第186通常国会は6月22日をもって終了した。安倍晋三内閣はこの国会で、集団的自衛権に関する歴代政権の憲法解釈をくつがえして、閣議決定で、この国を海外で戦争する国に本質的な転換を図る企てを執拗に行った。これは多くの人々が指摘したように、立憲主義を破壊するクーデター的な企てであり、安倍政権による憲法の解釈で、日本国憲法の平和主義を壊し、海外で「戦争しない国」から海外で「戦争する国」への転換をはかる暴挙である。
安倍内閣のこの企ては、ワイマール憲法下のドイツで、ナチスが行った暴挙が類推されるものである。日本国憲法の条文はそっくりのこしたままで、その精神と正反対の政治を閣議決定で進めようとするものだからである。閣議決定で憲法解釈を変えてしまうという企ての性質から、与党公明党の閣僚も含む閣議で合意すべきこととなり、いきおい議論の全ては与党協議での合意をつくることに集中し、国会はなおざりにされ、民衆は置き去りにされることとなった。私たちは、こと憲法に関する重大な解釈の変更、海外で戦争する国に変わるかどうかという議論の成りゆきを、密室協議で行われる与党協議に参加する自・公両党の幹部などから意図的にリークされるマスコミ報道でしか知ることができないという異常な状態に置かれたのである。
この原稿を書いている6月24日現在、自公協議での合意成立との報道はない。しかし、公明党執行部は、23日、全国会議員対象の会合で、「今週中、来週中には決着させなければならない」と述べたという。もし、そうであるなら、公明党の責任は極めて重大だ。
この間の自公協議での政府・自民党の態度は、まったくもって傲慢不遜そのものであった。公明党がはやばやと「連立政権離脱は考えていない」(山口代表)などと「下駄の雪」で行くことを表明した結果、自民党はまさにその足下をみた議論に終始した。5月下旬に示された自衛権行使の15事例(集団自衛権は8例)にしても、6月上旬に高村副総裁が出してきた自衛権行使の「新3要件」にしても、あるいは安倍首相が5月15日の記者会見であり得ないと表明した「集団的自衛権行使への参加」にしても、報道を見る限りでは、合意を急ぐ政府・自民党が公明党に揺さぶりをかける小道具に過ぎず、ほとんど日替わりメニューであり、まともに議論するそぶりすら見られなかった。
それは5月15日の安保法制懇が採った手法と同様に、あり得ないほどの飛躍した議論をふっかけておいて、世論や公明党などの反発をうけると、少し妥協してみせるというものだ。いわゆる「限定容認」論がそれだ。「限定」は公明党の「成果」でもなければ、政府・自民党の転換・軟化でもない。これが認められるなら、集団的自衛権行使の合憲論にむかって、憲法解釈の境界線を突破したことになるからだ。まさに「蟻の一穴」だ。そこから先は、石破自民党幹事長らが告白するように、果て知れぬ解釈拡大の道だ。
安倍首相は23日、「議論もだいぶ深まっていると思う。政治の責任として決めるべき時は決めていきたい」と述べた。確かに両院の圧倒的多数を与党にして組織された安倍内閣が、世論に逆らっても進める決意をすれば、閣議決定をすることは時間の問題で、可能であろう。しかし、それはファシズムにもたとえられる暴走そのものだ。多数議席を背景に暴走することは、安倍首相は昨年の秘密保護法の強行採決の結果から、まともに学んでいないということだ。あとでまた「急ぎすぎた」と「反省」してみせるのだろうか。
たとえ安倍首相が閣議決定を強行したとしても、集団的自衛権の行使の問題はそれで終わりではない。安保法制懇報告書も指摘しているように、集団的自衛権を行使するためには、「国内法の在り方」を変えるための膨大な作業が不可欠だ。もともと憲法9条の縛りで、「専守防衛」を前提につくられているのが、各種の戦争関連法制である。これらを「改定」しなくては、「海外で戦争する」ことができない。政府はすでに秋の臨時国会にむけて、15本近くの個別法を「改定」するための準備に入っているようだ。国会での議論もないままに、憲法のもとで集団的自衛権の行使を可能にする「解釈」を強行した安倍内閣が、この臨時国会において、世論の反撃を浴びないですむわけがない。これを少しでも回避するため、安倍政権は従来から自民党や、石破幹事長らが唱えてきた「国家安全保障基本法」や「集団的自衛事態法」の制定を先送りするようだ。
集団的自衛権行使に伴い、「改定」しなければならない戦争関連法制は以下の通りである。
それは、(1)自衛隊法、(2)防衛省設置法、国家安全保障会議(NSC)設置関連法、(3)武力攻撃事態法、国民保護法、特定公共施設利用法、米軍行動円滑化法、外国軍用品海上輸送規制法、捕虜取り扱い法、非人道的行為処罰法、(4)周辺事態法、船舶検査活動法、(5)国連平和維持活動(PKO)協力法、国際緊急援助隊法、海賊対処法などなどである。
安倍政権はこれらの作業を進めなくてはならないのである。とりあえず年末に予定されている日米安保ガイドラインの見直し作業までに、どこまで進めるのか。集団的自衛権の行使を可能にすることとは、国会の承認も必要としない単なる行政協定の「日米ガイドライン」の改定だけで済むはずがないものだ。日米安保条約第5条は、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動する」と定めているのであって、海外で戦争をするという集団的自衛権の行使はこの範囲には想定されていない。これをどう解決するか、安倍首相らはこの矛盾をほおかぶりしてやり過ごそうというのだろうか。憲法違反だけでなく、日米安保条約違反という問題まで引き起こしている。
いずれにしても大議論すべき問題は山積している。
この国が戦後69年にわたって、海外での戦争で人を殺していない、殺されてもいないという歴史が大きく変えられようとしている。解釈改憲の閣議決定を阻止し、一連の戦争関連法制の改定をさせないたたかいは、わたしたちに課せられた歴史的な課題である。この闘いは、186通常国会が終わっても継続する課題であり、秋の臨時国会の最大の課題である。
これに反対する広範で、全国的な国会外の運動を形成して、世論で安倍内閣を包囲し、この異常な政権を打倒できるかどうかが問われている。私たちはこの歴史的な闘いに、かつてなかったような陣形をつくり出して、挑んで行かなければならない。
(事務局 高田 健)
池上 仁
開場とともに日比谷野外音楽堂の座席が次々に埋まる。入りきれなかった参加者含め5000人と発表された。緊迫した状況を受け、集会は終始拍手・歓声・どよめき・掛け声が起き、壇上と参加者とが一体となった熱気溢れるものとなった。
本番前のプレ企画はリレートーク。地方教育行政法改悪で首長の教育介入に途を開き、教科書統制を強める安倍教育改悪批判。復帰42年、当初の期待は無残に裏切られ、今また軍事基地強化がされようとしている沖縄からは「もうウンザリだ」という切実な声。安保法制懇報告が出された翌日、韓国では日本大使館前で抗議集会がもたれた、集団的自衛権の問題は外国とりわけアジアの人々から注視されている、と日韓連帯市民運動から。昨年12月6日強行採決された秘密保護法廃止を求めて闘い続けている方から、社民・共産、糸数・山本議員が廃止法案を提出した、集団的自衛権とつながればもはや「戦争国家」と。集団的自衛権反対の街頭シール投票を行っている神奈川のグループの報告。赤ん坊を抱えたお母さんは駅頭署名活動を行った経験を語り、無関心な人々を如何に振り向かせるかが大事と。医療関係の方からは、つい10数分前地域医療・介護総合確保推進法案が強行採決された、軍事費増額の一方で福祉が切り捨てられる、TPPでもアメリカの製剤会社の儲けのための医療破壊が目論まれている、と怒りの声。
私たちには大きな夢がある!
主催者挨拶に立った高田健さん…既に新たな戦前なのではないかとの危機感で実行委員会は動いてきた。「徴兵は命かけても阻むべし母・祖母・おみな牢に満つるとも」。78年有事立法に政権が手をつけた時に石井百代さんが作った短歌。今私たちは同じ決意で非暴力の抵抗を展開しよう。仮に閣議決定が強行されたとしても多くの関連法の改正が必要。息の長い闘いになる。私たちには大きな夢がある、大きな共同行動を作り上げ何万人もで国会を包囲し戦争への途を食い止めること・・・
1963年ワシントン大行進でキング牧師が行った演説を思い浮かべた、“I have a dream today”。
続いて駆けつけた多くの国会議員を代表して、民主党近藤昭一さん、日本共産党志位和夫委員長、社民党吉田忠智党首が、与党の密室協議による閣議決定で憲法解釈を変えようとする暴挙を批判し、国会内外共同の闘いでなんとしても生命・平和を守って行こう、とこもごも決意を語った。
メインスピーチは翻訳家の池田香代子さん…目くらましのような与党協議が行われている。「国民の生命や幸福追求の権利が根底から覆されるおそれ」があたかも焦点のように言われているが、一昨年の自民党「国家安全保障基本法案(概要)」には「事態」と明記されている。公明党が踏ん張って「おそれ」を「事態」に押し戻したという体裁を取り繕うシナリオではないか。これまでの改憲策動で何度も「このやろう」と思ったことがあったが、それすら可愛く思える今の流れだ。まさに憲法解釈クーデタと言うべき。憲法の介錯をさせてはいけない。憲法の後ろに回ってダンビラを振り回すな。安保法制懇の岡崎は「仮に総理大臣が間違ったら、総理を選んだ国民が悪い」とうそぶき、麻生は「戦争の決意を固めればそれが抑止力になる」ととんでもないことを言っている。私たちの力でこんな暴挙を絶対に止めよう!
