私と憲法216号(2019年4月25日号)


反基地闘争がたたかうべき相手を見誤らないために「沖縄の米軍基地を『本土』で引き取る提案」について

奇妙な議論の登場

沖縄県の民意にそむいて辺野古への米軍新基地建設が日米政府によって強権的にすすめられている。2月24日に行われた「アメリカ軍普天間飛行場の名護市辺野古沖への移設を問う県民投票」は、投票率は52%。反対が有効投票の72.2%に達した。にもかかわらず岩屋毅防衛相は2月26日の記者会見で、「沖縄には沖縄の民主主義があり、しかし国には国の民主主義がある。それぞれに、民意に対して責任を負っている」などと暴論を吐き、辺野古新基地建設をひきつづき強行する意思を表明した。

しかし、政府のこうしたかたくなな態度とは異なり、沖縄の基地問題を自らの問題として考えようとする流れも全国で着実に増大している。
全国47の都道府県知事で組織されている「全国知事会」は2018年8月14日、日米地位協定の抜本的な見直しを日米両政府に提言した。この「提言」は翁長雄志沖縄県知事(当時)の「基地問題は一都道府県の問題ではない」との訴えを受け、2年近くかけて全会一致で採択したものだ。

提言は、航空法や環境法令など国内法の適用や、事件・事故時の基地への立ち入りなどを日米地位協定に明記するよう要請し、米軍の訓練ルート・時期に関する情報を事前提供すること、基地の使用状況などを点検して縮小・返還を促すことなども求めている。

また米軍基地を抱える全国15都道府県でつくる「渉外知事会」は、沖縄県での米兵による少女暴行事件が起きた1995年以降、日米地位協定改定を求め続けている。にもかかわらず日米両政府は補足協定などで運用を見直しはいうものの、地位協定は1960年の締結以来、一度も改定されていない。

また岩手県議会では2018年12月13日の本会議で「米軍基地負担の軽減と日米地位協定の見直しを求める意見書」が賛成多数で可決された。意見書では岩手県でも「日米合同委員会の合意に沿わない米軍機の低空飛行訓練が実施され、県民に大きな負担を与えている」と指摘している。

私たちはこの半年余り、「辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会」が呼びかけた「本土からの辺野古埋め立て用の土砂搬出計画を止めよう」の請願署名運動に取り組んでいるが、テレビなどの映像や写真であの緑の海に土砂が投入される報道がされたころから、際立って署名する街の人びとが多くなってきたことを感じている。私たちの署名活動は音楽や映像、踊り、紙芝居など実に多彩に工夫されて取り組まれているのだが、仲間たちは街ゆく人々の反応から「なにか世論の潮目が変わってきたようだ」と確かな手ごたえを感じている。実際、朝日新聞社が2018年12月15、16日に実施した全国世論調査で、政府が辺野古沿岸部に土砂の投入を進めることには60%が「反対」し、「賛成」は26%にとどまった。政府と沖縄県の対話については、76%が「十分ではない」と答えた。毎日など他紙の調査も同様の傾向だ。

5月25日には「基地の県内移設に反対する県民会議」「止めよう辺野古埋め立て国会包囲実行委員会」「戦争させない・9条壊すな!総がかり実行委員会」の3団体の呼びかけで、「示そう辺野古NO!の民意を 全国総行動」が呼びかけられ、東京ではこの数年、何度目かの万単位の国会包囲行動が開催されている。

こういったなかで、このところ反基地運動の一部に奇妙な議論が出てきた。「沖縄の米軍基地を『本土』で引き取る提案」だ。私はこの議論は運動の方向を誤らせ、いたずらに沖縄県民と本土の市民の対立に導くものではないかと考えたが、市民運動仲間同士の意見の違いなので、取り立てて反論するのは自戒してきた。しかし、このところ単行本がだされたり、一部雑誌でとりあげられたりしており、改めて意見を述べておく必要があると考えるにいたった。共通の目的をめざす仲間からの率直な意見として受け止めていただければ幸いだ。

安倍政権による辺野古新基地建設攻撃を許さない

1995年9月4日、3人の沖縄米兵による少女暴行事件が起きた。
しかし、日米安保条約と日米地位協定の取り決めによって、実行犯である3人の米兵の身柄は引き渡されなかった。これに対し、沖縄県民の間に鬱積していた反基地感情、反米感情がたかまり、地位協定の見直し、米軍基地の縮小・撤廃要求の運動に発展し、日米安保体制を大きく揺るがした。沖縄県議会では超党派で実行委員会が組織され、10月21日には宜野湾市で「米軍人による暴行事件を糾弾し、地位協定の見直しを要求する沖縄県民総決起大会」が8万5000人の人びとの参加で開かれた。同日、沖縄本島以外の宮古、八重山でも3000人規模の集会が開かれた。

翌年4月、世論に押された日米両国政府(橋本竜太郎首相とモンデール駐日大使)は世界一危険な飛行場と呼ばれる「普天間基地の全面返還」を発表した。しかし、その後、普天間基地返還の約束は米軍の新しい辺野古基地建設にすり替えられていった。

そもそも普天間基地は建設当時、銃剣とブルドーザーで住民を収容所に押し込めている間に建設されたもので、「ハーグ陸戦条約」違反であり、無条件で住民に返還されるべきものだ。しかし日米合意後も普天間基地の危険性は除去されるどころか増大しており、普天間基地は代替基地建設や移設などの条件なしに、直ちに住民に返還されるべきもので、即時閉鎖・全面返還の要求は当然のことだ。

国家権力による現地で闘う市民への暴力的弾圧、土砂投入など破壊の進行

「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」は2014年から15年の戦争法(安保法制)反対運動の中で生まれた共同行動組織だ。、2015年9月19日の戦争法の強行成立への怒りは私たちの運動を終息させることなく、ひきつづき安倍首相らが企てる戦争する国づくりに反対し、改憲に反対する運動として継承され、以来、全国各地に広がった。

この過程で私たちは辺野古新基地建設に反対する沖縄の人々の持続的で不屈の非暴力の運動に励まされ、学ばされ、本土のそれぞれの場で闘って、それに連帯する運動を作り出そうとしてきた。沖縄の闘いを孤立させてはならない、沖縄の苦闘は本土の私たちのたたかいの弱さの故ではないかと、繰り返し自らに問いかけながら、運動を進めてきた。

あの美しい辺野古の海に、沖縄県民が幾度も幾度も表明してきた新基地反対の民意を押しつぶして、国家権力、機動隊とガードマンを動員して土砂を投入する安倍政権の強権政治は、この国のいたるところに蔓延する政治手法と同一のものだ。朝鮮半島に訪れようとしている平和と共生のながれに逆行するかのような沖縄など南西諸島における軍事体制の強化、新防衛大綱が示している日米軍事同盟の強化と軍事力の肥大化、森友・加計疑惑にみられる国家の私物化、原発の再稼働への飽くなき執念、官僚の官邸に対する忖度、不正と腐敗、統計を偽装してまで格差と貧困に苦しむ多数の人々の存在を覆い隠す政治などなど、安倍1強政治のもとで横行する独裁的政治だ。

辺野古に新しい軍事基地を建設して沖縄の平和と自然を破壊し、憲法を改悪して平和と民主主義と人権を求める声を押しつぶそうとする安倍政権の強権政治に反撃しなくてはならない。日米安保体制、日米軍事同盟の強化とそれを推進する安倍政権を倒すことによって辺野古新基地建設は必ず阻止しなくてはならない。

「沖縄の米軍基地を『本土』で引き取る提案」の主張について

今回取り上げる「基地引き取り」論は、しばらく前から高橋哲哉さん(東京大学教授)らが主張しているものだ。最近では「沖縄の米軍基地を『本土』で引き取る」(コモンズ)の出版があり、高橋さんや、知念ウシさん(ライター)、木村草太さん(首都大学東京教授)、津田大介さん(ジャーナリスト)らが書いているし、雑誌「通販生活」2019夏号は「普天間米軍基地を沖縄県から『本土』へ引き取るための4つの案」という特集を掲載、「引き取り論を本土で広める」という高橋さんのほか、池澤夏樹さん(作家)「馬毛島移転」論、中村友哉さん(月刊「日本」副編集長)「佐賀空港移転」論、通販生活(編集部)「基地負担が少ない22府県のくじ引き」論などが掲載されている。

高橋哲哉さんは「なぜ『県外移設』―基地引き取りなのか」(季刊「現代の理論」2017.2)という論文で以下のようにいう。

「(世論調査では安保支持派は今や9割に達する。在日米軍基地は『護憲派』も含めた『本土』の圧倒的多数の国民の支持によって存在している)。もしも『本土』の国民が日米安保体制の維持を望むなら、その政治的選択に伴う負担とリスクは『本土』で負うのは当然ではないか」「普天間飛行場をはじめとして沖縄の米軍基地を『本土』で引き取る。そして沖縄と『本土』の異常な不平等を解消し、沖縄への差別や植民地支配と言われる基地政策をやめなければならない。『本土』の国民(私もその一人である)は、沖縄からの『県外移設要求』に真剣に向き合わない限り、米軍基地問題についても日米安保体制についても、自らの問題として引き受けることができないだろう」と。

そして「革新勢力が何十年と『安保反対』を唱えてきても、安保を支持は減るどころか漸増を続け、今や9割に達しようとしている。……『沖縄に要らない基地は日本のどこにもいらない』というスローガンは、『県外移設』を求める沖縄の側から見れば、『本土』の側の『県外移設』拒否宣言に聞こえる。……日本の反戦平和運動は、『安保破棄』をめざすなら、『県外移設』を受け入れたうえで、『本土』で自分たちの責任でそれを追求するのが筋である」と。

沖縄基地問題を考える基本的立場

この「基地引き取り論」は基本的なところで問題を混乱させ、闘いの方向をあいまいにしている。
まず沖縄の米軍基地問題の根本的な原因はなにかを明らかにしなくてはならない。そのうえで米軍基地をめぐるたたかいの相手はだれか、味方はだれかを明確にし、基地撤去の闘いの方向を明確にし、その実現のための広範な人々の共同を組織する必要がある。

結論からいえば、根本的な原因は日米安保体制と日米両政府の悪政にある、これは絶対に免罪できない。

日米両政府は辺野古の新基地建設は普天間基地の「移設」だとごまかしている。この小論の冒頭でもふれたように、普天間基地はその歴史的経過から見て、またその危険性から見て「即時撤去」すべき不当・不法な基地であり、その解決は「移設先探し」ではない。とどのつまり「引き取り」論は「移設」論であり、普天間基地の即時撤去に応じないばかりか、辺野古新基地建設をすすめる日米両政府を免罪するものと言われてもしかたがない。

 今日、沖縄の異常な基地の存在を正当化する日米両政府の根拠は、日米安保条約と日米地位協定、沖縄返還協定にある。歴史的に見れば明治初年の第1次琉球処分から、戦後の第2次琉球処分、沖縄返還協定による第3次琉球処分など本土政府による沖縄にたいする差別政策がもたらしたものだ。

