私と憲法199号(2017年11月25日号)


安倍改憲をめぐる情勢と私たちの課題

第20回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会に結集を!

安倍自民党の改憲動向

今年5月3日の安倍首相による憲法9条に自衛隊の存在を書き込むという発言以来、自民党や改憲派は執拗にその実現に向けて動いてきた。安倍首相らによる奇襲攻撃ともいうべき10月22日の総選挙の結果、自公与党で衆議院の3分の2議席、その他の改憲賛成政党を含めれば実に衆議院の8割まで占めるに至った改憲勢力の動きは活発だ。

安倍首相は自民党憲法改正推進本部長に自らが属している派閥の会長・細田博之氏をあて、この間、安倍首相の意を受けて改憲を推進してきた幹部たち、病気で引退する保岡興治・前本部長と、息子に跡目を譲って議員を引退した高村正彦副総裁を特別顧問としてひきつづき改憲推進ができる体制を整えた。ちなみに推進本部の事務総長は日本会議議員懇談会メンバーの根本匠・元復興相、事務局長は神道政治連盟国会議員懇談会メンバーの岡田直樹だ。これらの極右がリードする布陣で、従来から野党に甘いと定評のある中山太郎初代憲法調査会会長のながれを受け継ぐ自民党憲法族の船田元・元本部長や中谷元・本部長代理らを封じ込める体制をとった。2017年11月の現在、自民党はこの改憲推進本部で、改憲原案作成のための議論を続けている。

この特別国会の所信表明演説では安倍首相はあえておなじみのハイテンションの主張を避け、「与野党の枠を超えて、建設的な政策論議を行い、ともに、前に進んで行こう。ともに、困難な課題に答えを出していく。そうした努力の中で、憲法改正の議論も前に進むことができる」と呼びかけるにとどめた。衆院選では自民党は5つの重要公約の1つに改憲を挙げた。しかし、安倍首相は総選挙中の街頭演説で改憲問題にほとんど触れず、「争点隠し」との批判を浴びたほどだ。しかし、今回の所信表明演説といい、街頭演説といい、これが安倍首相の改憲への熱意の低下をしめすものでないことはあきらかだ。それは狡猾な政治的術策に過ぎない。

すでに自民党改憲本部は11月16日に「合区解消」の議論を本格化させ、今月から来月にかけて高等教育無償化、緊急事態関連条項、自衛隊の明記について、を議論する方向だ。

改憲案~その1~合区解消

9月20日以来、約2か月ぶりに開かれた11月16日の改憲推進本部の議論では、参議院議員選挙で県境をまたいで合区とされている選挙区の解消をめざして憲法47条、92条の改憲を目指すことが確認された。47条は「選挙区……に関する事項は、法律でこれを定める」とあるのを、「各都道府県から1人以上選出できる」主旨の一文を付け加える。地方自治体の組織、運営に関して定めた92条もこれに準じて改めるという。自民党はこれを次期参院選(2019年7月)までに改めようとしている。そのためには来年の通常国会で与野党協議を具体的に始めなければ間に合わないことになる。石破茂・元幹事長は「法の下の平等」を定めた憲法14条との関係でこの改憲案は不明確と批判した。17日、公明党も「国会議員を全国民の代表と規定した憲法43条と矛盾すると批判し、ブロック大選挙区制を主張した。共産党も全国をブロックに分ける比例代表制を提案した。

「憲法9条を壊すな!実行委員会街宣チーム」のリーフレットで私たちが指摘してきたように、国会議員は地域の代表ではなく、「全国民」の代表だ。14条との関係で必要な1票の格差の是正は、全国比例代表制で解決できる。もともと国家財政を理由にして、国会議員の定数を次々と減らしてきたことが問題で、他の先進国の議員数から見ても決して多すぎない。財源問題は他の予算や歳費の問題で解決できる。これは改憲に値しないというのは、当たり前の議論だ。こうした自民党の改憲案が、野党各党や、世論の多数から理解されるはずがない。

改憲案~その2~教育無償化

教育の無償化はどうか。これは教育無償化改憲を自党の看板にしてきた「維新の党」を安倍改憲に引き込むために、安倍首相らが掲げているものだが、かつて民主党政権時に反対した自民党の中からも広く疑問が出されている。公明党や他の野党も批判しているが、これは改憲の問題ではない。法律を作ればいまでも実現できる問題で、課題は財源問題だけだ。

改憲案~その3~緊急事態条項

緊急事態条項の導入は問題は2つある。1つは現在、自民党がこの改憲課題で言っている内容は緊急事態における国会議員の任期延長を憲法に盛り込むことに絞った改憲案ということと、もう1つはそれにとどまらずに緊急事態における首相の権限の強化まで踏み込んだ改憲案にするかどうかだ。

第1の国会議員の任期延長論は以下のようなものだ。
大災害などで選挙が実施できなくなった場合に国会議員の任期を延長する「緊急事態条項」を創設する。安倍晋三首相は「緊急時に国民の安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たすべきかを憲法に位置付けることは大切な課題だ」と述べている。

自民党の推進本部の会合では「任期延長を先行させれば、保身に走っていると国民からみられかねない」などの理由で批判が相次いでいる。公明党にも強根強い批判がある。私たちは憲法54条の規定で大災害時には参議院が緊急集会を開催できること、衆議院の任期満了時でも被災地以外は予定通り選挙を実施し、被災地は公選法57条で繰り延べ投票にすればよい。あえて憲法を変える必要はないことは明白だと考える。

第2の問題は、いま自民党が言及していないが、このところの改憲論議で「緊急事態条項」の改憲(加憲)と一般的に言うことが多いことだ。この中に、緊急事態における首相権限の強化が含まれる可能性は否定されておらず、それは従来から私たちが指摘してきたようにナチスの国家授権法に類するような危険があることだ。災害時の国会議員の任期延長論が、この非常事態条項導入の突破口になる可能性がある。自民党の2012年の改憲草案は、大規模災害や内乱時に首相が「緊急事態の宣言」を発し、法律と同じ効力がある政令を内閣が制定できる、財政措置もできる、地方自治体にも命令できるなどと定めている。これによって緊急事態には基本的人権や財産権の制限が可能になる。

国会議員の任期延長などと愚にもつかない理由で緊急事態条項を入れておいて、この条項を国家緊急権のような首相権限の強化の方向に拡大していくとしたら、より重大な問題だ。

改憲案~その4~自衛隊の根拠規定

9条1項、2項をのこしたまま「自衛隊の根拠規定」を付加するという、5月3日の安倍9条改憲案については、本誌で幾度も述べてきた。これが憲法9条1項、2項と矛盾するという指摘は広く各界から出ており、公明党などにも躊躇がある。自民党の細田改憲本部長は11月11日、「現行の憲法解釈は、自衛隊は2項と矛盾しないというものだ。そうであれば、2項が禁止する戦力は一種の『攻撃的戦力』であり、自衛隊の根拠規定を加えても論理的に何の問題もない」と述べた。これはごまかしだ。現在の自衛隊は「戦争法制」のもとで集団的自衛権を行使する自衛隊であり、海外で米軍と共に攻撃的な戦争が可能とされている。

この自衛隊を憲法に書き込むことは戦力不保持と交戦権否認を定めた9条2項に矛盾する。この場合、後法優越・優先の原理から、3項が優先され、2項が否定される。11月20日の特別国会で衆院の代表質問に立った立憲民主党の枝野代表は、集団的自衛権行使を可能にした安全保障関連法を「立憲主義の観点から決して許されない」。安倍政権が目指す改憲について「今ある憲法を守ってから言え。それがまっとうな順序だ」と指摘した。まさに憲法を守れないものに改憲を主張する資格はないのだ。

極右組織「日本会議」の櫻井よしこ、田久保忠衛、三好達らによる「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などは、「現行憲法では、自衛隊は明記されておらず、『憲法違反』の存在といわれています」「憲法に自衛隊を明記しよう」「ありがとう自衛隊」というキャンペーンを始めており、①365日24時間、日本の守りに専念。②国際平和協力活動に、世界各国で貢献。③国民の暮らしを守るため、年間500回の災害救助へ、などと宣伝している。しかし、憲法違反の集団的自衛権を行使できるようになった自衛隊を憲法に書き込めば、日本は憲法で「戦争ができる国」になる。

安倍自民党の改憲スケジュール

安倍首相周辺では、こうした作業を経て最短コースで来年1月からの通常国会に改憲原案の提出、国会終盤の改憲発議、秋以降の国民投票実施というスケジュールを狙っている。この間、安倍政権による森友・加計疑惑隠しの動機によって、臨時国会も開かれず、国会が不正常な状態に置かれてきたことから憲法審査会は開かれていない。

世論や国会の各党の反発を考慮して、安倍首相や自民党幹部たちは「改憲はスケジュールありきではない」などといいながら、改憲の準備を急いでいる。2018年早々に召集されることになる通常国会では、憲法審査会は早期に再起動されるにちがいない。開催のテンポや議題は与野党の厳しい闘いになるだろう。3月末までは18年度予算の審議があり、3月には自民党大会が予定されている。この大会で自民党は憲法審査会の改憲論議を加速させるか、改憲原案を確認することになる。自民党はそのあと、通常国会末の5~6月に改憲案の本会議採決・改憲発議をねらっている。18年9月は自民党総裁選挙だ。安倍の3選を可能にするためには、改憲の道筋をつけておかなくてはならない。

この発議のスケジュールが世論の動向を反映して、党内論議や公明党ほかの野党との調整の成り行き次第で、18年秋の臨時国会、あるいは19年の通常国会にずれ込む可能性はある。その場合、18年11月3日に絡んで、明治150年を祝い、現行文化の日(憲法公布記念日)を「明治の日」にしようというキャンペーンも展開されているだろう。19年4月末に予定されている天皇代替わり行事もあり、3月下旬から4月にかけての統一地方選がある。19年7月は参議院選挙だ。また、18年から19年全体をとおして、東京五輪の前段キャンペーンが行われ、社会には日の丸の旗が舞うことになる。

今回の総選挙で自民党は衆院で3分の2の議席を得たことにより、最長で2019年7月の参院選まで改憲発議可能なタイムリミットを得たことになる。私たちは公選法と改憲手続き法の投票運動の仕組みの違いから同時実施は困難だと指摘してきたが、自民党内で与党に有利に働く参院選と改憲国民投票の同時実施論が根強くあるのも、この計算からだ。このためには、国民投票は発議後60日から180日以内に実施しなくてはならないので、180日とすれば18年末の臨時国会で発議が必要になる。60日とすれば、天皇代替わりの歴史的お祭り騒ぎ直後の19年連休明けに発議すれば間に合う。

