私と憲法273号(2024年1月25日号)


光のある方向へむかう市民運動をつくろう

2024年新しい年の幕開けである1月1日元旦に能登半島を中心とした大地震が起き、各地で甚大な被害をもたらした。その翌日、羽田空港で救援物資を輸送する途中の海上保安庁の機体と、JAL機が衝突し、乗客400人近い命が危険にさらされ、海保の方は5人が命を落とした。羽田新飛行ルートなど羽田空港については過密ダイヤが前々から取りざたされているなかで、さらには非民間機までもが羽田空港を使用している、そんな状況の中で起きた。羽田空港の過密ダイヤなどの問題は以前から市民運動団体がずっと問題視して訴えてきたことだ。そもそもは横田空域など不当な日米地位協定があることも問題である。この本質を抜いて「今は非常事態だから」「人が死んでいるのだから」などと言って、危険な状況への提言の声をふさぐことは許されない。

そもそも、安保3文書の改訂の先にあるものは民間施設の軍事利用を可能とするものであり、警察組織の海保も事実上の自衛隊の手先として動くという事であった。安保3文書の改訂がもたらすものの一つは、先に起きた羽田空港での事故の頻発である。

過密ダイヤや横田空域の問題を覆い隠すように、乗客全員の命が助かったことで、JALが称賛されているが、そもそも、JALは安全面での対策を訴える労働者を不当に解雇してきた側だ。今回称賛されるべきなのはJALではなく、そこで働く労働者である。

また、長年にわたり、JALに限らず、空港会社は女性のキャビンアテンダントに対し、ヒールのあるパンプスの着用を強要してきた。飛行機から何かあったときに脱出する時、手荷物やヒールのある靴は脱ぐよう、離陸前アナウンスでも言われている。つまり乗客を安全に移動させなくてはならないキャビンアテンダントは靴を脱ぎ裸足同然で乗客を案内しなくてはならないのだ。JALでは2020年にようやくヒールのあるパンプスの強要を辞めることを決定した。たったの4年前のことだ。もしも今回キャビンアテンダントの女性たちが、いまだにヒールのあるパンプスを履かされていたらどうなっていただろうか。女性へのヒールのある靴の着用強要問題についてKuToo発信者の石川優実さん始め、女性たちの運動と大きな声があったから改善されてきたということを私たちは忘れてはならない。

人命軽視と分断の自民党長期政権をかえよう

能登半島の大震災では、相変わらず政府の初動が遅く、未だにがれきの下敷きになっている人たちがいる。石川県知事は地震発生からなんと約2週間後に現地に向かった。あまりにも遅すぎはしないだろうか。東日本大震災時、当時の民主党政権の対応と大違いである。このような自民党が今通常国会で提出しようとしている地方自治法の改正。何か起きた時、国が地方自治に対して介入できるというものだが、なんでも閣議決定で決めてしまうこの自公政府がそのような権限を持ってしまったら、危険極まりない。故安倍晋三氏は生前、繰り返し「悪夢の民主党時代」と妄言を放っていたが、悪夢の時代だったのは安倍晋三氏本人であり、市民にとってはこの自民党長期政権こそが悪夢である。人命軽視政治が長らく続く中で、市民の中でも13年前の東日本大震災の時よりも命を軽んじる風潮が蔓延しているのではないだろうか。

その証拠に東日本大震災を機に、当時日本で一気に広まったのが「Twitter(現X)」だ。なぜTwitterが広まったのかというと、避難所情報や、帰宅難民の方に向けて「ここのホテルはロビーを開放している」「ここでは充電ができる」などと言った市民による情報交換ネットワークが行われていたからだ。市民による情報の交換の場であったTwitterが、13年の時を経て、声を上げる人を抑圧し、誹謗中傷で最悪の場合死に至らしめるまでに様変わりしている。どこかで地震が起きれば必ずと言っていいほど「朝鮮人が井戸に毒を投げた」などと言うデマが流れる。そもそも井戸を使っているところが現代においてごく少数ではないか。今回の能登半島大震災の時も、「緊急事態の時ほど避難所で女性をレイプしやすいぞ」などといった性加害を煽るような発信や、デマ情報、また被災者支援に行った某国会議員が現地で食事をとったことをことさらに「被災者の分まで食べている」と大バッシングをする。

このように市民の情報交換のためのSNSのツールがこの13年間でデマと市民分断工作の方向へと変化している。Dappi事件にも見られるように、安倍政権下の下で、SNSを利用して野党の議員に誹謗中傷を行ったり、デマを言いまくることで、何も知らない市民へ先入観を植え付けさせ、徹底した印象操作を行った。金をもらったネット工作員たちの中には、不寛容なこの社会からはじき出されてしまった方もいたであろう。そのような方たちの憤りさえもかすめ取り、本来の怒りの矛先を民衆の方へとむけさせ市民同士で分断させ合うような構図がTwitter中心に出てきてしまったことを強く感じる。このような流れは先述したように不寛容な社会から生まれたものだ。その流れを変えていくには寛容な社会の圧力で変えていくしかない。

求められている競争ではなく共存の道

裏金疑惑と自民党の派閥解散問題で大揺れの自民党。支持率もずっと10%台だ。安倍派の現役の国会議員までもが逮捕される事態になった。しかし、安倍派5人衆は今回立件を間逃れた。大きな力が動いているとしか思えない。力のあるもので物事を決め、動かしていくという非民主的な流れが金権政治を温存させている。私たちはこの根源を断ち切るためには私たち側も、力のあるもので物事を動かそうとしない変革が必要だ。

そこで重要になってくるのが、市民運動だ。いま、ようやく市民運動の流れが来ていると強く感じる。安倍氏の「国葬」反対の闘いの立ち上がりも、ガザへの攻撃反対の全世界的な連帯行動も、今回の裏金金権政治に対する自民党への支持率急落も全国に散らばる市民運動の力が作ってきたものだ。

自民党の支持率がこれだけ落ちていて回復しないのは、上意下達、ヒエラルキーの中の社会に多くの市民がウンザリしているからだ。大きなデモが起きるわけではない、大規模なストライキが起きるわけでもない。しかし、確実にこれからの時代は、「自民党的なもの」を拒否している。肩書きや組織の大小、そういったものに価値を見出さない、個人個人が生き生きと暮らしていけるような多様で優しい社会こそが魅力的なものとして価値観が大きく変化してきているように感じる。競争ではなく共存の道を誰しもがこの息苦しい社会の中で言葉にはしなくとも働きながら学びながら無意識に求めているのではないだろうか。この受け皿になれるのは市民運動しかない。柔軟に変化し、新しいことに自由にチャレンジできる市民運動にこれからの未来がかかっている。

市民運動やフェミニズムに共通することは「対等な関係性」だ。対等な関係性には安心感がある。そのような対等な関係性を強めていく中で社会構造が変わっていくのだ。

民主主義は時間がかかる。今ようやく少しずつ、長年の市民運動、そしてフェミニズム運動が培ってきた土壌から芽が息吹きはじめたと感じる。ジャニーズ問題に、松本人志による女性への性加害が明るみになり、今までもみ消され、無かった事にされていた被害者の声が受け入れられ、加害者の方がまっとうに糾弾される社会になってきた。ようやくである。ここでしっかりと歴史を学び繰り返さないようにしていかないとならない。

いい変化のあとにはすぐに足踏みやバックラッシュがやってくる。普段から自分の立ち位置や運動の目的がぶれないように日頃から意識して行動していかないと所属する組織やコミュニティの在り方や権力を批判しながら良心を貫くのはとても難しい。だから、アジア太平洋戦争の時に、侵略戦争や植民地支配を礼賛しないと生きていけない、食べていくには仕方ない状況の中で転向していく人はたくさんいた。

私たちは歴史を学び、長い時間をかけて変えられてきてしまったものを変えていくには同じだけ時間がかかるのだ。時間をかけながらこれから変えていく。長丁場の闘いだからこそ、やはり楽しく行っていかなければならない。金と権力渦巻く息苦しい社会に対抗するには、温かな光が必要だ。私たちの市民運動が光となって社会を照らし、光のあるほうへ向かっていけるような運動を作っていこう。
(事務局長 菱山南帆子)

このページのトップに戻る


再び、「人間の国」を!

山口たか(札幌市民自治を創る会) 

新年をむかえ、家族とおせちを食べながら1年を振り返りビールを飲んでいた。
「昨年はひどい1年だったね!タレントのタモリさんが、23年を『新しい戦前になるかもしれない』と言った、一方12月16日岸田首相は、『日本の安全保障政策の大転換』と自ら発言しているにもかかわらず、国会に諮ることもなく安保関連三文書の改訂を閣議決定した。新たな防衛政策は、防衛費を5年で43兆円、GDP比2%に倍増、敵基地攻撃能力の保有など世界第3位の軍事大国にする大軍拡路線だ!怒った友人たちで、3月に『軍拡NO!女たちの会北海道』を立ち上げた。多くの女性や若者が集ってくれた。岸田政権はさらに、防衛産業基盤整備強化法や、防衛装備移転三原則を改悪し殺傷能力のある武器の輸出を認めた。日本製の武器が他国の市民を殺傷することが現実味を帯びてきた。まさに『死の商人国家』だ!自分たちは裏金作りに精を出しコロナ禍や円安、物価高で傷んだ国民の暮らしなど顧みることなく防衛増税を目論んでいる。政治家を名乗るな!ウクライナ情勢に希望が見えない状況に加えて、10月には『天井のない監獄』ガザでの戦闘がはじまりイスラエルによる攻撃で、多数の市民が殺戮され続けている。戦争のない世界の実現は遠い」

大声で憤りを語っていたところへ飛び込んできた、能登半島地震の知らせ。現地の惨状にことばを失う。原発の安全と1日も早い生活再建・地域の復興を祈る一方であまりのタイミングに驚いた。大晦日に身辺整理をしていたら、2005年に故・小田実さんからもらった年賀状が見つかったからだ。小田さんは「ベ平連」を立ちあげた他、「9条の会」の呼びかけ人として平和や憲法改悪阻止のために闘ってきた行動する作家だ。小田さんは、95年の阪神淡路大震災の被災当事者であったが、自然災害の際は被災者個人への公的補償はしない、と国が何の支援もしないことに「この国は人間の国か」と叫び続けた。毎月のように多くの被災者とともに西宮から国会へバスをチャーターし、超党派の議員連盟をつくらせ、憲政史上初めて市民の発議による「災害被災者支援法」を成立させた。小田さんは年賀状でこう述べている(概略)「この国を『災害大国』と受け止め、国のありようを変える。アメリカが『政治テロ』の危険をふりかざし民主主義と自由を捨てようとしている。日本もアメリカに追従、平和主義を捨てて改憲しようとしている、このアメリカ追従を止めれば『政治テロ』の危険は本質的に消える。地震、台風、洪水などの頻発する日本に生きる市民として、災害基本法を土台として災害と闘い、安全で安心して生きる国にしていく、今年は、このことと「9条の会」をやっていくつもりです、、、いっしょにやりませんか、これが震災後10年の新春挨拶です」と。19年前だが今も色あせない1枚に驚いた!