 沖縄に普天間をはじめ異常な数の米軍基地を押し付けているのは日米両政府であり、日米安保条約と地位協定はそれを正当化する条約だ。だからその責任は第1議的に日米両国政府にある。根本問題は沖縄対ヤマト(政府権力+民衆)にあるのではない。先の沖縄の県知事選では玉城陣営はこのたたかいは「沖縄県民対安倍官邸」のたたかいだと規定してたたかったが、全くそのとおりだ。この根本問題の解決は地位協定の抜本的改定、ひいては日米安保条約の破棄、日米安保体制の打破以外にない。

冒頭で見たように、いま、日米地位協定の改定の要求の声が広がっている。駐留米軍に対する国内法の適用、基地の管理権、立ち入り件、訓練の規制、事故などに対する捜査権など、広範な問題で日本は英国、ドイツ、イタリア、ベルギーなどと比べても極めて不当な制限があり、日米地位協定の不平等性は多くの人々の共通認識になっている。たとえ安保体制を肯定する人でも、地位協定の不当性は厳しく指摘する人は多く存在し、日米地位協定の抜本的改定の要求は世論の多数派になりつつある。この要求を拒否する日本政府の責任は重大だ。

歴史的にみれば日本の明治政府は琉球王国を1872年に併合し、1979年に武力によって版図に併呑した。第1次琉球処分だ。そしてアジア太平洋戦争では沖縄戦で本土防衛の「捨て石」とされ、多大な犠牲を強いられた。戦後は天皇裕仁の「沖縄メッセージ」などの動きの中で、1952年にはサンフランシスコ講和条約発効で本土から切り離された。第2次琉球処分だ。以後、米軍統治を経て1972年、沖縄の意思に反して広大な米軍基地を残したまま本土復帰が行われた。第3次琉球処分だ。

歴代日本政府はこれらの琉球処分にみられるように沖縄を差別し、分断し、戦争のための基地を押し付けてきた。その結果、全土面積の0.6%しかない沖縄県に70%の米軍基地が集中しているという異常な状態がつくられた。この歴史を本土側にいる私たちは自覚しなければならない。

しかし、この問題は沖縄対ヤマト(国家権力と民衆を含む)ではなく、沖縄対日本政府であり、日米両政府だ。この問題の解決は、琉球処分の歴史を清算すること、その差別政策を継承・強化する日本政府を倒すこと、それによって日米安保体制を打ち破ることでしかありえない。

安保条約必要論、安保体制を容認する世論が多数を占めているなら、本土が基地を引き取るべきというのは、市民運動に対する絶望論で、ショックドクトリン的手法のアイロニーにすぎないものであり、上から目線の説教だ。かつて福島の原発事故をめぐって、「東京湾に原発を!」という議論があった。東京都民が原発の電気を必要とするなら、福島の原発を東京湾に移転しろという。しかし、それでは根本的な解決にはならない。「東京湾に原発を!」は民衆を覚醒させたいという動機から来る皮肉にはなっても、運動のスローガン、方向性を示すものではありえない。福島の原発の問題は日本政府と東電にエネルギー政策の転換と原発廃炉を迫るしかないのは明らかだ。

「基地引き取り」は全土基地分散・拡大

1995年の事件で高揚した沖縄の反基地・米軍基地撤去の世論を背景に、米軍の軍事演習の本土移転が行われた。演習は北海道の矢臼別、宮城県の王城寺原、山梨県北富士、静岡県東富士、大分県の日出生台で行われるようになった。これらの地元では農民など住民による軍事演習反対の運動が粘り強く闘われている。結局、米軍演習を本土に拡大・分散しただけで、沖縄の基地被害は変わらない。

日米政府が「引き取り論」者の提案を受け入れ、本土に移転する代わりに沖縄の基地を撤去すると考えるのはあまりにナイーブすぎないか。安保を前提にする基地の本土引き取り運動は、全土基地方式をとる日米安保体制の下で沖縄の基地の維持と米軍基地の全土拡大分散という結果をまねきかねない。日米両政府が普天間基地を撤去せず、移設と称して辺野古に新しい最新式の軍事基地を作ろうとしている現状から学ばなくてはならない。

安保反対・基地撤去の運動は、(実現不可能な運動だから)結局沖縄に基地を押し付けることになるという批判は、安保と地位協定を積極的に容認する日本政府との闘いを回避し、つまりは免罪することになる。

基地引き取り論の人びとは、安保賛成が多数の現状で、安保反対基地撤去論は沖縄の現状固定化を容認するものだと批判する。しかし、あきらめと敗北主義からは積極的な前向きの結論は出てこない。どんなに困難でも、米軍基地への怒りを安保体制と米国政府、日本政府にむけて、世論を変え、政治を変える闘いを進めなくてはならない。この小論の冒頭で示した世論の変化に確信を持ち、本土の安保容認論の一般の人びとに対しては敵対するのではなく、ねばり強く説得する運動を継続しなくてはならない。

沖縄で基地反対をたたかう人々の多くも「危険な基地を本土に移設せよ」とは言わない。必要なことは闘う沖縄の人びとに連帯し、日本政府とたたかうことだ。例えば岩手県議会決議にならって地方自治体決議を促進したり、それぞれが街中に立って、沖縄の基地の現状を訴え、世論を変える闘いに力を尽くすことだと思う。
(事務局 高田健)

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天皇代替わりに際して

池上仁(会員)

「久化」「英弘」「広至」「万和」「万保」、報道された新元号候補を見て無性に気恥ずかしくなった。私学か塾、それともマルチ商法のネーミング?決まった「令和」は「国書から」採ったと喧伝されたが、何のことはない中国の張衡という人の歌「帰田賦」を踏まえていることがすでに注釈書に明記されていた。田中康夫のYouTubeで品田悦一東大教授の文章を教えてもらった。それによれば典拠となった「万葉集」巻5「梅花歌32首」に付した大伴旅人の漢文の序には、長屋王の謀殺事件を背景として「テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵愾心が潜められている」のだという。安倍総理ら政府関係者「よりによってこんなテキストを新年号の典拠に選んでしまった自分たちはいとも迂闊(うかつ)であって、人の上に立つ資格などないということです。(「迂闊」が読めないと困るのでルビを振りました)」と一刀両断、それにしてもなかなかの皮肉屋ぶりだ。

「万葉集」や斎藤茂吉の研究者である品田は別の所で「万葉集を『天皇から庶民まで』の作が結集された全国民的歌集であるかのように想像すること自体が国民国家のイデオロギーであることを、知ってほしい」とも言っている。早速品田の論考に就いて私自身持ち来った「万葉集」観を見直さなくてはならない。

天皇の「おことば」の受け止め方

今回の改元騒ぎの発端は2016年8月8日テレビを通じて発せられた天皇の「おことば」だ。私はそのテレビを見ていないし、関心もなかった。むしろその後の様々な言説で改めて注目したというのが実際だ。

内田樹は著作が刊行され次第手に取る著述家の一人だ、フアンと言ってもいい。「街場の天皇論」(2017年)の帯に「ぼくはいかにして天皇主義者になったのか」とあって仰天した。
内田は言う、天皇は「象徴天皇にはそのために果たすべき『象徴的行為』があるという新しい天皇制解釈に踏み込んだ。ここで言われた象徴的行為とは実質的には『鎮魂』と『慰謝』のことです。」「鎮魂の儀礼が必要であるのはもちろん日本に限ったことではありません-略-他国には他国のそれぞれの霊的な物語がある-略-慰安婦について強制連行があったかなかったか、南京で何人が虐殺されたのか、その事実が開示されなければ今ここでただちに大きな被害を受けるという人がいるわけではありません。でも、恨みを抱えて死んだ同胞の慰霊を十分に果たさなければいずれ『何か悪いこと』が起こるということについては世界中のどの国の人も確信を抱いている。死者の切迫とは『これでは死者が浮かばれない』という焦燥のことです」(斜体部は原文傍点、以下同)内田は文化人類学の知見に基づく「人類は葬礼という習慣をもつことによって他の霊長類と分かれた。なぜ、葬礼を行うのか?理由はひとつしかない。それは葬礼をしないと死者が『死なない』からだ」という認識に立って語っている。「霊的な物語」という聞きなれない言葉はこれを踏まえたものだが、しかし、何故天皇にそれが委ねられるのかは分明でない。

 内田はインタビューアーに「國體護持ですね(笑)」と問われている。「国体」の概念を「現代日本の入り組んだ奇怪な逼塞状態を分析・説明することのできる唯一の概念」であるとして展開したのが白井聡である(「国体論 菊と星条旗」(2018年))。白井は「おことば」を「今上天皇自身の持つ強い危機感であり、それは、せんじ詰めれば戦後民主主義の破壊・空洞化に対する危機感であった」とし、「新憲法を中核とする戦後民主主義は象徴天皇制とワンセット」である以上、それは他ならぬ象徴天皇制の危機に他ならない、と言う。

 白井が「戦後の天皇制の働きを捉えるためには、菊と星条旗の結合を『戦後の国体』の本質としてつまり、戦後日本の特異な対米従属が構造化される必然性の核心に位置するものとして見なければならない」とし、この観点で展開する戦後史の分析は説得力がある。しかし、「お言葉」を語る天皇の姿に「闘う人間の烈しさ」を見た、「この人は、何かと闘っており、その闘いには義がある」と確信した、というのは感情移入が過ぎてはいないか。

無論、こうした受け止め方とは正反対の見解がある。渡辺治の文章が共同通信の配信で多くの地方紙に掲載された。「平成の時代に高進した天皇制と民主主義の矛盾は二つある。第一は、国民の民主的選出によらない天皇の政治的な言動が、政治に大きな影響を与えることである-略-第二のより大きな問題は、天皇という権威に依存することで、国民が主権者としての責任と自覚をあいまいにし、問題解決を回避し続けることだ」「今後の天皇制はどうあるべきか。憲法の目指す象徴制度に近づけることが一つ目の課題だ。天皇の公的活動は厳格に国事行為に制限する方向で見直すこと」「二つ目の課題は、戦争責任などの問題について、天皇の『旅』や「お言葉」でお茶を濁すのではなく、国民が主権者として正面から取り組みこと」と正論を書いている。

原武史もまた「平成の終焉」(2019年)で渡辺と同じ批判を行っている。「『おことば』を発することで、天皇が日本国憲法で禁じられた権力の主体になっていることです」「『象徴天皇の務めとは何か』という問題は、天皇が決めるべき問題ではなく、主権者である国民が考えるべき問題のはず」ここでは「国民というのは、天皇から一方的に宮中で祈られたり、わざわざやって来て思われたりする客体としてとらえられている」「必ずしも自明でない民意が、天皇自身によってあたかもはじめからあったかのようにつくられる」天皇自身が「象徴天皇の務めの中核に位置付けた宮中祭祀と行幸は、いずれも明治以降になって新たにつくられたり、大々的に復活したもの-略-その残滓を受け継ぎ、天皇の務めの中核にしている」

