私と憲法148号(2013年月25日号)


集団的自衛権行使の合憲化による憲法破壊を阻止しよう

今回の参院選でも改憲問題の争点化を回避せざるを得なかったように、安倍首相らが昨年の衆院選以来とりわけ強調してきた「96条先行改憲」による明文改憲路線は、運動と世論の抵抗の前に事実上破綻した。しかし、安倍首相は参院で与党の安定多数を確保し、次の本格的な国政選挙まで3年という期間を得て、連立与党の公明党を引きつけながら態勢をととのえて、改めて改憲の「歴史的な使命」に取り組もうとしている。

まず安倍首相が取り組もうとしているのが解釈改憲や立法による改憲状態づくり(立法改憲)による実質的な改憲状態づくりだ。これによって自民党の改憲草案がめざす国作りを進めたいと考えている。10月半ばから始まる臨時国会と、2014年冒頭からの通常国会がその攻防戦の第1ラウンドとなる。

安倍首相は念願の「集団的自衛権行使の合憲化」をめざして、手始めにその障害のひとつであった内閣法制局を屈服させるため山本庸幸前長官を異例のクーデター的手段を行使して事実上更迭させ、容認派の小松一郎を据えた。これによって安倍首相は臨時国会での集団的自衛権行使の合憲の政府答弁を担保し、また次期通常国会での「国家安全保障基本法」の閣法による上程や自衛隊法の改定もふくめた立法改憲を企てている。

一方、首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」(座長=柳井俊二・元駐米大使)を再開し、11月下旬か12月初めには当初めざした「4類型」の部分的合憲答申にとどまらない集団的自衛権行使の全面的合憲論に基づく「報告書」を提出させようとしている。

あわせて国家安保戦略の年内策定をめざし、中長期国家目標を策定しながら、この下で秋の臨時国会で「国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案」を成立させ、内閣法改正案(内閣官房に100人規模の国家安全保障局の設置)なども策定しようとしている。このため特定秘密保全法案の国会審議を切り分け、この通常国会への先送りを企てている。

すでに7月26日に中間報告が出ているが、防衛大綱の改定も年内に断行し、新防衛大綱では策源地(敵基地)攻撃能力保有、海兵隊的機能の保有等が予定されている。また秋には日米2+2会議もが始まり、新日米ガイドライン策定が着手されることになっている。

こうした解釈改憲、立法改憲をすすめつつ、国会の憲法審査会は明文改憲の布石として「3つの宿題」で頓挫している改憲手続き法の改定、選挙権や民法などと切り離した18歳国民投票権の実現が企てられている。このなかで自民党改憲推進本部の船田元・本部長代行がいうような、公明党などに配慮した「環境権」など「抵抗感が少ない条文からの改憲の予行演習」などという明文改憲の道も語られている。

これらの実質的な改憲の動きは自民党改憲草案がめざす「国防軍」で「戦争をする国」への道であり、閣僚・国会議員の靖国神社大量参拝と秋季例大祭での首相参拝も検討されるなど、この社会で顕在化しつつある偏狭なナショナリズムを煽り立てることで、東アジアの人びとの警戒心を呼び起こし、いたずらに軍事的緊張を高めている。

世論では依然として改憲容認は少数派であり、また国会でも参議院では明文改憲派は3分の2に達していないとはいえ、「加憲」派の公明党を加えれば両院共に96条が規定する改憲発議要件を持っており、いま憲法は成立以来の危機に立っているのは間違いない。

この秋、可能な限りの手段を尽くして民衆運動を強化し、集団的自衛権行使の合憲化による憲法第9条破壊の着手を阻止しなくてはならない。いまこそ、この国の民衆の改憲反対・平和運動の真価が問われているときだ。(事務局 高田健)

安倍・自民党政権は、“日本を取りもどす”と戦前の軍国日本へと邁進しています。この事態を憂慮する、15年戦争を体験した方々から寄せられた思いを紹介します。

勝守 恵(88歳)秋田市
参議院選挙が終わり自民圧勝。予想通りとはいえ、痛恨の極みである。改憲という名目の許に、平和憲法をふみにじり国防軍設置というまさに壊憲案。どうしてそれを受け入れることが出来ようか。一体これから先どうなるのか。あの学徒出陣から70年という今年。再びあの戦争という愚をくり返そうとするのか。神宮外苑で学徒を見送ったあの日、国の為に命を捨てることが最高の美徳であると洗脳されていた女学生だった私達。日の丸を振り学徒を見送り戦争に加担した罪を、今深く悔いるのみ。

あの時以来戦争は激化し多くの若者が戦場に散った。そして銃後の私達も甚大な戦争の苦しみを体験させられた。毎夜くり返される空襲により家を失い、生命までも失った惨禍。そして遂に原爆投下という大惨事の末、敗戦の日を迎えた。過酷な戦争から解放され与えられた平和憲法。不戦の誓いを宣告した平和憲法の許で67年平和を保つことが出来た幸いと喜びは何物にもかえられない。

それを今、憲法改正と言いながら、まさに憲法を抹殺しようとしている。改憲に向け環境整備をなどと、うそぶくこの無謀なたくらみをなんとしても阻止しなければならない。一人でも多くのものが声を挙げ、平和憲法を守ってゆかねばならない。そして次世代に平和をきちんと渡してゆくこと、それが私達に与えられた最大の責務であることをしっかり胸に明記しましょう。
許すな!憲法改悪・市民連絡会様
あまりにひどい参院選後、黙っていられなくなり、ペンをとりました。ご笑覧頂ければ幸いです。

糸井玲子(キリスト者平和ネット 88歳)
先日はお電話をありがとうございました。嬉しく、嬉しく、元気をいただきました。三崎町のすごい段差の階段を懐かしく思いながら、すっかりご無沙汰をいたしました。
6~7月は糸数慶子さんの選挙。今回は都議選と参院選で沖縄には参れませんでしたが、東京でできるだけがんばりました。ミカン箱一杯の糸数さんの紹介文やリーフが送られてきました。前回の糸数選挙では数日、沖縄に泊まって16の聖公会を回り、その時も赤い上着の美しい糸数さんのリーフをたくさん配って、支援をお願いし、司祭さま方が車のリレーで私を運んで下さいました。今回は家で発送作業をしました。この日のために、キリスト者ネットのニュースレター「国会議員からの声」欄に糸数さんのメッセージと写真を掲載したNo.137とけいこリーフ10部くらいずつと、私からの支援の願い状を入れて、A4の封筒に詰めて送りました。大事な沖縄にけいこ星が輝き、神様に感謝致しました。

地元の「9条の会こがねい」は「96条を変えさせない市民の会」の大パレードや駅頭署名、演説会を次々と大奮闘。駅前ひろばでは大きなアコーディオンを伴奏に、「9条守れ」の大合唱と芸術的?な、活躍です。

7月20日、蓑輪さんをお訪ね致しました。シャンと座ってお話しが続き、「息子が帰ってくるから会って」とのことで、3時間以上、すてきなご子息で、9条おじさん、お幸せそうでした。

●花開く桜の下で9条の署名200人と蓑輪さんの声
●がんに堪え署名は愛と今日も行く野川堤を9条の人
政界局面は戦後最悪の状況になりました。この時こそ、私たち市民は最善の運動を進めることを決意します。今年2月の市民運動全国集会で、富山洋子さんが私を抱いて下さったのは、私が「戦後68年間、武力放棄の9条が私たちの平和を守ってくれました」と発言した時でした。「15年戦争の結果、私たちが獲得した輝かしい平和憲法の67年の歴史を賭けて、そのたたかいが始まった」と高田さんの言葉が魂に響きました。ありがとうございました。

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2013今年の8.6ヒロシマ

ストップ改憲! 8.6新聞意見広告、
オリバー・ストーンとピーター・カズニックを迎えた特別企画

藤井純子(第九条の会ヒロシマ)    

新聞意見広告、今年は2回掲載、賛同してくださった皆さまに感謝!!
安倍政権は「法の番人」として集団的自衛権行使を否定する政府見解を保ち続けてきた内閣法制局長を変え、今秋は危険な状況が迫っています。しかし平和憲法を破壊するこの危機を打ち破るのは私たち主権者であると考え、今年もストップ改憲!意見広告に取り組みました。皆さんのご参加、ご支援のお蔭で6月29日、8月6日の2回、掲載することができ、感謝の気持ちでいっぱいです。

8月6日、朝7時から原爆ドーム前で意見広告のカラー版日本語と英語の表裏を「市民による平和宣言」と一緒に配布しました。海外から来られた方々にも読んで頂こうと英語版も作りました。アーサー・ビナードさんに英語面を上にして差し出すと、「ボクは日本語がいいな」と言われそうですが、裏は日本語ですよぉーっ!

6月の意見広告は29日参院選前、タイトルは「憲法9条と96条を変えない人に私の1票を入れる」でした。広島県9条の会ネットワークでも6月に県内40万世帯に「改憲NO! 原発NO!」のジャンボチラシを配布しましたが、残念ながら自民党圧勝。それでも私たちは平和をあきらめるわけにはいきません。8月6日には「さよなら ぐんたい、げんぱつ、かくのかさ」を掲載しました。圧勝といえども自民党の得票数は有権者数の2割に過ぎません。9条、96条改定、集団的自衛権の行使、原発に反対する人々は過半数を超え、私たちは多数派です。自信持ってストップ!改憲の活動をしていくぞという想いを込めました。

紙面は、九条の会府中の石岡真由海さんが娘さんの写真を活かしてイラストを描き、デザインしてくださいました。タイトルなども、わかりやすい、けれどちょっとひっかかる?言葉を考えました。そして賛同してくださった皆さんから寄せられたメッセージを掲載させていただきました。

今回も多くの皆さんがまわりに呼びかけてくださったり、集会や会議で配布してくださったり、ニュース発送に同封してくださったり、様々な協力があったからこそ、2回の掲載ができました。皆さんの想いがぎっしり詰まった意見広告が、多くの人の心に届き、STOP改憲!の世論の一助になればと願っています。

8・6ヒロシマ、市民の取り組み

広島では8・6に原水禁でも原水協でもない市民集会を、名称を変えながら30年続けてきました。私自身は半分くらいしか関っていませんが、毎年、6月の第九条の会ヒロシマの会報でお知らせをしています。その「8・6ヒロシマ平和へのつどい」(以後「つどい」)では、命を脅かす原子力とその体制、日本の侵略戦争・国家責任の問題、日米安保体制と沖縄、憲法、岩国-呉-ヒロシマ、これらのテーマにきちんと向き合うことにこだわってきました。そのため8月5~6日をかけて様々なプログラムを企画し、フィールドワークも2日間7コース準備しました。平和公園、米軍岩国基地、広島城周辺軍都徒歩コース、宇品・比治山自動車コース、広島-呉の戦争遺跡と軍事施設など…

今年の8月5日、つどい本集会は、田中利幸代表によってアメリカから映画監督のオリバー・ストーンさんと17年間にわたり米国人学生を毎年8月に広島・長崎に連れてきてくださる大学教授ピーター・カズニックさんをお呼びすることができ、つどいは2部構成になりました。

つどい第1部は、「オリバー・ストーンとピーター・カズニックが語るアメリカ史から見た原爆投下の真実」
最初に、ドキュメンタリー映画『もうひとつのアメリカ史』10部作のうちの第3部『原爆投下』を上映しました。NHKからの特別許可を得て、テレビ上映では上映時間の都合上カットした部分を元にもどし、オリジナルのままの長さの貴重なフィルムです。原爆投下で戦争が終結していなければ百万人もの死者がでただろうという原爆投下正当化のための「神話」は覆されました。