18年発議という、わずか1回の国会で改憲の発議をする企ては乱暴極まりないことであるが、参院選と同時投票というのも乱暴な話だ。このような無茶な改憲を許すことはできない。

安倍改憲の前の困難

しかし、この企てには困難も多い。安倍首相が最も重視する9条に自衛隊を付加する改憲案には支持母体の一つの日本会議の田久保忠衛会長が、総選挙後、右から「欺瞞的でなまぬるい」とかみついているし、自民党内でも石破茂・元防衛相をはじめ、2項と新3項は矛盾するという批判は根強い。公明党も党内や支持母体の創価学会のなかにも自民党に限りなく引きずられることへの不安が大きく、党幹部も安倍改憲案に慎重姿勢を示さざるをえない。「維新」は安倍9条改憲に反対してはいないが、9条改憲が最優先課題という位置づけではないし、「希望」の中では明確に反対派が存在する。これらの政党の動向に多くを期待することは禁物だが、しかし世論によって変化するのも事実だ。

世論は朝日新聞(10月23、24日調査)で「自衛隊明記」反対45%、賛成36%、共同通信(11月1、2日)で反対52・6%、賛成38・3%だが、NHK(10月16日)は賛成29%、反対22%と結果が分かれた。各種の世論調査で安倍9条改憲に反対する世論が相当に根強くあることはあきらかだが、NHKで「どちらともいえない」が40%を占めたように、自衛隊明記の9条改憲案の危険性は十分に浸透しているとはいえない。特に年代別調査(朝日)で、18~29歳で賛成が49%、反対が34%という結果は重大で、他の年代すべてで反対が多かったことと比べて、大きな課題だ。若者たちが戦後民主主義の洗礼から遠ざけられていることの反映だろう。男性は45%が賛成で、女性は28%だった。

また、安倍内閣が取り組むべき政策の優先順位に関する共同通信の世論調査(2つまでの選択。11月1、2日)では、年金・医療が42・5%、景気・雇用が39・6%で、「憲法改正」は6・8%で8番目に過ぎなかった。世論は改憲を求めていないことの証明だ。

改憲国民投票について

国民投票についても、本誌はそれへの安易な幻想に警鐘乱打してきた。多くの人々の努力の結果、第1次安倍政権時代に設計された現行改憲手続法(国民投票法)が、民意を正当に反映できない悪法であることは運動圏ではかなり知られるようになってきた。発議後の国民投票運動期間におけるテレビやその他のメディア(新聞やインターネットを含む)の広告宣伝の不平等の問題、国民運動期間の短さ(最低60日)、最低投票率規定がないこと、公務員や教育従事者の国民投票運動の制限が強すぎること、などなどを含め、問題があまりにも多い。これによって、国民投票が資金力、組織力のある改憲派に有利な仕組みになっている。一部には憲法審査会と国会が、この改憲手続き法の「改正」をおこなうことに期待する人もいるが、同法の成立過程から見て、国会の多数である改憲派がそれに乗る可能性はほとんどないとみなくてはならない。私たちは全国的な大衆運動の強化によって、この悪法・改憲手続き法のもとで改憲発議を企てる安倍政権の策動を打ち破る必要がある。

だからこそ、目下の運動の課題は「国民投票に備えよう」ではなく、「改憲発議を阻止しよう」だ。この闘いの大きな展開なくして、万が一、国民投票が強行されたときにも、それに反撃できるような足場は作れない。運動を広げ、大きくして、改憲派に改憲をあきらめさせる、あるいは動揺させるようなたたかいを作り出すことがカギになる。

衆院憲法審査会がまとめた今年7月の「憲法改正」や「国民投票制度」についての超党派の訪欧調査団の報告書によると、EU離脱の是非を問う国民投票を実施した英国のキャメロン元首相は、調査団に国民投票で支持を得ることの困難さを説明し、「(実施には)少なくとも60%程度の賛成者がいる状況が必要」と強調、調査団の改憲派の議員を驚かせたという。

「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が呼びかけた「3000万署名」運動は、いま各地で急速にひろがっているが、この運動の成否がいま安倍首相らが企てている来年夏の改憲発議をくいとめることができるかどうかの天王山になる。集会、デモ、スタンディング、戸別訪問などなど、全国津々浦々の市民による創造力を駆使した行動で奮闘したい。

そのためにも、12月16~17日、東京で開催される第20回「許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会」に結集し、今後の安倍改憲阻止の闘いの方向の議論をへて、共有し、共に歴史的な闘いをたたかい抜きたい。
(事務局 高田健)

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アピール 3000万人署名に弾みをつけよう 危険な安倍9条改憲案を止める、大きな世論のうねりを

「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」に取り組んでおられる全国のみなさん、
自民党は年内にも、9条に自衛隊を明記することを中心とする改憲案をまとめようとしています。そして、年明けの通常国会で提示し、改憲案の発議をめざそうとしています。

私たちはいよいよ、「安倍9条改憲」の野望に正面から立ち向かうときを迎えました。(中略)

安倍首相はすでに、自民党の憲法改正推進本部の人事を組み替えて自分の言うことをきく体制にしており、自民党改憲案は、5月3日に安倍首相が打ち出した「安倍9条改憲」案に沿ったものになるでしょう。自衛隊が「9条の2」などとして憲法に定められたら、集団的自衛権の行使や国際紛争への武力介入など、自衛隊が海外で戦争し、殺し殺されることが憲法で認められることになります。9条は、1項も2項も効力を失い、日本は「いつでも戦争する国」になってしまいます。

これに対し私たちは、特に若い世代や女性などに「安倍9条改憲」の危険性を分かりやすく丁寧に訴え、これに反対する意思を持つこと、できるならその意思をさまざまな形で表わすことを呼びかけていきましょう。

「安倍9条改憲NO!憲法を生かす全国統一署名」(3000万人署名)は、そのための意思表示の方法であり、対話の機会をつくりだすためのものです。この署名のうねりが全国に広がっていけば、改憲勢力はその勢いと意欲を失うことになるでしょう。

正念場はこれからです。あらゆる地域で、分野で、街頭でも駅頭でも、商店街や路地裏でも、戸別にでも、1人ひとりに語りかけ、対話の輪を広げていきましょう。

分かりやすいチラシやリーフ、SNSでの発信や対話、音楽や絵画、パフォーマンスなど、創意工夫をこらし、“戦争する国、反対”、“自衛隊は殺すな、殺されるな”、“安倍9条改憲を止めよう”と訴えていきましょう。

2017年11月16日  安倍9条改憲NO!全国市民アクション実行委員会

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第118回市民憲法講座:危ない!改憲手続き法 (憲法改正国民投票法)

お話:田中 隆さん(弁護士 法律家6団体連絡会・自由法曹団)

安倍流改憲と総選挙

今日は選挙の結果が正確にわかってまだ4日目ですからやっぱり選挙に触れざるを得ないので、最初に安倍さんがやっている改憲策動と今度の選挙のことから話に入ることにします。レジメでは「安倍流改憲」という言葉を使いました。安倍晋三さんが首相になって今仕掛けようとしている改憲のやり方、くらいの意味で押さえて下さい。

彼はご承知のように「命を賭けてもやる」と言っているくらいに明文改憲に執念を燃やしているわけですが、ただ9条を変えるという改憲そのものは、別に安倍さんが発明したものではありません。少なくとも現在に至る改憲策動は今からほぼ30年くらい前、時代が90年代になったあたりから一貫して続けられてきたこの国を変える策動の現局面、安倍さんバージョンだと考えておくべきだろうというのが出発点です。では戦後という時代をどのような国にしようとしているのか。ひとつは、新自由主義的な構造改革でこの国の経済その他の仕組みを変えてしまう。もうひとつは国際化、多国籍企業化で海外に出て行くのだから、そのために自衛隊を海外で縦横に活躍できる、端的には外で戦争にできるようにする。このふたつの柱の改憲策動、国家改造策動と私は理解しています。この現代版です。その国家改造策動の最初に手がけたのが、政治システムそのものを変えること。これが政治改革と称してやられました。1994年、政治改革が強行されて小選挙区制がつくられた。このもとで改憲発議や選挙がやられようとしているわけです。先に政治システムを変えてから、9条を中心とした改憲に向けて着々と準備を進めてきた。それがいわば天王山というところに来ているわけです。

その安倍さんの改憲戦略、いま衆参両院で改憲勢力が3分の2を確保している。これを背景にして自衛隊を明記する改憲、つまり9条1項、2項を維持した上で自衛隊を書き込む。こういった明文改憲を中心として他の政党の合意が得やすい項目を押し出して、最初は来年春に発議をして、来年の年末までに、改憲手続き法、国民投票法で一気にやってしまおうというようにくみ上げてきたのが改憲戦略でした。これは大変だというので安倍改憲阻止の野党と市民の共闘が大きく発展したことはみなさんご承知の通りです。戦争法や共謀罪ではこの共闘が大変大きな役割を果たして、政府や与党を追い詰めました。また昨年の参議院選挙や新潟県知事選、仙台市長選でも威力を発揮した。本当はこの枠組みでぶつかりたかった選挙でしたよね。そういうところまでたたかいがきていることは決して忘れずに確認をしておきたいと思います。そういう力関係のもとで今度の解散、審議逃れの冒頭解散を打って、しかも野党再編によって共闘を分断しようとしてくる中でたたかわれたことが特徴でした。

選挙結果をどうみるか

自由法曹団の総会がちょうど日曜日にあり、私はこの台風の中、三重に行って選挙の結果を見ていました。300人くらい弁護士が参加して、全員期日前投票で三重に行きました。そこで議論したことを踏まえて、選挙結果についてコメントしておきます。

投票率は53.6%と報道されております。前回、2014年12月の総選挙が戦後最低の52%でした。それから1%ちょっと回復しましたが、政治改革前の中選挙区制のときは70%くらいを維持していましたから、選挙制度が変わって、簡単にいえば政治が国民から離れて劣化して、国民の政治に対する絶望が続いていた。これが投票率に表れていると思います。ただ、その50%の投票のうち実に20%、2300万は期日前です。関心がなかったら期日前に行きませんよ。やっぱり今度の選挙はそれなりに関心を集めていた。もし、台風が直撃しないで投票率が上がっていたらどうなっていたかということも、「if」としてはあるのかもしれません。私たちが改憲阻止との関係で頭に置くべきは、47%の人が投票しなかったということ。逆にいえば私たちがそれぞれの街や職場で投票に行かなかった47%の人に、憲法のこと、改憲のことをどう語りかけていけるかが今後のたたかいの大きなカギになるだろうということだと思います。

