私と憲法154号(2014年2月25日号)


安倍内閣による集団的自衛権の政府解釈の変更の企てに反撃し、阻止しよう

2月15~16日、東京では45年ぶりの大雪という困難な中で「第17回 許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会」が開かれ、北海道から鹿児島、沖縄など13都道府県、120名が参加しました。集会アピールは以下のとおりです。

安倍首相は内外の多くの人々の反対を押し切って強行した昨年の靖国神社参拝や尖閣諸島・竹島などをめぐる領土問題での東アジアの緊張を口実にして、集団的自衛権の政府解釈を企て、「戦争をする国」にむけての体制づくりにひた走っています。

いま第9条をはじめとする日本国憲法の平和主義はかつてない危機に直面しています。

2月13日、安倍首相は国会で「政府の(憲法解釈の)答弁に私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける。審判を受けるのは内閣法制局長官ではない」などと発言しました。これは選挙で多数派になれば、その時々の内閣が勝手に憲法解釈を変更できるというもので、憲法の立憲主義の精神を真っ向から否定するものです。

安倍首相はこうした乱暴な憲法観に基づいて、4月にも出されるという首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の答申を受けて、歴代政権による集団的自衛権の解釈の変更の閣議決定を強行し、そのうえでただちに自衛隊法の改定など、関連法の整備に着手する構えです。平和を願う多くの人々の反撃を受けて、第一次安倍内閣で9条明文改憲に失敗し、第二次安倍内閣で96条改憲にも失敗した安倍晋三首相は、国家安全保障基本法による自衛権の解釈の変更を検討してきましたが、これも容易でないとみるや、閣議決定で解釈を変更するという最も乱暴な手段に出てきたのです。「そのための布石として,昨年8月には内閣法制局の人事に介入し,第一次安倍内閣時の安保法制懇で集団的自衛権容認の4類型取りまとめの事務方の中心人物だった小松一郎駐仏大使を新長官に据えています

「積極的平和主義」を看板にしたこの道は、日本国憲法の平和主義の精神とは真逆の、「積極的」に武力によって国際問題を「解決する」という極めて危険な道に他なりません。

すでに安倍政権は昨年秋の臨時国会で「国家安全保障会議設置法」と「特定秘密保護法」という事実上の戦争準備法を成立させました。しかし、昨年末の秘密保護法反対の運動はかつてない高まりをつくり出しました。広範な市民団体、労働団体、学者・文化人らの協働の運動は多様な形態の行動をつくり出し、大衆行動で安倍内閣を追いつめました。

いま、集団的自衛権の政府解釈変更の企てを前にして、再び広範な人々が協働して立ち上がることが求められています。憲法9条改憲に反対してたたかってきた人々はもとより、米軍基地・自衛隊の拡張強化や統合運用に反対してきた人々、貧困や差別のない社会をめざし平和に生きる権利を求めてたたかう人々、脱原発をめざし行動してきた人々、秘密保護法廃止に立ち上がった人々など全ての人々はいま、それぞれの課題に足場を置きながら、この安倍政権が企てる「戦争する国」への道に協働して反撃するときだと思います。いまこそ共に立ち上がって、可能なあらゆる形態での運動を起こし、世論を変え、安倍内閣を包囲しましょう。再び戦火が起こることに反対するアジアの人々とも一層連帯を強め、全力を挙げて集団的自衛権行使容認の企てを阻止しましょう。

2014年2月16日
第17回 許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会

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安倍首相の動揺と再転進~4月の安保法制懇答申に反対し、集団的自衛権行使容認の閣議決定強行に反対する大運動を!

立憲主義を否定し、憲法第9条をないがしろにした、安倍内閣による集団的自衛権の行使に関する歴代政府解釈の変更の企てが、急速に進んでいる。

153号の「私と憲法」巻頭文で、筆者は以下のように指摘した。

……安倍首相は第一次政権以来、第9条に代表される平和憲法を敵視し、改憲を企ててきたが、多くの市民の改憲反対の世論によって阻まれ、9条明文改憲に直ちに着手する道は阻まれた。迂回策として考えられた96条改憲という奇手も世論の前に失敗した。そこで、安倍首相は明文改憲ができないままで、憲法を踏みにじり、この国が「戦争する」ことが可能な道をすすめようとしている。

……国家安全保障基本法は自民党の法案要綱では、その10条で「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生した場合、自衛権を行使できる」とし、11条で海外での武力行使を可能にしている。「自衛権」一般を行使可能とすることで、従来唱えてきた個別的自衛権は可能だが、集団的自衛権行使は駄目だという見解を清算しようとしている。

……昨今の安倍政権の動きで警戒を要することは、これが必ずしも国家安全保障基本法の策定を先行させるとは限らないことで、1月11日の磯崎・内閣安保担当補佐官によれば、有識者懇談会(註・安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)が4月にもだす報告書にもとづいて、法制化・立法改憲なしで、内閣法制局に命じて政府見解の原案を決め、与党との調整を経て、通常国会中に集団的自衛権解釈変更・行使の結論をだすこともありうると言われていることだ。基本法策定を渋る公明党を考慮しての対応だ。

 2012年7月に自民党が法案骨子を策定した国家安全保障基本法案。以来、安倍晋三ら自民党は集団的自衛権の歴代政府解釈の変更をこの基本法の制定で正当化(立法改憲)しようとしてきた。自民党は先の国政選挙でも、これを選挙公約に掲げた。しかし、集団的自衛権の解釈変更や、国家安全保障基本法には世論の動向は慎重だ。そればかりか、繰り返し公明党の山口代表が慎重を表明している。公明党の中でも太田昭宏国交相や、井上義久幹事長がそれぞれニュアンスの異なる発言をしている。維新やみんなの党を「健全野党」などと持ち上げて公明党に脅しをかけるものの、自公連立は政権維持をはかる自民党にとって不可欠の要素だ。自公連立政権を維持しようとすれば国家安保基本法は容易ではない。そこで、またも安倍政権の動揺となった。

従来から安保法制懇の北岡伸一座長代理は「(集団的自衛権についての)解釈変更には(1)首相が談話などで宣言(2)閣議決定(3)安全保障基本法の制定-の三つの方法がある」と説明してきた(雑誌『中央公論』13年10月号)。『中央公論』誌論文ではこのうち、(1)か(2)の方式がよいと述べている。これは石破自民党幹事長らが進めてきた国家安全保障基本法は必ずしも必要ないという立場だ。

安倍首相はいま、この安保基本法の法制化なしに(1)(2)の道をとることを追求し始めている。前記、1月に磯崎補佐官が語ったように、4月の安保法制懇の答申を受けて、内閣法制局に圧力をかけて確認させることで、その正当性を権威づけ、与党と閣内で集団的自衛権行使についての政府解釈の変更の合意をとり、首相の「宣言」か「閣議決定」で変更してしまおうというのだ。安倍首相は北岡氏の提言に沿って、自民党の選挙公約すら無視して、集団的自衛権の憲法解釈の変更という極めて重大な問題を、極力、国会審議を回避してやってしまいた

いという狙いが透けて見える。そのため、すでに病気の小松一郎内閣法制局長官を強引に職場復帰させた。

安保法制懇は2月4日に開かれた第6回会合で、すでに論点整理を終え、4月の報告書の準備に入った。3月には報告書の原案が作成されるといわれている。

安倍首相はこうした方途をめざして、2月13日、衆議院予算委員会で「(憲法解釈を変えて、集団的自衛権の行使を認めるかどうか)、最高の責任者は私だ。私たちは選挙で国民から審判を受けるんですよ。審判を受けるのは内閣法制局長官ではない」と発言した。この発言は首相が憲法解釈の変更を行う、問題が有れば選挙で審判を受ければいいというもので、立憲主義の原則を破壊する極めて乱暴な発言だ。歴代の内閣が踏襲してきた憲法解釈は、私たちから見ればその解釈改憲的見解に批判はあるが、国権の最高機関としての国会が審議を重ねる中で打ち立ててきたものであり、国会での議論もしないままに安倍政権という一内閣が勝手に変更して良いものではない。それが許されるとする安倍首相の見解は、国会の行政に対する監督機能をないがしろにするもので、立憲主義に反し、憲法を破壊するものだ。この発言は絶対に容認できない。

2月21日、日本記者クラブで会見した北岡伸一安保法制懇座長代理は「『報告書』提出後のプロセスについて、政府が行使容認を閣議決定し、自衛隊の行動を定める自衛隊法や朝鮮半島有事などへの対応を定めた周辺事態法、国連平和維持活動協力法(PKO法)の改正に着手するとした。集団的自衛権の行使を法的に担保するため自民党が選挙公約に掲げた国家安全保障基本法の制定については『二度手間になる』と述べ、個別法改正を急ぐべきだと訴えた」(産経新聞2月22日)という。

こうしたことからみて、安倍政権は、今期通常国会を延長してでも、憲法解釈の変更を閣議決定の形で行い、次の臨時国会では、国家安全保障基本法からではなく、まず、武力攻撃事態法と対になるような『集団自衛事態法』(仮称)の策定、あるいは「周辺事態法」の改定、および、いわゆる自衛隊活動のグレーゾーンへの対応も含めて自衛隊法における『集団自衛出動』的任務規定を導入する同法の改定や、国連平和維持活動協力法(PKO法)の改定などの法制化を追求するという方途をとろうとしている。

4月に提出される報告書の詳細は不明だが、前記「北岡記者会見」によれば、(1)在外邦人の救出を含む個別的自衛権(2)集団的自衛権(3)集団安全保障-の3本柱で構成される。そのなかで、漁民に偽装した武装集団が尖閣諸島(沖縄県石垣市)に上陸した場合といった武力攻撃に至らない「グレーゾーン」の事態にたいする領海警備体制の必要性にも言及する、という。

すでに、安倍政権は安保法制懇に対して従来から検討させてきた4類型~(1)公海上で米軍艦船が攻撃された際に、自衛隊艦船が反撃(2)米国を狙った弾道ミサイルを自衛隊のミサイル防衛システムで迎撃(3)国連平和維持活動(PKO)参加中、攻撃を受けた他国軍隊を救援する武器使用(4)戦闘地域における他国軍への後方支援~だけでなく、新たに、米国を攻撃した国に武器を供給する船舶への強制調査(臨検)や、近隣有事での集団的自衛権行使や集団安全保障への参加など5事例を検討させている。

2月4日の安保法制懇では、具体的に、(1)潜没航行する外国の「潜水艦」が日本の領海に侵入し、退去要求に応じないケース、(2)日本の領海内の海上や離島で、武装集団が日本の船舶や民間人に対し「不法行為」に及び、海上保安庁では対応できないケース、が新たに検討されたという。いずれも、現行の政府解釈を前提とすれば、わが国の自衛権発動の3要件の一つである「急迫不正の侵害」(武力攻撃の発生)を充たさず、自衛隊の出動=個別的自衛権を行使することはできないが、これの突破もはかろうとしている。

北岡氏は「集団的自衛権使の要件」として以下の5つを挙げている。「密接な関係にある国が攻撃を受けた場合」「放置すれば日本の安全に大きな影響が出る場合」「当該国からの明示の要請」「第三国が領域通過を許可」「首相が総合的に判断し、国会が承認」だ。

安倍首相はこれらの集団的自衛権の解釈変更を行い、年末までに見直しを終える予定の日米防衛協力指針(日米ガイドライン)の再改定に反映させようとしている。

これについて、2月20日、安倍首相は衆議院予算委員会で、集団的自衛権の行使容認を巡る憲法解釈の見直しについて、「政府の有識者懇談会の検討を受けて、与党とも協議しながら最終的には閣議決定する方向になる。実際に自衛隊が活動していくためには根拠法が必要だ。閣議決定して案が決まれば、国会でご議論をいただく」と、その方向性を述べた。

これら安倍首相の企ての先には「戦争をする国」がある。戦後68年余にわたって、日本の軍隊が海外で人を殺さず、戦争で殺されることもなかったのは、曲がりなりにも平和憲法が機能してきたからだ。安倍首相はしゃにむに突っ走ることで「戦後レジームからの脱却」を果たし、「日本を取り戻」し、自らに課した「歴史的使命」であるこの憲法を壊そうとしている。

いま、重大な事態が迫っている。私たちはかつてない規模での憲法闘争を展開することで、安倍首相の野望を打ち砕かなくてはならない。(事務局 高田健)

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宇都宮けんじ、新宿西口選挙戦最終演説(2014年2月8日)

みなさんこんばんは。東京都知事候補の宇都宮けんじです。

今までのみなさんの応援演説を聞きながら、大変胸が熱くなりました。ありがたい応援です。名護市長・稲嶺進さんのメッセージも大変ありがたいです。大島の被災者の方の言葉も大変ありがたいです。さらに、この雪の中、寒い中、集まっていただいているみなさんの心も大変ありがたいです。

この選挙戦、とうとう最後の日を迎えました。ここまでたたかってこられたのも、私を支える選対のボランティアのみなさん、多くの市民のみなさん、多くの報道のみなさん、さらには政党のみなさんのおかげであると、あらためて感謝しています。ありがとう!

