私と憲法29号(2003年8月発行)


イラクへの自衛隊派兵をやめさせよう

いまイラクでは米英軍などによる軍事占領に抵抗する運動が高まっています。

米英軍などのイラク攻撃は全世界の世論と国際法、および国連加盟の大多数の国々の意向に反して強行された非道・不法な侵略戦争です。イラクの民衆にはこの米英軍などによるイラク占領、支配、石油をはじめ資源や物資の掠奪に抗議し、抵抗する権利があります。軍事独裁政権との闘いと、新しい国づくりはイラク民衆自身の手で行なわれるべきです。国際的な支援はイラク民衆の主体的な努力を基礎に行なわれるべきであり、NGOなどによる非軍事の原則で行なわれなくてはなりません。

ブッシュ米大統領はイラクに「自由と民主主義」を植えつけるとして、占領と資源の掠奪を正当化し、暫定占領当局(CPA)のもとで「統治評議会」をつくりあげました。しかし、すでにアフガニスタンでも証明されているように、このようなやり方で民衆自身に真の「自由と民主主義」がもたらされるとは思えません。今回のイラク攻撃の理由とされた「大量破壊兵器」の隠匿という疑惑は、戦争開始以来、すでに5カ月も過ぎたのに「発見」されず、それどころか米英両国内で政府による情報操作の実態がつぎつぎと暴露され、虚構にもとづく口実でイラク攻撃をはじめたとして、米英両国政府自体が国内の厳しい批判にさらされ、存続の危機に陥っています。

5月1日の「戦争終結宣言」以降でも、公表された米兵の死者は60人を数え、この戦争全体で米英軍の死者は200人におよんでいます。またポーランド軍も攻撃され、デンマーク兵も死に、国連施設も攻撃されました。

米国はその陸軍の兵力の3分の1をイラクに配備し、毎月40億ドルの戦費を支出しています。長期のイラク駐留を強いられている米兵の家族たちが「即時撤退」を要求する運動を開始し、これには米兵、予備役、退役軍人などの600家族が参加しています。ブッシュ政権は窮地に立たされています。

先の国会では日米首脳会談でのイラク派兵の約束をはたすために、「現に戦闘行為が行なわれておらず、将来も戦闘行為が行なわれない『非戦闘地域』への派遣であるから、この法的概念は『海外で武力行使はしない、武力行使との一体化を禁するという憲法の要請を満たしている』(石破茂防衛庁長官)」という虚構に基づく憲法解釈の論理をつくりあげ、強引に自衛隊のイラク派兵を正当化しました。しかし、小泉首相自身が「イラク国内の地名とかを把握しているわけではない。どこが非戦闘地域かと今、私に聞かれても、分かるわけないじゃないですか」「(自衛隊員は)野盗、強盗の類に襲われたら、殺される可能性がないとは言えない。戦って相手を殺す場合もないとは言えない」などと居直らざるをえなかったのです。

政府は自衛隊のイラク派兵を具体化するため、近日中に派遣の基本計画の策定と、イラクに政府調査団を早急に派遣することを決めました。そのために外交顧問の岡本氏を事前に派遣しようとしましたが、現地の情勢の深刻さから、岡本氏を派遣することができないでいます。このままでは9月中旬の石破長官のイラク視察も先送りですし、当初、11月とされていた自衛隊の派遣時期は越年する可能性もでてきました。

いまこそ平和を願う世界の人びととともに再びイラク反戦の運動を起しましょう。「もう戦争はいらない、9.27世界の人々とともに」を全国各地でとりくみ、世界の人々に連帯しましょう。

米英などイラク占領軍はただちに撤退せよ。イラクの未来はイラクの人びとの手にゆだねよ。イラクの民衆への支援はNGOなどを主体に非軍事で。自衛隊員をイラクに送るな。自衛隊員はイラクに行くな、イラクの人びとを殺すな、死ぬな。

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2003年 今年の8・6

第九条の会ヒロシマ 藤井 純子

今夏の8・6ヒロシマはイラク戦争のためか、今までになく多彩で、いつもにもまして忙しい夏になりました。私が関係したものだけでも8・6新聞意見広告、8・6ヒロシマ平和へのつどい関連、フィールドワーク、スタディークルージング… 加えて「2003人のとうろうピースマーク」。若い人によって企画され、成功させようと、心の若い人もそれぞれアイディアを出し合い、時間を割きました。3・2 NO WAR人文字同様、大掛かりなものでしたが、3・2との違いは、若者自身が彼らの感覚でパソコンを駆使してやりきったことでしょうか。若さに拍手!8・6新聞意見広告へのご協力に感謝!