「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ平和のうちに生存する権利を有することを確認する」私たちは訴えたい。日米一体で進む臨戦態勢を止め、外交で他国との関係を良好につくっていくことこそ、憲法を持つ日本の歩む道である、と。「ウクライナに、パレスチナに平和を!」「殺すな!」「戦争する国阻止」の声を小さくても挙げつづける。昨年は映画「ヤジと民主主義」にも少しだけ出演し、舞台挨拶なども経験した。小さな声でも誰かに届く、その誰かがまた小さくても声を挙げる、それがさざ波となって、社会が少しづつ変わっていくのだ。日本を、未だ実現されていない「人間の国」にするために、各地の仲間とつながって微力だが、奮闘したいと、年の初めに思っています。

このページのトップに戻る


北海道釧路での行動と今後の経済状況について

工藤和美

(1)北海道釧路では昨年の活動は、戦争させない・9条壊すな!釧路行動実行委員会として毎月の19日行動に取り組んできました。ロシアのウクライナ侵攻1年にあたる昨年2月24日には釧路駅前において参加者は約30名でしたが、立憲民主党篠田代表のメッセージに続いて共産党村上市議 社民党宮田市議 れいわ釧路勝手連高橋さん 新社会党横田さんが、それぞれアピールを行い、参加者一同でロシアは直ちに撤退せよ!のコールを行いました。また10月19日の釧路駅前行動では「イスラエルはガザ侵攻をやめろ!」「パレスチナに平和を!全ての人びとを殺すな!」を22名でアピール行いました。立憲各野党が即時停戦をそれぞれ訴えました。終わり近くになって通り掛かった男子高校生2名が立ち止まって聞いていたので女性の参加者が声を掛けて見たところ「僕たちも戦争は反対」と話してくれ、厳しい状況ですが少し希望が持てるエピソードもありました。また12月24日には北海道パレスチナ医療奉仕団(2008年12月のイスラエルのパレスチナへの攻撃をきっかけに、パレスチナ支援を行おうと考えた有志により立ち上げられた市民団体)の団長猫塚義夫医師の呼びかけに応え釧路9条の会他と共催で「パレスチナ支援釧路緊急アピール行動」をイオン釧路前で90名の参加で取り組みました。この間釧路ではパーフェクトとは言えませんが立憲各野党が協力して街頭アピール行動に取り組んで来ていますので今後予定される総選挙に向けて活かしていきたいと考えています。

(2)今後の経済状況次第では政変か?
能登半島大地震で多くの人命が失われ、多大な被害を受けた人々が苦しんでいる一方で、東京株式市場はバブル経済崩壊後で約34年ぶりの高値の3万6000円を一時上回り、一部マスコミはバブル期越えの4万円も間近などと囃し立てている。しかし総務省よると昨年11月の家計調査では、2人以上の世帯の実質消費支出は前年同月比マイナス2.9%だった。消費支出の前年比減は9カ月連続。また同10月の毎月勤労統計によると、実質賃金は前年比2.3%減少し、19ヶ月連続のマイナスとなった。また消費者物価指数は26ヶ月連続の上昇し、昨年の消費者物価指数は前年と比べて3.0%上昇した。上昇率は前年の2.2%から拡大し年間の上昇率が3%台となるのは41年ぶりである。株式市場が過熱している理由は日銀が保有する株の総額が51兆円以上となり「上げ底」されていることが大きい。またアベノミクスで国債を大量発行した結果、日銀保有国債は国債発行残高のうち5割近くの約600兆円にのぼるが平均金利は0.3%に満たない。金利が1%上昇すると含み損は28.6兆円、米国並みの5%で108.1兆円となり24年度政府予算に匹敵する金額となる。金利を上げれば日銀の債務超過は避けられない。岸田政権と日銀が円安を放置しているのはここに原因がある。そして国内銀行の不動産業向け融資は昨年9月末に初めて100兆円を超えバブル期の2倍に達している。日本は完全にバブル経済に陥っており今後いつ破裂しても不思議ではない。経済の問題は難しい面があるが、注目すべき指標は円安と物価高がどこまで進行するかである。90年代のバブル崩壊時、その影響は政治に波及し政権交代が生じた。現在行き詰っている政権与党かその一部は、経済危機に遭遇した際、政界再編・大連立・救国政権樹立?を打ち出す可能性がある。私たちは口先の救国・大連立等を絶対に「軽信」せず、改憲反対を中心とした闘いの課題を必ず闘い抜くことが重要と思う。
2024/1/17

このページのトップに戻る


帯広・十勝から

久保下正哲

新年早々、重大な災害が発生し、多くの方が犠牲になられた。亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
地域での取り組みを報告し、今年も皆さんと共に頑張っていきたいと思います。
憲法改悪反対・安保関連法廃止を求めて 帯広・十勝では、平和運動フォーラム十勝ブロックや市民団体で「止めよう改憲!十勝連絡会」を結成、改憲反対や安保関連法の廃止を求めて街頭宣伝や集会を開催してきた。法案の強行採決前後からは憲法共同センターとかちと共同で集会や街頭宣伝を行い、17年から「戦争させない総がかり十勝実行委員会」として共同で行動してきている。毎月19行動や学習会、10.21国際反戦デーの開催、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻に反対する緊急行動として街頭宣伝活動を実施している。

 十勝、釧路根室、オホーツクの220名が「安保関連法は違憲」として釧路裁判所に訴えを起こし弁護団と一体となって戦っている。一審で訴えが退けられたため、現在札幌高裁で2審を闘ってきた。昨年の10月に結審し今年2月に判決を迎える。

日米軍事一体化に反対する 北海道は日本一広い矢臼別演習場や北海道大演習場、上富良野演習場、然別演習場など多くの演習場があり、これまでも沖縄の海兵隊の演習(沖縄の負担軽減の名の下に)が度々行われてきたが、ここ数年は「台湾有事」「離島侵攻」を口実として米軍と自衛隊の共同訓練が毎年のように強行されている。一昨年は「レゾリュート・ドラゴン22」が札幌の丘珠空港をオスプレイの拠点として、矢臼別・上富良野・然別の各演習場を離島に見立てた離島奪還を目的とした大演習が強行され、昨年9月には「オリエント・シードル」が強行された。その都度第5旅団駐屯地や然別演習場が利用されてきた。総がかりとして、第5旅団に対して中止要請や帯広市に対する要請や街頭宣伝、旅団前での抗議集会を開催し抗議の意思を示してきた。

辺野古新基地建設、南西諸島の要塞化に反対し沖縄の人々と連帯する 十勝では30年程前から沖縄の戦いと連帯し、その実態を学ぼうと5・15沖縄平和行進に毎年参加し、また、辺野古新基地建設に反対する為キャンプシュワブのゲート前にもたびたび訪れ、現地の闘いと連帯してきた。ここ数年は南西諸島の要塞化に反対する闘いとその実態を知るために先島諸島へ団を派遣してきた。そこで見たのは急速に進む要塞化。17年に宮古島に行ったときには新たな駐屯地がゴルフ場跡に建設すると聞いたが、翌年には工事が進められ次年には既に完成、保良鉱山跡に予定されていた弾薬庫も急速に工事が進み、一昨年12月に既に完成していた。2年前に石垣島に訪れた時には於茂登岳の麓に建設中だった駐屯基地は、昨年12月に既に完成していた。この時に初めて与那国島を訪れた。16年に隊員・関係者が400人余り入り、住民が分断されている状況が作り出されている。ミサイル部隊の配置も進められているが配置されれば島民の3割以上が自衛隊員とその関係者が占めてしまうこととなる。更には与那国空港の拡張(2000mから2500mへ)や、新たな港湾(カタバル浜から貴重な自然が残る湿地帯を掘削し自衛隊基地へ接続する)の建設も、「住民保護」の名目で沖縄県の意向を無視して計画されている。今年もこれらの策動に反対する取り組みを強めて行きたい。

粘り強く、そして諦めず 昨年12月に辺野古で島袋文子さんにお会いした。そのときに、17年にトーカチ(数えの88歳の祝い)の集会がキャンプシュワブ前で盛大に行われたが、今の目標はカジマヤー(数えの97歳の祝い)まで頑張って、ゲート前でお祝いを受けることだと言っていた。私たちも島袋おばあの気概に負けないで、今年も地域の仲間や全国の仲間と共に反戦平和・護憲の闘いを粘り強く頑張っていきたいと思っている。

このページのトップに戻る


一刻も早く原発のない世界の実現を

武藤類子(原発事故被害者団体連絡会)

皆さま、どんな新年を迎えられましたか。今年は元日から地震大国日本をあらためて思い知らされました。志賀原発や柏崎刈羽原発が運転停止中であったことはわずかな救いとは思いますが、破損状況などが心配です。被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。そして、少しでも良い方向に光が射すよう、願うばかりです。

