私と憲法209号(2018年9月25日号)


安倍改憲を必ず阻止しよう、闘えば私たちは勝利できる。

自民党総裁選がおわった。
20日に終わった自民党総裁選挙は、安倍晋三・現総裁が、石破茂・元幹事長に大差をつけて勝利し、3選を果たした。自らの総裁就任中に明文改憲を果たしたいと、従来の2期6年の任期という党規約を変えて3期9年にした。今回の総裁選で安倍晋三総裁はあと3年の任期を得た。今後、彼は政治生命を賭けて明文改憲に乗り出してくる。

しかし、得票は大きく割れ、石破候補が「善戦」した結果、今回の自民党総裁選は安倍1強体制の瓦解の予兆に満ちたものとなった。この結果は安倍首相にとって、大勝利とは言い難い、安倍政治を破綻に追い込みかねない様々な問題点にあふれている。すこし気取っていえば任期の3年を待たずして「安倍政治の終わりの始まり」だ。

安倍首相は、この総裁選の期間中、「首相が露骨に改憲を唱えるのは憲法違反だ」との指摘を振り払って、繰り返し改憲に言及した。選挙が終わった今、安倍首相は自らの支持勢力に期待させた「9条改憲」に突っ走らざるを得なくなった。しかし、それは容易ではない。

安倍首相が顔色蒼白になる総裁選の結果

総裁選の結果についてのデータを見ておきたい。
今回の総裁選挙は自民党の国会議員405人(1人1票と計算)に地方の党員・党友投票への割り当て405票の、計810票で争われた。党員・党友の投票総数は64万3681票(党員・党友総数104万2647名、投票率61.74%)だった。1憶人を超える有権者のうち、その1%にも満たない自民党の党員・党友による総裁選が、今後の事実上の首相を選出したことになる。しかし、自民党の党員・党友のうち、投票したものが61.74%だったということも驚きだ。これは4割近くの党員・党友が「党員としての自覚がない」か、「安倍体制に不満を持っているか」のいずれかだろう。

安倍氏に投票した自民党の国会議員は329人(81.8%)、石破氏に投票したものは73人(18.2%)、安倍氏に投票した党員・党友は35万487人(党員票224票、55%)、石破氏に投票した者は28万003人(党員票181票、45%)という結果で、安倍氏の得票総数553票(68.5%)、石破氏の得票総数254票(31.5%)だった。事前の各種の予想では安倍1強体制の下で、安倍晋三候補の圧勝と言われていたが、石破氏が国会議員数で予測より20数票上回り、党員・党友投票で3割程度とみられていた石破氏が45%と予想以上に肉薄したことは、決して安倍陣営にとって気持ちの良いものではない。

実に安倍氏に投票したものは、国会議員では8割近くあったが、石破支持の73人という数字は公然と白票を投じた船田一・党改憲推進本部長代行や小泉進次郎・筆頭副幹事長らを別としても、予想以上に面従腹背を決め込んだ国会議員が多かったことを示している。安倍陣営は事前にふるまったカツカレーの食い逃げ議員の探索を始めたという。総裁選の有権者の総数、全国の党員・党友数からみると、棄権した数を含めると絶対得票率的に換算すれば、安倍氏の獲得票数は全体の3割程度に過ぎなかった。安倍1強体制などといわれるものの、自民党の党員・党友の3割程度の支持しかない総裁なのだ。安倍首相は真っ青なのではないか。

安倍が進める改憲の道

先の通常国会の憲法審査会で改憲論議の「か」の字も審議できなかった安倍首相は、そのリベンジとばかりに総裁選に先立って、「臨時国会に自民党の改憲案を示す」ことを繰り返し強調してきた。

安倍晋三首相は8月27日、総裁選で首相を支持する麻生派の甘利明氏(安倍合同選対事務局長)らから「政策提言」を受け取った。「提言」は改憲の国民投票を2019年夏の参院選までに実施することなどを求めていた。首相は「基本的に考え方は全く同じだ。そもそも麻生派のチームと作ってきた政権だ」と述べ、改憲への異常な熱意を表明した。

安倍首相は総裁選挙に勝利した後、引き続き改憲を進めるための熱弁をふるった後、NHKの番組で「(改憲発議は)1国会でそう簡単にできるような問題ではない」とのべ、秋の臨時国会での改憲発議は困難との認識も示した。要するに秋の臨時国会に提出して議論を進めるが、複数国会をかけて改憲論議をし、発議にもっていくということだ。これを先の麻生派の提案と重ね合わせると、来年の通常国会のできるだけ早いうちに、憲法改正原案を採決し(発議)、その後、遅くとも参院選前の6月中に国民投票を行いたいということだ。

この場合、衆参ダブル選挙というのは全くあり得ない話ではない。しかし参議院選挙と憲法国民投票の同日実施、ダブル投票の危険性を説く人がいるが、それはほとんどあり得ない。参院選は公職選挙法に基づいて行い、国民投票は改憲手続法に基づいて行われるもので、両法の実施形態には差がありすぎ、同日に実施することは不可能だ。

安倍晋三は開票後、「(総裁選で)憲法論争について、私の考え方を提示してきた。一つの方向の結果が出たと思っている」とのべ、総裁選勝利の勢いをかって改憲推進に突っ走りたい意向を示した。

記者会見では「(憲法改正は最大の争点だった)自民党大会で報告された条文イメージのうえに、次の国会に改正案を提出できるように党を挙げて取り組むべきと申し上げてきた。そして、総裁選の結果、力強い支持を得ることができた。結果が出た以上、この大きな方針に向かってみんなで一致結束して進んで行かなくてはならない。党として改正案の国会提出に向け、幅広い合意が得られるように対応を加速するが、その際、友党の公明党との調整を行いたい。その後のスケジュールは国会次第で予断を持つことはできないし、できるだけ多くの方々に賛同していただく努力をしていくべきだ」とのべた。

そして安倍首相は「戦後外交の総決算、憲法改正はいばらの道だ。しかし総裁選を通じて大きな支持をいただいた。これは3年間、強いリーダ-シップを発揮し、大改革を実行する大きな力になる」と大上段に振りかぶった。

一方で、安倍首相は「産経新聞」のインタビューに答えて、「憲法改正は普通の法律と違い、最終的に国民が決定権を持ちます。国会議員が発議を怠り、国民に権利を行使させないのは責任放棄のそしりを免れない」とのべた。これは国民投票に立ち向かう安倍の心中の恐れの発露だ。

すでに述べた自民党内での支持が3割程度にとどまっていること(石破氏は「いま9条に手を付けるべきではない」という立場で争った。そういう勢力が自民党内にある)に加えて、連立与党の公明党が改憲に消極的だ。自民党にとっては改憲発議のための改憲原案を作るときに、公明党の支持は不可欠だ。しかし、公明党の山口代表は21日、TVの番組で「与党だけで調整を先行して(改憲案を)出すのは考えていない」と事前調整を否定した。そして、「(早期の国会提出に否定的な見方を強調し、来年の地方選や参院選を挙げて)本当に改憲案提出ができるのか。無理に進めてどうなるか。自民自身が展望を持つべきだ。国民がどう見ているか、受け止めなければならない」と発言した。

本土各地で行われた沖縄知事選勝利のためのよびかけ

衆議院ではこの与党公明党の賛成があってはじめて発議に必要な3分の2が確保できる。さらに参議院に至っては、これに日本維新の会などを加えないと発議ができない。これらの党を改憲の場にひきずりだす課題がある。安倍首相にとって、これは容易ではない。