原は、皇太子時代を含め足繁く全国を回った天皇夫妻の行幸啓について「ミクロ化した『国体』」とし、「権力にまみれた現実の政治に対する人々の不満が高まれば高まるほど、天皇や皇后がそこから超越した『聖なる存在』として認識される構造」を指摘している。ここから「君側の奸」との距離はそう遠くない。

私の天皇制観を形成したもの

私の天皇制観を形作ってきた文献について振り返ってみよう。
丸山眞男「超国家主義の論理と心理」(1946年 「現代政治の思想と行動」所収))は敗戦後いち早く発表され大きな反響を呼んだ論文だ。私の天皇制観のおおもとはここにある。「国民の政治意識の今日見らるるごとき低さを規定したものは決して単なる外部的な権力組織だけではない。そうした機構に浸透して、国民の心的傾向なり行動なりを一定の溝に流し込むところの心理的な強制力が問題なのである」「この究極的実体(天皇…池上)への近接度ということこそが、個々の権力的支配だけでなく、全国家機構を運転せしめている精神的機動力にほかならぬ」「法は抽象的一般者として治者と被治者を共に制約するとは考えられないで、むしろ天皇を長とする権威のヒエラルキーに於ける具体的支配の手段に過ぎない。だから遵法ということはもっぱら下のものへの要請である」

丸山の言う「心理的強制力」を私は職場の学校現場で体験した。日の丸・君が代が強制され始めた頃(と言っても当時罰則があったわけではなく、精々校長の評価に影響するといった程度だったろう)、同じ教組組合員、それも以前は分会長として反対論を唱えたり、長く教研集会の助言者を務めていた人物が、教務主任になるや手のひらを返して賛成論を喋々する姿に殆どショックを受けた。「心理的強制力」は天皇だけを求心力にするとは限らない、権力・権威一般に通有のものと痛感した。たかが教育委員会―文科省であっても。
「問題は天皇制と天皇個人との問題だ。天皇制廃止と民族道徳樹立との関係だ。あるいは天皇その人の人間的救済の問題だ」(中野重治「五勺の酒」1947年)内田や白井にはこの観点が全く抜けているのではないだろうか。

竹内好「「権力と芸術」(1958年)は「一木一草に天皇制がある。われわれの皮膚感覚に天皇制がある」という一文で有名であるが、私には同じ「竹内好評論集第2巻 新編日本イデオロギイ」に収められた「指導者意識について」の方がインパクトが強かった。「進歩主義は、日本イデオロギイの重要な特徴のひとつだと思うが、それは否定の契機を含まぬ進歩主義であり、つまり、ドレイ的日本文化の構造にのっかって安心している進歩主義である」「じつは、民衆を保守よばわりする指導者のほうが、明治以降の『進歩』の方向を維持したがっていることで、民衆よりも保守的ではないだろうか」時々自戒して思い起こす一節だ。

人間の醜悪さを解き放つもの

大江健三郎は初期の評論集「厳粛な綱渡り」に収められた「奉安殿と養雛温室」という短い文章で書いている。「大瀬国民学校のひにくれ者の生徒だったぼくは毎朝、校長から平手でなく、拳でなぐられていた。左手をほおにささえ、逆のほおを力まかせになぐるのだ。今もなお、ぼくの歯はそのためにゆがんでいる。校長は、奉安殿礼拝のさいに、ぼくが不まじめであったといってなぐるのだ」「日本の農村出の青年は天皇にかくべつ敵意をもってはいまい?とアメリカ人の二等書記官がたずねたとき、ぼくは答えたものだ。おれは校長と天皇とを最も恐れていたと答えた」

韓国映画「金子文子と朴烈」を観た。主人公二人のチャーミングな描き方が印象的だったが、より鮮烈だったのは関東大震災で朝鮮人虐殺を繰り返す自警団の返り血を浴びた禍々しい憑かれたような表情だった。そこには小学生を力任せに殴りつける校長に通じるものがある。人間の醜悪さを解き放つのがかつての天皇制であり、安倍一統の政治支配なのだと思う。ヘイトクライムがどれほど対象とされた人々をおののかせるか、私たちはよほど想像力を働かせなくてはならない。

天皇制をめぐる攻防

鶴見俊輔・久野収「現代日本の思想」(1956年)は、明治憲法体制が、支配者層向けには立憲君主制、大衆向けには神権政治体制という「密教」「顕教」の使い分けで機能したと分析した。一連の過程で安倍や日本会議が狙っているのがこの使い分けの再現強化であることは明白だ。原は「天皇制をめぐるタブーが依然としてあることは紛れもない事実」と指摘している。タブーを吹き飛ばす闊達な議論が必要だと思う。

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沖縄から「法の支配」と「民主主義」を訴える

高良鉄美(市民連絡会共同代表)

安倍総理は、就任当時は海外へのトップセールスを展開しながら、「法の支配」という言葉を頻繁に使用していた。しかし、彼はまったくその意味を理解しておらず、日本との取り決めや契約等の合意遵守という意味合いでアジア・アフリカ諸国に対し、取引の安全を訴えたようであった。「法の支配」を完全に「法律の支配」あるいは古典的「法治主義」ととらえてしまっていた。そこでの「法」は代表議会が作る法律や当事国・当事者間の合意等ではなく、議会や当事国・当事者が守るべき法原理を指していることは言うまでもない。したがって、「法の支配」は、特定の目的を強制的に実現するために制定する法律や、経済的圧力などによって一方に不平等な条件を強いるような表面的合意等を、遵守するための原理ではなく、「人の支配」で勝手に不平等、不合理、不適正な状態を生み出さないためのものであり、具体的には「憲法の支配」なのである。「法の支配」の原理を理解していないがゆえに、「法」である「憲法」を改悪して「人の支配」をしようと目論むのである。「人の支配」の時代の暗黒さは、先の世界大戦においてヨーロッパだけでなく、日本も体験済みである。

最近ではめっきり「法の支配」を口にしなくなったというより、全く頭から消えてしまっている安倍政権の沖縄辺野古の新基地建設問題に関する対応には、国家権力が「法の支配」をないがしろにする姿勢があらわになっている。辺野古の新基地建設工事強行は沖縄(県民)に対し不平等、不合理、不適正な状態を生み出している、まさに「人の支配」の典型ともいえる。県と政府との法廷闘争も個別の法律問題というよりは、「法の支配」の問題なのである。

普天間の危険性除去の合意実現のためにといい、あるいは沖縄の負担軽減のためだといいながら、辺野古の埋立て工事の法的適合性を判断してもらうために県が訴えを提起しているにもかかわらず、しゃにむに工事を強行する姿は、「法の支配」とは無縁の強権国家そのものである。まるで、かつての大日本帝国憲法下の軍国主義的国家運営を垣間見るかのようである。普天間の「返還」を「移設」にすり替え、それを日米の合意というが、負担軽減とは概念的に程遠い新たな負担を抱えさせられる側の合意を得なければ、負担の強制にほかならない。いったいだれとだれの合意をもって強制的不平等が合法化できるのであろう。憲法95条の法理は、このことを指しているのである。国権の最高機関の制定した法律であろうと、地域住民の投票による合意を得なければ、法律として無効になるのである。そして今回の県民投票の結果は、少なくともこの95条の法理に基づけば、法律より下位にある、行政処分に根拠を置く埋立て工事を止めるのに十分な効果を持つはずである。しかし、県民投票に示された民意をないがしろにして、工事を強行し続けているのは政府閣僚が「法の支配」を理解していないことに加えて、民主主義国家の体をなしていないからである。

安倍総理は、建国記念の日のメッセージ等でも日本が「民主主義の国」ということを強調している。しかし、辺野古の工事強行に躍起になっている姿をみると「民主主義の国」の政府かは大いに疑問がある。かつて名護市長選で辺野古新基地建設反対の稲嶺氏が再選された際、「永田町の民意もある」と発言した防衛政務官がいたが、「民意」は民衆が示し、くみ上げるものであって、政府が示すものではない。このようなジョークかと見まがう民主主義理解が安倍政権の中では、民意は我にあると受け取られていると考えれば、辺野古の工事強行はつじつまが合うことになる。つまり民主主義を全く理解していない政府が独善的に辺野古の海を埋め立てようと強行しているという恥ずべき姿があるだけの話である。

 かつて、沖縄が復帰する前に、沖縄から国会議員が特別法によって選出された。しかし、正式な国会議員ではないとして、沖縄選出議員の意見を十分聞くことなく、米軍基地を現状維持する返還協定が強行採決された。当時の沖縄選出議員には国会の場にいるのにもかかわらず、日本国憲法は適用されず、国会議員の特権(不逮捕特権、免責特権)も全く同じではなかったのである。そういった中で、佐藤栄作総理に、堂々とかみついた沖縄選出議員(瀬長亀次郎)がいた。しかもウィット(機知)に富む内容であった。

 沖縄県民は「政府の行為によって」四半世紀も平和憲法から分離されていた。そして、念願の平和憲法の下に復帰をして、あと数年で半世紀になるが、いまだ「政府の行為によって」平和憲法の恩恵を受ける状態にはなっていない。それどころか憲法改悪を狙い「政府の行為によって再び戦争の惨禍が」起こりそうな政権運営がなされている。とくに沖縄選出国会議員の役割は、平和憲法の神髄とは何かを強く訴え、政府を徹底的に追及することだと心底考えている。

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米軍基地とどう向き合うか

前田哲男さんに聞く

2月の市民憲法講座では前田哲男さんに「安倍軍拡と日米地位協定を考える」という演題でお話いただいた。今回はドイツ、イタリアなどと米国との地位協定や全国知事会が地位協定改定提言に踏み切ったことなどについてお聞きした、(土井とみえ)

地方自治体の意志を明確にした「地位協定改定提言」

地位協定についての地方自治体の特徴あるとりくみは2例あげられます。
一つは沖縄県の地位協定改定に向けての独自の取り組みです。1995年に少女暴行事件が起きた時には、当時の太田知事は地位協定の改定要求を出しています。その後も沖縄県は地位協定改定のための政策を実施し、ここ数年はドイツ、イタリア、ベルギー、イギリスの地位協定についての調査団を派遣しました。その報告は沖縄県のホームページで誰でもが見られるようになっていて参考になります。

もうひとつ昨年の7月30日、憲法95条に基づいてつくられた全国知事会が、地位協定改定の見直し提言に踏み切りました。知事会の議長である上田埼玉県知事の手で、全会一致で行われました。地位協定について地方自治体の意志がはっきりしたことは大変重要なことです。その内容は、①(低空飛行訓練)のルートや時期について速やかな事前情報提供を必ず行う、②日米地位協定を抜本的に見直し、航空法や環境法令などを米軍にも適用させる、③使用状況を点検した上で、基地の整理・縮小・返還を積極的に促進すること、としています。
この2つのうごきは注目すべきです。