もうひとつ、私は圧勝とは思わないのですが、与党が一応勝利したと報道されています。自公が3分の2を維持しました。ただ、私はずっと選挙法ないし選挙論を追った人間ですが、選挙論という立場からいうとこれはある意味で当然の結果です。小選挙区制という第1党に有利に作用する選挙制度があって、野党が分断されていて、しかも北朝鮮の核とミサイルの問題がさんざん投げかけられていて、しかも低投票率です。はっきりいえば政権側に有利に機能するのは当たり前の選挙でした。それでも維持しかできなかった。むしろそう見ておいてよろしいのかもしれません。どのくらいの票と議席をとったのかという細かい数字は省略します。そもそも最終発表はまだ公表されていませんが、自民党が比例でとった得票率は33.28%、以前とほとんど変わりませんでした。投票率が53%で得票率が33%ということは、簡単にいえば「自民党」と書いた人はだいたい17%くらいしかいない。6人に1人しかいないということは頭に置いた方がいいと思います。

それから珍しいことに公明党が議席を減らしました。前回の35が今回29、その前が31です。31、35、29で、あそこは絶対落とさないという陣立てを敷きますが、今回は相当取りこぼしました。票そのものがそう多く減ったわけではありません。このことと希望の党が参入してきた、維新は減りましたが、自民党寄りの政党がもうひとつ増えたことをからめていうと、公明党の立ち位置は大変微妙になってくるはずで、ここにどう手を打ち込むかということが課題になるでしょう。

3つ目、野党側。いうまでもなく分断策動との関わりの中で起こった選挙でした。希望と民進が合流する。しかも改憲と戦争法、安保法制容認を条件として合流する。この流れは、仕掛けた小池さん、前原さんがどこまでそう位置づけていたかまではわたしは知りませんが、先ほど触れた政治改革以来の政治の流れからいうならば、小選挙区制をてこにして保守改憲2大政党に持ち込むという、年来のいわば改憲派の野望なわけです。その路線にまっすぐ突っ込んでいったという道筋だったはずです。もしこれが成功していれば、ふたつの大きな政党があるけれども、どっちに行っても9条が変わる。どこが違うかといったら、しがらみがあるかどうかという誠に馬鹿馬鹿しいことになります。ただね、この程度のことを言っている人を知事にした東京都民は反省しないとダメですよ。政治家に値しないですね。しかし、希望が失速し、われわれと一緒に頑張る立憲民主党が、希望の党を超えてそれなりの力を固めたということ。反改憲諸党が健闘したことは大変大きかったと思います。

そしてみなさんや私たちがそれぞれの町、地域から、あの市民の共同を組んで、野党とともに政治活動をやりながら選挙をやるという、衆議院選挙ではたぶん初めての経験を私たちはやりました。ちょうど22日、23日、投票日とその翌日に自由法曹団は総会をやりましたが、自分たちの県ではこんな共同をやったんだということが縷々語られました。それを強めようじゃないかということを確認し、みなさんにもぜひそのことを共同していただきたいと思っています。大変大きな経験と共同の経験を積んだ選挙ではなかろうかと思います。

改憲策動の強まりは必至

とは言え、課題です。改憲策動が強まるのは必至だと思っています。なんといっても3分の2を確保していますし、自民、公明、維新以外に改憲陣営に希望が参入しました。しかも、来年の春に発議して来年中に国民投票ということは、この選挙がなければ、来年12月に衆議院の任期が来てしまうからでした。それを先に選挙をやりましたから、来年12月というタイムリミットがなくなった。ただし再来年の7月に参議院選挙があり、参議院で3分の2を失うと発議できませんから、現有勢力で改憲派が発議するとすれば、最大再来年通常国会まで可能になるわけです。つまり最大で1年延びた。その中でいろいろなタイムテーブルの組み直しや、希望が参入したことによる中味の組み直しを含めた議論がこれから進んでいくと見ておくべきだろうと思います。

今度の選挙は、本質的に改憲策動を許すのか、歯止めをかけるのかという選挙でした。それに向けてそれぞれの地域で、市民と反改憲野党の候補が大いに共同のたたかいをやりました。それをこれからの改憲阻止のたたかいにまっすぐ発展させていくこと、自由法曹団300名はそのことを確認して全国に散りました。今週から運動に入っていると思います。ぜひともに進めていただきたいと思います。そのたたかいの中で、一度は希望に傾斜した議員をこちらに取り戻す。また与党の中でも微妙な位置にある公明や、あるいは希望の人間を改憲陣営にまっすぐ行かせないようなたたかいは、できるだろうと思います。

彼ら改憲派は、必ず「改憲を発議して国民の審判を受けようではないか」といってくるに違いない。「ちゃんとした国民投票法がある。何で反対派は国民の意見を聞こうとしないのか」と言ってくるに違いない。その国民投票法、改憲手続き法というものを見据えて、その法律やあり方に批判を強めて、国民投票に対する幻想を払拭して改憲発議を未然のうちに封鎖する、その課題が私たちの前にあると思います。今日お話しするのは、何も改憲手続き法を勉強して、一生懸命国民投票運動をやろうというのではないんです。そんなものを使う前に改憲策動を封じ込める、そのための学習会だと思っていただければ幸いです。

改憲手続き法の展開

本論です。改憲手続き法を3つの角度からまとめました。1点目はやや歴史的な話、政治史的な話です。改憲手続き法がいかにして生まれて現在まで来ているのか。「展開」です。ふたつ目が、改憲手続き法によれば改憲手続きはどう進んでいくのかということです。ここは中立的に、こうなるという基礎知識として知っておく必要があります。その次、改憲手続き法の欠陥性、危険性、どんな問題、爆弾が改憲手続き法にあるのか、この3つを本論としてお話しします。最後に、改憲手続き法を考えることが立憲主義的な憲法論に関わることで終わりにする予定です。

改憲手続き法の展開は、やっぱり90年代改憲に戻ります。グローバリゼーションに対応した90年代改憲が、90年代初めから進みました。それをするためには中選挙区制ではダメだと、最初の政治改革の策動が起こって「果断な政治をやる必要がある」とかいいました。最近は「総選挙とは政権選択選挙だ」とか、間違ったことをメディアが言って恥じないようになっています。違いますよ。総選挙は国民の代表が議員を選ぶ選挙で、憲法のどこを読んでも政権選択とは書いていません。政権選択だから小選挙区制にしなければいかんと30年前に言い出したのが改憲派、その一角をメディアの幹部が担った。だからいまの安倍政権を批判するメディアもそこだけは批判できないで、政権選択選挙という明白な間違いを使ってしまう。

政権選択選挙というためには小選挙区制しかありません。中選挙区制の時代は確かに自分たちの代表を選んで、代表が総裁を選んで、それで政権をつくった。議院内閣制はそれで良かったんです。政治改革になるまでの政治が、政治改革が終わってからの政治に比べてはるかにひどかったとは私はまったく思っていません。むしろ昔の方が立派な政治家はずいぶんいたと、政治改革問題で参考人に呼ばれて若い議員にそういう話をしたら、そのときの反応が素直で「自分達は小物で申し訳ない」と言っていましたが、そういうこともあるわけです。小選挙区制をつくりました。1994年でした。

この1994年に、読売新聞社が初めて読売新聞改憲試案を発表しました。明文改憲が正面に躍り出てきた時代です。一方で国会の中でも議論が進んで1999年に憲法調査会がつくられ、国会の中で憲法について、簡単に言えば改憲について議論が始まります。この1999年、戦争法の関係では周辺事態法がつくられた年、つまり日米軍事同盟が新しいガイドラインで新しい段階に入ったそのときでした。この辺の歴史は全部対応していますが、6年間審議をして衆参両議院で憲法調査会の報告書がつくられる。それに呼応して各党が新憲法案をつくります。自民党が新憲法草案、これは旧案です。野党の民主党も憲法提言を発表する等々、憲法論が国会で浮上します。それを背景に超党派の憲法調査推進議員連盟、通称「改憲議連」、明白に改憲をやるための議員連盟です。民主党の議員も一定数入っていました。その人びとが改憲手続き法案を発表したのが2001年で、これがルーツです。

改憲手続き法案をめぐる攻防

これが国会に浮上してきて攻防が起こったのは、そこから数年経ちます。2005年の11月。憲法調査特別委員会が設置されて委員長に中山太郎さんが就任した。このときの理事が面白いですね。与党自民党の筆頭理事が船田元さん、野党民主党の筆頭理事が今や立憲民主党代表である枝野幸男さんです。ちなみにこの2人は宇都宮高校の先輩後輩で、個人的にごく親しい。そういう個人的関係を含めてできるだけ円滑にやろうとそれなりに努力をしたようです。この委員会に2006年5月に、与党案と民主党案が提出されました。その与党案と民主党案は、今日配った資料に対照的に論点整理をしたものを入れておきました。これは左が与党案、右が野党案です。原案が最初提出された案です。修正案というのは、どちらも修正をして近づいて、結果的にまとまらないで、与党修正案の方が強行されてこれが現在の改憲手続き法になりました。だからふたつの案が出て、近づいていって強行されたかたちです。

これは比べるとずいぶん意見が違っていたかのように見えますが、実は構造は完全に同じです。われわれ法律家の目から言うと、最初から8割くらい同じものをつくっていておいて、細かい部分について差があったと考えた方がよろしい。当時この改憲手続き法をつくっていくという一点においては、与党と民主党あるいはその中の船田さんたちと枝野さんたちとの間には共通認識があったということだと思います。

国会の中では、自公民3党の共同修正に向けた努力が続きます。2005年の11月につくられ、2006年5月、そして2006年の暮れにかけての話です。この改憲手続き法案が提出された2006年5月は、小泉純一郎さんが首相をやっていた。その年の9月に小泉さんが首相を辞めて、次に首相になったのが現在も首相である安倍晋三さん。これが第1次安倍政権で、2006年9月です。つまり改憲手続き法はちょうど小泉政権から安倍政権にかわる端境期に国会に登場し、小泉政権のもとでは与党と民主党との間で修正に向けたすり合わせが進んでいた。

なぜそんな修正のすり合わせが行われていたのか。中山さんがご自分の本でお書きになっていますが、この法案ははじめから自民党と公明党、民主党、3党の共同で一致して成立させること、これが目標だということです。何でこんなことを考えたか。当時だって自民党、公明党で過半数をとっていますから民主党が反対しても通るし、現に通しました。しかしこの法案はそうしないで、民主党も賛成させる。なぜかといえば、この法律をつくった次に来るのは憲法改正の発議だ。発議は3分の2の賛成がなければできない。3分の2の賛成がなければ発議できないものの手続きをつくる法律だから、3分の2以上の賛成でやって、それを憲法改正を発議する予行演習にする。これが実は当時の改憲手続き法をつくるもうひとつの意味でした。