今年の8・6新聞意見広告も皆さまのご協力で実現することができました。「憲法第九条は、明日への現実主義」この言葉に賛同し、お忙しい中、郵便局に足を運んで下さり、本当にほんとうに有難うございました。

今回は「見て下さる方々に私たちの意見を伝えたい!」この一点に集中し、賛同者の名前を掲載しない紙面作りをしました。賛同者のお名前を掲載するかどうか? これは永遠のテーマかもしれません。皆さまのお名前を掲載することで、仕事が忙しくても、家にいても平和運動に参加して頂ける。憲法が大事だという人たちと紙面で一緒になれる。知人・家族に呼びかけやすい。多くの名前掲載はインパクトがあるなどいいところがあります。しかし、名前だけで紙面がうまり、意見をいう場所が少なくなる。それより、憲法、とりわけ第九条のこれからの重要性を訴え、「そうだ」と思ってもらうための効果に重点をおきたい。今年は、イラク戦争反対の世界中でのパレードのように、プラカードや横断幕で様々に意思表示をする、あのイメージを表現したかったのです。

今年の意見広告のスタートは3月。第九条の会ヒロシマの総会で、8・6新聞意見広告のプロジェクトチームを立ち上げました。これまでになく早い出足。4月、相談会を集中し、紙面をイメージしてチラシを作りました。会員さんに会報と一緒に送り、憲法集会でも配りました。5月、チラシを引き受けてくれる人、グループ、また組織を探し、強引に?お願いして送りまくりました。6月、会員さんほかいつも賛同して下さる方にも会報と一緒にチラシを送りお願いをしました。と同時に本格的なレイアウトの相談を始め、ほぼイメージ通りのイラストができあがりました。7月に入り心配はお金。足りないといってもやめるわけにはいきません。急遽ヘルプハガキを送りました。忙しい皆さんなのに「遅くなってゴメーン」と送って下さり何とか目標近く到達。紙面作りは最終段階。イラストのプラカードなどに寄せて頂いたメッセージを選び入れていきました。でも思ったより少ししか入りません。申し訳なくって…。

校正を重ねて原稿が完成。写真等に気をつけながら3千枚印刷をし、8月6日早朝に配布、8月8日掲載紙を発送しました。メールやFAX・はがきで「アイディアがよかったね」「お疲れさま」などの声を頂き、約4か月の疲れが吹っ飛んでいきました。心からお礼を申し上げます。

8・6ヒロシマ平和へのつどい

20年来続けてきた市民によるこの集会の今年のテーマは「日本(有事法)も付き合うのか!(戦争中毒)あめりか」。いつも後追いになりがちな私たちですが、「市民が有効な行動を起こそうよ」と考え「北東アジアの平和構想」を中心に据えました。準備は例年にもまして遅れてしまいました。イラク戦争、有事法、イラク支援法反対の取り組み、憲法問題が続いたからに他なりません。その上「つくる会」教科書の見逃せない問題が急浮上。でも多彩で刺激的な提起者、生の声を聞きたいと参加して下さった方々のお陰で会場はいっぱいになりました。

悲痛な生の声 アル・アリさん イラクのバスラで劣化ウラン弾被害を調べ治療をしてきたお医者さん。湾岸戦争以後、ガンの発症率は10年間で10倍、死亡率も19倍。家族で、また一人で複数のガンを発症している特徴は明らかに劣化ウラン弾の影響。アメリカに認めさせ禁止しなければ何億年も続くと悲痛な現地医師の声でした。

劣化ウラン弾被害ヒロシマ調査団 森瀧春子さんは、「ヒロシマが動かなければ…」イラク戦争直後、まだ危険な現地に行かれました。「アメリカ寄りの政府が出来たら調査がしにくい。今行かないと実態が掴めない」との決断から。尿や、土壌を採取して持ち帰り専門機関に分析を委託。日本政府はイラクへの自衛隊派遣を急ぎ、川口外相は「劣化ウラン弾の使用も定かではない」とまで言い放っています。今回の調査結果が出れば、アメリカ主導でなく、国際的機関で調査し支援するべきという森瀧さん。「ヒロシマ・ナガサキは第3の核兵器使用を阻止してきたと思ってきたが、劣化ウラン弾被害を見てその想いは揺らいでいる」との言葉。重く残りました。

在外被爆者問題 笹森恵子さんは建物疎開中被爆しその後渡米されました。いくらか制度が改善され海外に医師団が行くようになったが、原爆手帳取得のため長旅をして日本へ行かねばならず高齢で行けない人も多い。在外被爆者が現地で安心して医療が受けられるよう、日本政府を動かさねばならない。私たちの責任を感じました。

