私と憲法266号(2023年6月25日号)


改憲と大軍拡とのたたかいの正念場がきた

吹き飛んだ解散風と野党と市民の共闘の分断

211国会の最終盤になり、岸田首相の政治の極度の私物化(憲法67条による解散ではなく、政権の自己都合によるいわゆる「7条解散」)による、解散風が強く吹いたが、首相は衆院の解散をもてあそんだ挙句、あっという間に鎮静化してしまった。「解散は総理の専権事項」などという憲法解釈のまやかしの論理で、解散権が私物化され、政治利用された。首相は「解散権をとっておくことができた」などと語ったという。

「統一協会」などというトンでも・カルト団体との癒着を元手に、かつて安倍晋三がやった「国難突破解散」のように自己都合で解散し、多数議席を手に入れる。そうやって信じがたい翼賛体制作りをすすめるという現代版ファシズムが横行している。いま急速に進んでいる憲法の改悪策動は、このような安倍=岸田政権に特徴的な政治と憲法解釈の私物化の結果、進められている。

2015年来形成された「市民と野党の共闘」は分断攻撃に直面している。かろうじて野党第1党の位置に踏みとどまっている立憲民主党にも亀裂が生じ、共産党も激しい現代版反共攻撃にさらされ揺らいでいる。芳野連合の画策もあり、3年に及ぶコロナ渦のもとで国会外の市民運動の反撃力も後退した。国会の多数派を占めた自公連立政権に、現代版ファシズム政治のさきがけの役割を果たそうとする日本維新の会と、連立政権入りをねらう国民民主党がすり寄って、改憲と軍拡をめざす、戦後政治史の中でも類例をみない翼賛体制が形成されている。

昨年末の「安保3文書」による異例の軍拡推進と、両院の憲法審査会で急ピッチで進む改憲策動はこのような政治状況を背景にして展開されている。

6月7日、日本維新の会の馬場伸幸代表は、立憲民主党の国会での「日程闘争」路線を「遅延工作をするという先祖返りを起こしている」とあらためて批判。次期衆院選をめぐり、「立憲民主党をまず、たたきつぶす」と述べ、「野党第1党になって、国民にわかりやすい国会運営をやることから始める」と語った。選挙の結果、構成された国会がその議席差によってだけ政治闘争を行わなければならないとしたら、国会審議の意味はない。可能で正当で有効なあらあらゆる手段で抵抗をつづけ、そのことを通じて世論にはたらかけるのは当然の議会闘争戦術だ。これを「昭和の戦術」だとか中傷することは「戦前並みのファシズム」にほかならない。

この時期の改憲策動の背景とその意味

従来の自民党保守本流勢力と、安倍・菅・岸田政権の新自由主義潮流の立憲主義への向き合い方には重大な差異がある。立憲主義の変質、転倒がすすんでいる。岸田首相が施政方針演説でのべた新しい「77年」(明治維新以降の77年、戦後77年につづくもの)の支柱は改憲であり、政策的には「安保3文書」であり、その目指すものは中国の仮想敵視と日米同盟のもとでの世界有数の軍事大国化だ。いま岸田改憲の動きは「新たな戦前」の分水嶺にある。

選挙で圧倒的多数を占めた改憲派が支配する国会の憲法審査会は毎週開催されて、緊急事態条項改憲と自衛隊挿入改憲がひんぱんに語られ、衆参憲法審査会での改憲原案作成準備への布石としての議論がハイスピードで進んでいる。憲法審査会は22年通常国会は衆院で15回(過去最多)、臨時国会は衆院で6回、今年23年通常国会では既に14回開催された。参議院は22年通常国会では6回、22年臨時国会では2回、23年通常国会では5回程度開催され、衆院の開催回数の3分の1程度だ。

岸田首相(自民党総裁)は5月3日に憲法施行から76年となるのを前に「産経新聞」のインタビューに応じ、憲法改正の賛否を問う国民投票の早期実施を主張した。2024年9月までの総裁任期中の改憲実現について、「強い思いはいささかも変わりない」と強調した。首相はインタビューで、「現行憲法は時代の流れの中でそぐわない部分、不足する部分が生じている。先送りできない課題だ」と強調した。党が改憲4項目として掲げる9条への自衛隊明記▽緊急事態条項▽参院選「合区」解消▽教育環境の充実-について、「いずれも現代的な喫緊の課題だ」と説明した。?また、「できるだけ早く国民に選択してもらう機会を設けるために尽力しなければならない」と主張。国民投票の実施に向け、「(国会で発議に必要な)3分の2の合意を得るべく議論を深め、賛同する人を増やしていくことが重要だ」とも述べた。

憲法審査会での論点

しかし、岸田首相の願いに反して「改憲への機運」は高まっていない。共同通信社が5月1日、まとめた世論調査の結果では、岸田首相が意欲を示す憲法改正の機運は「高まっていない」が「どちらかといえば」を含め計71%に上った。国会での改憲議論を「急ぐ必要がある」は49%、「急ぐ必要はない」は48%で賛否が拮抗した。改憲機運が「高まっている」は「どちらかといえば」も含め計28%。共同通信社は「国会では衆院憲法審査会のほぼ毎週開催が定着したものの、論議の活発化が機運上昇に結びついていない実態が明らかになった」と評価した。

国会の衆院憲法審査会の異常な前のめり状況にブレーキをかけていたのは参議院憲法審査会だ。参議院では野党筆頭幹事(立憲民主党)に小西洋之氏が就いており、彼を中心に改憲反対派が拙速な審議を食い止めていた。

 3月29日、この小西氏が記者団の質問に答えて、週1回ペースでの開催が定着しつつある衆院憲法審に関し「毎週開催はサルのやることだ。蛮族の行為、野蛮だ」と指摘。「衆院なんて誰かに書いてもらった原稿を読んでいるだけだ」と発言した。

小西氏は安倍政権時代の「報道圧力」問題追及の急先鋒だ。当時の礒崎陽輔首相補佐官が放送法の解釈見直しを働きかけたとする文書を3月上旬に公表し、国会で「言論の自由を守れ」と訴えてきた人物で、自民党からすれば、憎さ余る存在だ。「小西サル発言」には改憲派が絶好のチャンスとばかりに一斉に攻撃し、衆院に比べ比較的頑張っていた参議院改憲反対派に打撃となった。小西発言は相手に付け込まれるスキがあったことは間違いない。立憲執行部も小西氏を擁護しきれず、結局、小西氏は筆頭幹事を更迭され、「放送法」問題も事実上、ウヤムヤにされてしまった。
衆議院憲法審査会では自民党などは緊急事態条項導入改憲や9条への自衛隊明記改憲論の議論を強引に進めているが、4月27日の憲法審では幹事会での対立で開会が40分も遅れ、用意した意見を陳述できなかった出席者も出る異例のハプニングが起きた。

問題は2018年の第196回国会で採決された改憲手続法(国民投票法)の取り扱いを巡って起きた。同法が採決されるときに、CM規制問題などで国民投票の公平公正を確保するために、施行後3年以内に法制上の措置を講ずるとした「附則4条」の問題だ。期間はあと1年しか残っていない。与党はこの立憲民主党などの議論の要求を「改憲遅滞戦術」と断じて消極的対応に終始している。この日、立憲民主党側がこの議論のための資料配布(従来、自民党は9条関連などで資料配布をやってきた)を準備したにもかかわらず、与党など改憲派がこれを拒否したことで紛糾した。

2021年6月に立憲が「附則4条」を付けることで賛成し、採択された「日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案に対する修正案」が成立したが、その要旨は以下だ。

第四条 国は、この法律の施行後3年を目途に、次に掲げる事項について検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。

一 投票人の投票に係る環境を整備するための次に掲げる事項その他必要な事項(略)
二 国民投票の公平及び公正を確保するための次に掲げる事項その他必要な事項
イ 国民投票運動等のための広告放送及びインターネット等を利用する方法による有料広告の制限
ロ 国民投票運動等の資金に係る規制
ハ 国民投票に関するインターネット等の適正な利用の確保を図るための方策

 これらの事項は国民投票の公正公平を保障するために検討が欠かせない。しかし21年秋の臨時国会以来、改憲派はこの審議をさぼり、討議の必要がない公選法並びの改正項目の審議でお茶を濁そうとし、審議を拒否してきた。最近になってようやくこの議論に触れてきたが、すでに「施行後3年」のうち2年が過ぎた。これではまともな議論ができようはずもない。もしも票を金で買うようなことを排し、公正公平な国民投票を実施しようとするなら、この付則4条の解決にまず着手すべきことは明らかだ。

緊急事態条項導入改憲

第211通常国会が最終盤に近づくにつれて、衆参の憲法審査会(特に衆議院)の議論が乱暴になっている感がある。

改憲派は緊急事態条項改憲の結論を急ぐために、繰り返し議題に取り上げた。5月18日の衆院憲法審査会(参考人:京都大学名誉教授大石眞、早稲田大学教授長谷部恭男)と5月31日の参院憲法審査会(参考人:防衛大学校教授松浦一夫、早稲田大学教授長谷部恭男、京都大学教授土井真一)で学者・研究者を招いて「参考人質疑」を開催した。

このうち、大石眞京大教授と、松浦防衛大教授の出席は改憲派の推薦によるもので、土井教授は自民党などと違って、「参議院の緊急集会」に前向きと言われる。そこで改憲派は特に長谷部教授に攻撃を集中した。

長谷部教授は2015年の安保関連法案(いわゆる戦争法)の衆院憲法審査会での議論の際に、与党の推薦であったにもかかわらず、「違憲」と明言して、世論の動向に大きく影響をあたえたいわくつきの学者で、今回は立憲民主党の推薦で参考人として出席した。

一般に憲法審査会の参考人質疑は、そのほとんどを傍聴してきた筆者から見て、一体、何のためにやるのかと思われるほどおざなりで、次回以降の議論でもほとんど活かされない。議事進行のためのアリバイづくりではないかと疑われても仕方がないのが実態だ。

しかし、5月18日の長谷部教授の意見には当日は大した議論にならなかったにもかかわらず、5月25日と6月1日には改憲派の委員から一斉に批判が出た。国民民主党の玉木雄一郎委員は「研究者と私たち国会議員との間には根本的な認識の差がある。学者は既存の条文の解釈を出発点にして体系的に学説を組み立てていくのに対して、私たち国会議員は立法者であって、それゆえ、たとえ蓋然性が低くても、可能性がある限り、国民の生命や権利を守るためにあるべき法制度を構築する責任を負っている。危機に備えるかどうかを決めるのは学者ではない。それは、国民の生命や権利を守る責任を負った私たち国会議員にほかならない。私たちが決めない限り、答えは出ないのだ」と。