したがってこの法案に対する対抗は、結構複雑な構造をとります。自由法曹団はこの時期に改憲手続き法をつくることはそもそも大反対です。いくら良い法律でもつくるべきではない。だって一方では9条改憲をやろうという流れがあり、つくればもう改憲発議のためのレールを敷いてやることになる。われわれの目的はそのレールを落とすことである。良い手続き法をつくることではないということは公然と言いました。他方で、とりわけ与党案は大変悪い法律でしたから、悪い部分については徹底して批判をするということもやりました。悪い部分を批判する点では比較的ましな案を出している民主党とも議論して、場合によってはそういう部分では共同することもあります。なかなかやりにくい闘争で、では与党案の悪いところが全部良くなったら賛成するのかといわれたら、賛成しないよという話になります。そういうちょっと変わった闘争、たたかいでしたが、それなりのたたかいを組めたと思います。

なんでこんなややこしい闘争が必要だったかというと、当時この改憲手続き法をつくろうと思っている人びとは、少なくともこれを特定の政権の改憲策動には利用させない。あくまで公正中立な手続き法をつくることが目的だと言い続けていました。たぶん船田さんや枝野さんの中にはそういう気持ちがあったと思います。小泉さんは、あまり改憲に直接に手を入れてきませんでしたから、それはそれで良かった。まっすぐ来られた方がやっかいでした。ところが安倍さんに替わります。安倍さんというのは小泉さんほど戦略的ではないけれど、逆に言うと極めて短絡的にしゃべっちゃう人ですね。これは10年前から変わりません。首相になって施政方針演説かその直前に、「オレは憲法を変えるんだ、任期中に」といっちゃったわけです。「憲法を頂点とした戦後レジームから脱却しなければならない。任期中に9条改憲をやるんだ。そのために国民投票法を一刻も早く成立させてもらいたい」とぶち上げちゃった。

欠陥法なのに強行採決、そして凍結

私たちからすれば「そら見たことか」という話です。はじめから9条改憲のために改憲手続き法をつくるといっていた。それに対して改憲手続き法をつくろうと言ってきた人たちは、決してそうではなく、あくまで公正中立な手続き法ですといっていたときに、安倍さんの方が「いやいや、これはオレの9条改憲のためだ」といってくれたから大騒ぎになったわけです。当時の民主党は小沢さんが党首でした。あの人はまた機を見るに敏ですから、これだったら民主党を対決路線に転じさせた方がいいと考えて、安倍政権になった暮れから翌年にかけて、95%まで一致するするまでいっていた改憲手続き法修正の動きは頓挫します。結果的に決裂します。その決裂によって2007年、今から10年前の4月に衆議院で強行採決され、5月に参議院で強行採決された。

改憲手続法の特徴は、全体として極めて欠陥の多い、そのままではとても使えない法律としてつくってしまった。これをつくった連中も事実上認めていました。まず本体部分、発議をするとか国民投票の部分は3年間は凍結する。今すぐできないという格好にした。これも珍しいです。法律の附則の中には、3年の凍結の間に法的にちゃんとしなければならない3項目を入れました。さらに参議院の委員会で18項目の附帯決議を付けた。大事な法案だといいながら18項目も附帯決議をつけられて通る法案というのは珍しいんです。それだけ問題が多かったということです。その附則と附帯決議を資料に入れました。

スムーズにいったとしてもこの改憲手続き法を動かすのは大変でした。3つの附則、例えばそれまで選挙権は20歳だったのを、国民投票は18歳にしました。国民投票を18歳からやらせるためには、選挙権も18歳にしないと整合しません。選挙権を18歳に下げる、その段取りを組む。ところが選挙権というのは国民主権の行使ですから、一般的には成人に達して行使できるわけです。そうすると今20歳が成人とされているわけです。お酒を飲めるのもタバコを吸えるのも20歳から。それから20歳にならなければ刑法ではなくて少年法で処罰の手続きがあるとか、20歳を区切り点という制度がたくさんある。この成人というものも考えなければいけない。こういうことを全部整理していかなければすっきり18歳にいかない。これをまとめるのはものすごく大変です。

それから公務員の政治活動の禁止と、公務員の国民投票運動を原則自由にすることとの関係の調整をどうするのかも公務員法制にかかわるかなり大きな問題をはらんでいて、これも整理する必要がある。それから、これは結果的に手が付きませんでしたが民主党が強く主張していた、国民投票はこの改憲国民投票だけではなくて、国政上の重要事項での国民投票もやるべきではないか。そういう制度を設けろという問題も検討して法制化するという意見もありました。これも国会の役割にもかかわる大問題です。まともにやっていても3年間でできるかどうかわからないくらいとんでもない宿題をつけて、それで成立した。

ところが、この後この宿題をやるどころではなくなりました。2007年7月29日、参議院選挙が行われ、安倍さんの自民党は惨敗します。惨敗の理由は2つありました。小泉内閣時代からの構造改革が進展して格差が社会全体に大変広がっていた。貧富の格差が広がり、地域格差が広がりそして例の貧困村が作られて、先進国のはずのこの国でどのように職を確保するかということが問題になる時代が来てしまった。もうひとつ、改憲手続き法を強行した安倍さんが「私の任期で9条改憲を」と言ったものだから、憲法が危ないということがこの国全体に広がってしまった。格差に対応する批判と憲法が危ないというこの声がひとつに結んで、自民党に批判票が殺到したんです。参議院選挙で惨敗して与党が過半数を割る事態になります。これが民主党政権への政権交代の第一歩でした。

安倍さんはこの選挙に負けた後の臨時国会で、施政方針演説はやったけれど、もう代表質問も受ける自信がないというか受ける気がないというのか、自分の身体を理由に退陣を表明します。この退陣を表明した日が2007年9月25日でした。彼はわかっていたんでしょうかね、10年後、2017年9月25日は彼が解散を表明した日です。その10年前、これで彼を終わらせられるはずだったんです。だいたいあんな格好で政権を投げ出して、どうしてもう一回やれるのか。よっぽど人がいないなという気がします。「格差反対」と「9条守れ」の声は、安倍を追い込み、政権を追い込み、安倍内閣を倒した。このことは忘れないでください。暮らしと平和が結べばそれだけの力を10年前は発揮できたし、10年前にやれたことが今できないと私は言いたくないです。実は改憲手続き法はある意味では時代のエポックになった事態でありました。

改憲手続き法の再起動

したがって大変な宿題が残されたのですが、宿題を検討するはずの憲法審査会は始められませんでした。そのまま民主党への政権交代が起こって、その間は憲法改正どころではない。自民党の中でも誰も憲法のことを言えなくなった。そこまで追い込んだ。そのまままっすぐ行ってくれればこんなことをせずに済んだんです。しかし残念ながらそうまっすぐはいってくれなかった。民主党政権がうまくいかなかった、あるいは振れてしまった。再び改憲策動が動き出し、改憲手続き法が再起動する。不思議なことにだいたい原発の再起動と同じくらいのテンポで動くことになります。

野党になった自民党は2012年4月に、今の自民党憲法改正草案をつくります。ウルトラライトなものです。その年の12月に第2次安倍政権が成立、自公政権が政権奪還に成功する。民主党は惨敗して野党に落ち込む。憲法審査会はそれ以前から起動はしていましたけれども、与えられた宿題、18歳の問題であるとか公務員の問題等の検討は全くできていませんでした。改憲策動を再燃させようとする側から言いますと、このままでは改憲発議できないわけです。これを何とかしなければいけないと彼らは考え出した。2014年に改憲手続き法改正案が国会に提出されます。4月に提出され2か月後の6月13日に可決されて20日に施行されました。

この改正法にもまたまた法的措置を要求する3つの附則と20項目の附帯決議が付きました。これも資料をつけておきました。最初の強行から7年たって、ある意味でその時の情勢を反映したような附則になっています。2014年4月、5月、6月、どんな状況だったか。ちょうど安倍政権が集団的自衛権の行使容認に向けて着々と動きを強めていたころです。4月の段階ではまだ安保法制懇が審議をしている最中でした。安保法制懇の報告書が出たのは5月13日、そして改正が強行された時には報告を受けて、報告そのものではないけれども彼が言う限定的な集団的自衛権だとかあるいはグレーゾーンの対処だとか海外派兵の積極化だとかいろいろあり、これに向けて公明党との与党協議が毎週2回くらい続いている状態でした。改正法が強行されたのが6月13日、そして集団的自衛権行使容認の閣議決定がされたのが7月14日、その間1か月ありません。ちょうど戦争法をどうする、集団的自衛権をどうする、この国の平和をどうするのかという大議論をしている最中に、むしろそれに隠れてといった方がいいのかな、改憲手続き法の改正がやられていったことになります。私もそのころは戦争法を追いかけていましたから、安保法制懇の報告書をにらんでいたら改憲手続き法もあるというので、急遽国会に呼ばれて確か2日くらい勉強して話をしました。みなさんも頭はむしろ戦争法にいっていたと思います。そして改正された法律がもし発議されたら、おそらくそのまま適用されるであろう改憲手続き法になっているということです。

改憲手続き法をもう1回おさらいしておきます。強行されたのは第1次安倍政権のもとでした。安倍さんが正直に言うように9条改憲をやるために国民投票法が必要だったからです。あくまで9条改憲のためのレールとして強行されました。国民的な反対、批判でいったんは凍結に追い込みました。しかしまともな検討をされないままに安倍流改憲が再浮上して、今度は安倍流の改憲のためのレールとして改正されて今日に至っている。不思議なもので改憲手続き法というのは、最初から最後まで安倍というキャラクターを持った首相と妙な因縁を持った法制です。今の改憲手続き法はその安倍改憲のための、いわば安倍が安倍によってつくった安倍のための改憲のレールです。こんなものをいい法律などという弁護士がいるらしいですが、経過を知ったものからすると到底そうは思えないという気がします。ここまでが「展開」です。

改憲手続き法・改憲原案の準備から発議まで

その改憲手続き法によって想定されている改憲手続きとはどういうものか。その概要を確認しておきます。3段階に分かれます。1つはa)改憲原案を準備してからから改憲原案を発議するまで。第1段階です。第2段階はb)改憲原案を審査して改憲案を発議するまで。3つ目はc)発議されてから国民投票によって承認され公布されるまで。もちろんこれは改憲する側から書いています。こちらは止める側のわけですが、ここは中立的にいいます。改憲という手続きを順番に追っていくとこうなります。

a)の原案発議は、これは国会に対する発議です。b)の発議は国民に対する発議です。つまり2段階になっている。2段階の意味は最後にもう一度確認します。ではそれぞれがどのように進むのか。最初の段階、a)国会に向けた原案の発議まで、これは別に法律に規定はありません。それぞれの政党や議員や、国民でも誰でもいいんです。こういうふうに憲法を変えよう、という議論をすればいい。別に読売新聞社が改憲原案を出しても憲法違反ではありません。それぞれが発案すればいいんです。それはすでに始められている。それが国会に取り上げられて議論が進められるはずです。

