私たちの生活やいろんな活動の中に「日常―非日常」「分散―集中」というリズムのようなものがあり、また、節目のようなイベントを積み重ねながら成長・前進していくような法則性がある。日本の市民運動には4・28沖縄屈辱の日、5・1メーデー、5・3憲法記念日、6・23沖縄戦終結の日、8・6、8・9広島、長崎被爆の日。そして新たに3・11東日本大震災と福島第一原発事故など、いくつも繰り返し思い起こし、決意を固め直すべき節目がある。
2020年初頭からの新型コロナウィルスの爆発的感染―パンデミックの発生のため、現在に至るまで、私たちの生活全般が著しい制約を長期にわたって受けてきた。私たちの市民運動は「密閉、密集、密接」という回避すべき「3密」をかなり色濃く体現しているため、運動展開はこの2年余り大きく制約されてきた。「命と暮らしと尊厳」を守ることができないアベ・スガ政権の危機に対して市民運動のパワーをフル稼働することができなかった。アベ・スガの相次ぐ、政権投げ出しという危機を政権交代や与野党の伯仲に持って行くことができなかったことはかえすがえすも、痛恨事だった。
私たち市民運動の身上、つまり強みや、長所は「草の根からの発信力」や「草の根からの立ち上がりパワー」だ。それはまさに草の根の活動によってもたらされてきた。しかし、ここ2年余り、街頭に出ての署名活動、小さな学習会や集会、戸別訪問による地域での対話などの回数や時間は大幅に減少せざるを得なかった。このようなことがジワジワと市民運動の体力を奪い自公政権を生き延びさせてしまったと言えるのではないか。市民運動の体力が奪われる一方で、マスコミを最大限利用した自民党総裁選劇と総選挙の一体的強行が功を奏して、自公政権は延命した。
このことから私たちは、闘い方の教訓を学ばなければならない。それは「草の根の活動を止めてはならない」「ありとあらゆる工夫と努力で活動を継続することこそが壁を打ち破る方法である」と。
「5・3憲法集会」はいくつもある節目の中でも非常に重要で焦点化した闘いだ。2015年の5・3憲法集会はそれまで別々に行われていた集会を一本化し、「野党共闘+市民」「総がかり行動」「市民連合」を生み出す跳躍台となった。横浜臨海公園に集まった3万人のパワーは6,7,8,9月の安保法制―戦争法案との闘いへと引き継がれていった。2016年からは会場をより広い東京の有明防災公園に移し、2019年には6万5000人もの市民が結集して闘われてきた。
それがコロナ禍のため2020年、2021年と連続して中止せざるを得なくなった。改憲策動と軍拡の強まりの中での中断がもたらすダメージは小さくはなかった。しかし、私たちはただ手をこまねいていたわけではない。緊急事態宣言下であっても、誹謗中傷、脅迫に屈せず街頭に出て、慣れないオンラインなども利用しながら闘い続けてきた。5・3や11・3の国会前での集会や、毎月の19日行動での議員会館前や全国での展開など。このような闘いの継続があったからこそ、今回3年ぶりの5・3憲法集会の開催と成功を実現することができた。2015年の5・3憲法集会がそれ以降の闘いへの跳躍台となったように、私たちは2022年の今回の5・3憲法集会の成功を跳躍台として、何よりも参議院選挙を焦点としたこれからの闘いに立ち上がっていかなくてはならない。
コロナ感染者数は高止まりの局面から漸減の過程で当日を迎えた。それでも当日の感染者数は東京が3357人。全国では37,438人とけして少なくない状況ではあった。また何より3年ぶりということもあり、どのくらいの参加者になるのかと、とても心配をした。しかし、5月の青空下の会場は続々と市民が集まり埋まっていった。そして、最終的には1万5000人の参加であることが発表された。2019年の6万5000人と比べると、歴然と少ないが、経過と状況を踏まえれば想定以上の大結集であった。参加者の表情はみんな明るく、オープニングの川口真由美さんのパワフルな歌声と強烈なサウンドは新たな闘いの幕開けにふさわしかった。
今年の5・3憲法集会は、何よりもウクライナ戦争下での開催という特徴を持った。2月24日に始まったロシアのウクライナ侵略は長期化の様相を呈し、核兵器が飛び交いかねない世界大戦の導火線に点火しかねない状勢になってきている。登壇する発言者の皆さんはそれぞれの立場や切り口からロシアの侵略を弾劾し、軍事に軍事で応ずる先には世界戦争しかないという危惧を表明し、また火事場泥棒的に「だから改憲や軍拡が必要だ」と叫びまわる政党、政治家を批判した。そして憲法を、とりわけ9条を守り活かすことが今ほど重要な時はないことを強調した。
ロシアは今、「戦争反対」の声をあげ、街頭でデモをすればたちまち弾圧される物言えない社会となっている。かつての日本の戦時下で「非国民」というレッテル貼りが吹き荒れたのと同じ状況だ。声をあげられない状況を許さないためにこそ声をあげ続けることが最良の闘いであり、声をあげることを妨げるあらゆるものを乗り越えながら「戦争反対!憲法活かせ!9条壊すな!」の立ち上がりを広げていこう。
憲法集会の中で読み上げられたウクライナ特別決議の中に「やがて戦争反対の声は非道な戦争指導者の手を縛り上げるだろう」というくだりがある。全世界に巻き起こる「戦争やめろ」の声こそが希望だ。しかし、私たちは「いつか必ずそうなるだろう」と待機しているわけにはいかない。武力による抑止は戦争と戦争の間をつなぐただの戦間期でしかなく、より大きく破滅的な戦争を招くものでしかないことは明らかだ。
私たちが行使する抑止力は戦争を発動する政権や政党、政治家を市民運動や選挙で倒し、落選させることだ。また根本的には誰も兵士にさせない、兵士にならない。誰も武器を取らない。誰も殺し殺されたりしない。悪い戦争に対する良い戦争もあるという、戦争を容認する価値観や文化を徹底して批判し、拒否する。違いを対立に転化し、対立を暴力に転化し、暴力を戦争に飛躍させる政治や文化を拒否する。「対話による平和」が絵空事のように感じるのは、あまりにも戦争に慣れ、戦争文化に染め上げられてしまっているからだ。私たちの平和運動は人間の全く新しい歴史への挑戦に他ならない。
日本維新の会は5月19日、衆議院憲法審査会で平和主義と戦争放棄を堅持したうえで自衛隊を憲法に明記する9条の改正案を提案した。参議院選の公約に盛り込み、争点とする構えだ。内容的には自民党の改憲案と変わらないものだが、許せないのは「ウクライナ危機の中、避けて通れない問題だ」との理由付けが示す通り、選挙のために戦争を利用するスタンスだ。最も危険で卑劣な政治姿勢として批判すべきだ。
このような維新を含めた一切の戦争への道を掃き清める政党と政治家を国会に送ってはならない。立憲野党の共闘と、市民と野党の共闘こそ勝利への道だ。私たちの歩む路線に軌道修正の必要性はない。ただ憲法を活かし、9条を実践するためにさらに思想を豊かにし、方法に工夫を凝らし、運動の萎縮から一転、飛躍へと転換していこう。
(事務局 菱山南帆子)
高田 健(事務局)
今年の5月3日の憲法施行75周年記念日には、コロナ禍での2年余の行動縮小期間の鬱屈した気分を払いのけ、久しぶりに1万5000人の市民が東京の有明防災公園に結集し、反戦平和・改憲反対の声をあげた。これは2月末に勃発したロシアのウクライナ侵攻と、この危機に便乗した改憲論の横行に危機感を抱いた市民の行動だった。
昨年の総選挙で改憲派が改憲発議要件の3分の2を上回る議席を確保して以来、政界での護憲・改憲をめぐる攻防の様相が大きく変化した。安倍晋三元首相や日本会議などに結集する改憲派がさまざまなメディアを使って改憲の主張を展開しているだけでなく、岸田文雄首相の下で初めて開かれた第208回通常国会での与野党の改憲論議も様相を一変させた。
とりわけ衆議院憲法審査会では自公両党や維新の会など従来の改憲派に加え、国民民主党も改憲派に参入し、口をそろえて、「憲法審査会は定例日に毎回必ず開け」との合唱をくりひろげた。結果、衆議院憲法審はほぼ毎週開催されるようになった(参議院もこれに引きずられるようにして、隔週開催が常態化しつつある)。2000年の憲法調査会発足以来、1国会で数回会開かれるのが普通だったことと比べると極めて異常な事態だ。