カンパの訴えは菱山南帆子さん、中一の時にアメリカ大使館前でイラク戦争反対を叫んで以来11年間平和の問題を考えてきた、との自己紹介に会場から盛んな拍手が沸く。
連帯あいさつは4団体から。日弁連憲法問題対策本部担当副会長・水地啓子さん…全国52ある弁護士会全てで憲法尊重・集団的自衛権に反対の決議を上げている。弁護士会は強制加入の団体で思想信条は様々なメンバーだが、解釈改憲・集団的自衛権に反対するのは憲法を根幹とする法律業務に携わっている立場からは当然のこと。法律の文言はストレートに読まれるべきで勝手な解釈は許されない。弁護士として学習会などあれば喜んで援助しよう。今日は昼に地元の横浜市で弁護士会が市民と共同してパレードを行った。全国で弁護士も立ち上がっている。
日本ペンクラブの篠田博之さん…民意がこれほどまでに踏みにじられたことはない、日本ペンクラブは5月15日、安倍会見を受け「あまりにも乱暴なやり方だ」として反対声明を出した。
立憲デモクラシーの会呼びかけ人の上智大学教授中野晃一さん…会の名前は自分がつけた。改憲派の人も含めて立憲主義を守ろうという趣旨。デモクラシーさん…1988~1933年自衛隊に在職していた=「民衆の力」という原義に寄り添いたい。メンバーでご自身は改憲派である小林節さんは、安倍政権が進めているのは「憲法泥棒」だと決めつけている。集団的自衛権発動で「必要最小限の武力行使」などと言っているが「必要最小限の空き巣」と言っているようなもの。次々に繰り出されるいい加減な議論にマスコミは踊らされている。根本をきちんと見つめるべきだ。
戦争させない1000人委員会事務局長代行の藤本泰成さん…戦争への途3つのポイントは集団的自衛権容認によって専守防衛を外すこと、戦後70年間積み重ねてきた憲法解釈を反古にして9条を空洞化する、そして戦争する国を支えるための教育改悪だ。下村文科相は教育勅語を再評価し道徳教育に力を入れると言っている。まさに「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」る国民を作ろうとしている。1000人委員会は多くの人びとと協力してこの流れに反対していく。
最後の発言は元自衛隊・レンジャー隊員の井筒高雄が、PKO法案成立の際に依願退職した。自衛隊は時々の国家権力の道具であってはならないと考えたからだ。レンジャー隊員はまず遺書を書かされる。過酷な訓練に励む。水に浸かり蛇やカエルを食べることも。しかしそれは専守防衛のためで外国のために戦うためではない。除隊後市会議員を2期務めた。政治に携わったものとして安倍総理に言いたい。憲法の下で政治を行っていただきたいと。今、私たちは戦争=人殺しに加担するのかどうかが問われている。
最後にコールに応じて2色のプラカードを掲げるパフォーマンス。会場が赤い「戦争反対」青い「9条こわすな」のプラカードで交互に、そして一斉に染め上げられる。集会終了後、国会と銀座方面と2つのコースに分かれデモンストレーションが行われた。国会請願デモはドラム隊の力強い演奏とコールに出迎えられ、衆参議員面会所前で議員との熱いエールの交換を行った。
小川 良則
第186通常国会も会期末まであと1週間となった6月13日、安倍内閣は改憲手続法一部改「正」と教育委員会制度の解体法案を強行した。これに対し、2000年の憲法調査会の発足以来、継続して憲法調査会や憲法審査会の傍聴行動を取り組んできた「許すな!憲法改悪・市民連絡会」と「憲法改悪阻止各界連絡会議」では、抗議の議面集会を呼びかけた。正午過ぎから参院の議員面会所で開かれた集会には、平日昼間の緊急な行動にもかかわらず多くの市民が駆けつけ、この日の本会議で反対討論に立った共産党の仁比聡平、社民党の福島瑞穂両議員らとともに、問題が多々あると言いながら採決では賛成に回る一部野党も含めた改憲翼賛国会に満身の怒りで抗議の声を挙げた。また、この日は集団的自衛権に関する自公協議にあたっていたことから、「戦争をさせない1000人委員会」が議員会館前での行動を配置するとともに、「安倍教育政策NOネット」も院内集会を開くなど、安倍内閣の強権的手法に対する怒りの声が渦巻く日となった。
思い起こせば、2007年に第1次安倍内閣の下で、改憲手続法の強行と前後して強行されたのが教育基本法の全面改悪であった。周知のとおり、1947年の教育基本法は、憲法の公布から施行までの間に制定され、憲法理念の実現を掲げた前文を持つなど、憲法と一体のものとして位置づけられる存在であった。それを破壊した安倍内閣は閣僚の3分の2が靖国公式参拝等を掲げる日本会議の所属というウルトラ右翼内閣であったが、第2次内閣においても基本的にその構造は変わっていない。そして、第2次安倍内閣が進めているのは、秘密法やNSC法の強行、武器輸出や集団的自衛権の解禁など、より直接的な憲法に対する破壊攻撃である。
今回の改憲手続法の一部改「正」案が衆院憲法審査会で強行されたのは、連休明けの5月8日、参考人質疑のその日のうちの採決という暴挙である。4月3日に自民・公明・維新・みんな・結い・民主・生活・改革の8党合意の確認書が交わされてから1か月での衆院通過。招いた参考人はたった8人。公聴会も開かないまま、実質審議わずか20時間にも満たない暴走ぶりである。小選挙区制法案や郵政民営化法案の120時間や教育基本法全面改悪の際の100時間と比べても、その拙速ぶりは一目瞭然であろう。
昨年暮れの特区法案も、付託先の内閣委員会が野党側に委員長を握られていたため委員長解任動議を深夜に強行するという乱暴の極みであった。「手段を選ばぬごり押しを続ける自民党に理性を取り戻させる法案こそ必要」であり、「問答無用で政府の必要とする法案が成立するならば、もはや国会は独裁政治の体裁を飾る装置に過ぎない」とは、議場外の廊下での採決を含む20回を超える強行採決を繰り返した1969年の第61通常国会(沖縄・安保国会)を評した朝日・毎日両紙の社説であるが、今回の安倍内閣の暴走ぶりは、デモとテロを同一視するなど、一層悪質で強権的と言わざるを得ない。
とりわけ問題なのは、この明文改憲のための仕組みづくりが、総理の私的諮問機関に過ぎず、その人選も「身内」で固めた安保法制懇の報告(5月15日)を受け、主権者にも議会にも諮ることなく、閣議決定で集団的自衛権の封印を解こうという、憲法を実質的に破壊する総理によるクーデターと並行して進められていることである。
そして、参院での審議がちょうど安保法制懇の報告と自公協議の時期と重なっていたこともあって、改憲派の論客として知られる参考人までもが、政府解釈の変更で集団的自衛権を認めることに疑問を呈していたことも特徴的だ。
提案者たちは「積み残された宿題を解く」と称しているが、最低投票率の設定や有料広告の規制など、制度設計の根幹部分に関わる18項目もの附帯決議の大半は一顧だにされていない。批判をかわすためか、ことさら18歳選挙権による若者の政治参加という部分だけが強調されているが、実は、改「正」前の改憲手続法の本則には、既に、投票年齢は18歳と明記してあるのである。それが7年経っても実現されていないのは、他の成人年齢との整合性を図るための経過措置と猶予期間が設けられたために過ぎない。しかも、2009年には法制審議会も成人年齢の18歳への引き下げを答申しているのである。
もっと言えば、そもそも、改憲手続法という始動させてはならない法律の中に成人年齢の問題を組み込むという制度設計に無理があるのである。
また、運動規制に関する公務員法の適用除外を事実上削除して再び規制強化へと舵を切るなど、従来以上に非民主的な内容になっていることも指摘しなければならない。
4月22日の衆院憲法審査会では、こうした矛盾を共産党の笠井亮議員から突かれた枝野幸男民主党憲法総合調査会長は「自公政権でも民主党政権でもできなかった18歳参政権が8党合意により実現できる」と苦しい言い逃れに終始し、船田元自民党憲法審議会会長代理に至っては「執行不能だった法律がともかくも動けるようになったことが最大の宿題の解決だ」と開き直っている。同氏は、法案の衆院通過後、別の場で「2年後には緊急事態条項を含む改憲発議を」と本音を漏らしているが、集団的自衛権を巡る与党協議の公明党側の代表者である北側一雄副代表(党憲法調査会長)も、「まずはとにかく一度、誰もが賛同できるテーマで国民投票を実施し、実際に改正を経験してみることだ(4月24日憲法審査会)」とまで述べているのは黙過できない。
附帯決議は、前回は参院のみだったが、今回は両院ともに出された。紙数も尽きてきたので、2点だけの指摘にとどめるが、一つは、このタイミングで「時の政権による恣意的な解釈変更は憲法規範に対する国民の信頼を損なう」と述べた点である。これは単なるブラックジョークというよりも、だから早く正規の改憲ルートに載せようという意味が込められていると見るのは深読みであろうか?
もう一つは、運動規制と公務員法制の「宿題」について「各党の担当部局に引き継ぐ」とした点である。国会運営が行き詰まった際に何度か「与野党協議の場を設ける」という議長裁定があったことは承知しているが、このような文言は初耳である。そもそも議長の下(=国会の中)での与野党協議とは異なり、政党という国会外の自律的な存在に「引き継ぐ」などということが国会の名においてできるのか。
実は、これは8党合意確認書という非公式文書を国会決議という公的文書にそのまま流用したことからきているのだが、集団的自衛権での与党協議といい、改憲手続法の8党合意といい、何事も主権者やメディアの目の届かない議場を離れた密室で決められ、国会審議はその追認の場に堕してしまっていることを象徴する出来事とも言える。
このような非民主的な国会運営を許す訳にはいかない。各種の世論調査は、改憲にも集団的自衛権にも原発再稼働にも反対が多数である。そして、誤った国策遂行のために住民の暮らしが犠牲にされる構造に対して声をあげ、世論で包囲した結果が5月21日の大飯原発訴訟の福井地裁判決である。人権は人類の多年にわたる努力の成果であり、主権者の不断の努力によって守るべきものという憲法12条・97条の精神を実践するための歴史的な使命をもった取り組みに共に立ち上がるのは、今を置いて他にはない。
東京・日比谷公会堂で開かれた2014年5・3憲法集会で、参加者は安部政権の改憲・暴走の阻止のため全力でたたかうことを決意した。前号では青井未帆さんと津田大介さんのスピーチを掲載しました。今号には1分間スピークアウトおよび吉田忠智さん、志位和夫さんのスピーチを紹介します。テープ起こし協力は憲法会議。掲載文は要旨。【編集部より】
学校教材の販売をしている業者です。生徒の減少、ガソリン代の高騰などで、赤字が続いています。それでも納めなければいけないのが消費税。5パーセントのときでも滞納があり、分割でも追い付かず、借金をして払いました。8パーセントになって、価格競争の商売で、そのまま転嫁するのは困難です。せめて今すぐ5パーセントに戻して、来年の10パーセントへの増税は絶対反対です。日本の税金の中心が負担能力に応じて集められる所得税や法人税に替わって消費税になるということは、国民の生きる権利を保障しないということです。憲法の応能負担の原理に沿って、大企業への行き過ぎた減税や、富裕層への優遇税制を見直し、能力に応じて集め、国民の暮らしを大事にする使い方に改めるべきです。
安倍首相が目指す、世界で一番企業が活躍しやすい国とは、労働者には世界一働きづらい国です。派遣法改悪による非正規雇用拡大、労働法制改悪による雇用破壊に対し、今こそ労働者保護をうたう憲法27、28条を守り、ストライキなど、労働3権を駆使して、反撃を開始しましょう。また、米軍はいまだ占領地でもあるかのごとく傍若無人に振る舞っていると建白書で訴え、復帰後も日本国憲法の外に置かれ続ける沖縄。オール沖縄の切実な声に、本土の私たちは応えなければなりません。最近の日米関係は、従属から収奪の関係に変化したと指摘されます。わが国のアメリカからの完全な独立に向け、手を携えて行動いたしましょう。
全国生活と健康を守る会連合会は、1年以上にわたって、生活保護の基準引き下げと生活保護法改悪に反対する運動に取り組んできました。生活保護基準は3年間で10パーセント引き下げられます。昨年8月、初めての引き下げが行われ、それを不服とする審査請求は歴史的運動に発展し、全国で1万世帯以上が立ち上がりました。生活保護法改悪は、一度は廃案に追い込みましたが、再び国会に上程され、昨年末に可決。しかし、附帯決議を付けさせるまで成果を挙げました。パブリックコメントには1,100件以上の意見が寄せられ、国会答弁や附帯決議に反映されました。諦めず運動すれば、必ず道は開けます。権利は闘う者の手にあり。皆さん、団結して頑張りましょう。