その議論を進める場所はやっぱり憲法審査会。一般的には憲法調査としてやられるはずです。もう既にやられていますね。緊急事態条項はどうすればいいだろうとか、そういうことが積み上げられていく。そのうち9条についても持ち出されるでしょう。選挙前に自民党の高村副総裁が「10月か11月には国会に提示して」といっています。この「提示」というのはこの段階を言います。まだ正式な発議ではありません。「わが党はこう考えている、みなさんどうだろう」と示してみる。他党も示すでしょう。

そして原案を提案するためには一定の数を集める必要があります。これは国会法になりますが衆議院が発議するなら100名以上、参議院議員が発議するなら50名以上の賛成で、連名で発議しなければならない。発議は3分の2はいりません。それで議論します。ただ当然自民党単独で100人で発議したのでは他党は乗りませんから、この段階であとあと3分の2を超えるであろうという政党の有力メンバーをそろえておかなければいけない。a)の段階の一番大事な要です。裏返して言うと発議させないということは、あとあと3分の2で可決するであろうメンバーをそろえた衆議院の100人の原案発議をさせないことが一番早いわけです。それができなかったらそもそも発議できません。そうすると自民、公明、維新、希望、この4つの政党が、全部これならいいよ、なんていうことを絶対言わせない力をわれわれがつくれるかどうか、ということと考えていただいてよろしいかと思います。

しかしやっぱり発議にいったとします。発議はどういうふうに区分してやるのか。これはよく言われます。内容において関係するごとに区分してやる。これは条文に入っている。ここは細かくやるといろいろありますが、自民党案がいま言っている4項目だと、9条を変える、これは平和ですね。教育を無償化する。それから参議院の選挙区選挙で都道府県1議席以上とする。それから緊急事態に際して国会議員の任期の延長を認める。これらはそれぞれ関連性がありませんから、これだったら4項目の改正にするしかないわけです。でも、例えば自衛隊を明記するという改憲と軍法会議をつくるという改憲は、関連するのかしないのかという議論がよく起こるんです。軍法会議をつくるというのは、われわれからすれば司法権の構造を変えますから、単に自衛隊を認めるというだけの問題ではありません。しかしやろうとする側は、これは軍事だから一つだといってくるでしょう。

これを関連する事項として一つにしていいのか悪いのか、誰が判断するのか。これを判断する第3者機関は設けられていません。結局発議する側がこれは関連すると強引に言ったら、それで発議ができてしまう。これも欠陥の一つです。それでは1条から130条まで全部これは関係するんだ、憲法は一つの体系だといって出していいか。これはさすがにあの議論でもそれはダメとなった。でも、どこか強権的な権力が新憲法をつくってバーンとぶつけて、3分の2を取ったらやられるかもしれません。でもそれは極論として、憲法に革命がおこったというだけのことになる。新しい憲法と今の憲法とは連続性、同一性はないという、大日本帝国憲法と日本国憲法のようなものです。今の憲法の枠組みから言うとそんなことはできないと思ってください。

改正原案の審査から改正案の発議まで

その次、b)の段階です。改憲原案が衆議院なら100名、参議院議員なら50名で発議される。その場合どの委員会にかかるのか、これは法律で決まっています。憲法審査会にかかってそこで審議されます。修正もさっきと同じ数でやれます。場合によっては衆参両院の憲法審査会の合同審査会で審査をして両方の憲法審査会に勧告ができる、これもやや問題がある制度ですが、そういう制度が設けられている。つまり。片方の院にはかかっているが、場合によってはかかっていない院の憲法審査会に合同会議をつくって先に議論をしてしまうような格好になっているからです。そして可決は憲法96条の通り。憲法審査会で審査をして採択をして、あとは法律と手続きは同じです。

本会議でそれぞれの議員、総議員の3分の2以上の賛成があれば改正原案が可決される。同時に2つの院でやることは考えていませんから、先の院がやって、それを通常の法律案と同じように次の院に送付する。やっぱり衆議院からでしょうね。衆議院が議決して、参議院に送付した、参議院の憲法審査会でやって、それで後の方の院、衆→参なら参議院本会議が3分の2で可決したら、それで憲法改正の発議になる。こういう仕掛けになっています。この流れそのものは法律と同じ。どのくらい時間をかけてやるかはわかりません。しかしいくらなんでも初めての大変大事なものですから、ひとつの国会くらいはかかるはずだといわれているところです。こんなものを1週間や10日でやられてはたまらないということにはなるはずです。もしここにかかった時には国会闘争が大変大きなたたかいになってきます。そういう意味においては戦争法と同じです。しかしそこまでにつぶしたいですね。

発議から国民投票による承認と公布まで

その次、発議されたら国民投票。ここが国民投票法といわれるところです。発議してから国民投票までどのくらいの日数がかかるのか。選挙はものすごく短いですが、これは結構長い。発議から60日から180日の間で国会が決める。2か月から6か月。さすがに9条に手を付けるなら2か月なんかではできないから、6か月かそれに近くなるといわれています。学者に言わせれば6か月だって短いという議論がありますから、さすがにあまり短くはしにくいだろうという気はします。投票日は国会が決めます。

その間に何ができるか。これも一般的に説明だけしておきます。選挙運動に当たるのは国民投票運動です。「誰々さんを当選させようね」が選挙運動、これに対応して「9条改憲に賛成しようね、いやいや反対しようね」、これが国民投票運動です。選挙運動は公職選挙法で90%くらい禁止されています。候補者と政党以外できない。ネット選挙が解禁されたのでネット上はできるという変な恰好になっています。

それとの対比で言いますと、国民投票法には運動規制がほとんどありません。ほぼ完全に自由です。したがって文書は自由に出せますし宣伝カーは何台出してもかまわない。戸別訪問をいくらやってもかまわない、集会なんて何回やっても何の問題もない。どれだけお金をかけてもいい。運動資金の規制はなく、かかったお金を報告する必要もない。とにかく選挙法はがんじがらめで、やたら大変です。それに比べると自由気ままに何でもできるよ、というくらいできます。

それから有料意見広告、テレビ、ラジオも投票日の14日前からだけ禁止されています。あとは自由に、自由かどうかは議論はありますが、法律上は規制がありません。さらに事前運動の禁止もありません。つまり今からやってもいい。いまやっているじゃないですか、逆に言いますとね。「誰々さんを当選させよう」という選挙運動は公示日からしかできない。しかし9条改憲しようとか、しちゃいけないとか、国民投票をやったら投票しようということは今日からやっても一向にかまいません。事前運動の禁止はないですから。細かいことですが投票日当日の禁止もありません。

では何のための期間なのかといったら、ひとつは普段は政治活動ができない公務員が国民投票運動ができる期間、それから広報協議会が広報を出す期間、選挙管理員会が選挙の準備をする期間があるだけです。選挙における選挙運動期間とは全く違うということは、誰もやったことはないんですが、そういうイメージは持っておいてほしいと思います。

これに比較的近かったのは大阪の「大阪都」をつくるかどうかという住民投票です。あれは逆にいうと、維新が大変なお金を投入して世論誘導を図った。同じことが起こりうるわけです。広報協議会というのは発議に伴ってつくられます。かたちは選挙広報と同じです。ところがこの広報協議会は選管におくのではなくて衆参両議員で構成して、議員の比率で会派に割り当てます。発議されるということは少なくとも3分の2は賛成です。そうするとこの広報協議会は改憲派が多数になるのは始めから決まっています。これも第3者機関という議論はありましたがつくられていません。この広報協議会が出す広報で、テレビと新聞広告による広報がされます。何が載るか、何がしゃべられるか。改正案を紹介し、賛成政党と反対政党の意見が掲載されます。最初はこの意見も会派の人数に応じてという話だったので大問題になった。そうしたらはじめから3分の2が賛成意見になります。もともと改正案が紹介されますから、その部分は改正しようという誘導に近いわけです。改正案の紹介で改正案をあしざまに言うわけはありませんから。その次に賛成した政党が3分の2のスペースで賛成意見を書いて、反対している政党が3分の1以下のスペースで反対意見を書いたって、下まで読んでもらえるかくらいの話になります。

大問題だということになって、これはさすがに賛成意見と反対意見は同等、同じスペースにはなりました。けれども油断できないのは、改正案の説明がどばっとやられますと、その下に小さく賛成・反対になるだけだ。これももしそうなったら批判なりチェックがいりますが、そういう構造になっている。これも第3者機関がチェックできない。とにかく、全体が改正を発議した多数派に有利になるように法律がつくられていることは知っておいた方がよろしいと思います。

投票は憲法改正案毎に賛成・反対に丸を付けます。投票結果は賛成投票が投票総数の2分の1を超えた場合に承認があったものとする。投票総数に白票、無効票を入れるのかという議論がありましたが、この投票総数は法律で賛成投票と反対投票を足したものとなっていますから、簡単に言えば賛成投票が反対投票より1票でも多かったら、これで承認です。だからこの問題では、決して「オレは白票で抗議する」なんていうことを絶対にやってはいけない。白票は、むしろ賛成に与することを意味する。そして最低得票率や最低投票率はない。だから暴風の中で投票をやりました。とにかく丸の方が1票でも多かったらそれで成立。

成立すると憲法に戻ります。天皇が、国民の名でこの憲法と一体を成すものとして公布する。つまり全部ひっくり返す改憲を予定していないのがわかります。この憲法とは一体にならないんです。それはもう憲法革命だということです。以上が手続きです。

改憲手続き法の欠陥性・危険性 18歳投票権

どこに問題があるか。4点ほどお話しをしておきます。改憲手続き法のひとつの焦点は18歳から投票を認めるという話でした。これが成人年齢や選挙権年齢との関係ですんなりいくかという議論がありましたが、これについては2014年改正でそれなりに整理されました。来年6月以降、改憲手続き法は18歳になります。そして、公職選挙法はご承知のように先に改正がされて、昨年の参議院選挙からすでに18歳投票制が実施されています。この間の総選挙でも18歳が投票しました。必ずしも投票率が高くなかったという議論はありますが。18歳以上に投票を認めるということは、少なくとも18歳以上には完全な政治活動の自由、選挙活動の自由がなければおかしいわけです。問題になっているのは、18歳といえば高校生も含まれます。高校では一切の政治活動は禁止、もちろん選挙運動は今まで20歳からでしたから禁止されていた。これが変わらなければいけなかったんです。