衆議院の憲法審査会は再開した2月から3月はじめのわずか4回の会議だけで、憲法56条1項の「出席」の概念(第56条―1 両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない)について、オンラインでの出席を「合憲」とする「報告」を強引に多数決でまとめて議長に提出した。
改憲派が圧倒的多数を握った結果、国会審議での批判の声が小さくなり、議論のチェック機能が弱くなり、「日本維新の会」の議論に象徴的にみられるように中身が乱暴で雑駁になり、憲法審査会の憲法論議の水準が低下していることは否めない。
衆院憲法審の議論は「オンライン出席」問題に決着をつけた3月下旬からは、改憲派が「(国会解散時の緊急事態の発生などにおいては)国会議員の任期延長が必須だ」と主張、「国会議員の任期を特例で延長できる条文の創設」を主張し、議論にはいった。これはオンライン出席問題のように採決で結論を出すことはせず、なぜか最終的な結論は先送りにした。
大型連休が明けた5月13日の衆院憲法審査会では自民党の新藤義孝筆頭幹事が冒頭からロシアのウクライナ侵攻を引き合いに出して、9条改憲や憲法の緊急事態条項の整備を急ぐよう主張し、「対岸の火事ではなく、国の防衛体制の充実は喫緊の課題だ。自衛隊が憲法に位置付けられていないのはおよそ不自然だ」などと、自民党が提唱する改憲4項目案の正当性を主張し、議論の促進を主張した。維新の会の小野泰輔委員も「次回から安全保障に関する憲法論議を実施する」よう要求した。
19日には新藤筆頭幹事は「国の最大の責務は、国民の生命財産、領土や主権を守り抜くこと。憲法にはその最も根幹の国防規定がない。これが改憲の理由だ。しかし、自民党案は9条2項で保持が禁止されている戦力や軍隊ではないし、自衛措置は従来通り必要最小限度で、制限のないフルスペックの自衛権行使ではない」などと主張した。
19日の会議では日本維新の会の足立康史委員が初めて、前日に発表したという同党の「憲法9条の改正に向けて」という条文イメージを発表した。同党は従来9条改憲案はもっていなかったが、「ロシアのウクライナ侵攻をふまえ」、改憲案を発表、「現行9条は維持したうえで、9条の2を新設、自衛のための実力組織としての自衛隊を保持する」とした。これはほとんど自民党案と変わりない。
足立氏は発言の結びで、「維新の会は、憲法9条の改正に取り組む野党の雄として、自民党とがっぷり四つに組んで憲法論議をリードしていくことをお誓いします」と述べるほど舞い上がっていた。
この間の憲法審査会の議論をみると、まさに惨事便乗型改憲論の横行だ。4月21日に自民党政務調査会の安保調査会が公表した「新たな国家安全保障戦略等の実施に向けた提言(案)~より深刻化する国際情勢下におけるわが国及び国際社会の平和と安全を確保するための防衛力の抜本的強化の実現に向けて~」は、ウクライナの事態が「インド太平洋地域とりわけ東アジアにおいても例外ではない」ことを強調し、「将来、欧州で既に見られている(事態)が東アジアで発生しないとはいえない」と危機感をあおり、防衛費倍増など異常な軍拡に進んで行くことを正当化している。
岸田政権はこの「提言」を下敷きに、年内にも「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略(旧防衛大綱)」「防衛力整備計画(旧中期防)」のいわゆる「防衛3文書」を改訂する構えだ。これによって従来からの日本の安全保障戦略は大きく様変わりするのは必定だ。
改憲問題はいよいよ本番だ。
5月16日午後6時30分から、東京の首相官邸前で「大軍拡を止めろ! 官邸前月曜行動」が行われた。開始前にはミュージシャンの“なりぞうさん”が「戦争と政治家」「島うた」を歌い行動を盛り上げた。
山口菊子さん(9条壊すな!実行委員会)の司会で進められ、はじめに主催者を代表して高田健さん(総がかり行動実行委員会)が挨拶をした。高田さんは行動を提起した趣旨を、「政府の大軍拡計画に怒りを示さなければならない。4月27日に自民党は安保提言を政府に提出した。これは年末に岸田政権が改定するという防衛3文書への提言で、この国の安保・防衛政策を大転換するものだ。GDP比1%とされている防衛費を5年間で2%の10兆円にするという提言だ。自民党は憲法9条をもつ国の防衛費を世界第3位にするものであり、この国が軍事大国になっていく提言だ。ロシアのウクライナ侵攻が起きたことをチャンスにして、日本が中国に攻められるかもしれないという世論を煽りながら大軍拡を進めようとしている。これに反対する動きを全国へ広げていこう」と話した。
行動に連帯して立憲野党の国会議員も駆けつけた。吉田忠智・参院議員(立憲民主党)、服部良一さん(社民党幹事長)、穀田恵二・衆院議員(日本共産党)、伊波洋一・参院議員(沖縄の風)の4氏が連帯の発言を行った。各議員は自民党の安保提言を批判し、それぞれ非常に熱をこめた発言がつづいた。沖縄の米軍基地撤去や日米地位協定の改定をすすめるべきだ。コロナ禍で生活が困窮し社会保障費が不足している状況を放っておいて軍事費拡大は許されない。自衛体内の反戦デモ敵視が明らかになっていて、市民の言論活動への介入と社会の軍事化が問われているなどの問題を訴えた。
市民からの発言として、清水雅彦さん(日本体育大学教授・憲法学)が発言した。清水さんは次のように訴えた。
日本の憲法は戦力を持っては行けないとしている。しかし政府は戦力でなく実力なら持てるという論理を生み出した。国民は憲法を変えたいとは思っていないので、そうした平和を求める国民の声をバックとして国会で海外派兵禁止や防衛費1%枠など、9条を具体化する制約を作ってきた。しかし、政府は1%枠を取り払い、安保法制によって集団的自衛権も一部行使を可能にしてきた。いま、日本の防衛費は実態からして世界第9位で、2%まで上げれば世界第3位となる。これでは自衛隊は警察以上、軍隊未満という組織になり政府解釈からも成り立たなくなる。敵基地攻撃論は海外派兵禁止ということからも成り立たないので、当然に許されない。国連憲章からみても違反する。
コロナ禍にあって、先ずはコロナ対策、教育、福祉に政府のお金を回すべきだ。ロシアの許せないウクライナ攻撃が行われている。これは米ソ冷戦構造が崩壊した後に、ロシアを含む安全保障の体制がつくれなかったことによる。欧州共同の家などの構想があったがうまくいかなかった。政府は北朝鮮や中国、ロシアの脅威を喧伝する。しかし東アジアの安全保障の枠組みをつくることこだ。9条の下で平和を求めることこそやっていくべきだ。岸田政権に声を届けていこう。
続いて1000人委員会の勝島さんと協同センターの高橋さんからの発言と決意が述べられた。最後に、通りを挟んだ首相官邸に向けて「軍事大国化反対!」「防衛費2%認めない!」「自民党の安保提言反対!」など参加者110名のコールが
「ロシアのウクライナ侵略反対!即時撤退」「改憲発議反対!」
「軍拡止めろ!」「辺野古新基地建設反対!」「くらしといのちを守れ!」
◎◎「憲法改悪を許さない全国署名」提出◎◎
第78回「19日行動」が5月19日、議員会館前で行われた。
夕刻から参加者が詰めかけるなか、宮沢さん(憲法協同センター)の司会ではじまった。
はじめに国会議員からの挨拶をうけた。
立憲民主党の鎌田さゆりさん(衆議院議員)は、16年ぶりに仙台から国会に戻ってきたことを元気いっぱいに報告した後、日本の平和憲法をあきらめず守り抜こうと、その決意を語った。特に朝鮮で裕福な暮らしをしていた母親が、敗戦で非常に小さな舟で日本にたどり着き、戦後もさまざまな苦しい境遇の中で生き抜いたことをみてきたことなど、自らの経験に引き寄せて憲法の平和主義の大切さを話し、連帯を訴えた。