私は高校で数学を教えています。高校の教科書採択にまで教育委員会が口を挟むようになりました。教科書の検定基準が改悪され、政府見解を教科書に記述するよう強制されています。また、教育委員会制度の改悪で、首長による教育への介入が懸念されます。教科書統制は教育内容の統制につながり、戦前の歴史をひもとけば、憲法改悪、戦争への道につながることは明らかです。共に力を合わせ、そのような動きに歯止めをかけていきましょう。
昨年12月、安倍首相が靖国神社を参拝しました。4月21日、273人の原告が、国、安倍晋三、靖国神社を、憲法違反の被告として東京地裁に提訴しました。靖国神社は戦争神社です。私たちは、安倍首相の参拝は戦争準備行為であると捉えています。日本が外国で戦争できる国となることが現実味を増してきているこの時期の参拝は、これまでの他の首相の参拝よりも確信犯的であります。原告は政教分離原則違反、参拝差し止めを訴えています。ぜひ勝利を得たいと思います。第2次原告を今募集中であります。ぜひご応募ください。
私は国籍や障害、性別や肩書を超えて、あなたのままでいいよ、私も私のままでいいと言い合える社会に住みたいです。私は自分が育った、障害を持つ人と持たない人が助け合う環境、また、のりこえねっとの活動を通して、それは決して不可能ではないことを知っています。今世の中にはたくさんのつらい分断や対立があります。でも、私たちには、互いの違いを理解し合い、それを乗り越え、手をつなぎ合っていく力があります。それと同時に、他人の体と、そして、自分の体と、大切にしてほしいのです。今体の中の心臓や、他の機能が、1秒も休まずに動いているということ、そして、他のすべての人間が不幸にならない権利を持った同じ人間であるということを、再び感じてほしいのです。その上で、皆さん一緒に、たくさんの差別や対立を乗り越えていきましょう。
私は路線バスの運転手をしております。雇用機会均等法によって、女性もあらゆる職業に就くチャンスができました。しかし、現実は、女性の就職は男性より厳しく、正規採用の割合も低いです。就職後も、結婚、妊娠、出産、育児、介護など、さまざまな場面で大きな負担を抱えております。今配偶者控除の議論が行われていますが、それ以前に、すべての女性たちが一人前に働くことができ、自立して生きられるような社会にしなくてはならないと思います。
家族介護から介護の社会化を目指した介護保険制度に期待をして、そして、充実を求めて、八王子市議会で活動してまいりました。しかし、制度は改悪され続けています。現在国会では、財源を削減するために、要支援の人々の在宅生活を支えるホームヘルパーやデイサービスを、地域のNPOやボランティアなどに任せるという改悪案が審議中です。利用者の介護を受ける権利を保障し、そして、負担の増大とサービスの切り捨てを許さず、高齢になっても人間らしく、尊重されて生きることができる社会を、皆さんと共に実現をさせてまいりましょう。
日本国憲法の3原則は、平和主義と、基本的人権と、主権在民です。つまり、平和でないと人権は守られません。私は手話を学んでいます。また、障害者就労支援施設で働いています。その中で、弱者切り捨て、福祉切り捨てが、戦争へと向かう動きと一つになって進んでいることに、とても危機感を持っています。そういう動きを止めるためにも、草の根的努力と、多様なすべての人々と共に生きる努力を続けていきます。
福島から来ました。福島を放射能でじゅうりんした大企業と、その腰巾着の政府は、原発地区の尻ぬぐいに、日本中から福島へ労働者を集めています。待っているのは、命を縮める被ばく労働です。具体的に健康被害が出ています。原発事故直後、がれき処理に当たった廃棄物処理業者の間で、甲状腺がんが多発しています。子どもたちのニュースは、皆さん、聞いてると思いますけども、彼らの情報は管理されています。なかなか出てきていません。私たちは、こういう実際に健康被害に遭ってる人たちも含めて、被ばく労働者に寄り添って戦っていこうと思っています。健康に生活する権利が侵害されている彼らと寄り添って闘うことが、護憲闘争の一環だと思って頑張ります。
はいさい、毛利といいます。絶対に諦めない。辺野古で、高江で、普天間ゲートで、戦いの現場に立つ人たちを支える精神。軍隊は住民を守らない。沖縄戦が4人に1人の命をもって教えた、私たちへの伝言。基地や安保のない沖縄。日本、東アジアへ、平和憲法を子や孫たちの世代に引き継ぐ。そのために戦争につながる一切のものを拒否する。そして、絶対に諦めない。安倍政権の暴走を止めること。それは本土の私たちのなし得る最大の沖縄への連帯だと思います。力を合わせ頑張りましょう。
僕は経済産業省前テントひろばにおいて、テントの泊まり番をやっています。現在政府は原発の再稼働と海外への輸出に前のめりになり、原発事故や、放射能汚染、そして、人体への被ばくなど、まるで存在しないかのように振る舞っています。こうした過去の過ちを無視した動きというものは、あらゆる分野にも広がっていると思います。今いろいろな違いを乗り越えた広いつながりが必要になっていると思います。広く私たちをつなぐのは、命であり、そして、人間らしく生きること、それらを何よりも優先する、そういった考え方だと思います。それは取りも直さず現在の憲法の精神でもあります。こうした命、憲法などをもとにした大きなつながりが、今の希望です。共に頑張っていきましょう。
私は国際協力NGOでアフガニスタンの教育事業を担当しています。アフガニスタンでは戦争で学校が壊され、人々が難民となり、普通の暮らしが奪われました。ある村の女の子が読んでくれた詩には、こうありました。私が欲しいのは平和について考えるための時間。壊すことは簡単だけど、つくるのは難しい。だから、私が欲しいのは立ち上がるための時間。2001年以降、膨大な数の兵士と資金がアフガンに送られましたが、治安は今も非常に厳しいままです。アフガン戦争は平和をもたらしませんでした。アフガニスタンに仲間を持つ身として、一層私は日本の戦争協力を許すことはできません。
私の父は戦争反対の思想犯として懲役4年の刑を受けた治安維持法の犠牲者でした。私も1歳児のときに特高警察により母に背負われて両国署に留置された生き証人です。秘密保護法は国民を戦争に導入するための弾圧法であった治安維持法の再来で、国民の目、耳、口を封じ込め、自由と人権を抑圧する、憲法違反の法律です。私たちは治安維持法犠牲者の名誉回復を求める署名と当時に、秘密保護法の撤廃を求める運動をしています。再び戦争をする国にさせないために、皆さんと力を合わせて頑張ります。
今の憲法から何が削られているのかを見ると、自民党の改憲案の性格がよく見えてきます。その最たるものが人権の本質を説いた97条の削除です。これは、憲法とは本質的に権利章典であって、そのために統治機構を主権者の民主的コントロールの下に置くという、近代立憲性への無知を示しています。だから、公益を人権の上に置いてみたり、憲法遵守義務の対象に国民を加えるという、およそ少しでも法律をかじった者であれば、常識では考えられないものになっています。戦前どころか、マグナカルタ以前の世界への逆戻りを許さないよう、一緒に食い止めていきたいと思います。
集団的自衛権の行使は海外で戦争をすることであり、歴代内閣も禁止してきた憲法違反です。安倍政権は憲法改悪をも射程に据えて、解釈改憲を振りかざし、集団的自衛権の行使を容認しようとしています。この悪巧みを私たち主権者の力で打ち砕いていこうではありませんか。第2次世界大戦後に起きた戦争のほとんどは、集団的自衛権行使を大義名分にしています。いかなる戦争も起こさせてはなりません。殺したり殺されたりする戦争を拒否し、平和憲法を生かし、世界の人々と共に真の平和を築き、あらん限りの知恵と力を振り絞って、未来へ確かな命と希望をつないでいこうではありませんか。元気にやってまいりましょう。
私たちは戦争も核兵器もない21世紀を目指して学び行動する、東京高校生平和ゼミナールです。憲法9条は私たちの学びと自由を保障しており、かつ、これからの国政平和構築の基礎にあるものです。現政権の憲法破壊の動きは、私たちの権利を根本から脅かすものであり、人類の未来を奪っていくことに異なりません。これからの未来をつくり、生きていくのは、私たち若い世代です。私たちは未来をつくるために、平和や戦争について深く学び、広く伝えていく必要があります。私たちは今ここに、憲法改悪の動きに反対するとともに、深く学び続けていく意思を表明します。
今日は憲法記念日、憲法が施行されてから67年であります。あらためて憲法が施行されて初めてと言いますか、かつてない歴史的な試練に直面していると思っています。もちろん9条以外に憲法の条文は全部で130ありますけれども、一つ一つの条文が果たして生かされているのか、そのことも今日の憲法記念日、あらためて問い直していかなければならないと思っています。
先ほどリレースピーチの中でもお話がございました、あの東日本大震災から3年2カ月がたとうとしていますけれども、今なお27万人の方々が避難生活をされています。住宅再建、雇用の確保、学校の子どもたち、今なお復興が進まない。国政に身を置く者として、誠に申し訳なく思っています。あの未曽有の、あってはならない東京電力福島第1発電所の事故。14万人の方々がいつふるさとに帰れるかも分からない。そうした状況の中で、まだ、汚染水の問題も含めて、終息とは程遠い状況の中で、原発を動かそうとしている。原発を世界に売り歩こうとしている。そして、働く仲間を巡る状況。ブラック企業といわれる、若者を使い捨てにする企業。そして、非正規も労働者の38パーセントを超えました。沖縄の皆さんも、民意を無視した辺野古の新基地建設が進められています。
そして、皆さん、集団的自衛権行使の問題。限定容認論などという話が出ておりますけども、これは自衛のため以外に武力行使をする。日本が平和国家から軍事国家への歩みを変える。それでなくても日本の防衛予算は世界第3位です。国の形を変える。これ、極めて重要な岐路に立たされています。集団的自衛権の行使限定容認、アリの一穴であります。解釈改憲も明文改憲も許すことはできない。そのことをあらためて皆さん方と確認し合いたいと思っています。
集団的自衛権の議論が今自民党内、あるいは、与党の中でも進められています。私はその議論を整理する意味で、何点か問題点を申し上げたいと思うんです。一つは、安保法制懇なるものの存在。日本の安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会と正式名称はいうようでありますが、この安保法制懇はなんの法的な裏付けもありません。なんの法的裏付けもない安保法制懇が、法的基盤の何を議論するんですか。これは皮肉以外の何ものでもありません。国会では何回も何回も安倍総理が、安保法制懇の報告を待って、内閣で議論して、国会の皆さんにも国会でもご議論いただきます。うそも100回言えば本当になるといいますが、なんとなくそれが権威付けられたような、そういう組織に聞こえてくるんですね。偏ったメンバーばっかりでしょう、見たら。異議を唱える人、一人もおりませんよね。私はこの安保法制懇の存在そのものの問題を指摘せざるを得ないと思うんです、皆さん。
次に、安倍総理は国会の予算委員会の答弁の中で、私が最高責任者だ、私の判断で憲法解釈を変えるんだ、これは内閣法制局ではない、そのように言われました。憲法の条文では、国会が国権の最高機関であります。内閣は国会で決めたことを執行する機関であります。まず、そのことを皆さん方と押さえたいと思うんです。そして、法律が憲法にきちっとかなっているかどうか、違反してないかどうか。それを判断するのは最高裁判所です。そのことも憲法の条文にしっかりうたわれています。
最近私たちも、国会の院内集会や、学習会、さまざまな場で、内閣で長年積み上げてきた憲法解釈を変えるなどというのは立憲主義の否定だ、日本は法治国家でなくなるという主張をしてまいりました。そして、出てきた議論が、あの砂川事件最高裁判決。確かにあれは最高裁が、いわゆる自衛権の問題について、これは集団的自衛権ではありませんよ。自衛権の問題について判断をした唯一の例なんですね、かつて。だから、内閣で判断を勝手に変えると、みんなから言われるから、自民党の高村副総裁が持ち出したのが砂川事件最高裁判決。このことも問題点の一つですね。あれはあらためて言うまでもなく、米軍基地の存在が合憲か、違憲かということが問われたものでありました。
確かに自衛権についての言及はその中でありましたけれども、これは個別であるか、集団的であるかということは、書いておりません。これは1959年の判決でありましたけれども、その後、歴代の自民党政権の下で集団的自衛権は権利としては持つけれども、日本は憲法9条があるから行使できない。そのことを一貫して自民党政権がずっと言ってきたわけですね。そうすると、これまで自民党政権が主張してきたことの整理はどうするのか。国民への説明責任はどうするのか。そのことがまさに問われると思うんです。そのことを一切度外視して、いやいや、実はあれは集団的自衛権の行使は否定していないんです、だから、いいということにならないでしょう、皆さん。