「オイ、オイ、長谷部さんがいるときに言えよ」と言いたくなる。そこまでいうなら、再度、長谷部授を招請し質疑したらどうか。

維新の会の小野泰輔委員も「やはり憲法学者の先生方と、そして実際に国民の生命財産を守る政治家の間では大きな認識の違いがあったことを実感した」などと言い放った。

これらの乱暴な意見に対して立憲民主党の中川正春委員は「議員任期の延長を可能とすれば、時の政権がそれを悪用して、選挙で民意の審判を受けることを避けていつまでも権力の座に座り、緊急事態を常態化せてしまう危険がある」と緊急事態における議員任期延長論の危険性を指摘した。

緊急事態条項の取りまとめをいそぐ自民、維新、国民、(衆院公明)など6月1日の衆院憲法審査会で新藤・自民党筆頭幹事は「今後は、議員の任期延長をはじめとする緊急事態条項の創設について、憲法審査会として総括的な論点整理をおこなってはいかがか」と主張。

8日には公明党の北側一雄幹事も「緊急事態における国会議員の任期の延長問題は、昨年来、当審査会で、相当、何回も議論を積み重ねてきた。5会派の間では、ほぼ考え方は共通をしている。立憲、共産党のとの違いはもう明確になってきているとので、この国会中に、国会議員の任期延長問題についての整理をすべきである」と述べた。

これらの意見は緊急事態条項改憲の議員任期の延長に関する審議打ち切り要求を意味している。実はこの問題では憲法54条に「参議院の緊急集会」規定が定められている当該の参議院の公明党は慎重姿勢で、北側氏とは意見を異にしているのが興味深い。

一方、立民の奥野総一郎氏が「現行緊急集会の権限拡大による改憲も選択肢」と言及したように立民にも分岐がある。6月8日の衆院憲法審査会で、立憲民主党の奥野氏は、改憲で緊急事態に備える場合、改憲勢力が主張する国会議員の任期延長に加え、「『参院の緊急集会』の権限を広げるような憲法改正というのも選択肢となり得る」と述べた。これについて立民の中川正春氏は「奥野氏の主張は党の見解ではない」と説明したうえで、「できるだけ自由な発言をしていくということは心掛けていきたい。どこかで党としても(見解を)まとめていかなければならない」と述べた。奥野氏のような見解は改憲派の議員任期延長論を利する可能性があり、反対派の分断に乗せられるおそれがある。

緊急事態条項は論議未了事項が多々ある

改憲派は緊急時の議員任期延長を主張し、会期末にもそのまとめをしようとしているが、緊急事態条項改憲の項目はこれだけにとどまらない。まだ憲法審査会ではまともに議論されていない重要項目を列挙しておく。これらの討議と結論なしには改憲のための緊急事態条項原案はできない。これらをまともに議論すれば、毎回やっても、最低限、あと1年は必要だ。

緊急事態「宣言」の仕組み。
緊急政令の権限と限界。
本来行政府が扱えない財政の「緊急財政処分」。
「人権制限」可能な範囲と限界。
などなどだ。

自民党改憲4項目の再確認

自民党が2018年3月の党大会で決めた改憲原案の要旨は以下のとおり。

(1) 自衛隊の明記について
第9条の2(第1項)前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。

(2) 緊急事態条項改憲
憲法第73条の2 (第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害(など)特別の事情があるときは、内閣は、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
第64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

(3) 参院選「合区」解消
第47条
参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。

(4) 教育の充実
第26条(第3項)国は、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。
第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

本誌では従来から繰り返し指摘してきたが、合区問題と教育問題は改憲マター等ではありえない。この項目は自衛隊挿入と緊急事態上呼応挿入のためのオブラートにすぎない。

岸田内閣とのたたかい

軍拡財源特措法(軍拡増税法)、マイナンバー法改定案、高齢者医療保険料増額法案、入管法改定案、軍需産業支援法案、GX原発推進など5法案、LGBTQ法案などなど安倍政権時代に既視感があるほど、諸悪法が次々に上程され、強行採決がはかられた。市民の運動の高揚の過程で、野党の闘いへの姿勢が変化し、国会内の闘いが高揚した例もある。なかでも入管法改悪反対運動は国会内外の運動が結合して全国的に大きな闘争となった。「15年安保」には及ばないにしても、これらの闘いが生み出したものは、今後の政治変革のたたかいへの希望をつないでいる。

市民と野党の共闘はそれだけで勝利の十分条件にならないことは明らかだが、それなしに勝利できないことも明らかだ。それは今後の軍拡と改憲に反対する闘いにとっても同様だ。

本論では憲法審査会の議論の状況を中心に改憲問題について述べてきたが、今後、自民党は改憲をどのように進めてくるだろうか。いくつかの場合が考えられる。いまの憲法審査会の議論のテンポに合わせて、まず、5会派の同意がある議員任期の延長にしぼったかたちでの緊急事態条項改憲優先でくるのかもしれない。このばあい、自民党改憲の本丸である自衛隊条項導入改憲はどうするのか。⑥で指摘した、他の緊急事態条項の課題はどうするのか。これだけでは「おためし改憲」にとどまってしまいかねない。改憲国民投票を頻繁に行うことは政治上、困難で、「お試し改憲」は改憲派の本来の目標を破壊する可能性がある。

では9条改憲=自衛隊条項導入と抱き合わせに改憲国民投票を実施するか。これはいましばらく時間がかかるし、岸田の任期中に実施することは容易ではなく、改憲派にとっては危険な賭けになるだろう。まして合区問題と教育という改憲マターではないテーマを付加して、4項目改憲を提起するのは問題を拡散しすぎて、国民投票の実施を困難にする。

改憲反対勢力の闘い方如何では、岸田首相がいう「任期中の改憲」実現を、安倍政権崩壊の二の舞にできる可能性は十分ある。

6月15日の衆院憲法審査会で、維新の三木圭恵委員が質問した。「岸田文雄首相の自民党総裁任期の来年9月までに憲法改正しようとすれば、逆算すると、1月には改憲原案の作成に取りかからなければならない。スケジュールに対する自民党の考えはどうか」と。

席を外していた新藤義孝筆頭幹事の代理で上川陽子幹事(自民・岸田派)がこう答えた。「ここで言う任期は来年9月を想定したものではなく、今後の党運
営の中で決まっていく。具体的なスケジュールを念頭に置いて作業を行っている状況ではない」。

上川氏は「具体的なスケジュールを念頭に置いて作業を行っている状況ではない」などというが、岸田総裁が立候補した時以来、この211通常国会の施政方針演説まで、繰り返し言ってきた「任期中に改憲を実現する」は他にどのような解釈ができるというのか。困難になってきたから、安倍元首相の二の舞で政権放棄につながるのをおそれて、わけのわからないことを言っているにすぎない。総理・総裁の言葉とはそんなに軽薄なものなのか。これは岸田首相の政治的危機に直結する問題だ。6月21日、国会最終日の記者会見で首相は「(改憲を)来年9月までの総裁任期中の実現をめざす」と改めて強調した。
(共同代表 高田 健)

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菱山南帆子の今日は誰と話そう

ゲスト:上原カイザさん(沖縄県議会議員)

菱山:南西諸島ミサイル基地配備、那覇市でも避難訓練など、皆さんから見てこの状況をどのように感じているのでしょうか。

上原:分けて考えなくてはならないのは、宮古・八重山諸島などに住む人たちと沖縄本島に住む人たちと感覚の違いがあるのではないかということです。距離的なものもありますが、自衛隊に対しての免疫がない(もともといなかったから)。それが新たに入ってきたがために、自衛隊に対して過度な拒否感を持つ人と、容認する人と両方がいて、今まで自衛隊の配備について身近な課題として考えなくてもよかった状況が無理やり考えざるを得なくなったり、親子関係でも分断させられている状況があります。
名護市・辺野古の問題でも同じで無理やり新たな施設を作ることで、分断させられるというのは一緒なのです。沖縄本島に住んでいると、基地が身近で慣れさせられてしまっていて・・・そこの違いはあるかなと思います。
ミサイル基地配備を決めた前町長も「通信施設だと思っていたのに」と今になって言い始めている。人口減少に歯止めになるかと思いきや、さらなる人口減少に至っているわけですね。

菱山:日本有事は台湾有事だと言って煽っていますが、作られた有事だと思うのですがどうでしょうか。

上原:今までそこまでの危機感は島の人たちから聞いたことがないです。僕は幼少時に石垣島に住んでいましたし、祖母の実家が西表島にありますので毎年行くのですが、自衛隊が配備される前までそういった危機感は聞いたことがなかったです。海人(漁師)の方たちからは中国、台湾と漁場でのトラブルは聞いていますが、それは漁業協定の問題であって、外交安全保障の話ではなかった。転機となったのは石原元都知事の尖閣を巡った発言と行動以降から危機感が加速していったように思っています。
最近、新聞などでも言われ始めていますが、台湾有事と言っているが、じゃあ実際に台湾の人たちがどう思っているのかというと、半数以上が危機感を持っていないという報道もあります。なぜ、当事者間ではない日本が軍備を増強するのか分からないと言われているのです。

菱山:全くそうですよね。

上原:中国と争いたがっているのが誰なのか。軍備を増強して利益を得ているのはどこなのかということを冷静に分析していかないといけない。
軍事的な話になりますが、宮古・八重山諸島に配備されている自衛隊は主に陸上自衛隊なんです。そこに違和感を感じる関係者は多いんですよ。

菱山:なぜですか?

上原:島ですから普通攻めてくるならば海とか空とかなので、海上自衛隊や航空自衛隊が主になるべきです。陸上自衛隊の数が多いので、自衛隊全体の中での覇権争いがあるのではないか。予算をより獲得したいとか、存在価値を上げたいとかそんなうがった見方もしてしまいます。

菱山:トマホークミサイルで敵基地攻撃や迎撃能力などもそうですが、発射台どうするんだといったことなどで、軍事に詳しい人からしたら日本の軍事政策はありえないと言われていますよね。

上原:南西諸島に軍備を集中させるということが軍事戦略上本当に有効なのかどうかも眉唾物だと思うのです。例えばサッカーで右サイドに戦力を集中させますと言ってわざわざそこから攻めてくる敵はいないでしょう。
軍備が薄いところから攻めてくるのではないでしょうか。だとしたら日本海側すべてにミサイルを配備しなくてはならない。あくまで政治的判断だと思っています。

菱山:既成事実を作ってってことですよね。対馬が防衛ラインだとか言われていますが、目視できるくらい近いところにあるのにいい迷惑ですよね。

上原:本当にそうです。玉城デニー知事が7月に訪中されるのですが、今沖縄の中で県議会でもそうですが、日本政府の軍事に偏った方針に対して積極的に外交すべきだとの声が高まっています。そこで今年度沖縄県は地域外交室を作りました。

菱山:地域外交室ですか。

上原:外交官がいるわけではないのですが、軍事一辺倒の政府のやり方に対して、沖縄県独自の人的交流などで安全保障上のリスクを下げていこうとしているのです。

菱山:すごい!