今日、東京は20年ぶりの大雪のようです。この雪の降る中で、ふと浮かんだ言葉があります。それは新島襄の言葉です。新島襄は、NHKの大河ドラマ「八重の桜」の八重さんの旦那さんです。同志社大学を創った彼はこのように言っています。

「真理は寒梅の如し 敢えて風雪を侵しても開く」

この言葉は、私が同志社大学の付属高校で講演したときに、そこの校長先生が私に贈ってくれた言葉です。私の活動──サラ金クレジットの被害者救済の活動──は、新島襄さんと良く似ているというのです。

その寒梅はいま、咲いています。寒梅は風や雪に逆らって咲きます。それは真理と似ています。正しいことというのは簡単に達成することはできません。しかし、雨や雪に逆らって耐えてこそ、その中で正しいものをつかみ取ることができる、そういう意味だと思います。

こうした雪の中でたたかってこそ、勝利を獲得できる。新しい社会を築ける──そういうことを言っているのだと思います。

この雪の中でこそ、私たちは熱く燃え上がらなければだめなのです。この雪の中でこそ、闘志を燃やさなければだめなのです。そうしてはじめて、勝利は獲得できるのです。はじめて真理を獲得できるのです。そう思い、ふといま、この言葉を思い出しました。

この選挙戦は、1%の富裕層のための都政から、99%の都民のための都政を確立するための選挙です。都民の手に都政を取り返す選挙です。14年間続いた石原都政、猪瀬都政を根本的に変えていく選挙です。さらには、安倍政権の暴走にストップをかけるたたかい。戦争の道ではなく、平和憲法を守り、平和のもとで暮らす、そうした社会をつくるための選挙です。

この選挙は、選挙権のある人だけが主人公ではありません。

私たちは先週の日曜日、若いお父さんやお母さん方と一緒に、ベビーカー練り歩きのデモ行進を行いました。小さなお子さんが、銀座の練り歩きに参加していました。そこに参加した小さな子どもたちこそ、この選挙の本当の主人公ではないでしょうか。

私たちは、子どもたちの未来のために、貧困のない社会をつくる必要があります。
子どもたちの未来のために、原発のない社会をつくる必要があります。
子どもたちの未来のためにこそ、平和憲法を守り、戦争に反対する必要があります。
子どもたちの未来のためにこそ、民主主義を取り戻す必要があります。

今回の選挙は、新しい政治を始める歴史的な第一歩となる選挙です。市民の力で、そして市民と労働組合と政党が連帯した力で、新しい政治を始められるかどうか──それが問われています。

このような取り組みは、過去の歴史を振り返ってみても、はじめてのことではないでしょうか。

都知事選の候補者には、著名人や知名度がある人がなるのではありません。そういう候補に頼っていては、本当の民主主義は育ちません。運動の中でこそ、スターをつくり出さなくてはだめなのです。日本の市民運動は、市民運動の中から候補者を出し、候補者を当選させる力を蓄積していかなくてはだめなのです。そうでなければ、社会は根本的に変わりません。

民主主義を取り戻すとは、市民運動の中から本当のリーダーを押し出し、都知事にしていく、あるいは国会議員にしていくということです。そうした政治をつくりあげないと、根本的な社会の転換はあり得ません。その最初の選挙が、今回の都知事選挙です。

東京が変わっていけるかどうか、東京都政で本当に民主主義が確立できるかどうか──。これがいま、問われています。都民の手に都政を取り返せるかどうか──これが問われています。

この都民の手に都政を取り戻す、民主主義を取り戻す、この可能性はでてきています。この17日間のたたかいで、私は確かな手応えを感じています。運動のひろがりを感じています。都民のみなさんの自覚を感じています。これまでの選挙とは違う手応えを感じています。市民が少しずつ成長してきていることを肌で感じています。

東京を変えていきましょう。東京から始めましょう。東京が変われば、日本が変わるのです。東京の新しい政治は、日本の新しい政治の始まりです。市民が主導権を持てる時期が来たのです。

私たち一人ひとりは微力ではあっても、決して無力ではない。そのことを学んでいるのです。一人ひとりがつながれば、少しずつでも大きな力になります。微力が集まって大きな力になれば、社会を変えることができます。一人ひとりの力で、社会を変えることができます。そういうことを経験できる最初のチャンスです。

このことを学べば、急速に日本の市民運動は変わっていくと、私は考えています。市民運動が広がれば、政権を変えることができます。安倍政権をぶっ倒すことができるのです。そういう力を私たちは持っているのです。

そのためには、私たちは、一人ひとりの力、一人ひとりの非力をつなげる能力を持つ必要があります。しなやかな能力です。意見の違う人とも話し合ってつながる能力が必要です。さまざまな団体をつなげる能力が必要です。しなやかさが必要です。分裂に分裂を重ねているのではだめなのです。イデオロギーや政治的立場を乗り越えて、つながる能力がいま、求められています。そういう市民運動、市民の力は、着実に育ってきていると感じます。

これは一つの革命です。新しい革命です。新しい政治をつくり出す運動です。市民運動が新しい政治をつくり出しつつあるのです。そのことを問われているのが、今回の選挙です。

私はこの市民の力を信じたいと思います。都民のみなさんの力を信じたいと思います。そのためにもなんとしてでも、明日の選挙を勝ち抜かなければなりません。私たちの力を示すときです。

そして、私たちの力を示すのは、未来の大人──いまは小さな子どもたちのためです。将来の主人公のためです。この子どもたちがすくすくと育って、すくすくと学んで、そして安心して教育が受けられるように。安心して働き、家庭を持つことができる、そして幸せな生活を送ることができるように。

私はこの東京が、お年寄りも若者も、障がいのある人もない人も、女性も男性も、誰もが希望を持って生きられる──。そういう東京をつくりたい。そのためにはまず、明日の選挙に勝たなければなりません。ぜひ、これからお帰りになったら、もうひと回り、ふた回り、声をかけてください。支持を拡げてください、もう、そこまで来ていると思います。私も今日の12時まで、全力を上げてがんばり抜きたいと思います。

もう一度最後にお願いします。

稲嶺進さんから、先ほど読み上げたような素晴らしい応援のメッセージをいただきました。

沖縄はお金の力に屈服しませんでした。お金で魂を売ることはしませんでした。稲嶺候補は圧勝しました。その沖縄県民の意志、名護市民の意志を、また安倍政権は踏みにじって辺野古移転を強行しようとしています。稲嶺さんは、ぜひともこれを止めるためにも、宇都宮に勝って欲しいと訴え、応援をしてくれています。

私たちは、これに応えようではありませんか。明日、勝って、沖縄にそう報告をしようではありませんか。そして、新しい政治をつくりましょう。私はみなさんと一緒に、新しい歴史をつくることができる、そうした瞬間に立ち会えることを、大変嬉しく思っています。

そのためには、もうひとふんばりです。歴史をつくりましょう。歴史的なたたかいは、あともう一歩のところです。最後までがんばりましょう。

ありがとうございました。
寒い中、ありがとうございました。
私たちの力を示しましょう。
ありがとうございました、がんばりましょう。
私たちの力をしましましょう。
人間は強いんだということを示していきましょう。 みなさんのおかげで、こころが大変熱くなっています。
ありがとうございましたー。

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「一人の力は微力だけれども決して無力ではない」――宇都宮けんじさん

千葉利江(市民連絡会会員・東京品川)  

1月8日キックオフ集会で、宇都宮さんの言葉が心に響いた。前回の選挙で「宇都宮さん、立候補してくれて本当にありがとう!」と築いた基盤がある。それを更に広げようと豊島公会堂に集い、久々にであった知人とも「頑張ろう」と誓いあった。

毎日できることを考えて行動し、1ヶ月間でたくさんの経験をした
「南部勝手連品川」が私の活動の基盤だった。

早速13日、成人式会場の前で勝手連のチラシまきを5人で行った。そこで「宇都宮さんじゃ勝てない」と言われ「勝たなければ意味がない」と信じられない言葉だったが、スーツデモに行っているという人とは「宇都宮さんで頑張ろうね」と言って別れた。

15日、市民連絡会の人と話して不安は払拭できたが、よくわからないから16日の選対会議に初めて参加して状況をつかんだ。そして、信頼する先輩たちへ手紙を書いて「ぶれないで闘えと発信してください。」とお願いした。お返事をすぐ頂いた。

告示前は、品川勝手連の新橋、大崎、品川、大井町の駅頭宣伝には重ねて参加し、少ない人数での時はマイクも握って宇都宮さんの名前と政策を訴え、私の頭の中にもしみ込んだ。

17日、経産省前テント広場のおじさんに「告示の初日に使うからオレンジのボンボンを誰か作れないかなー」と頼まれて、3日がかりでやっとこさ作って喜んでもらえた。木内さんが絶叫して振っていたあのオレンジボンボンかもしれない。

公選ハガキだけでなく知人に寒中見舞いを送り、電話で対話した。「テレビで話を聴いたけど宇都宮さんが一番良かったわよ。」、「あ、入れますよ。他の3人は信用できないから。」と言ってくれたことが励みになった。千葉県からも応援をお願いしたが「一票ないけど、毎日悩んでる。」と米作りをする恩師の心は、揺れていると感じた。

勇気をだした隣近所との対話

隣近所に投票のお願いをしたのも初めてだった。さよなら原発の集会を紹介したり、防災訓練に出て「地震に備えるなら、原発は止めてほしいですよね。」と話してきた積み重ねはあった。

2月2日は、毎年恒例のもちつき会で「オリンピックに向けてこれからの都政をどうするか」政策の展示をした。「希望社会の実現」の本を4人に買ってもらい、区役所勤務の24歳の姪にプレゼントした。

選挙事務所への感謝

選挙事務所で、キッズコーナーの保育と大部屋での壮観な電話かけにも参加した。ボランティアの受け入れを若いみなさんが工夫してくれて感謝です。
投票日前日は、コンビニでインターネットプリントを引き出してプラカードを3本作り、まず事務所に向った。近くのお蕎麦屋さんに立ち寄ると「ご苦労さま」の声がした。オレンジリボンで通じた。岐阜から応援の私より若い女性は「関西の方では盛りあがってるんよー」とネットの専門家のようだった。

新宿駅の最後の街宣に参加したのも初めて

新宿の人混みの中で、スーツデモの人にも再会してプラカードを手渡した。雪が降りしきる宣伝カーから、精一杯生き働いている人たちの訴えに感動した。大切な一票の重みが伝わってくる。宇都宮さんの「この選挙の本当の主人公は未来に生きる子どもたちです。」と銀座での赤ちゃんとお母さんたちのパレードと「大人たちの責任」という話にうるうるした。解散したあと突然手を握られ驚いたが、性教育裁判、いじめ裁判、東京大空襲裁判を闘い、日比谷の集会やヒューマンチェーンで何度も出会う弁護士さんだった。無言の目に気迫がこもって、私は感激を倍にして帰路に着いた。

雪が降り積もる帰り道、「これからできるかなー」と考えているとマンションの人に出会い声をかけられた。「明日の選挙決めてますか?」と名前を覚えてもらう。投票日の朝も心が動いて、ドアをたたいた。「この人に入れるって家で話してる」と笑顔で応えてくれた。最後の最後まで頑張ることができた。ヤッタア!