私が高校生の時に次官通達が出されて、一切高校生の政治活動が禁止されました。ちょうど団塊の世代の人たちが暴れ回ったあとだったけれども、それがどう変わるかでした。通達は変えましたけれども、しかしながら規制しようという姿勢は変わっていません。「校内ではやってはいけない」「集会は届出しろ」「学業に影響があるようではやっていけない」この3つ目は本当にひどいんですよね。集会に行ったとすると、お前は何点とっているのかという指導ができてしまう。それがまだまかり通っています。こんな高校生活を送った人たちが政治に前向きな関心が持てるかという問題が18歳、19歳の投票率にも関わっている気がします。その問題は未解決です。未解決のままで憲法改正に突っ込む危険性を持っているということです。これは教育の問題です。

公務員・教育者の国民投票運動

公務員と教育者の国民投票運動について、2007年の最初の法律ではいろいろな経過があって公務員の国民投票運動の自由は拡大しました。ところが14年改正で規制強化の方向が押し出されて、さらに附則、附帯決議で強化が提起されています。このことは知っておいて下さい。国民投票運動が誰に禁止されているか。現在、政治活動は全公務員禁止ですね。それから特別に禁止されているのは、選挙になって選挙関係者だけではなくて、裁判官、検察官、警察官、自衛官、海上保安庁、税務署員あたりについては特定公務員で何の関与もできないとしたわけです。

改憲手続き法は変な話ですが比較的リベラルな人たちも含めて海外調査をどんどんやりました。海外に行きますと、公務員の政治活動、選挙運動禁止なんていっている先進国はまったくありません。さすがにこれでは格好がつかないというので、公務員の国民投票運動を自由化しました。最初は選挙関係者だけを禁止していましたが、2014年に裁判官、検察官、警察官も禁止するように追加しました。不思議なのは、ほかの活動は完全に禁止されている自衛隊員、海上保安官等は禁止されていません。最初に出すのが9条改憲だから、自衛隊員には運動させた方がいいと思ったのかどうかはわかりません。治安方面は禁止して軍事方面は禁止しないという誠に妙なことになっています。

それから国民投票運動を自由にするには法律を変えなければならなかった。2014年版の100条の2というのがその条文ですが、公務員が、発議から投票までの間に行う国民投票運動や憲法改正に関する意見の表明は自由だとしました。つまり法律の禁止規定を適用しないとしました。したがって公務員でもやれます。ところがそこだけ書けばいいのにご丁寧な条文を付け加えました。「ただし、政治的行為禁止規定により禁止されている他の政治的行為を伴う場合は、この限りでない。」。

誠にやっかいな条文で、公務員はもともと一切の政治活動が禁止されています。そうしておいて国民投票運動、つまり憲法改正に賛成か反対かを訴えること、それから見解の表明-俺は賛成だよ、俺は反対だよという-これはいいと言った。しかしほかの政治活動禁止に触れてはダメだよ。これは私が最初に参考人でいったんですが、この解釈を間違えると何もできなくなる。つまり賛成・反対ということだけはいっていいが、なぜ賛成なのか、なぜ反対なのかは表明できない。例えば安倍政権はこの間海外派兵でこんなことをやっている、あるいはこんなものを隠している、こんな政権にやらせたら危ないから反対だといったとします。これは、反対はいっていいけれど、その前の部分は特定の政権を批判する政治活動だから禁止で、しかも国家公務員法違反で犯罪だといわれて、国家公務員が勇気をふるって賛成・反対を言えますか。「賛成だよ」「なぜ?」「言えません」ということになりかねない。つまり国民投票運動を国民のものにして全部自由だというためには、人を説得するためには説明しなければいけない。それが政権批判に及んでも構わないというところまで自由にしなかったら「自由」にならない。それをそう読めない条文をわざわざ付けた。これが100条の2でした。

法律はここまでですが、附則と附帯決議を見ておいて下さい。2014年の附則の4番に「国は、この法律の施行後速やかに、公務員の政治的中立性及び公務の公正性を確保する等の観点から、国民投票運動に関し、組織により行われる勧誘運動、署名運動及び示威運動の公務員による企画、主宰及び指導並びにこれらに類する行為に対する規制の在り方について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする。」とあります。

これは公務員が個人でやることははまだ良いけれども団体でやることは影響が大きい。よって公務員が中心的な役割を果たしている団体の活動に規制をする方向を打ち出している。公務員労組のことを主要には想定していると思いますし、そんな説明もしていましたが、この条文のつくりかたを見るとそうとばかりは読めません。公務員が中心になっている市民団体、たとえば「九条の会」とか何々連絡会とか、そういうものになると公務員が主宰あるいは指導しているがゆえにそれは規制するという議論になりかねない。この議論をしようと思うと、公務員がその団体や運動のどういう位置にいるかということを、警察や権力側が探り出さなければいけないということになります。こんなことをやっている人がいる、そのリーダーに公務員がいるかどうか、どうもいるようだということを調べ出さないと適用できませんし、その前提としては公安などが調べ出すことが当然になる。全ての団体を権力のいわば内部的な監視、外部に対する監視を必然化するとんでもない条文です。もちろん憲法違反だと思いますが、こんなことまで議論され附則に入っている。

さらに公務員、教育者の地位利用には罰則はつきませんでしたが、罰則は付ける方向で附則が検討されることになっていました。それから地方公務員の政治活動が国家公務員の政治活動とアンバランスなのは良くない、良くないからどうするか、みんな止めれば良いんですが、地方公務員の政治活動の禁止を国家公務員なみに禁止を引き上げる、つまり刑罰禁止にする、ということも検討しろと、これはいずれも附則です。まだ現実に公務員法の改正もあるいは国民投票法の改正も上がっていませんが、上がってきたらとんでもない問題を孕んでいる。

全体として2007年のときは、公務員を含めて憲法の問題を最大限積極的に議論しようという方向がそれでも維持されていました。14年改正で完全に逆流になっています。そうすると仮に法律が変わらなかったとしても、文部科学省はあるいは各省庁も公務員に対する締め付けや、警察の公務員に対する監視は強まっていく中での国民投票とならざるを得ない。

ちなみに最初に私はこれはやってはいけないと反対側で参考人に立ちましたが、断固規制しないとこの国がとんでもないことになるという立場で参考人として証言された方は、百地さんという憲法学者でした。彼は要するに、いま政治活動が禁止されているにもかかわらず各学校や職場でどれほど違法な政治活動や選挙活動がやられているか、こんなことを放置したらこの国のありようがおかしくなると、いろいろな資料を配った。これが憲法学者のいうことかと思いました、あの人が憲法学者かという議論がそもそもありますが。もちろん戦争法は合憲だといった何人かの1人です。しかしそれがあのときの議論の基調になっていたこと、それからいまはもう推進されようとしないと思いますけれども、この改正案を提出した中に当時の民主党も加わっていたということは忘れないでおいて欲しい。まさか枝野さんが賛成するとは思いませんが、あの時期は民主党が政権逆交代で自信を失っていた時機、まだ市民と野党との共闘が成立する前、もっといえば戦争法にも反対するかどうか決めていなかった時期です。その時期にいわば与党に取り込まれた。あの辺がふらつくことはあり得ます。その政党と14年の総選挙を経て少し増えて、そして翌年の春から野党共闘ができ、そして市民との共闘であそこまでたたかえたんですから。逆にいえば政党というのは変わるものだということの一例かもしれません。

テレビ・ラジオの有料広告

テレビ・ラジオの有料広告が放任されていることがとんでもない問題で、自由法曹団が一番ダメだといったのはここです。イタリアに調査団を出して、あそこはテレビ・ラジオの有料意見広告は、全国局は一切禁止です。地方局はやってもいいんですが、仮に賛成で有料広告を出した場合には、同じ時間を無償で反対派に提供する必要があるというくらい徹底しています。つまりどれだけテレビに政治が誘導され、そのことによって政治をおかしくしたかということをベルルスコーニの体験で知っていたわけです。それを持ち帰ってその資料も全部提出しましたが、残念ながらそこまでいきませんでした。これを放任してしまうと資金力がある側、といっても現実的には改憲派の方が資金力があるのはわかりきっている。財界や日本会議がついている。そうすると金の力で改憲を買うことも可能になります。それを規制させなければいけなかった。

運動期間中は全面禁止すべきだ。民主党は修正案では全面禁止を言い出します。私たちも同意見だった。自由法曹団やいくつかの市民団体は全面禁止すべきだという意見を、確信を持って言っていました。それに対して日弁連が賛成しなかったのは、結局広告といってもメディアに規制を加えることに弁護士が慎重だということが当時は突破できなかった。どうも弁護士は自由に傾斜します。ただし過剰な自由というもの、とりわけ経済力による自由を過大に認めると、結果、公正を害することに思い至らない。確かに広告宣伝は自由ですが、お金をかけた宣伝が自由というのは、商業広告の自由です。何をいっても構わないという言論の自由、中味の自由とは必ずしも同じではありません。

その有料広告、商業広告の自由よりも憲法改正を巡る情報の公正の方が優越すると私は思っています。商業広告によって国民が誘導されて国家を誤らせてはならない。この意見は仮にお前はそれでも弁護士かと言われてもわたしは変えません。これは先日の投票日に「私、田中隆に一票を」という一面広告を新聞に出してよろしいかという問題でしょ、私にそんなお金があるとしたら。これは完全に選挙違反です。公示前にやったら事前運動で、公示後にやったってこんなものは認められない。われわれ自由法曹団は「べからず選挙法」はダメだといっています。ダメだといっていますけれども、金のある奴が全面買い切って「私を国会に」という有料広告を出すことまで解禁しろという気はまったくありません。それだったらそれこそ金のある奴しか議員になれません。そんな国にしてよろしいのかということの方がよっぽど大きいんです。

しかしその意見は通らず、投票日前2週間のみ禁止になりました。さすがに問題に気付いたようで、公平性を確保するために必要な検討をするという附帯決議が2回連続で上がっています。上がっていますが検討されておりませんし、法的措置は講じられておりません。全てメディアが公平に扱うであろうという、いわばメディアの自主的努力に期待する。率直にいっていまのメディアに半年間、片方がこれだけお金を出しますという広告を断って、公平を守る良識を期待できるかということになると思います。最後はデモをかけてでもやらせるしかないんですが、不買運動などをやっても。だけどやっぱり商業メディアが金に勝てるかという問題にぶち当たるだろうと思います。