上原:本当は国がやって欲しい事なんですけれどもね。
外務省は何をやっているのでしょうか。

菱山:本当ですよ!去年、カイザさんと会った時に、今までは琉球は周りの国と仲良くやってきた、それが生きていく道だったという話を聞いて深く納得したんですよね。

上原:八重山諸島からは台湾が見えるんですよ。石垣島にも台湾出身者の集落があり、交流が活発です。
今私たちが話しているこの場所は(私の宿泊していたホテルのロビー)久米という住所ですが、もともとは久米村という集落で中国の福建省から移住してきた人たちが主に住んでいた地域なんです。今でも福州園という美しい庭園があります。観光スポットとしては穴場の場所なので後で行ってみましょう!

菱山:行きましょう!最後に、今沖縄は地域外交室を作ったりしていますが、やはり対話外交しかないですよね。

上原:外交努力もしないで最初から軍事ありきはおかしい。軍事を増強し続けた結果何が起きるのかというのは歴史上証明されていることです。政治側の人たちが真剣に考えて、歴史から学んでほしい。ましてや沖縄は70年前に地上戦の戦場にもなっている。人が人を殺し、仲間同士でさえ殺し合ってしまう。日本軍に殺された沖縄の人もたくさんいる。そういった異常な状況というのは地上戦特有なものであると思うし、人が人でなくなってしまう。今生きている沖縄の先輩たちのなかでもそういう経験をされている方が多くいる。私たちはその経験と想いをしっかりと引き継いでいきたいと思っています。

菱山:ありがとうございました。

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第172回市民憲法講座 【戦争を起こさないために】いま日本に求められている外交とは何か

猿田佐世さん(新外交イニシアティブ〔ND〕代表・弁護士)

(編集部註)5月27日の講座で猿田佐世さんが講演した内容を編集部の責任で要約したものです。要約の責任はすべて本誌編集部にあります。

民主党政権時、留学していたワシントンで見たこと

私は弁護士として難民の事件とか女性差別の事件をやっていました。アメリカに留学しまして、ちょうど鳩山政権が始まる直前にワシントンに引っ越したんです。日本の政治が流動的に動いている時期に、弁護士の経験を一定得た上で日米外交をアメリカ側の首都からそれを見ることができました。いまはほとんど裁判をやらないで、安全保障の問題だとかあるいは国会議員の質問をつくったり、ワシントンに辺野古の基地に反対する人たちの声を届けるために、アメリカの政府だとか国会議員に伝える活動をしていて、その活動の転換になるような契機がワシントンでの留学生活でした。当時鳩山さんは辺野古に基地はつくらせないということをいいました。最低でも県外だということをおっしゃった。この政権が10か月足らずの間に追い込まれて退陣になっていく。それをずっと私はワシントンから見る機会がありました。

「日米外交」と申し上げると、日本政府はいつもアメリカに従属している。本当にアメリカはけしからんと思っている方が多いのではないかと思うんです。そのときにその「けしからん」アメリカの本丸にいたわけです。

本丸ではシンクタンクとか研究機関――例えばCSISは、安全保障や外交の報告書である「アーミテージ・ナイ報告書」を出しているようなシンクタンクです。ブルッキングス研究所とかウィルソン・センターとかAEIとかいくつかシンクタンクがワシントンにあります。世界でいろいろなことが起きると、そういうシンクタンクのあるワシントンではいろいろなイベントが行われて、アメリカ政府の高官とかが出席して発言する場が常に設けられています。そこに行けばアメリカ政府の担当している人たちの声が直接聞けるし、あるいはアメリカでとても有名な人たちの声が直接聞けるし質問もできる。名刺交換もできるし、そこで仲良くさえなればそのあとご飯にも行けるというような、すごく狭いサークルというのがワシントンなんですね。

私が留学をしていて民主党政権になると、直ちにいろいろなシンクタンクが、これから日米関係がどうなるのかについて議論をする。アメリカ国務省の高官、あるいは専門家を呼んでパネルディスカッションなどをやっていました。私はシンクタンクのイベントに、どれもこれも行けるものは全部に行きました。そこで本当に面白い現象をいっぱい見るわけです。場所がワシントンですし、アメリカ人がたくさん来るのかなと思いきや、テーマが「日本」というと半分以上が日本人です。大使館の人たち、外務省とか、財務省、経産省でも出向して外務省から大使館に行っているような人たちとか、あるいは日本のメディアがざくざくいて、「アメリカの高官がこう言いました」みたいなことを、このシンクタンクから声をとるわけです。

ですから私は「ワシントンで何とかといういう発言がありました」と聞くと、最初に思うのはどこのシンクタンクのシンポジウムで発言したのかなということを必ず見ます。こういう発言をメディアは切り取っているけれども、本当に言ったことは何なのか。例えば日米同盟というのはアメリカにとって非常に重要な要石であるので、これからどうなるのか見ていきたいみたいなことをいっている。高官がそう発言すると会場から手が挙がって、韓国人ジャーナリストが、「先週の別のシンポジウムであなたは米韓同盟が要石だ、と同じことをおっしゃっていましたけれどもどっちが重要な要石ですか」という質問が出ます。高官はたじたじになる。そういうのを全部メディアは見ていますから「両方重要です」みたいになるわけです。

あるシンポジウムでは、民主党政権に変わってこれからどうなるのか。民主党政権にはいままで一緒に外交をやってき人がいない、顔が見えないのでどのように連絡をとっていいのか、誰と話をすれば日米関係をやっていけるのか。「顔が見えないのが心配だ」という発言があり、これは本当に民主党の一大ミスなんです。それがあったからこそあんな短命政権に終わったといえるくらいのミスです。政権に就くことが3年くらい前から具体的な視野に入ったのだったら、日米外交を担当する人を決めて、顔が見える関係にしておかなければいけなかった。だからこそいま私はそれを変えるべく、自分で外交ができないかなと思って枝野幸男さんとか泉健太さんのお手伝いをしたりして、彼らをアメリカのカウンターパートナーとなる議員とつないでいる活動をしています。

「顔が見える人がいないので心配だ」とアメリカの誰かが言った。そうすると翌日の日本の新聞をネットとかで見ると、「民主党政権に懸念 強く示された」と書いてある。「これって民主党政権そのものへの懸念とはちょっと違うよね。顔が見えないって確かにこの人は言ったけれども、民主党政権の政策についての懸念と読めるよね、この新聞は」と。この新聞の書き方だとあまりにも民主党が悪いみたいなことをアメリカ人がいっているように聞こえるじゃないかと思ったりもします。

同じシンポジウムが終わって「日本人がいっぱい来ていたな」と思いながらエレベーターホールにいくと、日本の民放テレビ局がシール投票を持って立っているんです。シール投票ってみなさんもやっておられるかもしれません。「日本は民主党政権になりました。これからの日米関係はどうなっていくでしょうか」というシール投票で、「悪くなる」「良くなる」と、真ん中に線が引いてあって、「悪くなる」の方にいっぱい貼ってあるわけです。それはそうですよ。この会場はブルッキングスとかCSISよりもっと保守的なシンクタンクで、そこのイベントが終わったあとにやっているのだから、保守的になるに違いないんです。

「猿田さんもしてください」って言われました。「えっ、だってここにワシントンで聞きましたって書いてありますよ。私はいまワシントンに住んでいますけれども、日本人ですよ」「いいんです、だれでも。メディアの人だけには頼まないでくださいと社から言われていますから」と渡されました。「ワシントンで聞きました」といったら、みんなアメリカ人に聞いていると思うじゃないですか。でも会場の半分以上は日本人です。私も狭い日本人社会で、波を荒立てるのもなんなので、影響を与えないように真ん中の線の上に貼りました。そういう感じで、貼っている人は半分以上はひょっとしたら日本人なんですよ。その民放の社名はいいませんけれども、それを使ったかどうかは知りません。「ワシントンで聞きました。これから民主党政権になって日米関係が悪くなるという人はこんなに多かったです。懸念が示されてますね」と出すわけです。これがアメリカか、と。

私たちはたくさんのもの、アーミテージ・ナイ報告書に始まっていろいろなことをアメリカにいわれて従わされて、憲法9条も変えられそうになったり安保3文書も変えられちゃったし、防衛予算も2倍になった。ということで「憎きアメリカ」と思っていますけれども、それはアメリカというというよりどちらかというと、共犯なんです。日本が求めている声をアメリカを使って、虎の威を借りて日本で実現しようとしている。もし日本がそれをかたくなに抵抗していたら、もっと自由な独立した日本であるんです、いまは。だから対米従属と私たちは思って批判します。けれども基本的には日本が選択した結果であり、それに国民が一丸となって、いや国民なんか一丸にならなくても政府だけでも一丸となれば変える道というのはいくらでも存在するということをそこで知りました。そういうことで今日の話を聞いていただければと思います。

外務省が届けない声をアメリカに、NDを立ち上げ

これを変えるためにはどうすればいいか。アメリカ人にはリベラルな人はたくさんいます。けれども日本人でワシントンに行く人というのは、基本的に官僚か大企業のロビーイングをワシントンでやるような原発企業とか武器を売っているような産業、あるいは大手メディアしかそもそもいないのです。たまたまリベラルな、こんな外れものが留学と称してふらっと行ってしまって、たまたま日本で政権交代が起きたものだから、笑うしかないような場面に次々と遭遇しました。これはおかしい、1億2千万人の日本人がこんなに信じ込まされている「対米従属」について、日本は自分でやってるじゃん、ということで「自発的対米従属」という本も書かせていただきました。とみにこの傾向はこの5年くらい強まっていて、自発的な対米従属どころかアメリカをリードしてまで、ときには「対米従属させてください」とお願いに上がっているような状況があるのではないかなと思っています。

それを変えるために日本には確固たる、例えば憲法9条などはこれだけ逆風の中でも朝日新聞の調査で6割、7割の人が、まだ変えたくないとか変えない方がいいと世論調査で投票しています。こういう声をワシントンに届ける人があの街に誰一人いない。あの声を届けたいと思う日本人がいないから。政府は当然届けない。そういうことで「新外交イニシアティブ」のパンフレットの1ページ目には「訪米コーディネート」とか「調査・研究政策提言」「シンポジウム・情報発信」などがあります。

私は最初、沖縄の人に頼まれて一人でアメリカ議会にロビーイングをはじめました。「鳩山さんの首が飛ぶ」「でもなぜこんなに総理大臣ががんばっているのにその声が届かないんだ」「お前、ワシントンにいて憲法の問題をやっている弁護士だったら、留学中でもとにかく何とかしろ」とかいわれて始めたのが私のロビーイング第1号です。それからずっとワシントンに住み、ワシントンに通いながら、いまの日本の外務省が届けない声をアメリカに届けてきました。でもひとりでやっていても大きな活動にならないので、「新外交イニシアティブ(ND)」を立ち上げました。たくさんの方の力を借りながら、「戦争を回避せよ」という政策提言をつくりました。「政策提言書」をつくっては日本で広め、アメリカに持っていき、ということをしていることが私のバックグラウンドになります。これが私の自己紹介です。

私の問題意識としては、対米従属は対米従属でその批判の対象として100%正しいけれども、そこには日本人が率先して従属を選んでいる、自発的に従属しているという相反する用語がひとつの単語になっています。自発的に対米従属というところを、今回の安保3文書はまさにそれを地でいく文書です。