エネルギーの源は宇都宮さんに学んだこと

原発の再稼働反対。東日本大震災や福島原発事故の被災者・被害者を置き去りにしたオリンピックにしてはいけない。安倍政権の暴走にストップをかける。アジア諸国の人と仲良くして東京から平和を発信する。東京の教育行政は内心の自由を侵害しすでに監視社会を体現している。健やかに自立していたはずの若者さえ、格差社会の中で健康を害し精神を病んでいく。我が家の次女もその一人である。若者を貧困に追い込み、自立を奪う政治に未来はない。
私たちは今までやってきたことを継続して都知事選を闘い、しっかり根っこを広げた。これからも工夫して運動を続けていく展望をもつことができた。

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「市民選挙」の到達としての2014宇都宮選挙―― 東京デモクラシーの波を起こしつづけていこう――

希望のまち東京をつくる会:2014都知事選挙総括(2014年2月21日 素案・要旨)

(本誌編集部註:上記「選挙総括」素案を編集部の責任で要約したもの。採録したのは項目のみの部分が少なからず、あります。この素案は、今後、関係者の大衆的討議を経て、素案→案→確定版と変更されるもので、未定稿です。引用などに際しては、この点、十分にご配慮下さい)

はじめに

2014年1月23日から2月9日まで、宇都宮けんじさんとともに、「東京デモクラシー」の波がうねりとなって大きくなっていった17日間、歴史的な都知事選挙戦をたたかった皆さん、大変にお疲れさまでした。

今回の都知事選挙は、私たちにとって、2012年末につづく2度目の挑戦でした。前回に引き続いて、私たちは、市民が中心となり、政策的に一致する多くの団体や政党・労働組合、勝手連などと協力して選挙戦を進める「市民選挙」に取り組みました。

私たちの選挙戦には、選挙事務所で、地域で、街頭で、数えきれないほどの方々が、老いも若きも、女性も男性も、東京を「希望のまち」に変えたいという思いを一つにして、積極的に参加しました。まぎれもなく、民主主義的な市民選挙の一つの到達であったと思います。

1.選挙結果について

猪瀬氏の辞任により突発的に生まれた今回の都知事選挙、最終日は大雪に見舞われる真冬のたたかいとなりました。私たちは、前回を大きく上回る活動を展開しましたが、当選を勝ち取ることはできませんでした。

大雪の影響などにより、投票率は前回より16.46%も低い46.14%となりました。この低投票率の中で、宇都宮さんは得票数を前回の96万8960票から98万2594票へと、1万3634票増やすことができました(前回比101%)。また、得票率は、前回の14.58%から20.18%へ、5.6%も増やしました。

マスコミ各社の出口調査によると、20歳台の約20%の有権者から支持を得ています。女性からの支持が高かったということも報道されています。無党派層の中でも2位の支持を得ました。1位の舛添氏の得票から見た比率でみると、前回の22.33%から46.50%へ倍増しています。硬い保守の岩盤に、草の根の努力によって穴を穿ち、自民・公明・連合の組織選挙に対して、自発的な市民選挙で迫ったということがいえるでしょう。

この結果は、2度目の都知事選挙として、前回の経験と教訓を活かし、候補者、選対スタッフ、ボランティアが一回り成長したこと、市民選対と、支援していただいた市民団体、労働組合、政党との間に、前回より密接な連携を確立させることができたことなどから実現できたものです。

2013年12月28日の出馬表明から44日間、そして1月23日の告示から17日間、宇都宮けんじさんと私たちは、就職に悩む若者、保育所入所に苦労しているお母さん・お父さん、介護・介助に直面する高齢者と家族、原発事故で福島から避難している方々など、切実な課題を抱える都民の熱い期待に応え、政策本位のたたかいを愚直に進めることで、大きな信頼と支持を集めることができたと考えています。

選挙結果については後に分析しますが、この善戦をもたらしたのは、宇都宮さんのあたたかな人柄と、選挙運動の全般にわたって貫かれた誠実さ、都民との対話の中から練り上げられていった政策、心を打つ多くの演説、政策実現にかける熱意と確かな道筋など、候補自身の持つ力に負うところとともに、前回をはるかに上回る数のスタッフ、ボランティアの方々の寝食を忘れての大奮闘によるものです。

前回の都知事選挙は、同時に行なわれた衆院選に埋没し、また公選法の改正前であったためにネット選挙もできませんでした。これに対して、今回は単独の大型選挙となったことから大きな注目を集め、若いボランティアを中心にきわめて活発なネット選挙が展開できたことなども、私たちにとって有利な状況となりました。

テレビ討論が一部候補の辞退によってほとんど開催されなかったこと、「宇都宮は勝てない候補」という執拗なネガティヴ・キャンペーンが繰り返されたことなど、政策本位の選挙を進めていくうえでの困難もありましたが、政策を訴え、チラシをまき、対話を進めるという選挙戦の王道を愚直に歩んだことが評価され、前回を上回る支持を得られたものと考えます。

2.再び突然の都知事選――告示前の私たちの動き

「希望のまち東京をつくる会」への改称、新しい体制へ(略)/立候補表明(略)/選対会議と事務局の確立――前回の反省に基づいて(略)

「全員が全力で」――政党/労組との協力関係

宇都宮さんは、言うまでもなく政党には属さない無所属候補ですが、今回の選挙で、宇都宮さんの政策・実績・人柄を支持し、政党推薦という形で選挙戦において重要な役割を発揮された政党は、日本共産党(一月六日推薦決定)、社会民主党(同)、緑の党グリーンズジャパン(同)、新社会党(同)の四政党です。前回に引き続いて党派を超える支持が得られたことは重要な意味を持っています。

前回は支持をいただいた東京・生活者ネットワークは、「脱原発」を掲げる細川護煕氏の立候補などにより、今回は自主投票となりましたが、地域によって、市議の方やメンバーの方が宇都宮さんを支持し、奮闘されました。同じく、前回は支持をいただいた生活の党や、一部で支援の動きのあった民主党についても、今回は支持をいただけませんでしたが、個々の党員や支持者の方々が熱心に支援してくださり、各社の出口調査でも民主党支持の方の25%程度が宇都宮に投票したという結果が出ています。

また、前回の選挙では、無所属・リベラル派の区議・市議の方々が、各地域の窓口として活躍されましたが、今回は、やはり細川氏の出馬などにより、ご支援を得られた方は大幅に減りました。

政党や労働組合は、その組織力や政治活動の蓄積により、いわば「寄り合い所帯」の市民選対にとって、非常に心強い存在です。私たちは、「全員が全力を出す選挙で宇都宮都政を実現しよう」を合言葉に、政党や労働組合との窓口を決め、連絡を緊密にするよう努力しました。ポスター貼り、チラシ配布、対話など、推薦政党の党員の方々や、労働組合の組合員の方々が、昼夜を分かたずに奮闘されました。そうした方々の草の根の努力がなければ、今回の前進はありえなかったことは間違いありません。

一方、選挙戦の中で、また選挙後においても、本会の選対が推薦政党によって「仕切られている」等のデマが繰り返し流されました。市民選対にとって、もっとも重要な原則は、独立性です。「個人としての参加」原則も、突き詰めれば、独立性を確保するためのものだと言えるでしょう。しかし、とりわけ推薦政党の中でも組織的力量の大きい日本共産党について、そのような言説がネット上などで繰り返され、日本社会に根強く残る共産党への偏見を悪用する形で、「宇都宮は共産党に取り込まれた」といった類の悪意あるデマが、世間的に名のある人からも発されるような事態があったことは、きわめて残念でならないことです。一度でも選対事務所を実際に訪れたならば、また事務局会議をのぞいてみたならば、このような誤解が生じる余地はなかったでしょう。私たちは、市民選対としての独立性を今回の選挙でも最後まで貫徹したことを、ご支援いただいた政党・労組の方々への感謝とともに、報告するものです。

成功したキックオフ集会(略)

3.告示前の運動の基本方針――失われた公開討論

告示前に行なった選対として行なった独自調査により、宇都宮さんへの都民の支持は、前回の得票率とほぼ同じ水準にあることがわかりました。宇都宮さんが言うように、前回をひとまわり、ふたまわりも上回る支持を得るためには、宇都宮さんの持っている「親しみやすさ、反貧困、市民運動」といった点を支持している方々に加えて、さらに広範な都民の支持を得なければいけません。そのため、宇都宮さんのもう一つの側面である「信頼、力強さ、知性」といった点を強調していくこと、そして、「安心して都政を託すことのできる候補者」という印象を確立していくことが必要不可欠であるという方針を立て、選対が出すあらゆる広報物は、「都政を安心して託せる信頼感」を基礎に作成していくことを決めました。イメージカラーは落ち着きと知性を想起させる濃紺とし、応援カラーとして、前回に引き続きオレンジを使用しました。

同時に、私たちがめざす選挙運動は市民が自由に、それぞれの表現で参加する民主主義選挙であり、選挙運動の隅々まで上記のイメージでコントロールしていくことは現実的でなく、また運動の自主性という観点からも慎重に配慮すべきであることは言うまでもありません。

選対としては、チラシなどの広報印刷物・テレビ討論・街頭宣伝などにおいて上記のイメージを貫徹させていくとともに、参加される方たちの応援については最大限に自由を尊重し、また出てくる意見については柔軟に取り入れながら、一方で選対の方針の説明を誠実に行なっていくという姿勢でのぞみました。

前回の選挙における大きな教訓の一つは、「知名度をチラシで浸透させることができるのは告示前」という点です。周知の通り、告示後には、宇都宮の名前の出せる証紙チラシは30万枚という、1000万人の有権者と比べると非常に少ない枚数に限られ、自由に発行できる法定ビラには名前も顔写真も掲載できません。前回は資金的にも、また政策づくりや製作の体制も整わなかったために、告示前のチラシ普及は不十分な水準で終わってしまいました。そこで今回は、告示前の広報物の普及に労力的にも資金的にも全力を注ぐことを決めました。

紙による大量宣伝は、関連団体とも綿密に協力しながら、イメージの統一されたチラシを告示前に800万枚普及することを目標とし、実績としては725万枚の普及を行ないました。(略)

有権者1000万人の都知事選挙においては、テレビ出演、テレビ討論などの、いわゆる「空中戦」が決定的な重要性を持ちます。世論調査などでも、「投票にあたって参考にする情報」としてテレビ討論は最も大きな数字を占めています。前回は国政選挙との重なりなどがあり、全国ネットでのテレビ討論は2回しかありませんでしたが、今回は国政選挙との重なりもなく、前回以前の都知事選挙における実績から、10回程度はテレビ討論が行なわれることを予測しました。選対として、このテレビ討論を最重要視して、専門家の方々のご協力を得ながら、論戦準備を行ないました。

結論的に言えば、今回、細川候補がテレビ討論・公開討論を避けつづけたこと、それにともなって舛添候補とテレビ局側が「主要候補が揃わなければ出席しない/開催しない」という姿勢をとったことから、テレビ討論・公開討論の機会は16回にわたってつぶれ、実現したのはわずか4回(うち1回はネット中継)、それも候補者同士の討論は行なわずに、司会者の質問にそれぞれ応答していくという、視聴している有権者の側からすれば非常に物足りない、隔靴掻痒の感のあるものとなりました。

新たな政策立案スタイル――充実した政策集

宇都宮さんと「会」の政策を具体化し、実現可能性などの裏付けを調査する政策委員会は、2013年末から活動を再開しました。前回の選挙で集まったメンバーを軸に新たな参加者も迎え入れて、十数名で政策立案の議論を継続的に行ないました。

メンバーは、各分野の研究者・専門家、活動家で、いずれも専門知識を持つ方々に集まっていただきました。2回の「希望政策フォーラム」での政策対話の中で寄せられた意見や提言、ツイッター、メールなどで寄せられた都民・市民からの意見を積極的に取り入れていきました。

また、宇都宮さんは都政にかかわる問題を抱える現地への視察を精力的に進め、そこで寄せられた現場の声をすぐ政策に反映していきました。伊豆大島の被災地、オリンピックにともなう建て替え問題に揺れる国立競技場、同じくオリンピックにともなう環境破壊問題を抱える葛西臨海公園、移転問題を抱える築地市場、待機児童をもつ保護者の方々などとの対話と政策への反映は、選挙戦の終盤まで続けられました。

そうしたプロセスを経て、「東京を希望のまちに変えたい」と思う人たちの心の詰まった政策ができあがりました。政策集はA4サイズで40ページにもなり、他候補を圧倒する充実ぶりは各方面から高く評価されました。

完成した政策集「4つの基本政策と2つの特別政策」の全体に貫かれている視点は、石原・猪瀬都政の、都民に冷たかった14年間からの転換です。とりわけ、今回の選挙で舛添候補が明言していたような、大企業にとっての「世界一の都市」を目指す方向ではなく、都民生活がゆたかになる「働きやすい、くらしやすいまち」という方向をはっきりと打ち出しました。舛添、細川両候補は、規制緩和によって福祉を充実させるという方向性を主張していましたが、「国家戦略特区」や規制緩和は、決して都民生活をゆたかにするものではないということを積極的に主張し、ある程度の範囲までは今回の選挙の争点として認識されたと思われます。