ドイツ、イタリアで改定された地位協定

ドイツは1955年にNATO条約に加入した際に、ボン協定として米国との地位協定にあたる条約を結んでいます。ドイツは敗戦国ということもあり、東ドイツと対峙させられることとなり当時は不平等条約を強いられました。この地位協定はベルリンの壁崩壊と東西ドイツ再統一まで維持されました。しかし東西ドイツの再統一にあたり、ドイツ政府は米・英・仏に対して地位協定の改定を申し入れました。91年から93年まで16か月をかけて交渉を重ねて、93年にボン補足協定という名で呼ばれるNATO協定のドイツ版の地位協定が改定されました。これが米独地位協定として機能しています。

これにより、ドイツの国内法が優先されることが明記されました。基地は治外法権ではないことが明記され、事件への関与も国内法・ドイツ側にあり、危険飛行などもができなくなりました。となると演習訓練に関する関与も、すべてではありませんがドイツ国内法によってかなりの部分で事前通告、危険飛行の禁止というように規制をうけることになります。米軍は訓練に事前通告が必要となり、その結果、ドイツでは実際には軍事訓練ができなくなりました。米軍は実戦形式の訓練ではアラスカやカナダまで行ったりしているようです。日本の低空飛行訓練のようなことは考えられない状況です。このような状況がドイツが獲得した権利です。

警察権に関しても補足協定では、非常時にはドイツ警察が基地内に立ち入ることが権利として明記されました。これも従来はなかったことです。一次裁判権は米国側が持つことは明記されていますが、ドイツがそれに対して2週間という期間に異議を申し立てることができるという権利も条文化されています。これも従来なかった規定です。ドイツの場合、こうした権利はドイツ政府と米政府の間の取り決めですが、実行するにあたって州政府や市町村レベルでも、立ち入ったり発言する権利が認められています。ですから州の警察官が米軍基地に入ることもあるし、市の行政官が環境調査ということで立ち入りを要求することも可能になりました。

同じ冷戦が終わった時期にイタリアでも改定の動きがありました。ちょうどその頃イタリア国内でアルプスのロープウェイに米空軍機が引っ掛かる事故をおこし、観光客など20数人の死者をだしました。この裁判権をめぐってイタリアと米国で論争になりました。米国とイタリアの地位協定でも、公務中の裁判権は米側が有するという規定があったので、結局、米国は裁判権を行使しました。その結果、無罪となったことにイタリアの民衆は激昂し、怒りが爆発しました。この事件をきっかけに新地位協定が結ばれ、イタリアの国内法が優先される原則に特徴がある地位協定が結ばれました。

基地の管理に関しても国内法が優先ですから、環境問題や他の問題でも政府が米軍基地に介入できるようになりました。また名義的ですが、イタリアに駐留している米軍の最高司令官はイタリア人の将校が就いていて、その司令官が犯罪が起こったり、事故があったり、環境汚染したときなどには機能するようになっています。軍事的オペレーションに関しては米軍の司令官が行っています。

日米地位協定と沖縄返還協定

これらに比べて日米地位協定は全く変わっていない、また政府が変えようともしないことは犯罪的としか言いようがありません。もともと占領軍の特権が1951年の日米安保条約で日米行政協定のなかに取り込まれて、独立国であるにもかかわらず占領軍の既得権を認めたという成り立ちをしました。1960年の安保条約改定の時には岸信介や自民党の保守派は不平等条約改正などと触れこんでいましたが、実際には日米行政協定は日米地位協定と名を変えただけで、中身は行政協定とほぼ変わらないままで、いまも続いているわけです。日本政府の基地の提供の仕方は、ドイツ、イタリアと違っているし、変化を一切させようとしていないことははっきりしています。

日米地位協定は、形の上では国会の批准を得た条約です。51年安保の行政協定は文字通り政府間の行政事務というかたちで国会の批准はありませんでした。そして、60年の安保条約の国会では、地位協定についてはほとんど議論がありませんでした。その結果、地位協定に対する有権解釈というか、政府がこの条文はこういう見解があるというものが一切ありません。それで、例えば低空飛行訓練を地位協定5条を拡大解釈する。また思いやり予算は、地位協定24条で費用は折半すると書いてあるにもかかわらずに行って、だから「思いやり」なんて名前がつけられました。そのように恣意的に運用されるのは、国会できちんと立法趣旨や限界が説明されていない、議論されていない結果です。地位協定はこういう生まれ方をしたことをもっと知らなければならないことなのです。

もう一つは沖縄の問題です。沖縄の返還協定のなかに地位協定を含む安保法体系の適用が入っている。沖縄返還そのものが基地容認です。1972年の沖縄返還協定で、第1条は施政権を返還することです。第2条で日米安保条約を沖縄に適用する、第3条は基地の使用です。沖縄返還協定そのものの中に安保と地位協定が取り込まれた形で変換・復帰ということになってしまった。当時は核抜きがシンボル的に言われて議論になった。また化学兵器・独ガスをたくさん貯蔵していました。この毒ガスは搬出されましたが、当時「核抜き」に焦点が奪われてしまい、沖縄返還のもつ法体系そのものに気配りが足りなかったと思います。基地運用の密約は、その後、非公表の協定があることが5.15メモとして暴露されています。5.15メモでは、沖縄の基地運用に関しては復帰したその日付けで、従来通りの使用条件になっています。県道104号線越えの実弾演習も5・15メモに書かれていました。沖縄返還協定のなかに安保条約が入っているので、屋良主席は返還式典に出席せず、また本土復帰協議会は最終段階では復帰反対の立場を出しました。

地位協定ができたとき、そして沖縄返還も、日本政府は交渉過程で基地を容認する、米国の既得権をそのまま温存させることを前提になりたっていました。

「基地ひきとり論」で解決できるか

日米地位協定と沖縄返還協定の持つ対米従属性をふまえたうえで、何をどうするのか、どうしなければならないか、こういう土台をふまえないと「基地ひきとり論」みたいなものに情緒的に流されていくのではないでしょうか。こうした論者が善意で言っているのことを疑うものではありません。けれども、日米安保と地位協定を無視して、また沖縄返還協定の成り立ちと、その差別性、従属性を無視して「ひきとり論」を展開するのはあまりにも素朴に過ぎるのではないでしょうか。

2番目には、敵が喜んで飛びついてくるのではないか。敵に餌を与えるのではないかと思います。日米地位協定とはどういうものか。第1条は、条約の定義であり、第2条は基地の運用についてです。日米合同委員会の決議があれば、日本全土のどこにでも基地化できます。全土基地方式という、世界にも例がない形の基地の提供方式を定義しています。だから辺野古新基地は地元の人が知らずに突然基地が提供されるという地位協定をすでにもっているのです。第3条は、基地の運用に関しての規定で、ここで実質的な治外法権を規定しています。第4条は、基地返還の際に原状復帰を免除しています。環境問題です。第5条は、基地間移動の自由を保障しています。だからオスプレイが全国を飛び、事故時に民間空港に着陸して、米軍だけで処理して報告もない。また、民間の港へも米艦の寄港が許されています。これは拡大解釈を放置していることです。オスプレイの自由飛行は、基地間の移動を名目に低空飛行訓練が行われています。それを日米合同委員会で容認すれば何でも可能になります。

 こうした日米地位協定の実際をみれば、「基地ひきとり」で解決するのか。根本的な疑問をもってしまいます。日米安保条約破棄が難しいのなら、知事会が決議したことでもわかるように地位協定を変える方向で多数をまきこむほうが可能性があるのではないか。

 フィリピンのようなやり方もあります。1991年に米軍基地をなくしたフィリピンでは、米比基地貸与協定を破棄したので米軍はフィリピンンから徹底し、全基地が返還されました。米比安保条約は今でもありますが、貸与協定が破棄されたので米軍はいなくなったわけで、どのような順序からも撤退はありうるということです。

 沖縄の人びとは沖縄戦にさらされ、また戦後ずっと米軍基地被害をうけてきました。でも沖縄の多くのひとたちは、自分がイヤなものを他にもっていけとは言いません。本土の私たちは、こうした沖縄の優しさに甘えてきました。私たちは今度こそ沖縄の声に応えなければならないと思います。

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図書紹介:「福島からの道」-さようなら原発1000万署名を呼びかけて-

角田京子著 

B6判218頁1,500円(送料実費)
ご注文は市民連絡会にメールかFAXで

このほど1人の市民の約8年にわたる「さようなら原発1000万署名」の活動の記録が1冊の本になった。この記録は著者の角田京子さんが、毎週土曜日、茨城県日立市の駅前に1人で立ち続け(途中から同行する仲間も増えたのだが)、それを月刊のタウン誌に月1回ずつ書き続けたものを、単行本にまとめたもの。

署名活動は福島第一原発の爆発事故があった2011年の3・11から少しあとの7月から始められ、本書がまとめられた2019年1月までに447回、彼女の署名運動を知った協力者が送ったりしてくれたものも含めて16,164筆になったという。署名活動の場所は主として日立駅前。

「日立は『原発城下町』と揶揄されている(?)だけあって駅前にはモニュメント・原子炉タービン(本物だとか)があります。この原子炉タービンの向かい側で」「暑さの夏も寒さの冬も雨の日も風の日も、週1~2回くらい続け」られた。角田さんは「『初心忘るるべからず、時々の初心忘るるべからず、老いてもなお初心忘るるべからず』の構えを持って歩き始めた『福島原発事故からの道』です」という。

この本のすごさは、はじめから終わりまで(20頁分の「あれから30年のチェルノブィリへの旅」という旅行記を除いて)、角田さんの熱心な署名活動の「行動」の記録であることだ。活動のなかで出会う悲喜こもごものエピソードが、実に軽妙な筆致で、淡々と記録されている。署名運動の経験がある人なら、このページのどこを開いても「ああ、ある、ある」と膝を打ちたくなるような場面の描写がいきいきとつづく。

1万6千の署名、角田さんはこの間、何万人の人びとに原発反対を訴えたことになるのだろうか。

すぐ署名してくれる人、悪態をついて通り過ぎる人。おなじみになって、お茶などを差し入れてくれる人。署名しようとして「あっ、オレ住所知らないよ」と気がついた高校生。「個人情報ですから」といって通りすぎる人。「これもらってんの」と親指と人差し指で丸を作るいじわるな人。「おれんとこの息子、原発ではたらいてんの」という人。「のどたいへんでしょ」とあめ玉をくれる人。小さな声で「だいじょうぶです」という高校生らしい女の子。もう本当にいろいろだ。