先日安倍改憲NO全国アクションと総がかりが開いた会で、私も改憲手続き法の話をしましたが、どのくらいお金がかかるかカタログハウスの宣伝マンのお話を聞きました。一例だけ紹介します。タイムコマーシャルを30秒間買いきって何かを宣伝する。これをキー局で週1回30秒流すといくらかかるか。1ヶ月に600万から2500万円らしい。平均すると1回につき120万から500万円、時間帯によって違いますが、平均すると1回30秒で300万円とか。仮にこれを改憲発議から投票までの180日間、1日30秒ずつ流し続けようと思ったら、そしてそれを東京のキー局6局に全部30秒ずつと考えたら東京だけでいくらかかるか。ざっと36億円の計算です。ただこれは東京だけですよ。ほかに地方局も買わなければいけないわけです。こういうことになってくる。もちろん市民的カンパでまかなえるかもしれないけれども、しかしそうはいっても10億円、100億円という話になるということです。ここを何とかしないと本当に改憲を金で買われるという危険性を孕んでいる。私以上にカタログハウスの宣伝マンや斉藤さんは、十分に理解されていないんじゃないか、といっていました。それはそうでしょうね。通販をやっているメンバーからすれば、それによって彼らは売り上げをかけているわけですから、同じ感覚で電通かどこか知りませんが、そこを使って誘導しようと思えば、ということです。改憲手続き法の最大の危険はここです。この一点は、本当は改正運動をやってでもやりたいですが、いま自公が容易に改正には応じないでしょう。

最低投票率その他の問題・論点

もう一点、最低投票率です。本当に少数者の賛成で改正となって良いのか。多数意志の反映は立憲主義の要請だということは日弁連等がつとにいい続けてきた意見でした。これも附帯決議がありまして「最低投票率制度の意義・是非の検討については、憲法改正国民投票において国民主権を直接行使する主権者の意思を十分かつ正確に反映させる必要があること及び憲法改正の正当性に疑義が生じないようにすることを念頭に置き、速やかに結論を得るよう努めること。」――これはまったく検討されていません。それから「主権者の意思を十分かつ正確に反映」と「正当性に疑義が生じないようにする」ためには最低投票率を設けるしかないのですが、与党はそんな気はまったくないですから、これも放置されている。

その他、発議単位をどうするかも議会任せになっていること、広報協議会を多数派に握られていること等々、全体として改憲派の多数に著しく有利なかたちの法制がそのまま残っています。決して公正なルールじゃない。このことを頭に置いておきたいと思います。だから改憲手続き法というのは危険でして、公正な手続き法があるから国民の声で決めればいいじゃないか、というようなことを気楽に言えるものではないと思います。

立憲主義と憲法改正

いままでは手続き法の話でした。最後に、憲法の問題がこんなことで良いのかという切り口からも考えていただきたいことを付け加えたいと思います。これは改憲に賛成か反対かという内容の問題ではなくて、実は憲法というものがなんなのか、あるいは憲法改正の有り様はどうあるべきなのか、どういう縛りがなければいけないのかという問題に関わります。むしろこれは戦争法の時にいっていた立憲主義という考え方につながる、そういう切り口の問題です。立憲主義と憲法改正を考えることを提起して締めくくります。

学者、憲法学者の説を借りますが、立憲主義とは何か。「個人の自由と人権のために憲法をもって国家権力を制限する」この考え方、芦部信喜さんです。ほぼ定説といっていいでしょう。自民党の国会議員になると芦部さんなんかは知らないという人がいるらしいですが、勉強したとしたら芦部説を読んだことがあるはずです。彼の、一番の真骨頂の論です。そして最近つとに発言されている高見勝利さん、小林直樹さんのお弟子さんですね。「その憲法を変える憲法改正権は、憲法上最強の権力」である。よってその手続きについては厳重な上に厳重な縛りや要件や運用が必要だ。これが高見説の真骨頂です。これを私なりに翻訳すると、96条をどう読むかです。96条は3分の2以上の多数での国会の発議と国民投票による承認という2段構えになっている。

安倍さんが首相になったときに最初に手を付けようとしたのは、この96条だった。これでは簡単に発議できないじゃないか。そことを自分が3分の2を取れないことの悔しさではなくて、これでは国民の声が聞けないではないか、国民主権がないがしろにされていると、彼は論を立てた。国民主権をあるべきかたちで発揮させるためには、96条を変えて発議は過半数にしなければならない。これが正しいかなので、違うということです。憲法改正は主権者の判断だけにはゆだねないという考え方を取っている。簡単にいえば主権といっても権力です。「主権」も立憲主義によって制約されている「権力」のひとつです。何も政府だけではありません。行政権だけではなくて立法権もそうです。そして主権もある意味で制約を受けています。そうである以上、発議についても承認についても、厳格な要件や慎重な運用が要求される。これは高見説そのものです。

そしてもうひとつ、内容の点からは憲法改正権の限界というものがあって、平和主義そのものを否定するとか、基本的人権や国民主権そのものの否定を意味するような憲法改正は、憲法そのものが認めない。つまり憲法は、憲法を壊すことを認めていないということです。変えることは認めるが壊すことは認めない、という考え方もそのひとつです。そういう憲法改正そのものに対する立憲主義の縛りからいえば、内容面でも賛成か反対かという議論だけではなくて、立憲主義の見地からの厳しいチェックもまた必要だと思います。その点からいえば安倍流改憲は、立憲主義を明らかに蹂躙している。この批判はこれからも言い続けなければいけないと思っています。

まず発議に至る過程で、彼ほど憲法問題に介入した首相はいません。当たり前の話ですが憲法改正はあくまで国会議員と国会の役割であって、政権の関与すべからずところです。しかもその場合の国会は、――すでに政治改革でねじ曲げられていると思っていますが、国民が国民の声を反映させて国民の代表として選び出した国会議員によって議論されるべきだ。その憲法改正手続きに、行政権―首相が土足で介入してきた。9条の改憲、とりわけいま現に問題になっている自衛隊明記改憲が9条そのものを空洞化させると、私たちは思っています。単に自衛隊を明記するだけではなくて、基本的に集団的自衛権の行使を容認し海外で縦横に行動できる自衛隊を書き込むわけですから、9条の2項はもとより1項ですら空洞化させかねない。そして、それが目的です。とするなら、これは恒久平和主義という憲法そのものに対する挑戦ですから、そもそもそんな改正は許されてはならないということは考えておかなければなりません。

いやいやそうではなく、安倍さん的にいうと「何も変わらない。いまの自衛隊をそのまま認めるだけです。せいぜい自衛隊員に安心して死んでくれと言えるためだけです。教科書に違憲の意見が書かれないだけです」。そんなものは憲法改正の理由になりません。憲法を馬鹿にするなと申し上げたい。また、それをいわれて自衛隊員が喜ぶと思っている宰相の頭も知れたものだという気がします。教育の無償化や定数不均衡の是正や、緊急時・災害時の選挙の時期は、全て現在の法律の運用で解決が可能です。法律家としていつでも答案を書いて差し上げます。法律を改正し運用すれば解決する問題で憲法を変えるべきではないんです。というのが立憲主義の考え方です。これが発議の段階です。

発議を許さず、安倍流改憲を萌芽のうちに葬る

それでも発議された改憲原案を審判する承認の段階では、情報が公正に提供されて、国民が自由に積極的に参加できる手続きが絶対に不可欠です。現在の改憲手続き法は、安倍流改憲のために安倍政権が敷いた改憲に傾いたレールですから、その要件を満たしていません。承認の段階でも、この改憲手続き法によって国民投票をやろうなどというのは、立憲主義に明白に抵触するといわざるを得ない。いや、それでも国民がちゃんと判断するのではないですか、と改憲派はいうはずです。一部、住民投票は全て正しいという論者になると、国民投票で国民に決めてもらえばいいじゃないかという人びとがいて、その攻撃は今後強まってくると思います。私は国民を軽視する気はありませんけれども、国民がいついかなる条件のもとでも必ず正しく判断し、歴史の検証に耐えうる判断をするなどということは、申し訳ありませんが信用していません。もし本当にそうなら、民主主義国家においては立憲主義なんか必要ないんです。いつだって国民は正しい判断をするんですから。憲法がなぜ立憲主義を立てて全ての権力を縛って、国民の判断自身でもちょっと待てよというそういう2段、3段の手続きを置くか。国民が判断を誤って、虐殺が起こったり戦争に突入した経験を世界は持っているからです。だから立憲主義で国民の暴走を止めなければならなかった。よくいわれる話です。

ワイマール共和国というもっとも民主的といわれた制度のもとで、ヒトラー、ナチスの独裁は生まれました。これを暴走といっていいのかわかりませんが、私は暴走だと思います。トランプさんを選出したのも民主国家です。地方投票は絶対正しいんですかね。一番豊かな地域が独立を宣言したら、それが住民の意思だから正しいと認めてしまうのなら、社会の公平は成立しなくなる。スペインで起こり、イタリアで起こるかも知れないみたいです。主人公である国民が判断したのだから常に正しいと言えるわけではない。だから慎重な上に慎重な判断がいる。だから国民投票などは安易にさせてはならないし、いまの改憲手続き法は、そのステージとしては明らかに不適切だということを心に押さえていただきたい。もちろん人びとに訴えるときに「国民は間違うから反対しよう」というわけにはいきませんから、反対する運動の中では腹に据えておいていただいた方がよろしいということです。

われわれの焦眉の課題は発議を許さないで、安倍流改憲を萌芽のうちに葬ること。そしてこの憲法の運動と、いまだに格差はまったく解決していないのですから、その暮らしの問題を結んで再び安倍政権を退陣に追い込む。10年前にやったことができないことはないと私は信じます。そのために一緒に頑張りましょう。

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私の地域でのJアラート騒ぎ

8日の市民連絡会の運営委員会では、Jアラートの情報交換ありがとうございました。その場で、全国一斉に訓練を行うことが判明したのでとても話がかみ合いました。
13日に品川総がかり実があったので看過できないと下記の報告をしました。

この「しながわ広報」自体、出席者が誰も気が付かなかったというもので、Jアラートの政府広報はばかげている、戦争動員に誘導していくものと一致。「団体として何かやるというよりは、各個人が役所に言っていくのが一番効果がある」という意見で、今回は14日に実際何が行われるのか見てみようとなった。

私は14日と15日の2回、防災課防災安全担当に電話して、下記について質問しながら答えてもらった。

うちの地域の防災無線はどこにあるのか。
広報を見てJアラートって、どんな音か関心があったけれど聞こえなかった。
今回は住民への周知よりもJアラートが聞こえるかの訓練だったのか。
指示はどこから出ているのか。今後またやる予定はあるのか。
ミサイル落下に対して政府広報のような避難行動はできないと思うが・・。