自民党内にも「勝ったからスケジュール通りに進めるという姿勢は強引だ。反対意見にも耳を傾けるべきだ」(憲法改正推進本部幹部)という意見もある。安倍首相が「丁寧な合意形成を積み重ねるか」、そうすればスケジュールとの関係で極めて困難になる。3000万署名をはじめとして世論がこれを監視している。今後、これら改憲派諸党のなかで改憲原案の策定をめぐっても、し烈な争いが生じかねない。その結果は、現在自民党が提示している「改憲案のたたき台」も変容する可能性もある。

共同通信の世論調査(9月20~21)にみられるように、51%が「安倍首相の秋の臨時国会に改憲案の提出を目指す」という発言に反対しており、賛成派35.7%に過ぎなかった。政治に求める課題では、この共同通信調査(複数回答で7.2%)をはじめ、ほとんどの世論調査が改憲は最下位であり、複数投票でも期待値は一けた台の下方だ。にもかかわらず、安倍首相がいま躍起になって急ごうとする改憲は「安倍首相の、安倍首相による、安倍首相のための改憲」にほかならない。

安倍改憲を阻止しよう、勝機はある

いま、総裁選に勝利した勢いで、安倍首相は改憲に露骨に前のめりになっている。また、そういう姿勢を示さないことには、総裁選で安倍3選のために働いた基盤(改憲派)の期待に応えられない。「憲法改正に挑戦する。総裁任期の3年でチャレンジする」。安倍首相はNHKの番組で「不可能に挑戦していく政治の、それでもなお進んでいくかどうか意思の問題だ」と決意表明した。

朝鮮半島の南北の対話が進み、北東アジアの平和を実現しようとする国際的な流れの中で、安倍政権はイージス・アショアの配備をすすめ、「南シナ海」に自衛隊の潜水艦を派遣して軍事訓練を行い、アラブのシナイ半島駐留多国籍軍への陸自派兵を検討するなど、歴史の流れに逆行している。

こうした国際情勢を理由にもして、安倍政権と自民党は秋の臨時国会に自民党改憲案を提出し、来年の通常国会で改憲発議と国民投票というスケジュールを強引に進めようとしている。もしも、この政治路線で動揺するようなことがあれば、安倍政権の存立すら脅かされる。今回総裁選で安倍晋三が手に入れた3年の任期は不動のものではない。改憲策動に失敗すれば、任期途中の退陣もある。

10月26日前後に始まるといわれる臨時国会で、安倍首相は憲法審査会をできるだけ早く再起動して、自民党改憲案を議論しようとするだろう。しかし、臨時国会で優先的に議論すべき課題は山積している。世論が早期の改憲論議を求めていない以上、政略的な狙いを持った憲法審査会の再起動を許してはならない。

万が一、強引に審査会が再起動されても、憲法審査会は改憲手続法の一部改正問題を前国会から「継続」で積み残している。この議論を簡単に与野党合意などで終わらせてはならない。改憲手続法の一部訂正の議論は、同法が持っている基本的な問題点、有料TVCMの規制の問題や、最低投票率の問題、公務員の国民投票運動の不当な制限などの議論を避けて通ることはできない。極力、改憲案の議論を急ごうとしている自民党に対して、憲法審査会の野党は徹底審議で対抗しなければならない。また改憲の審議を極めて短い時間で終えようとする自民党の企てを絶対に許してはならない。

私たち市民運動は、「安倍9条改憲NO!」の署名運動をさらに前進させ、強固な改憲反対の運動を作り上げながら、国会内の立憲野党と連携して自民党の改憲案の国会上程に反対し、改憲発議を許さないたたかいを作り上げよう。改憲を阻止して、安倍内閣を退陣させよう。私たちが安倍改憲を阻止して、退陣に追い込んでいく可能性は十分にある。
(事務局 高田 健)

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私たちも辺野古新基地建設に反対します
――沖縄県知事選を迎えるにあたっての共同アピール――

翁長雄志沖縄県知事が8月8日、急逝されました。防衛局が辺野古の海への土砂投入を通告していた17日を目前に、前知事の埋立て承認の撤回を表明した直後のことでした。

「辺野古に基地は作らせない」を旗印に、基地に頼らず基地に縛られない、沖縄の自立的振興をめざした「オール沖縄」として、圧倒的支持を得て当選した翁長知事でした。また、2013年と16年の参院選、2014年と17年の衆院選で、いずれも野党が圧勝しました。そこには、沖縄戦そして戦後の沖縄の苦難を踏まえ、平和な将来を願う沖縄の人びとの希望が民意として明確に示されていました。

しかし、安倍政権はそうした民意を徹底的に無視してきました。2012年には、普天間基地へのオスプレイ配備を認め、住民の抗議にもかかわらず日夜市街地の上空を飛ぶことが日常化しています。16年には、そのオスプレイが名護市沿岸の集落近くで墜落しました。同年、うるま市で元海兵隊員が強姦殺人事件を起こし、1995年の少女暴行事件以来なんら変わらなかった沖縄の厳しい現実を再認識させられました。
ところが政府は、米軍の特権を定めた日米地位協定に手を付けるどころか、こうした事故や事件さえ辺野古新基地建設を進める口実にし、「基地負担を軽減するため普天間基地の移転を急ぐ」として16年夏には辺野古新基地建設に向けた本格工事に着手しました。

高江のヘリパッド建設では、全国から警察機動隊を動員して反対運動を押し潰し、自然豊かなヤンバルの森を切り崩しました。辺野古に新基地が建設されれば、貴重なジュゴンやサンゴなどが生命を奪われることは明らかで、世界中が危惧しています。特に大浦湾には、豊かな生態系の絶滅の危機とともに、巨大な構造物に不適な超軟弱な海底地盤や活断層の存在も指摘されており、これらが翁長知事の「撤回」理由になっているのは当然です。

また、一方で政権の私物化や官僚機構の劣化の責任を厳しく問われる安倍政権は、その陰で与那国・宮古・奄美などに続々と自衛隊基地を建設し、南西諸島の軍事基地化を進めています。その口実としているのは、中国の進出や北朝鮮の「脅威」です。しかしこれは、東アジアの安定を確保するのでなく、逆に緊張を高めるだけです。「武力で平和はつくれない」からです。実際、今年に入って初めての米朝会談が実現し、朝鮮戦争以来半世紀以上にわたる半島での対立関係が解消に向かう可能性が開かれました。これを確実な東アジアの平和へ導くことこそ政府の責任であり、沖縄に強引に新基地を建設するのは、この流れと責務に逆行することにほかなりません。新基地はその規模と役割から、一度できたらこの先百年、二百年と、沖縄を「基地の島」にし続けるでしょう。

このような理不尽な状況下で、翁長知事は道半ばで斃れました。いま、新基地建設で決定的な土砂投入を許すのか、埋立て承認撤回でそれを止めることができるかの瀬戸際にあります。その中で新しい知事を選ぶ選挙が行われます。
73年前の沖縄戦の悲惨な記憶をも無視して、もう一度沖縄を軍事体制の犠牲にするのか、長い間構造的差別に耐えて闘ってきた沖縄の人びとと心をひとつにして新基地建設を阻止するのかが、いま私たちに問われています。沖縄に矛盾のすべて押し付ける日本政府の差別と暴力的政策を許してきた、私たちの運動の弱さを痛感しながら、「沖縄にこれ以上、新たな基地は作らせない」と声をあげ、安倍政権に新基地建設中止を要求しようではありませんか。