続いて「アメリカの世界支配と日米安保」をテーマにオリバー・ストーン&ピーター・カズニック対談。ここは主催者の悲哀で私自身は聞くことができなかったため、コーディネイターの田中利幸さんの報告を紹介します。

「対談」の一部紹介とストーン発言
紙面では議論の内容を詳しく説明している余裕がないので、そのうち2問のみ簡潔に紹介しておく。

質問1:ヘンリー・ウォレスのような真の平和主義者、民主主義者が有力な政治家となれるような政治社会環境が、戦後は、アメリカ、日本のみならず、世界中でほとんど失われている(例外:日本の石橋湛、在任期間65日、南アフリカのマンデラなどごく少数)。ウオレスのような倫理的想像力をそなえた政治家が十分に活動できるような社会を、アメリカでも日本でも再び作り上げるにはどうしたらよいのか?軍産複合体制と関連する問題なので、ひじょうに難しいとは思うが。

答え(カズニック):アメリカでの黒人民権運動家であったマーチン・ルーサー・キング牧師のような傑出した指導者が指導者たりえたのは、キング牧師の優れた能力そのものだけに帰せるものではなく、彼を支えた幅広く力強い大衆運動があったからこそである。すぐれた政治家を産み出すには、多くの市民を巻き込む幅広い大衆的な民主主義運動が不可欠であることを私たち市民が明確に自覚する必要がある。

質問2:「慰安婦」問題、「侵略戦争」定義問題、「ワイマール憲法とナチス」解釈問題と、日本の政治家の、あまりにも低劣な「歴史認識」を露呈する発言が頻発している。歴史教育の重要性を痛感させる出来事である。アメリカでは、お2人の今回のドキュメンタリー映画/著書もそうであるが、ハワード・ジンの著書『民衆のアメリカ史』のような、アメリカ史を根本的、批判的に見直す、すばらしいベストセラーがある。にもかかわらず、これらがアメリカ市民の間の支配的な歴史観を形成するものとはなっていないように思える。それはなぜなのか?正しい歴史認識を市民の間で構築するための助言は?

答え(オリバー):ジン教授や私たちの今回のドキュメンタリー映画/著書は、確かに一時はベストセラーとなっているが、アメリカ全体の映画や出版状況からみれば、まだまだ少数派のレベルを脱してはいない。しかし、主流派とは異なった、且つ主流派の歴史認識の仕方に常にチャレンジするような、このような映画番組制作や著書出版を地道に続けていくことが、最終的には大衆意識を変革するためには必要不可欠であり、日本でもそのような活動を推進していくことが重要である。私自身、ベトナム戦争に兵士として関わり、1986年に映画「プラトーン」を制作するまでは、ベトナム戦争は「正しい戦争」だという誤った考えを持っていた。子供の頃受けた教育でも、「原爆投下」をはじめアメリカが行ってきた戦争行動は全て正しいと教わってきた。しかし、映画制作のためにいろいろ学んだ結果、私の歴史認識は根本的に変わった。

つまり、この2つの質問に対する2人の答えに共通する考えは、草の根運動である市民活動に必要なのは、大衆の歴史認識を変革するような幅広い且つ力強い運動を地道に続けていくこと。さらに、そうした意識変革のためには大衆文化である映画という媒体も多いに活用すべきである、ということであろう・・・

つどい第2部は、例年通り、各地(広島、長崎、岩国、福島、沖縄)から、各課題からの報告、提起です。福島は大賀あやさん、沖縄は安次富浩さんの報告でしたが、オスプレイ・低空飛行訓練問題においても沖縄に学びたいと思います。日本軍「慰安婦」問題では広島ネットの土井桂子さんが提起しました。最後に集会アピールが採択され、それを「市民による平和宣言」として8・6新聞意見広告と一緒に配布しました。

6日の朝は、前記配布後、原爆ドーム前での「グラウンド・ゼロのつどい」、「ダイ・イン」、「原発も核兵器もない世界を」求めるピースウォ-ク、中国電力本社前での脱原発座り込み行動と続きます。この日は分刻みで暑い中、広島に来てくださった人たちにとって大変だろうと思いきや、気合を入れて臨んでいるはずの広島の私たち以上に元気で、毎年、逆に元気を頂きます。

8.6午後は、核兵器廃絶をめざすヒロシマの会とNO DU広島プロジェクト主催のシンポジウムが開催されました。なんとこの集会にも、オリバー・ストーン監督とピーター・カズニックさんも参加。お二人はNHK出演や他の集会にも呼ばれ、この後は沖縄だったとか。この会でのストーンさんの言葉「戦争加害責任を明確に認識するためには、日本人は、まず自分自身を憎悪することから始めるべきだ。自分の欠点を憎むことで自分を変革することが自分を進歩させる。」これは参加者の心に深く刻まれたのではないでしょうか。安倍政権や維新の会の橋本、石原発言にウンザリしているだけではだめだよっていうことですね。そしてこのシンポジウムでは、ピースボートの川崎哲さんが「市民の行動で政治を動かそう」と力強く発言されました。・・・核軍縮をするためには、アメリカが変わらねば、とよく言われるが、それだけではない。核兵器を持たない国だからこそできることがある。日本はアメリカに守ってもらうという意識を変え、もう核の傘は要らないと宣言することだ。原発においても日本が原発を動かすとオーストラリアも放射能汚染される。原発をもつ国が原発はもう止めると言えばウラン採掘も必要はなくなる。そのために市民の声、行動が必要だ・・・

 やったね! 第九条の会ヒロシマの意見広告「さよなら ぐんたい、げんぱつ、かくのかさ」。これも多くの市民に支えられた行動ですから。意見広告のコピーを賛同してくださった皆さんに送り、暑い、熱い8.6ヒロシマは終わりました。しかし毎年思うのですが長崎の平和宣言は素晴らしい。被爆者の発言もあり、批判すべきを批判し、被爆者や市民の声が届いているのです。これも市民の行動力に違いありません。今秋の集団的自衛権行使容認や改憲の動きに立ち向かい、皆さんと一緒に途切れない行動をしていこうと気持ちを新たにしているところです。

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《国際シンポジウム》

「歴史のねつ造は許さない! 日本軍「慰安婦」メモリアル・デーを国連記念日に!! 」

星野正樹(市民連絡会事務局)

8月11日(日)に国際シンポジウム「歴史のねつ造は許さない!日本軍「慰安婦」メモリアル・デーを国連記念日に!! 」が東京ウィメンズプラザ・ホールで開催された。

この集会は8月14日(1991年に韓国の金学順さんが日本軍「慰安婦」被害者として初めて名乗り出た日)を「日本軍『慰安婦』メモリアル・デー」とし、さらにこの日を国連記念日にすることで被害者の名誉を回復し、戦時下での性暴力を根絶することにつなげていこうとするキャンペーンの一環として開かれた。

日本軍慰安婦問題解決全国行動共同代表の梁澄子さんの挨拶のあと、第1部としてフィリピンから来日した被害当事者エステリータ・デイさんの証言があった。エステリータさんは14歳の時ゲリラ掃討に来た日本軍に連れ去られ輪姦された体験についてお話をされた。また、被害者団体「リラ・ピリピーナ」のレチルダ・エクストレマドゥラさんからフィリピンの被害の被害と現状について報告があり、そこではフィリピン政府と日本政府はすでに解決済みだという態度であるということ、現在174人の被害者がいるが集会などで発言できるのは10人足らずであることなど厳しい状況について話があった。さらに体調を崩され来日がかなわなかったピラール・フィリアスさんの映像も流された。

午後の第2部では、元国連安保理議長で安保理決議1325の採択に主導的な役割を果たしたアンワラル・チャウドリーさんが「女性の参加が平和を持続可能なものにする~安保理決議1325号のコアメッセージ~」というタイトルで基調講演を行った。チャウドリーさんは国連の中で女性が平和構築に果たす積極的な役割が認められてこなかったことを指摘し、安保理決議1325によってようやくそれが確立されたことを強調した。そのキーワードとして「参加」ということが繰り返し取り上げられた。女性が政策決定、意志決定に対して完全に平等な立場で参加するということ、そのことが女性が受けている暴力などの被害をなくし、平和で安全な社会をつくる力になるのだという発言が印象に残った。またチャウドリーさんはこの日本軍「慰安婦」のメモリアル・デーを国連記念日にする運動に賛同し、力を貸してくれることを明言した。

つづいて、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)常任代表の尹美香(ユン ミヒャン)さんが「日本軍『慰安婦』被害者が変革の主体になるとき」というタイトルで報告した。尹さんは今日李容女ハルモニが亡くなったことから話し始めた。フィリピンのロラのことを考えても本当に時間がなくなっていることをあらためて痛感する。尹さんはこの20年を「被害者」と「自分」が主体と対象という関係ではなく、ともに「主体」となって過ごしてきた時間として振り返り、この間ハルモニたちは「被害者」という枠を飛び越えて、コンゴの女性たちやベトナムの女性たちと結びついて、戦争に反対し平和をつくり出す運動の主体になったということを話された。ハルモニがアメリカでDV被害者の前で話をしたとき、感動を持って受け止められたということもあったという。日本軍「慰安婦」被害者たちのたたかいは、時間や場所を越えて、暴力によって抑圧されたすべて女性たちを解放する重要な力として世界に拡がっていった。2度と自分達のような被害者をつくらない、そのために戦争をしないというハルモニたちの思いをどう受け継ぐのか、私たちへの重い問いかけが残された。

3人目に「記憶を普遍化するということと~『過去を変える』ために」というタイトルで京都大学教員の岡真理さんが発言した。岡さんは「記憶の普遍性」とは単に記憶する集団や規模が大きくなれば「普遍化」されたというのではなく、その「記憶」が他者に向かって開かれていくということが重要だと述べた。日本軍「慰安婦」が証言活動を通して自己を回復し、変革の主体になるとき「過去」の意味が変わる。国連記念日にするということは、自らの記憶を内に閉ざすのではなく他者の記憶に繋がっていくための契機にすべきであるということを話された。次の討論では、国連記念日にするということが最終的な目的ではなく、この運動を通じて世界に日本軍「慰安婦」問題を発信し、解決のために日本政府にプレッシャーをかけていくこと、世界の議会に決議を上げてもらうように働きかけていくなどの方向性が議論された。最後に「8月14日を国連の記念日にするため、そして戦争と暴力の
ない世界をつくるために連帯して行動すること」を宣言する「宣言文」が会場全体で採択されて集会は終了した。

第1回目のメモリアル・デーである8月14日は、世界や日本の各地で連帯する行動が行われた。私も東京・新宿でのデモに参加した。250人の参加者で「日本政府は被害者に謝罪せよ!」などシュプレヒコールを上げて行進した。デモの間中、沿道から右翼が罵声を浴びせ口汚いプラカードを掲げて妨害してきた。彼ら右翼にとってはこの日本軍「慰安婦」問題が、自分達にとってあってはならない、否定したい「記憶」なのだということをあらためて実感した。この自閉した「記憶」を解放して加害の「記憶」に向き合うこと、そのことによってあらたな未来をつくり出さなければならないのだということを強く思った。

8/10平和の灯を!ヤスクニの闇へ 2013年キャンドル行動
国防軍の名の下にふたたび「英霊」をつくるのか

土井とみえ(市民連絡会事務局)  

8月10日午後、東京神田の在日韓国YMCAホールで「平和の灯を!ヤスクニの闇へ 2013年キャンドル行動」が行われた。主催は平和の灯を!ヤスクニの闇へ 2013年キャンドル行動実行委員会。

開会挨拶にたったキム・ミンチョルさん(韓国・民族問題研究所)は、この集会に大学生・高校生など35名の若者が長崎と広島を訪問してから参加していることを先ず報告した。そして「韓・日で新政権が発足したが、両国内の民主主義の力が低下している暗い現実に気持ちが重苦しい。しかし新日鐵住金の元徴用工裁判の勝利判決や昨年の最高裁判決で、人権擁護と平和主義の精神が打ち出されたことは希望だ」と話した。