さて、昨年福島では大きな出来事がいくつかありました。12年に渡って問い続けてきた東電旧経営陣の刑事裁判控訴審は、地裁に続き「全員無罪」の判決が出ました。明らかな証拠に目を瞑り、最も責任のある者を真に反省させ、責任を取らせることをしない判決は、次の事故を招くことにつながると思います。東電刑事裁判は最高裁にステージを移しました。ジャーナリスト後藤秀典さんの取材によって、最高裁判事と東電の癒着が明るみに出ました。福島原発刑事訴訟支援団・告訴団は、刑事裁判を審理する第二小法廷の草野耕一裁判官に、東電と密接な関係があることから、自ら審理を回避して欲しいという署名を行っています。1月30日には最高裁前で集会を持ち、第一次署名提出を行う予定です。福島原発損害賠償民事裁判や行政裁判でも昨年の最高裁、東京、仙台高裁などで不当な判決が続いています。この国の司法の在り方に一石を投じる思いの署名です。是非、ご協力をお願い致します。「福島原発刑事訴訟支援団」のHPをご覧ください。

もう一つ裁判の話題ですが、昨年8月24日に始まったALPS処理汚染水の海洋投棄を止めるために、「ALPS処理汚染水放出差止訴訟」を福島地裁に提訴しました。漁業者、漁業関係者、一般市民363人からなる原告団です。こちらは、東電への民事差止訴訟と国への認可取り消し等の行政訴訟です。3月4日に福島地裁で第一回口頭弁論が開かれます。現在、原告とともに裁判を闘って下さる支援者の募集をしています。「ALPS処理汚染水差止訴訟」のHPをご覧頂ければと思います。汚染水の海洋投棄については、流されたからと言って諦めることなく、福島県漁連も市民も反対を続けています。「これ以上海を汚すな!市民会議」は毎月のスタンディングを呼びかけ、夏には国際的に連帯を強めるフォーラムなどを計画しています。

今後、汚染水問題とともに放射性物質の再拡散として、環境省が汚染土の再利用に更に力を入れてくると思われます。中間貯蔵施設に集められた汚染土の再拡散を防ぐことを訴えていかなくてはならないと考えます。そして、事故当時18歳以下の方々の甲状腺がんは、県民健康調査の集計漏れを含めると363人となっています。検討委員会評価部会では原発事故との関連はないとの見解ですが、解析方法の観点から賛成できないとの委員がいて、その旨が明記されました。避難者に提供された避難住宅からの退去を迫る行政の圧力や裁判が、避難者を苦しめています。一方で莫大な復興予算を投入したイノベーションコースト構想は、大手企業のみならず県内の企業も巻き込んで、今までになかった最先端技術などの工場や施設が次々にできる風景に、被災者が望む復興との乖離が感じられます。7年間で1000億円が予算化されている国際研究教育機構「F-REY」の建設が始まり、大学などの研究機関が誘致されていますが、軍事研究などが行われる懸念を抱く人々もいます。

 今も収束しない原発事故の責任も問われないままに、GX法が決まり、次々と原発の再稼働への認可がおり、準備されています。元日の能登半島地震は、地震国日本で原発を稼働することへの明らかな警告です。一刻も早く原発のない世界を私たちは実現しなければなりません。皆さま、力を合せていきましょう。

このページのトップに戻る


平和と民主主義を手放さない

土井とみえ(事務局)

能登半島沖地震と羽田空港での衝突事故という、何とも重苦しい年明けとなった。能登の地震被害では国と自治体による救援の遅れが厳しく指摘され、避難所では相変わらず雑魚寝状態のニュース映像が流れた。心が痛む。阪神大震災から29年、東日本大震災、熊本地震はじめ地震、災害列島と言われるこの国で、あまりにも対策が進まないのなぜなのか。火山や地震の被害が多いイタリアの避難では人権を守れる体制が準備されていて雑魚寝などは考えられないという。日本でもTKB(トイレ・キッチン・ベッド)保証や避難所の運営への女性参加など急務だ。また、自身も被災者である場合が多い自治体職員が震災対策に奔走している。「維新の会」が主張してきた行政改革という自治体職員削減の誤りが証明されている。災害対策こそこの国の緊急課題だ。1億円のレッドサラマンダーを各県に配置しても51億円にすぎない。軍事費の拡大より、人々が安心して暮らせることこそが急務なのだ。

たまたま志賀原発は停止中だった。北陸電力は問題ないとの発表だが引き続き注意が必要だ。一昨年、岸田政権は原発の最大利用に踏みきった。しかし他の方法でエネルギーが確保できるのに、地震大国の日本で原発利用があり得ないということも広げていかなければならない。

昨年10月にはイスラエルのガザ侵攻があり、またウクライナへのロシアの軍事侵攻が今も続いている。昨年秋には「パレスチナに自由を」「ジェノサイド止めろ」と街に出て声をあげた。どちらも国連憲章違反であり国際人道法違反がはっきりしている。平和と人権と自由について、私たちが国内・国際的に実現していくために行動することは、憲法のいう「不断の努力」の一環である。憲法前文には「・・・われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。・・・」とあることをかみしめたい。

岸田首相は1月4日の年頭挨拶の最後に改憲について、「自分の総裁任期中に改正したいという思いに変わりはなく、議論を前進させるべく最大限努力したいと考えています。今年は条文案の具体化を進め、党派を超えた議論を加速してまいります」と改憲について踏み込んだ。

昨年、衆議院の憲法審査会は通常国会の予算委員会開催中を除いて、原則として毎週開かれた。50人の委員中で改憲派の委員は39人と圧倒的だ。維新と国民民主・有志の会の3会派は共同で改憲条文案まで準備した。委員会を傍聴していると、改憲派からは委員会の毎週開催を賞賛し、改憲案づくりを推し進めようという発言がつづく。とくに維新の会の強引さは目に余る。岸田首相の年頭の挨拶にもあるように、今年は審査会のもとに作業部会のようなものをつくり改憲条文案作りをすすめる暴挙に出るかも知れない。これは審査会がこれまで全員参加で、各派平等の発言時間を保証してきた憲法審査会の審議方法を大きくまげることにつながり、重大問題だ。

アメリカのある研究機関が、今年の世界の危険性の第1は「大統領にトランプは選ばれること」としたという。良くも悪くも世界の中心がぐらつき、新しい秩序の構築には長い時間がかかるだろう。自民党は1955年の結党以来、改憲を主張してきたが未だ実現していない。憲法審査会で改憲の合唱を聞くたびに、平和憲法を守ってきたのは圧倒的な日本の民衆だと言うことを思い知らされる。日本国憲法の民主主義と平和の実現こそ世界の民衆と共にする願いなのだ。

このページのトップに戻る


財政は平和・教育・人の命を救うために使え

中尾 こずえ(事務局)

今日は1月19日。国会前19日行動から帰宅。
集会の開会挨拶のなかで「19日行動は来月の3月で100回目になります。」と言われた。
そうか!100回になるのかと一寸感慨深い思いになった。2015年9月19日「新安保法制」が明け方未明に強行採決された。反対する私たちは雨の中、国会前に座り込み一夜を明かした。9月だというのにとても寒かった。翌朝、国会正門前で抗議集会を行った。「廃止にするまで闘う、19日を忘れない!」と誓い、以降、市民と立憲野党の議員さんとの国会前集会は今日まで継続してきたのだ。長かったような短かったような・・・。憲法、立憲主義を踏み躙る自民党の最悪政治、統一教会との癒着問題、裏金問題、ガザ全域へのジェノサイド否定、能登地震見舞い遅すぎ、支持率崩壊寸前等々キリがない。閉会挨拶で高田健さんの行動提起は10件あまりにも膨らんだ。岸田政権を倒す要件は揃った。

今こそ大事にしなければならない憲法の実践

安倍政権下で医療・介護を市場に委ねる動きが加速した。感染症対策予算は削られた。病院の効率化や病床稼働率の向上といっていたのだから、医療機具の備蓄や病床数が最低限まで削られるのは当たり前とされていた。感染症薬剤や病床はパンデミック時以外には無駄に見えたのだろう。だから削られる。そして、感染拡大を迎えたとき「どうして備蓄がないんだ。どうして病床がないんだ」と驚き慌てた。「医療費の削減」を財政上の問題にしてきた政府が、「医療費の増大」によってしか対応できないという局面に遭遇した。金のある人間は良質の医療が受けられるが、金のない人間には医療も受ける権利がないというのが新自由主義的な医療観だった。(以前、「介護の現場から」で一例を紹介した。救急車で搬送された怪我人がホームレスと分かって「満床です。」と断った例)実は嘘。ベッドは空いていた。病院を回されている間に命をなくすかもしれないではないか。

○私が勤務していた介護事業所は昨年末、1ヶ所に統合され、他方面から2ヶ所の事業所も統合された。コロナ禍以降は働き方が様々に変化した。広域地域の拠点化の様相を成している。資本は同一企業。

○厚労省は、地域に根差した小規模の介護事業所には助成金を出さない。大企業に収斂させていく方針を立てている。

○NPO法人低額施設に入所しているN子さんは1週間に2回のケアを受けていたが1回に減った。認知症の影響もあり4畳の住まいは一面に様々な物品が散乱している。まだ歩ける状態なのに1日の殆どが寝たままの状態。コロナ渦の影響で閉鎖されたデイサービス施設は多い。

○最近のテレビ番組の取材で歌舞伎町のホストクラブのオーナーが「最近、ホストの応募に来る大学生が多いです。理由は奨学金の返済に充てる為です」と報道されていた。

沖縄辺野古新基地建設 代執行止めろ! 「台湾有事」の煽り止めろ!
パレスチナ・ガザ自治区へのジェノサイド  ロシア軍のウクライナ侵略戦争等々
岸田政権は平和外交に汗をかけ! 震災被災の地に汗をかけ!