こんな場面もある。
「ある日、すっと近づいてきて署名した若い女性がいました。あれ?いままで署名活動の時に、何度も何度も、そっと素通りしていっていた女性なのです。『あら、原発のこと、関心おありなんですね』というと、『ずっとまえから気になっていました。署名活動みていましたが、きょうは、電車の時間が少しゆとりがあるので……』」。

そうだよね。私たちの署名の呼びかけに無視するかのように素通りしていくたくさんの人びとの中に、こういう人がいるんだよね。

1人で頑張っているうちに、こんな事が起きた。

「2年と1ヶ月過ぎたある日、『1人で立っているなんてね、私も一緒に署名します』と現れた人がいた。なんという幸せでしょうか。共に活動するという人が現れたのです。2人で署名活動始めるとてきめんです。署名する人が増えてきました。1人の時の2~3倍くらい。1回で30筆から60筆も頂けるようになったのでした。そうこうしているうちに、『署名活動を一緒にします』という人が増えていきました。3人で、4人で、5人で、6人で・・・とその日ごとに人数は違っても、何らかの『原発というもの』についての疑問を持つ人が、署名活動で日立駅に立つという行動をしていくようになりました。そして明らかに署名数は増えていきました。立つ人が多ければ署名する人も多いのです。

そして角田さんはこういいます。

「1筆書いてもらうたびのその人との会話があります。この会話が実は、とても楽しいのです。1人から署名をもらったら、その人との会話があります。10人から署名をもらったら、その10人との会話がある。これはなんと言っても署名冥利につきる」。

こうやって内容を紹介していると、際限なく紹介したい記述に出会う。

1つ1つのエピソードが感動ものだ。そして、毎回のように文章は自作の短歌で締めくくられている。この本は署名活動の「宝箱」だ。
かつて、福島原発事故が起きた1年前になるが、私は本誌で同じような署名運動に取り組む人の著作を紹介したことがある。憲法9条を守る署名に取り組む蓑輪喜作さんだ。「九条おじさんが行く」という本だった。角田さんの本を紹介しながら、ああ蓑輪さんと同じだ、と思った。その時、私は蓑輪さんの本の「あと書き」を書かせて頂いて、こう書いた。「草の根にはこんなすばらしい人がいる」と。

同じ言葉を角田さんに捧げたい。(高田 健)

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第133回市民憲法講座:新防衛計画の大綱と憲法9条

小沢隆一(東京慈恵会医科大学・憲法学 九条の会事務局員)

(編集部註)3月23日の講座で小沢隆一さんが講演した内容を編集部の責任で要約したものです、要約の責任はすべて本誌編集部にあります。
なお、この講座はhttps://www.youtube.com/watch?v=5ft2JIKllWoで検索できます。

はじめに

今年になって新防衛計画の大綱が国会の審議にふされていますが、統計偽装の問題などで国会が盛り上がって、なかなか新防衛計画の大綱や中期防衛力整備計画(中期防)については国会論戦で正面切って取り上げるということができないまま予算が衆議院を通ってしまいました。参議院もご承知のように30日経てば自動成立ということですので、参議院での予算審議も盛り上がりに欠けるという状況です。しかしこの防衛計画の大綱や中期防の中に盛られたものは、9条改憲の問題と地続きです。これを先に進めることが9条改憲であり、また新防衛計画の大綱の中味を知れば知るほど9条が変えられてしまったら、これがもっと大手を振って進められるという危険な問題としてとらえる必要があると思います。

自民党は昨年3月の党大会で改憲4項目を了承しました。9条改憲については7つくらいの案が事前には流れましたけれども、「9条の2」という案が、とりあえず自民党がたたき台素案として用意している9条改憲の条文イメージに落ち着きました。ここに至るまでには石破さんなどが「9条2項を削除しろ」という議論などをして、かなりすったもんだした状況もありました。最終的には9条の2を、いまの1項・2項をそのままにして盛り込むというところに落ち着きました。私はこれで十分改憲の目的は達せられると考えています。変な意味ですけれども、よくここまで仕上げたなという感じのする案です。これは非常に真剣に受け止めてしっかり批判していく必要があります。

こういう案を自民党は昨年の通常国会、臨時国会を通じて何とか国会で他党に提示し、憲法審査会を通じて改憲の議論をしたかったわけです。しかしこれは市民と野党の共闘の力によって阻止することができました。そして今も国会で憲法審査会を開けない状況を作り出しています。昨年の私たちのたたかいは非常に大きな意義を持っていたと思います。それでも今年の1月冒頭から、安倍首相は改憲の意欲をさまざまなところで表明して、つい最近では防衛大学校の卒業式でもあのような発言している。また2、3日前には改憲派の集会のビデオメッセージにも登場するということで、その意欲を燃やしています。今年こそこの問題の正念場となって、みなさんも3000万署名の運動を日々取り組んでいらっしゃると思いますけれども、この運動を本当にやり切ることがいろいろな意味で、国会の中や国会の外で改憲反対の運動の力になる、下地になる、そう考えています。

新防衛大綱の危険な内容と戦争法との関係

そこで今まさに大軍拡というかたちで進められてきた防衛計画の大綱ですけれども、この中味を明らかにしてみたいと思います。これについてはほとんど今日と同じタイトルの、九条の会のブックレットがありまして、こちらをぜひお読みいただければと思います。今日は私なりの視角からこの問題に切り込んでいきたいと思います。まずこの防衛計画の大綱を見る上で大事なのは、あの戦争法です。2015年の戦争法との関係をしっかりと掴むことです。戦争法の中味は、実はその年の4月に日米の政府の間で取り交わされたガイドライン―日米防衛協力の指針の中味を、そのまま法律化したようなものになっています。戦争法はたくさんの法律を通したものですから、それをいちいち説明しているとわかりにくいのですが、逆にその年の4月のガイドラインを読むと、戦争法の中味がむしろ要約されているという感じがします。

このガイドライン策定に向けての作業の中で、2014年12月に例の自衛隊の統幕長がアメリカとの話し合いの中で、翌年2015年7月には法案成立、という資料を提示して大問題になった。国会審議の最終盤の8月にようやくその資料が明るみに出て、大問題になったわけです。すでに日米間のガイドラインの相談で、戦争法のような中味の体制を敷いていくことをもう約束していた。ガイドラインというのは法の位置づけからすると、これは条約でも何でもありません。法的な意味を持たない単なる政治的文書という位置づけです。政治的文書であるはずのガイドラインが、法律やあるいは日米安保条約の枠組みさえも踏み破って、日米の軍事協力を推進するという位置づけになっている。

考えてみても日本の日米安保体制、日米同盟というのは非常におかしな構造を持っています。そもそも憲法があって、その下に法律があり条約がある。けれども、実は憲法9条を掘り崩すための企みをどういうかたちでやるかというと、法的な正規の手段ではない、ガイドラインのような政治的な文書であるとか、あるいは密約です。核持ち込みを巡る密約とか、そういう裏取引、正々堂々としたかたちではないやり方で日米軍事同盟をつくり出してきていることが一貫しています。そういう意味からも、立憲主義、2015年の戦争法の時は、立憲主義を壊すなということで大きく盛り上がったわけです。私の目から見たときに、実は安保条約やあるいはガイドライン、核密約によって作り上げられている日米の軍事同盟体制こそが日本の立憲主義を食い破り、またその食い破る過程の中で国民主権、民主主義を踏みにじり、作り上げられてきたものとして掴む必要があると思います。

そういうガイドラインは、この間3つつくられてきました。最初は1978年、その次が1997年、そして今度が2015年です。この2015年のガイドラインによって、戦争法の中味からすれば集団的自衛権の行使や、日本にとっての重要影響事態と思われるものについては世界のどこででも、地球の裏側でもアメリカに対して後方支援ができる仕組みが組み立てられました。この戦争法の仕組みに対応する国内体制として、今度の防衛計画の大綱がつくられてきました。

専守防衛の完全な変質――多次元統合防衛力

2013年に防衛計画の大綱は、すでに安倍政権になってからの自民党の中でつくられました。けれどもこの2013年の防衛計画の大綱は、民主党政権の時につくられた2010年の防衛計画の大綱をひっくり返す、そのためにある意味で急場しのぎにつくられたものでした。2015年の戦争法に対応する大綱というのはまだなかった。それを今回こういうかたちでつくってきたということです。ですから2015年の戦争法の海外派兵体制に沿った最初の大綱、という位置づけをすることができるものが今回の大綱です。これによって、この間徐々に掘り崩されてきたいわゆる自衛隊の専守防衛の体制・性格が、完全に変質したということが言えます。

防衛計画の大綱には必ず「この大綱では防衛戦略の基本はこういうものだ」という定義付けがあります。その定義づけの中で、最初の1976年の大綱は「基盤的防衛力」-自衛隊は基盤的防衛力だといってきました。それが民主党政権のときの大綱では「動的防衛力」になり、2013年の大綱では「統合起動防衛力」、そして今回は「多次元統合防衛力」となった。言葉が微妙に入れ替わっていますが、どこがどう違うのか。

そもそも最初の1976年の基盤的防衛力というのは、いわゆる専守防衛とほとんど同じ意味で使われていました。当時米ソはちょうどデタントの時代で、アメリカはベトナム戦争に敗北して少し力を落としている、そういう時代でした。そういう状況の中で日本の防衛力としては、日本があらゆる脅威に対して全部対応していこうと思ったら、そんなのは財政的にも持たない。また国民世論もそんなものに同調することはない。当時の重要な憲法裁判としては長沼裁判がありました。その前にはこの間映画にもなりました恵庭裁判がありました。恵庭・長沼のたたかい、あるいは同時並行で取り組まれた茨城県の百里基地のたたかい。こういった自衛隊裁判を通じて、国民の「自衛隊は憲法違反だ」という声が大きく渦巻いていた。そういう時代です。また、三島由紀夫の割腹自殺事件。三島はあのとき何をそそのかそうとしたかというと、要するに自衛隊はクーデターを起こせ、ということですね。自衛隊はもしかしたら、もうクーデターを起こしうる存在だぞという、そういうイメージが国民の中に現にあった時代です。そのような時代では自衛隊は専守防衛に徹する、基盤的防衛力だと自らを定義づけるしかなかったわけです。

その後、湾岸戦争が起こり、そしてカンボジアPKOがあり、今度はアフガン・イラクの自衛隊海外派兵というかたちが進む中で、海外に出て行く性格の強い防衛力概念が定義づけられていきます。その点では2010年の民主党政権の時の「動的防衛力」というものが、それまでの「基盤的防衛力」を大きく変えた。それにすり替えたという点では重要な、ルビコン川を渡ったという特徴も持っています。いまはあまりそういうことをいうと立憲野党の共闘に水を差すようなことになってしまうかもしれませんが、この動的防衛力という概念がつくられて以降、坂を転げ落ちるように「統合起動防衛力」、そして今度は「多次元統合防衛力」というかたちで、それまでの専守防衛概念とは全く違う防衛の考え方になってきているわけです。今回の防衛計画の大綱を読んでみると「専守防衛」というのが過去形で語られています。いままで基盤的防衛力構想とほぼ同じ意味で使われてきた専守防衛という理念を踏まえてこれまで大綱は作成されてきたといっています。それを引き継ぐと言ってはいますけれども、しかし今回の多次元統合防衛力を見れば、性格の変更は否めないと思います。