つづくシンポジウムは「国防軍の名の下にふたたび『英霊』をつくるのか」をテーマに行われた。
はじめに志葉玲さん(ジャーナリスト・イラク戦争の検証を求めるネットワーク事務局長)はイラク戦争の映像を使いながら「自衛隊のイラク参戦の真実」テーマに報告した。志葉さんは「イラク戦争開戦以来、殺された民間人は報道されただけでも約12万人で、現在も300万人以上の人が国内外で劣悪な環境での避難生活を強いられている。その戦争に沖縄から米軍が出撃している。2009年に『イラク戦争の検証を求めるネットワーク』を設立した。独立の検証委員会を政府が設置して①イラク戦争支持・支援、②自衛隊イラク派遣の判断の是非、③イラク復興支援への日本の関わり、の3点を検証することを求めた。この呼びかけに国会議員100名が議員署名を当時の鳩山首相に提出した。4万人を超える市民の署名も提出したが、その後の政局の混乱で具体的な動きは進んでいない。2007年には第1次安倍政権下でイラク特措法が延長されたが、『イラク戦争を支持した政府判断について検証を行うこと』という付帯決議が成立している。安倍政権は集団的自衛権などではなく、先ずイラク戦争を検証すべきだ」と話した。

キム・トンチュン(金東椿)さん(韓国聖公会大学教授、前真実和解委員会常任委員)は「韓国の朝鮮戦争戦死者追悼事業」と題して報告した。キムさんは「朝鮮戦争、ベトナム戦争の戦没者らは、国家の神聖さと偉大さを誇示するための素材としてのみ顕彰された。死者の霊魂の慰労や遺族の苦痛を慰めるものとはほど遠く、当然、死者に対する国の責任や国家の援護問題などは論じられなかった。1965年に国立墓地がつくられ、軍人と軍務員だけでなく愛国志士、警察官、郷土予備軍らも埋葬の対象となり、後に国立顕忠院に改称された。ここには日帝時代の親日家、抗日運動や朝鮮戦争前後の『討伐作戦』、光州虐殺事件などで民間人や抗日家を虐殺した軍人や警察関係者も追悼されており、批判と論議がされている」。「侵略の苦痛を味わった者にとって、日本の首相や政治家の靖国参拝は一種のトラウマでヨーロッパではあり得ない。しかし韓国の国立顕忠院の内容にも深刻な欠陥がある。われわれは国家や支配層が国民を犠牲にし、道具化してでもそのような死を美化し国家動員を正当化することには、ともに批判しなければならない」と話した。

内海愛子さん(恵泉女学院大学名誉教授)は「捕虜になった兵士たち」についての報告をした。内海さんは「『ヤスクニで会おう』という『合言葉』は兵士たちに『捕虜』『敵前逃亡』などヤスクニに入れないような『不名誉』な死に方をしないことを強要する。真珠湾攻撃に参加した酒巻和男少尉は1人生き残り、アジア太平洋戦争の捕虜第1号となった。酒巻は1946年1月、帰国して受け取った手紙には『直ちに割腹して世間にわびよ』とあった。捕虜になれない日本兵は『玉砕せよ』の命令のもと『火炎に飛び込むネズミの群れのごとく命を捨てていった』。投降しようとすれば背後から『友軍』に撃たれることもある。捕虜の間は『休職給』になるので『恩給』や『年金』も違ってくるから、処遇の違いとして戦後も物理的について回った。戦後も捕虜は胸を張って帰郷できる存在ではない」などいくつもの例をあげて報告した。

高橋哲哉さん(東京大学教授)は「『天皇を戴く国家』と『国防軍』」と題して2012年4月に発表された自民党の改憲草案を批判した。「自民党改憲草案では『天皇は、日本国の元首』と明記している。要は主権者である国民の上位に天皇がまつり上げられている。自民党草案のいう国家は、戦前・戦中の国家感であり、国民は『天皇を戴く国家』を『末永く継承するため』の存在だ。『草案』では九条を改悪して『国防軍』を創設し、『戦う軍隊を持った戦争のできる国』にする狙いが露骨だ。『国防』が国民の最大の責務であるかのように記されている。そして実際に戦死者が出た場合、靖国神社が天皇に忠誠を誓って戦死者をまつる場として、天皇の参列と新たな『英霊』が再現さる。天皇の元首化を単なる時代錯誤と片づけるわけにはいかない。天皇の機能強化はグローバル化と格差社会化でアイデンティティを見失った国民に『日本を取り戻』させ、米軍と共同した戦争参加という新たな時代要請にこたえるために不可欠な方策だ」と話した。
シンポジウムの後、韓国ヤスクニ合祀遺族とフィリピン日本軍「慰安婦」被害者の証言があった。
その後コンサートで参加者の団結をつよめ、午後7時からはキャンドルデモが行われた。

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第80回市民憲法講座 生活保護法改定は何をもたらすか~「貧困」の現場から

稲葉 剛さん(NPO法人 自立生活サポートセンター・もやい代表理事) 
(編集部註)7月15日の講座で稲葉剛さんが講演した内容を編集部の責任で要約したものです。要約の文責はすべて本誌編集部にあります。

気づきが遅れた日本の絶対的貧困

私はいろいろなところで貧困問題に関するお話をさせていただいています。つい数年前までは日本国内の貧困というお話をすると、「えっ、日本国内に貧困問題なんてあるんですか」という反応が戻ってきたことがあります。貧困というと、アフリカの飢えた子どもたちのイメージが一般的には拡がっています。人が飢えて死ぬような絶対的な貧困は日本国内には存在しないんじゃないか、先進国だからそんなことあり得ないでしょうということが一般的だったことをおぼえています。私たちは、本当に日本国内で飢えて死んでいる人がいるよということで、いつもこのグラフを出しています。

このグラフは厚労省が毎年取っている人口動態統計によるもので、日本国内で1年間にどのくらい人が生まれ、亡くなっているのか、亡くなった方の死因別の統計が非常に細かい数字で出ています。この「国内の餓死者数」というグラフは昨年産経新聞に出たもので、人口動態統計の中から死因が「食料の不足」となっている方のみをピックアップしたものです。1981年から2010年までのグラフで、2010年は36人、2011年は45人という数字が出ています。1980年代から1994年までは日本国内で餓死された方はだいたい年間20人前後、平均すると17.64人という数になっています。ところが1995年に一気に58人と3倍近くになり、翌年の96年は81人になります。その後非常に高い水準で推移して、一番餓死者が多かったのは2003年の93人です。その後若干減って、ここ数年減っているのは生活保護の適用が進んできたからではないかと私たちは考えていますが、それでもいまだに高い水準で推移しています。1995年から2010年までの平均は67.75人ですから、その前の時期と比べると実に4倍近い数になっています。

これは貧困問題に限らずさまざまな社会問題で感じることですが、私たちが生活をしている中での実感が、逆に社会問題の理解を妨げてしまうことがあると思います。最近はさすがに言われなくなりましたけれども、日本は一億総中流だ、がんばって探せば仕事はあるだろうし、がんばって働けば自分の食い扶持くらいは何とかなるだろうという暗黙の前提みたいなものが、ずっと高度経済成長期から続いてきたわけです。実は社会構造自体が1995年から大きく変化しているにもかかわらず、なかなか貧困の問題が社会問題として人びとに認知されなかった。これはマスメディアの責任でもあり政治の責任でもあり、私たち一般の市民の責任でもあるかと思うんです。そうした中で貧困問題に気づくことが遅れたと思っています。

 私はちょうどこの時期に活動を始めました。1994年から95年がどういう時期だったかというと、当時、新宿駅西口の2本の地下通路にずらっとホームレスの人たちがつくった段ボールの家を、何度か強制排除する事件がありました。1994年2月と1996年1月、2回目は青島都政の時でした。1度目の強制排除以降、そうしたやり方はひどいじゃないかということで支援活動を始めました。私はまだ学生でしたが、友達に連れられて生活支援のボランティアに関わるようになって、最初にびっくりしたのは路上で人がばたばた亡くなっているんですね。新宿区内だけで1年間に40人から50人くらいの方が路上で亡くなっていました。

私たちは毎週日曜日に炊き出しをやったり、パトロールといって野宿している人に声をかけて歩く中でも、凍死寸前、餓死寸前の方にであうことは珍しいことではありませんでした。そのたびに救急車を呼んで運んでもらうけれども、つぎに病院に行ったら亡くなられている状況が当たり前のようにありました。そうした人たちに対して、新宿区に限らずどこの区の福祉事務所も、当時は住まいがないということで一律に追い返す。よっぽど具合が悪くて救急で入院になれば、生活保護をかけてあげますよという対応が一般的でした。例えばホームレスの方が病院に行きたいと言っても、そんなのは自分で働いてお金を稼いで自分で病院に行きなさい、と言って追い返すことが一般的でした。

ちょうど1991年の年末にバブル経済が崩壊して、93年くらいから不況が本格化します。真っ先に日傭い労働者の人たち、山谷などの建築現場などで働いてこられた方々の仕事がなくなって、路上生活をする。新宿だけでなく池袋、渋谷、上野などの繁華街に、路上生活者が目に見えて増えてくる時期でした。ところが行政は、基本的には追い返すことしかやらないということを目の当たりにした。当時私たちの社会は世界第2位の経済大国といわれていたんですが、路上で人が死ぬような社会だったのか。私たちは本当はそんな社会に生きていたのかということがすごくショックで、こういう状況を何とかしたいと思って活動を続けてきたのが私の貧困問題に対する活動の原点になっています。

その後もホームレスの方が増え続け、ホームレスの人が路上で亡くなることもこの数の中にはかなり入っていると思います。私たちが夜回りをして、餓死寸前の方を見つけて救急車を呼んだことも何度もあります。病院に運ばれて亡くなったとしても、死因が「食料の不足」となるわけではないんですね。直接的には、栄養失調になったことによって心臓が悪くなる。そうすると死因は心不全などになるわけで、これ自体は氷山の一角だということも知っていただければと思います。

 そうした状況が実は90年代の後半から拡がっていたけれども、日本国内ではこれが貧困の問題とはまだまだ受け止められてこなかった。ひとつの大きな要因としては、そうしたホームレスの人たちは「好きでやっているんでしょ」という偏見が非常に根強くて、こうした人たちの問題を自分たちとは関係ない、「あの人たちの問題」として切り離して考えるような見方が一般的だったと思います。

もうひとつこのグラフの中で象徴的だと思うのは、餓死者数が一番多かったのが2003年、小泉政権の時です。2002年から、日本はいわゆる戦後最長の好景気だった時期です。誰も好景気だと実感できない好景気だったわけで、よく「いざなぎ越え」とか言われました。非常に長期間、経済指標の上では好景気だった時期です。小泉政権の時に格差が拡大し貧困が拡大した。その結果、いままでで最多の死者が出たことは、これからのアベノミクスを考える上でも非常に示唆的だと思います。社会保障が切り崩されてしまえば、景気が良くなっても逆に餓死者が増えることが再現されることを、このグラフは警告していると考えています。

〈もやい〉の生活相談・支援事業

 私たちの事務所は毎週火曜日が相談日になっていまして、毎回相談会をやっています。事務所にはたくさんの方が来られます。2004年、2005年くらいから相談者数が増えて、そのあと2008年9月にいわゆるリーマンショックがあって世界同時不況になりました。一時は相談数が3倍以上にふくれあがって1ヶ月に200人くらいの方が来られる時期もあって、本当に野戦病院のような時期もありました。このときは全国から相談者が来られて、例えば愛知県のトヨタの工場で働いていて派遣切りにあった方が東京まで来るとか、栃木県のキャノンの工場で働いていた方が同じように派遣切りにあって、この方は女性でしたけれども、住むところがなくなって事務所に駆け込まれるということがあって、本当にてんてこ舞いになりました。