日本共産党の赤嶺政賢さん(衆議院議員)は、憲法審査会の委員として改憲論議ではなく、憲法に合わない日本の現実を変えていく議論をすべきだと審査会で訴えているが、自民党や維新の党などが改憲論議を煽っていると批判した。沖縄戦を見てきた経験から、戦争を起こすのも人間だが、戦争を許さない努力ができるのも人間だ。譲ることのできない平和を守ろう、と語った。
社民党幹事長の服部良一さんは、自身が安保違憲訴訟の大阪の原告としての活動を報告し、自民党の安全保障提言は全くおかしいことを話した。発言者以外で行動に参加している国会議員が紹介された。
続いて、昨年11月からはじまった「憲法改悪を許さない全国署名」を国会議員に提出した。ダンボール箱に詰められて並んだ署名の提出数は622,403筆。これらが国会議員のみなさんに手渡された。また、韓国ソウルの日本大使館前で行われている「19日行動」からのメッセージが紹介された。(別掲)
主催者を代表して藤本さん(戦争させない1000人委員会)が、ロシアに即時停戦を求めよう。いま生きる私たちの責任として武力でない日本の安全保障をつくりだそう、と挨拶した。
市民からのスピーチでは、安保違憲訴訟にとりくんでいる福田弁護士が登壇した。福田弁護士は、安保違憲訴訟ではすでに22件で地裁判決があり、主な案件は高裁での争いになっている。原告がもっとも多い東京の国賠訴訟は5月24日に高裁で判決が出るので、いよいよ最高裁での判断となる。横浜地裁の判決は棄却だった。しかしその理由の付言のなかで、安保法制の存立危機事態の規定があいまいで明らかでないこと、安保法制への国民の理解が十分でないこと、安保法制が発動されるのは決してよいことではないこと、立憲主義にたった安全保障制度が適切に整備されることがのぞまれる、などに言及された。これは各地の判決ではなかったことだ。台湾有事や集団的自衛権が取りざたされ、沖縄が改めて戦場になる危険が出ている。安保法制を発令させてはいけないという声を広げていきたい、と語った。
2人目の発言は岸本聡子さんだ。岸本さんは7月に行われる杉並区長選に取り組もうとしている。岸本さんは、ベルギーとオランダで20年間市民運動を支援するシンクタンクで働いてきた。20年間にわたり国際的な場で政策研究と運動に取り組んできた。次の20年間を日本の民主主義と平和のためにみなさんと韓国のソウル日本大使館前の「19日行動」からのメッセージ。
先月4月19日、韓国の韓日和解と平和プラットフォームは<19日行動>を日本の市民がたと連帯しながら共同で進めていくことを宣言いたしました。
韓国は新政権の船出以降、来る21日、米国との首脳会談をひかえています。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は大統領候補であった時から韓米日同盟と軍事協力を強調してきましたが、この度の会談を契機として、また再び東アジアが軍事的緊張と戦争の場となるか憂慮せずにおれません。
しかし、わたしたちは市民がもつ力を信じます。日本の市民と連帯の声を上げることが平和なアジアを構築することであると信じます。本日、日本大使館前において19日行動を共に進めながら日本におられる皆さまに熱き連帯の心をお伝えいたします。
2022年5月19日 韓国の友より
一緒にがんばりたいとして、杉並区長選挙に挑戦する。杉並は野党共闘で昨年の衆議院選挙に勝利した東京8区だ。
ウクライナ戦争が始まったときにベルギーにいた。ベルギーにはEUとNATOの本部がある。集団的自衛権のなかにどっぷり浸かっているベルギーの地でウクライナ戦争が起きたとき、市民運動や女性の運動、労働運動、平和運動などが一瞬にしてウクライナ戦争に巻き込まれていくのをみた。厳しいジレンマに巻き込まれることを身をもって体験した。集団的自衛権の下でゼレンスキー大統領が飛行禁止区域を求めたときジレンマを強くし、NATOの集団的自衛権の中にいることを感じた。同時に、平和憲法と9条の中にある日本の大切さを、人生で初めて、一番強く実感した。いま、600万人以上の避難民を欧州各国で受け入れている。人権と命を守るために受け入れているのは、各国の自治体が頑張っているからだ。自治体の人たちがさまざまに努力しているのは、2014~15年のシリア戦争の時、100万人の避難民を助けることができなかったEUは、非人道的な難民危機を引き起こしたからだ。この反省に立ったからだ。今回、自治体選挙に挑戦するが、憲法を暮らしに生かすことを自治体からやっていきたい。その力を大きくして国政へとがんばっていきたい。
この岸本さんの話しには、参加者から「げんばれ!」のこえが沸いた。
最後の発言は木村さんで「とめよう辺野古埋め立て・国会包囲実行委員会」からの訴えだ。木村さんは、5月15日は沖縄が日本に復帰して50年だ。50年前、本土のみなさんとともに復帰運動にかけた願いは、いまも叶わなかった。日米安保条約と地位協定が日本の憲法の上に君臨している。この50年間、米軍による事件、事故、爆音、性暴力がなくならない。この間オール沖縄で闘ってきた。辺野古新基地反対でたたかっている。5月26日には日比谷野外音楽堂で集会を行い、銀座デモにとりくむので是非参加を、と呼びかけた。
最後に、菱山さんが参加者は750名と報告した。また、復帰50年で沖縄に行き、南部戦跡をめぐって戦争の恐ろしさをかみしめた。大軍拡に反対しようと呼びかけ、行動提起を行った。
中尾こずえ(事務局)
「沖縄では米軍嘉手納基地や普天間飛行場から日夜、本土の人が想像できない爆音が鳴り響く。体育の授業中なら耳がおかしくなるぐらいの音。近くの普天間第2小学校では、上空に米軍機が飛ぶと「逃げろ」と言われる。こんな子どもが日本のどこにいるのか」と翁長雄治さん(故・翁長雄志前沖縄県知事の次男で同県議)は訴える。
基地があるゆえに世界一危険といわれている普天間基地。近隣小学校では爆音のためしばしば授業は中断される。保育園や幼稚園の子どもたちは安心なお昼寝時間が奪われている。いまウクライナではロシア軍によるレイプや略奪が報じられている。ロシア兵だけではない。ウクライナ兵からもだ。77年前、沖縄でも同じ事があった。基地があるゆえに今も続く女性へのレイプ事件。戦争する軍の本質は残虐行為が伴う。
全国との比較で子どもの貧困率は2倍、母子世帯の出現率は2倍、非正規雇用率は1位、離婚率は1位、大学進学率は最下位、一人当たりの所得は最下位。何故か。これらの原因は基地を中心とした経済構造が中心だったため産業が育たななかったからだ。県民一人当たりの所得も最下位から抜け出す事が出来ませんでした。
9月4日、沖縄に駐留するアメリカ海兵隊と軍人の3人が、帰宅途中の女子小学生(12歳)を拉致したうえで集団強姦した事件。高里鈴代さん(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会、共同代表)は「ハンマーで叩かれたようだった」と語った。県民の衝撃は大きかった。同年、10月21日、沖縄県民総決起大会が宜野湾市の海浜公園で開催され、8万5千人が集まった。(私も参加した。)「怒りで島が揺れた。ウチナンチュが団結したときの力は恐ろしいほどに強い」と大会実行委員長の嘉数知賢さんは言った。地位協定に基づき米側が容疑者の引き渡しに応じなかったため県民の怒りは沸点に達していた。沖縄独立論が沸き起こり集会など幾つも取り組まれていた。写真家の石川真央さん等が主催した集会に参加した。「沖縄のことはウチナンチュが決める」というテーマだったと記憶する。とても大変なことだけれどもっともだと思った。この頃、私の知人が首里城の近くに住んでいたので宿泊でだいぶお世話になり、東京と沖縄を行きする事ができて有難かったです。庭の地面にゴーヤが生え放題、2階の窓から琵琶をもぎって食べた。彼女は大学教授。沖縄戦中、軍隊慰安婦犠牲者の聞き取りを女性の仲間たちと行っていた。史実を明らかにしていくためと。「口は固く閉ざされ、何年も何十年もかかった。今もまだまだ、やっとのところ」と言っていた。戦争とはこういう事なのだ。魂まで全てもぎ取られてしまう。特に女性の被害者は精神的、身体的に恢復をみることなく命を閉じていくケースは多い。ハルモニたちの慰安婦被害問題は今も未解決だ。