2018年8月31日     

【呼びかけ人】(50音順)
・青井未帆(学習院大学教授)
・阿部悦子(辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会共同代表)
・石川勇吉(愛知宗教者平和の会代表世話人・真宗大谷派僧侶)
・内田雅敏(弁護士)
・飯島滋明(名古屋学院大学教授)
・右崎 正博(日本民主法律家協会理事長)
・内橋克人(経済評論家)
・大熊 政一(日本国際法律家協会会長)
・小田川義和(戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委委員会共同代表)
・小武正教(念仏者九条の会共同代表・浄土真宗本願寺派僧侶)
・落合恵子(作家)
・小野文珖(群馬諸宗教者の集い代表・日蓮宗僧侶)
・勝谷太治(日本カトリック正義と平和協議会会長・カトリック司教)
・鹿野政直(歴史学・早稲田大学名誉教授)
・鎌田慧(ルポライター)
・金性済(日本キリスト教協議会総幹事・牧師)
・香山リカ(立教大学教授)
・川井貞一(首長9条の会長)
・北村 栄(青年法律家協会弁護士学者合同部会議長)
・清末愛砂(室蘭工業大学大学院准教授)
・小森陽一(東京大学教授)
・西郷南海子(安保関連法に反対するママの会)
・佐々木猛也(日本反核法律家協会会長)
・佐高信(評論家)
・佐藤学(学習院大学教授・東京大学名誉教授)
・澤地久枝(ノンフィクション作家)
・清水雅彦(日本体育大学教授)
・菅原文子(農業生産法人代表)
・諏訪原健(元シールズ)
・瀬戸内寂聴(作家)
・平良愛香(平和を実現するキリスト者ネット事務局代表・牧師)
・高田健(戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会共同代表)
・高野孟(ジャーナリスト)
・寺西俊一(帝京大学教授・一橋大学名誉教授)
・中野晃一(上智大学教授)
・西谷修(立教大学教授)
・花輪伸一(沖縄環境ネットワーク世話人)
・菱山南帆子(福祉施設職員)
・広渡清吾(東京大学名誉教授)
・福山真劫(戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会共同代表)
・船尾 徹(自由法曹団団長)
・前田哲男(ジャーナリスト)
・宮里 邦雄(社会文化法律センター共同代表理事)
・宮本憲一(大阪市立大学名誉教授・滋賀大学名誉教授)
・山口二郎(法政大学教授)
・吉田行典(日本山妙法寺大僧伽首座・僧侶)
・渡辺治(一橋大学名誉教授)
・和田春樹(東京大学名誉教授)

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いまこそウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を!アピール

1 公文書は私たち国民が共有する知的資源

私たち国民が政府の諸活動などを十分かつ正確に知ることは、この国の主権者として様々な物事を決めたり判断するために必要不可欠なことであり、国民主権や民主主義を成り立たせるための最低限のルールです。
そのため、日本国憲法は国民の「知る権利」を保障し、公文書管理法は公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけ、その適正な管理等を通じて国等の「諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにする」としています。また、情報公開法も、国民主権の理念に則って「政府の有する諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする」としています。

2 公文書の隠蔽・改竄、廃棄・捏造は国民主権・民主主義を破壊する

しかし、安倍政権のもとで、公文書・公的情報の隠蔽・改竄、廃棄・捏造が横行し、権力のウソやごまかしによって国民主権や民主主義を支える土台が破壊されようとしています。
森友学園へ約8億円もの値引きをした上で国有地が払い下げられた件で、安倍首相は「私や妻が関係していれば、首相も国会議員もやめる」と答弁しましたが、その後、財務省によって、安倍昭恵氏の名前などが記載された決裁文書が廃棄や改竄されていたことが明らかとなりました。
加計学園に半世紀ぶりの獣医学部設置を認可した件でも、安倍首相は「私がもし働きかけて決めているのであれば、責任を取る」と答弁しましたが、その後、内閣府が「総理のご意向」「官邸の最高レベルがいっている」と述べたとする文科省文書や、2015年2月に安倍首相が加計孝太郎氏と面会し新しい獣医学部を「いいね」と述べたとする愛媛県文書などが相次いで発覚しました。
南スーダンの首都ジュバで発生した武力紛争を「戦闘」と記録した南スーダンPKO派遣自衛隊日報が廃棄、隠蔽されていた問題に続き、稲田朋美防衛相(当時)が「ない」と答弁していたイラク派遣自衛隊日報も、実は存在し、そのことが1年以上も隠蔽されていたことも明らかになりました。働く人の健康と命にかかわる「働き方改革」の件でも、「裁量労働制で働く方の労働時間は平均的な方で比べれば一般労働者よりも短いというデータもある」という安倍首相の答弁は、根拠とされた厚労省「平成25年度労働時間等総合実態調査」のデータを政府に都合のいいように加工し捏造したものであることが発覚しました。

3 「大本営発表」の歴史を繰り返すことを拒否する

権力者が自らに都合の悪い情報を隠したり、虚偽の情報を流したりすれば、国民は本当のことを知らないまま、権力の意図する方向に流され、いつの間にか取り返しのつかない事態に陥ってしまう。これが歴史の教訓です。日本でも、戦果を捏造した「大本営発表」が国民を総動員する手段として利用され、悲惨な戦争へと突き進み、あの破局と悲劇をもたらしました。それだけに権力のウソやごまかしは絶対に許されることではありません。
しかも、この間の公文書や公的情報の隠蔽や改竄、廃棄や捏造などの一連の出来事の背景には、安倍首相をはじめとする安倍政権の中枢を担う政治家や官僚が、公権力を私物化し、国民の血税で自らの利益を実現しようとしている構図が透けて見えます。
この問題の本質は、権力の私物化と国民の「知る権利」の侵害、そして国民主権や民主主義の破壊であり、主権者である国民に対する重大な背信行為にほかなりません。
日本国憲法は前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言」していますが、権力のウソやごまかしによって国民主権や民主主義が失われるとき、戦前のような社会が再び到来することにもなりかねません。

4 ウソとごまかしの「安倍政治」に終止符を

安倍首相は「膿を出し切る」といったことを述べるだけで、これまで明らかにされてきた事実に真摯に向き合うことをせず、疑惑解明のための具体的な行動もなにひとつ取ろうとしません。さらには、自身の都合が悪くなると、前記の森友学園に関する答弁について「贈収賄は全くない、という文脈で一切関わっていないと申し上げた」と言を左右し、加計学園に関する首相発言を記録した愛媛県文書についても「伝聞の伝聞」としてごまかすなど、自身の発言に責任を持つという政治家としての最低限の責務すら放棄しています。これらは、真相の徹底解明をのぞむ多くの国民の声を無視し、まるで、時が経てば国民は忘れる、とでも考えているかのような態度といわざるをえません。
私たちは、国民主権や民主主義といった私たちの社会の土台が蝕まれ、破壊されようとしている危機を黙って見過ごすわけにはいきません。
この時代を生きる私たちは、主権者として民主主義を求める声をひろく集め、真実を明らかにし、ウソとごまかしの「安倍政治」に今こそ終止符を、と訴えます。

<呼びかけ人>
・青井未帆(学習院大学法科大学院教授)
・浅倉むつ子(早稲田大学大学院法務研究科教授)
・池田香代子(ドイツ文学者・翻訳家)
・右崎正博(獨協大学名誉教授)
・上西充子(法政大学教授)
・上脇博之(神戸学院大学法学部教授)
・阪口徳雄(弁護士)
・澤藤統一郎(弁護士)
・寺脇研(京都造形芸術大学教授 元文部官僚)
・中野晃一(上智大学教授)
・濱田邦夫(元最高裁判事 弁護士)
・浜田桂子(絵本作家、画家)
・前川喜平(前文部科学省事務次官)
・堀尾輝久(東京大学名誉教授)
・山口二郎(法政大学教授)
・横湯園子(元中央大学教授)
*声明発表は2018年9月10日