それから、5番目、最後でありますけれども、限定容認論のまやかしですね。これはあらためて一つ一つ言うまでもありません。個別の事例を一つ一つ挙げる必要はないと思っています。アリの一穴と言いますけれども、なんとか集団的自衛権の穴を開けたい。その一念で出したへ理屈が限定容認論というものでございます。集団的自衛権と個別自衛権というのは、大きな違い、差があるわけでありますから、これはあらためて申すまでもありませんけれども、このことをもって認めるというような議論にはならないと思っています。
今自民党、それから、公明党の中で、与党の中でも水面下の議論と駆け引きが行われているようでございます。手をこまねいて見ているわけにはいきませんから、公明党の山口代表にも会いました。それから、公明党から内閣に出ている太田国土交通大臣にも会いました。魚住参議院議員会長にもお会いして、集団的自衛権行使の問題について話をしました。彼らが一貫して言うのは、集団的自衛権は行使できないということを一貫して日本政府の見解として表明してきた。これを変えることはできない。今出されているさまざまな事例は、個別自衛権や警察権の中で対処すればいいことだ。それについては、私、社民党も、いささか疑義はありますけれども、いずれにしても、集団的自衛権の行使を容認するというのは、越えてはならない一線だ、そのようにいわれておりますから、私はまさか公明党の皆さんがそれを踏み出して容認するということはあり得ないというふうに確信をしておりますけれども、ぜひ最後まで頑張っていただきたいと思います。ただそれを手をこまねいて見ているわけいきませんから、私たちは国民世論にしっかり訴えていくのは当然のことであります。
集団的自衛権の行使と関連して、もちろんこの間の、昨年の国家安全保障会議設置法、そして、これまで議論のありました特定秘密保護法の問題、また、武器輸出三原則の撤廃など、一連の問題、根は同じでありますけれども、あらためて安倍総理、そして、取り巻きの皆さんの歴史認識が問われなければならないと思っています。彼らにとって一番邪魔なのは、いわゆる村山談話でございます。村山談話は戦後50年に際して内閣総理大臣として発せられたものであります。これはしっかり閣議決定をされています。下村文科大臣が衆議院の文部科学委員会の中で、確か共産党の宮本岳志衆議院議員の質問に対して、閣議決定されていない、そのように言われました。認めたくないのは重々分かりますけれども、昔なら、あんなことがあったら、もう罷免ですよ。辞めなきゃいけませんよ、あんな基本的な国家の基本に関わる問題について誤った答弁をしたわけですから。
そこが辞任まで行かないというのも、今の状況を物語っているわけでありますけれども、あらためて私は過去の侵略行為、そして、植民地支配に、痛切な反省の意を込めて、そして、未来志向のアジアの友好関係を築こう、そのことをうたった村山談話。戦後の政治史において、極めて重要な、画期的な談話であったと思っておりますし、日本国憲法と合わせて、しっかりかみしめていかなければならない。今日の出席者の方々の中にも、村山談話を継承し発展させる会の方もおられますけれども、ぜひかみしめていかなければならないと思っています。5月の25日に東京で村山元総理の村山談話をテーマにした講演会も予定されているようでありますから、ぜひ出席をいただきたいと思っております。
当面の私たちの戦いでありますが、短期的には、いかに解釈改憲を許さない広範な国民の反対の声をつくっていくか、広がりをつくっていくか、このことが大事だと思っています。96条先行改憲論が昨年の初めから出てまいりました。しかし、憲法改正を必要とするという学者の中にも、96条先行改憲というのはご都合主義だ、問題だということで、それが沈静化しまして、引っ込めました。この集団的自衛権行使の問題も、その後の9条をどうするかというのは、違いがあるにしても、解釈で変えて集団的自衛権行使をしようということには反対だという点で一致する方々と、広く共闘を結ぶ必要があるのではないかと思います。いかがですか、皆さん。
そして、中長期的には、憲法の意義、9条の意義、これをしっかり、子どもさんも含めて国民の皆さんに知らしめる取り組みが、あらためて求められていると思います。私は大分の県会議員のときに、学校でどういう憲法教育が行われているかについて県議会の本会議で質問をいたしました。質問する本会議の定例日の前日に、教育長から夜電話があって、吉田県議、あのときは県会議員でしたが、いったいどういう答弁をすればいいですか、今までこういう質問をされたことがありません。私は調べた。もう8年ぐらいたちますから、若干事情が変わっているかも分かりませんが、小学校の教科書で憲法が最初に出てくるのは小学校6年。中学は、なんと中学3年生。高校は、ご案内のとおり選択科目ですから、憲法をまったく高校時代学ばない生徒もいると思います。もちろん自主憲法制定が党是の自民党、そして、自民党の言うことを聞いた文科省ですから、学校現場ではそんなに憲法を教えていないだろうと思ったら、予想以上でした。あらためて、なかなか今、学習指導要領に憲法の内容について、より多く盛り込ませるというのは、難しい面はありますけれども、そのことも課題として取り組んでいかなければならないと思っています。
社民党も、皆さま方と共に、解釈改憲を許さない。明文改憲も許さない。日本を軍事国家にしない。戦争ができる国にしない。全力で皆さま方と共に行動していく決意を申し上げまして、私からの問題提起にさせていただきます。共に頑張りましょう。
皆さん、集団的自衛権を行使するとはどういうことでしょうか。端的に言えば、日本に対する武力攻撃がなくても、他国のために武力の行使をするということです。その行使を容認するとはどういうことでしょうか。海外での武力行使をしてはならないという憲法上の歯止めを外すということです。この歯止めが外されたらどういうことになるでしょうか。2001年、9.11同時多発テロへの反撃として、米国はアフガニスタン報復戦争を開始しました。そのときに、NATO諸国は集団的自衛権を行使するとして軍隊を派兵し、米軍と共にこの戦争を戦いました。2003年、米国はイラク侵略戦争を開始しました。このときは、米国をはじめとする有志連合と名乗った国々は、国連安保理決議に基づく多国籍軍と称して軍隊を派兵して、この戦争を戦いました。実際には米国などには武力行使の権利を与える安保理決議など存在していませんでした。しかし、ともかくも、米国は国連安保理決議の1441に基づく多国籍軍なんだと言って、この無法な戦争に乗り出しました。
この2つの戦争に際して、日本は自衛隊を派兵しました。しかし、どちらの場合も、派兵法の第2条で、武力の行使をしてはならない、戦闘地域に行ってはならないという歯止めがかかっていました。当時の小泉首相、よく言っていましたね。戦闘地域に行くんじゃありません。非戦闘地域にしか行きません。自衛隊のいる所が非戦闘地域なんだ。やっていましたね。なぜ歯止めがあったかといったら、海外での武力行使をしてはならないという憲法上の歯止めがあったからです。だから、自衛隊の活動は、インド洋での給油活動や、イラクでの給水活動、あるいは、空輸活動などにとどまったわけであります。
集団的自衛権が行使できるとなれば、この歯止めが外されてしまいます。アフガン戦争のようなケースでは、日本はNATOの諸国と同じように、集団的自衛権を行使して、自衛隊は戦闘地域まで行って米軍と一緒に戦闘活動をすることになるでしょう。それだけではありません。イラク戦争のようなケース、多国籍軍による戦争のようなケースであっても、日本はなんの歯止めもなしに、それに参加し、肩を並べて戦争することになるでしょう。そのことはイラク戦争の当時に内閣官房副長官補を務めた柳沢恭二さんが、イラク戦争のようなケースについて、これまでは憲法の歯止めで米国の要請でも海外での武力行使を拒否できたが、断れなくなると述べているとおりであります。
このように、安倍政権の狙いは、集団的自衛権の行使、多国籍軍への参加、この2本柱で海外で戦争する国をつくろうと、ここに真相があるということを、私は訴えたいと思うのであります。この道に踏み込めば、日本の自衛隊が他国の人を殺し、自衛隊員から戦死者が出るのは避けられません。それは生易しいものではありません。今日調べてみましたら、アフガン戦争ではこれまでに派兵した29カ国で3,435人の兵士の命が失われ、国連アフガン支援団の資料によりますと、2007年以降だけで1万7,000人を超えるアフガンの民間人の命が奪われております。イラク戦争では派兵した23カ国で4,807人の兵士の命が奪われ、12万人から13万人のイラクの民間人の命が奪われております。日本をこのような殺し、殺される国にしていいのかが問われております。そして、若者を戦場に送っていいのか。これが問われております。断固としてノーの声を突き付けようではありませんか。
安倍政権は国民の批判の高まりを恐れて、こういうことを言いだしています。集団的自衛権の行使といっても、無制限に行使するわけではない。放置すれば日本の安全に重大な影響を及ぼす場合などに限定して行使するのだ。しかし、皆さん、いったい放置すれば日本の安全に重大な影響を及ぼす場合かどうかを判断するのは誰でしょうか。時の政権じゃありませんか。いったん海外で武力行使をしてはならないという憲法上の歯止めを外してしまったら、あとは政策判断の問題になります。時の政権の政策判断で、範囲は無制限に広がることになります。実際、集団的自衛権の限定行使論を唱えている高村自民党副総裁は、毎日新聞のインタビューで、どう歯止めをかけますかと問われて、こう答えました。国会か法律で決めることが一番適当な歯止めだ。しかし、皆さん、歯止めが法律ということになれば、時の多数政党の裁量によって、いくらでも範囲が拡大することになるじゃありませんか。歯止めは法律というのは、裏を返していきますと、憲法上の歯止めは存在しないと、自ら認めた発言じゃありませんか。語るに落ちるとはこのことだと、私は言いたいと思います。
高村氏が限定行使論の唯一の根拠として持ち出すのは、1959年の砂川事件最高裁判決です。しかし、この裁判で争われたのは在日米軍が違憲か否かであり、憲法学者の皆さんが揃って指摘するように、集団的自衛権など問題になってもいません。高村氏は弁護士だそうですが、いったいどんな司法試験の勉強をしてきたのかと思います。大阪弁護士会の石田会長は、砂川事件の最高裁判決が限定的に集団的自衛権を認めるなんて答案に書いたら、司法試験に落ちてしまう。痛烈に批判しています。だいたい皆さん、この判決文、よく見ますと、自衛隊の存在さえ、合憲か、違憲かの判断はしないと明記してあるんです。そうした判決が、その自衛隊が集団的自衛権を持っているとか、持っていないとかという憲法上の判断を下せるわけがないじゃありませんか。こういう代物しか根拠として持ち出せないっていうのは、根拠がないってことの証明じゃないですか。彼らが何の寄るべき根拠を持たないことを告白するものだと言わなければなりません。
皆さん、安倍政権の改憲策謀は、思惑どおりに進んでいるわけではありません。彼らは政府の勝手な憲法解釈の変更で、集団的自衛権行使容認を進めようとしています。これに対して多くの人々から立憲主義の否定だと批判が巻き起こっていることは重要だと思います。近代の立憲主義は、主権者である国民の皆さんが憲法によって国家権力を縛るという考え方に立っております。国民を縛るのは憲法じゃありません。権力を縛るのが憲法であります。だから、憲法の解釈も、時の権力者によって自由勝手に変えることが許されるというものではありません。もしもそれが許されたら、憲法が憲法でなくなってしまいます。
このことは歴代保守政権も認めてきたことでした。2004年、当時の小泉純一郎首相が行った答弁では、集団的自衛権と憲法との関係について次のように述べています。解釈変更が便宜的、意図的に行われるならば、憲法に対する国民の信頼が損なわれてしまう。憲法について見解が対立する問題は、便宜的な解釈の変更をすべきではない。ここには保守政治内の一定の節度や自制がありますね。この点では、あの小泉首相がまともに見えてきます。
安倍首相にはこの自覚がまったくありません。彼は自分が憲法で縛られているって自覚がないんです。こういう人が総理大臣をやっているってのは、日本の大問題であります。首相は、政府の最高責任者は私だ、政府の答弁は私が責任を持って、その上で選挙で審判を受けると述べました。総理大臣は自由に憲法解釈を変更できる、憲法よりも総理大臣が上だと言わんばかりの発言であります。ここにあるのは、あからさまな、許し難い、立憲主義の否定ではないでしょうか。