その後は若干落ち着いてはいますが、現在でも年間1000件弱、800から900世帯の方が事務所に相談に来られています。下は10代から上は80代と、年齢層は非常に幅広いです。単身の男性が大半ですが、最近は女性の相談も2割くらいあります。中には80代のお母さんと50代の息子さんという組み合わせの親子で車中生活をしているとか、30代のご夫婦が2人ともネットカフェで生活しているとか、そういう複数世帯の方の相談も徐々に増えています。私たちは、お話を聞いて必要に応じて生活保護などの公的な制度につなげていく活動を行っています。一人で役所の窓口に行っても追い返されてしまいますので、スタッフやボランティアが一緒についていって申請の同行を行う活動をしています。年間でだいたい200件、多いときは300件くらいの申請同行を行っています。

若年層・貧困の連鎖と過労死・精神疾患

こうした中でも非常に気になるのは若年層の相談が増えていることで、10代も含めて30代以下の相談が約3割になっています。統計を取ったわけではないですが、若年層の相談にパターンがあると感じています。ひとつは貧困の連鎖、貧困の世代間連鎖ということが最近よく言われます。ご自身も貧困家庭に育った、生活保護を受けているとかあるいは虐待があってずっと施設で育ったとか、親世代の貧困が子どもにまで影響を与えているケースがかなりあると感じています。

もうひとつのパターンが、ここ最近よく相談を受けるんですが、貧困の連鎖がある場合、お子さんたちは10代で社会に出ていかなければいけない人がほとんどです。高校中退とか高卒で社会に出て非正規の仕事を転々として、そんな中で仕事がなくなってホームレスになる。特に児童養護施設出身者の場合は、18歳を過ぎて基本的に1回施設を出てしまうと、もう戻れません。親がいれば生活に困ったときには実家に戻ることができるんですが、それができないために困窮化して、ホームレス化してしまうというわけです。

もうひとつ感じているのは、親もいて大学にも行かせてもらい、何とか正社員にもなれた方々です。ところが入った会社がいわゆるブラック企業だった。これは全世代を通して言えますが、特に若い世代の過労死が増えています。過労死は、昔のイメージで言うと40代、50代の働き盛りのビジネスマンが、働かされすぎて亡くなることだと思います。これもいまだにあると思いますが、いまは若い世代の過労死が増えています。25歳から34歳の28.3%、約3割の方がいわゆる過労死ライン、週60時間以上の労働に就いています。

このふたつのパターンは実はひとつのコインの表裏じゃないかなと感じています。若者たちの間で非正規労働が拡がっている。今日の新聞にも出ていましたが、いま非正規の方々の割合が更に増えて、38.2%・4割近くまでになっています。特に女性は5割を超えていて、35歳以下でも35.3%にまで達しています。そのために、いまの学生たちの就活も非常に厳しい状況で、「就活自殺」というものも増えています。なんとしても正社員の職に就かないと将来の生活が安定しない、食べることに困ってしまう。そこにつけ込むかたちでブラック企業が最初から多数の新卒者を採用する。2、3年以内でやめさせる。使い捨てにすることを前提にして、大量に雇用する企業が出てきています。非正規にしかなれなかった方は非常に不安定な生活を強いられますし、何とか正社員の仕事に滑り込んだ人も、そこで身体を悪くして働けなくなってしまうということが、若者たちの間で広まっていると感じています。

子どもの貧困、貧困の連鎖

子どもの貧困対策法という法律がこの前の国会でできました。これは全会一致で、内容的には子どもの貧困率の削減目標が法律に盛り込まれなかったとかいろいろ問題点はあるんですが、これができたこと自体は良かったと私も思っています。いま子どものいる世帯の相対的貧困率は15.7%、全世帯では16%ですから実は日本人の7世帯に1世帯は貧困ということになるわけですが、子どものいる世帯でもこれだけ拡がっています。そして、実際に親の収入と子どもの学歴は完全に比例しています。年収200万円未満の世帯だとやはり就職するパターンが非常に多くて、大学に行けるのは3割以下です。これが年収1千万円くらいになると、ほとんどが4年制の大学に行っています。

日本の場合は寄付型の奨学金がないんです。高校の授業料はようやく無償化されましたけれども、大学に行くにも基本的には返さなくてはいけない貸与型の奨学金しかないという問題があります。明日学生たちがこの問題でデモをやります。私も応援しています。昔の育英会でいまは学生支援機構といっていますが、これは奨学金とは名ばかりで実は教育ローンです。私は個人的な恨みもあるんですけれど、大学の途中でこういう活動を始めたので、大学と大学院の時代を合わせて400万円の借金を背負って去年までに返しました。返せなくてブッラクリストに載せられたり、自己破産せざるを得ない若者がいま増えています。

そういう問題もあって、親の学歴が子どもの将来にも影響する社会になっています。特に男女の賃金格差があり、一人親家庭の貧困率は50%、母子家庭に限るともっと高い数値になっています。これは生活保護にも影響して、大阪・堺市で、2007年に生活保護を受けている世帯の世帯主にアンケート調査を行ったところ、自分自身も子どもの頃生活保護を受けていた方が25%いたことがわかっています。学歴は、中卒、高校中退の方が73%。本当に日本は階層が固定化していくような社会になっていると感じています。

ネットカフェ難民

ネットカフェに暮らしている若者から、最初に「もやい」にメールで相談があったのは2003年の秋のことでした。このときはまだネットカフェ難民という言葉はありませんでした。 ネットカフェってみなさん入ったことはありますか? 非常に狭い1畳ちょっとの空間で、前にパソコンがあって、リクライニングシートがあります。ここには1日中ずっといられるわけではないんですよ。夜の11時とか12時くらいから朝の早い時間まで、ナイトパックというのがあって、8時間で1500円から1800円という価格設定になっているところが多いです。毎日泊まると1月に5、6万円かかるわけで、アパートを借りれば荷物を置いておけますし、自炊ができますよね。

コストで考えると安くてもアパートを借りた方がいいんですけれども、東京の場合はアパートを借りるときの初期費用が非常に高い。敷金、礼金、前家賃、不動産手数料などで20万円とか30万円くらい用意しないとアパートに入れません。もうひとつは保証人の問題ですね。生活に困窮されている方の多くが、親との関係がうまくいっていなかったり、親もまた生活に困窮していて無職だったりしますから、保証人を頼めないというわけです。初期費用と保証人が大きなハードルになってアパートに入れない。そのためにネットカフェで暮らさざるを得ない人たちが、おそらく2004年、2005年から拡がってきました。

これが大きな社会問題になったのが2007年に、当時日本テレビのディレクターだった水島宏明さん(いまは法政大学の先生になっています)がNNNドキュメントで「ネットカフェ難民」をシリーズ化して、「もやい」にもずっと取材に来られていて、それがきっかけで大きな社会問題になりました。私もネットカフェに8年くらい暮らしていた方とお会いしたことがあります。ここでは完全に横になれないんですね、リクライニングシートにずっと座っているので足腰をかなり悪くされていました。そういった意味で人間が暮らせるような環境ではないと言えるんじゃないかと思います。

2007年にネットカフェ難民という言葉がいわば「流行語」になったので、厚生労働省もあわてて調査したところ、やはり20代が26.5%で多い。10代も10%近くいらっしゃる。一方で50代も多いことがわかって、幅広い年齢層の方が安心して暮らせる住まいを失っている状況は拡がっていることがわかりました。

2008年~2009年・年越し派遣村

その後2008年から2009年にかけて年越し派遣村が行われたんですが、一説によると40万人の方々が派遣会社との契約を切られて仕事を失ったといわれています。そうした方の中でも真っ先に生活が困窮したのが、派遣会社が用意していた寮に暮らしていた方々でした。寮だったりワンルームマンションだったりします。当時いろいろな派遣会社がありました。グッドウィルとかフルキャストとか多くはそのあと潰れたんですが、そうした派遣会社が一時期、北海道とか九州などから人を集めるときに、自分たちのところに来れば部屋もあるよ、住まいも付いていますよ、家電製品も全部付いているから身ひとつで来られますよ、といって2005年、2006年くらいまでそうした営業をかけていたことがありました。

実際に入ってみると、私たちがイメージする社宅と違って決して家賃は安くないんですよ。こうした派遣会社が用意したワンルームマンションはまわりと比べても同額で、しかも家電製品――炊飯器とか冷蔵庫とか洗濯機も、全部にいちいちレンタル料が付いているので、お金が貯まらない仕組みになっているわけです。そうしたところに入ってしまった方が何とか生活をしていくわけですが、仕事がなくなったことによって住むところも同時に失ってしまう。仕事と住まいを同時に失ってしまったわけです。

ひとつは非正規雇用、非常に不安定な就労、細切れ雇用といって非常に短期の仕事をつなげていくという、雇用が流動化している問題なんですが、同時にこれは住まいの貧困の問題ではないかと感じました。このあといろいろ調べたんですが、1961年の段階でILO(国際労働機関)が各国の政府に対して「労働者住居に関する勧告」を出しています。1961年といったら半世紀くらい前の話ですが、職住一致型、仕事と住居がセットになっているのは仕事を失えば住居も失うことなので、それは非常に危険だ、だから政府は労働者向けに低廉な住宅を供給すべきだという勧告です。

ところが日本政府はほとんど守っていなかった。日本の場合は住まいを基本的に家族と企業に任せっきりでして、高度経済成長の頃は企業が社宅を用意したり住宅手当を出したりして何とかしてきたわけですが、バブル崩壊後そういう福利厚生から企業は全部撤退してしまったので住まいは自己責任になってしまったわけですね。派遣村の前後の時にいろいろなメディアから取材を受けたんです。特に海外のメディア――フィンランド、オランダ、フランス、イギリスなどの記者から取材を受けたときに、炊き出しの場にホームレスの方がたくさんいて、この中には最近まで働いていて派遣切りにあって住むところを失った人もたくさんいると解説をすると、何人もの記者から「なぜ日本では仕事がなくなると住むところがなくなるんですか」と聞かれたんですよ。「えっ」と思って、「仕事がなくなれば収入が途絶えるわけだから住むところもなくなるでしょ」と逆に聞き返したら、「私の国ではそんなことはない」と言うんですね。国によって違いますけれどもヨーロッパの国々では住まいというのは基本的人権である、ですから仕事がなくなっても最低限ホームレスにはさせない、路上生活はさせないためのさまざまなセーフティネットがある。そのために仕事と住まいがセットでなくなる事態が起こらないということがわかったんです。

「脱法ハウス」問題

 住まいの貧困という問題で、最近増えているのが脱法ハウスです。毎日新聞の記者が精力的に取材されてこの問題を告発されています。本当に狭い、1.7畳とか2.7畳とかそういう部屋です。ひどいところではネットカフェで有名なマンボーという会社が脱法ハウスをたくさん造っていまして、名目上はレンタルオフィス、要するに住居じゃないのが建て前です。実際は、契約に行くと「布団は自分で用意してくださいね」とマンボーの社員から言われます。事実上ここに人が住んでいることを前提に人を集めている物件です。

ある物件ではひとつの部屋を、Aさんは上に寝る、Bさんのベッドは下にある状況で、窓のない部屋もたくさんあります。しかも建築基準法では、部屋と部屋の仕切りは耐火性にしなければいけないんですが、そういうこともやっていない。火事があったら本当にどれだけ被害が拡大するかわからないような、こういう物件に住まざるを得ない人たちがたくさん出ています。