「核の共有」、「核の配備」、「防衛費GDP比2%へ」、「敵基地攻撃は中枢攻撃も含む」、「今こそ9条を議論して欲しい」等々のとんでもなく危険な発言が改憲派から相次ぎ飛び交っている。ここはまぎれもなく日本だ。声を出さなければ、行動しなければこの国の形はとんでもない方向に歪められ望まない方向へもっていかれてしまう。
沖縄を再び戦場にしてはならない。「戦争反対!」「軍拡反対!」の声を更に、更に大きくしていこう。私たち一人ひとりの生き方が問われている。
地元紙の琉球新報は50年前の5月15日と何も変わらないとして、新聞の一面は復刻版と同じ表題「変わらぬ基地 続く苦悩」として特集を組んでいる。この50年で全国の米軍専用敷地面積に占める沖縄の割合は、「復帰」時の58.7%から70.3%に増えている。本土の米軍基地面積が減る一方、沖縄の基地負担は増えて過重な負担が強いられている。玉城デニー沖縄県知事は式辞で「復帰に当たって政府と共有した『沖縄を平和な島とする』との目標が半世紀たってもなお達成されていない」、「平和で豊かな沖縄の実現に取り組むように」と訴えた。また、「復帰50年」に合わせて、沖縄県は「新たな建議書」を打ち出し、負担が沖縄に偏って存在している問題を「構造的 差別的」とも発言した。元沖縄大学長の新崎盛暉さんは「日米同盟を安定させる仕組みとして対米従属的な日米関係の矛盾を沖縄に集中させる構造的な差別」と発言されている。
50年前に沖縄の人びとの復帰にかけた願いは憲法9条の元へ、基地のない沖縄を実現していくということだった。この希望の実現は置き去りにされたまま半世紀が経ってしまった。
講和条約、返還協定、辺野古新基地建設。全て沖縄抜きで決められてきた。沖縄の人びとの民意は踏みにじられるばかりだった。私たちは、その背景にあるものから目を背けてはいけない。私たちは、“基地のない沖縄の実現”に向かって共に、「辺野古新基地建設断念を!南西諸島を要塞にするな!沖縄の海を守ろう!」などの様々な運動に取り組んでいこう。
戦争の準備をすれば戦争がやって来る。7月10日は参議院選挙の投票日。憲法を大切にして平和のために尽力する候補者を一人でも多く国会に送り出そう。
池上 仁(会員)
3年ぶりの有明防災での集会。2019年の集会は6万5千人もの人々が集い熱気あふれるものだった。コロナ禍は改憲阻止の運動を大きく制約し、この間改憲派はやりたい放題の様相を呈した。再度万余の結集を見たこの集会は力強い反撃の第一歩となるだろう。
オープニングは川口真由美さんのパンチの効いたライブ演奏。
ピースボートの松村真澄さんと総がかり行動青年PTの高木陽介さんの司会で集会が始まる。
藤本泰成さん(集会実行委員会)が主催者挨拶…憲法施行75年目の今日、コロナ禍で2年間規模を縮小して行ってきた憲法集会が、久しぶりに明るい日差しの下で多くの方々の参加で開催することができた。2月24日に始まったロシアのウクライナに対する軍事侵攻は終息する気配さえ見えない。これ以上市民の犠牲者を出さぬようロシアに対し直ちに停戦に応じるよう心から求める。ロシアは侵攻の根拠を同盟国の危機に対する国連憲章51条集団的自衛権の行使であると主張しているが認められるものではない。2014年のクリミヤ危機に際しドイツ、フランス、ウクライナそしてロシア自ら結んだミンスク合意でドンバス地方はウクライナ領であることが確認されている。ロシアの行動が武力による威嚇又は武力行使を禁じた国連憲章2条4項に違反していることは明らかだ。ウクライナに対し米国とNATO加盟諸国が軍事支援を行っている。ウクライナ頑張れ!の声も聞こえる。しかしそのことで闘いが長期化し市民の犠牲が増大する。世界が一致して停戦と休戦への移行、日常の再構築と平和の実現を急がなくてはならない。
1928年、第一次世界大戦の反省からパリ不戦条約が成立したが戦争を防げるものではなかった。1939年、ナチスドイツは「自国民のいのちを守る」を口実にポーランドに攻め入った。パリ不戦条約は結局自衛権行使を否定するものではなかった。日本もまた自存自衛を主張して太平洋戦争に突入した。9条についての質問に対し時の首相吉田茂は「第9条1項は直接には自衛権を否定しておりませんが、第9条2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争もまた交戦権も放棄したものであります。近年の戦争は多く自衛権の名の下に闘われたのであります。満州事変然り、大東亜戦争また然り。」と述べている。憲法9条が自衛権をも否定する解釈で成立したことを絶対に忘れてはならない。国際法学者の藤原帰一さんは敵基地攻撃は憲法が認めた自衛隊の行動を変えるもの、攻撃対象の拡大は抑止の拡大ではない。核共有は愚かな選択だ、攻撃される危険を増やすだけ。憲法の掲げる平和主義、国際主義が基本であり必要なのは外交努力だ、と指摘している。今日は軍政下の弾圧と闘うミャンマーの人々がブースを構えているので是非立ち寄ってほしい。状況は違うといえども、銃口を向けられ自由を失い命の危険にさらされる人々が今この時間に存在することを考えよう。そして今日本では、コロナ禍で職場を失い収入を絶たれ明日のいのちを保障されない人々がいることを。自民党安全保障調査会の提言が出された。唖然とする内容だ。戦前の軍国主義、軍事大国を招来することは明らかだ。提言に頻出する地方自治体、民間企業という言葉は沖縄戦での軍・官・民共生共死という言葉を彷彿とさせる。人々のいのちを粗末にする人々に明日を委ねるわけにはいかない。
次に「ウクライナ特別決議」(別掲)が菱山南帆子さん(集会実行委員会)から提案され、満場の拍手で採択された。
憲法審査会に携わっている。2019年に当時の憲法調査会の海外調査でウクライナを訪問しゼレンスキー大統領とも面会した。多くの議員や市民の皆さんとも交流した。彼らはもうすぐEUに入るんだ、明るい未来を築くんだと眼を輝かせていた。その姿を忘れられない。ウクライナの民主主義を踏みにじったロシアは断じて許せない。人道支援を行い連帯しながらロシアの即時撤退を求めていく。しかしロシアより許せないのは今の与党、ウクライナ戦争のドサクサ紛れに改憲に突き進もうとしている。今、憲法審査会は改憲勢力のPRの場になっている。ウクライナをだしにして緊急事態条項が必要だ、人権の制約が必要だと言っている。思想信条の自由、内心の自由、人権は決して踏みにじることができない。憲法の改正限界を超えている。大日本帝国憲法と見まがうような政令で何でもできてしまう改憲案を叫んでいる。基本的人権の重要性、9条守るという原則で真っ向から議論していく。これまで憲法を変えなかったのは、変える必要がなかったからだ。参院選は改憲勢力3分の2を阻止するために野党共闘で闘う。
ロシアのウクライナ侵略で多くのいのちが損なわれていることに怒り憤り、いても立ってもいられない方が多数だろう。バイデン大統領は民主主義対専制主義の闘いと言っているが、今大事なのはあれこれの価値観で世界を二分するのでなく、ロシアは侵略を止めろ!国連憲章を守れ!この1点で全世界が団結することだ。危機に乗じて日本を守るためには力が必要だ、と言って敵基地攻撃だ、核共有だ、9条捨てろという大合唱が起きている。今、日本が直面する危険は、日本が攻撃されていないのにアメリカが軍事行動を始めれば安保法制の集団的自衛権が発動し、自衛隊が米軍と一緒に敵基地を攻撃し日本に戦火が及ぶことだ。軍事費倍増と言うが財源をどうするのか?消費税の大増税と社会保障費の大幅削減になるのは火を見るより明らかだ。こんな途は止めなくてはならない。戦争を起こさないために9条を活かした外交に知恵と力を尽くすことこそが政治の役割だ。注目すべきはアセアンが追求している東アジアサミットだ。ゆくゆくは東アジア規模の友好協力条約を展望する壮大な構想を示している、素晴らしいことだ。市民と野党の共闘を発展させていこう!