安保法制懇の北岡伸一座長代理は、東京新聞のインタビューで、憲法上の縛りを軽視しているのではないかという問いに答えて、こう言い放ちました。憲法は最高法規ではなく、上に道徳律や自然法がある。憲法だけでは何もできず、重要なのは具体的な行政法。その意味では、憲法学は不要だとの議論もある。憲法などを重視し過ぎて、やるべきことが達成できなくては困る。そこまで言うかという発言であります。やるべきことを達成するためには、憲法などお構いなしという本音が語られているじゃありませんか。それを言ってはおしまいよという憲法否定論じゃありませんか。こういう人が安保法制懇の責任者をやっている。安保法制懇は連休明けに報告書を出すといいますが、その報告書はまともなものにはなり得ないということを、出る前から言っておきたいと思います。
皆さん、安倍政権は、北朝鮮や中国の動向を挙げ、日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているとして、集団的自衛権行使容認の口実にしています。確かに北東アジアはいくつもの紛争と緊張の火種を抱えております。しかし、皆さん、その解決の上で何よりも大切なことは、道理に立った外交交渉による解決、平和的解決に徹するということではないでしょうか。この点で、4月24日に行われた日米首脳会談では、日米両政府の食い違いが露呈する会談となりました。首脳会談後の記者会見でオバマ大統領は、尖閣諸島について、日本の施政下にあり、日米安保条約第5条の適用範囲だと述べました。同時に、大統領はこの問題について、対話を通じて平和的解決を目指すべきだ、エスカレートし続けるのは深刻な誤りだ、信頼醸成措置を講ずるべきだ、繰り返し強調しましたね。一方安倍首相は、この問題について、力による現状変更に反対と述べるだけで、平和的交渉の努力については一切の言及ありませんでした。ここが問題じゃないでしょうか。北東アジアの平和と安定を築くためのまともな外交戦略を持っていない。そればかりか、靖国参拝という、対話の扉を自ら閉ざす間違った行動を平然とやる。そして、もっぱら集団的自衛権行使容認という目的のために、紛争問題を党略的に利用する。これが安倍政権の姿勢であります。これでは地域の緊張をいたずらに激化させ、軍事には軍事という危険な軍事的対応の悪循環に陥るだけではないでしょうか。こうした有害で危険な道ときっぱり決別することが、今、日本の政治に強く求められているということを、私は訴えたいと思うのであります。
私たち日本共産党は、今年1月の党大会で、次の4つの目標と原則に立った、北東アジア平和協力構想を提唱いたしました。1つは、域内の平和のルールを定めた北東アジア規模の友好協力条約を締結することであります。2つ目は、北朝鮮問題を6カ国協議で解決し、この枠組みを平和と安定の枠組みに発展させることであります。3つ目は、領土問題の外交的解決を目指し、紛争をエスカレートさせない行動規範を結ぶことであります。そして、4つ目は、日本が過去に行った侵略戦争と植民地支配の反省は、不可欠の土台になるということであります。
皆さん、これは決して理想論じゃありません。すでに東南アジアの国々、アセアンの諸国が実践している東南アジア友好協力条約など、紛争が起こっても戦争にしない。紛争はすべて対話によって解決する。この平和の地域共同の枠組みを北東アジアでも構築しようというのが、私たちの提案でございます。憲法9条を持つ日本国が、こうした平和の地域共同体の枠組みづくりの先頭に立って頑張るべきではないでしょうか。皆さん、憲法9条の存在を守り抜くとともに、この生命力を生かして、アジアと世界の平和に貢献する新しい日本をつくろうじゃありませんか。これこそ、私は未来があると確信するものです。共に頑張りましょう。
谷山博史さん (日本国際ボランティアセンター代表理事)
(編集部註)5月17日の講座で谷山博史さんが講演した内容を編集部の責任で要約したものです。要約の文責はすべて本誌編集部にあります。
海外での外国軍の武力行使の現実はどうなのか
今日は私が所属するNGOの人道支援講座の講師をやっていたんですが、そこでも集団的自衛権の問題が絡んできています。私たちがやっている人道支援活動は、人道支援が必要な紛争国あるいは紛争後のまだ不安定な国において、好むと好まざるとに関わらず軍隊とどういう距離を持ったらいいかという問題に直面します。これを民軍関係というんですけれども、いまの戦争の実態の多くがテロ掃討というかたちで行われている中で、誰が敵で誰が味方かわからないようなところで紛争状況が起こっていることが多くて、その中で軍隊が人道支援をするときにNGOに協力してもらいたいというわけですよ。NGOであればコミュニティの中に入って人々の信頼を得て活動できる、だから軍隊と一緒になってそのコミュニティで活動しよう、途中で危険なことがあったら守ってあげるよというかたちでラブコールが各地の現場で発せられて、NGOもどう対応したものかと苦労するわけです。
同時に日本政府は2000年のはじめ頃から、安全保障における国際協力においてなるべく民間と連携してやるという方針を明確に出していまして、それが時を経るに従ってますます具体化していって、明確にNGOとの連携、そして「オール・ジャパン」のための国際平和協力というようにボルテージを上げてきています。ですからいまNGOは日本政府から自衛隊と一緒に協力して海外で活動しよう、というアプローチを受けているわけです。これは結構大変なことで、JVCは基本的に軍隊が人道支援をすることに対して批判的ですし、民軍協力をすることについても否定的です。JVCだけではなくて多くのNGOが、危険を防ぐためには防護だとか移送、輸送時におけるエスコートだとか、頼らざるを得ないような状況の中でどうやって協力するのかということで悩んでいます。
そういうこともあって私たちの活動そのものと、これから自衛隊がただ海外に行くだけでなく武力も行使しようというあらたな方向になる中で、NGOは現場の視点でどう見るのかということが相当問われる、厳しい状況になっています。私は法律の専門家でもないので、集団的自衛権を行使する、あるいはそれ以外の海外で武力を行使するケースとしてのそれぞれ類型が、法律的にどう正当化されるのかということについては難しいんですが、海外で外国軍が武力を行使することがどういう結果を生むのか、どういうリアリティの中にあるのかを中心にお話しをしたいと思います。
私はこのNGOの世界に28年ほどいます。JVCに入ったのは1986年でして、一番はじめの現場は、東西冷戦、代理戦争が激しいというかその真っ只中にあったカンボジア・タイの国境地帯の難民キャンプでの活動でした。そこでの活動は、タイの国軍がキャンプを管轄している中で、どうやって難民の人権を守るかということに苦心していたわけです。内戦の延長で、カンボジアからカンボジア軍とベトナム軍が乾期攻勢で難民キャンプに攻撃・砲撃を加える中で活動をスタートしたわけです。ですから人道支援の現場というものが、いかに戦争と背中合わせなのかを身に染みて感じています。
そのあとラオスに3年半ほど行き、1991年にタイに帰って1年間バンコクで調整員をして、そのあとパリ和平協定が結ばれた直後のカンボジアで現地代表として1992年から2年間活動していました。そのときも、思い出しますね。大変な議論がありまして、JVCもいろいろなところから呼ばれてカンボジアの状況はどうなっているの、自衛隊の派遣に賛成なの反対なの、と聞かれました。けれども私たちは自衛隊を派遣することに賛成か反対かという前に、カンボジアの人たちにとってどういう復興のあり方がいいのかということから話を始めて、やっぱり自衛隊派遣なんてとんでもない、いらないという論理で話をさせていただいたのをおぼえています。
そのあと東京に帰ってきて事務局長を8年間ほどやりました。2001年の9.11のあとアフガン戦争が始まり、とりあえずのメインの戦闘が終結したあとの復興期のアフガニスタンで、やはり現地代表について4年間現場で活動しておりました。それも首都ではなくて東部のナンガハル県というところです。そのときの外国軍がアフガンの住民とどういう関係性を持っていたのかとか、外国軍が地元にどういうふうに思われているかということも含めた話が多少できるかなと思っています。
さて一昨日ですが、法制懇の報告書が出て安倍総理の記者会見がありました。今回の法制懇の報告書を読んだり安倍さんの記者会見を聞いてまず感じたことは、事大主義というか大言壮語というか、とにかく国民の生命と安全が危険に陥るとか国の存亡がかかっているという言葉がどんどん出てくるんですよ。強迫観念に訴えるような演出、あるいは報告書の書きぶりに対してとても危険なものを感じました。国民の命を守るとか国の存立を維持するとか、そういう言葉で物事を正当化している事大主義的な言葉の使い方に惑わされてはいけないなと思います。冷静な議論をしなきゃいけないんですけれども、聞いている人がどう反応するかですよね。ちょっとまやかしっぽいと感じたとしても、報告書を読んだり記者会見を聞いたりした人たちがどう思うかということについて、現実を見る必要があると思うんですね。結構共感をする人もいるんじゃないか。その間に何か抜けている、落とし穴があるんじゃないかということにどうやって気がついてもらうかということを本当に感じました。
もうひとつ感じたのは言葉のすり替えですよね。これ、面白いですね。憲法解釈を変えることが立憲主義に基づくという論理展開になっているんです。国際的な安全保障環境の変化に応じて憲法の解釈を変えないということは、「主権者たる国民を守るために国民自身が憲法を制定するという立憲主義の根幹に対する背理である」。どうします?立憲主義のために憲法解釈を変えるという、このすり替えですね。
もうひとつのすり替えは、憲法前文を持ち出し、憲法13条を持ち出しています。どういうふうに持ち出しているかというと、前文の、全世界の人々が等しく恐怖と欠乏から自由になる必要がある、そして平和のためには自国のことばかりに専念するのではなくて他国の利益についても思いをいたさなくてはいけないというくだり、これが使われているわけです。そしてこの基本的人権と国民主権のために、憲法を解釈してでも集団的自衛を行使しなければならない。同時に国際協調主義ということも、自国のことのみではなくて他国のことも考える、そして基本的人権は日本国民だけではなくて世界の人たちとも共有する価値だとすることによって、全世界の人たちのためにも憲法解釈を変えて海外で武力行使ができるようにするという論理構成になっていることに驚きを感じます。
なぜなら私たちNGOは国益を離れて、海外で、その現場で苦しんでいる人たち、貧しい人たち、あるいはその人たちの周りにある生活を支えているような環境が破壊されないように、人権が損なわれないようにということで、国を超えて現場に飛んでいって使命を全うしようとしているわけです。そこの支えにあったのは憲法前文なんですよ。非軍事で、国益を超えて国際益のために活動するということを支えてくれたのはこの憲法前文ですから、憲法前文を利用して国際協調主義の名の下に海外に行って戦争をする、武力行使をするということに対してショックを受けました。
この国際協調主義の変質というのは、ODA・政府開発援助の変質と軌を一にするようにして起こって来ていることを少しお話しをしたいと思います。法制懇の報告書でも言及されていましたけれども、昨年12月に政府は、国家安全保障戦略を閣議決定しました。その中に国際安全保障のためにODAを活用することが明確に示されていることがひとつです。同時にこの国家安全保障戦略というのは、ODA大綱の指針になると書かれています。ですからいま、有識者会議の中でODA大綱改定のプロセスが行われていて、今後どういうODA大綱をつくるかが議論されています。その中で、これまで非軍事で行ってきたODAのあり方が変わるのではないかという危機感をNGOは持っています。おそらく政府といっても外務省の、特に国際協力に関わる人たち、国際協力局の人たちは、やっぱり平和主義なり非軍事の立場というのはこれまでずっと踏襲してきたことだし、維持したいんだろうと思うんですね。だけど官邸から降ってくる、海外で国益を維持する、あるいは影響力を果たすために安全保障に資するようにODAを活用するというときに、グレーゾーンの部分で自衛隊が出ていく、あるいはODAの資金をグレーゾーンの部分という名のもとに、相手国の軍隊に提供するということが起こりかねない、非常に難しい局面にあります。