今こそ大事にしなければならない憲法の実践。日本に、世界にも平和憲法が求められているはずだ。人類の歴史のこれからの流れを作っていく役割になるのではないか。故中村哲さんがアフガニスタンから一時帰国した時の集会で、「アフガニスタンの人びとは日本人に対してとても友好的です。それは、戦争しないと決めた憲法9条を持っているからです。」と発言されていた。私はこの言葉を忘れない。

3日前、10年前から続けているJR高田馬場駅前街宣を仲間たちと行った。風冷えのとても寒い日だった。通行人も少ない。前夜に作った横断幕を用意して開始。この冬一番の寒さだったようだ。小型スピーカーの声も途切れがちだ。それでも、チラシを受け取る人、署名をする人はいる。始めた当初いた仲間はそれぞれの事情で今はいない。10年の歴史を思う。今は新たなメンバーに繋がっている。

国の財政は人の命を守るために、平和構築のために、教育のために使うのが憲法理念だ。政治を変えよう。忙しい年明けだ

このページのトップに戻る


万国平和会議から125年

小川良則(憲法9条を壊すな!実行委員会)

右翼の街宣車から流れてくる「出征兵士を送る歌」に「正義のいくさ征くところ」という一節がある。戦争に「正しい」ものなどある訳がないのだが、かつて人類は「いつどのような場合に正しい戦争が許されるか」について議論してきた時代があった。

その論理を要約すると、万人に等しく認められている「通商・交易の自由」の妨害は実力で排除できるというものである。しかし、観念的には万人に認められた権利であっても、それを実現する手段は誰もが均しく持っている訳ではない。すなわち、いわゆる「正戦論」とは、戦争に縛りをかける意図はあったものの、大航海時代を背景にヨーロッパ世界が非ヨーロッパ世界を支配するロジックとしての側面を持つものであった。

その後、産業革命を経て武器の破壊力も強大化するとともに列強による勢力争いも激化し、戦争被害は甚大かつ悲惨なものになっていった。クリミア戦争(1853~1856年)から赤十字発足(1863年)に至る経緯もこうした事情を背景としているし、国際法の世界では1899年の万国平和会議で採択されたハーグ陸戦規約が1900年に発効した。

しかし、非戦闘員の保護、捕虜や傷病者の人道的処遇等を定めた戦時国際法は、戦争による犠牲を極小化しようというものではあったが、戦争当事国の主張の是非については「思考停止」するものでしかなかった。そこでは「交戦法規」さえ守っていれば、戦争それ自体への歯止めはなく、現実には「同盟」や「協商」という形で勢力均衡が図られるという構図になっている。そして、その結末は「総力戦」となった第一次世界大戦であり、戦場となったヨーロッパ全土の荒廃であった。

こうした惨状を目の当たりにした人々が戦争の違法に一歩を踏み出し、1928年の不戦条約として結実させたことは極めて当然である。結局のところ、自衛は例外という留保が付された結果、第二次世界大戦を防ぐことはできなかったが、これを批准した当時の大日本帝国政府が中国への侵略を正面から「戦争」と呼ぶことを憚り「事変」と呼んだという程度には意識されていたとも言えよう。

1945年の国連憲章も戦争違法化の系譜に連なるものである。5大国の拒否権による安保理の機能不全もあって忘れられがちではあるが、国連憲章第51条は自衛権を国際社会が適切な措置をとるまでの限定的なものと明記している。つまり、多国間の対話による紛争の解決が大原則とされているのである。そして、2つの原爆の後で作られたわが国の憲法は、これをさらに徹底させて一切の戦力と交戦権を放棄した。その理由として古来戦争は自衛の名目で行なわれたためと説明したのは外ならぬ吉田茂自身であった。こうした歴史を無視して「戦力なき軍隊」とか「必要最小限度の実力」とか「専守防衛」という文理解釈(言葉遊び)に終始していては、ものごとの本質を見失ってしまう。

中東で、ウクライナで戦火が一向に収まらず、岸田内閣も大軍拡路線を突き進んでいる今、私たちは、憲法97条が人権は人類多年の努力の成果と位置づけ、12条がこれを不断の努力によって保持しなければならないと呼びかけていることの意味改めてかみしめていく必要があろう。

このページのトップに戻る


激励に励まされる街頭行動

島田 啓子(ふじさわ・九条の会) 

暮も押し迫った12月28日、沖縄の辺野古新基地建設改良工事に伴う設計変更を承認する「代執行」が強行されました。沖縄県の地方自治を無視し、県民の思いを踏みにじる国家権力の横暴さが強く示されて年末でした。

また自民党は昨年12月の憲法審査会で「緊急事態条項の具体的な条文の起草作業のための機関を設けるように」とまで提案しました。維新や国民民主党も改憲スケジュールを岸田首相に迫っている現状の中で新年を迎えることになりました。私は年賀状に永田紅さんの短歌「憲法が解釈次第で動くなら水辺の葦はどこに根を張る」と記し、「解釈だけでなく明文改憲が現実になりそうな今年、葦はかれてしまうのでしょうか」と書きました。新年を迎えるにあたって悲観的にならざるを得ない思いで年賀状を書きました。

けれどもあきらめてはいられないと年明けの3日は澤地久枝さん呼びかけの毎月恒例の「アベ政治を許さない」のスタンデイングを行いました。新年早々だったので、鎌倉や江ノ島への参拝客でにぎわう藤沢駅駅頭で「大軍拡・大増税反対」の横断幕とともに爆撃で破壊されたガザの写真を掲げて「パレスチナに自由と平和を」「虐殺は即時停止を」と呼びかけました。外国の観光客も結構通ります。その中で中国の若者と思われる二人が一度通り過ぎた後再び近寄ってきて、どうぞといってペットボトルの飲み物を5本も差し入れてくれました。私たちの掲げていた写真で理解してくれたのでしょう。多くの人々が無関心に通りすぎる中での温かい応援にみな感激しました。この「パレスチナ即時停戦」の行動では、イスラエル大使館宛の抗議のはがき(サインの上、投函)を毎回(1月3日前後も週1で行っています)30枚ほど配布しています。この場所は高校生が通学に利用する場所なので、男子高校生が一緒にスタンデイングしてくれたり、!女子高生が両のこぶしを掲げて「頑張って!」と言ってくれたりする姿に大いに励まされています。

毎月の9の日行動、1月は成人の日に実施するのが恒例になっています。この日はチラシやリーフではなく、晴れ着の邪魔にならないように憲法九条の条文を書いた小さなしおりを若者対象に配っています。以前は元教師だった私たちの仲間を見つけて「先生!」と言って駆け寄ってくる若者と会話が始まり、周りの私たちもそれを微笑ましく見ることができたのですが、ここ数年は年代的にもそれが見られなくなったのがなんとも残念です。けれども私たちが「おめでとう」と言いながら渡すしおりを「ありがとっす!」といってテレ笑いを浮かべながら受け取ってくれる若者には思わずこちらも「平和憲法を守りましょうね」と言葉を返します。目の前で楽しく談笑しているこの若者たちに、この先どのような社会が待ち受けているのか、気候危機による災害や、大軍拡により今以上に生活が苦しくなったりすることが無いように私たちは頑張るしかないねと語り合って今年も散会しました。

ふじさわ・九条の会は沖縄に連帯して年に4回発行しているニュースには毎号沖縄関連の記事を掲載しています。防衛省は10日午後、軟弱地盤がある大浦湾で工事に着手しました。12日に官邸前での抗議集会に参加して沖縄の民意をどこまでも踏みにじるこの国家による沖縄いじめを決して許すことはできないとの思いを改めて強くし、毎週月曜の「抗議の灯を絶やさない」スタンデイング(2015年の安保法制強行採択以降ずーと続けている)で理不尽な沖縄代執行を許すなと訴えています。国民の無関心が、代執行を進める政府を支えているという作家のあさのあつこさんの言葉に深く共感し、私たちは無関心な市民が一人でも減るように訴え続けるしかないと思い、地元でのいくつかの街頭行動を今年も頑張ろうと決意を新たにしています。

このページのトップに戻る


新しい戦後を未来に作らないために

大村 忠嗣(ピースアクションうえだ)

パレスチナのガザ地区をめぐるイスラエルによる戦争と住民虐殺が続き、ウクライナでのロシアによる侵略戦争が続く中での年越でしたが、今年は元日早々の能登半島地震、2日には羽田日航機炎上事故という大惨事からの年明けとなりました。年初に起きた自然災害と人災事故は多くの人々の心に暗い影を落としています。

最初にこの不幸な出来事で亡くなられた方々に哀悼の意を表し、一日も早い復興を願いながら、同時に被災された方、及び現地の皆様に心からのお見舞いを申し上げておきたいと思います。

能登半島地震が始まっとき「あっ、地震」最初の揺れを感じた直後に、けたたましく携帯電話の地震警報が鳴り響き、続いて少し長い大きめの揺れが来ました。家から飛び出しながら、「どこかで大地震だぞ!」叫んでいました。テレビは地震速報を伝えはじめ、「津波が来ます逃げてください」と緊迫した声が流れはじめました。震源が能登半島だとわかったとき最初に頭に浮かんだのは「志賀原発は大丈夫か?」でした。その後の情報では地震の影響を受けているものの大きな原発事故は誘発されなかったようですが心配は消えでいません。

こうして、2024年は明けましたが、私たちは政治の暴走が作り出す大きな危機にも直面しています。それは岸田政権の下で、いわゆる「安保3文書」に基づく「防衛力(抑止力)の強化」という大軍拡(大増税)=「戦争準備」が、その危険性を多くの人びとが認識していないところで確実に進められているからです。

「島を守る」として配備を受け入れさせた自衛隊基地も、「台湾有事」等を口実に、南西諸島全体が「敵基地攻撃能力」を備えた「前線基地」として「軍事要塞化」され、「継戦能力を高めるため」として大型弾薬庫の設置が進められ、港や空港の軍事利用拡大化が全国で始まっています。これはいつでも戦時への転換が可能な状態と言うことができ、今直面している大災害すらも、そのために利用する動きが見え隠れしています。