ウクライナ戦争に対し1日でも早く戦争が終わるように力を合わせていこう。ウクライナの事態は、軍備増強によって緊張を煽って戦争をするなということを教えている。今こそ世界で日本で憲法9条が輝く時だ。政治の最大の役割のひとつは戦争をしないために外交を含め頑張ること。政府与党は2015年安保法制によって集団的自衛権を一部認め、今や敵基地攻撃能力や、核共有論を言い出した。武器輸出をするようになり武器の見本市が行われている。国会で審議中の経済安保法案は経済の中国包囲網であり、民間のシンクタンクに軍事研究をさせるというものだ。憲法9条に違反止めよう。安保関連戦争法は廃止しかない。軍事費を10兆円にだって!すべての大学で授業料・入学金をなくすには3兆円もかからない。小中学校の給食費無償化は4,226億円あればできる。私たちの税金はいきることへの支援、生活への支援に使われるべきだ。憲法25条を政府は守っていない。憲法尊重義務を果たさない政府与党に憲法改正を語る資格はない。参院選では3分の1以上の憲法擁護勢力を!
司会者から令和新撰組くしぶち万里衆院議員の秘書の方が参加していると紹介があった。
プラカードアピールが行われる。コールと共に「♯憲法改悪に反対します」「守ろう、平和、いのち、くらし」のプラカードが一斉に掲げられた。
市民からのスピーチでは、大江京子さん、小川たまかさん、高嶋伸欣さん、竹信三恵子さんからそれぞれ力の籠ったお話があった(別掲)。
今日の朝日新聞世論調査報道では優先すべき政治課題について教育、福祉、子育て、景気が圧倒的であわせて68%、憲法と答えたのはわずか2%。市民連合は、今憲法をいじっている場合ではないでしょ、と言ってきた。憲法は愛でるものではない、憲法に根差した生活を届けたいということだ。「抑止」とは戦争を未然に防ぐために武力で威嚇しておくということで、戦争になったら闘うという意味ではない。お互い抑止・抑止で軍拡競争になり、ついにぶつかるという最悪の事態――これが安全保障のジレンマだ。抑止は「安心供与」とセットでなくてはならない。私たちは先に攻めるつもりはないですよ、あなた方の死活的に大事なことを踏みにじることはしないというメッセージを発すること。9条を壊せばこれができない。アメリカは超大国で安心供与などほとんど考えず力で威嚇して安全を突きつける。日本は北朝鮮や中国とお隣で引っ越すことはできない。安心供与をやらない政治こそが高くつく。無限の抑止地獄に陥って最終的にはアメリカの盾にされてしまうかもしれない。このことが分からなくて何が現実的な安全保障政策か。9条を守り安心供与をやって初めて安全保障政策が成り立つのだ。まずは参院選が大事。
最後に米山淳子さん(集会実行委員会)が行動提起、集会参加者は15,000名と報告、憲法改悪を許さない全国署名と参院選での奮闘を訴えた。
参加者は幟・旗をひらめかせ「HEIWAの鐘」の合唱に送られて次々にパレードに出発した。
日本国憲法施行75年という節目の年に、憲法9条は、戦後最大の危機を迎えています。自民党安全保障調査会は、憲法記念日を前に、①敵基地攻撃能力の保有を進め攻撃対象に敵国の指揮統制機能等を追加 ②軍事予算(防衛費は)5年以内にGDP2%以上とするなどの提言をまとめ、岸田首相に提出しました。岸田首相は、昨日産経新聞のインタビューに答えて施行から75年が経過して憲法が時代にそぐわなくなっているとして憲法9条の改憲を行うと強い意欲を示しました。今、岸田政権は、専守防衛の基本理念を捨て去り、憲法9条の明文改憲も行って、日本を、名実ともに巨大な軍事力を保持してロシアやアメリカのように普通に「戦争する国」に変えようとしています。
衆議院憲法審査会では、参議院選挙後の改憲発議に向けた地ならしの動きが加速化しています。維新の会や国民民主党などが先頭になって、毎週開催、毎週開催と攻め立てています。立憲主義も憲法尊重義務も眼中にない。とにかく憲法審査会を開いて改憲を語ることに意義があると考えています。
コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻、東北中心の地震に乗じて、緊急事態条項の創設という改憲本体の自由討議になだれ込みました。連休明けには、いよいよ憲法9条の自由討議に入ることを狙っています。危険なのは、長年憲法審査会のルールとなっていた、運営は与野党の合意で進めるという「中山方式」が反故にされかけていることです。立憲野党が理を尽くして反対しても聞く耳を持ちません。多数決で押し切って決めてしまうという暴力的な運営に変わりつつあることです。批判を強めなくてはなりません。
ロシアによるウクライナ侵略戦争を目の当たりにして、日本を守るためには9条を改憲し、敵基地攻撃能力を持つことが必要とする声があります。本当にそうでしょうか。3つだけ申し上げます。
第1に、敵基地攻撃は、全面戦争・核戦争を呼び込みかねず、国民の命を守ることにはならないということです。敵のミサイルが発射される前に、敵のミサイル基地のすべてを攻撃して破壊することなどおよそ不可能です。もし、日本がミサイルを発射すれば 相手国も当然に日本に向けてミサイル反撃を開始します。どちらかに壊滅的な被害を与えない限り戦争が続き、そこで核兵器が使われないという保証もありません。日本国民を敵国から守るどころか人類に対する破滅的な損害をも与えかねないのです。
第2に、軍事力増強や軍事同盟強化では平和と安全は守れないということです。共通の敵を想定する軍事同盟や軍事力による抑止力論は、果てしない軍拡の応酬と相互不信を生むだけであり、緊張関係を亢進し軍事衝突の危険を増すだけです。軍事力増強による「自国の安全と安心」は、近隣諸国にとっては逆に「脅威と不安」となるというジレンマを永遠に解決することはできません。今回のロシアによるウクライナ侵攻の経過を見ても、このことは明らかでしょう。
第3に、安全保障環境が一層厳しさを増しているとの政府のおなじみの説明には、2つの重要な事実が欠けているということです。ひとつは、その脅威は何によって引き起こされたのかという議論、2つ目は、日本がその脅威をなくすためにいかなる外交努力を行うかという議論で、決定的に重要な2つの議論が欠けています。そもそもそれが日本に向けられた脅威なのかを冷静に見ることも必要です。脅威は突然日本を襲うものではありません。脅威には原因があり、武力攻撃の発生を防止するために、あらゆる平和的対策・外交努力を行うことこそがもっとも重要なのです。脅威を煽るだけで、中国とも朝鮮、韓国とも話し会いをしようとしない日本政府に敵基地攻撃を語る資格はありません。
最後に、戦争はいつの世においても「自衛のため」「正義のため」「自国民保護のため」を語って開始されます。戦争をしたがる人は市民に嘘をついて戦争を始めます。常に自分は安全な場所にいて、戦争によりしばしば莫大な利益を得る人たちです。犠牲になるのはいつも市井の名もなき人々であることは歴史の普遍的な事実です。何百万、何千万人という尊い命の犠牲の末に、日本国民は、76年前、もうだまされない、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにする」と決意し、憲法9条を定めたのではなかったか。その決意を簡単に捨てて本当によいのでしょうか。
ロシアのウクライナ侵攻という現実に直面する今だからこそ、私たちは、与えられたものとしてではなく、自ら9条を選びなおす、選び取ることが求められています。本日の集会を、みなさんでその覚悟と決意を固めるきっかけにしようではありませんか。法律家も引き続き頑張ります。ともに考え、行動をしましょう。
こんにちは。私は性暴力や性差別の問題を取材しているライターの小川たまかといいます。ジェンダーというお題でお話をすることになっています。家父長制が大好きな人たちが嫌うジェンダーの話です。
普段文章は書きますが、スピーチはあまり慣れません。どんなふうに喋ったらいいのかなと思って5分間スピーチのコツをネットで検索してみたら、こう書いてありました。
スピーチする相手に対してテーマをわけましょう。相手が女性ならたとえば、「男性は問題解決脳で暮らし、女性は共感脳で生きる」「女性がかける励ましの言葉が、男性を飛躍させる」、そんなテーマがあるでしょう。