国家安全保障戦略にはこのように書いてありますね。「安全保障分野でのシームレスな支援を実施するため、これまでのスキームでは十分対応できない機関への支援も実施できる体制を整備する」。この「これまでのスキームでは十分対応できない機関への支援」とは何でしょうね。これまではODA大綱の4つの原則の中で、軍事的な利用の回避、紛争助長要因とならないという明確な規定があります。ですから武器の援助も原則しないことになっていたし、相手国の軍隊に対するODAの供与もしないことになっています。ODA白書には、毎年この原則に則って相手国の軍隊に対しては支援をしないとずっと言い続けてきましたけれども、これが危うくなってきました。これに対して私たちは今週の火曜日に記者会見をして、「大綱4原則における『非軍事』理念の堅持を求める市民声明~4原則の緩和は、日本の平和理念を崩壊させる~」という声明を47団体の賛同を得て政府に送り、記者会見を行いました。
もうひとつのODAの変質というのは、同じ時期に閣議決定された日本再興戦略に沿ってODAを企業進出のために使うという方針です。企業の利益のためだけに使うわけじゃないですよ、もちろん。けれども、企業の利益にも役に立つように使う。そして日本の企業も海外進出できるし地元の国もありがたがる、ウィン・ウィンの関係だということにした。
ODAは基本的には国益ではなくて国際益だとNGOはずっと言ってきましたけれども、こうなってくると国益のためのODAだと言われかねない。そういう勢いになっています。この日本再興戦略の「三、国際展開戦略 2.海外市場獲得のための戦略的取組」というところにこうあります。「日本企業や自治体によるインフラ等の輸出を拡大するために、広域開発プロジェクトの早期段階から技術協力や無償資金協力も活用しながら相手国政府と連携し円借款、海外投融資などを戦略的に活用する」ということです。これについても国益のため、企業進出のためのODAはおかしいとNGOは思っています。ODAというのは、そもそも途上国の困難な状況にある人たち、貧しい状況にある人たちの、地域の開発と福祉の向上のために使われる、貧困と格差の解消のためというメインの目標のために使われるはずだったでしょう。OECDのDAC(ダック――先進国のクラブですけれども)がODAの定義をするときにもそう書いてあって、企業進出のためのODAを何とか規制しようということで原則を積み上げてきた経緯があります。それに大きく反転してしまうのではないかという懸念があります。
このODAの変質と、集団的自衛権とか集団的自衛権以外の海外での武力行使をどうとらえるかということです。日本は軍隊を持たない、あるいは軍隊を持ったとしても自国を守るための専守防衛のための軍隊、自衛隊であり、海外に自衛隊を派遣することはないということでずっとやってきたわけです。それで国際的な安全保障の要請に応えられるのかといったときに、私たちは非軍事です、武器の輸出はしません、軍隊の派遣はしません。けれどもODAなどを活用して国際的な平和環境をつくっていきます。2国間においても信頼関係をつくっていきます。戦争で侵略した国に対しても、ODAを提供しながらその国が発展できるように手助けしますというかたちでスタートしているわけですよ。その中で日本を取り巻く安全な環境を確保しようとする路線があったから非軍事のODAだったし、それによって戦争が起こらない、対立が起こらないという方向性を持っていたわけです。その努力を水泡に帰さしめる流れになってきたわけですね。
安全保障環境がどんどん悪くなると、いま「武力だ、武力だ」という悪循環に陥っていますね。私は中国の専門家ではないですけれども、中国に対して多額のODAを供与してきましたよね。感謝されてきました。関係性も改善してきたはずです。戦後アメリカとの日米同盟があると同時に、中国との関係を何とかよくしようとして通商においてもODAにおいても、ひとつの平和戦略としてずっと推進してきたわけです。その果実を刈り取る前に2国間の緊張があおられていき、その厳しい緊迫した状況の中で、自国を守るために武器力行使しなければいけないという論理になってしまったわけです。だけど、南シナ海の南沙諸島、西沙諸島等での対立が、日本がほくそ笑むということではいけないわけですよ。本当だったら中国との間で対話に持っていくような役割が、日本としては外交的にできたはずです。一緒になって中国に対して敵愾心をあおり立てる気持ちになることがあるとすれば、それはとても危険なことだと思います。
法制懇の報告書から抜き出したところを見ますと、類型として武力を行使するケースがいくつか上げられています。自衛権としての武力の行使がひとつある。ふたつ目が軍事的な措置を伴う集団安全保障措置への参加があります。これは国連のPKO、すなわちPKF、国連軍への参加ではなくて、国連の決議に基づいて行う集団安全保障措置ですね。これはこれまでにどういうものがあっただろうか。ひとつは湾岸戦争のときの多国籍軍。もうひとつはアフガニスタンでの対テロ戦争ではなくて2001年の11月に結ばれたボン協定のあと、国連決議1386によって承認された多国籍軍としてのアフガニスタン治安支援部隊、ISAFですね。
それからPKOへの協力そして武器使用ということがありますね。いろいろなケースがありました。カンボジアがあり、東チモール、ハイチ、今話題になっている南スーダンですね。基本的にはPKO参加5原則があって規制されている状況ですけれども、その5原則を見直そうという動きになっています。
最後が在外自国民の保護救出と国際治安協力です。これは自国民を救出するために自衛隊がその国で武力を行使するというケースがあり、それだけではなくて、明確に書いてありますけれども、自国民の保護救出以外の活動であっても、領域国の同意に基づいて同国の警察当局などの任務の一環として行われる治安の回復維持などのための活動の一部を補完する。こういう活動であれば武力を行使してもいい。これはすごいですね、どこまでも広がりますよ。対テロ活動とか治安支援活動というものが、いま世界中で安易に使われて行われているわけです。それを支援することも治安支援だ、対テロのための協力だということで正当化されていく流れが9.11以降明確に広がっています。
国を相手にした武力行使ではなくテロリストに対して武力を行使し、そして治安を回復・維持するというものを正当化しているわけです。これについてはいろいろあると思いますけれども、そういうふうに声明を出せばそうなりますよね。対テロのためにその当事国に協力すると言えば、軍隊を派遣する。アメリカなんかはそうしていますが、日本もそうするんでしょうか。
これですぐ気がつくのは、いまのイラクを考えたときに、大変な状況になっているのはご存じだと思いますけれども、マリキ政権のもとで治安政策、対テロ対策としてイラク西部のアンバール州の部族勢力に対して大規模な攻撃をしています。そこにテロリストがいるという名目のもとに。アンバール州のファルージャやラマディを中心として40万人以上の難民が出ている。これに対してつい最近イラクのNGOのネットワークが声明を出して、JVCはすぐに翻訳しました。私たちもイラクで活動するNGOの連合体のメンバーです。ホームページにアップしていますので見ていただければと思います。
この対テロ作戦をアメリカが支援しています。戦闘用ヘリコプターを提供したり、ミサイルを提供したり。でもこれはあくまでも治安作戦です。この名前のもとだったら、イラク政府が同意、あるいは要請があれば、日本は平和協力の一環としてやるんでしょうか。そういういうことを考えざるを得ません。これは国連の決議がある、ないにかかわらずです。このへんのグレーさというのは頭を抱えるほどよくわかりません。
さきほどの集団的自衛権としての海外での武力行使の例としては、もちろんアフガン戦争のときの有志連合があります、OEF、「不朽の自由作戦」でアメリカがテロリスト掃討あるいは報復戦争ということでアフガニスタンを攻撃したときに、同盟国が参戦をしたわけです。これは同盟国側からすると集団的自衛権の行使となります。アメリカ側は個別的自衛権と言っていますが、いずれにしても集団的自衛権行使の類型になる。
イメージを豊かに描きながら、法制懇だとか政府が言っているこの類型で、軍隊・自衛隊を派遣したときにどういうことが起こるのかということを、私たちNGOは現場にいる当事者として考える必要があるので、どれに当たるかを考えてみました。
それから、記者会見で安倍さんが言っていたことが、何というか、禅問答じゃないですけれどもよくわからんのですよ。法制懇の報告書で提案されたものに対して、受け入れられるものあるけれども受け入れられないものもある。個別的集団的を問わず自衛のための武力行使は禁じていない。国連の集団的安全保障措置への参加は憲法上の制約がないという提言内容に対しては「これは受け入れられない」、採用しないと言っているんです。
次に言っているのは、「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許される」と言っている。どういう意味ですか、これは。わかりませんね。わからない頭で考えて、これは恐らくひとつの考え方としてですが、与党の中の公明党とか世論とか、国会議員も含めてですけれども当然反対があったりするわけですね。閣議決定だけであれば別に反対があろうが、世論にしろ野党に対しても通してしまえばいいわけですよ。でも集団的自衛権の行使に関する憲法解釈の変更のあと、関連する法案を通さなきゃいけないわけです、自衛隊法の改正も含めて。これは国会の審議が必要になってくるわけです。とにかく国会での審議で関連法案が通るためには、海外に行って武力を行使するということじゃないんだ、イラク戦争だとか湾岸戦争のようなところで他国に踏み込んでいって人を殺すようなことはしないということを言っている。自国民の大変な、火急な状況の中で身の存立に関わる場合と言っているわけです。
でも他国に行って戦争することは同じなんですよ。集団的自衛権ということはどう考えたって。だけど他国に行って戦争するんじゃないと言っている。そうすれば法律は通る。法律が通ったらあとは解釈です。どういうケースで集団的自衛権を行使するかというのは閣議で決めるんですから。しかも通ってしまったら戦争できる体制、海外に行って武力を行使できる体制になりますから、米軍が要請したらそれに応えざるを得ないなかで、しょうがなかったんだ、あるいは安倍さんが記者会見で言ったことと反することではないとか、いろいろ言う中で実際的にできる状況はできるんですよね。
これは怖いなとつくづく思いました。この「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき」ということと、安倍さんが、「自国民が危険な状況にあるときに海外で武力を行使できるというとき」パネルを使って、艦艇が戦争の危険な状況の中から邦人を救出した、その艦艇、戦艦が攻撃されたときに反撃するというケースを説明したときに、子どもを抱いたお母さんの絵があった。
それから、さきほどの類型でいうと最後に当たりますが、他国に邦人がいる、私たちがいるときには、自衛隊ができる限りのことをやるということをいうわけです。NGOとか企業のみなさんとか、海外にいる邦人のために武力を行使しますよと言われている当事者になってしまう。私たちのためにやるんですって、という感じになってしまってNGOは何か言えよという感じですよね。でもこれは、NGOが答えるときに結構難しい。記者さんから、あなたは海外のスタッフがテロリストに捕まっていまにも殺されるかもしれない緊迫したときに、その国の政府は統治能力がなくて救出できないときに、自衛隊に救出してもらうことを認めますか認めませんかと聞かれて、「認めません」とは言えないだろう。夢に見ますよ、JVCはスタッフが殺されても自衛隊反対のことを言っているみたいなことをですね。本当に難しいなと思います。
そこで、海外で外国軍が武力を行使する例としていくつか、近年いろいろな事例があるわけですが、主にアフガニスタンの事例をみなさんに紹介しながら一緒に考えていきたいと思います。アフガンの場合はまず、アフガン戦争でタリバン=アフガン本土を攻撃したときは、個別的及び集団的自衛権を行使しました。そのあとは国連決議にのっとって治安支援という安全保障措置のひとつとして、国連憲章7章にのっとって多国籍軍を形成して派遣したということです。その状況は、アフガニスタンで対テロ戦争を戦う武装組織であるOEF・不朽の自由作戦の部隊があり、一方でアフガニスタン復興支援のひとつのかたちとして、治安支援という多国籍軍がいる。この並立した複雑な状態でした。
OEFには参加しないという言い方はあると思うんです。でもアフガニスタンを支援するに当たって治安支援というかたちで、しかも国連決議もあって、アフガニスタン政府からの要請もある。親しい国々からの要請もあり、アメリカからの要請もあるというときに、当時であったら日本はISAFに自衛隊を送るでしょうか、送らないでしょうか。確実に送っていたでしょうね。だって平和協力だから。