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九条の会アピール:9条改憲NO!の巨大な世論の輪を-自民党総裁選・臨時国会を前にして-

秋の臨時国会を前に、安倍改憲の策動は新たな局面を迎えています。9月20日の総裁選に立候補を表明した安倍晋三首相は、地元下関で8月12日、「自民党として次の国会で提出できるよう(改憲案の)取りまとめを加速する」と述べました。続けて、麻生派が総裁選に向けての政策提言で打ち出した「来年の参議院選挙までの憲法改正国民投票実施」という方針に「基本的に考え方は全く同じ」と述べて、改憲強行に改めて異常な決意を表明しています。対抗馬の石破茂元幹事長も、9条2項削除による改憲を主張し、緊急事態条項導入などの改憲に意欲を示しています。

9条2項を維持したまま「自衛隊を憲法に明記する」自民党の9条改憲案が、現在の9条を根本から破壊して、日本をアメリカと一緒に海外で「戦争する国」に変えてしまうことを、すでに私たちは繰り返しアピールしてきました。九条の会も参加して昨年9月からスタートした「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」による3000万署名運動は、5月3日時点で1350万筆に達し、その後も3000万を目指して草の根に広がっています。

こうした広範な改憲反対の世論を前にして、自民党は、今年の党大会では9条改憲案を正式に決定できず、通常国会の憲法審査会で改憲案について議論することすらできませんでした。「臨時国会で改憲論議に持ち込み、参院選前に国民投票」という安倍首相らの言説は、こうした世論に対するあからさまな挑戦です。

今、6月の米朝首脳会談等を通じて、アジアの平和実現に向けて大きく前進するチャンスがおとずれています。私たちが、真に平和を望むのであれば、憲法9条の立場を堅持して、この動きに積極的に参画していくことが求められています。それは、沖縄の辺野古新基地、イージスアショア、オスプレイ配備など、日本をアジアにおける戦争の拠点にするたくらみに対して断固として反対することと深く結びついています。また、核兵器禁止条約の署名とその発効に背を向ける政府の立場を転換させることも、アジアの平和の実現に重要な一歩となるでしょう。

自民党が新たな総裁の下で臨時国会を改憲策動の新たな盛り上げの場にしようとしている今こそ、臨時国会を改憲論議の場に決してさせない、次期通常国会で改憲発議を絶対に許さない、そして来年の参議院選挙では改憲派の3分の2の議席獲得を許さず安倍内閣を退陣に追い込むという意思を固めましょう。それが改憲を阻む最大の保障です。そのために、3000万署名運動の達成を目指して新たな決意で取り組みましょう。
2018年9月14日 九条の会

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安倍政権が詐術を駆使して憲法に導入をはかる「緊急事態条項」

高田 健

1 はじめに

安倍首相は改憲の問題を今回の自民党総裁選挙の最大の争点にした。安倍と石破両候補の論戦の中で、敗れたとはいえ、石破茂・元幹事長が、憲法問題で緊急事態条項の導入を優先課題のひとつに掲げたことは黙視できない問題だ。

安倍政権の下での政治の特質でもあるが、自民党や安倍首相らが唱える「緊急事態条項」を憲法に導入するための説明(その目的や対象、方法など)が、その時々によってくるくると変転し、詐術にみちたものになっている。そのため、すこし、経過を追って確認しておくことが必要だ。

2012年の「自民党憲法改正草案」の発表以来、その復古主義的憲法観を含んだ時代錯誤の草案の評判の悪さの反映で、自民党は9条改憲を後景にさげたり、96条改憲論のような裏口入学的な改憲を唱えたり、歴代政権の9条の解釈を変えて「戦争法」を作ったりするなど改憲の路線の試行錯誤を重ねてきた。

2017年5月3日、安倍晋三首相は日本会議系の集会と読売新聞を通じて、それまでの安倍氏の考えとは大きく異なる9条改憲論を打ち出した。彼は従来の「自民党憲法改正草案」(2012年4月27日策定)を事実上棚上げにして、現行憲法第9条の文言をそのまま残して、新たに「9条に自衛隊を書き込む」という加憲論を提唱した。これに沿って自民党執行部は新改憲案を策定する作業に入った。その過程で、この自衛隊の根拠規定を9条第3項にするのか、あるいは現行9条を9条の1として、自衛隊の規定を9条の2にするのかなどの議論もあったが、現在ではあらたに9条の2を作るという方向になりつつある。

自民党は安倍発言で改めて9条改憲論に立ち戻ったが、9条改憲問題だけが突出することを恐れて、自衛隊の根拠規定を書き込む加憲論の「9条改正」にくわえて、「緊急事態条項の創設」「参院選の合区解消」「教育の充実・強化」を加えた重点4項目の改憲論のとりまとめの議論を進めた。この4項目は2017年10月の衆院選でも党公約に掲げられた。

自民党の2012年「改憲草案」にあった「緊急事態条項」導入の改憲論も4項目のひとつとして復活した。しかし、当初の「緊急事態条項」追加の改憲論の中身は、憲法に緊急時の国会議員の任期延長を規定する方針に限ることでおおむね一致していた。緊急時に内閣の権限強化や、政令で財産権などの国民の権利を制限できる規定を入れるべきだとの意見も出たが、公明党など他党に反対論があるため、自民党の改憲案には盛り込まない方向ですすめられてきた。

ところが、2018年3月25日の自民党大会直前になると、党内から強い意見があったということで、急遽、この緊急事態条項に「行政権の強化」や「財産権など権利制限」を加える方針に転換し、大会で確認した自民党改憲案の「たたき台」でもこの条項は加えられた。

そして安倍総裁が3選をめざす自民党総裁選では安倍氏は4項目改憲の国会での議論促進を掲げ、対立候補の石破氏は、合区解消と緊急事態条項の導入を優先し、9条改憲は急がないという議論を展開した。なお、石破氏の緊急事態条項改憲論は国会議員の任期問題だけでなく、行政権の強化などがふくまれ、基本的には従来の自民党改憲草案の規定通りのものだ。

こうして自民党の「緊急事態条項改憲論」は、その中身が2転3転してきた。さらにいうなら、自民党内で公然と議論されているわけではないが、「緊急事態とはなにか」についても「大規模自然災害」と「戦争」の緊急事態のとらえかたで、強調の度合いに違いがあり、動揺、変遷があってわかりにくい。
今回、改めてこれらを整理し、自民党の緊急事態条項付加の改憲論についてみておきたい。

2 党改憲草案(2012年)の緊急事態条項

自民党は民主党政権のもとで下野していた時代の2012年4月27日に発表した憲法改正草案で、その第8章の次に新たな章を設け「緊急事態」について規定した。
その中身は、有事や大規模災害などが発生したときに、緊急事態の宣言を行い、内閣総理大臣等に一時的に緊急事態に対処するための権限を付与することができることなどの規定だ。
以下はその条項案全文。

第9章 緊急事態
(緊急事態の宣言)自民党改憲案第98条
内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、100日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
第2項及び前項後段の国会の承認については、第60条第2項の規定を準用する。この場合において、同項中「30日以内」とあるのは、「5日以内」と読み替えるものとする。