この政策集は、各方面の都民、運動団体からも歓迎されるとともに、政治サイト「ポリタス」でも、防災政策の専家から防災政策について高く評価されました。

この政策集は選挙の時だけに使われるべきものではなく、むしろこれからの都政転換のための運動に役立たせ、その中でさらに練り上げ、充実させていくことが求められていると考えます。

4.経過――「一本化」問題をめぐって

「一本化」をめぐって

今回の都知事選挙において、私たちが多くの政治的エネルギーを割かざるをえなかったのが、細川氏の出馬をめぐって、本来であれば宇都宮さんと政策的に一致しており、前回の選挙では共に運動を担った方々の中から、「一本化」を求める声が選挙戦の最終盤まであがりつづけたことです。

結論的に言えば、細川候補が正式な出馬表明を告示前夜まで引き伸ばしたことから政策的協議などは不可能な状況であったこと、それ以上に、そもそも細川氏の側に「一本化」の意志がなかったことから、「一本化」は検討以前の段階の問題であり、私たちとしても応えようのない提起でした。

一般論として言えば、政策的な方向性が重なる政治勢力や候補者が、擁立する候補者について調整し、「一本化」をすることは、当選可能性をあげるためにありうべき現実的なテーマです。私たちが前回までの都知事選挙において追求してきたことも、いわゆる革新政党やリベラル派の市民との間での候補者の「一本化」でした。

しかし、この候補者擁立の調整が可能な時期は、告示前の段階に限られます。告示後は法的に立候補の取り下げができないということもありますし、告示翌日に期日前投票が始まれば、現実に有権者の意志がその候補者に託されます。この段階で選挙運動を放棄(立候補は取り下げできないので)することは有権者への背信行為であり、選択しえない選択肢であると言うほかありませんでした。

一方で、「一本化」を求める声の背景には、同じ地域や団体でこれまで活動してきた仲間がどちらの候補を応援するかで別れてしまう、そういう非常に苦しい、胸の張り裂けるような状況が多々ありました。

私たちはフェアプレイに徹することで、選挙後の社会運動に亀裂や感情的な溝を残さぬように配慮していく姿勢で運動に取り組みました。

細川氏の立候補とその「功罪」

私たちが元首相の細川護煕氏を擁立する動きがあることを知ったのは、1月7日の朝刊に、民主党の国会議員らが出馬を打診しており、本人は固辞しているという記事が掲載された時点です。この時点では、元宮崎県知事の東国原氏などの名前も取り沙汰されており、細川氏についても立候補の真偽はわかりませんでした。

細川氏が元首相の小泉純一郎氏と短時間ながらマスコミの前に訪れ、出馬に前向きな発言を行なったのは1月14日ですが、結局、正式な立候補表明は、数回にわたって延期された末に、告示前日である1月22日夕方でした。繰り返しになりますが、この時点で統一のプロセスは不可能でした。

細川氏の実際の立候補表明は告示前日でしたが、実際には年内に、私たちよりも早く選挙準備を始めていたことが、後にわかりました。瀬戸内寂聴氏は、12月26日に細川夫人から選挙についての挨拶があったことを新聞への寄稿で明らかにしています。

告示をはさんで、「”勝てない候補”である宇都宮は降りるべきだ」という宇都宮本人への説得や、新聞紙面やネット上での主張、すでに宇都宮に支持を表明していた著名人の方などへの支持の「引き剥がし」などが活発に行なわれるようになったことは、きわめて残念なことでした。

宇都宮さん自身は、「細川さんが立候補することで脱原発が争点になることはいいことで、歓迎する」というコメントを出す一方で、「都政にも国政にも多くの問題が山積している中で、シングルイシューの選挙にすることには問題がある」という姿勢で、政策本位の選挙戦という原則に立ちました。

言うまでもないことですが、私たちは、たとえ政策に重なる部分があるからといって、「細川氏が降りるべきだ」などと主張したことは一度もありません。現実的に「一本化」が不可能である以上、活発な政策論戦を深めて、それを通じて都民に選択肢を示していくことが求められました。

細川氏の立候補によって脱原発が争点の一つとして浮上したことは事実であり、これは現在の脱原発をめぐる問題の緊急性や重大性から見て歓迎すべきことです。しかし、細川氏が告示前日まで立候補を表明しなかったことに加えて、先述したように、ほぼすべての公開討論への登場を拒否し、そのために公開討論の場そのものが失われる事態が続発したことは、原発問題も含めて政策論戦を深めていくという点から見ても、きわめて問題のある行為でした。

「一本化」問題の経過

細川氏の立候補の動きが表面化してくるにつれて、さまざまな形で、主には非公式的に、宇都宮さんおよびその支持者に対して、立候補を取り下げるよう申し入れがありました。その経過について報告します。

告示前の1月15日、鎌田慧氏・河合弘之氏が共同代表である「脱原発都知事を実現する会」から、両候補に対して、一本化に向けて話し合いを行なうよう申し入れがありました。これに対して、当方からは、オープンな場であれば話し合いに応じる用意があるという趣旨の回答をしました。細川氏側からは、「いかなる政党、団体からも支援を受けない」「(実現する会の提案に)賛同しかねる」という回答があったとのことです。結果的に、上記の話し合いは実現しませんでした。

私たちが「オープンな場であれば話し合いに応じる」と返答したのは、私たちの実践している「市民選挙」という性質から言って、これほどの重要な問題ですから、密室的な協議で話し合うのではなく、どのような話し合いが行なわれたのかが検証できるような形でなければいけない、という方針に基づくものでした。いずれにしても、細川氏側からは話し合いに応じるという返答はなく、この協議の場は失われました。

しかし、1月20日、「脱原発都知事を実現する会」は、協議の仲介が不調に終わったこととともに、細川氏を支持することを記者会見で報告します。

告示から10日以上が経った2月3日、細川氏支援を決めた「脱原発都知事を実現する会」の方たちを含む「脱原発都知事選候補に統一を呼びかける会」が、あらためて「一本化」を呼びかける記者会見を開催しました。その日の夕方、同会から申し入れ書を受領しました。細川候補にも同じ申し入れ書が提出されました。この申し入れ書に対して、本会からは2月6日、「一本化」はできないことを回答しました。その理由についてはすでに述べた通り、すでに告示後であること、期日前投票も行なわれていることに加えて、国家戦略特区や福祉政策など、重要な問題で細川氏との政策が一致していないという点も挙げました。細川候補も、「一本化のプロセスが不透明」であるとして要請を断りました。なお、この回答をするにあたっては、細川氏の選対側とも協議しました。

「共産党・社民党推薦の宇都宮」という言説について

非常に残念なことに、舛添陣営など保守的な陣営からだけではなく、前回は宇都宮さんを応援された方などから、選挙が終わった後になっても、「宇都宮自身は一本化に前向きであったが、共産党が羽交い締めにしていた」、「共産党と社民党は二位を狙って共倒れを選んだ」、「選対は共産党に仕切られていた」等々の、まったく事実に基づかないネガティヴな情報が流されています。

先述しましたが、宇都宮けんじの選挙運動は、選対をはじめ事務局もすべて個人の自発的意思で参加した人々によって構成された市民選対であり、多くのボランティアによって支えられてきました。日本共産党・社会民主党・みどりの党グリーンズジャパン・新社会党の推薦政党は選挙戦に多大な協力と支援を行ないましたが、これらの政党が、選挙方針に関し私たちの意思決定に介入することは一切ありませんでした。

私たちはこの間の「一本化」をめぐるさまざまな論争が、脱原発に関わる市民運動に亀裂を残すことを危惧しています。宇都宮さんを支えた多くの市民ボランティアに対してレッテルが貼られ、市民選挙としての意義を矮小化されること、また、事実無根の情報が流布されることは避けるために、以上の事実経過の整理を行ないました。

5.大きく飛躍した告示後の運動

ネット選挙の特別な意味

今回の都知事選挙は、ネット選挙が解禁となって初めてのものとなりました。前回は告示日以降、ウェブサイトの更新もできず、ツイッターやフェイスブックなどで発信することもできませんでした。また有権者も、候補者名を記載して「この人に投票しよう」といった発信をすることはできませんでした。今回の選挙でおおいに自由に行なわれ、選挙全体を盛り上げたことから考えると、以前、ネット選挙が禁じられていたということが、いかに不自由で不合理なものであったかが痛感されます。

候補者や選対は、ウェブサイトなどネット空間で、選挙期間中いつでも何でも発信することが可能となりました。政策や候補者の日々の動き、思いや考え、そしてふとした時の素顔まで、映像や写真、つぶやきなどで発信できることで、有権者と候補者の距離は一気に縮まりました。

先述したように、今回の都知事選では、テレビ討論

宇都宮けんじさんとベビーカー大行進@銀座(2月2日)会がのきなみ中止となりました。本来であれば、テレビに登場することで政策や人柄、他候補との違いを伝えることができますが、そうした機会がほとんど失われてしまいました。この異常な事態に際し、テレビ討論に代わるメディアとして、自前のインターネット番組やツイッター、ウェブサイトなどが大きな役割を果たしたことは、特筆されるべきです。

さらにネット空間には、「選挙にはあまり関心がない」という層も多くいます。いわゆる無党派層・無関心層です。この層に対し、ネット上で多種多様なコンテンツを発信することで、まず宇都宮さんに興味を持ってもらい、政策を知ってもらうという回路を、ある程度、つくることができました。ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディア(SNS)をうまく利用することで、対話型の場をネット上につくることができました。たとえば2回開催された「希望政策フォーラム」では、集会を開催しながらネットの同時中継(UST=ユーストリーム配信)を行ない、ツイッターを通じて質問や政策提言を受け、実際の会場で宇都宮さんが答えていくという取り組みも行ないました。従来は会場参加者に限られていた参加の機会が、ネットを通して何十倍、何百倍にも広がり、宇都宮さんをより多くの人に知ってもらう欠かせない重要なツールとなりました。

また選挙期間中は、街宣や移動中など候補者の動きを徹底して自前で生中継することも行ないました。ツイキャスやUSTなどのネットメディアを駆使することで、リアルタイムで候補者の動きを発信することができ、日増しにその反応が強くなっていきました。

SNSとは本来、参加するメディアであり、対話型のメディアです。選挙におけるこれらのメディアの活用は、選挙運動そのものへ多くの人が参加し、自らがメディアとなり、運動をつくりあげていくという流れを可能とします。そのような動きが、今回の選挙では実現できたと評価しています。

しかしこれは、当初の選対メンバーだけでは決してなしえなかったことです。選対がウェブサイト等に基本コンテンツを提供した後、実に多くのサポーター、ボランティアの皆さんが自発的にネット上の輪を何十倍にも広げてくださいました。そのことを抜きに今回のネット選挙の意義は語れません。

ウェブサイト、フェイスブック、ツイッター、ツイキャス、あらゆる発信方法を駆使(略)
可視化が人の輪を広げる――公開に基づく信頼の獲得

ネットの世界では、「可視化」という概念が頻繁に使用されます。公式見解だけでなく、候補者の素顔やオフモードでの発言、選対事務所の雰囲気、スタッフの様子など、これまで決して外に出なかった場面や言動がそのまま生中継で、ネットで流される時代です。それにより多くの視聴者、有権者は、候補者や選対の「本質」を見抜いていきます。今回、宇都宮選対はかなりの量の可視化を意識的に行ないました。一般に、公開するということそのものが信頼につながります。候補者・選対にとっては気を抜けないという面もありますが、しかしこの流れはさらに今後加速し、重要となってくるでしょう。

また、本選対の最大の特徴は、声明やプレスリリース等の文書を公式ウェブに掲載するなど、徹底した情報公開の方針でした。「一本化問題」や「テレビ討論の中止」など、ともすれば内向き・後ろ向きになりがちな局面に際し、逆に選対は各種文書を積極的にオープンにし、その考えや方針を公開してきました。各種の取材についても内部的な規制をかけることはなく、このことが、多くの共感や支持(もちろん内容への反発や批判もありましたが)を、いっそう広げることにつながりました。

ネット選挙の意義と課題

今回の都知事選におけるネット選挙で、スタッフ、支援者、ボランティアはそれぞれ「ネット選挙の可能性」を確実に感じたといえます。その積極的な意味は、①速報性、②共感・参加、③創造性だとまとめられます。

またネットというツールを使うことで、これまで選挙や候補者との間に生じていた距離を縮め、多くの人に参加の機会を提供することができました。たとえば、政治に無関心な若者層が、ツイッターで美しいバナーやおもしろい映像が流れてきたことをきっかけに、それが候補者のものだと知ることができます。(=文化との融合)。また、障がいを持つ人やお年寄り、育児中の人など、集会・街宣参加などが困難な人にとって、ネットで候補者の街宣が見られたり、ツイッターでリアルタイムで質問をすることも可能です(=バリアフリーな選挙活動の可能性)。(以下略)