日本一国では戦争になる可能性も理由もない

 今日は大きく分けて6つご用意はしていますが、時間的に全部お話しするのは厳しいので、最初にみなさんはどんなことを聞きたいと思っているかを挙手でお聞きします。1番目は安保3文書の中味が知りたいよという方。2番目は安保3文書の問題は何か、3番目はではどうするのか。これは先ほどの「戦争を回避せよ」という提言のご紹介です。4番は私がどうしても話したいので、挙手はとりません。5番はどんな外交をするべきか私が考えていることをお伝えしたい。それから自治体の現場でこれからどんなことが起きていくのか。人々の生活がどう変わっていきうるのかということが6番目です。(参加者の希望を挙手で確認)では1番をすっ飛ばしていきたいと思います。

 安保3文書改定について、ひとつだけここで確認しておきたいのは、いま日本が置かれている現状というところです。日本はいますごく安全保障環境が悪くて、だからこそ安保3文書を改定して、敵基地攻撃能力を身につけたり防衛予算を倍にしないと日本が守れない。非常に危険、戦争になりそうだというようなモードがメディアを見ていても、政府の話を聞いていてもそういう気持ちになっていくわけです。しかしすごく冷静になってみると、日本一国では戦争になる可能性も理由も、ほとんどない。これを絶対に忘れちゃいけないと思います。

じゃあ北朝鮮からミサイルがばんばん飛んでいるのは大丈夫ですか。いや、北朝鮮もミサイルを日本に当てたが最後、金王朝が潰れることくらいわかっていますよ。絶対当てないです。ロシアが危ないといったって、いまウクライナでぎりぎりの戦いをやっている中で、ロシアが南に侵攻して来るなんてことは具体的に考えられない。中国はどうですか。尖閣を取られるんじゃないですか。でも、誰も住んでいない無人の島を巡って、ウクライナみたいな血みどろの戦争をすること自体は、日本だって中国だって選択しないですよ。ましてやこんなに台湾有事が叫ばれているときに、その引き金になりかねない尖閣についての戦争なんて中国だって選択しないです。

そういう意味で言うと、本当に日本一国だけではどの国とも戦争になる可能性ってほぼないんですね。でもなんでこんなに軍拡軍拡って言われているのか。日本がもし唯一戦争になるとすると、それは米中対立の具体化である台湾有事に日本が巻き込まれたとき、というか巻き込まれることを自ら選択したときといった方がいいと思います。日本が自ら台湾有事に何らかのかたちで加勢することを決めた結果、日本が戦場になる。そういうことのみです。あるいは日本の、たくさんある米軍基地から米軍が飛びたった場合、船が出て行った場合、これも反撃の対象です。当然中国からしてみれば自衛権の行使として国際法上認められる反撃を行いますので、日本が戦場になる可能性がある。その加勢というのが、自衛隊機の派兵なのかあるいは米軍機の離発着なのかわかりません。いずれかのかたちで日本がそういったことを認めたときに、日本は戦場になります。ですから唯一日本が戦場になる可能性がある、台湾有事を回避することが命題になると私は考えています。

このこと自体は政府も否定しているわけではありません。基本的には一番対応しなくてはいけないのが台湾あるいは中国との関係であると思います。だからこそ安保3文書を改定して敵基地攻撃能力を身につけたり、防衛費を倍増したり、武器輸出を積極的に行おうとして自衛隊と米軍を一体化させる。日本とアメリカの力を合わせて抑止力にして、中国が「これだけ強い国々だったらアメリカも日本も攻撃できないな」ということで、台湾にも何かあれば米軍も日本軍も来るかもしれないと躊躇させて台湾有事を起こさせないと考えているというかたちです。

日本がそう思っていること自体はアメリカも大変歓迎していて、日米首脳会談が安保3文書改定の1か月後に行われましたけれども当然大歓迎。当然そんなものはつくられる何ヶ月も前、下手したら年単位の前に「こういうものをやろうとしています。アメリカさん、どう思われますか。いいですか」。あるいはアメリカから「こんなふうにやったらどうですか、日本がやってくれませんか」という話し合いが外交の中であって、「じゃあこれで行きましょう」という裏が合わさって、12月に発表になった。

同盟国一色のアメリカの外交戦略

アメリカは中国との関係では、「G1」といっていたような時代から「G2」なのか「G0」なのかわからない時代になっていて、少なくともアメリカ一国覇権主義ということ自体はあまり現実的ではなくなっています。その覇権国の力を落としている状態を非常にアメリカは不満に思っているので、その地位を維持するためにどうするのかというと、アメリカの外交戦略は、いまはもう同盟一色ですね。同盟国とどういうふうに連携していくのか。バイデン政権の国際外交政策も同盟強化一色です。同盟強化をして同盟国にも各国々に軍事力を強化させて、アメリカの抑止に一緒に加わってもらう。アメリカという国を安全にするために同盟国に力強くなってもらって、その力も借りながらアメリカという国を安全にしていく。

この概念を「統合抑止」といって、去年10月にアメリカで発表された国家安全保障戦略の中でそういったことが書かれています。アメリカに言われて日本は3文書でそれに応えたかたちになっています。

安保3文書の意図としては抑止力を強化する、あるいは対処力といわれる抑止力が壊れたときの戦争で、どう対処していくのかという力が語られているのがこの5年くらいのトレンドです。前は抑止力だけいっておけばよかったけれども、それが崩れたときに戦争をしなければいけなくなりますから、対処力、あるいは継戦能力、すぐに戦争に負けない、継続する戦争の能力というものが謳われるようになっています。

米国陣営をどうやって強化しようかということで、「同志国」なんて古い左翼が使った「同志」という言葉を今回は政府が使っていて、抵抗感ないのかなと思います。「同志国」「同志国」って、つまりヨーロッパとかオーストラリアとかです。ターゲットは東南アジアです。東南アジアの国々が中国側にいかないように、こっちに寄せるために、たくさん武器を提供して米国陣営に巻き込もうという意識がすごく強く出ています。アメリカが力を落としている分、引き気味になっているアメリカを何とかしてこの地域に巻き込むために日本はできることは最大限するということが書いてあります。「自発的対米従属」と、国家安全保障戦略12ページに明確に書いてあります。

安保3文書の愚かさ(1)自分たちへの影響を語らない

ふたつの愚かさがあるとまとめてみました。ひとつ目は自分たちへの影響をまったく語っていない愚かさです。安保3文書の改定がなされて、防衛予算が2倍になって敵基地攻撃能力を身につければ日本が安全になるといっている。これができた直後にある日本人のメディアの記者に取材を受けた最後に、「なんであんたは外交なんかで日本が安全になると思うのよ」という本音の質問が出たので言い返しました。「なぜ安保3文書が行われたら日本が安全になると思いますか。そっちの方が欺瞞でしょう」「敵基地攻撃能力をもって防衛予算を2倍にしたら、いかにも日本が安全になるようなことをいっているけれども、実際戦争になったら何人の人が死ぬのかの計算すらされていないじゃないですか」「対処力とか継戦能力なんかを語って、それこそ詐欺じゃないですか」と言い返したんです。この安保3文書は、日本が経済的に右肩上がりのときじゃないとできないようなものもいっぱい書いてありますが、仮にできたとしても安全にならないことがたくさん含まれていると思っています。その最大のことは自分たちへの影響が語られていないことです。

最近台湾有事のシミュレーションがアメリカでも日本でもいくつも出されているんですが、その中で民間人の被害について書いてあるものがまずないんです。笹川平和財団がつくっている200人とか300人とかという記事になっているものは見ましたけれども、それ以外は知らないです。

例えば防衛研究所(日本の防衛省の外郭団体)が、台湾有事のシミュレーションを出しています。どんなシミュレーションか。中国からミサイルがぼんぼん飛んでくる。台湾に、尖閣諸島に向け、ほかでは南西諸島、沖縄、本土に向けてばんばん飛んでいるだろう。そのミサイル攻撃を阻止するのは困難であるといっています。そのミサイルは中国の本土から飛ばされるわけではなくて、中国の船が東シナ海とかに出した船から飛ばしてくる。そのミサイルを海の上で足止めをして、台湾や尖閣への上陸を防ぐ。どれくらいそれを続けなければいけないか。アメリカと中国の全体の軍事力の強さを比べたら、実際は全世界の米軍を集めれば、核兵器の数もアメリカの方が格段に多いですし、一般的にはアメリカの方が強い。軍事予算もまだ中国よりもかなり多くの割合を出していますので、アメリカの方が全勢力をあわせれば強いといわれています。

でもこの地域だけを見れば、中国軍は世界の警察をやる気はないですから、世界中に基地も持っていませんし、中国の周辺に集結しているわけです。アメリカは世界の警察を近年まで標榜していましたので、まだ中東だとか、いまでいえば東ヨーロッパだとかオーストラリアとかあちこち散らばっています。それが台湾有事が起きたということになるとみんな結集してこなければいけない。この地域の中国軍とこの地域にすでにある米軍と自衛隊をあわせただけだと、中国軍の方が強いということです。ですから急いで世界中からかき集めなきゃいけないわけです。でも、駆けつけるまでなんと半年から1年の時間を稼がなくてはいけない。半年から1年の間、堪え忍ばしなければいけないというシミュレーションになっています。

民間人の被害想定なく危機感高まる沖縄

そうすると沖縄とか、たくさんが人の亡くなりそうな気がします。でも民間人被害の様子はまったく書かれていないんですね。それで非常に不審に思った沖縄の琉球新報社の記者がこの報告書を書いた責任者の方に、「民間人の被害について触れていませんけれどもどうしてですか」「民間人の被害はないんでしょうか」と聞きました。答えは「中国は非常に精密な攻撃能力を持っているので被害は米軍、自衛隊使用の飛行場や港湾に収まり、民間人が巻き込まれることはほとんどないだろう」。ここで中国をほめますかね。これは今年1月1日元旦の琉球新報の1面トップの記事でした。沖縄の方々の問題意識がよくわかると思います。これが防衛研究所の報告書で、いかにも無責任だと思います。「米軍、自衛隊使用の飛行場や港湾」ががんがんやられているときに、そのまわりに住んでいる民間人がまったく死なないというのは、いままでアフガン戦争とイラク戦争とか見聞きしたことがあるのかなという、そういう感じですよね。