(緊急事態の宣言の効果)自民党改憲案第99条
緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

草案がわざわざ「この場合においても、第14条、第18条、第19条、第21条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」と書いているが、これは「基本的人権を尊重する」という立場に立っているのではなく、「むしろ『場合によっては基本的人権が制限される』ということを含意しています」ということと同義だという指摘が憲法学者の長谷部恭男氏などからある。「尊重する」とはあるが「基本的人権は侵害されてはならない」とは規定されていないという点の指摘だ。

これに関しては「基本的人権」の扱いが問題となるので、自民党の改憲草案の解説(Q&A)でも「国民の生命、身体、財産の保護は、平常時のみならず、緊急時においても国家の最も重要な役割です。今回の草案では、東日本大震災における政府の対応の反省も踏まえて、緊急事態に対処するための仕組みを、憲法上明確に規定しました」などと説明している。

自民党の解説は「東日本大震災における政府の反省」を踏まえて「緊急事態条項」を導入するというが、そのために「憲法改正」が必要だという結論は、「自然災害」をダシに使って改憲を目的とする我田引水の議論にすぎない。自然災害に対する対応はこうした特別の憲法条文が必要なのではなく、現行法で十分に可能なことは震災の直接の被災者の自治体の責任者たちから繰り返し、指摘されている。

東日本大震災の被災地の菅原茂・気仙沼市長と奥山恵美子・仙台市長は、「自治体の権限強化が大事だ」として、改憲して新たに緊急事態条項を導入することは不要と明言した。菅原市長は、「緊急事態条項があれば、人の命が救えたのか。災害対策基本法の中にある災害緊急事態条項で十分だ」との考えを示した。戸羽(とば)太・陸前高田市長も「震災時は、国に権力を集中しても何にもならない」とし、否定的な見方を示した。

また2016年4月の熊本地震の際に、安倍政権が「全避難者の屋内避難」の方針をだしたことについて、蒲島熊本県知事が「人々は避難所が足りなくて屋外にいたのではない。余震が怖かったからだ。政府は現場の気持ちを分かっていない」と批判したように、被災地の実情から離れた中央政府の判断は百害あって一利なしだ。震災の反省を踏まえるなら、これらの地方自治体の責任者の言を取り入れるべきだ。

最新号の「週刊金曜日」(9月21日号)で清末愛砂・室蘭工業大学准教授が今回の北海道大震災で被災した経験から、「現場を知らない政府の指示は危険     緊急事態条項は被災地を救わない」という論攷を書き、その中で北海道の某自治体元職員の話を紹介している。「被災地の現状を正確に理解しているとは思えない政府から、あれもこれもやれと一方的に指示されると困る。政府や道は現場で何が起きているのかを出発点にし、各地域の自治体の要望に従って支援をしてほしい」と。清末さんは論攷を次のようにしめくくっている。「被災者に必要なのは、地域の特性を理解し、住民の視点からニーズを考えようとする自治体の長とそのもとで働く職員である。今回の地震を通して、それを心から痛感した」と。震災の経験に学ぶとはこういうことだろう。

自民党改憲草案の緊急事態条項が宣言の対象をまず、「98条1項で、内閣総理大臣は、外部からの武力攻撃、内乱等の社会秩序の混乱、大規模な自然災害等が発生したときは、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる」としていることは確認しておきたい。この条項が必要な理由は、侵略戦争、内乱、自然災害などへの対処としてという規定だ。最近は緊急事態条項が必要な理由をことさらに「自然災害」への対応に切り縮め、戦争や治安などその軍事的要素を隠したがる傾向があることは見逃せない。

緊急事態宣言の効果としては、99条で、「緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」とされている。

「法律と同一の効力を有する政令を制定」が重大な問題だ。これにより3権分立は壊され、立法府(国会)と同等の法制定権が行政府である内閣に与えられる。それだけではなく、本来、持っていない財政措置の権限も与えられ、また本来対等であるべき地方自治体への指示・命令権が与えられる。

これは内閣とその長に対して極めて強力な独裁権をあたえることになる。申し訳程度に付記してある国会の事後承認の規定などは、この独裁権の行使を覆い隠す役割しかはたさない。
そして、「緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる」と書いてある。

後述する通り、この条項のみが、一時期、自民党内で語られた緊急事態条項の必要性の理由だった。

自民党のQ&Aはこの国会議員の任期に関する緊急事態条項の必要性について以下のように説明する。

99条4項で、緊急事態の宣言が発せられた場合は、衆議院は解散されず、国会議員の任期の特例や選挙期日の特例を定め得ることを規定しました。東日本大震災の後、被災地の地方議員の任期や統一地方選の選挙期日を、法律で特例を設けて延長したのですが、国会議員の任期や選挙期日は憲法に直接規定されているので、法律でその例外を規定することはできません。そこで、緊急事態の宣言の効果として、国会議員の任期や選挙期日の特例を法律で定め得ることとするとともに、衆議院はその間解散されないこととしました。

党内議論の中で、「衆議院が解散されている場合に緊急事態が生じたときは、前議員の身分を回復させるべきではないか。」という意見もありましたが、衆議院議員は一度解散されればその身分を失うのであり、憲法上参議院の緊急集会も認められているので、その意見は採用しませんでした。それに対し、「いつ総選挙ができるか分からないではないか。」という意見もありましたが、緊急事態下でも総選挙の施行が必要であれば、通常の方法ではできなくとも、期間を短縮するなど何らかの方法で実施することになるものと考えています。なお、参議院議員の通常選挙は、任期満了前に行われるのが原則であり、参議院議員が大量に欠員になることは通常ありません。

このQ&Aも述べているように、議会制民主主義を維持することは現行の憲法の規定で不可能ではない。衆議院が解散していても、現行憲法では参議院がそれを代行できる。参議院は半数ごとの改選だから、どのように見ても国会がない状態は考えられない。まして、自然災害などが「日本全土」で一律に起こることなどはあり得ないから、現行公職選挙法の一定地域における「繰り延べ投票」の規定を被災地に適用して対応することができる。これは改憲の理由にはならない。(先走っていっておくと、実は最近の自民党の改憲4項目のうち、合区解消も、教育の充実も、いずれも憲法を改定しなければならないという問題にはあたらないのだが。)

(3)2017年5・3以降の緊急事態条項

2015年の9条の集団的自衛権に関する政府解釈を変更した戦争法(安保関連法)の強行採決後、与党は9条改正に慎重だった。政府が宣伝してきた「集団的自衛権の行使の緊急性」は戦争法の成立で満たされたはずだった。公明党などはこれで改憲問題は一段落、当面あり得ないという立場だった。

ところが昨年5月3日の首相の「鶴の一声」で転換した。9条改憲が再燃した。戦争法に基づいて自衛隊を派遣した南スーダンなどの情勢から、安倍首相は解釈にとどまらず憲法第9条そのものを変えないと、問題は解決しないと思いいたった。そしてこの2017年5月3日の「9条改正」論に、「緊急事態条項の創設」「参院選の合区解消」「教育の充実・強化」を加えた改憲重点4項目の議論に入った。この4項目は昨年10月の衆院選でも党の選挙公約に掲げられた。

これは9条改憲が突出すると目立ちすぎて、改憲反対の世論が強まる恐れがあり、他の条項と混ぜ合わせて9条改憲を提起するようにしたいという意図がある。そして教育の充実などは「維新の会」を引きつけておくために必要な妥協の産物だ。