この部屋はおいくらだと思いますか? マンボーの部屋で個室が月々5万6千円です。2人で暮らせば2万8千円です。でも住んでいる人はネットカフェよりはいいというんですね。 マンボーはネットカフェで長期滞在している人に声をかけて、こっちに来ればネットカフェよりは安いよ、しかも身体は横になれるよと言って営業をかけていた実態が明らかになっています。これも初期費用や保証人の問題をクリアできない方、そして都心部の神田とか池袋に多いんですが、交通費を出してくれないような会社で働いている方が多い。自転車で通える距離にある物件ということで、こうしたところに入っている方が多いんです。

窓も開け閉めできないような異様なかたちです。池袋と神田の物件が消防庁から違法だという指摘を受けたので、マンボーが1ヶ月後に閉鎖するとしたら大問題になりました。住んでいるみなさんが路頭に迷うので私たちが支援に入りました。確かに違法だけれども、そんなにすぐに追い出すのはひどいじゃないかと、入居者の方々が裁判所に仮処分の申請を行い、何とか3ヶ月間延長させることができました。3ヶ月のうち半分の家賃をただにするということで、いま中に入っている方が適切な住宅に移れるように支援しているところです。

こうした問題が新聞記事とかテレビに出るときは別々の問題としてあらわれるんですが、私は基本的には同じ問題だと思っています。マスメディアの取り上げ方は、そのときどきの新しい問題じゃないと書いちゃいけないというような縛りがあって、そのときどきの新しい社会現象にわーっと注目して一時期報道して、何となく社会問題を消費して終わってしまう。根っこにある問題は何ら解決していないのに、じゃあ次、となってしまう。これは読む側、見る側の問題でもあるんですけれども、そうなってしまう傾向が強いと思います。

住まいの貧困・ワーキングプアとハウジングプア

いままでお話ししてきた問題は、実はつながっています。派遣会社の寮を追い出された人が次の日からネットカフェに暮らして、マンボーの人に声を掛けられて脱法ハウスに入って、そこも追い出されてしまうとお金がなくなって路上生活になってしまう。一人の人がこれをぐるぐる回っているだけです。これをばらばらの問題として見るのではなくて、私は「ハウジングプア」、住まいの貧困の問題と言っています。とくに東京や大阪などの大都市で、安心して暮らせる住居を確保できない問題として見ていく必要があると思っていますし、根本的には住宅政策の問題があると感じています。

こうした問題は、わたしたちはひとりひとりの生活を聞き取って相談にのっています。そういう相談現場から考えると結局低所得者の方の多くが、仕事があって住まいがある、月々の仕事があってその中から家賃を払って暮らしているわけです。仕事と住まいが車の両輪のように生活を支えているんですが、90年代以降日本の社会で起こった変化は、ひとつは仕事がやせ細っていくということです。

とくに日傭い派遣の仕事が典型ですけれども、非正規の方々の間で細切れの雇用、長期に安定した仕事に就くことができない状況が拡がっています。いわゆるワーキングプアという問題です。いま年収200万円以下の方が1100万人くらいいらっしゃいますけれども、そのほとんどが非正規です。いつ切られるかわからない。収入も不安定で、ある月は15万円あったけれど、ある月は10万円しか収入がない。そのために住むところまで不安定になってしまう。

住宅に関してもこの間、賃貸住宅で「追い出し屋」という問題が起こっています。アパートを借りている場合は借りている方に居住権がありますので、1ヶ月、2ヶ月家賃を滞納しただけで出ていく必要はないんですね。もちろん家賃を払わないのはいいことではないけれど、家賃を払っていないからといって大家さんや不動産さんが一方的にその人を追い出してはいけないんです。もしそういうことがあったら早めに法律家に相談していただければと思います。

しかし最近、家賃保証会社というのが拡がっています。だいたい家賃の半分くらいですが、保証人がいない方のために一定額のお金を払うと保証人をやってくれる会社が増えています。実は私たち「もやい」も、非常に低額ですけれども保証人をやっています。私たちの場合は、ある方が家賃を滞納するとそこには何らかの問題があるわけですよね、失業や借金の問題だったりします。ですからその人の生活の相談にのることによって、当面大家さんに1ヶ月、2ヶ月分の家賃を立て替えて待っていてもらって、その間にその方の生活の再建をお手伝いする。失業していれば生活保護の申請に一緒に行くとか、借金の問題があれば法律家の紹介をするとかの支援をしています。

営利でやっている家賃保証会社は、そんな悠長なことはやってくれません。家賃保証会社は保証人をやっていますから、入居者の方が家賃を払わないと家賃保証会社が替わりに大家に立て替え払いをします。会社にとってはマイナスです。そのマイナスが月々かさむと困るので、家賃を払えない人には早く出ていってもらおうということになるわけです。それで、鍵を取り替えたり鍵の上にカバーをつけたり、部屋の荷物を一方的に持ち出したりという被害が多発しています。本来守られるべき居住権が守られていない。そのためにどんどん人びとがホームレス状態になりやすくなっている。そういうハウジングプアの問題があると思っています。

セーフティネットの機能不全

 そうした状況の中で法的なセーフティネットはどれだけあるんだろうか。これは結論から申し上げますと、ほとんどない。私たちが生活相談にのっていて、この人がいま使える制度があるかなと考えたときに、ほとんど生活保護しかないという状況です。本来ならば失業者の方であれば雇用保険の失業手当があります。ハローワークにいって手続を取れば失業手当、だいたい給与の6割、7割くらいが保障される制度があります。

1970年くらいは全失業者のうち7割くらいの人が失業手当をもらえたんですが、いまは2割くらいまで下がっています。要因はふたつありまして、ひとつは非正規の方、そもそも雇用保険に入っていない方が増えたわけですね。もうひとつは、前の自民党政権の時に失業手当を受けられる規準をどんどん厳しくしてしまったがために、必要な方に行き渡らなくなっています。民主党政権の時にパートの方まで広げましたが、まだまだ非常に低いカバー率ですからここで受け止められないんですね。失業したときに失業手当が受け止めてくれれば生活保護を使わなくて済むわけですが、ここが5人のうち1人しか利用できない。5人のうち4人は下に落ちてしまう状況があります。

これは年金や医療もそうですね。国民年金を40年かけても、基礎年金が月6万数千円しかない。これでは全然生活できない状況です。医療についても国民健康保険の保険料を払えない方がいま非常に増えていて、病気をしたら高額の自己負担をしなければいけない状況が拡がっています。住宅も公的な住宅政策なんてほとんどないですから、私も「もやい」でいろいろな人の相談を受けていて、都営住宅に申し込んでも全然当たらない。申し込む資格のある方はだいたい高齢者とか障がい者の方のみですから、若い人はそもそも申し込むことすらできず、ここも機能していない。

さらに言えばブラック企業の問題を言いましたが、例えば過労死を防止する法律を求めている過労死遺族の方がいます。労働環境をきちんと守らせるような政策や法律が整備されていれば、そもそも使い捨ての手前で歯止めがかかるわけです。そうしたものがそもそもない。労働者の権利が守られていない中で、結果的にすべてのセーフティネットをすり抜けて生活保護しかないという状況が生まれています。生活保護ってよく「最後のセーフティネット」と言われます。さまざまなセーフティネットがあって、他のものが使えなかったら最後に生活保護でカバーしますということですが、現状としては「最初で最後のセーフティネット」になってしまっています。これに対して麻生政権の終わり頃、2008年くらいから「第2のセーフティネット」と言って、失業保険と生活保護の間のセーフティネットとしていくつか制度はできていますが、これが全部使い勝手の悪いものしかなく、結局使えないという話になっています。例えば、失業したときに家賃分だけ補助する住宅手当という制度ができたんですが、制度を利用するための資格が非常に細かくてほとんど機能していない。そうしたこともあって生活保護しかないわけですね。

ところが、生活保護ですべてカバーできていればまだ何とかなるわけですけれども、それがカバーできていない。生活保護では捕捉率という考え方があります。生活保護の受給資格のある方のうちどれだけの方が実際受けているのかというのが捕捉率ですが、さまざまな研究者の方が推計して2割から3割といわれています。この「最後のセーフティネット」も10人中2人か3人しか引っかからずに、7人、8人は下に落ちてしまう。落ちてしまった人は、非常に劣悪な環境のもとで働いたり、劣悪な住居で暮らさざるを得なかったり、年金生活で本当に爪で灯をともすような生活を強いられたりしています。さらに悪化すれば路上生活になってしまう。餓死したり孤立死したり借金まみれになって自殺に追い込まれたりしてしまう。

それから刑務所です。セーフティネットが機能していないと、セーフティーネットになってはいけないものがセーフティネットになってしまうんですね。「司法のセーフティネット」という状況が生まれてしまいます。いま刑務所の中は高齢者の方と障がい者の方、特に知的障がい者の方であふれているといわれています。刑務所から出てきてもそこで生活できないので、また軽度な犯罪をやって中に入りたがる人が増えています。

増えたといわれる生活保護の国際比較は

生活保護の利用者は日本でいま215万人、人口比で1.6%です。これは各国に比べてむしろ少ないと思います。高福祉国家といわれるスウェーデンで公的扶助の利用率が低いのは、年金制度がきちんと整っているので高齢者の方が生活保護を使わなくていいんですね。日本の場合は生活保護を利用している4割以上が高齢者の方々です。低年金だったり無年金だったりして、それだけでは生活できない方が生活保護を受けています。きちんと最低保障年金がつくられれば、生活保護を利用する高齢者が減るわけですが、そういうものがない状況がここに現れているわけです。捕捉率をもうちょっと厳密に見てみますと、各国で似たような公的扶助制度がありますけれども日本の捕捉率が非常に低いことがわかります。これは統計の取り方で若干数字が違いますが、低い方を取った数字で、最低でもこれくらい捕捉しているという数字です。

例えばイギリスでは郵便局に生活保護の申請の申込用紙が置いてあって、郵便で申し込むことができるという話を聞いたことがあります。気軽に制度を利用することができるわけですね。日本の場合は「水際作戦」で、役所の窓口で追い返すときに使われる手法として、まず窓口に行くと面接相談員が出てきます。そこで生活状況とか家族の状況とかを聞かれます。そして「ご相談を受けました、じゃあがんばってください」といわれて帰されてしまう。

通常は役所の窓口では、住民票を取るとか印鑑証明を取るときには必ず申請書がありますよね。それぞれの申請書は相談に行った人が取ることができる場所に置いてあるはずです。ところが生活保護の申請書だけは、窓口に行った人が容易に受け取れる場所にはないんですね。窓口に出てきた職員がまず相談をした上で、職員が「この人には生活保護を申請させてあげてもいいな」と非常に恣意的に判断するわけです。この人には申請させようということになったときに、職員の後ろ側、相談者には手の届かない引き出しの中に申請書があって、それを出してくる。そしてようやく申請できるかたちになっています。だいたい追い返されるというのは、役所からすると「ご相談に乗りました」、でも申請はしませんでしたとなるわけです。それくらい違いがあります。そのために捕捉率が非常に低くなっています。

捕捉率のグラフに「資産要件なし」と「資産要件あり」というふたつの数字があります。「資産要件なし」の場合が18%、「資産要件あり」の場合が32%となっています。この捕捉率の統計は2007年に国が出した国民生活基礎調査に基づくデータです。これがいまも変わっていないとして、現在生活保護受給者は215万人ですから、それで推計してみると、生活保護の月々の収入以下で生活している低所得者数は日本国内で1194万人、1200万人近くいることになります。国民の10人に1人がこういう状況に置かれているわけです。そのうち生活保護を受けている方が18%、215万人になります。

