全面的な改悪を企んでいる自民党右翼勢力の本音を明確に表している。最大の野党である民主党の支持を得るためには、再提案される自民党憲法草案のトーンはもう少し柔らかいものになるだろうが、明確に「護憲」を表明している政党が極少数派である現行国会では、何らかの形での改憲草案が国会を通過することが危惧される。

そのような状況下で開催された「第8回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会」は、「全体集会、分散会ともに危機感にあふれ、熱気に積まれた雰囲気で終始した」かどうか。

主催者、参加者の持つ「憲法改悪への危機感」は、解釈改憲で自衛隊を年々肥大化させ、ついには自衛隊の海外派兵まで実現させた自民党が、あえて明文改憲にまで踏み切ろうとしている、そのようにせざるを得ない危機感に拮抗しうる程のものであったのかどうか。

私が参加した分散会では、「憲法改悪反対の世論をどのよう盛り上げていくのか」など、これからの憲法改悪反対運動の進め方について討論されたが、9名の著名人呼びかけに応える形で取り組まれている「九条の会」についても活発な意見交換が行われた。市民運動も交えた「護憲派」政党の足並みがそろっているという地域報告がある一方、これまで政治的な立場の違いから続いているぎくしゃくした関係を超えることができない地域からの報告もあり、「政治的立場を超えた共同行動」がそう簡単でないことを改めて痛感した。

すさまじいまでの派閥争いをおこないながらも、必要とあればすんなりとまとまる自民党のしたたかさに対して、それに対抗する側は余りにも潔癖すぎるのではないか。それは戦後60年、日本の民衆運動が乗り越えることが出来ていない障壁ではなかろうか。

「九条の会」呼びかけの著名人9人を実現させた裏方の苦労は察するにあまりあるが、その顔ぶれの持つ違和感について、私が参加した分散会では話題にならなかったのは残念だった。

高田健氏が初日の全体集会で提案(主張)した「同円多心」の内実化は、これからの課題である。

許すな!憲法改悪・市民連絡会会員(神奈川)  池上 仁

 九条の会横浜講演会を2週間後に控えて参加した全国交流集会でした。私は講演会実行委員会に市民連絡会の紹介で1月から参加しています。これまで5.3集会等、東京での催しには都合つく限り参加してきましたが、地元神奈川の状況には灯台下暗し状態で(小さな労働組合の執行委員をやっているので、日常はそちらの活動にエネルギーが割かれます)、何はともあれ少しでも講演会成功の力になれれば、と実行委員になりました。幾度か会議に参加してみて、ウーン、なかなか難しいなというのが率直な感想です。

高田健さんの強調する「同円多心」の運動のあり方について、私は花田清輝がその著『復興期の精神』の中の「楕円幻想」で展開している論点とも通いあう大事な発想であり、豊かな可能性に満ちていると思っています。神奈川の実行委員会は残念ながら「同円多心」ではなく「同心円」的な運動になっていると思われます。昔、学童保育父母会の役員になって市レベルの会議に参加した時の違和感を思い出します。転校生が味わうような居心地の悪さとでも言ったらよいでしょうか。

全国交流集会の分散会は、各地の「九条の会」の産みの苦しみ(喜びでもあります)が報告され、実に興味深いものでした。「同円多心」的、「同心円」的それぞれの具体的な経験が交流されました。聞いていて痛感したのは、言いだしっぺになる人々の構えと構想力が大事、ということでした。既成の枠組みを利用して立ち上げるのはそれ程難しくはありません。ですが、それでは壮大な運動へと発展することはないでしょう。異質なものがぶつかりあってそこから新たなエネルギーを生み出すような「九条の会」をどう作っていくか、多くのヒントをもらいながら、宿題として持ち帰りました。

全体会での高田さんの力強い提起、今も耳に残るアメリカ大使館前での訴えを思い出させてくれた菱山さん、土佐弁、京都弁、名古屋弁での9条朗読・・・本当に内容豊かな交流会でした。労働運動をやっている私には、「陸・空・港湾労働組合20団体」の中川さんの、所属組合への分裂攻撃に抗して闘っているという報告が一際身に染みました。心の中で「頑張ってください」と声援を送っていました。

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3月19日、世界は“NO WAR”と言いつづける
イラク攻撃から2年、WORLD PEACE NOWが集会とパレード 