党内論議の過程で、18年1月30日の自民党憲法改正推進本部での議論では、緊急事態条項改憲については世論の反発が予想される政府への「権限集中」や「私権制限」の部分は見送り、国会議員の任期に関する条項のみとするという方向をとった。憲法改正で任期延長を可能と規定することには、連立政権を組む公明党にも理解が広がっており、推進本部は野党の理解も得られやすいと判断した。「私権制限」に関しては、野党が基本的人権との兼ね合いで改憲案への明記を批判しており、自民党内にも警察法など現行法でも一定の対応が可能との意見もあることから、推進本部では改憲発議後の国民投票を見据え、広く支持を獲得しようと明記を見送ることにした。

しかし、その後、2018年3月の自民党の大会を前にして、国会議員任期の特例的な延長に絞っていた緊急事態条項について、党内に「(私権制限を明記した)2012年の党改憲草案に沿うべきだ」との異論が強く、執行部による論点整理では、(1)国会議員の任期延長や選挙期日の特例などの明記(2)政府への権限集中や私権制限も含めた条項の規定、の両案を併記した。
3月25日の大会でも自民党は改憲案をまとめることができず、苦肉の妥協策として「改憲4項目素案」というたたき台を取りまとめた。
この自民党改憲案4項目のなかの緊急事態条項の項は次のようなものだ。

第73条の2(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)【緊急事態条項】
(第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
(第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。

第64条の2(※国会の章の末尾に特例規定として追加)
大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。

「大地震その他の異常かつ大規模な災害」という規定で、反対の世論を恐れて注意深く自民党改憲草案にある戦争と内乱を避けている。
この自民党改憲素案は緊急事態条項に憲法73条関連で「国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる」としており、政府への権限集中が正当化されている。これは公明党や世論の反発を考慮に入れて、私権制限についての規定は見送るなど、多少緩やかな表現になっているものの、2012年の自民党憲法改正草案に道を開く規定だ。何よりも「緊急事態の政令を制定する」とあることが、政令の内容によっては、国会での審議を経ず、国民の権利を制限する命令を出すことが可能になる極めて危険なものだ。

9月7日告示、20日投票で始まった自民党総裁選では、自衛隊の明記による9条加憲を主張する安倍首相に対して、石破・元幹事長は「自衛隊の明記」よりも、参議院選挙の合区の解消や、大規模災害などに対応するための「緊急事態条項」の新設に優先的に取り組むべきだという主張で争っている。石破氏は「緊急事態の布告は、憲法が定める基本的人権、その中でも人命、身体、財産を守るためにのみ、なされるべきだと思う。自民党の憲法改正草案にも、基本的人権を最大限尊重すると書かれている」と主張して、石破氏自身も起草委員会の委員として参加した、自民党の憲法改正草案98条・99条の条文に沿って進める立場を明らかにしている。そして石破は9条改憲問題は9条2項削除から始めるべきだとの意見だ。これに対して、安倍首相は石破氏の考えは9条改憲先送り論だと激しく攻撃した。
これらをみても明らかなように、決して石破氏の総裁選での議論が安倍改憲に反対する「穏健」なものではなく、両者の改憲論が、憲法改悪をめざす道筋の違いでしかない。

(4)緊急事態条項に反対する

自民党が国会に出してくる改憲原案で、緊急事態条項がどのような文言になるか、まだ定かではない。自民党は改憲原案の提案勢力に与党の公明党や、閣外の維新の会などを加えたいと考えるのは間違いない。その場合、自民党の案はいくつかの政党との妥協の過程で、ある程度修正される可能性はある。緊急事態条項の「政府権限強化」などは公明党との妥協のための「のりしろ」になる可能性もある。しかし、いずれにしても、何らかの形でいったん緊急事態条項を憲法に導入すれば、それが拡大していくことは間違いない。改憲派が目指す終着駅は自民党憲法改正草案が規定した緊急事態条項にあることを忘れるわけにはいかない。

現行憲法では「法律」は国会でしか制定できない。これは民主主義の基本であり、3権分立の原則によるものだ。自民党の憲法改正草案や、改憲原案たたき台のように、緊急時に内閣が法律と同じ効力をもつ「政令」を制定できるとすることは、この民主主義の根幹を変えるもので、いったん、こうした規定を憲法に潜り込ませたら際限のない濫用の恐れが生じるのは歴史の教訓だ。

かつて第1次世界大戦後のドイツに成立したワイマール憲法は、当時、世界で最も民主的な憲法だといわれた。そのもとで、なぜナチス、ヒトラーがファシズム体制を作り上げ、あの悲惨な第2次世界大戦を引き起こしたのか。ワイマール憲法の48条には、「公共の安全、秩序に重大な障害が生じる恐れがあるときは、大統領は、公共の安全および秩序を回復させるために必要な措置をとることができる」という「国家緊急権」の規定があった。ヒトラーはこの条項を使って、独裁体制を作り上げ、事実上の憲法停止にまで持ち込んだ。

1933年2月27日、何者かによって(ナチスの自作自演と言われる)国会議事堂放火事件が起きると、当時国会で比較第1党のナチスの党首だったヒトラーは、大統領を脅し上記48条に基づき政令を制定させ、言論・報道・集会・結社の自由などを制限し、令状によらない逮捕・拘束を行った。これらによって、反対勢力の共産党などを叩き潰し、国内支配を強化した。
すでに見てきたように自民党が企てる緊急事態条項はこのかつて歩んだ道に通じるものだ。私たちはいま安倍首相が企てる憲法第9条の改悪・破壊に反対する闘いの中で、この緊急事態条項導入改憲論もかならず打ち砕かなくてはならない。

(5)資料「改憲4項目」条文素案全文

【9条改正】
第9条の2
(第1項)前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
(第2項)自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
(※第9条全体を維持した上で、その次に追加)

【緊急事態条項】
第73条の2
(第1項)大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
(第2項)内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。
(※内閣の事務を定める第73条の次に追加)

第64条の2
大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議院の出席議員の3分の2以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
(※国会の章の末尾に特例規定として追加)

【参院選「合区」解消】
第47条
両議院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも1人を選挙すべきものとすることができる。
前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。

第92条
地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本とし、その種類並びに組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める。

【教育の充実】
第26条
(第1、2項は現行のまま)
(第3項)国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。

第89条
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

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安倍政権再び!? 3000万人署名ではねかえせ!

藤井純子(第九条の会ヒロシマ)

8.6新聞意見広告へのご協力に感謝

皆さんのご協力で、第九条の会ヒロシマは今年、2月18日と8月6日、2回の3000万人署名新聞意見広告を掲載することができました。改憲発議をさせないためにどうしても3000万人署名を成功させたい、そのために私たちに何ができるかを考えた時、意見広告だと思ったからです。2回の意見広告を合わせると1000人以上の人々が、署名を送ってくださり、3000筆を越える署名が集まりました。ご協力、ご支援くださった皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

今でも署名が送られてきます

9月に入っても「8.6新聞意見広告に載っていた3000万人署名の締め切りは何時ですか?」見知らぬ人からこんな電話が続いています。あの1ページの新聞意見広告を心に留めてくださった方が思いのほか多いのだと実感します。中には署名やカンパを送るのは勇気がいったという声もありました。始めて知った団体からのお願いに答えて、署名を送るなんて、よほど重要だと思わなければできることではないですよね。それでも「9条を変えてはいけない」「安倍政治をこのままにしておけない」と思う人が、頑張って行動してくださったのだと思うと嬉しくなります。