実際にアメリカから要請がありました。このISAFの中でとくに日本の心を動かしたのはPRTというものです。軍隊というのは武力を行使して相手を殲滅するだけではなくて、軍事活動の一環としてハート&マインド、人心掌握をしたり情報収集をしたり、ソフトな顔をした活動をするんですよ。実際に軍隊が機動力や物量の強みを活かして人道支援をすることはありました。同時に民間と関係性を持つこともありました。でも多くの場合は、民間あるいは文民組織が行う活動を、側面支援するというかたちが伝統的です。ですから民間組織、文民組織の警護だとか移送、輸送というかたちで軍が文民組織と協力するというのが一般的でした。
みなさんは覚えていらっしゃるかもしれませんが、ボスニア戦争のときにUNPROFORという国連ミッションが国連の武装警護をした経験があります。かなり状況が厳しいところだったわけですけれども、国連は難民高等弁務官事務所・UHCRです。完全な非武装の人道支援組織です。そこを国連軍が支援をした。しかしそれによって対立する一方の側、セルビア人勢力からUHCRが攻撃される事態が起きた。いずれにしてもそうした側面支援が主でした。
それがアフガニスタン戦争から復興支援、しかも軍が中心になってそこに民間人あるいは文民が参加して新しいユニットをつくり、協働して復興支援活動するという地方復興チーム、Provincial Reconstruction Team、PRTというものが発明されて瞬く間に全土に波及しました。これなどは日本政府が自衛隊を送りたくてしょうがなかったケースですね。アメリカの要請もずっと受けていました。それからNATOやEUの関係諸国からの要請も受けていました。
2008年第一次安倍政権のときに、NATO首脳会合の場で安倍さんはPRTに協力すると言った。もうひとつ言ったのは、自衛隊を海外に派遣できるように恒久法を検討するということです。恒久法とはPKO以外のかたちで海外に自衛隊を派遣する場合はそれを規定する法律がないので、特別措置法としてその都度限定的に法律をつくらないと自衛隊を派遣できない。インド洋における給油支援の時も特措法でしたし、イラク復興支援のときも特措法でした。毎回自衛隊を海外に派遣するのに法律をつくるのは結構大変だということで、期間限定ですからあらたに法律をつくって期間を延長していくということをやっているわけですけれども、いちいち特措法をつくらなくても派遣できるような恒久法を検討するということまで言ったわけです。
わたしたちはすごく驚いて、本当に自衛隊がこのPRTで来るのかと不安に思いました。JVCのように明確に政府や軍隊から距離を置く場合、距離を置くと言っても外務省などと協力はしますが、批判するときは批判するというスタンスのNGOもあれば、現場でこつこつと自分達の専門性を活かしてがんばっているNGOもあります。特にアドボカシーをやらないNGOもたくさんあるわけで、そのアドボカシーをやらないNGOもこれは大変だということで、連名で安倍さんに公開質問状を出しています。本当にするのか、するのだったらどういう形態のPRTなのか、どこの地域なのかということをひとつひとつ聞いていった。それほど、もし自衛隊がアフガニスタンに派遣されたら、私たち自身が危険にさらされる確率が極めて高くなると同時に、私たちが活動している地域の住民に影響があるということでやめて欲しいという意思表示をしたわけです。
そのとき外務省、防衛省はアフガニスタンに調査ミッションを派遣しています。自衛隊を派遣するにはどういう形態があり得るかということを調べています。余談になりますが、今年になってから東京新聞を通してわかったんですけれども、2008年当時アフガニスタンで活動しているNGOも含む邦人の個人情報が、持っているはずのない防衛省に流れていた。防衛省が持っていてはいけない。外務省レベルで邦人登録をしますから、外務省は持っていてもいいんですね。なぜ防衛省が持っているんでしょう。いま情報開示請求を外務省、防衛省の両方にしています。ちょうど調査ミッションが行った時期でした。JVCはどういう情報として、そこに書かれているのか興味津々です。ある種の国策として検討されていたということがあります。ですから集団的自衛権、憲法解釈の変更によって起こりうることと想定したときに、アフガニスタンのような復興支援のケースが出てくれば、自衛隊は派遣しやすくなる裏付けということも十分考えられると思います。
これから映像などを見ながら考えます。私たちの活動スタンスは、対テロ作戦のようなかたちで、海外で外国軍が武力行使をする現状がいまでも蔓延している。そうした戦争の影響を受けている地域――パレスティナやアフガニスタンやイラクでは戦争や内戦の場にある人たちを支援する。一方で戦争はないけれども貧困とか環境破壊の中で、特に経済のグローバル化の中で海外投資が進む過程で、ますます貧しくなる。「新しい貧困」という言い方をしますけれども、そういう状況の人たちに対して必要な人道支援とか地域で持続的な生活、地域作りが営めるような支援をするという2本立てできています。経済のグローバル化に対しては、行き過ぎたグローバル化に規制をかける。そして地域が海外からの投資などに翻弄されないよう、地域の資源を地域で活用していけるような地域作りの直接的な支援をする。オルタナティブな関係、代案としての関係をつくっていく。一方で戦争の状況の中では現場での支援をすると同時に、戦争によって問題を解決すること自体が問題だということで、反対運動だけでなく武力によらない解決の提言などをしています。大きく分けて人道支援と持続的な農村開発です。
アフガニスタンの話をするのでさかのぼりますが、9.11がひとつの出発点になっていますね。OEFという名のもとの作戦によって、米軍がアフガニスタンを攻撃してタリバンを殲滅しようとした。その過程で多くの民間人が巻き込まれて亡くなる。これはNGOの事務所が誤爆されたときの写真です。一番は難民となって出ていきましたけれども、多くの国内の避難民は国境を越えられずに国内をさまよいました。対テロのために宣戦布告をせずに、一連の国連の決議はあったけれども、特定の国に対する戦争ではないかたちで、テロリストと名付けたならば戦争ができるというひとつの事例ができてしまった。そのために、アメリカがやるなら自分達もやろうと、イスラエルなどもこのあとさまざまなかたちでパレスティナに侵攻しています。同時にアメリカ、イギリスを中心とした有志連合――これは国連決議はないわけですけれども、これがイラク攻撃に発展していったわけです。アフガンのことを語るときにアフガン戦争を止められなかったことがイラク戦争を許してしまったと、私たちは常にイラク戦争とアフガン戦争をあわせて考えるようにしています。
イラク戦争に関してはこの戦争の正当性、戦争を始めるにいたる政策決定プロセスについて、特に日本政府がそれを容認したこと、さらには自衛隊を派遣したことに対して、政策決定プロセスを検証するべきだという運動を起こしています。これは当然アフガンでも行われなければならいと思っています。エチオピア・アメリカ連合によるソマリア攻撃も、対テロ戦争の名目による戦争です。イスラエルによるガザ空爆も記憶に新しい。ソマリア、海賊に対する警護、捕縛、攻撃も、一種の対テロ戦争の別のバリエーションだと考えています。
あの戦争が起こる前のイラク、バクダッドの写真です。本当に日常的な市民生活がありました。イラク戦争の理由としてフセイン政権がアルカイダとつながりがある、原理主義的な、過激な体質を持っていると勘違いをする人が多いと思いますけれども、この当時のイラク政権は極めて世俗的な政権でした。反米と言うけれどもミッキーマウスのようなものもあったり、それほど反米、反米というわけでもない。僕たちの思いは、イラク戦争の開戦前夜、みなさんも何とか戦争をさせないために必至になっていろいろやりました。私たちもできる限りやったわけですけれども、とにかくイラクの現地に入って子どもたちと交流して、日本の子どもたちと絵の交換をしたりした。ここにこういう血の通った子どもたち、フセインみたいな人間がうようよいるわけではない。一般の平和を愛する人たちがいるんだよということを実感として日本の人たちの感じてもらう。イラク戦争を始めるということは、この子たちが被害を受けることだと感じてもらい、反対の意思のメッセージとして伝えたかったんですね。後ろに「NO WAR」とか書いてありますけれども全部日本から持っていったんです。それもむなしく戦争が始まってしまいました。
これは占領軍による捕縛の写真です。大変な量のイラク人が理由もわからないままアブグレイブに収監され、拷問されました。空爆等の被害を受けた子どもたちです。アフガニスタンに戻ると、アフガニスタンはOEFの軍事作戦によってタリバンは政権を追われてちりじりになった。戦争直後の2002年の1年から2年くらいは比較的安定した状況が続いていました。私は2002年にアフガニスタンに行きました。その当時は巡回医療活動をしていたんですが、村々を自由に移動して村に入って診療活動の調整をすることができていたんですね。アフガンの村の人たちに普通に接することができました。
これはICOSというセキュリティ関係のシンクタンクのレポートです。赤いところはタリバン勢力が強く影響力を持っているところで、2007年当時すでにタリバン勢力は勢力を回復しています。色の濃淡によって度合いが違うという地図です。南部、東部はタリバンの影響下にかなり置かれる状況になっています。当然の話ですが私たちの住んでいる地域でもタリバンの影響は受けているし、村人はタリバンがどういう行動をしているか知っています。これが翌年になると、さっき50%だったのが75%にどんどん広がっていきます。タリバン勢力の影響力の濃い部分で戦闘が頻繁に起こっています。タリバンがいるから戦闘が起こるのか、米軍が活動するからタリバンが勢力を伸ばすのか、どっちでしょう。本当に難しい質問ですけれども、両方だと思うんです。
例を挙げますと、私たちが医療活動をしている村にはタリバンはほとんど侵入してきません。もちろん夜間来たりしているのは村人は知っているでしょうけれども、目立った行動はしていない。同時に米軍も私たちの村、村と言ってもいくつかある集合村で2万人くらいの地域で、ブディストリクトといいますが、米軍も入ってきていません。だけどちょっとその地域を離れると、米軍が活動していたりタリバンの行き来が激しかったりする状況なんですよ。スポット的に平和なんですね。米軍がいないからタリバンが入ってくる必要がないし理由にならない、そういう状況があることは確かですね。
その感覚はとても私たちには強くて、ですから米軍が入って来たときに私たちは抗議をするわけです。なぜあなたたちが入ってくる必要があるのかと。2008年に、私たちの診療所に来て食糧を配りました。それに対して米軍に抗議しています。あなたたちの診療所じゃない。勝手に援助活動をする必要はない。逆に地域の人たちの不安をあおるだけだ。そういう抗議をしています。それは少し収まった。そのあと米軍がヘリコプターからミサイルを村々に落とすようになった。学校の校庭近くで落として、子どもけがをする。畑で落として農夫がけがをする。ついにJVCの診療所に落とす。診療所そのものではなく壁が被害を受けた。
この米軍の攻撃に対して村人は抗議をしています。デモをしたり県知事に書簡を書いたりしています。でも全然状況は変わりません。私たちもどうしたものか、直接米軍と談判するかという矢先に、診療所そのものが被害を受けたんです。これはもう黙っているわけにはいかない。診療所を狙うなんていうことは本当に許されないことですから、これに対してはNGOと米軍との会議の場で明確な抗議をした。初めのうち米軍は否定していました。それは関係ない、タリバンだろう、自分達はやっていないと言う。タリバンがなぜヘリコプターを持っているのかということですが、やっていないと言うんです。
仕方がないので、写真と小型のロケット弾みたいなものですが、その破片を集めて次のミーティングのときに出した。これにはもう否定できなくて、調べてみると言いました。最終的な回答は、訓練をしていたということです。このときにJVCだけでは多勢に無勢ですから、ほかのNGOの人たちや国連の人たちも巻き込んで、これはあまりにもひどい、するべきではないという声が上がる中で、米軍はもうJVCの活動地域ではしないことになりました。