日本の生活保護にはひとつ問題点がありまして、資産要件が非常に厳しいんですね。有り体に言うとすっからかんにならないと使えない。人びとの家計を見るときにフローとストックってありますね。月々の収入と、貯金とか土地とか家とか車とかを持っている。その資産の部分に対して日本の生活保護は非常に厳しくて、貯金がたくさんあると利用できない。車を持っていると過疎地などでない限り基本的に利用できない。家を持っていると基本的に先に処分してくださいといわれる。細かくいうといろいろあるんですが、基本的には資産を持っていると利用できない仕組みになっています。

ここに44%、522万人とありますが、この人たちの月々の収入は生活保護基準以下です。けれども資産があるんですね。貯金がある人たちです。多くが低年金の高齢者です。私もときどき相談を受けるんですが、ご高齢の方が月々の年金でいうと数万円とか10万円くらいしかない。医療費などにも非常に困っている。ただ自分が亡くなった後にまわりに迷惑をかけたくない。ですから30万円とか50万円という金額を銀行に預けて取ってあるということがあります。そういう人たちが役所の窓口に行っても「その貯金を取り崩して何とか生活しなさい。それがなくなったもう一回来てください」といわれてしまうので、結果的に生活保護を利用できない。ですから月々の収入は生活保護基準以下で暮らしているけれども、資産で引っかかって受けられない人たちがかなり大量にいらっしゃいます。

もう一方で、457万人、38%の人たちは月々の収入は生活保護基準以下です。そして資産もほとんどない状態で、申請すれば生活保護を受けらます。そういう人が、いま受けている人の2倍以上いる。この人たちはいまの厳しい法律の要件でも生活保護を受けられけれども、実際に受けている人は32%、3人に1人くらいしかいないということです。私は生活保護を巡る最大の問題はここにあると思っています。

マスメディアではともすれば不正受給の問題が多く取り上げられて、モラルハザードが起こっているとか、とんでもない人が受けていると言われます。不正受給というのは資産があるとか収入があるのに隠していた場合ですけれども、きちんと統計を見るとそういう人は全体の2%以下ですし、予算でいうと金額ベースでは0.5%以下です。逆に言うと、生活保護の予算の99.5%は適正に執行され、必要な人に行き渡っているわけです。比較するのもおかしいかもしれませんけれども、例えば復興予算の何%が適正に使われているのか。あるいは、自民党は今後10年間で200兆円を国土強靱化に使うといっていますが、その予算がどれだけきちんと使われるのか。そういうことを考えれば、生活保護の年間3兆数千億円のお金が99.5%適正に使われているというのは、非常に優秀な数字ではないかと思います。0.5%の問題をことさら大きく取り上げることで、本来受けられるべき人が受けられなくなってしまうのは、おかしいのではないか。むしろ問題は、漏給と濫給です。濫給は必要のない人が受けていることで、漏給は受給漏れです。受給漏れの問題の方が生活保護を巡る最大の問題ではないかと思います。

福祉事務所による水際作戦

ではなぜ受給漏れが起こるのか。必要な方の3人に1人しか受けられないのか。これにはふたつの問題があってひとつは水際作戦、もうひとつはスティグマの問題があると思います。水際作戦の問題は、過去数年間だけで水際作戦が直接間接の原因となってたくさんの悲劇が起きています。特に水際作戦がひどかったのが北九州市です。つい最近まで「闇の北九州方式」といわれていたらしいんです。北九州市というのは炭鉱が盛んな地域で、1970年代の終わりに炭鉱が閉山になる。そして鉄鋼の町でもありますが、鉄鋼も不況になるというダブルパンチの中で、一時期生活保護の人口比の受給率が全国一でした。当時の厚生省から職員が北九州市に乗り込んでいって、いわゆる「適正化」というのを行います。「適正化」という言葉は、基本的に抑制する、受けさせないことを意味します。

何をやったかというと、あとになって職員の方が内部告発をされてわかったんですが、ノルマ制を課したということです。面接を受ける職員に対して、生活保護の利用世帯の数をコントロールさせることによって、毎年の生活保護の予算を300億円以下にコントロールしていくことです。生活保護というのは、本来困っている人みんなが受けられるべき制度です。失業率が上がれば、例えばその地域の工場が潰れて雇用がなくなれば当然受ける人が増えますから、それに応じて予算を増やさなければいけないんですが、最初からシーリングをつくってコントロールしようとしたわけですね。そのために、まず窓口に来た人を追い返しなさい。追い返せなくて生活保護の申請を受け付けてしまったら、いま手持ちの人を一人切りなさい。無理矢理辞退に追い込みなさいということになります。

その結果、北九州市では2005年から3年連続で餓死事件が発生します。その中には窓口で追い返された人が亡くなったケースもあります。2007年には52歳の男性が、もともと肝臓が悪くて生活保護を受けていた方だったんですが、無理矢理生活保護の辞退届を書かされます。その結果、「おにぎり食べたい」というメモを残して餓死される事件がありました。さすがにこれは問題になり、その後市長が交代したこともあって改善されます。ここまで極端な例は他でも余り見られませんが、いまでも似たような水際作戦というのは全国で多発しています。

最近の例では去年1月、札幌市で42歳のお姉さんと40歳の知的障がいの妹さんが、お2人とも部屋の中で亡くなっていた事件がありました。42歳のお姉さんの仕事がなくなって、40歳の妹さんの月数万円の障害年金だけで2人で暮らしていた。姉さんが2011年に、札幌市白石区の福祉事務所の窓口に3度にわたって相談に行ったけれども、あとから出てきた面接記録によると「懸命なる求職活動を促した」。要するに「ご相談に乗るだけ」で追い返していたわけです。当時の記録を見ると2週間だけパンを支給していた。これは役所の職員も、このお2人が相当困窮していたことはわかっていたわけです。けれども生活保護の申請をさせず、その結果お姉さんが部屋の中で亡くなった。1人残された40歳の知的障がいをお持ちの妹さんが、冬の寒い北海道で灯油も使えない、暖房も使えない中で凍死するという非常に痛ましい事件が起こっています。

この問題に対しても私たちは、全国の弁護士さんや研究者の方と一緒に実際に札幌市に行って交渉を行っていましたけれども、最終的には福祉事務所側は非を認めませんでしたね。この白石区では実は25年前の1987年にも、お母さんが子どもを残して餓死する事件が起こっていて、こうした事件が繰りかえされてしまう実態がいまだにあります。役所の窓口に助けを求めているのに追い返されてしまうということが、日常的に起こってしまっています。

日本社会に根強くあるスティグマ

もうひとつ問題がスティグマです。スティグマというのは福祉業界でよく使われる言葉ですけれども、生活保護などの福祉制度を利用することを恥ずかしい、後ろめたいと思ってしまうことで、これは日本社会に非常に根強くあります。もともとスティグマというのは、古代ギリシャで奴隷とか家畜に烙印を押すときの焼きごてという意味らしいんですが、そういう負の烙印が生活保護の受給者やさまざまな福祉制度の利用者に対して植え付けられていく。それをまわりからだけではなくて、ご本人も内面化してしまっていることが残念ながらあります。実際に困っていても生活保護を受けるとまわりから後ろ指を指されてしまうとか、家族に迷惑をかけてしまうという意識が働いて結局我慢してしまう。ひどい場合は餓死してしまう状況があります。

昨年、例の芸能人の母親の方が生活保護を受けていることが大きな社会問題に「させられてしまった」と私は思うんです。まったく不正受給でも何でもないんですが、自民党の片山さつきさんたちが問題にして、一時期テレビとか新聞が生活保護バッシング一色になりました。生活保護制度についてほとんど知らない芸能人やコメンテーターたちが、あることないこと言っていました。とくに片山さつきさんは、「生活保護を受けることを恥だと思わなくなったのが問題だ」と繰りかえし言っていた。つまり生活保護を受けることを恥だと思ってくれと政治家が言っているわけです。国会議員がそうした偏見をあおることによって、スティグマを植え付けていったわけです。我慢して飢え死にしなさいと、議員が推奨しているといわざるを得ないと思います。

そうしたことでスティグマを増幅させてしまい、これはやはり私たちの意識自体を変えないといけない。本来ならば、こうした福祉制度を利用するのは当然の権利ですから、何も恥ずかしいことはないはずなのに、それをためらってしまう意識が蔓延していると思います。

生活保護の理念とラディカルな憲法25条の性格

日本の本来の生活保護の理念は、どんな方であっても無差別平等に健康で文化的な最低限度の生活を保障するというものです。この無差別平等というのが非常に重要です。「無差別平等」というのは、生活困窮の理由を問わないことです。極端な話しをしますと、昨日100万円持っていました。ギャンブルやお酒などで一晩でぱーっと使ってしまいました。それで今日困っていますという方であっても、いま困っているのであれば生活保護を適用するというのが、いまの法律なんです。

なぜそういう法律になっているのかというと、「100万円全部使い果たすなんて、そんなだらしのない人に生活保護はかけられません」というと、じゃあ10万円ではどうですか、1万円ではどうですかという話になってきます。そこで役所の窓口の職員による恣意的な判断が入ってくることになります。ですから困窮の理由を問うのではなくて、その人がいま困窮していることを根拠に保護をかけるのがいまの生活保護法です。

かけた上で、その人が一晩で100万円を使ってしまうのであれば、そこには何らかの問題を抱えているわけです。私たち対人援助をしているものからすると、そういう人に対してお前はだらしないからダメだといっても何の解決にもなりません。そこにはギャンブル依存とかアルコール依存など、本人が抱えている何らかの困難があると私たちは見ます。本人が抱えている困難を、一緒に解決しましょう。必要ならば治療につなげるというのが本来の生活保護のあり方であって、人権を保障すること、憲法が要請している生存権保障というのはそういうことだと思うんですね。

憲法25条とか生活保護法というのは、憲法9条と同じようにラディカルな性格を持つものだと思っていて、憲法9条を守ることが私たちにある意味覚悟を強いるわけですよね、戦力を持たないということは。それと同じように憲法25条を守ることは、私たちに覚悟を強いるものなんだと思います。その人を人格的に責めたくなるわけです。私たちのような民間の団体のスタッフやボランティアであったとしても、ちょっとこの人どうなのって思うときも正直あるわけですね、役所の人であってもそうだと思います。けれどもそこで判断しないということなんです。これはその人の可能性を信じることですから、そこに覚悟が必要になってくるわけです。日本国憲法って本当におもしろいなと思うんですけれども、憲法25条というのもそういう覚悟を強いるようなラディカルさを持っているんだなという感じを私は持っています。個人的な解釈ですけれども。

もうひとつ重要な問題は、親族による扶養というのは要件ではなくて、優先するとなっています。芸能人のお母さんのケースでいうと、息子はお金を持っている、ただその人とは別々に暮らしている。家族にお金持ちがいるとしても、だからダメですとはしないということです。家族との関係はそれぞれなわけです。非常に仲がいい家族関係もあれば、仲の悪い家族関係もある。実際にお金を融通してくれるか、仕送りしてくれるかどうかはその家族関係によって変わってくるわけです。あなたは家族にお金持ちがいるからダメですよといって排除してしまうと、無差別平等にならないわけですね。結果的にその人が家族からも援助を受けられない、公的な援助も受けられないことになりかねません。

家族に援助してくれませんかと問い合わせはするんですが、その結果家族がそれを断ってしまえば生活保護をかけます。あの芸能人の方のケースでいえば、お母さんが生活保護を受け始めた当初は貧乏だった。売れていなかったので仕送りはしていなかったんですが、その後売れるようになって役所と話し合いをして、仕送りはしていたんです。その上で足りない部分を生活保護で出していたわけで、何ら問題はないんですけれども、そこをあたかもモラルの問題だとすり替えられてしまったということがあります。