先ほどご紹介したアメリカのCSIS、小泉進次郎さんなどがインターンをしていたところです。そこから出されているアーミテージ・ナイ報告書で日本に対する宿題みたいなもの、集団的自衛権の行使をできるようにしなさいとか秘密保護法をつくりなさいとか武器輸出三原則を変えなさいということを出されると、その次が出るまでの5年くらいで日本は全部やってしまう。日本の外交安全保障の「教科書」といわれているような報告書です。そのシンクタンクが台湾有事のシミュレーションをやっていますが、ここも民間人の被害の様子が全然書いてありません。例えば、日本の米軍基地にある戦闘機が9割方は空ではなく地上に止まっている間に破壊される。緒戦で破壊されうると描かれています。つまり全部攻撃を受けるわけです。飛んでいる間に撃ち落とされるわけではなくて、横田基地でも止まっているものが9割です。住民が住んでいる真横でぼこぼこにやられるわけです。もっとも台湾に近い大きな米軍の嘉手納空軍基地では、後続の戦闘機が降り立つときには滑走路の脇から破壊された戦闘機の山で埋まっている。病院の中には負傷した兵士がたくさん治療を受けている状態で、地面にはたくさんのお墓が暫定的につくられているだろうという描写がされています。

戦闘機ががらくたのように積まれていて、みんなお墓の中に入って、病院に入っているときに、民間人が一人も死にませんなんてことは、どう考えたってあるわけがないですよ。実際にウクライナでは、ロシアからのミサイル攻撃を日々日々受けています。ロシアとの戦争が始まった去年の2月24日直後は、ロシアから飛んで来るミサイルの5割を迎撃していた。今は8割を迎撃している。ものすごいテクニックです。けれども、じゃあ20発はどうなっていますかというと、当然当たっているわけです。軍事施設を狙ったかもしれないけれども、的がそれて民間施設に当たったりしている。いろいろなシミュレーションはあるけれども、そこで民間人の被害の様子をまったく語らない。今国会でも、例えば山本太郎議員なんかは「有事になったときの影響のシミュレーションを出しているのか」と、予算委員会で岸田さんに聞いていますけれども政府は一向に答えません。「シミュレーションをしていません」と最初は答え、そのあとには「していたとしても出せません」と3週間後に答えています。

この安全保障政策に賛成する人が、今後に自民党に投票していくならば、「抑止力が崩れて戦争になれば、シミュレーションした上で、沖縄県民150万人近くのうちの30万人は命を落とすかもしれない。そのかわり1億2千万人の残りが助かるのでこれでいきましょう」、「けれども30万人の被害は出るかもしれないから、それを守るためにはいまから避難訓練をするとか、さっさと鹿児島に避難させるとかしなければいけませんよ」とか、そういう話まで示す安全保障政策なんです。それでいいと一票を投じるなら、それはフェアですよ。でも、いま提示されている政策は、人っ子ひとり死にません。中国は精密兵器を持っているから人なんか死なないという一方で、継戦能力だとか対処力だとか、嘉手納基地にはたくさんの死者のお墓ができるみたいな話をしている人たちと話をしているわけです。本当に欺瞞だと思います。

沖縄などですすむ変化

東京にいるとなかなか安保3文書の改定があったところで、明日私たちの生活が目に見えて変わるなんていうことはないけれども、沖縄の方の空気感は全然違います。だって敵基地攻撃能力をもつミサイルが購入されれば、次の日に置いてあるのは自分の家の横かもしれないわけで、それを見て「よかった。安全になった」と普通は思わない。そういう中で沖縄ではどんどん変化が目の前に現れてきていて、この3文書の中でもつぶさに書いてあります。例えば自衛隊の司令部を地下にしましょう。そうすればミサイル攻撃を受けて地上がぼこぼこにやられても作戦室として機能するから、自衛隊、特に司令部を地下化していく。あるいは自衛隊の那覇病院という自衛隊員しか行けない病院の病床、ベッド数を増やし、診療科も増やして、建物の一部を地下にしていきましょう、という変化が行われています。戦争が起きたときにその人たちを収容して手当をする準備が進められて、まさに戦争の準備が進められているような状況になっています。

その沖縄ではシェルターをつくるのか、避難計画をつくるのかという話があります。例えば、台湾に近い先島諸島である石垣とか宮古といったところでは、観光客も含めた全市民を避難させるためには航空機が延べ数にして400機くらい必要です。その400機の戦闘機がどんどん出て行ったとしても10日かかりますよと。ウクライナ戦争は、2月24日から10日後どうなっていたでしょうか。もう相当破壊が進んでいました。本当にこの計画で逃げられるのか。そんな戦争が起きているときに、実際航空機が400機も飛ぶのか。

石垣市は、この3月16日に自衛隊の駐屯地が新しく開設されました。与那国もそうですけれども、石垣市は過疎化も進んでいるし、自衛隊を呼んで少しでも活性化につながれば、あるいは専守防衛の観点から日本を守るためにはここに自衛隊が必要だったら、日本全部の負担をここで受け入れるのもやむを得ないということで認めた方々もいるからこそ置かれていきました。そういった基地を置くことに賛成した人たちの中からも、なんで反撃能力あるいは敵基地攻撃能力と呼ばれるものを持つようなミサイルをこの島に置くのか。防衛のためだからと許したのに、これは防衛だけでなく攻撃じゃないか、ということで反対に回っている人があらわれる現状になっています。

でも、司令部の地下化が進んでいるのは沖縄にとどまりません。米軍の出撃が行われるのも青森の三沢だとか東京でも横田とか、横須賀、岩国、佐世保といった基地があります。私は練馬区に住んでいますけれども練馬だって自衛隊の駐屯地があります。この状況が拡大すればもっともっと広がりうるものであり、日本全国に起きうる可能性がある問題、自分たちの問題として捉えなきゃいけないだろうと思います。ここまでが人命に関する問題です。

愚かさ(1) 自分たちへの経済的断絶を語らない

もうひとつ忘れてはいけないのは、経済的な断絶の問題です。「朝まで生テレビ」に、ときどき出させていただきますが、1月に出たときにある元外務官僚の方と米中対立、台湾有事の話をしていて、「中国に対して経済制裁をしなくちゃいけない」とか言うわけです。言い返しました。「中国に対して日本が経済制裁をしたらどっちが先にダメになりますか」「日本ですよ、そんなものは」。この秋に大変ありがたいことにドイツのある財団から招いていただいて、ドイツとかNATOとかEUの政府高官にお会いする機会をいただきました。ドイツの政府与党の防衛を担当している、かなり高い地位にある議員の方とお話をしていたときに聞かれました。私一人ではなく、アジア11ヵ国から各国1人ずつということで代表が呼ばれて、私も日本代表として呼んでいただきました。東南アジアから韓国、インドから来ていました。そのときに名指しで「日本からの君」といわれて、「日本では中国に対する経済制裁についてどういう議論がされていますか」と聞かれました。中国に対しての経済制裁について議論している人を見たことはありますか。読んだことあります?

中国に対する経済制裁。私はこの日のこの質問を受けて猛烈に反論したんです。そのあと反省して、ネットを開いて、たたいてもたたいても、まともにほとんどないんですね。右寄りの、中国大嫌いな人でも経済制裁の話なんてしていないです。デカップリングと称して、半導体とか重要な資源、基本的な資源を中国に頼らないようにしようみたいな話ですらめちゃくちゃ苦労している。経済制裁は全断絶ですから、そんなことはできるわけがない。私はそのドイツの議員に反論して、「もう一回言ってください」みたいなことを言った上で「中国に対しての経済制裁なんか日本で議論している人はどんなタカ派でもいません」「そんなことをしたら中国が破滅する前に日本が破滅します」「日本の全貿易額の4分の1は中国です。今着ている服もなくなるかもしれないし、パソコンだって使えなくなるかもしれないし、紙だって印刷する印刷機がまわらなくなるかもしれない」。ありとあらゆるところに中国からの材料だとか知的財産権だとか部品が来ていて、中国への経済制裁なんてできませんと言ったんです。

そうしたら、隣の韓国代表の方も「そうだそうだ」と言ってくれて、「うちもまったく同じだ」みたいなことでした。あとでバスに戻ったら、アジアの国の人みんなから「すごーい」とか、「よくいった、サヨ」ってすべての国の人からいわれました。でもドイツの議員は真顔で、経済制裁についてどう考えているのかと言ったんです。私があまりに怒って反応したものですから、アテンドしてくれたドイツ人が「なんでそんなに怒るの?サヨ」「だってお宅の国は、台湾有事は日本有事だとか言って自衛隊を派兵するということをしているんでしょ?」「国連憲章を読んだことあるでしょ。順番知っている?武力の前に経済制裁だよ。なんで日本では武力の話をしているのに経済制裁の話を誰もする人がいないの」っていわれたんです。

私もあまり整理ができなかったので、3日間くらいその人と議論しながらその訪独ツアーを終えました。最後にわかりました。本当にそうなんですよ。有事が起きたら、自衛隊を派兵したら、あるいは日本に置いてある米軍基地から米軍が飛びたつようなことがあれば、とっくの昔に経済制裁をしているんですよ。経済的関係が中国と切れているんです。有事にならなくても、その直前だってそんなに関係が悪くなれば当然経済制裁をします。そうしたら中国より前に日本が破滅しますね。そのことひとつとっても、日本政府は説明をしていない。本当に私たち自身に対する影響というものを全然考えていないんです。

今回ベルギーのNATO本部、EU本部も行かせてもらいました。私の大学院時代の友達がベルギーにいますから、そこにお邪魔をしました。お食事をいただきながら聞かされます。ウクライナ戦争のせいで電気代が家賃より高い。毎月20万円払っているといわれるわけです。これを講演でいうと、「これはひどい」とみんな言います。でもね、戦争の被害の中で20万円で済むんだったら、20万円払っておけばいいくらいの被害です。人が死なないんだから。みんな全然臨場感がないから、自分の家に20万円の請求書が送られて来る方が恐怖なんです。人が死ぬとか嘉手納の前で戦闘機が山と積み上げられて破壊されているというよりも、20万円の請求書の方が受ける。戦争にならなくたってそういう影響があることを、日本政府が全然いわないことが非常に大きな疑問のある行為だと思います。それが愚かさの①です。

愚かさ(2) 中国に軍事力のみで対抗すること

愚かさの②は、中国に軍事力のみで対抗しようとする愚かさです。大学なんかで教えていると、多くの学生が日本は非常に弱い。自衛隊しかいないので軍事力はほとんどないから、2倍くらい防衛費を増やさないと対抗できないのではないかなといいます。「いやいやいやいや」と。この前の12月の時点で、防衛費を2倍にする前だって、世界の軍事力を比べたときに日本は5番目だと評価をしているようなシンクタンクもアメリカにあります。そういう人たちは「2倍にしたら、もともと5番目だからすっごく強くなりそうだ」と思うんですね。「いやいやいやいや」、防衛予算を2倍にしても、確かにアメリカと中国という巨大軍事大国の次、3番目に軍事支出をする国に日本はなるわけです。でも2倍にしたって中国の5分の2です。全然かなわないですよ。なぜか。すでに2022年ベースで中国と日本のGDPは、中国が日本の4倍だからです。中国の軍事費の計算方法はいろいろ明らかになっていないところが多いので、何とも計算が難しいけれども、ある一定根拠のある計算を見ると、ずっと中国はGDP比1.7倍、1.8倍の軍事費を出しています。この20年間ずっと変わっていない。でもすごく軍事的に拡張しているように思うのは、軍事費をパーセンテージで上げなくてもGDPがみるみる上がっているからなんですよね。