市民社会が構想する北東アジアの平和 田巻一彦さんは、有事法制:日本側のメインゲスト。まずは「市民のための安全保障」という観点から話されました。安全保障の3つの原則(1)多国間の問題なので『国際法』を受け入れることが大事。(2)自分たちだけでなく、他国も安全であること、(3)自国民の人権だけでなく、他国民の人権も守る。これらの原則に照らしてみると、有事法も、イラク支援新法も、安全保障に値しません。アメリカの先制攻撃を支持し、国連も国際法も無視する日本はアジアの人たちに危険と見られます。なるほど… 「地球規模で考え、国際法を重視させるためには「憲法を守れ」と有事法制を批判するだけではダメ。私たち市民が、北東アジアの非核化構想を打ち出すことが必要」これもガッテン。南北朝鮮は共同宣言で非核を宣言し、日本は非核三原則をもつ。核保有国の米中露が非核国の日本、韓国、北朝鮮に核攻撃をしないと約束することをNGOが提起する。そうすれば全体の軍縮も進み平和が見えてくるような気がします。その役割を私たちが担うことができるでしょうか。いえ既にもう始めているグループもあるのですからネットワークを最大限生かせば…

もし占領軍の支援のために自衛隊がイラクへ派遣されると、攻撃することも攻撃されることも考えられます。帰ってからも劣化ウラン弾の影響が心配で、いま自衛官に不安が広がり自殺者が多いのもわかります。「今は強い反戦兵士を求めるのではなく、自衛官との対話が必要だ」と言われるのもうなずけます。元自衛官の市長も政府に有事法廃案を求めて要望書を提出しています。「せめて専守防衛に徹して…」これなら呉海自や海田陸自の自衛官に今以上に語りかけられるかもしれません。百歩も千歩も譲る気持ちではありますが。

また「有事法ができたら国家総動員法のように『刃向かえない』と思うかもしれないが、むしろ国側は自発的な協力を期待している」とも言われました。業務従事命令には罰則がなく、労働者の協力拒否についても政府は「法人の内規の問題だ」と答えているそうです。しかし戦争協力をしなかったら首になるという生活のかかったやっかいな問題だなぁと思っていたら、田巻さんは「ここで反戦運動は労働運動となる。」と言われます。以前そうだったように平和運動と労働運動と連携しながら進めていくのはいい。ブッシュは国際刑事裁判所、NPT問題など、あらゆる場面で身勝手。もしアメリカへ異議を唱えるとすれば、住民の人権を守る自治体であり、地域からの運動こそ効果があることを再確認しました。まだまだ出来ることがいっぱいありそうです。

アメリカの核政策に抗議 ローレン・モレさんは、抗議の意味で政府の研究所を退職。反核平和運動に取り組んでいらっしゃいます。アメリカの核兵器支出は史上最高になっているのは心配だが、愛国者法に対する条例やDU反対の決議を出すなどアメリカ内部から批判が出るのはさすが。世界的にもアメリカ・イギリスは孤立していると言われマッタク同感。彼女からも「グローバルに考え、地域で行動しよう」という原則を確認しました。

在日の二世として カク・ムノさんは「58年前核兵器を投下した国の大統領の朝鮮半島での核兵器使用が危惧される。日本はアメリカに核を使用させないために原爆投下の責任を取らせる必要がある。強制連行された在日韓国二世として、また植民地政策によって分断された民族の一員として、歴史を知らないことからくる差別、日朝関係の不正常さを正す必要がある」と強い調子で話されました。私たちの問題として重く受け止めなければ!

上関原発建設反対 羽熊直行さんは長島の自然保護を訴え上関原発を反対しているお医者さんです。7月、町議補選に立候補して下さいました。「相手は推進派ではなく中国電力。いくらお金をつぎ込んでも町議選も補選も、良い闘いをしてきた。今秋予測される町長選も負けられない」と心強い。これこそ地域からの行動です。

扶桑社の教科書 柴田もゆるさんは扶桑社の歴史教科書採択の危険性が目前。ご協力を!と特別アピール。

長崎から 舟越耿一さんは長崎「ピースウィーク」のお誘い。最後に「市民による平和宣言」を採択しました、

8・6早朝「市民による平和宣言」を全国からの方々のご協力も得て配布し、ダイ・イン、グラウンドゼロのつどいと続きました。中国電力前での座り込みへ向かうデモ、軍都廣島のフィールドワークなど、それぞれ暑い一日、58年前を想像しつつ過ごして頂けたでしょうか。

夜の「2003人のとうろうピースマーク」も大成功でした。

7日のスタディークルージングは軍都廣島、被爆、現在の自衛隊、米軍基地が一挙に見られますが、多く参加者が「こんなにも…」と驚愕。

これらの成功は強い危機感の表れかもしれませんが、皆さまのエネルギーを頂いたことは確かです。これからの厳しい運動に立ち向かう元気をいっぱい!