イラク攻撃開始の2年目となる3月19日~20日、世界中で「イラクに平和を」と願う人々による行動があった。死傷者が増え続けるアメリカでは、昨年を上回る700以上の都市で反戦集会が開催され、ロンドンでも10万人集会が開催されたという。日本でも北海道から沖縄まで30カ所以上でイラク占領NO!の集会・パレードがあった。

「3月19日、世界は“NO WAR”と言いつづける そして平和はワタシ・タチが創るもの 終わらせようイラク占領 撤退させよう自衛隊」WORLD PEACE NOWによる日比谷野外音楽堂での集会とパレードには4500人が参加した。

集会では、ピースボートのチョウ・ミスさんによる主催者挨拶につづいて、沖縄から、沖縄の現状への訴えと5月15日に予定されている普天間基地への人間の鎖包囲行動への参加の呼びかけがあった。

ジャーナリストの安田純平さんは、攻撃が開始される前に2回イラクを訪れた。人々はおだやかで、日本人として歓迎された。戦争が始まり、昨年イラクに行ったときには、街中で写真を撮っていて、軍に拘束された。戦争をはじめてしまった、止められなかったというところからの反省が必要なような気がする。3日間、人質となって、拘束されたが、拘束したのは普通のイラクの占領に抵抗している人たちだった。地元の農民で、3歳の子どもや小学生もいた。彼らは、占領軍に攻撃され、壊滅させられるなかで、抵抗運動に入っていく。収容所に入れられ、裸にされるなどの拷問、虐待の中で、抵抗運動に入っていく。現在、ジャーナリストは現地に入ることができず、戦争を仕掛けている側の情報しか入ってこないことは問題だ。

イラクから来日したアル・バハードリィさんの話は次のような内容だった。
米国による「イラクは大量破壊兵器を持っている、9.11テロに関係したから」という占領への口実はみな根拠のないものだということになり、今は「イラクを民主化する、自由をひろげるため」という口実をもちだしている。しかし、イラクで起こっていることは破壊と殺戮であり、インフラの崩壊です。女、子ども、老人の殺害が今、起こっている。ナジャフにある由緒ある美しいモスクのある地区は破壊されてしまった。ファルージャでは、2日間かけて、やっと家に帰り着いても、その家は跡形もなくなってしまっている。バグダットは巨大な軍事キャンプになってしまった。我々の進むべき道は漠として見えない状態が続いている。日本の人々は、破壊と占領をかつて経験している。日本の人たちは、誠実で、信頼のおける人々であり、知的で平和的な人々であるとイラクの人たちは思っている。しかし、日本政府が送った軍隊が占領軍と一体となって今、イラクに存在している。日本の政府は復興支援のためという理由をつけているが、そのような理由が真実だとは思わない。占領者がそもそも復興するなどということはおかしい。日本の軍隊は、ムサンナ州で、巨大な城壁を築き、占領軍兵士に守られて駐屯地に引きこもっている。日本が技術をもって助けたいと言うならば、占領を終わらせて、それから復興を手伝うべきではないですか?イラクと日本の人々の友好のためにも、自衛隊は即刻撤収しなければいけない。外部からの侵入者によって、テロ行為や暴力行為が起こっている。そのようなことは、祖国を守るためのものではない。子ども、無辜の民を殺戮する行為は、イラク人の倫理観に反している、国際的に事実を明らかにしてほしい。

3時からのパレードでは、「もう戦争はいらない」「知ってる?税金や貯金がイラクに降る爆弾に!」などと書かれたカラフルなボードを掲げ、沿道の人々にアピールした。私たち、参加者の思いが沿道の人々の心にも届くことを願いながら。(ふぇみん婦人民主クラブ 大束愛子)

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「憲法委員会」設置と「国民投票法案」に反対する3・29院内集会

3月29日午後、参議院議員会館で憲法委員会設置のための国会法改定と、改憲のための国民投票法案に反対する院内集会が開かれました。

呼びかけは平和を実現するキリスト者ネット、戦争反対・有事をつくるな!市民緊急行動、平和をつくり出す宗教者ネット、「憲法」を愛する女性ネットの4団体で、市民と国会議員100名が参加しました。日弁連憲法委員会の内田雅敏弁護士が報告を行い、共産党の山口富男衆議院議員、社民党の福島瑞穂党首、無所属の糸数慶子参議院議員が挨拶しました。

市民団体などの挨拶は、平和フォーラム、海員組合、ピースボート、女性ネット、市民緊急行動などで、婦人有権者同盟のメッセージも紹介されました。

なお、この日までの集まった国民投票法案反対署名6000筆を提出しました。(事務局・高田健)

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