……ツラい。
こういうことにいちいち異議を唱えていると、クソフェミだとかクソババアだとか言われるんです。けれど、いちいち言っていかないと、日本の社会の中にある女性へのステレオタイプは変えられないんです。えらい地位にいる男性の方々の耳に、なかなか私たちの声は届かないから言っていくしかないんです。
私の話を1つします。数年前、ある小さなパーティーで、目の前で知らない2人の男性が話していました。私が「何を話してらっしゃるんですか?」と聞いたら、1人の男性が、当時話題になっていた芸能人のニュースのことだよと答えました。へえと思ってしばらくその芸能人について話した後で、男性が言いました。「本当はビジネスの話をしていたんだけど、君はわからないでしょ?」
初対面の男性で、私のことは外見から得る情報しか知らない人です。私がバカそうに見えたのかもしれないけれど、もし私が男性だったらどんなに若くても「ビジネスの話はわからないでしょ?」なんて、舐めたことを言われていないはずです。これが女性差別で、女性蔑視です。相手が男性ならば言えないような失礼な言動を女性だからという理由で言っちゃう。それが女性蔑視。女性差別とか女性蔑視と聞いて、ピンとこない人たちに、わかりやすく説明するのであれば、要は舐めてるってことです。弱い者だと思われて舐められるということです。
外交とか経済の方がジェンダーより大切と言う人がいるけれど、女はまず社会的性差の問題を乗り越えなければ、外交や経済を語る土俵にも上がれない。女だって性差別とかセクハラを含む性暴力の話ばかりしなくていい社会ならどれだけいいかと思います。
憲法14条には「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とありますよね。本当に素晴らしい一文だと思うので守っていかなければならないと思います。一方で、この一文を守るということは、常に戦いでもある。たとえば私が以前、保育園が足らない、待機児童の問題があるという記事を書いたときに、「もう女性差別なんてないんだ」「古臭いことを言うな」という反応がありました。通学電車の中で学生が痴漢に遭う記事を書いたときは、「冤罪の問題を取材しろ」「男性差別をするな」という反応がありました。
「このクソフェミが」「黙ってろ」と言われて、私は性暴力をなくしたいという記事を書いて「クソフェミ」と言われるのなら、クソフェミでいいなと思いました。でもやっぱり、目立つところに出て女性差別を訴えるとひどいことを言われるので、声を上げられない女性はたくさんいます。もの言う女性が叩かれてバカにされて、そのバカにされている女性を見て、ほかの女性たちは黙っておこうと口をつぐむ。この状況こそ、日本の女性差別の実態だと思います。フェミニストの一挙手一投足を監視して、上げてもない足をとって、デマを流し、誹謗中傷をする人たち。その人たちの言動こそをよく観察してください。それが女性差別の実態です。リベラルの中からも排除されそうになるフェミニストの話をちゃんと聞いてください。
女性だけではなく、障害のある人や外国人、性的マイノリティなど、マイノリティの人たちが声を上げたときに潰そうとする力の陰湿さ。それに注目してください。余裕があれば一緒に闘ってください。今ここにいる女性の皆さん、3歩下がらないでください。遠慮しないでください。謙虚にならないでください。前に出て喋りましょう。わたしたちの声を響かせていきましょう。
それが、憲法14条の理念を守ることだと私は考えています。ありがとうございました。
東京と沖縄で教員をし、その両方で社会問題に取り組んできて橋渡しのような役割をしてきたので今日のテーマをいただいたかと思います。沖縄と本土の違いを感じさせられたことがあります。私は93年から家永教科書訴訟を受け継いで文科大臣を被告に裁判をしていました。その私を国立の琉球大学に採用することはないだろうと思いながら、書類だけは大学に送っていました。ところが採用に決まったという通知が来て非常に驚きましたが、単身赴任しました。東京の大学では私の採用がつぶれたのに、沖縄ではどうして採用になったかを聞いたら、琉球大学からは業績で判断したと言われました。当事、人事権は教授会にありました。そうした判断をした教授会にも入って沖縄で12年間、教員の生活をしましたが、沖縄と本土の違いを感じたものでした。
沖縄と本土の違いは何だろうか。ポイントは復帰の意味ではないでしょうか。この5月15日で、復帰50年です。沖縄では復帰が何だったのか盛んに論議されています。1952年の日米講和条約・第3条をアメリカと日本の政府が悪用して、本土が独立を回復した後、沖縄だけを米軍の占領下に見捨ててしまった。その結果、どこの憲法も適用されていない“虫けら状態”と沖縄の人は表現していますが、人間扱いされていない20年間が続いたということです。復帰後に生まれた世代が大半をしめる沖縄です。沖縄の人たちが、「虫けら”ではない!人間なんだ!」と声をあげて日米両国を追いつめ、基地の外の行政権は返さざるを得ない状態に追い込んでいった。
いま沖縄に日本国憲法が適用されているのは、本土がGHQから原案を提起されて手にした日本国憲法とは経過が違います。沖縄は無権利状態のなかで、武力を使わずに声をあげ続けるという民主主義の基本を、繰り返し繰り返し実行して、憲法を沖縄にも適用せざるを得なくしていったのです。復帰を認めざるを得ない状態に、復帰運動をした世代は行動で示した。復帰後に生まれた若い世代は、それが沖縄の憲法だということを確認しています。本土の我々はどれだけ確認していますか。
日米地位協定が、沖縄では憲法より上に位置づけられている状態で、沖縄の方達は苦しめられています。けれどもこの状態は、実は本土にも及んでいます。このすぐ近くの羽田空港に発着する航空機にも及んでいます。横田基地のすぐ横にある米軍の横田空域を避けて、民間機は無理な飛行コースをとっています。沖縄でいえば、嘉手納基地に発着する軍用機のために、那覇空港の民間機は早くから低空飛行をさせられます。那覇空港を飛びたつ飛行機はすぐに上昇できず、本島の北に行ってようやく高度を上げることができます。これはパイロットにとっては大変神経を使います。航空機事故は離発着のときに多発するといわれています。日米地位協定は本土にも当てはまります。例えて謂えば、明治時代の不平等条約と同じ状態になっているといえます。治外法権という言葉も、歴史上の言葉ではなく現在の言葉として日米地位協定のことを皆さんに考えてもらいたいと思います。
こうした状態を改善するにはどうするか。
沖縄の復帰は、沖縄の人たちが声をあげたことで実現したということです。日本国憲法が明治憲法と大きく違う特色として、誰でも、1人でも声をあげられることを補償していることです。憲法をめぐる論議で、そのことを本土ではあまりされていないような気がします。この機会に憲法第3章の「国民の権利及び義務」を見てください。第16条に請願権、という規定があります。自衛隊でも裁判所に対しても請願ができます。私はいくつも裁判をしていて、最近では、法廷に裁判官の名前を出してください、という請願を出しました。名前と住所さえあれば外国人でも小学生でも出せます。
4月から高校で始った「公共」の教科書では、日本の若者の選挙の投票率がなぜ低いのか、というテーマがあげられています。スウエーデンでは、小学校から社会について関心を持つように教育が進められています。大人が子どもたちに正面から対応するような社会になっていて、国政選挙では80%の投票率であり、だから環境問題でグレタさんが登場したのは当然なんだ、ということが高校の教科書に書くようになっています。そして校則の見直しとか大学入試制度への要求など、請願すれば実現する可能性があることを紹介しています。こうした体験を重ね、若者の投票率が上がれば、保守基盤を揺るがすことにもつながり、日米地位協定を変えることにもつながるかもしれません。
9条とともに16条にも注目していただきたいと思います。それが沖縄との連帯のもつながるということではないでしょうか。