私たちの新聞意見広告で、これまでつながりのなかった人々に署名用紙を届けることができ、その方々から署名が送られてきて、今も続いているということは、まだまだ出会えていないけれど安倍政治を心配する人がたくさんいることであり、これは大きな希望です。

参加型の新聞意見広告

意見広告の反響は思った以上でした。特に8.6新聞意見広告を掲載した後の一週間は、郵便ポストから毎日こぼれそうなほどで、驚くばかり。また、署名と一緒に電話やメール、手紙もたくさん頂きました。

「意見広告を見て『オッ』と思わず声が出ました。日頃から安倍政府の言うことなすことに腹立たしく思いながら何もできていない自分がいます。せめてこれぐらいなら…」と書かれているのを読むと、こんな方が多く「どうしたらいいんだろうと思っていたが、この署名ならできる」と意を決して送ってくださったのです。2月の中国新聞でも8.6朝日新聞大阪本社版においても切実な思いが手紙に書かれていましたし、ひらがなの子どもさんかなと思える手紙もあって、親子、祖父・祖母との会話が聞こえるようでした。

 3000万人署名を意見広告に掲載した成果は、こちらの思いを届けるだけではなく、「署名をすることで、自分も意思表示ができた」と喜んで頂いたことではなかったかと思います。この参加型の意見広告は、昨年秋の東京の意見広告を参考にしたものですが、頂いた手紙の中に「私たちも地域で取り組んでみたい」という声がありました。それぞれの地域で新聞意見広告に取り組み新しいつながりを作る、そんな広がりこそ目的の一つであり、嬉しい限りです。

宿題がいくつか

「改憲のその先に何が見えますか?」 この意見広告の反響の中には、少なかったけれど、私たちの意図と違う意見もありました。

一つは、「自衛隊は日本を守るために必要だ」「改憲は戦争のためではなく平和を守るためだ」「ズドンとやられた時では遅い」など。街宣をしていても「丸腰で守れるものか」とぶつかってくる人がいますが、こういう人は話をしたら長くなるだけで徒労だと思って対話を止めてしまいます。

また「安倍政権はダメ」としながら悩んでいる人もいました。「安全保障はどうする?」という人。日本政府が盲従するアメリカ主導、軍事力均衡による安全保障に対抗する哲学が必要ではないか」と真剣に考える人。「解釈改憲されないよう9条に書き込む必要がある」という人。私たちがそうした「防衛は必要」や「新9条論」といった人たちにしっかり答えているかといえばまだまだです。しばしば韓国の文大統領の姿勢を話したりしましたが、もっと相手の話も聞いて対話力をつけるという宿題をもらったような気がしています。

また、いくら新聞に意見広告を掲載しても見ない人もいるでしょう。見ても興味を持たない人も多いでしょう。特に後者に「おやっ 何だろう」と目をとめてもらいたいし、「改憲したら、どうなるのかなぁ」なんて考えてもらいたい。これは毎年、新聞意見広告を作る時の大きな悩みでもあります。次の広告掲載に生かすのはなかなか難しいけれど、私たちの大きな宿題であり、皆さんからもご助言を頂きたいところです。

広島県内の総がかり行動

広島でも、全国の皆さん同様、安倍政権に対抗するために総がかり運動を進めています。「安倍9条改憲NO! 憲法を活かそう」3000万人署名を成功させるために広島市を中心の広島総がかり行動実行委員会」ほか県内各地で大小20の総がかり的な動きがあります。それぞれが目標を掲げて学習会、街頭署名、戸別訪問などに取り組んでいます。

第九条の会ヒロシマは広島総がかり行動に加わっていますが、県内各地の九条の会が中心となって総がかりを呼びかけていったところも多いようです。「広島県9条の会ネットワーク」は県内の九条の会が集まって意見交換会を行ってきました。広島市だけではなく、県北や東部にも行って、悩みや、いいアイディアを共有し活動に活かしてきました。第1次安倍政権の時、県内の「九条の会」の活発な活動を掘り起こそうと、知恵を絞り、お金を出し合ってジャンボチラシを40万枚作り、全県でそのチラシ配布をしたこともあり成果を挙げてきました。

総がかり意見交換会

この8月、県内の総がかり「意見交換会」を開き、報告や悩み、展望などを話し合いました。9条の会ネットワークの意見交換会を発展させたものです。県中部の三原は、総がかりの形も動きも進んでいて「九条の会・三原」の市民が積極的に呼びかけて地区労や部落解放同盟、共同センターなどこれまで考えられなかった協働作業を行い、講演会はもちろん、3分の2世帯の戸別訪問を目指して活動をしています。この夏の大洪水・土砂災害にも負けず、秋には立て直して再開するというのですから力強い動きです。県北や東北部は、戸別訪問も車で回る山間地も広がっていますが、それでも庄原市は「戦争法」に反対する行動が引き継がれ、保守の人たちも一緒に活動をしていて、その点では最も進んでいます。呉では、安倍9条改憲に反対するだけでなく、「呉教科書裁判」に関わる人たちが加わり、日本会議派の市長を代え、「憲法を生かそう」というもう一つの目的に対しても総がかりで挑んでいます。

女性たちの頑張りは目を見張るものがあります。毎週、広島平和公園の入り口の元安橋付近で署名を集めている女性たちがいます。ここは全国から平和に敏感な人たちが集まるところだからか、繁華街よりも署名が集まるようです。マンガを描いたチラシを作り、分かりやすい言葉で呼びかけています。中には時間があれば街に出かけ、1人で6000筆以上を集めている女性がいます。彼女は「もし9条が変わると、男も女も戦争に行かされますよ。あなたはそれでいいんですか?」と自分の問題となるよう話しかけていくのだとか。街頭で話しかけているのはほとんど女性たち。広島の男たち、もっと頑張って!

自民党総裁が決まり、安倍政権がまだ3年も。しかし朝鮮半島では、軍事的な敵対行為が起こらないように「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」が合意されました。広島県内、全国どこも共通の悩みであるこれまでの分裂のしこりを背負い、市民がつなぎ役となってそれを取り払いたいと奮闘しています。街頭や戸別訪問など、とにかく対話が大事。沖縄の知事選にはらはらしていますが、今秋、私たちも頑張っていくしかないですね。
(2018年9月20日)

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渡辺 治著「戦後史のなかの安倍改憲」を読む

池上 仁(会員)

「戦後史の中の安倍改憲」B6版:382頁
定価:1800円(税別)発行:新日本出版社

簡潔な憲法をめぐる攻防史

400頁近い大部な本に16頁もの詳しい目次がついている。目次に眼を通すだけで戦後の改憲策動と反改憲運動の攻防の歴史をあらあら追うことができる。
戦後世界の構造(冷戦⇒アメリカ一極覇権⇒アメリカの衰退の始まり)、アメリカの戦略上の日本の位置(米軍基地確保・再軍備⇒「共に血を流せ」⇒軍事上の負担分担圧力)、日本の支配層の意図(九条改悪・復古主義⇒改憲消極政策⇒集団的自衛権・明文改憲)、これに抗する民衆側の運動(平和と反復古の護憲運動⇒安保闘争⇒新しい市民運動・九条の会⇒市民と野党の共闘)さらに時々の具体的な政治社会状況を背景にした細かな駆け引きに至るまで多角的に分析している。著者の講演を聴いて文字起こしすればそのまま論文になっているのに驚嘆したことがある。記述は実に理路整然としている。