日課の情報配信――メルマガ(略)/女性向け政策の充実とベビーカー街宣(略)/大注目だった託児コーナー(略)/選挙ポスターも新しい発想で(略)/草の根の対話――電話がけ作戦(略)/誠実さと愚直さが評価された政策アンケート(略)/

・公選はがき(略)/・渋谷ハチ公前――若い世代の宇都宮支持はどうだったか(略)/・二種類の法定チラシ――論戦の方向性(略)/・充実し前進した街宣――チームの奮闘(略)/・政見放送(略)/・「史上初」の取り組み――サテライト演説会(略)/・宇都宮を支持した著名人やミュージシャン(略)/・都内全駅いっせい宣伝の成功(略)/・大雪の中の最終日――新宿西口最終演説の感動(略)/

6.選挙結果をどう見るか

・舛添票をどう見るか(略)/・田母神60万票とどう対峙すべきか(略)/・下町地域での善戦(略)/・多摩地域の健闘――大雪の影響も(略)/・運動は広がったか(略)/

7.2014宇都宮選挙の成果と教訓とは

おおいに善戦、健闘した選挙戦でしたが、私たちはまだまだ保守層の固い岩盤を掘り崩すに至っていないことを、明確に自覚する必要があります。

そして、保守の固い岩盤を掘り崩すことは、著名人やその時々の「風」に頼るのではなく、こつこつと市民運動を広げていく地道な努力でしか達成できないということも、今回の選挙戦の重要な教訓であったと思います。(略)

・なぜ宇都宮選挙に多くの若い世代が参加したのか(略)/・民主主義的な市民選挙とは何か(略)/・日常から「東京」にかかわっていく運動の継続を/

あらためて「私たち一人ひとりは微力ではあっても、決して無力ではない。一人ひとりがつながれば大きな力となり、社会を変えることができる」との確信をもって、明日からの運動に取り組んでいきます。
以上

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名護市長選挙の断片~うれしい勝利、そして闘いはこれから

竹腰英樹(中野協同プロジェクト事務局長) 

1月19日20時過ぎ 稲嶺事務所前

その第一報がもたらされたのは、投票箱が閉まった直後であった。「QAB(筆者注:沖縄の民放テレビ局、琉球朝日放送の略称)、当確を打ちました!」とマイクで報告があり、「オーッ」と稲嶺進選挙事務所前の広場に集まった人々はどよめき、拍手が鳴り響き、いくつかの楽器が音を立て、場内は早くも興奮状態となった。

2014年1月19日、私は沖縄県名護市大中にある選挙事務所の前にいた。3日攻防と呼ばれる激しい選挙戦を経て、夕方、開票作業の結果を支持者の人々とともに待つとともに、選挙事務所の作業を手伝うべく何度となく通った沖縄県立北部病院前の坂道を登った。指示を受け、事務所前の広場(大きなテントが既に張られ、100名近い報道陣が詰めかけていた。)に折りたたみ椅子を並べた。

多くの人々が詰めかけてくる中、私は広場の端に止めたワゴン車内の機器から伸ばしたマイクの線が抜けないように押さえる役割を担うこととなり、私は「マイクの線がありますのでお気をつけください。」と周りの人々に注意を促しつつ、マイクの線を押さえ続けた。人々は老若男女という言葉の通り、多彩な人々が広場を埋め尽くした。「朝日新聞のホームページに当確が掲示されました。」また歓声、稲嶺氏当確を報じる新聞の号外が早くも配られていた。その後、稲嶺氏が歓声の中到着し、当選の知らせを待ち、その後幾度となく、報道インタビューとあいさつが繰り返された。

地域での宣伝の状況

私は、選挙最終盤の1月15日に名護市に入り、選挙事務所に赴いた。選挙事務所の様々な手伝いを行なうつもりではあったが、2棟あるプレハブの1棟は遊説の関係の事務所となり、もう1棟は選対関係の会議室で、立ち入り禁止である。「統一連(筆者注:正式名称は安保廃棄・くらしと民主主義を守る沖縄県統一行動連絡会議)の事務所で一緒に行動してください。」と事務所のTさんに言われ、電話を入れたうえ、翌朝、統一連の事務所に向かった。

およそ70名の人々が集まり、行動前の意思統一を行なった。「相手陣営は組織的に期日前投票を進めていて、大激戦である、前夜行われた稲嶺陣営の地域で行なった。

「相手陣営は組織的に期日前投票を進めていて、大激戦である、前夜行われた稲嶺陣営の地域での決起集会は300名近い参加で成功したこと、地域の人々との対話が広がっていること」などが報告され、5~6名のグループに分かれ、マイク宣伝・地域での宣伝を行なった。

稲嶺陣営の選挙の体制は、選挙事務所を中心とし、統一連の事務所を拠点としたもの、統一連事務所の横の民医連事務所、名護市のシンボルであるひんぷんガジュマルの近くの勝手連事務所の4か所が主たる拠点であった。各地域でも数か所事務所が開設されていた。(保革を問わない稲嶺支持の市議事務所も各地盤で奮闘していたようである。)

統一連事務所には連日午前・午後と60~70名の人々が結集し、稲嶺勝利の大きな原動力となった。また、仲里利信さん(沖縄県議会元議長・元自民党沖縄県連顧問)のように個人で名護市内を遊説する人や、名護市役所前で平和の祈りをささげ続ける日本山妙法寺の数人の方々の姿もあった。

名護市内で目立ったのは自民党を始めとする相手陣営の宣伝カーの多さであった。大通りを見ていると、10分おき位に自民党や地元会派の大小の宣伝カーがぐるぐると市内をめぐっていた。「中国共産党が…」などと宣伝する怪しげな宣伝カーもあったし、稲嶺氏を中傷するビラが名護市街地を中心に夜半に配布され、それに対抗するビラが急きょ作成・配布されるという状況もあった。

選挙監視の取り組み

1月17日午後には、志して期日前投票所近く(名護市市民会館の敷地内)で行われていた選挙監視の取り組みに参加した。スタッフのNさんによると、以前は企業の社名が入ったワゴン車などでひっきりなしに期日前投票を行なう動きがあったし、選挙監視の場所についても攻防があったとのことであるが、私が見る限り、数台のそれらしき乗用車やマイクロバスが見受けられたものの、目立った「ぐるみ選挙」の動きは選挙監視活動が市民権を得るとともに抑制されていたのではないか。(ただし、「対立候補の陣営でカラオケ店において買収があったようだ。」「スタッフが家を訪ねてきて有権者の人数分の封筒入りのお金を置いて行った。」との報告はあったので、公正な選挙が行き渡るのはもう少し時間が必要かもしれない。)

選挙最終打ち上げ式に向かう状況

「ススム、進む!」支援の人々が声を挙げ、列を作って選挙最終打ち上げ式がある大型衣料品店前を目指して歩いていく。「いよいよ明日が選挙です。」「よろしくお願いします。」手を振りながら、幹線道路を走る車に呼びかける。(名護市は、若い選挙スタッフが「バスなんか運賃が高くて乗りません。」というクルマ社会である。)クラクションの応答があり、車内から手を振られる。半分どころではなく、7~8割位の応答の状況である。熱気ある状況である。交差点には大型宣伝カーが入り、人・人・人という状況である。

稲嶺進さんの演説要旨

3,000人とも言われる人々が集まって稲嶺進さんの演説を聞いた。その要旨は以下の通りである。
「辺野古への基地移設を推進するのか、NOというのか、争点は明らか。大物政治家と言われる人々が名護にやっていらっしゃっている。政府の言うことを込もうとする。このことは民主主義の問題でもある。金の力で決めることは間違い。市民の目線で公平・公正な行政を行なってきた。予算を増やし、子育て支援や6次産業の推進などを進めてきた。トンボなら良いが、オスプレイが飛び交うところに観光客がくるのか?子どもの未来・環境を守るため、日米両政府にNOを突き付けよう。その先頭に立ってがんばる決意である。」

1月19日23時過ぎ 稲嶺事務所前の光景

数々の報道インタビューとあいさつが閉じられ、お互いの頑張りを讃えあう一時があった。少しばかりのお酒とオードブル。同じテーブルでは、男性市議、自営女性、サーファーの男性2人が語り合っていた。選挙後すぐの時間だったが、「やんばる地域のライダー等の交通事故があった際の医療制度を鹿児島県や沖縄県南部の市町村とも協力して確立すべきだが、なかなかうまく話が前進しない。」ということを延々と語り合っていた。選挙結果は当然であるが、この光景こそが名護市民の民主主義の成熟を表すものではないかと感じ入った。

私たちの平和・協同の課題・可能性

それでは、普天間基地問題をどのように解決すれば良いのだろうか?「県内移設」「県外移設」という視点だけでは問題は前進しないだろう。軍備撤廃を念頭に軍縮を推進すべき(普天間基地は粛々と閉鎖すべきだ。)であろうし、基地交付金に頼らない沖縄、そして日本をつくるため、市民・消費者として名護市・名護市民との協同を多面的・積極的にに進めていきたい。
☆上記内容での報告会・学習会の要請に応じます。まずはメールでご相談ください。

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第83回市民憲法講座
自民党の国家安全保障基本法案について~集団的自衛権行使解禁の動きの中で考える

浦田一郎さん(明治大学教授・憲法学)  

(編集部註)1月18日の講座で浦田一郎さんが講演した内容を編集部の責任で要約したものです。要約の文責はすべて本誌編集部にあります。

国家安全保障基本法と集団的自衛権解禁の関係

今日は自民党の国家安全保障基本法案について話をして欲しいと主催者から依頼を受けました。そのときになぜこの問題をいま議論するのか、実はあまりぴんと来ませんでした。というのは、現在の平和主義にとっていま一番焦点になっていることは、集団的自衛権を行使できるように憲法の解釈を変えようことだと思うんですね。従来の政府の解釈では集団的自衛権は行使できないということになっています。だったら政府の解釈を変えることによって、集団的自衛権を行使できるようになるんではないかというわけです。

政府の憲法解釈を変えたあとで、法律のレベルで政策的に当面集団的自衛権をどういう範囲でどういうふうに行使するのか、その事を決めるのが国家安全保障基本法案だろうということですから、少し先の話ではないかと考えました。ですが少し調べていろいろ考えてみると、この国家安全保障基本法案と、現在の集団的自衛権行使を政府の憲法解釈の変更によって解禁しようということとの間には、相互に関係があると考えるようになりました。特に去年の秋の臨時国会以来の動きを見ると、3点セットとして特定秘密保護法、国家安全保障会議設置法、それから集団的自衛権の容認、こういうことが問題になっていました。

「普通の国家」論と集団的自衛権解禁の動き

この中で軍事面では集団的自衛権を行使できるようにすることが決定的な問題だろうと思います。ただ特定秘密保護法の問題は情報の統制に関することですから直接の軍事に関することだけではなくて、社会全体に大きな影響を及ぼすということでは十分に注目すべきことであるわけです。これらの3点セットは、進める側にとってはいわゆる「普通の国家論」だろうとわたしは思いました。防衛や外交に関する重要な秘密を保護する、これは「普通の国家」ならどこでもやることである。アメリカを始めとして主だった国では国家安全保障会議を設けている。集団的自衛権は国連憲章でも認められていてそれを行使するのが「普通」だ。こういう「普通の国家輪」だろうと思います。ですが、この問題については「普通」が本当にいいことなんだろうかと思います。ベトナム戦争やイラク戦争にその前線で戦闘するようなかたちで参加する、こういうことがいいことなんだろうか。

逆に、日本は「普通」になれるんだろうか、という疑問をわたしはいつも感じます。日本は戦争責任や政治責任をきちんと考えてきただろうか。あるいは憲法の前提となる市民革命といえるようなものが行われてきただろうか。いまのような問題に関わって、戦後は占領体制から安保体制へ連続するかたちで実質的に戦後社会が築かれてきました。そういう中で安倍首相が靖国参拝をする。その事について韓国や中国から抗議が来るだけではなくてアメリカから「失望した」、disappointedだと言われた。これは、日本は「普通」になれないんじゃないかということを感じさせる問題であったと思います。