「爆買い」大軍拡メニューと敵基地攻撃能力

今回の大綱と中期防の中ではさまざまな軍拡のリストがあります。いちいち挙げていくときりがないですが、5年間で27兆4700億円程度の経費をつぎ込んで、さまざまな兵器リストを挙げています。すでに2015年のガイドラインの時点で、クロスドメインな防衛体制を敷くとか、宇宙やサイバーの領域の活用は語られていました。今日になって宇宙、サイバー、電磁波の領域まで能力を拡大させて、その領域で能力の優位性を高める。中国などを念頭に置いて、中国の能力の向上に負けない日本とアメリカの軍事体制をつくり出すということが語られています。

この大綱の項目のひとつとして、「人的基盤の強化」が謳われています。自衛隊は少子化に伴って人員の確保がだんだん苦しくなっている。そのための基盤強化をしなければいけない。この間、安倍首相が言い始めた自治体への名簿の提出要求、これはまさにこの「人的基盤の強化」を目指して企んでいるという面もあるのではないかと思います。各自治体に対して18歳と22歳の名簿を出せ、といっている。高卒と大卒ですが、結局宇宙やサイバー領域、電磁波領域を視野に入れた軍備を増強していくということになると、いわゆる歩兵みたいな人たちではなくて、むしろその領域で力を発揮することのできる、能力のある人たちの確保はどうしても必要だ。自衛隊の中でそういう能力を持った人間をどんどん登用したい。もちろん自衛隊の中でも養成する仕組みをつくってはいるでしょうけれども、できれば大学や研究機関などでのそういう力を利用していきたい。

大学研究機関に対して仕掛けられている安全保障技術研究推進制度、いわゆる軍学共同の動きはこれとリンクしたものだと思います。そういう動きをつくり出していく上で、自治体に対する名簿提出要求を強めているのではないかということも言えます。もちろん9条改憲がされてしまえば、この自治体に対する名簿提出要求はさらに強く押し出されてくることになる。いまこの問題をしっかりとはねのけることは、将来の9条改憲の問題でも、あるいは新防衛大綱などによる軍拡の動きをストップさせ弱めさせる上で、とても大事なポイントだと思います。

自民党大会の自衛隊明記・9条改憲案について

昨年の3月26日に自民党の改憲推進本部が党大会の直後に出した、「憲法改正に関する議論の状況について」という文書の中の9条改憲部分を抜き書きした資料を出しました。条文案だけではなくてその前後の文章も抜いて、彼らがどんな語り口で9条改憲を押し出してきているのかということがわかるようにしておきました。

冒頭の「現行憲法下における自衛隊の位置付け」ということですが、「9条2項は、『戦力の不保持』と『交戦権の否認』を規定し、『徹底した平和主義』を志向するものであり、日本国憲法の大きな特徴の一つであると言われてきた。」。この2行だけ読めば「そうだ、その通りだ」と言えるような文章を置いています。これは彼らにとって大きな弱点ですね。

ご承知のように日本国憲法ができるときの憲法制定過程の答弁では、――吉田茂首相自らが「憲法9条というのは直接には自衛権を否定していません」、「直接に自衛権を否定していない」というのは、1項で「国際紛争を解決する手段として」という言い方をしていることから、これは侵略のための戦争や武力の行使を放棄したという言い回しなのだという解釈が成り立つので、そうすると侵略ではない自衛は1項では否定されていない。しかし2項の方で一切の戦力を持たないと規定していることによって「自衛のための戦争はできないのです」――と言った「吉田解釈」をそのまま貫けば、ここで言う「徹底した平和主義」ということになるわけです。

ではその頃、日本はではどのように安全保障を考えていたのかというと、これもこの自民党の文書の中には「憲法制定当初は国連による国際平和の実現や我が国の安全の確保が想定されていた」と出てきます。もし日本が攻められたらどうするか。そのときは国連の集団安全保障の仕組みによって日本の安全を確保する。日本は戦力を持たない。戦力を持たない日本は非軍事的なかたちで国連の活動に関わる。これが憲法9条の本来の姿であったと言っています。それを自民党自身の文章で語らざるを得ない状況があるわけです。

しかしそのあと「冷戦による国連の機能不全に直面したわが国は、この『徹底した平和主義』のもとでの現実的対応として、①防衛の分野では『専守防衛』の枠内で自衛隊を創設し、国と国民を守るための諸法制を着実に整備するとともに、②国際貢献の分野においても、憲法の枠内で武力行使を伴わない支援活動に自衛隊を活用することにより、特に近年積極的に役割を果たしてきた。」という言い回しになっています。

この「冷戦による国連の機能不全に直面したわが国」という言い方の中には、朝鮮戦争が念頭に置かれています。確かに朝鮮戦争は米・ソ、あるいはソ・中と米が南北両国の後ろ盾になって戦ってしまった戦争で、国連の常任理事国が2手に分かれて戦ってしまうことによって機能不全を起こしたということになるのでしょう。しかしそのような朝鮮戦争が、いまに引き続くアジアにおける対立のきっかけになっている。そして今まさにその朝鮮戦争の終結が南北の間で現実的な課題になり、米朝会談で、まだ行方は定かではありませんが、そのテーマとして挙げられている。まさにこの朝鮮戦争の終結、それがつくり出した軍事的な対立関係をなくしていくことが現実的課題になっているいまのアジアにおいて、いまだにこのような冷戦思考を自民党の改憲案が引きずっているということがこの文章から読み取れます。

つづいて「憲法改正の必要性」として、「このような自衛隊の諸活動は、現在、多くの国民の支持を得ている。他方、自衛隊については、(1)合憲と言う憲法学者は少なく、②中学校の大半の教科書(7社中6社)が違憲論に触れており、③国会に議席を持つ政党の中には自衛隊を違憲と主張するものもある。そのため、憲法改正により自衛隊を憲法に位置づけ、『自衛隊違憲論』は解消すべきである。」と言っています。「国会に議席を持つ政党の中には自衛隊を違憲と主張するものもある」という。まるで存在してはいけないかのようです。国民が支持して当選すれば議席を持つのは当たり前ですけれども、そこまで言っています。そして「そのため、憲法改正により自衛隊を憲法に位置づけ、『自衛隊違憲論』は解消すべきである。」という主張をしています。

さらに「自衛隊を憲法に位置付けるに当たっては、現行の9条1項・2項及びその解釈を維持した上で、」――この辺がくせものです。いまの1項・2項はそのままで、その解釈を維持した上で、「『自衛隊』を明記するとともに、『自衛の措置(自衛権)』についても言及すべきとの観点から、次のような『条文イメージ(たたき台素案)』を基本とすべきとの意見が大勢を占めた。」、これが自民党の大会の結論です。

9条2項は死文化し、集団的自衛権の全面的行使へ

そこで自民党が用意した「9条の2」という案を読んでみますと、「第9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」。「前条の規定」というのはいまの憲法9条1項・2項です。そして「② 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。」と書かれています。

この「9条の2」をどのように読むかということです。さきほどの説明文では「現行の9条1項・2項及びその解釈を維持した上で」と言っていますけれども、この9条の2が加わればいまの9条1項・2項は死文化すると言っていいと思います。いままで自衛隊やあるいは自衛権は、政府が解釈によってどのように正当化してきたかというと、自衛のための必要最小限度の実力は憲法違反ではない。日本には国家固有の自衛権がある。その自衛権を行使するための必要最小限度の実力を保持することは憲法には違反しない、という説明を自衛隊の創設以来一貫して言ってきたわけです。その「自衛のための必要最小限度」という言葉がこの条文からは消えています。「国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置」――「最小限度」ではない「必要な自衛の措置」という言い回しです。これによって従来の個別的自衛権に引き寄せる、そういう9条解釈を踏み破って、この「9条の2」がつくられていると見ることができます。

これについては、「これまでの政府解釈のキーワードである『必要最小限度の実力組織』の表現を盛り込むべきとの意見もあった。」とコメントされています。けれども、いまの自民党が用意しているたたき台素案では、「最小限度」という言葉が落ちたことによって、最小限度でなければ、必要があるならば集団的自衛権も行使する、集団的自衛権の全面的な行使も可能とする条文として読むことができます。またそうでなければ、憲法9条の下でつくられた戦争法が、存立危機事態という概念を使いながら、限定付きながら集団的自衛権行使まで踏み込んだ。その戦争法の枠組みをそのまま「9条の2」でも踏襲するんですよ、という議論が振りまかれていくでしょう。しかし、そんなもののためにわざわざこのような政治的なエネルギーを使って改憲をするなどということは、およそ考えられない。狙っているのはその先だと思います。集団的自衛権の全面的な行使だということを私たちはしっかりと見破ってこれに対処していくべきだと思います。

もしかしたら、この必要最小限度という言葉が復活するかもしれません。これはまだまだわかりませんけれども、いろいろな政党、とりわけ公明党とのすり合わせの中で「やっぱり必要最小限度という言葉を残してくれ、そうでなければいままでの立場と整合性がとれない」ということで復活する可能性もゼロではないと思われます。しかし、もし復活してこれが「9条の2」の中に位置づけられたとしても、これはこれで用心すべきだと思います。

自衛隊の目的規定に「…必要な自衛の措置を…さまたげず」

必要最小限度という言葉が仮に入っても、それはあまり意味を持たない言葉になる可能性があります。これは3月26日の文書に至るまでに、当初案では「必要最小限度」という言葉がありました。それが最終的に調整の中で消えた。

なぜこの必要最小限度という言葉が残っても意味を持たないと私が判断するか。自民党の改憲案の「9条の2」は、自衛隊をこのような意味合いを持たせて保持しますよ、自衛隊の設置目的はこういうものですよということを一般的、抽象的なかたちで書いてあります。そういう条文としての性格を持っているわけです。「国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」、そのための実力組織として自衛隊を保持する。自衛隊とはそういう性格を持った組織だということを宣言する規定です。

これは法律の世界では自衛隊の目的規定と位置づけることができます。省庁や官庁を設置するための法律、内閣法にしてもあるいは防衛省設置法とか財務省設置法とか、いろいろな役所の設置法があります。その法律には、この組織はこういう目的を持って定めるものですということを書き込む冒頭の条文があります。その条文を受けて、ではその組織をどんな権限を持っているのか、どういうことができるのかできないのかということをさまざまに定める規定がそのあとに続いていく。実は従来の自衛隊が、自衛のための必要最小限度の実力だ、必要最小限度の実力なら憲法に違反しない、行使していいという言い方をしてきたのは、自衛隊の権限、行使できる権限は何かということについての説明に関する話です。そうすると法律の中で、その組織の目的を定めた条文と、何ができて何ができないのかということを事細かく規定する権限に関する規定ははっきりさせないといけない。これは規定の書き方、密度も違いますし、解釈の時も権限に関する規定だったら厳密に解釈する、刑法の罪刑法定主義に類することで、要するに国家行政機関ならば何ができて何ができないかははっきりさせないといけない、権限があるかないかをきちんと定めましょうということになるわけです。