弾道ミサイルの長射程化(スタンドオフも含む)だけでなく、8万トン級の大型護衛艦(いずも・かが)も大規模改修によって、戦闘機F35Bが発着可能な空母化(居住性の強化や病院船機能追加も)が行われ、さらに同型艦の建造が予定されています。これらはアメリカ軍の強襲揚陸艦と同等の性能だといわれ、名称は護衛艦(災害対応も可能と宣伝)ながら憲法9条との著しい乖離を具現化しています。また、辺野古新基地建設における「代執行」による大浦湾側工事開始の暴挙は沖縄の民意を踏みにじっているだけでなく、憲法が示す地方自治の精神を踏みにじる暴挙であり、戦争のための施策です。

このような「実質改憲」が強行される中で、「明文改憲」が画策され、国会では憲法審査会が頻繁に開かれ、「具体的な条文案の策定」などが持ち出されている現状があります。そして、岸田首相は能登半島地震の被害に直面している最中にも、平然と「任期中の改憲実現」などを公言しています。今後は自衛隊の災害派遣にともなって、自衛隊員の活動が表に出てくるなかで、憲法への「緊急事態条項追加」や「自衛隊明記」に結びつけようとする動きも強まって来ると思われます。

このような日本の未来と私たちの日本国憲法にとって、極めて危機的な状況、憲法を無視する暴走を黙って見過ごすことはできません。災害時にこそ私たちは、「抑止力」を口実にした「戦争準備」に反対し、「自然災害にしっかり備えた国造り」を対置させて、そのために金を使うことを主張したいです。真に「命とくらしを守り未来をつくるために」憲法を活かし、守ることを強く、広く、深く訴える必要があると思います。

今、岸田政権が「丁寧な説明」を繰り返して、ごまかしながら造りだす「新しい戦前」の流れを止め、「新しい戦後」を作らせないために、自身の「老体」に「を発して、奮闘しなければと思っています。
(2024.1.16記)

このページのトップに戻る


自民党政治を終わらせなければ

山本みはぎ(不戦へのネットワーク)

昨年の私と憲法の原稿を読み直していたら、今年に感じたことと同じような出だしだったのでひとり苦笑しました。自民党の政治と金の問題、年明けの早々の能登半島大地震、日航機と海保機の衝突炎上と、波乱の年明けを予感させることが続きました。昨年、10月7日からイスラエルのガザへの攻撃で、年末年始も虐殺行為は止まず、死傷者は日々増え続けています。その多くが女性と子どもで、食料や水、電気や医薬品など生存に必要な最低限度のものまで極度に不足し、封鎖によりどこにも逃げ場のない状況を想像すると本当に心がつぶれる思いでの年越しでした。イスラエルのガザ攻撃については、10月中旬から、不戦ネットとBDSNagoyaが呼びかけて、街宣をはじめ、その後広く呼び掛けて「ガザ緊急アクションなごや」として、毎週日曜日のデモ、週1回のアメリカ領事館抗議行動、街宣を継続しています。日本政府はガザへの攻撃を国際人道法、国際法違反と認めていません。この間、国会で追及するように地元の国会議員にも働きかを行っていますが、引き続きガザへのジェノサイドを認め、止めるための手立てを尽くすように行動をしていきたいと思います。

一昨年末の、安保3文書の閣議決定から、「憲法をくらしと政治にいかす改憲NO!あいち総がかり行動」は、「大軍拡・大増税」反対をメインに毎月の集会・デモなどお行ってきました。3月と11月には、愛知・岐阜・三重・静岡の東海4県の各団体で、「軍拡・改憲よりもくらし、平和」をテーマに、3月はアピール交換、11月は共同アピールの発表と一斉行動を試みました。各県でそれぞれ運動団体の事情が異なり、難しいところもありますが、全国的な大きな行動がなかなか成立しない中、地域で連携をしていくことがまず一歩ということで始めました。今年も3月に3回目を準備中です。それと同時に、地域の運動団体の連携も模索しています。岸田首相は、「任期中に改憲を実現したい」と改憲に向け発言し、維新の会や国民民主党も改憲の前向きです。これまで5月3日、11月3日は各団体が独自にやってきましたが、この状況でより大きな動きが必須ということで協議を進めています。それぞれ、歴史のある団体でこちらも一筋縄ではいきませんが、相対的に運動が縮小している今、より大きな運土が必要だと思っています。

また、「大軍拡反対」をスローガンではなく、具体的な運動が必要だと考えます。安保3文書で示された「敵基地攻撃能力の保有」の具体化が、長射程のミサイルの開発・配備です。愛知の、三菱重工小牧北工場で「12式地対艦ミサイル」の改造やミサイル製造をしています。それらは火薬製造会社の日本油脂で最終組み立てを行います。

昨年末、自公の実務者協議で「ライセンス生産」された殺傷武器の輸出が閣議決定されました。先送りはされましたが、三菱重工小牧南工場で、イタリア・イギリスと共同開発が決まったか次期戦闘機の第3国輸出も検討されています。地元の企業で製造された武器が、南西諸島の島々に配備され、迂回経路で、ウクライナやガザへの攻撃にも使われるということは、間接的にであれ虐殺に加担することになります。そのことを、肝に銘じて反対の運動を強化していく必要があると考えます。

南西諸島の軍事化、辺野古新基地建設の代執行による埋立開始も批判していかなくてはなりません。今年は台湾総統選、ロシア大統領選、欧州議会選挙、アメリカ大統領選挙、そして自民党総裁選、衆議院選挙と選挙イヤーです。世界が選挙結果でどう変わるか、予断は許しませんが、政治と金の問題で腐敗しきった自民党政治を終わらせなければ日本の未来はないと思います。共に頑張りましょう!

このページのトップに戻る


日本はいつになったら自主独立するのか

石岡イツ(いせ九条の会)

戦後はや79年にもなるのに、未だに米国従属国家に甘んじています。今から思えば、終戦直後の方が気概があったようにすら思います。

今や、日米同盟が深化し、岸田政権は米国の要請に従順に、安保3文書を閣議決定だけで決め、米国に先に報告に行き、褒められて嬉々としている様は、国民の生命よりも自己保身を優先しているようで見苦しくありませんか。もしかしたら、保身の意識もないくらい腑抜けなのかと思ったりします。

これが主権国家といえるでしょうか。国会は何のためにあるのかと言いたいです。

しかも、憲法九条無視で、敵基地攻撃も辞さず、台湾有事には率先して参戦する事態になっています。そのために、南西諸島で着々と準備が進められています。

生活に困窮している国民もいるのに、軍事費は増大の一途です。今や戦前と言われています。国民の納得もないまま、暴走とは許しがたいです。法の支配がどうのと岸田さんは言うくせに、専制政治ではありませんか。ところが、「日本が戦争に巻き込まれることを懸念する」という抗議の声も聞きません。それほど、音無しで国民に知らせずに進行しています。この静けさが不気味でなりません。

ロシアとウクライナ戦争をみると、米国は膨大な武器供与し、EUと共に表では参戦していません。

台湾有事が喧伝されていますが、アメリカは日本の自衛隊を利用して台湾有事に抱き込みたいのでしょうが、一部の野党や九条の会など市民運動は頑張っていますが、マスメディアからは抗議の声が聞こえてきません。国民は漠然と不安な気持ちを抱いているに違いありません。信頼に足る政府とはとても思えないのが日本の不幸ではないでしょうか。もっとも、国民が選んだ政府に違いないのですが。

敵基地攻撃能力の保有により、攻撃的武器の使用が可能になり、米国と共に戦う事が可能になったが、憲法九条がある限り、拒否することは可能と考えます。

戦中に育った者として、再び戦争するなど絶対に看過できません。内外の犠牲者に申し開きができません。その謝罪が憲法九条に込められています。憲法九条こそ世界に広めたいです。

米ソ冷戦が終結した時、日本は日米安保条約を破棄して自立すべきでした。「月刊日本」の主幹、南丘喜八郎氏はその11月号で、「石橋湛山が総理に就任した際の記者会見で、『アメリカの言うことをハイハイと聞くことは、日米両国のためによくない。米国とは提携するが、米国一辺倒にはならない』と昂然と言い放った。」そして、「総理就任後僅か63日後、病に倒れ桂冠する。身体頑強だった石橋に何らかの工作が行われた可能性も否定できない」とあります。本年1月号で「石橋湛山の志を継承し、政界再建の端緒を開け!」と、特集を組み、その狙いは政界再編に(13頁へ)あるとあります。

その後、命までは損なわれないにしても、田中角栄首相、村山富市首相など、退かなければならなかったのは明らかです。(村山さんは1月4日に恒例の伊勢参りをした翌日辞めるはめになったと記憶します)

鳩山政権も米国一辺倒ではなかったので、その後、民主党は立ち上がれないほど打ちのめされました。もっとも東日本大地震や原発事故もありました。

「自発的隷従」とか言う人もいますが、独立国家なら、外国軍隊基地が存続し、首都圏に原子力空母が鎮座して、にらみを利かせるなど、もってのほかと言わざるをえません。

私は60年安保闘争時より、日米安保破棄を願っていました。当時の米国一極支配の時と異なり、露中などブリックスやグローバルサウスなど、多極化の時代に世の中変わりました。いつまでも米国従属の時代ではないと思います。今となっては腑抜けな日本のままでいいのか、それとも独立したいのか、国民一人一人に問いたいです。

このページのトップに戻る


維新政治との訣別をめざして

二木洋子(市民連合高槻・島本)

橋下徹氏が大阪府知事に就任したのは2008年1月、以来、ちょうど16年が経過した。自民推薦、公明支持で当選した橋下氏は、就任早々「大阪維新」プログラムを打ち出した。大阪府の財政再建プログラムだが、このプログラムを進める過程で自民党府議団が分裂、そして地域政党「大阪維新の会」(以下、維新)が結成された。2010年5月のことだ。2011年4月の統一地方選を皮切りに、府知事選、市長・町長選、府内自治体の地方議員選に徹底して力を入れた。その結果、2024年1月現在、大阪府内自治体の首長22名(府知事を含む)、府議52名(*)、大阪市議46名、その他市町村議199名という圧倒的な数となっている。国政では「日本維新の会」として選挙し、大阪府内で衆院議員15名、参院議員3名を当選させている。次の衆院選では、府内選挙区19すべての議席獲得を狙い、すでに候補者を擁立済みだ。大阪では、19選挙区維新独占を許さないことが、大きな課題だ。(*2023年4月の府議選では55名当選したが、不祥事で3名は離党。)