最近の動きを簡単に結論的なところを見ておくと、特定秘密保護法の問題は市民が取り組みましたしメディアも注目していたということです。それから国家安全保障会議が設置されました。これは防衛と外交をセットにして考えますので、その事は「外交の軍事化」という力が働くのではないかという気がいたします。そして中心的には4人の会議、首相と官房長官、外務大臣、防衛大臣、そこで迅速に物事を決めるというわけです。ですが、大臣が何かをやろうとするときには当然官僚組織がサポートするわけですから、外務省や防衛省の地位が強化されることになるだろうと思います。そして早速韓国軍から緊急に武器を提供して欲しいというので、日本は提供したということをこの会議で決めたわけですね。従来の見解や原則との関係はきちんと検討されないまま実施してしまいました。それに対してして韓国の方は緊急にって、そんなことを言ったかな、というようなことだったわけですね。

それからこの国家安全保障会議で国家安全保障戦略を決めました。ここにも同じ問題がありますけれども、そこで1956年の国防の基本方針を廃止しました。これはいわば防衛面における憲法のような役割を果たしてきました。その中で国連中心主義など 防衛に関して抑制的な原則が立てられていましたけれども、それを廃止する。そしてかわりの積極的な理念が「積極的平和主義」ということであるわけです。この中に集団的自衛権を解禁することを盛り込むことを政府自民党は最初は考えていました。が、あとで触れますようないくつかの事情からそれが間に合わないということで、集団的自衛権解禁のかわりに積極的平和主義という言葉が使われていると言われています。

この国家安全保障戦略に基づくかたちで同時に防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画が閣議決定されました。いまの国家安全保障戦略を防衛面で具体化するということです。そこでは統合機動防衛力という言葉がキーワードになっています。その事によって日米同盟を実効化すると言っています。さらには水陸両用能力を備えるということを言っています。これは海兵隊的なものをつくろうということですけれども、海兵隊という言葉を使うことに与党の公明党が難色を示したことで、こういうふうに言葉が変えられたということです。そういう中で集団的自衛権を解禁しようという動きが中心になっています。

集団的自衛権とは-政府見解及び国際法上の意味

そこでまず「集団的自衛権とは」ということですが、資料の「政府の憲法九条解釈」という本からコピーしたものに、昭和56年の答弁書が引かれているように、個別的自衛権は自国が武力攻撃された場合に武力で反撃するする権利だとされているのに対して、集団的自衛権は自国と密接な関係にある他国が武力攻撃を受けて、しかし自国は武力攻撃を受けていないときにも武力で反撃する権利だとされています。典型的にはアメリカが武力攻撃を受けたときに、日本は武力攻撃を受けていないけれどもアメリカ軍と一緒に自衛隊が戦うことです。こういう集団的自衛権も国連憲章51条で個別的自衛権とともに認められています。

政府見解ではこの問題はどうなっているか。ごく簡単に話をいたしますけれども、歴史をざっと振り返ると1951年に旧安保条約が結ばれます。その当時は集団的自衛権についての研究は、政府でも十分に行われていない時期でした。ですが集団的自衛権は日本国憲法9条のもとでは行使できないという基本的な答弁をしていました。ところが1960年の安保改定の時に、少し微妙な答弁がされていました。海外に出動するような典型的な集団的自衛権は行使できない。ですから裏返すと個別的自衛権に近いような、典型的でない集団的自衛権、最近の言葉で言えば必要最小限度の集団的自衛権は必ずしも否定していないという答弁がされました。しかし逆にこの必要最小限度の集団的自衛権なら行使できるとはっきり言った答弁もないとされています。

その後1972年の答弁、参議院の決算委員会に政府が提出した資料の中で、集団的自衛権は全面的に行使できないという答弁をしました。それを前提にして、1981年の稲葉誠一議員の質問趣意書に対する答弁書の中で、全面的に集団的自衛権は行使できないという議論を定式化しました。これが現在の政府見解の基礎に置かれています。

その議論はどういう議論かといいますと、先ほど国連憲章51条を紹介しましたように、国際法上、日本も集団的自衛権を持っているということになっている。しかし日本には憲法9条の戦争放棄の規定があるので集団的自衛権までは行使できない。個別的自衛権は行使できても集団的自衛権までは行使できないという議論です。この議論の中味はあとで紹介、検討することにいたします。

集団的自衛権解禁の主体

そのような前提のもとで、集団的自衛権を行使できるようにしようという動きが強まっています。まずどういう主体、どういう人たちがどのように言っているかということですが、自由民主党は集団的自衛権を全面的に解禁したいと言っています。その事によって日米同盟を強化して、その日米同盟の中で日本の役割を大きくする。その事によって経済秩序を維持する、あるいは日本の外交発言力を強めたいと考えています。その方法としては、明文改憲と解釈改憲を同時に、あるいは相互的に行うとなっています。憲法96条の正式な手続きに従って9条に手を加える明文改憲と、解釈を変更することによって実質的に憲法を変えてしまおうという、このふたつのやり方をしています。

公明党は与党ですが、この問題については消極的です。それは公明党の支持母体である創価学会の特に青年部、婦人部が伝統的に平和志向が強い、特に海外派兵には反対という方針をとってきたわけです。そこで集団的自衛権を行使できるようにすることにも、それからそれを政府の憲法解釈の変更というやり方で行うことにもどちらにも消極的であるということです。しかし与党の立場を維持することによって政治的発言をしていきたいと考えています。それからこの集団的自衛権行使の問題については国民の納得が得られていないという言い方をしていますので、ひっくり返すと国民の世論が変わっていけば動く可能性もあるというふうにも見えます。

内閣法制局、これは内閣の法律顧問と言われていて、集団的自衛権は憲法上行使できないという憲法解釈を実質的に作り上げてきたところです。ここの動きはあまり表面には出てきませんけれども、報道によると、従来自分たちが固めてきた憲法解釈を全面的に否定することには応じにくい、また政府、内閣としては今後も内閣法制局に法制面で助けてもらわなければいけない、協力関係を維持しなければいけないという状態にもなっています。

アメリカ全体としては、日本も集団的自衛権を行使できるようになって欲しいと考えています。アメリカの考える世界戦略に、同盟国の軍事力を利用したいと考えています。特に財政的に困難になっていますので、なおさらそうだという面があります。しかし対テロ戦争はやめていこう、脱出しようとしています。ですから軍事介入にそれだけ慎重になっています。それからリバランスと言いますけれども、バランスを取り直すという全体的な世界戦略を持っています。その中でアジア太平洋を重視する、特に中国との関係を重視せざるを得ない。そして抑止力を維持すると同時に中国との安定した関係を維持形成したいと考えています。

集団的自衛権を日本も行使すべきだと言っていた知日派のタカ派の人たち、ナイとかアーミテージとかいう人は、いまのオバマ政権から遠ざかっています。そしてオバマ政権は、安倍内閣の新保守主義的な政策に不信感を持っています。少し前に「九条の会」事務局主催の講演会で、柳澤協二さんと一緒に話をすることになりました。柳澤さんは防衛研究所の所長とか内閣官房副長官補を経た軍事の専門家ですけれども、柳澤さんに言わせると、安倍内閣が日本の安全保障にとって最大の不安定要因であると言っているわけですね。そういう面がある。アメリカとの関係をうまくいっていないということですね。こういうような主体の配置状況になっています。

政府の憲法解釈変更の主体

集団的自衛権を解禁する方法としては当然明文改憲があって、これについては2012年の自民党の改憲案が代表的なものです。それに対して解釈改憲の動きもあります。その解釈改憲のひとつとして、政府の憲法解釈を変更しようということがあります。また解釈改憲のひとつですけれども、それをあらたに法律をつくることでやろうというものがあり、これが立法改憲といわれることがあります。その代表的なものが今日検討しようとしている2012年の自民党の国家安全保障基本法案です。

政府の憲法解釈の変更についてもう少し具体的に見ていきますと、この主体として「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」~安保法制懇と略称されるものが注目されています。しかしよく考えてみると、政府や自民党はこの懇談会とは別に独自に動いています。すでに遅くともこの夏くらいからは与党の自民党や公明党、内閣法制局との調整を、安保法制懇の議論と並行して進めようとしています。安保法制懇は首相の私的諮問機関ということになっています。首相の勉強会だ、首相が勉強して悪いのかということです。ですが発表されるものを見るとそこの資料は外務省、防衛省が作成しています。

それから政府が論点整理をするということもあります。そのパイプ役を果たしているのが磯崎陽輔内閣総理大臣補佐官で、自治省、総務省の官僚出身の現在自民党の参議院議員です。できたばかりの国家安全保障会議の初代国家安全保障担当補佐官ということで、この人が政府と安保法制懇のパイプ役を務めています。柳井俊二座長は国際海洋法裁判所の裁判官を務めていますのでほとんど不在、北岡伸一座長代理が実質的に進めています。北岡さんは国際政治学者で法的な考え方はあまり強くない人です。聞くところによると、北岡さんがこの懇談会で安定したリーダーシップを握っているわけではないということのようです。全体として実質的には政府自民党がこの動きをリードしていて、安保法制懇は形式だという面があると思います。考えてみれば集団的自衛権を行使できるようにするかどうかというような重大な問題を、私的諮問機関に任せるはずがないわけですね。その事に注意した上で見ていきたいと思います。

行使しなくても国際法上問題ない集団的自衛権

法的論理をまず見て、政治的なことはあとで触れることにいたします。集団的自衛権を行使できるようにすべきだ、政府の憲法解釈を変更すべきだということの理由として気になるところをいくつか拾ってみると、ひとつは「国際法論」と書きました。国際法に憲法の解釈も合わせるべきである、そして集団的自衛権は国連憲章によって認められている、あるいは集団的自衛権は国連加盟各国の権利の問題ですが、その前に国連としての集団安全保障体制ということもある。それに軍事面で参加するというようなこと、これは当然で、日本の憲法解釈もそれに合わせるべきであると主張しています。ですが集団安全保障、これについて軍事で参加しなければいけない義務は国連憲章上ないと考えられています。

また集団的自衛権は、集団的自衛権として武力を行使したとしても国際法上非難されない権利ということであって、集団的自衛権を行使する義務はない。ですからこれらの問題は、権利であって義務ではないと基本的に考えられています。国際法上の権利ですから、基本的に各国がそれを行使しないとすることは国際法上問題はないということになります。ですから日本も行使しないからといって、国際法上問題が生ずることはない。日本は行使しないというやり方のひとつとして、日本では憲法論として憲法解釈としてできませんということも問題はないということですね。ということであるのに国際法に合わせろということは、要するに憲法9条を無視しろということになっているのではないかと思います。

自衛戦力論と自衛力論の違いと関係

この国際法論が、全体として結果的に憲法9条を無視するものだということですが、もう少し細かく見ると「自衛戦力論」です。自衛戦力といっているのは、憲法9条1項で戦争を放棄しているわけですが、「国際紛争を解決する手段としては」という条件がついていると考えて、この「国際紛争うんぬん」というのは侵略戦争のことである、だから日本は9条1項で侵略戦争は放棄しているけれども、それ以外の戦争は放棄していないと考えるわけです。そして2項で戦力を持たないといっていますけれども、1項とのつながりで侵略戦争のための戦力は持ってはいけないけれども、そうでない戦力ならかまわないんだ、というのが自衛戦力論ということです。

安保法制懇などに見られる集団的自衛権を行使できるようにしようという議論も、1項の国際紛争うんぬんということを同じように理解します。侵略戦争は放棄しているけれどもそれ以外の戦争、武力行使は放棄していない。そして2項で戦力を持たないといっているけれども、これも侵略戦争のための戦力を持たないと言っているだけである。そうすると集団的自衛権は侵略戦争ではないわけですから1項でも禁止していないし、そのための戦力を持つことも2項には触れない。こういう議論なんですね。この議論は1項には法的意味はあるけれども2項にはないといっているのと同じことになるんですね。なぜかというと2項を1項の完全な従属変数としているわけです。1項で決まる、2項はそれに従うだけだ、ということですから2項に独自の意味がない。

先ほど国際法論との関係で、解禁論は9条を無視していると言いましたが、正確に言えば2項を無視するというかたちの議論になっています。この点でこれは先ほどちょっと触れたような自衛戦力論と同じようなかたちになっています。自衛戦力論というのは、かつて学説なり政治の世界で有力に主張されました。学会では佐々木惣一・京都大学教授、政界では芦田均さん、芦田修正として知られる政治家ですね。2項の冒頭に「前項の目的を達するために」という文言を付け加える憲法改正案を出して、実現させた人です。この古い自衛戦力論で、集団的自衛権のことをどう考えていたかはよくわかりません。その頃は、そもそも個別的自衛権をどうやって正当化するかが問題になっていた時期ですから、集団的自衛権などは議論していなかったと思われます。ですから直接かつての自衛戦力論が集団的自衛権容認論を言っていたというわけではありませんけれども、侵略戦争以外の戦争やそのための戦力は禁止されないという点では基本的な論理は同じだということになります。