無差別平等の生活保護法へ・1950年改正

生活保護法は戦後1回だけ改正されています。1946年の生活保護法が非常に不十分なものだったので、1947年にできたいまの憲法に合うかたちで1950年に改正しています。改正は1946年の法律にはあった、3つの生活保護を受けられない条項をなくしたんです。どういう人が受けられないかというと、勤労の意志のないもの、素行不良なもの、扶養義務者が扶養なし得るものという人たちです。これだと憲法25条の無差別平等の理念を実現できない。勤労の意志がないとか素行不良なものって誰が判断するんですかということですし、扶養義務者のこともいまお話しした通りです。

こういう条項を残しておくと憲法25条の理念を実現できないということで、この3つの欠格条項をすべてなくして無差別平等にしたのがいまの生活保護法です。いま生活保護について自民党の議員さんたちがいろいろ言っています。でも、すべてこのときに決着が付いた話なんですよ。いま言われているのとまったく同じです。そういう話は60年前に決着が付いているんですね。逆に言えば、いまの私たちは60年前の人たちから人権意識を問われていることになるんじゃないかなと思います。憲法の理念をきちんと実現させるために法改正をした。これは厚生省の官僚が無差別平等の理念を確立したものが、いま厚生官僚が時計の針を逆に戻すような改革をしようとしている状況が生まれているわけです。

国連社会権規約委員会の勧告に逆行する生活保護法改正法案

生活保護法改正案、というか改悪案ですが、これが今年の5月17日に閣議決定されました。ちょうど同じ日に、国連の社会権規約委員会が日本政府に対して勧告をしています。国連社会権規約委員会の勧告というのはさまざまな分野にわたっていて、「慰安婦」の問題、過労死の問題などさまざまありますが、生活保護についても勧告を行っています。

まずは高齢者、特に高齢女性の問題に注目せよといっていて、最低年金保障の導入を勧告しています。その上で生活保護の申請手続を簡素化する、いまの手続は非常に煩雑だから必要な人に行き渡らない、それを簡素化しなさい。しかも申請する人が窓口で追い返されたりするんじゃなくて、尊厳を持って扱われることを確保しなさいといっています。さらに生活保護につきまとうスティグマを解消する目的で、日本政府が住民の教育を行いなさいということを勧告しています。

こういう勧告が行われた5月17日に、安倍政権がこれとまったく逆のことをやっていて、本当に皮肉な状況です。生活保護法改正案にはいくつもの問題があります。いまの生活保護法には保護の実施機関、つまり福祉事務所側がこういうことをしなさいとは書かれています。でも申請する人が何かしなければいけないという義務は、何も課されていません。ところが新しい法律は(前の国会で廃案にはなりました)、申請する人が申請書を用意しなければいけないとか、添付書類を用意しなければいけないと書かれています。

生活保護の申請というのは、裁判の判例では口頭でもいいということになっているんですよ。口頭で私は生活保護を申請しますといえば、それで申請したことになるという判例が残っています。窓口の人が意地悪で出してくれないことがあるので、そうしたことに対抗するために口頭でいいという判例があるんです。これをわざわざ申請書を用意しなければいけないという法律にする。しかも添付書類、例えばアパートの契約書とか預金通帳とか年金関係の書類などだと思われるんですが、それを同時に提出しなければいけない内容になっています。この部分はさすがに問題になって、わたしたちもすぐに反対の声明を出してロビー活動等を行いました。その後の民主党との修正協議で、特別の場合があるときはその限りではないという但し書きの条項が入ったんですけれども、それでもまだまだ問題がある条文だと思います。

扶養義務強化がもたらすもの

つぎにもっと問題だと思うのが扶養義務の問題です。いまでも生活保護を申請した人がいれば、その人の家族に対して扶養照会(問い合わせ)が行きます。それに対して家族が「うちも苦しいので無理です」といえばそれ以上はやらないことになっています。ところが今度の新しい法律では、扶養義務者の資産とか収入を調査する権限を強化しています。これは国会の質疑でも明らかになっています。マイナンバー制度がこの前の国会で通り、個々人の収入とか資産を政府が把握しやすくなっていますが、このマイナンバー制度を使うことを政府は否定していないんですね。しかも収入や資産があって、それでも養えないという回答をした場合は説明を求めることができるという条文もあります。これは扶養義務を事実上要件にしてしまうものだと思います。

申請する本人の立場に立って考えると、心理的な負担になりますね。場合によっては3親等まで調べることができるとなっています。実際はいままでそこまでやっていませんが、法律上は叔父さんとか甥とか姪まで調べることができます。ですから自分が申請すると、家族の収入や資産が丸裸にされてしまいます。申請する方にとってみれば、家族に迷惑をかけるという意識が生まれ、そんなんだったら申請するのをやめようとなってしまうわけです。むしろそこに誘導することが目的じゃないかといえると思います。そのほかにも、基本的にジェネリック医薬品を使いなさいとか、生活保護を受けている人は生活上の家計もきちんと管理しなさいとか、非常に上から目線の管理が出てきています。

扶養義務の問題が一番大きいと思っているんですが、このことについては雑誌「世界」の2012年8月号に書いたのでご参照ください。一番困るのはDVや虐待の被害者の方です。私たちのところにもそうした方がたくさん来られますが、いまでも自分が申請してしまうと家族に連絡がいってしまうことが、申請をためらう要因になっています。それが扶養義務を強化されると、そういう人がますます窓口に行きづらくなりかねません。最悪の場合には餓死、凍死、孤立死しかねない状況が生まれるんじゃないかなと思っています。

貧困の連鎖を助長し拡大する扶養義務の強化

もうひとつ言えるのが、貧困の連鎖防止です。この前の国会では子どもの貧困対策法が成立しました。これ自体は評価すべきことです。その中で、貧困の世代間連鎖を防止することがひとつの目的として掲げられています。ところが扶養義務が強化されるとどうなってしまうのか。

生活保護世帯の中には当然お子さんのいる世帯、中学生・高校生がいる世帯もたくさんいます。いまでも一部の自治体でやっていますが、今後子どもの貧困対策法に基づいて、生活保護世帯のお子さんたちの学習支援を強化することを政府は進めていく予定です。これ自体は、私はいいことだと思っています。生活保護世帯の中で育ったがために高校進学率が非常に低い。その子たちが高校に行けるように、大学生のボランティアが教えるプログラムをNPOが提供して、それを行政がバックアップする取り組みが全国で広まっています。

それがうまくいってそのお子さんたちが高校に行けるようになった、大学に行くのは奨学金の問題があったりしてハードルが高いけれども、その子たちが独り立ちします。仕事を見つけると収入が別になりますので、もともといた親の世帯から離れて一人暮らしを始めます。そういうかたちが経済的に自立していくことはいいことだと思うんですが、ここで扶養義務が強化されるとどうなるかということです。

親の世帯はどんどん高齢化していくわけですから、基本的には生活保護から抜けられません。扶養義務が強化されると、せっかくお子さんが独り立ちして別世帯をつくっても、親が生活保護を受けている限り福祉事務所から親の扶養をしろ、親に仕送りしろということを延々と、親が死ぬまでいわれ続けることになります。そのプレッシャーにずっと耐えなければいけない。これは果たして公正な社会なのかということだと思います。

たまたま生まれた世帯が生活保護家庭であれば、親がなかなか生活保護を抜け出せないためにずっと扶養義務をいわれ続ける。むしろこれは貧困の世代間連鎖を助長し、拡大しているものだと思います。子どもの貧困対策というのは、何も子どもがかわいそうだから助けるという意味ではなくて、貧困の問題を社会的に解決することです。社会的に解決するというのは、貧困の問題を血縁関係の中で解決しようとすると貧困の世代間連鎖が起こるわけですから、貧困の問題を血縁関係から解き放すことです。貧困の社会的な解決が本来の子どもの貧困対策であり、貧困の世代間連鎖を防止することです。扶養義務の強化は、まさに逆を行っています。

絆を破壊する「絆原理主義」

こうした政策は実はいろいろなところで見られます。自民党の憲法改正草案の中で、非常に象徴的なのは「家族はお互いに助け合わないといけない」と言っています。これは法律の中にすでに一部盛り込まれていまして、社会保障制度改革推進法という非常に長ったらしい名前の法律が去年できています。これは自公民でやっている社会保障制度改革推進国民会議の設置を義務づける法律ですが、その第2条2項に「自助、共助及び公助が最も適切に組み合わされるよう留意しつつ、国民が自立した生活を営むことができるよう、家族相互及び国民相互の助け合いの仕組みを通じてその実現を支援していくこと。」とあります。「その実現」とは社会保障制度改革を実現することです。

自民党は「自助、共助、公助」の3つが大好きなんですよね。これに対して日弁連がこの規定が憲法違反である、という会長声明を出しています。つまり憲法25条は、政府が生存権を保障することですね。政府が前面に立って人びとの命と暮らしを守ることが憲法25条ですが、この法律を読むとまずは家族で支え合ってください、地域で国民同士で支え合ってください、国はそれをバックアップしますよということです。国による生存権保障という憲法25条の理念が、確実に後退しているんですよ。

こういう考え方って危険だと思っています。自民党の憲法改正草案とか社会保障制度改革推進法を見たときに、既視感があったと思ったら、北九州なんですね。前の市長さんが、餓死事件が相次いだときに記者会見の場で「これからは地域の支え合いを強化します。それによって餓死をなくしていきます」と言った。一番責任を持っている行政の長ですよ。福祉事務所の窓口で水際作戦をして困っている人を追い返していった最も責任ある人が、責任を地域の支え合いに押しつけたわけです。こういう考え方を私は「絆原理主義」と言っています。ある方は3.11以降に絆を語る人を信じるなと言っていますけれども、絆っていうのは内発的なものですね。中からわき出てくるものによって人びとがつながるというものが、本来の絆なんです。国が上から押しつけるのは、結局国による生存権保障という理念を後退させるために使う手段でしかありません。それによってかえって絆は破壊されるだろうと思います。

よく生活保護の当事者の方がおっしゃるんですが、福祉事務所から生活保護を受けている人の家族に対して、この人に仕送りしなさいとか扶養しなさいという通知が行くことによって、逆に人間関係、家族関係が悪くなるんですね。大切なのは何か困ったときに相談相手になってあげるとか、保証人になってあげるとか、精神的な部分で支えることが重要です。お金の話を役所から言われるなんて本当に嫌なことなので、それによってむしろ絆は破壊されるんですね。自発的なつながりとか支え合いというのは逆に破壊されてしまいます。この流れは生活保護だけに止まらないだろうと思っています。

健康も自己責任に

自民党がある意味、味をしめてしまっている。昨年生活保護バッシングを行って生活保護や貧困の問題を、制度の利用者のモラルの問題にすり替えちゃったわけです。制度を利用している人に対するマイナスイメージを植え付けて、いま法律を変えようとか規準を下げようとしています。「これは使える」と思ったはずですよ。

いま麻生さんが社会保障制度改革国民会議の中で、医療保険についてやたら発言しています。糖尿病の人たちに対する偏見をあおっています。麻生さんは前にも、ホームレスの中に糖尿病がいるのは日本が豊かな証拠だというようなことを言っています。ホームレスの人たちは、炊き出しや食べられるときご飯・炭水化物を山ほど食べます。そのあと何日も食べられなくなったりします。そういう不安定な食生活をしていると糖尿病になりやすい。これはお医者さんもそういう発言をしています。ところが糖尿病は贅沢病だという偏見をあおって、健康の自己管理ができない人たちの保険料を何で自分達が払わなければいけないのかということを繰りかえし言っています。これは健康の自己責任化ですよ。貧困の自己責任化に次ぐ健康の自己責任化です。