維新は選挙のたびに「身を切る改革」で大阪の経済を成長させると言い続けてきた。16年経過した今、大阪の経済は成長したのか、統計を元に分析すると、成長していなかった。大阪府の総生産額や府民一人当たり所得、上場会社の本社数など、維新が支配する前と支配後の増減率を計算し、神奈川県や愛知県など類似県の増減率と比べると、維新政治の効果はなく、成長していないことは明らかだった。その上、コロナによる死亡者数(10万人当たり)は大阪が全国一だったのは、公務員削減で、保健師が47都道府県中2番目に少ないことも一因だった。維新は、財政再建でスリム化等が成功し、大阪府の人口10万人当たり職員数が全国一少なくなったと自慢している。しかし、それは、私たち府民の命、人権などが切り捨てられ、憲法にうたわれている基本的人権が保障されなくなっているということだ。また、公務員削減は、組合員数減、組合数減で、明らかに大阪の平和運動にも影響を与えている。日本維新の会は憲法改正で教育無償化をうたい、大阪維新の会は現役世代への投資をと授業料無償化を次の選挙の目玉政策にしようとしている。16年間の維新政治についての総括と次に維新が掲げようとする施策の分析も私たちの喫緊の課題だ。

大阪の経済成長をうたう維新の看板政策は、大阪万博とIRカジノである。予定地の夢洲は大阪湾に浮かぶ大阪市の廃棄物処分場だった。多くの観光客に来てもらうため、上下水道や電気・ガスだけでなく交通アクセスなどインフラ整備が必要なのだが、万博口実に税金でインフラ整備し、その後民間のIRカジノをという魂胆だ。万博には会場整備費、木造リンク(世界最大木造建築物)、インフラ整備等も含め税金が一兆円以上必要と言われているが、IRカジノ建設のため、わずか半年の万博期間後、万博で使用した建物等はすべて撤去、更地にしなければならない。1970年大阪万博会場は万博公園として今も活用されているが、わずか半年のイベントに国費だけでなく、大阪府や大阪市が莫大な税金をつぎ込むことには、府民は批判的だ。世論調査では約7割の府民が万博不要としているが、府議会でも大阪市議会でも過半数を握った維新は、独裁状態で突っ走っている。しかも資材高騰と労働力不足で、来年4月に当初の計画通りの万博開催は不可能だ。能登地震が起きた今、資材も労働力も能登支援を優先すべきだという声が大きくなってきている。東京五輪のため東日本大震災復興事業が遅れた愚を繰り返してはならない。全国各地のみなさんにも、万博・カジノセットの維新看板政策にNO!の声をあげていただければ、力を貸していただければと、切に願っている。2024年、私たちは維新政治のベールをはぎ、訣別の元年にしたい。

このページのトップに戻る


今年こそ政治を変える年にしよう!

松岡幹雄(とめよう改憲!おおさかネットワーク)

昨年12月8日、当会の共同代表でもあった中北龍太郎弁護士が、ご病気のためお亡くなりになりました。中北龍太郎さんは、長年、反戦・反基地、平和、護憲、人権など様々な分野で大阪・関西の運動をけん引されてきました。また冤罪事件や労働案件など様々な裁判に携わってこられました。これからもっともっと活躍していただかないと思っていただけに残念でなりません。私たちは、中北さんの遺志を引き継いで、平和憲法を変える改憲策動に抗し、憲法を活かす運動に全力を挙げて取り組む決意です。

今年、2024年は能登半島地震の発生、羽田空港での航空機衝突事故と大変な状況の年明けとなりました。能登半島地震では、阪神淡路大震災や東日本大震災の教訓が全く活かされず、自治体の避難計画も策定されず、とくに困難をかかえる過疎地域では災害用の生活物資の備蓄も不足する人災ともいえる政治の責任を露呈させています。岸田首相が現地入りしたのが地震発生から14日後、石川県知事が緊急事態宣言を発したのが5日後というのは何という遅さでしょうか。また、志賀原発の外部電源の一部喪失、貯水プールの水漏れ、冷却水のオイル漏れ、モニタリングポストの故障など原発が停止中でなかったら命取りになっていました。日本は世界たぐいまれな地震大国、原発は絶対にあってはならないことは明らかです。地震のたびに原発は大丈夫か、と心配させられるのはやはりおかしい。

昨年来の戦後最悪の金権腐敗事件、絶対に幕引きさせてはなりません。1994年からの政治改革が結局のところ小選挙区制度の導入や政党助成金という民主主義にとって真逆の改悪であったことは明らかです。派閥の支配を強める裏金作りのためにパーティーを使っていた、その派閥のボスが自民党の「政治改革刷新本部」の最高顧問なんて国民をばかにするにも程がある。断崖絶壁に立っている岸田政権ですが、能登地震を奇貨として支持率の上昇をねらっています。また、改憲派は震災発生を「緊急事態条項の新設」を結びつける憲法改正を狙っています。まさにショックドクトリンです。東京地検特捜部は、安倍派歴代事務総長の立件を断念しました。2018年大阪地検特捜部が森友事件で佐川元理財局長ら38人を不起訴処分にしたのとそっくり同じです。紙の健康保険証の廃止もさすがに、いくらなんでもひどすぎます。所得税と住民税の定額減税や少子化対策なども増税が見え透いています。5年間で43兆円の大軍拡も積算根拠がないことがバレてしまっています。もうわれわれ庶民の我慢も限界だということを今度の選挙で示していかなければなりません。

かつて、沖縄県知事選で翁長さんの応援にたった故菅原文太さんの演説を思い出します。政治の役割は二つだと。ひとつは、国民を飢えさせないこと。最も大事なことは戦争をしないことだと。これを聞いた時に身が震える感覚を覚え、政治の役割が理解できました。いのちを守ることこそ、政治の役割なんだと思います。朝早くから夜遅くまで休みもろくに取らず働く若者たち、学校給食がない夏休みが嫌だという子どもたち、一日2食や1食ですましている学生たち、大晦日のタイムセールに並ぶ高齢者が増えているのが社会の現実です。今度の選挙は、いのちと人間の尊厳がかかった選挙だと思います。

今度の2月24日でウクライナへロシアが軍事侵略を開始して丸2年となります。民間人の死者数は1万人を超えました。イスラエルのガザ侵攻も100日を超えジェノサイドが続いています。二つの戦争に共通するのは国連憲章の違反であり、重大な国際人道法の違反であるという点です。アメリカとロシアのダブルスタンダードは見破られています。今年こそあらゆる侵略を許さない!非同盟・非軍事の世界の平和の流れを大きくしていきたいと願います。

このページのトップに戻る


廣嶋、ヒロシマ まずは足元の広島から政治を変えたい

藤井純子(第九条の会ヒロシマ)

「ミサイルよりも〇〇〇を」

能登半島地震で亡くなった方々にお悔やみを申し上げたい。でも被災した方々に私は何ができるのだろうか。ミサイルよりも、「被災地の支援を」「ドクターヘリを」「温かいお風呂を」。昨年11月3日、「ヒロシマ総がかり行動」は原爆ドーム前で憲法集会を行い、「ミサイルよりも〇〇〇を」を募集した。周りの人たちに「〇〇〇は何を入れたい?」と聞いてみると、ミサイルよりも「対話」「平和外交」「即時停戦」「政権交代」「核禁条約批准」いくらでも出てくる。そうして「福祉の充実を」「物価対策を」「ホカホカ弁当を」など、暮らしを大切に、と課題は広がっていく。これらは政治の役割ばかりだ。

第九条の会ヒロシマの1月の会報で「総がかり特集」を試みてみた。理由は… 岸田首相は政権にしがみつき大軍拡に走るばかり。憲法審査会は自民党以上に維新など野党の改憲への掛け声も大きく危うい。この状況に広島も、改憲を阻み、憲法を活かすために政治を変えなければならない。その原動力として「総がかり行動」の可能性をもっと多くの人に知ってもらい、力にしたいと思ったからだ。

県内各地で「総がかり行動」に頑張っている人から送られてきた原稿を読むと、みんな本当に苦労している。それでもこの枠組みを維持し、可能性にかけていることがよくわかる。そして共通しているのは、改憲・軍拡・反核・沖縄に加え、 原発・医療・教育・差別・賃金… 様々な課題を考えることで、地域での共同行動の場を広げていきたいといういことだ。まさに「ミサイルよりも〇〇〇を」。それぞれは小さくてもいざという時には力を合わせ、「総がかりは力強い!」そう感じてもらえる行動にしていきたい。

原爆と戦争を引き離そうとする広島市政に抗する

広島市政は、暗雲が垂れ込めている。昨年の春、小中高の副読本「平和ノート」から「はだしのゲン」が削除された。8.6前に、?広島の平和公園と米国の軍事的性格が強いPearl Harbor National Memorialが「姉妹公園協定」を結んだ。未来志向の和解? 和解をする前に米国は原爆投下の謝罪を、出撃基地だった廣島はアジアの人々に謝罪を、そして繰り返さない約束を、両者ともしなければならないはずだ。年末には「教育勅語」を市の職員研修に引用していたことがわかった。「教育勅語」は、主権在民を否定し、戦後、衆参両院が排除、失効決議をされたはずだ。それを「いいところもある」などと居直る松井市長は使い続けるといい、多くの個人・団体が抗議の声を上げている。

また昨秋、「広島と沖縄をむすぶドゥシグヮー」は南西諸島の軍事化を考える集会を企画し、「原爆資料館」の会議室使用を申し込んだ。この会では何度もこの会場を使ってきた。予約時に「沖縄の軍事化を、ヒロシマで考える」と申込書に書くと「平和に関することですね」と許可された。ところが今回は、資料館条例を盾に「この文章では核兵器廃絶や被爆体験の継承」が読み取れないと突っ返してきた。しかしよく読めば条例には「資料館は、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与するためにつくられた」とある。広島平和記念資料館条例 (hiroshima.lg.jp) 沖縄集会は『平和の実現に寄与する』ものだと何度もやり取りをした結果、今回は使用を勝ち取れたからよかったが、今後もこの攻防は続くのかもしれない。