そしてこの自衛戦力論と、政府の見解である「自衛力論」とはどういう関係になるのかという問題になります。ひょっとしたらみなさん、頭が痛くなるような話かもしれませんね。政府の議論は自衛力論と言って、自衛のための必要最小限度の実力は、憲法で持つことも行使することも禁止されてはいない、そして集団的自衛権はこの自衛力を超えるのでダメなんだと言っているわけですね。

この自衛戦力論と自衛力論を比べると、自衛戦力論はいまの定義の裏返しでわかると思うんですが、必要最小限度という限定がないんですね。それから、自衛のためであれば戦力が認められる、こういう言い方をする。そして先ほど触れたように、2項は完全な従属変数に考えてしまっているということです。それに対して政府の自衛力論の場合には、いまの定義の中にあったように「必要最小限度」という限定があるんですね。それから9条の2項で禁止している戦力は、自衛力を超えた実力だと定義しています。変な定義ではあるんですけれども、そういうふうに定義することによって、自衛力は認められているけれども戦力は禁止されているという形式を取っています。そうなるのは1項がどうであれ2項では戦力を禁止しているとして、2項に独自の意味を持たせているということなんです。

このように違うわけですが、自衛隊の発足時にこの自衛力論ができました。そのときに、いま述べたような自衛戦力論の影響を実際は受けています。政治的判断でもって自衛戦力論を批判することを政府が控えるというやり方をしたこともあります。それから、自衛力論と自衛戦力論を混同したような答弁をするということもなかったわけではありませんが、基本的には政府見解の自衛力論は自衛戦力論とは違うということを、質問に対して繰りかえし繰り返し述べてきました。そういうふうに政府がはっきり否定してきた自衛戦力論と同じ議論をいまとることは基本的には難しい、無理な話だと思います。

必要最小限度論――これまでの政府見解

「必要最小限度」という言葉が、どんなふうに使われているかということが気になります。これは、これからの議論の一つのポイントではないかとわたしは考えています。どういうことかと言いますと、まず前提として政府見解では必要最小限度という言葉がどう使われているかということですが、その事は先ほど紹介した1972年の資料の中でよく出てきます。これは自衛力論の前提となる抽象的な論理、原理を述べたものです。一方で9条が戦争を放棄して、他方で国民には平和的生存権も幸福追求権もある。それらの国民の人権が、外部からの武力攻撃によって侵害されたときには武力によって対応せざるを得ない、そういうものとして国家固有の自衛権を考えるということであるわけです。ですが反対側で憲法9条は確かに戦争を放棄している。だからそこで考えられる自衛のための措置というのは、必要最小限のものでなければならない。限定されているというわけです。

限定されている、その限定の具体的なかたちは自衛力ということです。自衛のための必要最小限度の実力しか認められないと述べるわけです。そしてこの「自衛のため」というのは個別的自衛権を意味しています。つまり自衛の措置というのは、日本の場合は憲法9条の制約を受けて必要最小限になっている。だから自国が武力攻撃を受けたときの個別的自衛権は認められるとしても、自国が武力攻撃を受けていないのに武力行使をすることは、必要最小限度の自衛のための措置を超えているというかたちで線引きをしているわけです。自衛力論における「自衛のための」というのは個別的自衛権であって、それについて必要最小限度の実力という限定があるわけです。この場合には個別的自衛権も、さらに必要最小限度でなければならないという議論のかたちになっています。ここで注意したいのは、自衛のための措置という抽象的な原理とそれを具体化した自衛力と、2段階で必要最小限度という言葉が使われていることです。

集団的自衛権容認論の3パターン

そういう政府の憲法解釈を前提にした上で、現在集団的自衛権を憲法解釈の変更によって容認していこうという議論の中で、必要最小限度ということがどういうふうに考えられているかを3つに整理してみました。

1つは必要最小限度ということを、憲法解釈としては考えない。集団的自衛権は全面的に認められるという議論の仕方です。憲法解釈としては全面的に認めるというときに、地球の裏側まで行くことは憲法上可能であるという議論をします。だからといって実際に地球の裏側まで自衛隊が集団的自衛権を理由に行くわけではないということで、そのための歯止めを法律やあるいは政策としてつくっていくということですね。憲法解釈としては全面的解禁、限定は法律や政策のレベルで、ということを考える。

安保法制懇が第1次安倍内閣のもとでできたときは4つの類型について議論したんですけれども、今後はそういう類型的ではなくて集団的自衛権全体について検討する。ただ国民にわかりやすいようにいくつかの具体例を出していきますと言っています。このタイプの議論は安倍さんがそうですし、安保法制懇の柳井さんや、北岡さんも言っていることは微妙なんですが、基本的にはこの線でものを考えているようです。

2番目は必要最小限度の集団的自衛権のみを容認する。憲法解釈のレベルでも必要最小限度の集団的自衛権だけは認められるけれども、それを超えるような集団的自衛権は憲法上許されないということです。その事をはっきり言ったのは自民党の高村さんですね。「地球の裏側まで行くようなことは憲法上認められない」といった。野党では前原さんがどうもそう考えているようです。この議論は先ほど60年の安保改定の時に、典型的な海外出動するような集団的自衛権は認められないという答弁がされたことはお話ししました。その裏返しとして必要最小限度の集団的自衛権ならば必ずしも禁止されていないかもしれないと受け取れるような答弁がありました。それと繋がる議論ですね。

従来の首相の中では宮澤さんと小泉さんがこのようなかたちで議論していました。集団的自衛権を認めるための手がかり、模索として、少なくともそのくらいは認められるんじゃないか。つまり日本の個別的自衛権と繋がるような集団的自衛権なら認められるんじゃないかという議論です。それは具体的には、周辺事態法における周辺事態において集団的自衛権を行使するというようなものとして考えられていました。公明党が消極的である、アメリカが微妙であるという中で、ここが最終的な落としどころではないかと判断する議論がいくつかあります。ですがこの場合には必要最小限度の集団的自衛権は行使できると言えば、それを超えるような集団的自衛権は憲法上行使できないという制約を残すことになります。これをどうするかという問題が残るので、これはこれでなかなか難しいと思います。

そして3番目、集団的自衛権は必要最小限度、この議論の仕方が現在有力だと思います。今のところ出ている議論からすれば、安保法制懇と政府はこの筋で行こうとしているようです。安保法制懇にさきほどの磯崎さんがメモを提出した。懇談会で議論して下さいと言っているときに政府の方から結論のメモを提出するというのはなんだと新聞にも書かれていますけれども、そういうことをしている。

それから北岡さんの議論はいろいろ微妙なんですけれども、集団的自衛権は必要最小限度として認められるんじゃないかという言い方をときどきしています。これはどういうことかというと、さきほどの政府見解の抽象的な権利の自衛の措置は必要最小限でなければいけない。9条もあり他方に平和的生存権がある中で最小限だ。その最小限の具体的な中身を、この見解ができた1972年頃は個別的自衛権は必要最小限度だけれども集団的自衛権はそれを超えると考えた。

そこで自衛力論が展開してきたということだけれども、現在は情勢も厳しくなる中で集団的自衛権も日本の安全保障のためには必要最小限度でなければならないのではないか、こういうふうに議論をするということです。ですから政府の議論の一番基本的な論理枠組みは否定しないということによって内閣法制局との妥協を図る、その顔を立てるということですね。この場合には集団的自衛権そのものが全体として必要最小限度に入るのだといっているわけですから、集団的自衛権のなかに必要最小限度のものとそうでないものがあると言っているわけではない。

議論の結論としては、集団的自衛権の包括的、一般的容認のなかに入るわけですから、「必要最小限度」という言葉を使うことで何らかの制約があるかのような雰囲気というんでしょうか、それを出す効果があるんだろうということです。ここが有力なかたちでいま議論されているように思いますけれども、この議論は集団的自衛権は必要最小限度に入るんだと言えば、では必要最小限度でないものは何があるんですかというと、結局何もないんですね。ですからこれはかたちだけでおかしな議論ですけれども、いまはこれが基本で進められているように思います。

いま集団的自衛権を中心に議論をしましたけれども、議論を見ていると個別的自衛権に対する制約も解除しようということが考えられています。具体的なことについて説明しきれませんけれども、交戦権が認められないということなどの制約を取っ払うこと、それから集団安全保障についても軍事的に参加することも検討されています。そこにはPKOも含まれていて、安保法制懇の第5回会合でかなり熱心に議論されています。集団的自衛権が認められるか認められないかの議論とは別に、少なくともここは実現しようとしていると感じます。

政治的な問題――状況の厳しさと解決方向

それから政治的な問題で感じていることを少し述べますと、1つは集団的自衛権を行使できるようにしようという理由として「状況が厳しくなっている。北朝鮮がミサイルを発射する、中国とは尖閣諸島を巡って緊張が高まっている」、そういう中で集団的自衛権を行使しなければ、というわけです。確かにこの東アジアは厳しい状況があり、ある種の不安定さがあります。ですがある軍事評論家が言っているように、冷戦時代にソ連と対峙してきたことと比べると遥かに緊張は薄いということです。ですから集団的自衛権を行使し、軍事力で何とかなるというふうに思われている。そこらが保守の「平和ボケ」といわれるところかと思うんです。さらにこの議論について疑問に感じることは、尖閣諸島を国有化したり靖国に参拝したりして緊張感を高めている人間が、緊張感を理由にするというのはおかしいのではないか、張本人ではないかということですね。

それから「拡大抑止」ということがポイントだと思うんですが、軍事力があれば相手方は反撃を恐れて軍事力を行使しない、そういう抑止力が軍事力にある。そしてアメリカは自国について抑止力を考えるだけではなくて同盟国に対しても考える、これが拡大抑止といわれるわけです。それを充実させるためには、集団的自衛権を日本も行使すべきだということがいわれます。

しかしこれもよく考えてみると、安保の抑止力はあるはずなのに北朝鮮はミサイルを飛ばすし、尖閣では緊張感が高まっている。じつは抑止力ってそんなに確かなものではないんじゃないかということを逆に示しているように思います。抑止力を増大させていくことは逆に軍事的緊張を高める。そして最終的には軍事力を行使せざるを得なくなる。絶対に行使しない軍事力は抑止力を持たない。昔からいわれていることですね。

アメリカは世界最大の軍事大国、世界の軍事予算の40%以上を1国で支出しているような国です。それを日本が助けるというんですけれども、アメリカは日本に助けてもらう必要はないんですね。ですから日本がアメリカを助けるのではなくて、アメリカが日本を使うというのがこの議論がポイントではないかという気がいたします。

「バランス」といっていることは、アメリカは日本のために集団的自衛権を行使するのに、日本はアメリカのために集団的自衛権を行使しない。これはアンバランスだ。だからバランスを取るといわれるわけですが、もともと1951年の旧安保条約で日本はアメリカに基地を提供する、しかしアメリカは日本の防衛義務はない、これでは平等ではないではないか。平等に、ということを理由にして1960年に安保条約の改定が行われて、6条で基地を提供するけれども、5条でアメリカは日本のために集団的自衛権を行使するけれども日本は行使しないというふうに政府は説明している。5条のアンバランスと6条のアンバランス。つまりアメリカは日本のために基地を提供しないですね。自衛隊の基地がアメリカ本土にあるはずもないわけですから。その5条と6条のアンバランスで全体としてバランスが取れていると説明してきました。

このアンバランス論は、結局はNATOのヨーロッパの国々のようにということでしょう。アメリカの基地はあるけれども、集団的自衛権はアメリカのためにも行使するというイギリスやドイツなどのように。こういうことでしょう。そうすることによって日本に基地が返ってくるかもしれないというような議論を石破さんはしますけれども、そんな話をしているアメリカ人はどこにもいないわけですね。そういうバランス論の問題もあるだろうと思います。結局これはアメリカの言うことを聞いて働けば何とかしてくれるんじゃないかということですね。私流に平たく言えば虎の威を借る狐です。一番嫌われるやり方ではないかという気がいたします。そうではない外交努力や軍事同盟をなくしていく、さらに軍縮そして9条の実現という方向でしか基本的な解決策はないように思います。以上で集団的自衛権を行使しようという動きについてお話をしました。