そのおかげでしょうか、嬉しいお知らせができます。広島の中高一貫校に扶桑社歴史教科書は採択されませんでした。久々の大ヒットに乾杯です。

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「女たちの戦争と平和資料館」
―過去の戦争を記録・記憶し、未来の平和をつくるためにー

VAWW-NET ジャパン上田佐紀子

VAWW-NET ジャパン、アジア女性資料センターの代表であった松井やよりさんが「肝臓がん」を告知され、たった2ヶ月の闘病生活の後、内外の多くの人々に惜しまれつつこの世を去ったのは昨年12月でした。

ジャーナリストにして、運動家、そしてフェミニスト、それも半端ではない。常に虐げられた人々、弱い立場の人々の側にたって社会の不公正に怒り、差別に怒り、どんな妨害にもひるまず果敢に告発し続けた松井さんは、絶筆となった自伝のタイトル「愛と怒り、闘う勇気」そのものの生涯を貫いた女性だったと思います。

VAWW-NETジャパンは「戦争と女性に対する暴力をなくすために『女性の人権』の視点に立って平和をつくる役割を担い、世界の非軍事化をめざす」ことを目的に出来た団体です。2000年12月には日本軍性奴隷制を当時の国際法に基づいて裁く民衆法廷「女性国際戦犯法廷」を加害国日本と被害国の女性達、国際的に著名な法律家たちとの連帯と協力によって開き「天皇と当時の為政者有罪」と国家の賠償責任を認める画期的な判決を獲得しました。この「法廷」を成功させるために実行委員会の共同代表の1人だった松井さんは世界中を東奔西走し、全力を傾けたのでした。

その松井さんが病床から提案し、あとに生きる人たちにその実現を託したのが、女性達が過去の戦争を記憶・記録し、未来の平和をつくることを目的とした「女たちの戦争と平和資料館」建設の構想でした。それは多くの人々の共感を呼び、早速NPO法人「女たちの戦争と平和人権基金」が立ち上げられ、4月には「女たちの戦争と平和資料館建設委員会」が正式に発足、具体的な活動を開始しました。VAWW-NETジャパンもこの建設委員会に主体的にかかわっています。

資料館の理念は、(1)ジェンダー正義の視点に立ち、戦時性暴力に焦点を当てる、(2)被害だけでなく加害責任を明確にする、(3)過去・現在の資料の保存・公開だけでなく未来へ向けての活動の拠点にする、(4)国家権力とは無縁の民衆運動として建設運営する、(5)海外へも情報を発信し、国境を越えた連帯活動を推進するの5つです。日本には戦争と平和に関する多くの博物館等の施設はありますが、自国の「加害」の記録を集め公開しているところはわずかであり、「慰安婦」については全くないということです。

この資料館は「女性国際戦犯法廷」で収集・蓄積された膨大な資料など日本軍性奴隷制に関する内外の文書・資料、写真やビデオなどの映像資料のほか、現代の世界各地で起こっている戦争や米軍基地における女性への暴力に関する資料、そして世界中のNGOの反戦活動や復興支援活動の情報なども収集し公開する。また、資料館としての機能だけでなく、小規模な会合や集会、写真展や映写会などが開けるオープンスペースも備えて、平和をつくる活動の行動の拠点にもなることをめざしています。

21世紀を迎えても世界中で紛争や他国への侵略が絶えず、この日本も有事法制の成立、自衛隊の海外派兵など戦争への道をひた走る今、このような資料館を建設することの意義は大きなものがあると思います。

資料館は3年後のオープンをめざしていますが、建設には莫大な費用がかかるため、土地の提供や「1億円募金」にぜひご協力をとのよびかけも始まっています。っまた建設委員会では戦争体験者や遺族の方々が保存している資料・写真・日記などの寄託や寄贈も募っています。平和を願うおおぜいの方々の力をあわせて資料館の建設を実現させましょう!

みなさまのご支援、ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

お問い合わせは 女たちの戦争と平和人権基金
03-3369-6866(T/F)
E-mail info@wfphr.org

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