しかしなぜに「核兵器廃絶・被爆継承」だけにこだわるのか。原爆を描いた四国五郎さんも「この街に生きていて、戦争につながる現象に敏感に反応しこれを防ぐ側に立たない人がいるとしたら、それはもう人間ではあるまい」と述べている。戦争と原爆をひき離し、軍都廣島に蓋をすれば、過ちを繰り返すことにならないだろうか。私たちは、ひとつひとつ「おかしい」と声を上げ続けよう。加害者としての廣島にもきちんと向き合い、今に活かす、そんな広島を、本当の平和都市ヒロシマを子どもたちに残したい。(1月20日)

このページのトップに戻る


年明け早々に思ったこと、私たちの「今年」をどうするかということ

竹内 俊一(平和をあきらめない北九州ネット)

もう、みなさん方ふれられていると思いますが、私も、どうしても能登半島地震のことに触れざるを得ません。

発災したその日ならまだしも、一週間近く経っても、水がない、食料がない、トイレにも困っているなど、悲惨な声が寄せられていました。石川県の友人から画像含めて被害の状況が送られてきていたので、道路被害によって物資の搬送などが困難を極めていることは、よくわかっていました。しかし、いつまでたっても、仕切りのない体育館などに被災者が雑魚寝です。暖房具なども不足しているような寒々しい映像が流されていました。また、あるところではビニールハウスのなかに、住民が身を寄せ合って過ごしている映像もありました。

世界でも有数の地震多発国で、3・11東日本大震災、熊本地震など、連続して非常に深刻な被害が発生した国でありながら、ひとたび大きな災害が発生すれば、この国は、たちまち原始時代のような環境の中に置かれてしまうようです。

再生することも困難な過疎地域にされ、その後、役場機能も縮小され、防災体制なども整えられず、非常事態時には立ち往生してしまうという、切り捨てられた地域の哀れな姿が出ているのではないでしょうか。

菅義偉前首相は「公助」なるものが最終の手段としてあるかのような、偉そうな言い方をしていましたが、見ての通り「何もない」のが実情だったということです。公共的なものが壊されはじめたあの時代から、公助なるものは消滅に向かっていたと思います。

結局、一生懸命働いて稼いだお金から集められた税金は、我々の「いざ」という時に使われるのではなく、5年間で43兆円に見られるように、他国の「いざ」という時に使われるようで、それも人間を生かすのではなく、殺すために使われるようです。

災害時の備えはお粗末そのもので、いっこうに進歩の跡が見えませんが、戦争の道具はもうのすごく進化しています。最近ではAIを使って、殺傷力を行使するタイミングを自ら判断できる自律型致死兵器システムの開発が進んでいるとのことです。いずれ日本もそのようなものへの部品や技術の提供ということになっていくのでしょうか。

始まった戦争は簡単には終わらない、というのは、まさに私たちの眼前で繰り広げられている戦争が、それを見せつけています。しかし、戦争への道をいったん歩み始めてしまうと、これも、なかなか止められない、後戻りできないというのも、今の私たちが経験していることです。しかし、それでもまだ、砲撃をしていない、爆弾を落としてない、人も殺していません。何よりも憲法9条と市民の運動が防波堤となって、これを押し止めています。

このギリギリのところの攻防戦というのを意識して、さらに運動を大きくしていく必要がありますが、そのためには私たちが持つ危機意識を多くの人に共有してもらうことと、私たち自身の強い発信力が必要です。

私たちの「平和をあきらめない北九州ネット」は、この間、19日行動は、市内2ヵ所同時宣伝行動にしました。さらにイスラエルのガザ虐殺に対しては緊急行動を月に2~3回追加して取り組みましたが、それでも行動力の不足を強く感じます。

「あの人たちと一緒に行動したい」と思わせるような「魅力」を持ちたいと思います。そして多様な人たちを結集した様々な行動が実現できないものかと考えています。仲間と問題意識を共有しながら、そこに向かっていきたいと思います。

このページのトップに戻る


一人でも多くの憲法遵守・女性国会議員誕生を

片山純子(市民連合ふくおか事務局長)

2024年1月4日夕刻の岸田首相の記者会見・冒頭発言には驚いた。能登半島地震が発災して3日目である。まさに、土砂・家屋などの下敷きになっている方がいれば、救済のタイムリミットである72時間が過ぎようとしている時間帯であった。年頭の発言とはいえ、能登半島地震に対する対応一色にならなければいけない時期の発言末尾に、「憲法改正の実現に向けた最大限の取組も必要です」「自分の総裁任期中に改正を実現したい」など、改憲に積極的な姿勢を示した。

岸田首相らがめざしている改憲で導入が目論まれているものの一つが緊急事態条項である。これは、戦前の戒厳令に類似した規定であり、非常時に市民の基本的人権を制限し、行政の長のもとに権限を集中させるというもので、非常時としては、戦時下ともに地震・水害などの大きな自然災害に見舞われたときなどが想定されている。

今回の能登半島地震では、政府・石川県双方ともに、初動対応の不手際・遅れが指摘され、多くの被災者がいまだに避難生活のなかで苦しまれている。これは、改憲による緊急事態条項がなかったから起きた状況ではなく、誰が見ても、岸田総理・馳石川県知事のリーダーとしての適性・能力に問題があったために起きたとしか思われないものであった。問題あるリーダーに、緊急事態条項を認めてしまっていたら、言論の自由が制約されマスコミも被災地に入れない、被災者の声も伝わらないなどの状況となって、今回以上に市民の命と暮らしが脅かされる可能性が高かったのではと思われる。戦時下であろうが、自然災害に見舞われている時であろうが、今の対応・施策が妥当かどうか、市民が判断できる状態は保障されるべきであり、基本的人権は制約されるべきではないと思う。

緊急事態条項を含めた改憲草案は、衆議院の憲法審査会で最初に検討される可能性が高い。その衆議院憲法審査会の委員は50人の国会議員から構成されているが、2024年1月現在の構成員をみると、50人中改憲派が40人も占めており、改憲を推進しようとしている。今年こそ、解散総選挙があった場合は、改憲反対の国会議員が少なくとも1/3以上になるよう、市民と立憲野党との共闘で頑張らなければならないと思う。

それだけでなく、女性国会議員の数も増やさなければならない。衆議院議員全体に占める女性の割合は10%と少なく、世界190ヶ国中165位と後進国状態である。衆議院憲法審査会も同様かなと推測していたが、調べてみると、もっと悪かった。衆議院憲法審査会の委員50人中に女性はたったの2人、割合では4%である。衆議院議員全体に占める割合よりもひどい数値であった。憲法審査会の男女比がこんな構成で、今では当たり前のジェンダー平等の視点が改憲案に盛り込まれるのだろうか? 疑問である。そもそも、現在の日本国憲法には、個人の尊重(13条)・法の下の平等(14条)・両性の平等(24条)など、ジェンダー平等の規定を支える大切な条文はすでに揃っている。日本社会がこれら規定を現実のものにしていないのが問題であって、ジェンダー平等の視点から言えば、改憲など必要ない。女性国会議員が増えれば、衆議院憲法審査会の空気も変わるのではないだろうか。

震災対応より改憲に前のめりな首相など必要ない。憲法遵守、市民の命と暮らしを第一とする国会議員、女性国会議員を一人でも多く誕生させたい。それが、2024年年頭の希望である。

このページのトップに戻る


「敷戸弾薬庫に長射程ミサイルが」

宮崎優子(大分・赤とんぼの会)

終わらない戦争、大地震、飛行機事故、暗澹とするニュースが続く中、私たち大分市民にとって身近な衝撃ニュースは大分合同新聞が報じた「弾薬庫さらに7棟」(2023/12/23)の記事。

えっ、やっと11月2日になって「大型弾薬庫2棟建設予定」の説明会があったばかりなのに・・・

そして11月29日に弾薬庫の建設工事が始められてしまったところなのに・・・

最初から2棟ではなく7棟の計画だったんだ・・・

(1)発端 「大型弾薬庫2棟建設予定」のニュースが最初に報じられたのは大分合同新聞(2023年2月16日付)。

2月19日 「草の根の会」主催の日出生台ゲート前、日米合同演習反対の集会で「憲法・教育基本法改悪に反対する市民連絡会おおいた」は「大分県内へのミサイル弾薬に関わる大型弾薬庫新設工事に反対し抗議する」声明を発表。

 大分市鴛野にある陸上自衛隊大分分屯地(通称敷戸弾薬庫)は、国道10号線やJR豊肥線を挟んで大分大学旦の原キャンパスの傍らにある。小高い丘になっているからか、そこに70年近く前(1955年)から陸上自衛隊の弾薬庫がある事を知らない人も多い。周囲3㎞以内に大学、小中学校、幼稚園、保育園、病院、介護施設があるほか、敷戸、高江、ひばりヶ丘、中判田、寒田、田尻などの住宅地があり、私の住む光吉台もこの中にある。

半径5㎞以内には大分駅を始め商店街、ショッピングモール、スタジアムほか大分市の中心部はほとんど含まれる。鴛野小学校は分屯地とフェンスを共用している。こんな住宅地のど真ん中に弾薬庫があるのは、他に例を見ないという。

(2)「赤とんぼの会」は3月市議会・県議会に請願と陳情をしたが、県は審議未了、市は継続審議(6月議会で不採択)となった。私たちが求めたのは「政府及び防衛省に弾薬庫に関する情報を求め、得た情報を速やかに市民・県民に提供すること」「弾薬庫に不測の事態が起こる場合の対策を検討し、周辺住民の安全・安心を図ること」以上2点だけ。当たり前の事だと思うのだが何故不採択?