日本は2倍にする。自民党の中でも声がまとまらない。「財源はどこなんだ。税金なのか」。法案が審議されていますけれども、1兆円の出所が決まらないわけです。習近平は笑っていますよ。「1兆円を出すだけでこんなに時間がかかるんだ、日本は」「うちの国だったらオレがピッと小指を動かしたら1兆円くらい増えるよ」という感じですよね。もちろん独裁政権だからそんなことができるわけで、それ自体全然ほめられた話ではないけれど、GDPがみるみる上がっているわけだから1兆円を見つけてくることだってできるわけです。こんな中国に対して軍事力でかなおうなんて考えること自体がおこがましい。そういう話をすると「朝まで生テレビ」とかでCMの間なんかに他の方が集まってきて、「アメリカとヨーロッパと一緒になってやるから大丈夫なんだ」「それとあわせて、しかも戦争をするわけじゃなくて抑止をするんだから大丈夫なんだよ」という話をするんです。

でも抑止が崩れたときの戦略についてもこの安保3文書の中に書いています。戦争というのは誤解とか錯誤に基づいても、ひょっとしたきっかけで起こるかもしれないわけです。台湾有事が起きちゃった。この前宮古島で自衛隊のヘリコプター機が落ちました。事故で落ちたということがオフィシャルな見解だと思いますが、ネット上では「中国軍に攻撃されて落ちた」ということがたくさん出ています。それを自衛隊員の誰かが信じて、自衛権の行使だとかいってやり返した瞬間、大戦争になりますよ。お互いに軍事力を高めていますからね。そういう意味でもし戦争が起きたときにアメリカが本当に助けに来てくれるのかどうか。ウクライナにアメリカは派兵していない。なぜ派兵していないのか。バイデンさんは、ウクライナは同盟国じゃないから派兵をしないという言い方をします。本当でしょうか。いままでアメリカが同盟国じゃない国にどれだけ戦争をしてきたかという話ですよ。全然言い訳にならないですね。アメリカがウクライナに軍を派兵していないのは、もう誰でもわかること。ロシアが軍事大国であって、核兵器大国であって、アメリカ本土が被害に遭う可能性があるからですね。第3次世界大戦の可能性があるからです。

じゃあ中国はどうなんだ。ロシアよりよっぽど軍事大国です。そんな国との戦争に、アメリカは傷つかないかたちで、ちゃんと介入してきますか。それをいま一生懸命考えているのが日本政府ですけれども、できるのかどうか。もう相当厳しいですよね。アメリカ国民はそれをわかっているのかわかっていないのかわかりません。けれども台湾有事になったとき、アメリカが米軍を台湾に派兵することを支持する人は多い数字でも世論調査で40%。少ない数字でも7%という数字になっています。

でも最近ヨーロッパのいろいろな国、イギリスもフランスもドイツもオランダもみんなアジアに船だとか飛行機だとかを飛ばして演習しているので、ヨーロッパが来てくれるのではないか。いやいやいや、NATO諸国14ヵ国の調査で「もし中国が台湾侵攻をしたらあなたの国はどうすべきか」。台湾へ派兵2%、100人にふたりしか賛成していない。しかもこれはNATO14ヵ国での調査です。カナダとアメリカが引っ張って、アメリカの7%をほぼほぼ引っ張って2%にしているだけで、ヨーロッパの国だけでいえば本当に1%を切るかなというくらいの数字だったと思います。

こういう現状で、あるアメリカの学者の研究による過去150年間の実証データがあります。1816年から1965年の間で、戦争という戦争を調べ尽くしてその原因を見てみたところ、ある2ヵ国が何か火種になるような問題を抱えていて、それで両方の国が軍拡をしていた場合にはどうなったのか。戦争に至ったというのが82%です。逆にそのときの首相が、お金がないから軍拡したいけれどもできないと思ったか、あるいはとても先見の明があって軍拡したって戦争になるだけだからやめておこうと思ったのかわかりませんけれども、軍拡しなかった場合、戦争にならなかったのは96%、ということです。もう数字が明確に私たちが何をするべきかを示している、という研究を発表してくださっています。

ではどうするか(ND)の提言 「安心供与」

 NDの提言をご紹介します。安全保障の政策で「抑止力、抑止力」と軍事力を高めれば抑止力が高まるのではないかと日本政府は軍拡を進めています。しかし、戦争を確実に防ぐためには軍拡をしているだけではダメなんです。何よりも戦争をしてでも守りたい利益がある国には、そこを侵害しないというレッドラインを見極めて、そのレッドラインを自分は超えませんということを伝えていかなくてはいけない。それをするためには、どこがレッドラインかということを正確にするために外交をしていかなくてはいけないし、自分はそれを超えないことを外交で伝えていかなくてはいけないんです。このレッドラインを超えないということを伝えていくことが、「安心供与」と安全保障の用語でいわれています。英語では「reassurance」です。その「安心供与」を、いまでいえば中国に対して提供していくことが決定的に重要です。

中国に対してそれを伝えていくということですけれども、台湾有事であるということになった場合に、中国のレッドラインはどこなのかというのを見極めることです。いまそれが非常にグレーな感じで、アメリカもどこをレッドラインとしているのか、米中間のレッドラインが見えないからこそ、「戦争はいつなんだ」「起きるのか」みたいな話になっています。その中国についてのレッドラインは、台湾が中国の一部でなくなってしまうこと、今以上に独立の方向に舵を切ってしまうことがレッドラインなわけです。それは誰もがわかっていることです。台湾が中国の一部になってしまうということは、アメリカからすると民主主義の砦を傷つけられる、アメリカの覇権的な地位を傷つけられるので、そこがレッドラインでもあると思います。ここを絶対に侵さないことを日本政府がまず明確に示すべきだというのがひとつ目の提言です。

台湾は中国の一部であるということを中国がいっているというのは、日本は1972年に日本と中国が国交を回復したとき、日中共同声明で発表しています。なにも新しいことを言うわけではありません。50年前に言ったことをもう1回繰り返せばいいだけです。日本は、中国が台湾は中国の一部であると言っていることは尊重しますよといっています。別に「台湾は中国の一部です。認めました」という必要はないんです。台湾は中国の一部ですと「中国がいっていること」は認めて尊重しますよと言えばいいんです。

言うだけではなくて、それを覆すようなことをやる国が最近はたくさんあって、特にその代表はアメリカです。閣僚級の政治家を台湾に送ってみたり、ナンシー・ペロシさんという大統領承継順位の極めて上位にある人が台湾を訪問してみたり、あるいはワシントンには大使館がたくさんあるマサチューセッツアベニューがあります。台湾の大使館はアベニューからずれていて近くに大使館ではない出先機関を出しています。そこの名前を大使館に変えましょうと言って、国としての扱いをしていきたいと言う。それが台湾を支えることだという、いまのアメリカ議会の対中強硬姿勢にあらわれているようなかたちのものを次々と発表するわけです。

中国が軍事的に拡大していることがこの地域の不安定要素になっていることはもちろんです。けれども、アメリカが火に油を注ぐような挑発行為を繰り返すものだから、どんどんどんどんエスカレーションしていく。日本がやるべきは、日本が中国の姿勢について尊重しますよということがまずひとつです。アメリカに対しても、そういう挑発行為をするな、台湾は中国の一部だとあなたも認めていたでしょう。いまも認めるというのがオフィシャルの見解でしょう、ということをちゃんと言い続けていくことは極めて重要だと思います。

こういう話をすると、講演でお一人くらいから「台湾の人たちは独立したがっているのに、どうして猿田さんはそんなことを言うんですか。民主主義とか人権、大事じゃないですか」という質問を受けます。もちろんそれは本当に大事だと思うけれども、いまの台湾世論を、世論調査を見たことがありますかと必ずお答えします。台湾の世論調査を見ると即時独立を希望する人というのは、いまはもう7%とか8%くらいで、1割を超えることはないです。これはもうずっと超えていません。未来に条件が整えば独立という人はいますけれども、「いま独立したい」なんていう人は7%か8%しかいません。台湾の人たちの選択こそが、いま独立なんかしたら中国に侵攻されて大変なことになるから独立なんかしませんよ、というのが世論調査の結果です。もちろん将来したいという人たちが実現するようにお手伝いしていくということは、中国の国自体を変えていくということも含めて、いろいろな意味で重要になってはくるものの、決して今すぐ独立をさせてあげなきゃ、台湾の人民の希望に添わないというのは、逆に煽り行為にしかなっていません。中国に対して、もちろん軍事的な拡張はするなと言っていかなくてはいけないけれども、独立はさせないからね、日本も賛成じゃない、ということをしっかり説明していくことが重要だと思っています。

アメリカは台湾有事で介入するか分からない

アメリカに対してどうするか。アメリカは日本頼りになっているところが強い。例えば台湾有事のシミュレーションの大半を見ても、日本にある米軍基地が使えない限りは大変な苦戦を強いられる。あるいは中国に負けるのではないかというシチュエーションをシミュレーションしています。そして自衛隊が参戦してくれることが非常に有利になる、重要なファクターであるとしています。日本というのは本来であればもっとアメリカにもの申せるし、そんなに期待されているのだったらこっちもいいいたいことをいう。地位協定の一文くらい変えろと言えばいいのに、言わないわけです。アメリカにとって台湾有事における同盟国である日本の存在というのはきわめて重要です。そこでひとつ決定的にものを申してほしいなと思うのが、事前協議制度というものです。

台湾有事が日本有事になると、安倍さんなどは繰り返しおっしゃっておられました。それは日本が自らの選択によってその道を選ぶから、そうなるわけです。どういう選択をした場合なのかというのは、自衛隊を派兵すれば反撃されるから、ひとつの選択として自衛隊を派兵するかどうかという選択肢がある。もうひとつは、自衛隊は行かないかもしれないけれども、日本の土地の上にある在日米軍基地から米軍機が飛びたつ、あるいは横須賀から空母が進出をするようなことがあると、その結果、在日米軍基地は中国の国際法上認められている自衛権の行使によって反撃にあって、そのまわりの住民が被害に遭う可能性があるということで、そのふたつの選択です。

日本が自衛隊を送るという選択をすれば、それはもう日本の選択の結果であるのは明確ですけれども、もうひとつの決定的な選択の可能性というのが、台湾有事で在日米軍基地を使用させるかどうか。それを日本が「いいよ、使って」というか「ダメだよ。そしたら嘉手納基地のまわりの住民、横田基地のまわりの住民、みんな死んじゃうからダメだよ」というのかどうか。そのNOか、YESが、この事前協議という日米で行われるであろうことが予定されているものの中でなされる可能性というのがあります。