皆さん、こんにちは。私は、労働問題にずっと取り組んできたジャーナリストです。それがどうして9条に強い関心を持つようになったのか、または憲法に強い関心を持つようになったのかというと、それには大きな理由があります。皆さんは、9条っていうとなんとなく、人を殺さない、不戦の誓いというふうに思っておられると思います。それは実際その通りだし非常に重要なテーマだと思います。しかし同時に、9条っていうのはもう一つの重要な役割を担って来たんだと思っています。それは、国のお金、国の富を、軍事じゃなくて、私たちの生活に流し込んでいく民生のために使うんだというそういうような構造を作ったことだと思うんですね。
どういうことかと言うと、戦前の日本の社会を振り返って頂きたいと思うんです。日清戦争以降、だいたい日本の社会って10年おきぐらいに戦争してるんですよね、驚くべきことに。それぞれの戦争になる度に、軍事費が国の予算の7割から8割という形で使われていく。そういうすごい社会だったわけです。そういう社会では、働く人のところにも、女性のところにもお金はなかなか回ってきません。社会保障をやるお金がないですから。そうなってくると女は家に帰って、家で無償で家事育児の社会保障をやってくれと、そういう話になるわけですよね。そして働く人も、そこに流し込む福祉とかのお金があるんだったら戦争に使うというふうになりますから、いくら稼いでも稼いでも私たちのところには来なくて、戦争にみんな使われちゃう。
言ってみたら、戦争っていうのは放蕩息子みたいなもので全く役に立たないのに、どんどんどんどんお金を使っていく。そういうようなものに私たちの生活は、第2次世界大戦までは振り回されまくったんですね。その結果何が起きたかっていうと、ものすごく大量な人が死に、または、殺し、そして、悲惨な敗戦という形になっていったという経緯なわけですよね。
ですから9条っていうのはある意味、人を殺さない不戦の誓いであると同時に、戦費にどんどん乱費しない。いくら稼いでも、全然入ってこないっていうそのような予算、国のお金の構造を改めて、きちんと働く私たちのところにお金が来るように、社会保障とかにちゃんと来るようにする。そういうことを構想されていたという風に考えてもいいと思っています。
例えば13条の幸福追求権。そのためには、きちんと生活の保障がなければいけませんし、社会保障とか必要ですよね。
それから14条の男女同権っていうのは、よく言われていますけれども、これは一見、その国のお金に関係ないように見えるかもしれません。けれども社会保障がないと、女の人は外に出られません。家にこもって、お前たちは家事と育児、介護をタダでやっていればいいんだって言われちゃうんです。保育園足りなければ働きにいけません。ですから、それは男女平等の基礎なんですね。
当然、25条の生存権は、もうご存知の通り、それなしでは、生存権は成り立っていかない。
それから27条28条の労働権についても、きちんと労働者が自分たちの権利を使って国のお金、また、企業のお金を、働く人に出せよということを得るための権利なわけですよ。
ですから、頭の中に軍事費っていうものはあると思ってしまう。なんとなく私たちって、軍事費ね、良くないかもしれないけど、まー国を守るためのお金だよねーとかいうふうに思わされちゃうんですね。一方で、こっちの頭では介護や保育のために、もっとお金を出してくださいって言うんですね。それっておかしいですよね。だって、こっちの頭と、こっちの頭はつながっているわけです。軍事費にお金をバンバン使う社会に介護や保育のお金が出せるわけがないんです。ですから介護や保育にお金を出して欲しい、社会保障の金を出して欲しいという人は9条を守れと言わなければならないんです。
財布は一つなんですよ。それがなんとなくトリックで、防衛のお金っていうのと、それから社会保障や働く人のためのお金、女性のためのお金っていうのは、別なものみたいな風に言いくるめられてしまっている。こういうことをまず改めていくことが非常に重要だというふうに思っているわけですね。ですから9条によって放蕩息子を止める、一応は。そして、そのお金を生活のために使わせる、民生に使わせる。これが私たちの戦後レジームだったわけです。
ところが、それが、だんだんだんだん、この辺のとこが怪しくなっていきました。例えば非正規の労働がどんどん増えていって、今は非正規が5人に2人ですよね。そのことについても殆ど生活の安定ができないで、あの詩人の萩原眞一郎さんっていう方はそういう自分の状況を非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだと歌って、32歳で自死されました。このような非正規の人が今5人に2人もいるわけですよ。
一方で同時に、働く人の権利を守るための労働三権。これ本当はストライキしなきゃ賃金なんか上がるわけはない。ストライキしないと働く人への社会保障だって実はちゃんと守れないわけです。最近、関西の生コンクリート業界では、ミキサー車の運転士さんたちがストライキをやった。それをきっかけに80人以上もバカバカバカって捕まえられちゃった。しかも70人くらい起訴しているわけですよ。あまりにも杜撰な証拠によって一部無罪になっていますが、全く報道されていません。こういうような状況が続けば、労働三権なんてもう有名無実ですよね。その時にはストライキを威力業務妨害って言ってるんです。それから団体交渉を強要とか、そういった刑事用語に置き換えて起訴しているわけです。
これってどっかで見たことありませんか。それは9条のなし崩し改憲ですよ。
憲法28条の労働三権のなし崩し改憲みたいなことが、もうずっとこの間されてきている。そのようにして多くの非正規の人たちは、声が出せなくなっていく状況が起きてきているわけです。
そういう状況を見ていくと、9条が無くなったらもっと大変になってくるわけです。だって、もうすでに、1%までねと言っていた防衛費、まあ、軍事費ですね、それがなんと今は平気で軽々と「2%超えてもいいですよね」みたいなことを言い始めている。借金だらけのこの国で社会保障もできなくて、生活保護がちゃんと支給されないために、おにぎりが食べたいと言って死んでいった人たちがいるのに、そこにお金を出さないで、まだそんな2%とか言っている。そのことを私たちが結び付けられないことが問題なんです。一連の問題なんですよ、これって。というようなことを皆さんに何とか共有して頂こうと思って、私は今日この場に、やってきたわけです。
9条が防ごうとしてきたのは、戦争による死者だけではないんです。
公費によって、いろんなセーフティーネットを人々に保証すること。そこに国の富を注がないことで、生活保護を受けられずに餓死していった人とか、あまりにも少ない配置基準で、保育士さんの目が届かなくて事故死してしまったような保育園児たちとか、そういうたくさんの死者たち。それからコロナ禍で仕事を失って子どもを養えないシングルマザーの方たち。こういう人達は お米の支援を受けてなんて言ったかっていうと、「これでやっと2食が3食になりました」とか、「これでやっと雑炊から普通のご飯食べられるようになりました」と言っています。
こういう状況を放置して、どうして2%何ですか。
9条が無くなったら、もうこの状態は坂道を転がり落ちるように加速していくんですよね。そういうリアリティを持って9条が無くなるということを受け止めて頂きたい。
よく「こんなに大変なのに9条だの改憲とか憲法とか言ってられないよね」っていう声を聞きますが、逆です。明日の生活のことを考えるから、改憲してはいけない。9条を無くしてはいけないんです。いかがでしょうか。なんとか私たちの明日を考える、今日を考える。そのために、次の参院選で絶対に9条を変えさせないという、そういった意思を共有していこうではありませんか。
皆さん、こんにちは。すごい大勢の方が集まっていますねー。今朝、憲法記念日ということで、新聞各社で世論調査が色々出ていましたね。皆さんも、なんか改憲派がずいぶん増えちゃったなあとか。これだけずっと戦争のことばっかりテレビでやっていれば、これぐらい増えちゃうのしょうがないのかなと思うか、あるいは、その割には、この程度で済んだのかというような面もあったかもしれません。