自民党・国家安全保障基本法案の検討

そこで「国家安全保障基本法案」ですが、これは2012年7月4日につくられました。これについて、まず基本的な性格が問題になります。これは参考資料にあげた「世界」の2013年12月号に掲載された川口創さんの「国家安全保障基本法は何を狙うか」という論文に基づいた話です。川口さんは自衛隊のイラク派遣差し止め訴訟の事務局長を務めた人で、名古屋高裁でイラク派遣は違憲であるとの判決を勝ち取りました。

川口さんは、1994年4月13日、防衛庁の検討チームが内部的な検討として「安全保障基本法について」という報告書を出している。その中に「安全保障基本法要綱(試案)」というものがある。これがこの2012年の自民党の国家安全保障基本法案と非常によく似ている、と言いますか20年前の防衛庁内の文書をもとに若干手直ししたものであるという、そういう文書を川口さんが手に入れたということです。わたしはインターネットで探してみましたけれども見つけることはできませんでした。

ですから川口さんの話によればということですが。この2012年の基本法案について自民党では従来にない新しい状況が生じている。北朝鮮がミサイルを飛ばす。それから「テロとの戦い」というような問題が起こってきているので、2006年から自民党内では検討してきたというわけです。実はそうではなかったか、あるいはそれを使ったということですね。ですからこの2012年の基本法案は20年前から防衛庁、防衛省の中で議論してきた、基本的なそれなりに確かな考え方をベースにしているという側面があるかもしれません。他方で2012年は自民党が野党であった時代ですから、与党としての詰めまでは行っていない案である可能性もある。全体として微妙な性格を持っていて、注意を要すると思うわけです。ですが現時点では与党である自民党の法案ということで、やはり注意して見ていきたいと思います。

集団的自衛権という言葉を使わず集団的自衛権解禁

その内容ですが、その中で基本的な考え方として、2条で、要するにあらゆる脅威に対する総合的な対処を行うということを言っているんです。「軍事的または非軍事的手段」――両方見るわけですね。それから「直接または間接の侵害」――これも両方見る。そして「その他あるゆる脅威に対して」ということですね。そして「防衛、外交、経済その他の諸策を総合して」ということで、防衛だけではなくて外交、経済その他の政策を総動員して行くというものです。それに関する基本法であるということです。

そして自衛権については2条、基本的な考え方、目的を示すものの2項の基本方針の4号で「国際連合憲章に定められた自衛権の行使については、必要最小限度とすること」となっていて、例の「必要最小限度」が出てくるわけです。「国連憲章に定められた自衛権」ですから、すでに触れたように国連憲章51条の個別的自衛権、集団的自衛権のことが考えられている。この言葉によって集団的自衛権という言葉を使わずに集団的自衛権の解禁を意味するように条文ができているわけです。

「国際連合憲章に定められた自衛権」ということでひとつ気になることは、逆に国際連合憲章に定められていない自衛権のことはどうなっているんだろうかということです。すなわち慣習国際法上の自衛権ということです。自衛権は第1次大戦後、慣習国際法としてまず成立して、そして第2次大戦後国連憲章で定められたということです。この慣習国際法上の自衛権が、国連憲章ができたあとも別なかたちで存続しているのか、これはもう現在ではイコールになっているのか、国連憲章が定める自衛権が慣習国際法上の自衛権でもあるのだと考えるかについては、国際法学で議論があるようです。そしてこれについては言っていないかたちになっているので、そのものについては必要最小限度という制約はかからないと読めないことはないんですがよくわかりません。おそらくはそういうものは考えないということだろうと思います。

というのは従来、政府の答弁などでは国連憲章上の集団的自衛権の外に慣習国際法上の自衛権を考えることについては、伝統的に消極的でした。ということで日本自体は否定的なのですが、やはり問題が生じるのは、アメリカは国連憲章上の自衛権の外に慣習国際法上の自衛権が現在も存続しているという立場に立っています。その慣習国際法上の自衛権の中に、広い先制的自衛権や場合によっては予防的自衛権もあると言っているわけですね。ですから日本の集団的自衛権の相手方であるアメリカはこういう考え方で行動するということです。それに対する日本が、一緒に戦闘する時にどうなるか。いくつか関係する議論が従来ありますが、これはいろいろな問題が起こるし、実際上これは非常に微妙な問題を引き出すだろうと思います。

国連憲章上の自衛権については必要最小限度だと言っているわけですね。その必要最小限度という制約はこの文言からして個別的自衛権にも集団的自衛権にも両方含んだ自衛権にかかる、すなわち集団的自衛権にも必要最小限度という制約がかかるかたちになっている。そして論理的には個別的自衛権は全面的に認めて、集団的自衛権だけ必要最小限度にするということもあり得る。そして先ほど紹介したように集団的自衛権の行使を解禁しようとする実際の動きとしては、個別的自衛権にかかる必要最小限度の制約も外そうとしているわけですから、実際上はこの必要最小限度という制約は集団的自衛権にかかるというところがポイントだろうと思います。

集団的自衛権の具体化

集団的自衛権の具体化は10条です。10条の1号で遵守事項が挙げられている。これは集団的自衛権のところに焦点を当ててみると通常の集団的自衛権の考え方だと全体としてみることができると思います。1号で我が国だけではなくて我が国と密接な関係にある他国ということを言っていて、それに対する武力攻撃を問題にしていますので、ここに集団的自衛権が入ることがはっきり示されているわけです。

そして5号で「1号に定める我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃については当該被害国から我が国の支援についての要請があること」、ということで要請を条件にしています。

この問題の背景にあるのはニカラグア事件というのがあってそれに関するふたつの判決がある。そのうちのひとつで、中味の方に関する1988年の国際司法裁判所の判決です。集団的自衛権については被害国が自分が武力攻撃を受けたということを宣言し、そして助けてくれという要請を言う。「宣言」と「要請」ということを要件としました。このときには、ニカラグアを助けてあげるために集団的自衛権を行使したとアメリカは説明したんですが、ニカラグアは要請していないということで、集団的自衛権というアメリカの主張を認めなかった判決です。この「要請を必要とする」という国際司法裁判所の判断の仕方は、国際法学の中では比較的集団的自衛権を限定的に考える考え方で、それを採用しているということです。

もっと問題なのは6号だと思うんですが、「自衛権行使は、我が国の安全を守るため必要やむを得ない限度とし、かつ当該武力行使との均衡を失しないこと」となっています。その中の「我が国の安全を守るため必要やむを得ない限度」という部分です。この部分については個別的自衛権――我が国が武力攻撃を受けた場合を含みますけれども――それを超えているわけですね。我が国に対する武力攻撃がない場合、すなわち集団的自衛権の場合であっても、それは我が国の安全を守るため必要やむを得ない限度である、個別的自衛権に近い集団的自衛権だといっている。ここでさきほどの基本方針として2条2項の4号で、必要最小限度でなければいけないと言っていることを10条6号で具体化しているんだろう、こういうことであるわけです。すなわち必要最小限度の集団的自衛権のみ行使するというかたちになっているということです。

そしてこの10条のあとに、集団的自衛権行使については原則として事前の国会承認を必要とするといっています。個別的自衛権については言われていなくて、現在の自衛隊法76条、そこで引かれている武力攻撃事態法9条によれば、武力攻撃対処基本方針について国会承認が必要だとなっていますが、武力行使に関する88条では国会承認は求められていない。これはわりと普通のあり方かと思いますけれど。これに対して集団的自衛権については、事前の国会承認が原則として必要だということによって手続き面でも抑制的なかたちになっている。ただしこれは非常に抽象的な基本的な方針に過ぎませんから、そこは果たしてどのように具体化されるかを注意して見なくてはいけないということになります。

11条で頻出する「等」、及び「参加」の問題点

集団安全保障関係については11条ですが、ここでは「等」という言葉がやたらと出てきます。「国連の正式の集団安全保障以外の多様な国際的な活動等への参加」というのがあって、参加という言葉が使われています。従来の政府見解では「参加」と「協力」は区別されていて、「参加」は指揮下に入って武力行使をする場合の言葉ですから、「参加」という言葉を使うことによって武力行使に踏み込むことをいっているのだろうと思います。その他として国家の責務とか国民の責務云々ということを言っている。

3条の「国及び地方公共団体の責務」では、3条の2項で「国は、教育、科学技術、建設、運輸、通信その他内政の各分野において、安全保障上必要な配慮を払わなければならない」と言っています。それから5項では「国及び地方公共団体は、本法の目的達成のため、政治・経済及び社会の発展を図るべく、必要な内政の諸施策を講じなければならない」と述べています。これは逆に言えば従来憲法9条のもとで安全保障、防衛の問題について表だって考えていくこと、優先順位を与えることについて抑制がかかっていたわけですけれども、安全保障の価値に優先順位を与える、強化するという意味合いを持っていると思います。いろいろな重大な問題があると思います。

基本法と具体化法を同時に含む法案

法案の位置づけですが、見てみますと3条3項で秘密の保護ということを言っているのは特定秘密保護法に対応していますね。それから6条1項の安全保障基本計画と言っているのは、安全保障基本戦略、12月にすでに発表されているものに対応している。6条のあとに安全保障会議設置法の改正が言われています。これは国家安全保障会議の設置のことを言っています。すなわちこの法案は国家安全保障に関する基本法として、その基本的な方針とか理念とか原理を明らかにしていて、それは法律ができる前にすでに実施されているということがわかると思うわけです。

そしてこれは基本法であって、別に具体化法を予定しています。さきほどの10条の自衛権関係では集団自衛事態法というものを考えていますし、11条の集団安全保障関係では、国際平和協力法案が考えられている。さらにそれに伴う自衛隊法の改正も考えられている。ということは、この基本法案は基本法として、基本的な原理のみを言っていて、それに関する具体化はさらに見ていかなければ確かなことはわからないということにも注意を払う必要があると思います。

この基本法案の実現方法について、この法案ができた当初は議員立法として提出することが考えられていました。議員立法であれば内閣法制局の審査はない。衆参の議員法制局のチェックはありますけれども、これは判子がなくても議員が出すと言ったら出せるんですね。それに対して内閣法制局の審査は、内閣法制局のOKの判子がなければ閣議に出せないということですが、そこをスキップするという意味があるわけです。ですが現在は安倍首相もこれは内閣提出法案、いわゆる閣法にしたい。なぜならば国家の基本的な法制だからだということです。この中味からいうとこれは議員立法としては不自然であって、従来のやり方からすれば閣法になるだろう。それは現在の基本的な方針だと考えられると思います。

憲法解釈の変更と相互関係

そこで最初に述べた集団的自衛権を行使できるように憲法解釈を変更しようとする動きと、この法案の相互関係です。集団的自衛権を憲法の解釈によって行使できるようにしようということに関する全体的な方針がこの中で示されていることがわかります。もうひとつは、理屈としては政府の憲法解釈として集団的自衛権を行使できるとなったとして、それを具体的にどこまでどういうふうに行使するかは、法律などで決めるというところの法律の部分に当たっているわけです。そこで、必要最小限度という言葉が使われたり国会承認などが入ったりして、非常に抑制的なかたちのもが出されている。

ですがそれは法律レベルのことなんですね。現在問題になっている憲法解釈としてどうかということになると、そのような抑制がかかるとは限らないわけです。法律レベルではこういう抑制を自分たちはかけるつもりです、ということが、憲法解釈について政府見解を変えようというところでも、ある種の人を安心させるような効果を持っているように思います。集団的自衛権行使を認めていこうということとこの法案が相互に一定の重要な関係にあるように思われたということです。集団的自衛権を行使していこうというときには、法的な議論としては必要最小限度という概念をどこでどのように使うかということが、今後ポイントになるように思います。その必要最小限度を憲法解釈の方に入れていくのか、法律や政策の方に入れていくのか、という仕分けが重なって出てくると思います。

政治的には結局この拡大抑止というものを考えるか、それに対して批判していくかというところが大きいと思います。この問題について国民の納得が必要だということを公明党がいっていると言いましたが、石破さんも最近雑誌論文の中でそういっていますね。国民がなるほどそうだと思ってくれなければ、これはやれませんということですね。理屈として国民がどう思うかというのは政治の世界の問題。憲法の議論として集団的自衛権を行使できるかどうかというのは法的な問題。理屈は違うんですけれども実際のことを考えると、その法的な理屈を国民に納得してもらえるかどうかということがやはり大きいと思います。

集団的自衛権を行使するということ、それからそれを政府の憲法解釈で可能にするということの両方について、従来の世論調査では反対論が多かったですね。ですがごく最近のNHKの調査によると、賛成が大きくなってきているということで微妙ですね。どんな問題でもそうですが、最後は国民に対してどれだけ説得できるかということにかかっているんじゃないかと思います。

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