1960年というのは安保改定の年です。一番議論になったのは、日米安保破棄というのがキーワードになって、いまの比じゃない野党が強かった時代で、平和運動が日本中に広がって、改定じゃなくて破棄だろうという運動がありました。その反対の理由のひとつが、日本にある米軍基地で戦闘行為に関わるようになれば、逆に反撃を受けて日本が戦場になるじゃないか。まさにいまの台湾有事のときに起きそうなことをみんなが心配して、なんとかして私たちの領土の上にある土地の米軍基地を、アメリカの自由にさせないような方法はないだろうかということで、めちゃくちゃ世論が盛り上がった。

その世論に押されて、嫌々ながらアメリカと日本が約束したのがこの事前協議というものです。お手紙を日本から「どうですか、いいですか、こういうのを設置して」といって、アメリカから「いいですよ」というお返事が来て、交換公文(ふたつのお手紙を交換しましたという意味)――岸首相とハーター国務長官が交換したふたつのお手紙で、「いいよ」という合意が成り立ちました、というものです。

今国会での在日米軍基地についての事前協議の質疑

いま問題になっているのは、日本から行われる戦闘作戦行動、日本国内の施設区域の利用に関しては施設――基地ですね、基地利用に関しては日本との事前の協議を行わなければいけないということになっています。ここで当時国会の議論がいかに盛んになされたかということを、先ほど実感させていただいたんですけれども、喧々諤々、国会でものすごく強かった野党が聞いているわけです。日本は拒否できるのか。アメリカ側の国防総省の文書には「拒否権はない」と。協議して、使うよと使えればいいと書いてあるものがあるんですね。当時国会で聞かれています。外務省の当時の想定問答集を見ると、「事前協議を受けた際我が方に拒否権があるのか」と聞かれたらどう答えますか。「米側は日本側の意志行動を執る考えはないといっているのであるから、拒否権の問題が起こりようがないのである」。何をいっているか、一回読んだだけじゃよくわからない。要するに「アメリカは日本が嫌だなんていうことはやらないんだから拒否権なんて今からそんなことを考えなくて大丈夫ですよ、野党さん」と言っている。

この時代から今日まで60年以上経っているわけですけれども、いろいろな密約がつくられて朝鮮半島有事のときは米軍基地から米軍が飛びたっても事前協議、日本の許可はいらないのではないかとか、台湾有事のときはいらないのではないか。折に触れいろいろな密約が結ばれていたことが議論になっていて、物の本にはそういうことで台湾有事に出撃しても事前協議の適用はない「台湾条項」というものがあるのではないかということが書いてあったりします。

今回の国会では、驚いたことに4~5人の国会議員が事前協議を聞いていて関心を集めているな、知っている方は知っていると思ったんですけれども、いくつも台湾有事にからめて聞かれていました。台湾有事の米軍の在日米軍基地からの事前協議を行うのか。これは,前原さんが質問して、「事前協議を行うことは当然である」と岸田首相に衆議院の予算委員会で答えさせました。これでまず一個、台湾条項を封じ込めているわけですね。日本側はYES・NOを判断する権利はあるのか。「お前、拒否権を持っているのか。持っていないというなよ」ということで、これは私がつくった質問ですけれども、石橋通宏議員に聞いてもらいました。岸田首相の答えは「我が国の自主的な判断の結果としてイエスと答えることもあればノーと答えることもあり得る 。「ノーと答えることもあり得る」という答弁をかっちり首相から取りました。もし横田基地から飛んだら東京は火の海になるかもしれない。だから「使わせないよ」ということを岸田さんはいうことができることを確認しました。

けれども、岸田さんはこの答弁で逃げ切ったところがあります。もうひとつ当時日米で議論されたものの記録が残っています。日米の討論記録というもので、事前協議が適用される範囲です。米軍の部隊及び装備の日本からの移動に際しては事前協議を要するとは解釈されない。移動とか通過という場合にはされない、事前協議はいらないということになっています。カリフォルニアから出た部隊が日本を通過して台湾に行くということになると、日本の許可なく台湾に飛んでいけるということになってしまう。例え日本に5年いてもです。そこは岸田さんは答弁しなかったので、最後の針の穴は残っていて、それがぐちゃぐちゃに拡大されそうなのは「通過」とか「移動」です。

そこでみなさんにお願いです。台湾有事の際の直接出撃というのは、すべからく移動も通過も含めて事前協議の対象になるという運動をぜひ起こしていただきたい。そして、必ずしも事前協議で日本が「YES」というわけじゃないと岸田さんも言っているということを、国会で答弁しているだけではなくて、ちゃんとアメリカに言いなさいということを運動としてつくっていただけないかなと思っています。これは事前協議の場面になったときには、もう台湾有事が起きているか起きる直前ですから意味ないんです。アメリカは台湾有事で勝つためには日本の基地を使わなければいけない、使わなきゃ相当な苦戦が強いられる、というシミュレーションをバンバン出しています。いまからこのように言って、「使わせないかもしれないよ」「だから挑発行為をやめてよね」、ということの大きなカギになるのではないかと思って、いまからが大事だと思っています。

目指すべき外交――今のモデルは東南アジアの国々

 アメリカ議会をまわっていると、特に民主党です。たとえばナンシー・ペロシさんが訪台したときに、行く前から行くという噂が出て、帰ってくるまで私はずっとアメリカの議会をまわっていました。会う人ごとに「どうなんですか、ペロシさん」。右から左まで「ペロシの訪台は素晴らしい」と議会で答えました。私としては「いやいやあなたの国は遠いからいいかもしれないけれども、ミサイルを排他的経済地域に撃ち込まれた日本ですよ。ああなることは、中国は最初から予想していたじゃないですか。挑発しないでくださいよ」と言い続けるわけです。右側の人だったらまあまだわかるけれども、なんで左側の人が賛成するのか。「民主主義を守るためには」と言うんです。本当にリベラルな人までいいます。

でも私が思うに民主主義を広めるときに、ウクライナでもアフガンでもそうですけれども、台湾有事を軍事力で封じ込めて民主主義を広めるということが本当に役に立つのか。本当に民主主義を広めたいのなら、中国を民主化したいということがアメリカの最大の希望でしょう。どれだけ自分が民主主義国家で、人々の権利が保障されて幸せな国になっているかという模範を示してこそ、「ああいいな、ああいう国になりたいな。民主主義国を目指そうかな」と各国が思うのであって、軍事力でどたばたやって「言うことを聞け」とかいって民主化した国なんてないですよ。一国だけあって、それは日本です。いかに民主主義が素晴らしくて他の国に広めたいかと思ったら、まず自分の国の民主主義を建て直して、素晴らしいものだという情報発信をしていくしかないです。

そういう中で日本が取るべき外交は、もちろん最終的には民主主義を広めることは決定的に重要になってきますが、今の瞬間で一番モデルになるのは、私は東南アジアの国々だと思っています。昨今「グローバルサウス」という単語は岸田さんからも連発されるようになっていますが、3年くらい前から私はこの話をしています。東南アジアは、「アメリカの側にも中国の側にもつかないよ」ということをしきりに言い続けてきました。今では台湾有事が主戦場と言われていまが、その前は南シナ海の領土紛争が米中対立の主戦場だといわれていた時代があったからです。2021年3月に米議会で米軍の司令官が議会証言で6年以内に台湾有事が起きるとか口走ったものだから、いきなり台湾が主戦場に変わりました。その前は米中有事の主戦場と目されていたのは南シナ海でした。

これは困った。こんなところで戦争なんかされたら、やっと発展途上国から抜け出して経済発展してきた私たちの国がボロボロになるじゃないか、ということでASEANの国々は必死になった。代表的なものとしてはシンガポールのリー・シェンロン首相、リー・クアンユーの息子ですけれども、その人がアメリカの、世界で一番影響力があると言われている「フォーリン・アフェアーズ」という外交誌に投稿しました。「アメリカもとっても大事な国だ。でも中国も大事だよ。目の前にいる大国だよ。だからアジアの諸国はアメリカと中国のどっちかを選べという選択肢を迫られることは望んでいない」という投稿です。ものすごい大激震がワシントンに走りました。いままで当然友好国だと思っていたシンガポール。フィリピンやタイに至っては同盟国だと思っていた、いまでも同盟国ですけれども、この東南アジアの国々から「どっちも選ばせるな」って言われちゃったわけです。

当然こっちの側にいるし、何か怪しくてもこっちに引き寄せることを命がけでやろうと思っていたのに、その前に先制されて「選ばせるなよ」と言われたわけです。しかもシンガポールみたいなとっても小さい国に。それに続いてフィリピンのドゥテルテ前大統領が地位協定破棄を言って、アメリカと一定距離を置いて中国の方に近づくという政策をしたり、どんどん続きました。AUKUSというアメリカ、イギリス、オーストラリアの原子力同盟みたいなものが2年前にできました。そのときもマレーシア、インドネシアがこぞって、ここで軍拡競争をしてくれるなよという懸念の表明をします。日本はAUKUS大歓迎とすぐ言っています。東南アジアのスタンスは、グローバルサウス全体に広がって「アメリカも大事、中国も大事」、「どっちも大事だから選ばせるなよ」と明確です。それを「Don’t make us choose.」、「私たちに選ばせるなよ」というキーワードで言っている。かつての非同盟国というのでしょうか、その国たちが今まとまっています。

米中対立下のASEANと日本のとるべき立ち位置

どれだけASEANがまとまっているかというのを見てみたいと思います。米中対立におけるASEANは、中国とアメリカの同盟関係の中でどういった立場をとるべきでしょうか、どんな選択肢があるでしょうか。これは専門家とか政治家とか国家の政策に関わるような人たちに聞いた世論調査です。48%は「Enhance Asean resilience and unity.」と書いてあって、ASEANの対応力とか一体性というものを身につけて対応するというのが半数の48%です。次の31.3%「Not siding with China or the US.」と言っていて中国にもアメリカにもどっちの側にもつきませんよといっています。14.7%、「Seek out "third parties"」、第3極を目指します。実に48、31、14を足したら9割以上が「どっちにもつきませんよ」と言っている。やっと出てきた3.1%で、中国かアメリカのどちらかの側を選びます、といっている。100人にたった3人。最後の2.9%は何かというと「この地域からアメリカも中国も追い出します」というもっとすごい答えです。

どっちかを絶対に選べよという世論調査で、すでに10ヵ国中7ヵ国が「中国の方を選ぶ」という現実があります。日本がとるべき立ち位置というのは、先ほどの経済制裁の話もありましたけれども、中国がなくては生きていけない日本であるというのを忘れてはいけない。本当に目の前に突きつけられている一番のリアリズムがそれなので、「Don’t make us choose.」であるということは絶対に忘れてはいけない。

ということからすると、いま何をしなければならないかといえば、米中対立をとにかく緩和して戦争にさせないようにする、選ばせないようにする。現実的には選んでいない現実がすでにあるわけで、120%アメリカを選んでいるように見えて、日本の貿易は中国と4分の1、アメリカとの貿易よりたくさんやっているわけで、本当は選んでいたいわけです。見かけは選んでいるように見えますけれども。ほかの国、選べない国々、「Don’t make us choose.」と叫んでいる国々と連携しながら米中対立を何とかして緩和していかなければけないと叫ぶ、ということをしていかなければいけないと思っています。日本の世論調査でも、実はアメリカに絶対につかなければいけないと思っている人は多くなくて、どちらも同程度に重要だよねと思っている人が半分くらいいるというのは救いかなと思います。