それを結局「9条の2」のところではそこまで書き込んでいない。具体的な権限は「法律の定めるところにより」ということで法律に落とし込まれているので、そちらの方に書き込まれることになる。そうすると、そちら次第で、「いや、必要最小限度という表現を9条の2では使っているけれども集団的自衛権も行使するぞ」とか、そういう書き方になる可能性が十分あると思います。いかに目的規定があやふやなのかということのひとつの例としては、自衛隊は警戒監視行動をやっています。これは軍事組織であれば、防衛のための実力組織であれば、そういう活動をするのはある意味で当たり前のところはあるわけですが、いまの法律の中に「自衛隊が警戒監視行動をやれます」ということをそのものずばりを書いた条文というのはないんですね。ではどこで、どの規定を根拠にしてやっているかというと、防衛省設置法という法律です。防衛省設置法で自衛隊は防衛目的の組織だという、こんなことを書いている条文があります。その防衛省設置法の解釈で警戒監視行動の活動をやるということになっています。いかに目的規定が、あるいはそれに位置づけられる規定が、法の縛りとしては信用ならないかということは、例として挙げられると思います。

「内閣の首長たる内閣総理大臣」は統帥権の規定か

その次に、「内閣の首長たる内閣総理大臣」という言葉が出てきました。この「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮官とする自衛隊を保持する。」という言葉です。これは一言でいって戦前の明治憲法11条「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」という、統帥権に関する規定がここに入ってきたと見ることができます。軍を動かすということと一般の行政組織を動かすことは、事柄の性格上違うんです。

従来、その事柄の性格の違うものを、憲法9条がある手前どのように組み立ててきたかというと、普通の行政組織、行政機関に対する指揮監督と同じものとして、自衛隊に対する指揮監督を位置づけてきたことが従来の法の仕組みです。その根拠は、憲法では72条にあり、「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。」となっています。

この憲法72条の規定があって、その下に置かれている自衛隊法の7条で、「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する。」となっているわけです。ですから内閣を代表する内閣総理大臣が自衛隊を指揮監督するという仕組みはほかの行政各部と一緒だ、こういう位置づけでつくられてきています。一緒ではないというわけにはいかない。一緒ではないということになれば、まさに戦前の統帥権と同じになってしまうということで、そこに歯止めをかけてきた。その歯止めがこの規定によって取れた。憲法の中に堂々と入り込んできたということになると思います。

この規定は、ある意味ではシビリアンコントロールの規定です。要するに政治家が軍を指揮監督する。これは憲法に書き込むことは大事だから入れました――自民党のQ&Aでもシビリアンコントロールを位置づけるためにこういう規定にしましたということをいっています。けれども、実はこの言い方にだまされてはいけない。「シビリアンコントロールが憲法の中に入るんですね、いいことですね」と思ってはいけないと思います。シビリアンコントロールが憲法の中に入るということは、すなわち明治憲法11条、今度は天皇ではなくて首相ですけれども、首相の統帥権がここに入ってくるということになります。だからこそ、「内閣を代表して」ではない。「内閣の首長たる」ということです。

これは、内閣の閣議を飛ばしても、いざということで動ける。もちろん通常の場合であれば例の国家安全保障会議にかけて、4閣僚会議とか9閣僚会議などをやって内閣にかけて、そして首相が自衛隊を動かすということになるのでしょう。けれども、本当の急場の時にそんなことをしている暇がない場合もあるかもしれない。そのときは閣議にかけなくても、憲法上はできる。憲法は閣議にかけるとはいっていない。法律には書いてあるかもしれないけれども、それは憲法の要請ではない。そういう説明が可能な規定として、この「9条の2」はつくられていると言っていいと思います。

これは日米同盟の相手方、アメリカ側の体制からすればある意味では当然で、アメリカは大統領権限で軍を動かす。もちろん議会の承認が必要ですが、議会の承認なんていうものは、イラクの時もそうですけれども、ずっとずっと先でいい。直前でなくてもいいんですね。ですから国会の承認その他の統制に服するなんていうのは、非常にアバウトな、かなり前段階の事前の承認であれば、あるいは逆に事後承認であれば、実際に動いてしまったあとの承認になる可能性が十分ありうると思います。そのアメリカの場合はトランプ大統領、国防長官、統合参謀長という縦系列で指揮命令系統ができあがっています。その命令系統にタイアップするために首長たる総理大臣、防衛大臣、統合幕僚長、このラインを対応させるという思惑の下にこの条文ができあがっているということができます。

このように考えますと、自衛隊の任務や権限が変わらないなんていうのも、いま国民に対してこの自衛隊明記を認めさせるための「あめ玉」というか、真っ赤なうそだと言っていいんです。任務・権限が変わらないのならば9条を変えようなどという必要がないわけです。いままで9条の下に置かれているからこそ、他の行政機関と同じような統制に服さざるを得なかった自衛隊が、今度はほかの行政機関は憲法72条による「内閣を代表した内閣総理大臣」の指揮監督に服するけれども、この「9条の2」ができればそれとはまったく別系列の「内閣の首長たる内閣総理大臣」の指揮監督を自衛隊が受ける。これはすなわち実力組織として自衛隊が動くときの指揮監督だ、すなわち統帥だということになります。

武装組織が憲法化したら大変なことになる

こういう統帥権を受けた自衛隊は、憲法上このような堂々たる位置づけを受けることによって、いままでの法制ではできないことがどんどんできるようになります。例えばいまの日本の法制では自衛隊のための土地収用はできません。憲法9条がある手前、米軍用地のための米軍用地特措法があり、普通の公務目的の土地収用はありますけれども、自衛隊のための土地収用はないという状態は、「9条の2」ができあがればなくなる。あるいは特定秘密保護法で防衛秘密に対するガードが固くなりましたけれども、しかし罰則その他、より強化されたものがこの「9条の2」が盛り込まれれば、それ以降できていきます。防衛秘密の漏示罪のようなものができる。あるいは防衛予算に対しても歯止めがかからなくなる。GDP1%などという話がもう通用しなくなる。さまざまなところに、「9条の2」の波及効果が現れてきます。その点も気をつけておかなくてはいけない。

現在の自衛隊をみると、こんな武装組織が本当に憲法化したら大変なことになる。例の稲田大臣が辞めるきっかけとなった、南スーダンでの自衛隊の日報の改ざん問題があります。最後に詰め腹を切らされた稲田さんは、「明日の国会答弁どうしよう」ということをぽろっと言ってしまった。それを誰かがリークした。誰がリークしたのかといえば、その場にいた防衛省の背広組か自衛隊の制服組かのどちらかです。誰かがこのことを「武器なき2.26」だと言いましたけれども、まったくその通りだと思います。こういうシビリアンコントロール、文民統制はむしろ自衛隊が憲法化したらとんでもないことになるということに対しては、危機感を持つべきです。

国民の9割が自衛隊を支持している、これは支持していると言うよりも好感を持っているという方がアンケートの正確な聞き方なんですけれども、その好感を持っている根拠はやはり災害救援だと思います。その災害救援の時でも、実は自衛隊は軍としての顔もにじませ、覗かせているということを思い知らされる事例があります。あの3.11の当時の陸上幕僚長、火箱芳文という人がどんな行動に出たか。3.11の時に彼は市ヶ谷で会議をやっていた。市ヶ谷でぐらぐらっと来たときに「すぐにこれは戦だと私は思った」――これは2015年に自分で書いた本「即動必遂」でとくとくと述べています。これこそ、私は防衛秘密ではないかと思いますが、本人がばらせばいいのかという気もするんですが、ともかく、これは戦(いくさ)だと思って動いた。

防衛秘密だと思われるのがその次です。「自分は処分覚悟でもう15分後には九州とかほかの方面隊の隊長に対して指示を出していた。こんな指示が出せるのは防衛大臣か統幕長だけである。しかし自分は陸幕長として越権と知りつつも、これは戦だと思った以上、準備しろという指示を出した、命じた」と、とくとくと書いている。これは要するにほとんどクーデター体質、いざというときは法を破りますよということを堂々と宣言しているに等しいわけです。こういうこともあるから、きちんと法改正をしなければいけませんよね、というのではなくて、自分のいわば「もののふ」としての手柄話として書いている。こういう体質の人たちがそのまま憲法化したら、どんなにシビリアンコントロールを効かせようとしても、これは大変なことになることを思い知らされた次第です。

いつでも武力攻撃に適用可能な緊急事態条項

緊急事態条項については、9条改憲とワンセットの問題としてとらえる必要があります。自民党としての押し出しとしては、大地震とか津波とか異常な災害時に、これから国政選挙だということになってしまったときに、国会議員がいなくなると困るので任期延長の特例を定めるべきだということです。もうひとつは、そういうときに緊急政令を出すことができる、ということです。狙っているのは、私は緊急政令の方だと思いますね。とりわけ9条改憲と絡んだ軍事的な有事の時の緊急政令を狙っていると思います。

自民党の検討では、この緊急政令はあまり表に出さずにあとから付け加えられて、先に出てきたのは任期特例です。この任期特例は考えてみてもおかしな話です。選挙ができなくなるような異常かつ大規模な災害というのは、一体どういう事態だろうと考えると、ある地域だけが大きな災害を受けたのならば、その地域の選挙だけ繰り延べにして、ほかの地域はやればいいわけです。3.11のときは地方選挙で実際そうでした。

そうではない、そもそも国政選挙が成り立たなくなるような大規模な災害というのは、もう日本全国どこでも被災しているという状況ですよね。果たしてそういうことを想定しているのか。それを想定した上で任期特例を付けるのかということです。日本全国どこでも火山が噴火していて、あちこちが津波被害を受けてとか、そういう事態になったら全国に散らばっている国会議員は身動きが取れないわけです。わざわざその人たちは、永田町に集まるためだけに自衛隊のヘリを使うのか。自衛隊のヘリを使うのであればもっと大事なことがあります。そうすると結局こういう国会議員たちは現場に残らざるを得ない。残ったあげくにバッジを付けていたらどうなるかというと、威張り散らすのではないか。視察に来た、現状を知らせろとか、お付きの自治体職員がエスコートしなければいけなくなる。そんな面倒臭いことをやるんですか、やらせるんですかという話です。長靴を忘れたらもっと大変なことになる。そうするとそういう国会議員はむしろ邪魔なんですね。被災地はこんなに大変な状況だ、こういうものに対する手当はどうあるべきかということを、のちに選挙で国会に戻ったあとに立法や予算で手当をしていけばいいのであって、災害現場で威張り散らすような国会議員はいらないと考えればこの任期特例というのはおよそナンセンスな話です。