「安倍改憲」とは何か

タイトルにある「安倍改憲」とは何か?50年代から連綿と続く改憲企図の流れを汲むものだが、政権公約に新たな憲法の制定を掲げたのは安倍が初めて、安倍個人の「意欲」が大きな役割を持つ。第2に9条1項、2項をそのままにして新たに自衛隊を明記する改正案の独自性。この9条改正案はどのような変質を憲法にもたらすか。(1)9条が政府に命じているのは「武力によらない平和」である。これに「自衛隊を保持する」と明記されれば、それは「武力による平和」を命じることになり矛盾するが、「後法が前法に優る」の解釈で「武力による平和」が前面に出る可能性が高い。(2)憲法に軍事組織が明記されることにより、戦争も軍隊も敢えて想定しない人権と社会の常識が根本的に変わる。明治憲法に多くあった緊急事態規定設置、軍人に特有の人権の制約、差別的取り扱い、軍事特別裁判所設置、軍事秘密に関わる罰則強化、徴兵制の合憲化、災害派遣で信頼を得ている自衛隊の変質、海外での武力行使を行う自衛隊の合憲化に道を開く。ただの書き加えにとどまらない地殻変動的変質を憲法にもたらすのだ。

なぜ安倍政権支持率は下げ止まるのか

「永続敗戦論」を書いた白井聡は進藤榮一との対談本「『日米機軸』幻想」(詩想社新書)の終章で書いている、「(安倍)政権支持率も低下してきたとはいえ四〇%近い数字をマークしています。この無能かつ不正で腐敗した政権を、国民は相対的に支持しているのです。政権と同程度に国民総体が劣化していると言わざるを得ません」と。これは安倍政権を批判する人々の中にある一定の心情を代弁しているだろう。だが問題はこういう風に吐き捨てるのでなく、なぜそうなのかを冷静に分析し、そうでない道筋を具体的に示すこと、それが白井の言う「知識人の責務」ではないだろうか。

渡辺が行っているのはまさにそうした地道な作業である。09年民主党に大敗北した総選挙の自民党比例区得票率は26.73%、自民党が大勝し政権に復帰した12年総選挙の得票率はわずかに0.89%上がって27.62%(この点をとらえて小選挙区制の問題点を指摘する声は多い。本書でも「政治改革」の果たした大きな政治的影響が指摘されている。それは社会党の解体・変質をもたらし、“分散”“自由”な自民党から眼をそむけたくなる独裁的な上意下達体質の党への変化を結果した)。

なのに13年参院選34.68%から17年総選挙33.28%まで格段に高い得票率を維持しているのは何故か?渡辺は第1に「財政出動による地方の『仕方のない支持』」をあげる。小泉政権そして民主党政権下でも進められた構造改革により疲弊した地方に対しアベノミクス第2の矢で湯水のような財政出動を行い、一旦は失いかけた地方の支持を奪い返したとする。このことは自民党得票率40%以上の都道府県数の推移に表れている。05衆院選(小泉郵政民営化選挙)15、07参院選1、09衆院選0、10参院選0、12衆院選1、13参院選19、14衆院選5、16参院選19、17衆院選5。そして自民党の得票率上位10は人口減少の著しい地方に偏っている。これに対し野党がアベノミクスについても安保・外交政策についても対案を「政権構想とともに提示しきれなかった」(下線は原文では傍点)こと。

17年総選挙においては「市民と野党との共闘の分断」がもたらした影響が大きかった。希望の党への民進党の合流問題。これによって積み重ねてきた共闘関係を大きく損ない、自民党の勝利に帰した選挙区が少なくない。騒動の中での前原や小池の振舞自体それまで実績をあげていた市民と野党の共闘の重しがあったためであるとする。この背景があったからこそ思いがけない立憲民主党の躍進という形で共闘は再生した。

憲法の生きる日本へ 野党連合政権構想の提起

本書に込めた著者の最大の力点は、具体的な野党連合政権構想とその実現への道筋を探った「第Ⅲ部 安倍政権のめざす日本から憲法の生きる日本への道」にあるだろう。それは上に見た安倍自公民政権の“しぶとさ”を乗り越えるための模索である。このようなものでない「もう一つの国」を目指す上で必須の運動の在り方を探っているのだ。だから言う、「安倍改憲を阻むという課題は、現状の改悪を許さないという意味では、現状の維持、『保守的』課題である(-略-)安倍政権が交代しても自公政権が続けば、政府は安保法制、ガイドラインに基づく米軍と自衛隊との共同作戦体制の具体化を継続するであろう。安倍改憲を阻むことは、憲法9条を侵食してきた事態を止め9条の生きる日本をつくるという課題実現にとって、巨大ではあるが出発点に過ぎない」(下線は原文では傍点)と。

白井が言っているように、最新の世論調査でも政権支持率は40%前後で上下している。その特徴を渡辺は、森友・加計問題の不祥事、カジノ法案や働き方改革法案等個別の問題については批判や反対が多数を占めているにも関わらず政権支持率は下げ止まりになっていることと指摘している。そしてその原因を07年第一次安倍政権が支持率を大幅に下げた状況と比較して、「07年の時は、野党共闘はなかったが、新自由主義改革で鬱積した貧困や格差をなくす運動を背景に、小沢一郎率いる民主党が反新自由主義に転換し、自公政権に代わる受け皿を示したため、自公政治を変えたいという声が大きくなり民主党政権を生んだ。安倍政権に対する不信が鬱積している今、安倍政治に代わる選択肢を示すことが、安倍政権を代える焦眉の課題として浮上している」と。

そのために「安倍改憲阻止の共同でまず改憲を挫折させ、その共同の経験と力を梃子に、安倍政治を変える共同をつく」らねばならない。

それには安倍政治に対抗する政治構想とそれを実現する担い手が二つながら必要となる。これは意識的な努力の中で試行錯誤して掴むべきものだ。
「野合論」「時期尚早論」「選挙目当て論」を批判しつつ、60年安保闘争での共同が自民党政治を打破する政権構想までに至らずに解消したこと、民主党政権が多大の期待を寄せられながらも国民に依拠し共同を求める姿勢が弱かったために挫折したことを教訓に、2014年来積み重ねられてきた市民と野党の共闘の経験を振り返る。市民連合の働きかけもあり何度か野党間の政策合意が結ばれた。その中に立憲野党間の共同できる政策の方向性は見えている。第1に、憲法改悪阻止、安保法制廃止、辺野古基地建設反対等の平和政策。第2に、アベノミクスによる格差、貧困の助長、地域の崩壊促進、原発再稼働に代わる社会保障と国民経済再建策、第3に、安倍政権の進める情報隠蔽、報道の自由侵害などの立憲主義破壊を食い止め,立憲主義を回復する。
この連合政権を実現することにより、大きく平和に向かって動く東北アジアの流れに貢献していこう、と渡辺は呼びかける。

自民党総裁選結果から見えるもの

自民党総裁選が終わった。東京新聞1面の見出しは「安倍氏3選改憲加速」だが、社説を含め各面を読んでいけば、これが安倍の願望を記したに過ぎないものであることは明らかだ。特に「安倍氏10県で敗れる」のタイトルで、議員票よりもより世論に近い党員・党友による地方票の得票分析を行っている7面に注目する。47都道府県のうち石破票が安倍票を上回ったのが山形等10県、石破票が僅差で迫ったのが山形以外の東北5県等9県だ。19県中参院選一人区は合区を含めて17県。まさに渡辺が指摘した地方の「仕方のない支持」が崩れつつあることを示していると言っていい。民意はとりわけ苦境にある地方から安倍を離れつつあることが読み取れる。
渡辺提言が各界で議論され豊富化されて運動に反映していくことを望まずにはいられない。

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