自治体の現場での国民保護の現状

 自治体の現場について、少し紹介します。どんなことが起きていくか。国民保護法の中味がこれからもっと具体化して、有事に対応するものに変えていかれるような議論が国会でされていくと思います。武力攻撃事態が起きたとき、戦争が起きたときに政府がやらなくてはいけない仕事というのは、侵害排除と国民保護のふたつです。侵害排除、つまり武力攻撃を他の国からされていることをどかすこと、やられないようにやっつけ返すことは、自衛隊がやる役割です。国民保護というのは都道府県、市町村、その他指定公共機関―一番わかりやすいのは石垣島とかからANAとかJALで人を運んで退避させなきゃいけない、そういう指定を受けた公共機関ですね。

私たち多くの国民は、自衛隊が武力攻撃、戦争になったときに助けに来てくれると思っていますが、この間安保3文書改定の経緯で国民保護という議論がかなりされるようになったので、何冊も国民保護について書いてある本を読みました。自衛隊の陸海空のすべての幹部が対談している本があります。そこでは「自衛隊はとても忙しくて国民を助ける余裕がない」。もっと具体的には「空自と海自は陸自を台湾有事に向けて運ばなければいけないので国民保護をしている余裕がない」と書いてあります。「基本は国民保護は自助・共助・公助ですから」です。社会福祉の議論で「自助・共助・公助」が菅元首相から出たときに「なにー」と思ったけれども、国民保護、戦争になったときの保護が「自助・共助・公助」です。

私はそれで驚いて、他の本を読みました。やっぱり「自助・共助・公助」と書いてある。自衛隊は国民を守らないんですよ。軍隊は国民を守らない。地震のときに来てくれて、それは本当にありがたい助けだと思います。炊き出しやお風呂とか、本当に助けになっているとは思います。あのイメージが染みついて、私たち戦争になってもきっとあれをやってくれると思っているじゃないですか。明確に法律で違うんですよ。彼らはそれをするための人たちではないんです。それは自治体がやらなければいけない。沖縄戦の教訓として「軍隊は国民を守らない」ということがありました。あれは「何言っているの。昔の話でしょ」と私たちは思っていますけれども、自衛隊は国民を守りに来ないんですよ。それは包括的な意味で言えば、台湾有事に飛んでいって、敵が攻めてくるのをミサイルを落としてくれているから、国民を守っているのかもしれないです。けれども基本的には国という単位を守るわけであって、ひとりひとりを助けに自衛隊員は飛んでこないです。そこの考えを一回変えて、ぜひ兼原信克さんと陸海空のトップが書いている「君たち、中国に勝てるのか」という安倍さんのことばをタイトルにした本を読んでください。

国民保護というのは、都道府県、市町村がやらなければいけない。避難計画を立てなかればいけないとなっています。2004年の国民保護法で決まっているので、各市町村は実際にたて終わっています。唯一今日まで立てていないのは、沖縄県のとてもリベラルな村長ががんばっている読谷村一村で、あとの自治体は全部持っています。みなさんご自身が住んでおられるところの国民保護計画はどうなっているのか、見ていただいたらいいと思います。モデルが消防庁から出しているものがあって、消防庁の仕事はもちろんとても大事な仕事だけれども、「火」というものを相手にしている省庁がつくったものなので、全然軍事に対応したものになっていません。弾道ミサイルに対する避難訓練を最初にやったのは確か文京区だったけれども、多くの市町村・都道府県が、消防庁がつくったものを固有名詞だけを変えて使っている感じです。だから本当に現実味がない。

例えばほかの避難関係では国民保護ポータルサイトなるものを内閣府がつくっていて、弾道ミサイル落下時にどうしたらいいか書いてあります。「建物がない場合、物陰に身を隠すか地面に伏せて頭部を守る」と書いてあります。冗談じゃないですよね。物陰に身を隠して地面に伏せて頭部を守ったら、それで命が助かったら何もいらないじゃないですか。これを書いた本人だってこんなもので自分の命が守れないことはわかっていて書いているわけです。

「加速する今後」の想定

今後ですけれども、沖縄では与那国で避難訓練が行われ那覇でも行われ、今年度は過去最多の国民保護訓練が、災害ではなくて、有事で県単位でもあちこちで行われるようになっていく。今年は全国35道府県で67回実施される計画があります。ぜひみなさん自分の都道府県でそういうことがされるかということを調べていただいて、現場に行って反対の運動をされるなり実際どんなものかやってみられたりされたらいいと思います。これから県境を越えた避難訓練もやっていかなければいけない。市町村と都道府県と国が連携していくのはどうやっていくのか、そういう話がどんどん進んでいきます。

避難したところで、私たちは避難すればそこで安全で「よかったね」と思うかもしれないけれども、大震災のときでもそうでしたが、戦争はいつまで続くかわからない。ウクライナのように1年半、2年3年5年続くかもしれない。避難すれば安全になっていいじゃないか。それは、命は助かるかもしれないけれども、飼っていた牛はどうなるのか、とっていた魚は獲れなくなる。船を置いてきました、あるいは普通のサラリーマンだって職場に戻れないわけです。どうやってその人たちが生計を立てていくのか、どうやってコミュニティを維持していくのか。ポスト避難の国民保護、避難したあとどうするのかという議論がこれからされていくようにもなっていくと思います。

ミサイル攻撃があった場合には逃げればいいということで、シェルターの指定がどんどんされていきます。いまは台湾有事になっても石垣、宮古から避難するために飛行機が400機それぞれ必要だ。同時だったら全部で800機必要という計算です。本島から逃げるのだったら何万機必要かわからないような感じです。自衛隊は忙しくてそんなことはできないという話がありました。有事になってからでは忙しくて間に合わないから、有事の認定をもっと早めに、軽めに認定できるようにして、早くから避難できるようにしようという法改正が必ず次の段階でやってきます。

2004年に国民保護法が議論されたとき一番問題になったのは、公共交通機関です。自衛隊機は戦争のときに飛ぶのは任務だとして、志願してくださっている人たちで成り立っているのである意味飛ぶのは当然かもしれない。けれどもJALやANAの方々は、戦争で飛ぶつもりで仕事に就いていません。そこに命じて飛ばせられるのかという議論、強制していいのか。でも基本的にはそれに従う責務というのがいまはJALもANAもあるわけです。当時はJAL労組さんとかものすごくがんばって反対運動を展開していたけれども、通ってしまって、飛ぶわけです。だったらもうJALからもANAからも抜けます、みたいなパイロットが増える前に飛ばせるようにしていく。まだまだ戦争になっていませんからいまなら飛ばしてください、みたいなことが言えるように前倒しに認定できるような議論が進んでいくと思います。それから各自治体の国民保護協議会というものが大概あります。商店街の会長さんなどが「有識者」と称した人たちですけれども、誰ひとり国民保護の知識なんか持っていない人で成り立っている協議会で、それを活性化することになっていくと思います。

沖縄のジレンマや地方議会の意見書

すごく難しいジレンマを沖縄の方々は突きつけられていて、再び本土が持ち込んだ論点で島が2分されているという、非常に気の毒な状況に私たちが追い込んでしまっています。避難訓練が役に立たないことは誰の目にも明らかなわけです。シェルターでも沖縄県民150万人が助かるわけがありません。では避難訓練をやらないのか、シェルターをつくらないのか。避難訓練をやってシェルターをつくれば3万人くらいは助かるかもしれない。そういう意味ではやらないよりはましかもしれない。国からも指令を出されているし、避難訓練を県庁などでやるわけです。ほとんどの人は助からないのはわかっている中で、賛成なのか反対なのかで2分されています。県庁職員などはやけっぱちで、「実効性のある国民保護の態勢を準備することがどれだけ大変なことかを突き詰めた上で、そこまでやる気があるのかと為政者たちに示したい」といっています。

映画監督の三上智恵さんが、ある投稿で書いておられました。先の戦争中、竹槍訓練というのがありました。あれがなんの役にも立たなかったと言うことは「はだしのゲン」を読めば一発でわかります。竹槍訓練を一生懸命やっている間に原爆を落とされて、竹槍を持つ暇もなくみんな殺されていき、戦争に負けてしまいます。本当になんお役にも立たなかった竹槍訓練。でも三上さんは、「唯一、一個だけ決定的に役に立ったことがある。それは、国民の危機感を高めて敵対心を煽って国に従順になる。そのことのみには絶大な効力を発揮した」と書いています。
いま、頭を抱えて地面に座り込む避難訓練。なんの役にも立たないのは誰もがわかっているのに、「そんなことやったって無駄でしょ。それよりいまは必死になって戦争にならない方法を考えるべきでは」って言える人が何人いるのでしょうか。これからものすごい勢いでやってくるであろう避難とかシェルターとかいう議論に、どうやって対抗していくのかということが問われていきます。県議会では、沖縄が再び戦場にならないように対話と外交による平和構築を日本政府はやりなさい、という意見書を出しています。

米中間の緊張関係を緩和する外交を

 いまやるべきことは明確で、アメリカと中国の緊張関係を緩和するような外交を徹底的にやる必要があります。日本が、普段はひょっとすると馬鹿にしているような国々が一生懸命やっているようなことを真似してやっていく必要があります。シンガポールのリー・シェンロンさんがアメリカの「フォーリン・アフェアーズ」に、アメリカと中国を選ばせるなということを書きました。いくらお金がかかったでしょうか。Eメールで送って載せてもらっているわけですから。これだけのことをやれば、アメリカからも中国からも「こんなものが出てきやがった。大切にしておかないと向こうの陣営に行っちゃうかもしれない」と思われるわけですよ。マレーシア、インドネシアは、AUKUSをつくったときに「懸念を表明します」と首相声明を出しました。あれだって1円もかかっていないかもしれない。それで「なんだよ、君たち東南アジアのためにつくってあげたような軍事同盟なのにそこでNOといわれちゃったよ」と躊躇するわけですね。そういうような外交というのは、日本で簡単にできると思います。

日米同盟基軸の日本なので、アメリカにたいしてAUKUSはダメとかなかなか言えないというのは、私もわかっています。でも、私たちに見える形でいわなくても、正式な交渉の場で、メディアの見ている前でいわなくてもいいんです。外交というのも人間関係ですから、そのあと飲み屋に行ったりするんですね。ワシントンの飲み屋でたまたま私も行ったりして会っちゃったりして、「いや、ああはいったけれども、事前協議のことで国会で今年5人も聞いたんだよ。事前協議になったら反対しますかって聞かれているんだよ。そういう声が広まっていくかもしれないからちょっと挑発行為はやめてもらえないかな。」みたいなことを陰でいうだけでいいんです。それだけで全然違う外交の内容になると思っています。それをいわせるために日本の中で違う声があるよということを政府に伝えていくことはとても大事なのです。

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