仮に衆議院の総選挙ができなかったとして、参議院が緊急集会を開けばいいわけです。そうすると緊急集会などは例外だと、国会議員が衆参両方そろっていることが大事だということを強調する。でも、そんな700人の国会議員が集まれる状況が、ここで想定している選挙もできないような大規模な災害の場合にあるんですか。選挙が成り立つのであればそんな特例は必要ないでしょう。憲法審査会でこれが議論になったときにはどんな話になるのか見物ですね。そんな議論が出ないように私たちが先手を打って、「64条の2」の荒唐無稽さを訴えて、つぶすことが大事です。

73条の2、これが緊急事態の本命です。こちらについては、もうすでに災害対策基本法とか大規模地震対策特別措置法などによって、緊急措置の規定があります。そういうときには「その供給が特に不足している生活必需物資の配給又は譲渡若しくは引渡しの制限若しくは禁止」、これは供給不足の生活必需品を勝手に横流ししたり別の用途に使われたら困るわけですから、これについては引き渡しの制限とか禁止をする。あるいは「金銭債務の支払(賃金、災害補償の給付金その他の労働関係に基づく金銭債務の支払及びその支払のためにする銀行その他の金融機関の預金等の支払を除く。)の延期及び権利の保存期間の延長」というのは、金融機関の取り付け騒ぎを起こさないようにモラトリアムを設けるとかそういうことです。

実はこれらの規定はいまだかつて使われていません。実際に3.11や、九州や関西の地震などでもこれに該当する措置をとってもいません。こういう措置をとろうにも、災害はこういうものに合わせて起こってくれません。あるいはそういう時間で動いてくれませんから、だめなんですね。想定していないことについては対応できないというように災害時には考えるしかありません。

こういう自然災害の対応策とはまったく違うことで、この「73条の2」が考えられているわけです。それは何かと言えば、軍事的な有事です。軍事的な有事の時に「73条の2」を活用して政府が政令を制定することができる。この自民党の規定はなかなかうまく言葉を選んでいまして、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」という言葉を使っていますが、この「災害」の中には軍事的な有事も含まれます。いまの日本の法制度からしてみたら含まれることになります。と言うのは、現在ある国民保護法という法律の中では、武力攻撃を受けたとき、そしてそれでミサイルが飛んできて建物が被害を受けて燃えている、これを「武力攻撃災害」と言っている。武力攻撃に伴って発生する災害も「災害」だというのが、いまの日本の法律の体系の中の表現です。
なぜこんなことになるのかというと、憲法9条の下で武力攻撃事態法とか国民保護法などを作るから、災害概念を思い切り広げて法体系の中で整合性を合わせようとするからです。けれども結局軍事的有事の時も、この「災害」という言葉が使われるとなると、「73条の2」は「大地震その他の異常かつ大規模な災害」と言っていますけれども、これは自然災害だけをいうわけではない。軍事に起因する災害もこれに入る。すなわち軍事も入るということになります。その点もしっかりと見ておく必要があると思います。

教育への国家介入の企みがひそむ教育の充実

「教育充実」の項目ですが、もともとは維新にお付き合いして「教育無償化」といっていました。けれども自民党の案では教育無償化は義務教育を基本とすること、そして義務教育といってもいまのやり方では教科書の無償化だけになっていますから、そういう程度の無償化を前提にしつつ「教育充実」というかたちで改憲を打ち出してきています。

いま高等教育の無償化法案が国会で審議中ですけれども、これもひどいものです。大学の中でも選別をして、実務家の教員の授業をたくさんやる大学とか、あるいは大学の執行部に外部の人をたくさん入れた大学、すなわち財界にとって都合のいい人づくりを進めようという、そういう大学に限って選別して例の高等教育無償化と称する授業料免除とか給付型奨学金を入れようとしているわけです。権利としての高等教育の無償化ではなくて、国策に基づく高等教育の無償化をやろうとしています。そういう動きの中で出てきている26条の改定なので、だいたい底が見えるわけです。ですからこれは決して9条改憲や緊急事態条項を「ムチ」として、こちらが「アメ」だという性格付けではなく、これ自体も非常に怖い、危険な規定として読み込むことが大事です。

自民党が用意した条文の中では、「国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にもかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない」とあります。教育というものが「国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものである」、こういう言葉がしっかり入っています。「教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり」、すなわち教育を受ける国民の権利から組み立てる。そういうものとは別に「かつ」でつながれて、「国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割」を教育は担という位置づけで教育環境の整備をやっていく。ですから国家による教育への介入、そして政策による誘導、こういったものが憲法26条の名のもとに行われる仕組みに、いまの憲法が変えられてしまうことが危惧されます。

実はいまの憲法26条はなかなかよくできた規定です。その中には「二つの国民」と「二つの義務」が盛り込まれていますが、その「国民」や「義務」がうまく書き分けられているんですね。憲法26条はまず「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」。この「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」というのは、その人の発達段階に応じて等しくという意味で、決して差別・選別を容認するという意味ではないと教育法学の中ではとらえられています。その人の発達を全面的に保障するという観点からこの26条は読まれるべきだと位置づけられていて、26条1項は、教育を受ける国民、子どもとしての国民としての立場からつくられている条文です。

その子どもとしての国民の教育を受ける権利を保障するために2項では「2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」、「子女」というのはちょっと古い言葉ですけれども、これは親としての国民ですね。親として自分が保護する子どもをネグレクトしない、その子どもに対して教育を受けさせる義務を親としての国民は負っているということになっている。そして26条2項の後ろでは、「義務教育は、これを無償とする。」ということで、またここで義務が出てくる。この義務教育の「義務」は、親が等しく子どもに対する義務を全うすることができるようにするために国家や社会は教育条件を整備するものとして義務教育を無償とする、こういうつながりになっている。

26条というのは、子どもの権利、親の義務、そして子どもの権利を十全に保障するためには親には国家、社会に対して教育を受ける権利の保障措置をとらせる。そういう要求をする権利がありますから、その親が子どもに対して教育を受けさせる義務を全うすることができるようにするための義務として国家、社会の教育条件整備の義務がある。権利・義務・権利・義務という連鎖構造によって教育というものが組み立てられています。親からの直接の負託によって、教師には教育内容を決定する権利・権限が与えられるという位置づけになっています。

いまの憲法26条は常に権利の立場から、「子どもの権利First」で組み立てられている、それに貫かれている条文です。この子どもの権利、親の義務、そして親が子どもの権利を十全に保障するために主張できる権利、それに応える国家、社会の義務という、この権利・義務・権利・義務の連鎖構造が、「国の未来を切り拓く教育」という位置づけが出てくると断ち切られてしまうわけです。まさに国家や権力が教育に介入することが正当化される。そういう条文に変わってしまう。このようなことが自民党の26条の改憲案には仕込まれています。結局これも9条を変えて国民に対して国防の義務を押しつけてくるとか、さまざまな思惑とリンクした改憲案だという性格を持つものとして見ていく必要があると思います。

私たちが直面している課題と展望

 私たちがいま取り組んでいる9条改憲阻止の取り組みの一方で、アジアでは南北の、そしてまた米朝の緊張緩和の動きの兆しが進んでいます。これはなかなか一直線に進むことはない。まさにひとつひとつ、あるいは行きつ戻りつの動きになるかもしれません。しかし私たちが9条改憲を阻止して、アジアの安全保障の環境を9条の立場から良くしていくことこそが朝鮮半島を巡る平和を生み出していく下地になります。また朝鮮半島の平和の実現は、朝鮮戦争以来つくり出されてきたアジアにおける対立の構図を終わらせ、9条のもとで進んでいこうという国民の声を励ますことになるわけですから、このふたつには相互依存的というか相互前提的な関係があります。今日ここにお集まりの方も、日韓の手を携える運動などにも取り組んでいらっしゃると思いますが、その運動は極めて重要な役割を担っています。

 いま一段落してしまっている米朝の動きですけれども、北朝鮮の非核化には当然見返りとして米朝の国交正常化やあるいは朝鮮戦争の終結、最終的には平和条約の締結ということが何よりの材料なわけですね。北朝鮮もそれを実現することで自分たちの体制の保障安堵を実現しようとしている。アメリカはそこでなかなか折り合わないけれども、この朝鮮戦争をもし終結させることができれば、またその道筋が示されれば、アメリカと韓国、日米の間の軍事同盟体制もその正当性の根拠がなくなります。在日米軍基地の正当性もなくなるという関係になります。すなわちアジアの平和にとって辺野古新基地阻止のたたかいや、日韓の市民交流というのは非常に大きな意義を持っている。これが進むことによってアジアの平和の実現が勝ち取れる、こういうことになってくると思います。

そして北朝鮮の非核化の問題を考えれば考えるほど、トランプ政権のあと共和党ではなくて民主党政権になっても、北朝鮮の安全、体制保障を確保していく必要があるということになれば、アメリカは手のひらを返すようなかたちで核戦略を継続するということになると、結局北朝鮮も安心してはいられないことになる。アメリカの核戦略を見直しさせるという方向付けを国際世論の盛り上がりでつくっていかないと、北朝鮮の非核化は実現しないことになります。もしアメリカの核戦略を見直しさせることができれば、ロシアや中国も当然に態度を変える、影響してくるはずです。アメリカやロシア、中国の核戦略を変えさせるというのは、いままさに核兵器禁止条約の運動が目指している取り組みですけれども、この核兵器禁止条約が本当に実効化するという方向付けと、北朝鮮の非核化は非常に近い、リンクしたところにあるのではないかと思っています。またそういう目線で運動に取り組んでいく必要があります。

 このように考えると、9条改憲阻止とアジアの平和の実現、軍事同盟体制の打破と、核兵器廃絶というのはひとつながりの運動として見えてくる。同じタイムスパンで動いているわけではないけれども、同じ円周上をそれぞれの速度で動いていると表現したらいいのでしょうか。あるいはどこかで接点を持つことがある運動といってもいいかもしれない。ともかく私たちはこの3つの相互の連関、関係をしっかりと見据えて9条を守っていく運動を続けていく必要が(次頁へ)(前頁から)があります。

 そういうもののためにも今まさに当面の取り組み、たたかいとしては、大綱や中期防が示している危険な軍拡の中味をしっかり国民の中に広める。そして9条に基づく平和主義の意義を再確認して改憲を止める。そのために3000万署名を早期に達成して、そしてその運動の力をもって、地方選挙や参議院選挙で改憲派を後退させて安倍9条改憲をなんとしても今年阻止するという、非常に重要な時期にいまさしかかっているということを強調して、私の話を終わりたいと思います。

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