これはおそらくTPPとも関係していると思います。社会保障制度改革推進法の中で国民皆保険について「原則国民皆保険を維持する」という規定があります。官僚がつくる法律の条文で「原則」という言葉をわざわざつけることは、例外があるということなんですよ。ですから国民皆保険に関して今後例外をどんどんつくっていくということを正直に述べているわけです。そうすると、TPPでアメリカの民間保険会社が入ってくる。アメリカという国はマイケル・ムーア監督も映画「シッコ」で描いていましたが、健康が自己責任である。病気になったのはその人の自己管理が悪いからだ。民間の保険会社に入っていなくて病気になって、莫大な医療費を払えなくなって自己破産しても、それはその人の責任ということになっているわけです。そういう社会が実は近づいてきているのです。

この間の生活保護バッシングとか生活保護の制度を変えることは、ある意味で最初の生け贄だった。たぶん一番削りやすいんですよ。生活保護の分野は、当事者はなかなか声を上げられませんし圧力団体もないので、一番弱いところから手をつけているだけです。次は医療であったり、あるいは年金の支給開始年齢を上げるといっていますね。また介護保険も、軽度の介護の人は介護保険から外すと言い出しています。こういう動きがおそらく参議院選後にどっと出てくと思います。

生活保護基準引下げにSTOPを

安倍政権は骨太の改革で社会保障の聖域なき見直しといっていますけれども、その中味についてひとことも言わないんですよ。参院選後しばらく選挙がありませんから、そうした動きが全面的に出てくるであろうと思います。生活保護基準の引き下げという問題がいま出てきていますけれども、これもいろいろなところで影響が出てきます。私がいま一番心配しているのは、今年の夏は本当に暑いですよね、3年前の2010年が猛暑でして、その中で私たちが関わっている生活保護受給者の方がばたばた倒れました。ご高齢の方、病気がちな方とか障がいをお持ちの方が多くて、健康上の理由でなかなか外に出られないんですね。そうすると部屋でエアコンを使わざるを得ないわけですが、電気代が高い。電気代が気になってエアコンを使わないで部屋で倒れてしまって、中には亡くなった方もいらっしゃいます。そうした状況が今年も起こりかねない。猛暑でしかも東電の電気料金も上がっていて、さらに来月から保護費を下げるわけですよ。これは本当に人の命を奪う政策だなと感じています。

今回生活保護基準引き下げによって一番下がるのは、子どものいる世帯なんですね。子どもが2人以上いる世帯が最大10%下げられます。これも貧困の世代間連鎖を助長するものですよね。本当に矛盾した政策だと思うんです。生活保護のお子さんたちに学習支援をして高校進学を応援しますよという一方で、同じお子さんのいる世帯からお金をとっていくわけですよ。お金が少なくなれば当然子どもの教育にかけられるお金もなくなりますので、ますます子どもの将来にも影響を与えてしまう。

一般的には保護費が下がるといっても数千円だったり、最大2万円です。そんな大金ではないと思われるかもしれませんが、かつかつで生活している人にとっては非常に大きなお金だと言えます。さらに保護基準が下がれば、いままで受けられていた人が受けられなくなるという問題が起こりますし、就学援助とか介護保険や国民健康保険の利用料の減免措置などもすべて生活保護と連動しています。

生活保護というのはナショナルミニマムといって、最低限度を決めているんですね。国としてこの水準以下の人をゼロにしないといけないという規準を示しているんですが、そこが下がってしまうと社会全体が底割れしてしまう。低所得者層全体に影響を与えてしまうんですね。残念ながら来月には下がってしまいますけれども、私たちは全国の法律家と連携してこれから集団訴訟を準備しております。来年、再来年にさらに下がるんですよ。来年4月に2段階目の引き下げがあって、再来年の4月には3段階目の引き下げがあるので、何とかストップをかけたいと思っています。

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書評

石破茂著「日本を取り戻す。憲法を取り戻す。」(2013年7月・PHP研究所刊 四六版222頁 1500円)

小川良則(市民連絡会事務局)  

本書の著者である石破茂元防衛相と言えば、今を時めく自民党幹事長であり、同党きっての軍事オタクであり、有事3法や自衛隊イラク派兵が強行された際の防衛庁長官である。そして、政策的には、TPP推進を掲げ、自立・自助を強調し、生活保護費の見直しを主張するなど、ネオコンの系譜に連なる人物である。その著者が松下政経塾と姉妹関係にあるPHPから参院選直前というタイミングで新刊を出した。それだけでも、およそどういう狙いと内容かは想像がつこうというものだが、全篇ひたすら集団的自衛権の解禁と改憲への執念で貫かれていると言っても過言ではない。

まず、はしがきにいきなり登場するのが今年(2013年)の憲法記念日にあたっての自民党声明である。「国民の間でも時代に即した憲法改正を希求する機運が高まってきております」とは各種メディアの世論調査を見た人には決して言えない命題であるが、それに続けて、「いまや改憲か護憲かという議論ではなく」、「どのように改正するかという段階に入ってきた」とか「昨年の衆議院総選挙では、わが党の憲法草案をめぐる憲法改正論が争点の一つとなりました」とは牽強付会も甚だしい。確かに、膨大な公約の隅の方に改憲の項目が記載されているものの、トップで大きく扱っているのは復興と経済再生であるし、有権者が投票にあたって重視する項目のトップは経済対策の32%で、憲法改正はわずか2%、外交・安全保障を加えても6%に過ぎないというのが事実なのである(毎日新聞世論調査)。もっとも、だからといって、これを一笑に付すことができないのは、この一連の文章を「本夏の参議院選挙においても、わが党の主張を真摯に訴え、国民の皆様と共に議論を進めてまいります」と締めくくっているところである。すなわち、実際の遊説がアベノミクス中心であろうが、改憲問題がいくら現実に争点として浮上して来なかろうが、論理的には、改憲を含む公約全体に有権者の信任を得たと開き直ることができる構造になっているのである。

 はしがきの部分に多くの紙面を費やしたのは、ここに本書の本質が端的に語られているからに他ならない。以下、本文は、「いわれなき批判に反論する」と題した自民党憲法草案の批判に対する反論、尖閣諸島や北朝鮮のミサイル問題等で危機を煽り、海兵隊の保有と集団的自衛権の解禁を説き、改憲へと結論づけていく「日本を取り戻す」や「いま、そこにある危機に備える」、「自衛隊から国防軍へ」そして「憲法を取り戻す」等と続いている。

この中で、「いわれなき批判に反論する」の部分(14~27頁)は、96条先行改憲論や自民党憲法草案そのものを批判する各紙の社説に対する再反論なのだが、一体どちらの方が「いわれなき」主張かと、そのまま熨斗を付けてお返ししたい内容である。特に、日本の改正要件が世界一厳しいというのは事実誤認も甚だしい。本誌の読者の皆さんは既にリーフレット「ガンバルクイナの96条改憲知ってる?」をご覧になられたことと思うので重複は避けるが、ちょっとでも近代立憲主義のイロハをかじったことのある人なら、憲法とは本質的に権利章典であることは御存知であろう。ところで、いかなる強権的な独裁国家でも、権力者やそれに追従する者の権利は十二分に保障されているのであって、人権保障の最大のポイントはマイノリティの人権の保障である。つまり、多数決によっても侵害しえない少数者の人権を保護するために、単純過半数ではなく特別多数による議決が必須要件とされているのであって、96条は単なる手続規定ではなく、人権保障の一環として硬性憲法が定められていることを忘れてはならない。

また、ワイマール共和国の崩壊過程を引き合いに出しながら立憲主義の危機を強調した東京新聞の社説に対して、「自民党をヒトラーやナチスドイツと同視するかのごとき論評姿勢には、強い憤りと疑念を禁じ得ません」とした上で、自民党の憲法草案に全権委任法的なものは一切ないと断言している(24~25頁)が、緊急事態条項の中に法律と同等の効力を持つ政令制定権が明記されている(草案99条)ことを指摘しておかなければならない。しかも、麻生副総理の「ナチスの手口に学べ」発言が飛び出すこと自体、彼らの本音がどこにあるのか垣間見ることができようというものだ。

では、一番の「本命」である9条については、どう書かれているかと言えば、現行の第2項を削除し、自衛権と国防軍を明記し、そこには国連憲章51条に基づく集団的自衛権も当然に含まれるとしている。また、侵略戦争は放棄するが、自衛権の行使や国連決議に基づく制裁としての武力行使は認められるとか、文民統制の規定のない現憲法の方が危険である等と述べている(131~146頁)。しかし、軍隊を持たないと定めた憲法が軍隊の存在を前提とする文民統制の規定を持たないことに何の不思議もないし、第一次大戦後に締結された戦争放棄を内容とするケロッグ=ブリアン条約が第二次大戦を防げなかった原因の一つが、各国が自衛戦争について留保を付したことにあるという歴史の教訓を忘れてはならない。また、(1)自衛権は主権国家固有の権利であり、(2)国連憲章上、自衛権を個別的自衛権と集団的自衛権の2つの概念に分けて読むには無理があり、(3)憲法98条に条約遵守義務が定められているからといって、日本も集団的自衛権を封印する理由はないと結論づけるのは重大な点が忘れられている。すなわち、日本は国連加盟申請にあたって、最高法規による制約から国連憲章上の加盟国としての義務をフルサイズでは履行できないという事実上の留保を付しているのであり、このことは岸内閣時の憲法調査会でも明らかにされている。したがって、本来ならば、個別的であろうが集団的であろうが、およそ武力を伴う形での自衛権の行使は放棄していると言うべきところを、現実に自衛隊が存在することとの折り合いをつけるために現在の政府解釈が編み出されたという点に留意する必要がある。

また、本文に国防の義務が書かれていないとはいえ、前文に「国と郷土を誇りと気概を以て自ら守り」と書かれていることから、「国防軍になれば徴兵制が復活するといった批判には何らの根拠がない」(147~149頁)と言われても説得力がない。すなわち、自民党憲法草案の第18条は、身体の拘束や苦役の禁止こそ規定しているものの、現行の第18条と比べて見ると、奴隷的拘束の禁止が巧みに削除されているのである。何より、石破氏自身が、2004年5月23日の衆院憲法調査会で、「国を守ることが意に反した奴隷的な苦役だと言うような国は、国家の名に値しない」と述べているし、今年4月に出演したテレビ番組では、徴兵拒否は懲役300年(30年の誤植ではない!)とまで言っているのである。

今後、防衛大綱の見直しや安全保障基本法をはじめ、さまざまな事実上の改憲の先取りとなるような案件が次から次へと出てくることは想像に難くない。ことは安全保障の分野に限らない。増税と社会保障の大幅削減や解雇の自由化など、生活破壊の動きも深刻だ。我々は、こうした暮らしと戦後民主主義の解体に向けた暴走の前に総力を結集して立ちはだからなければならない。それは困難なようにも見えるが、希望はある。沖縄では辺野古新基地建設に反対する候補が保革一騎打ちを制したが、対立陣営も中央の公約に反して県内移設反対を掲げざるを得なかった。東京では5議席中2議席を原発反対候補が制した。東電は汚染水流出の事実を選挙が終わるまで隠蔽せざるを得なかった。いま彼らが強硬姿勢を示しているのは、それだけ追い込まれていることの証左でもある。衆参の「ねじれ」は「解消」されたかもしれないが、今度は巨大与党と民意の「ねじれ」が生じることとなった。行き場を失くして棄権した47%もの人々の声も含め民衆の声をどう政治を動かす力に結び付けていくか。そして、その先に、ウォール街でも兜町でも霞が関でもなく、言葉の真の意味で主権者自身の手に「日本を取り戻す」道筋をつけていくか。そのことが今、厳しく問われている。

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