私は、朝日新聞の世論調査のところを、それなりに一生懸命読んでいて、途中でちょっとずっこけそうになったんですね。何かといったら、いろいろ質問している中で、あなたにとって一番優先すべき政治課題は何ですか?という問いがあります。これは7つぐらいだったかの選択肢がある中で選んでもらうというもので、なんと憲法は2%なんですよ。護憲であっても、改憲であっても、憲法が最も優先すべき政治課題だという人は2%しかいない。つまり改憲派が増えた、どうこうと言っても、政治家たちが改憲をやるぞやるぞと言って、マスコミが一緒になってどんどん太鼓を叩いているから、やるんだったらやるのかみたいな感じになっているだけで、これを真っ先にやってくれって言う人は2%しかいないわけですね。
今の竹信さんから非常に重要な話があったと思うんです。他の選択肢の中で、竹信さんがおっしゃっていたように、防衛費にお金回すんだったら、こっちじゃないのっていう課題ですね。例えば景気のことだったりとか、福祉だったり、教育、子育て、そういったものは合わせると68%なんですよ。
だから、とにかく参議院選をやって、憲法をその後でやれ、みたいな感じの人っていうのは、全体で言うと2%ぐらいしか本当はいないわけです。やるって言うんだったら支持するよっていう人はもっともっといるでしょうけれども、決して多くの人が望んでいるところではないということだと思うんです。これは、もちろん前と比べても増えていないわけですね。
われわれ市民連合も、ずっと「暮らしと命を守る政治を」ということを訴えてきました。その1番メインのところは、「憲法をいじっている場合じゃないでしょ」ということだったんですね。この事の訴えというのは残念ながら届いていない、まだ十分届いていない。その点について、工夫しなくてはいけない。ただ間違ったことを言っているとはとても思えないんです。
自民党だとか維新だとかが前のめりになって、とにかくこれが天下国家の一大事だというふうに騒いでいることに対して、いや足元の暮らしや命をちゃんと守るところをやってくれという人たちの方が、はるかに多いということを、私たちはもう1回確認しておくべきだと思います。憲法を守れということを言っている時に、何を言おうとしているのかということまで言わないといけない。これは野党共闘も同じで、野党共闘が憲法を守れと言うのも、そのこと自体が何か、を言わないといけない。まあ改憲派は完全にもう改憲だけが、自己目的化しているじゃないですか。私たちは別に憲法を愛でて美しもうっていうのじゃなくて、憲法に根ざした、憲法を生かした暮らしを、みんなに届けていこうっていうこと思っているわけですよね。このことはやっぱり強く訴えていかなければいけないと思うんです。
最後にもう一点だけ言わせてください。この世論調査の中で15%の人が外交安全保障をあげていました。やっぱり心配なんだと思うんですね。それは私もよくわかるんです。ただ、このことと9条は矛盾するのかといったら、これは大きな誤解だと思うんです。
何かというと、日本では今、専門家と言われる人たちも含めて、とにかく政府が旗を振って、いわゆる抑止、これ一辺倒になっていますね。この抑止という言葉、英語のディターレンス(Deterrence)という言葉が元ですけれども、何やら日本に輸入されてきている文脈の中では、単に武力のことを指しているというふうに誤解されています。この抑止という言葉は安全保障の議論において、戦争を未然に防ぐために武力でもって威嚇しておくっていう意味です。うちに攻めてきたら、こうやりかえすから攻めないほうがいいよっていうのがディターレンスの意味であって、戦争になった時に戦うという話ではないんです。
ですから、私も一定程度の抑止が必要であるというふうに思っています。ただ抑止一辺倒でやると、お互いが抑止と言いながら軍拡競争になって一番危なくなったところで、ぶつかるっていう最悪の事態になる。これ、安全保障のジレンマというふうに言われています。
じゃ、何が必要か。これに対して必要な言葉がほとんど言われない。安心供与という言葉です。英語でリアシュアランスという風に言うんですけれども、安心供与というのが、この抑止というのとセットってなっていなければ抑止が効かないんです。つまり、私たちは先に攻めるつもりはないですよ。あなたたちにとって死活的に大事な事柄については尊重して、そこを踏みにじることはしないですよ。あくまでも攻められたら困るから、こういうことをしているだけなんだよっていうメッセージを発しないと、無限なエスカレートをしていくということになるわけです。
この安心供与ということから見ると、9条を壊してしまう、上書きしてしまう、3項を加えて自衛権という名のもとに、フルスペックの集団的自衛権までやれるぞというふうになると、要は9条がないと同じことになりますから、安心供与のたがが完全に吹っ飛ぶわけです。それによって抑止に頼るしかない政治になっていく。アメリカは超大国ですから、安心供与っていうのはほとんど考えないわけですね。とにかく力で威嚇してそれで安全が築ける。実際、アメリカの本土で戦争になる可能性はほとんどないですから。ところが日本の場合、北朝鮮にしたって、中国にしたって、すぐお隣で、引っ越すことなんてないわけですね。
だとしたら安心供与をやらない政治こそが高くつく。無限の抑止地獄になっていって、最終的には、アメリカの盾にされてしまうかもしれない。これがわからないで何が現実主義的な安全保障政策なのか。9条を守って、安心供与をちゃんとやって、初めて安全保障政策として成立するということも、ちゃんと合わせて伝えていきたいというふうに思います。まずは参議院選挙からです。どうぞよろしくお願いします。
ロシアがウクライナに侵攻してから間もなく2カ月半になる。
ウクライナでは500万におよぶひとびとが難民となって国をのがれ、それに倍する人びとが国内で戦火に追われて住む家を失って難民となり、数えきれない人々が殺され傷ついている。学校や病院、民間アパート、鉄道駅など非軍事の施設まで爆撃され、無差別に砲撃されている。原子力発電所も制圧された。ウクライナの肥沃で広大な畑や野原や林も焼け野原になった。これらはすべて「戦争」のなせる業だ。
いま人々の「戦争やめろ」の声が、ウクライナから、プーチンのロシアから、東西ヨーロッパから、アジアから、アフリカから、中南米から、全世界から地鳴りのように聞こえてくる。「戦争反対」「侵略やめろ」「直ちに停戦!」の声が世界各地から上がっている。
爆弾と砲撃の轟音(ごうおん)の中で、日に日に高まるこの声こそが希望だ。平和を願う全世界の人々の切実な声こそが希望だ。この声は非道な戦争を進めるものの手をやがて縛りあげ、戦争を止めるだろう。
この度のロシアのウクライナ侵攻は2度にわたる世界大戦を経て人類が獲得した国連憲章の「国際紛争を平和的に解決する原則」に反し、「武力による威嚇または武力の行使を禁止する国連憲章第1章2条4項に明白に反するものだ。
いかなる理由があれ、ロシアの今回の蛮行は許されない。ロシアはただちに軍事行動を停止し、撤退しなければならない。
しかし、わたしたちはこの侵略戦争のさなかに、日本で惨事に便乗するがごとく、まことしやかに語られている暴論の数々を見逃すことはできない。「憲法9条は役に立たない」「日本も非核3原則を放棄して米国と核兵器を共有すべきだ」「軍事費を倍加しよう」「台湾有事に備えよう」「敵基地攻撃能力をもとう」「基地だけではなく敵の中枢も攻撃しよう」などなどの言説だ。
憲法9条にもとづいた外交努力で近隣諸国との友好共存関係の積み上げを怠り、列強との軍事同盟や軍事協力を強化し、軍事力を強化して緊張を煽り立て、いたずらに他国を誹謗し、戦争の危機をあおり立てるこの道は、日本を際限のない軍拡競争にひきずりこみ、やがて壊滅的な戦争の勃発を招きかねないものだ。この道は日本がかつて歩んだ道だ。これこそがいまウクライナで起きている事態の教訓ではないか。
本日、日本国憲法施行75周年にあたる5月3日、東京都防災公園に集まった私たち市民は、集会の総意において、平和を希求する全世界の民衆に連帯し、なかんずくウクライナとロシアの民衆に連帯して、ロシアの侵略戦争を直ちにやめよ、人を殺すな・即時停戦実現の声をあげる。そしてこれに便乗した日本政府の一切の軍拡策動に反対し、憲法9条を掲げ世界の市民とともに平和をつくり出す闘いに全力を挙げてとりくむことを、宣言する。
2022年5月3日
改憲発議許さない!守ろう 平和といのちとくらし 2022年憲法大集会