あとから聞いた話ですけれども、村人たちはこう言っていたそうです。「JVCが米軍を追い出してくれた」。これは複雑な気持ちではあるんですが、抗議をしたことが恐らく私たちの安全に繋がったんですね。逆に米軍と一緒の行動していたら私たちの危険に繋がる。この感覚はとても強いんですね。ICOSレポートのこんな真っ赤な状況の中でも活動できるのは何なのか、ということを考えないと。治安が悪い、邦人が危ない、だから軍隊が必要だという、この論理がとても危険だということを訴えたいんですね。
これは人道スペースです。赤で囲った地域は2008年当時人道支援団体がアクセスできない地域になっていると言っています。状況がひどすぎるから軍隊が必要だとみんな思いますけれども、そんなことはない。活動しているんです。私たちも活動できているし、もっとも治安が悪いといわれているカンダハルとか南部の地域でも、国際NGOが外国人として入るのは難しいかもしれないけれども、ローカルの現場スタッフだとか現地のNGOが入って活動できているんです。どうしてそれができているのかということが大事ですね。ある意味で中立的な中で、反政府勢力とも協力はしないかもしれないけれども関係性を持ちながら、村で活動できるようないろいろな方法をとっていくということですね。けれども軍隊が来ると、その方法は無になってしまうことが現実によくあります。
米軍による対テロ戦争、対テロ掃討作戦というのは、とにかくアフガンの人たちに不人気で、年を追うごとに反外国、反多国籍軍、反米の感情が高まってきました。典型的な例ですけれども、西部のアジザバードという村で、そこにタリバンがいるという情報を掴んだ米軍は爆撃をして村ひとつを潰してしまった。そこにはひょっとしたらタリバンがいたかもしれませんけれども、タリバンがいたらこうして村全部を潰していいんですかという話です。これは90人くらい死んだと思います。私たちもいろいろなかたちで巻き込まれ、関係者が亡くなったりすることはよくあります。
これは私たちがいたナンガルハル県で起こったことですれども、結婚式に集まった人たちにアメリカが空爆をして多くの人たちが亡くなった。それに対する抗議活動の写真です。その亡くなった人たちの中に私たちの診療所のお医者さんのいとこがいて、すぐに駆けつけたんですけれども、何であれがタリバンなんだと憤っていました。これは問題になってICRC・赤十字国際委員会がこのケースを調べて、反政府勢力に対する空爆ではない、明らかに民間人に対する攻撃だと発表しています。こういうことは日常茶飯事です。私たちの診療所のスタッフのお母さんが米軍に撃たれたりしました。
米軍だけではなくて、多国籍軍全体に対しての反感もどんどん高まってくる。そういうことをしていない多国籍軍もいるんですよ。だけど一緒になって反発する対象になります。そこに反政府勢力、タリバンなどは活路を見いだすわけです。OEFの治安作戦というか軍事作戦というのは、空爆をする、あるいは家宅捜索をする――夜襲といって夜に家宅捜索をするケースがたくさんあって、これがアフガンの人たちにはすごく不人気ですね。どっと押し入ってきて家宅捜索をするんですが、これはアフガンの文化の中では絶対にやってはいけない。家主の断りも無しに男どもが入っていって、女性たちの「顔改め」をしたりするわけです。これは間違いなく復讐の対象です。こういうことをやっている。一方でPRT、子どもたちにいろいろ配っている、ハート&マインド、昔で言う宣撫作戦です。同じ軍隊が両方やっている。これをやったって、軍隊はいつアフガン人を殺すかもわからない存在だと思われているということです。
これは典型的な情報収集作戦です。地域は南東部の治安のよくない、タリバンの活動が活発な地域です。PRTの部隊が村に入ってきて、若者を壁際に断たせて写真を撮る。虹彩、眼の指紋を撮っているんですね。写真を撮ってやるよといいながら、虹彩の写真を撮るわけです。この従軍取材をしたジャーナリスト、いまJVCのスタッフになっていますが、彼がこの写真は何で撮っているのと聞いたところ、この米兵はアフガンの男性の虹彩を何十万枚撮っている。ある村でもしテロリストがいたら、その虹彩のリストと照合して誰かを明らかにする。生きている人の虹彩がどういうものなのか。例えば空爆をして死んだタリバンといわれる遺体の虹彩を照合できたら、その地域はタリバンの勢力だと、つなぎ合わせてしらみつぶしにタリバン掃討をしていくと言っていたそうです。
SENLIS評議会という治安に関する国際的なシンクタンクですけれど、2007年当時の結構分厚いレポートで指摘をしています。「外国軍は自分達を守るのではなく攻撃する。自爆テロは自衛手段のひとつという見方がアフガンの人たちの間にある」「アフガンの人たちの間に被占領意識が広がっている。国土の50%以上が心理的にタリバンの支配下にある」というショッキングな報告を出しています。
PRT、地方復興チームはいろいろな所業を引き起こしてくれます。2005年に起こった事件です。JVCの診療所に入ってきて、スタッフを全部追い出して薬を村人に配る。歯磨きや石鹸と一緒に配る。診療もしないで配りますから、医療行為ではない。単に人心を掌握する、あるいはそれを名目に村に入ってくるという情報収集作戦でもあります。同時に診療所に泊まって射撃訓練をするので、これはとても黙認できないとNGOが共同で批判をして、軍と交渉しました。何回も何回も交渉して、最終的に米軍は命令書を発布してNGOが活動するところでは介入するな、そしてアフガニスタンの人に対しても米国人と同じように人間として扱うように、という趣旨の命令書を、すべての部隊、海兵隊から陸軍からすべての部隊で出している。だけども同じようなことが繰り返し繰り返し起こっていました。
そんな中で業を煮やしたNGOは、UNAMAという国連アフガニスタン支援ミッション、ここを通して多国籍軍と交渉して、人道支援の原則を話し合って、合意をして、サインをするところまで行きました。軍というものはそこにいるものだから、私たちは彼らを排除することはできませんけれども、最低限やってはいけないことをはっきりさせる。理解してもらって約束させました。
結局軍を送らなければ国際的な協力を果たすことにならないという強迫観念を、どうしたら私たちは乗り越えられるのか、ということなんです。そのときにアフガニスタンの例をよく話します。軍を派遣していないからこそできることがたくさんあるということなんですね。日本が戦後培ってきた非軍事の国際協力だとか、海外に軍隊を派遣しないという宣言がある中で、他の国ではできないいろいろなことができるはずだ。そのひとつとして、アフガンのように紛争状況が泥沼化していく、これをもっともっと早い段階でタリバン側とカルザイ政権側、そして国際社会として一番影響力のあるイランとアメリカを共同のテーブルに着かせる。なぜならば当然タリバンだって戦争を続けたいわけではない。アメリカだってだんだんおかしくなってきているのはわかっている。早い段階でやっていれば、タリバンももっと柔軟だったはずなんです。いまはどんどん勢力を伸ばしているから、ちょっとやそっとの条件では折れないですよ。その仲介をできるのは誰か。
アフガンでさんざん言われました。誰か。日本でしょ。なぜ? 他の国々はISAFに軍隊を派遣している。軍隊を派遣する国が仲介をすることはできない。私たちが村々に行っていろいろ話をしていると、長老などから日本は本当にありがたい。お世辞半分、本気半分ですね、他の国だっていろいろいいことをやってくれているじゃないか、他の国と比較してどこにあなたたちは好感を持っているのと聞くと、やはり日本になるんですよ。なぜかというと軍隊を派遣していないから。明確です。
アフガンの事情もあるかもしれませんね。アフガンという、歴史上イギリスをはじめ多くの国に侵略されてきて独立を維持するのにすごく苦労し翻弄されたきた国ですから、外国軍に対してとても敏感に感じているわけです。一般の人たちもそうです。自爆テロをする人たちよりも、反感が外国軍に向く可能性が高い。その中で日本は軍隊を派遣していない。
だけど日本はその特殊な外交資産を、外交的な意志として発揮してこなかったと言えるかもしれません。がんばってはいるんです。カンボジアのときにもインドネシア会合、東京会合でポル・ポト派も含めた対話の場をつくったり、アフガン戦争のときもタリバンを呼んだりしてやろうとしているんです。けれども本当に国を挙げての課題としてやる意志があるとはとても思えないですよね。やれる可能性はあったわけです。もちろんアメリカに対してすごく弱い立場かもしれません。よく言われる話ですけれども、アメリカに対して泥沼から救ってやるという意味も含めて、アメリカのためだよということを言う人もいると思います。しかし、そういう役割があるということは全部かなぐり捨てて、今度は他の国と同じように軍隊を派遣する国になるということに対して本当に悲しいと思っています。
2007年の時点でJVCがつくった声明ですけれども、国際社会と日本政府に対して要望、声明を出しています。国際社会に対しては、対話の場につけばうまくいくというそんな単純な問題ではないことはよくわかっていますが、ただアフガンの状況はちょっと違っていて、地域レベルでは独立的に対話がなされるんですよ。国民国家としての歴史を作っている土台が極めて薄いということもあって、部族の管理というか影響力の中で自立的に動いている。その中で部族同士がどういう関係を持つかということがすごく大きくて、それがジルガとかシューラと言われる伝統的な長老集会です。この長老集会の場で合意されれば手打ち、これまで戦っていた人間が手を打つという慣習があります。だからアフガンの南部でイギリス軍とタリバンが戦闘しているときに、長老が仲介して合意して両方が撤退したというケースがある。アフガンだけではなくて、パキスタンとの国境沿いの部族地域と言われるところでも、地域レベルでのジルガによる融和が行われている。この場合はパキスタン軍とタリバン側との融和です。それが少しずつ増えてきて、ひとつの動きになるというのがちょうど2007年くらいの希望だったんです。これをどう国際社会が支えていくかという役割があったということです。
ここでふたつ書いています。一番は国際社会としてすべての当事者、これは一部の地域で見られる休戦協定、和平協定の取り組みを検証して支援するということのセットでの提案を、心を込めて書きました。そして日本政府に対しては、自衛隊による協力ではなく包括的な和平に向けた日本のイニシアティブを発揮して下さいということを、これも心を込めて書きました。そして改めて国際社会に対して対テロ戦争との境界が失われた現在のISAF、多国籍軍ですね、アフガニスタン国際支援部隊の役割と活動を見直し、同時にPRTによる復興支援活動を見直す。
多国籍軍による平和協力というかたちで自衛隊が派遣されたとします。先ほど写真で見たように平和的に子どもたちに文房具を配ったりする。自衛隊がいろいろなところでよくやっている活動です。南スーダンでもやっているでしょう。それは、危険はないだろう、武力を行使しないし、護衛のため自分を守るためには武力を持つ。でも派遣されたら、いざというときには武力を行使していいんだよということになるでしょう。
現実にアフガンのような状況の中でどうなったかというと、このISAFと対テロ掃討作戦の戦闘部隊であるOEFは統合されました。だからISAFが戦争の当事者になりましたね。だからISAF部隊は攻撃されます。そしてISAF部隊そのものがドイツですら民間人を攻撃して多くの死傷者を出すという事件が起こる。ドイツの管轄地域のクンドゥズ州です。そういう連鎖が起こるんですよ。だからこういう紛争地域に軍隊を派遣することは、武力を行使しないなどということは考えられない。他国に入って戦争しないということを本当に言えるのか、ということを強く感じました。
5月の連休過ぎにほぼ融けた雪。田畑と山仕事が始まりました。田んぼは急きょ8枚増えて27枚に。できる予定の人ができなくなる、そういう事態が今後も増えていきます。次々受けていれば100枚にだってなる。そして受け手になる若い人(こちらでは僕は若手なのです)がうちともう一人(他部落からの通い)しかいません。長い間途方もない手がかけられながら米を生産してきた田んぼ。放置されていくのは心苦しい。できる限り維持していきたい…、でもどこまでできるのか。以前にも便りで書いた問題です。まずは設備。作業小屋と機械の大規模化。大きく借金を抱えながら揃えたとしてもあと20回できるかどうかの稲作り。それだって頼りは自分の身体、…怪しいなぁ、これも。誰かが後を継いでくれるのが分かっていなければ踏み切れない一歩。だから皆やめていく。子供は子供の人生だし。答えが出ないまま過疎化・農業離れの渦中です。「水を揚げるポンプ(中古)が2つ壊れた~」「田植え機(当然中古)が壊れた~」なんて小さなことに振り回されている自分にかかるには大き過ぎる波。やる価値・甲斐のある仕事です。志のある人と上手くつながっていけるといいんですが。