回答は

○訓練については町会の掲示板やホームページでも知らせている。
11時に防災行政無線を通じてJアラートを流したが3回繰り返して、すぐ終わってしまうので気づかれなかったのではないか。連絡が他にも来ているので、件数や音量や聞こえの状況など調査をして改善していく。公表はしない。
防災行政無線とは防災訓練や選挙の日に使う器械システムのこと。夕方5時に流す夕焼け小焼けのチャイムもこのシステムの点検になっている。通常は都の消防庁から指示。Jアラートは総務省から品川区に指示がくる。毎年やっていた。国からの指示だがまたやると思う。器械は毎年点検が必要。
核シェルターをお持ちの方もいますが、この訓練は安全を保障するものではありません。
このようなご意見はとてもありがたい。とうれしそう。(通常は聞こえているが、今回は聞こえなかった。関心を持ってくれている)

私は

「Jアラートをちゃんと聞こえるようにして欲しいのではありません。ミサイル情報で日常生活が惑わされるのは困るし、ミサイルなど飛ばない様に、国が隣の国とちゃんと話合いをしてほしい。それよりもヘリコプターや飛行機が民家の上空を飛ぶ方が危険で切実に困っている。そういう住民の気持ちを共有してくださいと」伝えた。

17日にある区議会議員から聞きました。

品川区には3年程前に九州から来た自衛隊出身の部長級職員が配属された。生活安全課には警察出身者が2名いる。品川区長は、日本会議所属。今年、区役所から20メートルほどの分庁舎隣にヘリポート広場ができて、9月の防災訓練では、この広場に自衛隊がきて本庁舎まで移動訓練、屋上に上り通信訓練などやっていた。

「戦争が 廊下の奥に 立っていた」

戦争が コンサートの隣に 座っている
青春ポップスコンサート
太田裕美 庄野真代 渡辺真知子
鈍感な行政に腹立たしく
はじめの一歩にしようと思いました

2017年11月22日
千葉利江(東京・品川区在住)

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シリーズ私と憲法:うばわれる障がい者自身の選択-障がい者施設で働いて

菱山南帆子(市民連絡会事務局)

私はいつも市民運動の話をしていますが、今回は8年働いている障がい者就労支援センターで感じ、目の当たりにしている、福祉の現状と、安倍政権の弱い者いじめの実態を皆さんにお伝えしたいと思います。

私の職場はいわゆるB型・就労移行という形態の施設です。就労移行とは本格的に就労に向けたプログラムを組み、普段の施設での作業に加えて挨拶の仕方や面接の練習などをします。一方、B型は一般企業などでの就労を近々の目標にするのではなく、施設内での作業を行い工賃をもらいながら、じっくり時間をかけて就労に向けてスキルを磨きます。

工賃と言っても一般の会社での障がい者雇用枠で支払われる給料とは大きく違い、相当低いものです。工賃もほとんど毎月の給食費でなくなってしまうような状態です。工賃ではとても生活できないので障がい者年金を主な生活費としている方が多いです。この障がい者年金をもらうにも障害の重さで年金額が変わってきます。障がいが軽いとされた方はそれだけ障がい者年金が少額となりますので、その分生活していくのには働かなくてはなりません。しかし、一般企業の障がい者雇用枠で実際に就職できて続けられる方はなかなかいません。就労しても期限が設けられていて、半年に1回や数年に1回などそのたびにリストラの危機に怯えなくてはなりません。

また、「障がい」への理解が一般の会社で働いている方にないまま、国に言われたからという理由でしぶしぶ障がい者を雇用するところも少なくありません。そのために、「独り言がうるさい」「こだわり(物を触って確認したり、時々によって変わるこだわりの儀式が人それぞれにある)が気になって仕事ができない」など苦情が出て、解雇されるというケースもあります。

解雇されたら当然ショックです。さぁ、気持ちを切り替えて次の仕事を見つけましょうとはなりません。また1から戻って心の安定を取り戻し、また就労へと気持ちを持ち直し、職探し、面接、実習などのプロセスを経ていかなければなりません。そういった面からみても障がい者の就労はまだまだ進んでいる、理解が広まっているとは思えません。障がい者がみんなニコニコしていて優しくてピュアだというイメージが多く、そういった押し付けられたイメージとは違い、パニックになったり、暴れたり、大声を出したり、嘘をついたりすると即日解雇されてしまうことは実に多く、障がい者の働く権利や雇用の保証もまだまだ進んでいるとは思えません。

また、自治体によってさまざまだとは思いますが、障がい者の区分認定の基準が変わったり、サービス提供のルールを変えるなどして、どんどん障がい者に使う予算を削減している動きが目立ちます。例えば、とてもすぐには就労できるような状態ではない方でも、自治体としてはサービスを削りたいので、就労してもらって納税者になってもらいたい。そういった流れの中で「この方は無理なんです」とわかってもらい、その方にあったサービス提供や支援環境を整えるためには、一度は就労移行のメンバーにし、就労に失敗したのを証拠として、ようやく、自治体にも理解を得て、落ち着いて就労に向けた生活を送れるようになるというケースも多いです。しかし、そういった「失敗」をさせることでこころの負担やストレス、自信喪失してしまうのは誰なんでしょうか? そういった不安やいら立ちが施設や実習先で爆発して暴れたり大声を出させてしまっているのだと思います。

私が、この障がい者就労支援施設で働くようになって一番痛感するのは「自立支援」という美名のもとで本当に必要としている支援を打ち切っていることです。「障がい者には一円たりとも出したくない」という姿勢を目の当たりにします。

サービスを削って、障がい者区分を「自立」の名のもとに、中度は軽度に、重度は中度に引き下げられ、合わない仕事や今の競争社会へと無理やり放り込まれています。しかし、知的障がいや、精神障がいをもっている方が声を上げることはとても難しいです。声を上げられない、文句を言えない社会的弱者、障がい者から真っ先に切り捨てていくシステムは安倍政権になってより強くなっていると感じます。障がい者が社会生活に参加することが「自立」だということ自体が、まず間違った考えだと思います。弱肉強食・競争社会こそが「障がい」を生んでいるにも関わらず、障がい者が社会の姿に合わせろ、合わせてやることが「自立支援」だということはとても失礼で見下した姿勢です。

本来の自立とはなんでしょうか。お金を自分で稼いで生活ができることでしょうか?私は、自立とは自分の意志で「選択」ができることだと思います。しかし、自立支援をうたっている現政権下での障がい者が、自由に自分の意志で何かを「選択」できている状況でしょうか?会社に合わなければその場で解雇になり、「障がい者雇用だから」ということで文句も言えない。文句が言えないどころか、出身施設側や親御さんが会社に赴いて謝罪をしに行くような状況です。こういった根本的な格差と差別の中でどんどんと障がい者へのサービスが削られても誰も文句を言いません。それは自分たちの生活が大変だからということも大きく関係していると思います。障がい者へのお金が削られるのはかわいそうだけど自分たちの生活も大変だから・・・という沈黙の空気が漂っています。

さて、当事者の方の話をしてきましたが、福祉施設で働く職員労働者の話もしていきたいと思います。

「個別」の支援については職員の一人一人がスキルアップをして、色んな経験を積み、施設で働く仲間の一人一人と信頼関係を築き上げていく事が大切です。色んなご家庭のケースや、様々な障がいの形、表現やこだわりの形などマニュアル通りにはいかないことだらけの現場で経験を積んで、人間として成長していく事で向き合っていくしかありません。そういった福祉の世界には「正解」も「ゴール」もありません。しかし「差別をなくす」、「平等に生きられる社会を作る」のは「個別支援」ではできません。社会全体の変革がない限り実現されません。

私の職場の施設長から「ある施設の職員が居眠りをしそうなとき、知的障がいの仲間が『○○さんはお金の為だけに来てるのか!俺たちのことを好きで来てるのか!』と言ったという話を聞いて心を見透かされたようで恥ずかしくなった」という話を聞いて複雑な気持ちになりました。ボランティアでやっているわけではなく、当然、私達にも生活があり、生活の為に働いているわけでもあります。しかし、福祉の仕事は労働内容と給料が見合っていないところがほとんどです。私の職場でも労働がきつい、汚い、危険、なのに給料が安くて生活していけないということで、プロ意識をもって、仕事にやりがいを感じることができず、退職される方は後を絶ちません。離職率が高いのも福祉の現状です。

職員の入れ替わりが激しかったころ、ある利用者の仲間が私に言った言葉で胸に突き刺さるものがありました。「菱山さんたちは良いよね。職員辞められて。僕たちは障がい者を辞められないんだよ」。共に生きるってなんだろう。口先だけじゃダメなんだ。とこの一言を機に本気で考えはじめました。福祉の仕事と私がずっと続けている憲法の運動は切り離せないものだと確信し、福祉の現場での悔しさや気づきを市民運動を通して広めていく事で本当の差別のない社会の実現を勝ち取れるのだと思いました。「福祉から削ったお金、どこ行っちゃったんだろうね。」障がい者区分をめぐってサービス提供のカットなどを目の当たりにするたびに職員間でよく出るワードです。「しょっちゅう墜落してるオスプレイをアメリカから高値で買うならそのお金、福祉や教育に回してほしいですよね」とすかさず私は言っています。心に響いてもらうことを祈って。

市民運動と仕事をリンクさせるのは大変です。福祉の現場の話は個人情報のこともあり、外で現場の現状を伝えるのはとても勇気が要ることです。私の友達も乳児院や保育園、幼稚園、小学校で働いている仲間がいますが、福祉・教育現場で感じたことを外で話すことを禁じられているところが多いです。そういった声に出したくても出せない状態に置かれている現場の声をこちらからどんどん拾っていかなければなりません。ぜひ、身近に福祉や、教育現場で働いている方がいましたら、話を聞いて、情報交換をしてもらいたいなと思います。きっと表には出せないだけで、たくさんの差別的実情や苦悩が渦巻いていると思います。話を聞いた後はぜひともアベ政治にも触れ、さらに安倍9条改憲NO!3000万署名にもつなげられるといいなぁと思っています。

神奈川県で起きた「やまゆり園」の事件にもみられるように「障がい者は邪魔だ」といった思想のもとでの大量の殺人がありました。殺人をしてしまった彼もまた、最低賃金で働く社会的弱者でもありました。戦争や貧困、格差が広まれば広まるほど市民はいら立ち、身近な弱いものに攻撃をし始めます。関東大震災の時も、混乱の中で、朝鮮人虐殺や、労働組合員の虐殺が横行しました。アジア太平洋戦争の時も障がい者や子ども、女性、お年寄りがたくさん犠牲になりました。天皇が通る道だからと言ってその付近で暮らしている障がい者は押し入れに閉じ込められたり、連れていかれたりしました。戦争と差別は一体のものだという認識をもっと広めていく事が私の職場での課題です。これからも、市民運動に職場での闘い、頑張っていきたいと思います。

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