とにかく住民に知らせなくてはと「ご存知ですか?」という見出しでチラシを作成し近隣の住宅に配り始める。(3月~5月)

分敷戸ミサイル弾薬庫問題を考える市民の会」結成へ

6月25日 弾薬庫問題を考える会を作ろうと「オールおおいた」(「安保関連法」の廃止と選挙での野党共闘を目指して2016年にできた市民団体・個人の集まり)が準備会を呼び掛ける。
市民の会結成総会を開く事が決まり、周辺住民4万人(2万世帯)を対象にチラシを配布する。
(私たちの手に負えない分は業者に依頼することに)
8月11日 岡村正淳弁護士の講演(沖縄の現状)の後「大分敷戸ミサイル弾薬庫問題を考える市民の会」が発足する。(以下「~市民の会」と省略)
9月6日 「~市民の会」が大分市議会に陳情書提出「情報開示と安心安全の確保」を求める。     今のところそれが継続審議となっている。
10月1日 「~市民の会」主催で柳澤協二さんを講
師に「非戦の安全保障について」語っていただく。
10月31日 「~市民の会」が弾薬庫新設計画撤回を求める声明を出し記者会見を行う。
11月2日 やっと九州防衛局の説明会が開かれる。
納得できる回答は何一つもらえず、分かったのは自衛隊は国を守るが、国民を守る義務はないということ。個人(住民)を守るのは自治体の仕事らしい。
11月29日 納得できないまま工事は始められた。国道10号線弾薬庫西門前で抗議のスタンディング。
12月23日 さらに7棟追加の記事がでる。
12月28日 「~市民の会」は抗議声明を出し、記者会見をする。

*更に2024年度末までに湯布院駐屯地に地対艦ミサイル連隊が配備され、敵基地攻撃を担うことになる。

~市民の会」の活動は始まったばかり。

毎月1日と15日、大分駅北口前で抗議のスタンディング。またメンバーが、自主的に街宣行動や戸別チラシ配布などをやっている。

安保法制が成立してから8年、国民の負託を受けた国会は軽視され、重要な事は閣議決定でマスコミに流され既成事実として通ってしまう。こんな政治でいいのか?

私たちには問い続ける義務がある。麻生副総理は台湾で「戦う覚悟がある」と言ったが、自分が戦うわけではない。戦わされるであろう若者たちのために、こんな政治でいいのか、社会でいいのか、私たちは問い続けねばならない。

このページのトップに戻る


一人ひとりの声はきっと戦争を止める

池田年宏(大分敷戸ミサイル弾薬庫問題を考える市民の会)

 砲弾による爆撃が多くの命を奪っている。当事国には共存の道に進むことを強く求める。映像を見るにつけ、日本の加害の歴史も思い起こされる。この国は15年戦争において、中国をはじめとするアジア太平洋地域で2000万人もの人々を殺した歴史を持つ。私たちは加害者にも、被害者にもなりたくない。

陸自大分分屯地(敷戸弾薬庫)での長距離ミサイル用大型弾薬庫2棟の建設工事の着手強行を2日後に控えた11月26日、私たちは武力行使によるすべての犠牲者を悼む1分間の黙とうを行い、現地南門前で抗議集会を開いた。

 大分敷戸に保管される長射程ミサイルは、湯布院や沖縄に運び出され、他国攻撃に使われる。当然、ここは攻撃目標となる。日米合同軍事演習では、大分と沖縄を結ぶ移動訓練も実施されている。アメリカの手先になり、全国を巻き込む戦争体制が作られようとしている。ガザでミサイルの砲弾がさく裂し、沖縄で戦闘機の爆音が轟いている。民意が踏みにじられながら、できもしない基地建設のために美しい海が埋め立てられ、島々にミサイル基地や弾薬庫が次々に整備されている。ここ大分でも敵地攻撃能力を備えたミサイル弾薬庫の建設が始まった。着工に抗議する声明を発表した2週間後、さらに7棟の大型弾薬庫の建設が発表された。大分敷戸ミサイル弾薬庫建設、湯布院のミサイル連隊配備、航空自衛隊築城基地のアメリカ軍使用、日出生台演習場での軍事訓練、大分大在埠頭や大分空港の軍事使用など、すべてが私たちから平和に生きる権利を奪っている。私たちはあらためて緊急抗議声明を記者会見にて行った。大分県や大分市をはじめとする各自治体の役割は、国に追従し軍拡の後押しをすることではない。住民の生命と財産を守ることだ。各種軍事訓練で民間施設や道路が使用されているが、これも「軍事施設と民間施設は、その運用を含めて明確に分けられなければならない」とするジュネーブ条約の軍民分離の原則に反する。軍隊が使用する施設は軍事施設とみなされ、狙われる。自衛隊が民間の大分空港や大在埠頭を使用すれば、攻撃対象になる。軍民が混在し、多くの犠牲を出した沖縄戦を思い起こさなければならない。

日本国憲法は戦争を明確に否定している。軍国少年少女に教育され、戦場で心を病み、家族を失い、生活を奪われた市民は、この憲法を心から歓迎した。世界各地で起きている武力行使のすべてに、自信をもって反対したい。主権は国やミサイルにあるのではない。子どもたちが私たちの姿を見ている。軍拡や武器の開発・輸出をする政治を戒め、教育・福祉・医療・介護の充実など、暮らしを豊かにする、平和のための政策をこそ求めよう。世界中でそれを進めていけば、日本は各国から信頼を受け、よもや攻撃対象になることはないだろう。反対に、軍拡を進めていけば、とりわけアジア諸国から危険な国だと見なされ、信頼を得ることなどできはしない。政治家たちに能力がないのなら、私たち市民が声を上げていくしかない。懐に金を貯え、前線に行くこともないのに、専ら争いを強いる政治家たちに、あるべき仕組みを示して差しあげよう。

一人の行動が世界を変えることはないかもしれないが、平和を愛する一人ひとりの絶えまない声は、きっと戦争を止め、平和で穏やかな暮らしをもたらすことになるだろう。11月を目途に、国の軍拡に反対し「戦争」の対案を示すべく『友好・対話 平和への集いin大分(仮称)』の開催を考えている。それぞれの地で行われる取り組みに大分も連帯したい。全国からのご参加も呼びかけます。ご協力をお願いします。

私たちのふるさとが、そして日本全国が戦争協力などすることがありませんように。

このページのトップに戻る


謹賀新年 始めまして 沖縄から

松井裕子(島ぐるみ会議・南風原) 

沖縄島北部・名護市東海岸への米軍新基地建設の話が降りかかってから28年目を迎えます。政府の、何が何でも辺野古・大浦湾に造ろうとする根拠は、1960年代に既に米軍による青写真が引かれていた所でもありますが、“国防は国の専権事項”を掲げる彼らに取って、市民自らが投票で建設の合否を決めるなど、とんでもない話なのでしょう。1997年・名護市民投票の「建設反対多数」の結果と、2019年・県民投票での「辺野古埋立て反対」72%の意思が、私たちの闘いの拠り所です。

政府が、壊れたスピーカーの如く繰り返す「普天間の一日も早い返還・負担軽減」は既に破たんしています。県内移設を条件としたSACO合意から28年を経過、“代替施設”建設に彼らの試算でも今後12年かかる代物です。米軍幹部からは「普天間代替の答えは普天間」などの声も聞こえてきます。これまで米軍が既得権益を手放したことがあったでしょうか。稲田朋美元防衛相の「代替施設が整っても直ちに普天間が返還されるわけではない」国会答弁も記憶に新しいところです。

元より“普天間”は米国のラムズフェルド元国防長官が「世界一危険な飛行場」と言ってから、そうなった訳ではありません。やがて79年前となる沖縄地上戦の途上から、米軍が使い勝手の良い土地を均し金網で囲って造り始めた時からです。それを可能にしたのは住民を一人残らず収容所に入れたからに他なりません。某作家の「何もなかった処に造られた基地に沖縄県民はなぜ、反対するのか!」発言は事実に反しています。

当初、示された“普天間”の5分の1に縮小されたヘリポート基地どころか、強襲揚陸艦も接岸でき弾薬も積み出せる計画は“代替施設”ではなく、明らかに新基地の様相を示しています。また、高々、数十km離れた処への“移設”は米軍基地の強化に役立ちこそすれ、負担軽減に繋がらないのは自明のことでしょう。狭い島で中部から北部へ難儀を押し付ける差別を助長することに他なりません。皮肉なことに、政府が喧伝する“普天間の危険性”は、新基地建設を進めるために無くてはならない言い訳になっています。

「基地の県内移設を許さず、新基地建設に反対する」オール沖縄会議が2015年に発足。各市町村単位の島ぐるみ会議が自発的に現場闘争を展開しています。当初はC.シュワブゲート前1カ所であった現場が3カ所に拡大。2018年に埋立て土砂を海上搬送する閣議決定がなされて、名護市・琉球セメント・安和桟橋ゲート前行動にもローテーションを組みました。私たち南部ブロックは水曜日を担当。北部へ通うのは時間もお金も掛かりますが、全国からの基金に支えられています。改めて全国の皆様に感謝申し上げます。

現場でダンプの搬入を遅らせる日々の成果は決して大きくありませんが、毎日、毎週、入れ替わり、立ち替わり、歩き続けた5年間(2023年12月)で、全体の埋立て土砂の進捗率を16%に抑えています。安倍政権の時から、菅、岸田と経る中で、当初は一方向からのダンプ進入が三方向からに増え、とんでもなく交通マヒを引き起こしています。この沖縄防衛局の官邸忖度アイデアは、抗議活動する人々への威嚇としか思えません。この情景を全国の皆さんに是非とも現場を訪れて目にして頂きたいと思います。

 普段は余り憲法を意識せずに過ごしていますが、“安全”を名目に県警機動隊員や警備員に不当に規制されながらの行動は、憲法21条が保障する「表現の自由」を私たち自身が活かすことでもあると気付かされたところです。年末から年明けにかけ政府は最後の切り札「代執行」をかけてきました。課題山積、データ隠しのまま、豊かな海に石を放り、7万本の砂杭を打ち込もうと…。こんな愚かな所業を、全国の皆さんと共に、必ず止めていきましょう!

このページのトップに戻る
「私と憲法」のトップページに戻る