私と憲法141号(2013年1月25日号)


第16回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会IN大阪
安倍内閣の改憲暴走をくい止めよう!

松岡幹雄(とめよう改憲!おおさかネットワーク事務局)

1995年東京で始まった憲法市民運動の草の根全国交流集会は、今回で16回目を数えます。改憲動向を見据えながらジェンダーと平等、貧困と生存権、9条世界会議、脱原発など時々のテーマを設定し交流集会を行ってきました。全国各地で開催してきたことも特徴のひとつだったと思います。大阪は過去3回開催し今回で4回目となります。今回は、「ハシズム」が吹き荒れる大阪でと開催を予定していましたが先の衆議院選挙で様相は変化しています。

先の衆議院選の結果、極めて憂慮すべき情勢が訪れています。それは、たんに自・公政権が復活したというだけでなく、日本国憲法改正草案を発表した自民党が政権に返り咲き、改憲を明言する第2次安倍晋三内閣が誕生したということです。それとともに日本維新の会という極右政党が衆議院で54議席を占め、みんなの党など改憲を明言している政党をくわえると366議席、3分の2どころか全体の8割に達しようとしていることです。逆に見れば、「護憲政党」への支持が大きく後退し議席が減少するという悲しむべき状況でもあります。夏の参議院選の結果、これら改憲政党が議席を増やし3分の2を占める結果となれば憲法改正が発議されるという極めて危機的な状況を迎えています。

第2次安倍内閣の顔ぶれを見るとこれから進められてくる反動的な政策が予想できます。大臣から政務官まで76人、公明党出身議員を除くと全員が神道、靖国、親学、拉致、教科書、改憲などなんらかの議連に重複し所属しています。そして、そのもとに経済再生会議や経済財政諮問会議、教育再生会議、「安保懇談会」などを配置しています。最近、安倍首相が男女共同参画会議委員として最もふさわしくない人物、高橋史朗氏(親学推進教会理事長)の起用を決めたことも露骨です。よく言われるように夏まではおとなしくし参議院選後本性をだすだろうという見方は状況を見誤っているだろうと思います。

尖閣問題をめぐって日中間の対立は軍事的対立と緊張関係へと事態は悪化の一途をたどっています。防衛省は、2013年度に下地島空港の自衛隊活用、与那国島に陸上自衛隊沿岸監視部隊、航空自衛隊移動警戒隊の配備を計画しています。鳩山元総理の中国訪問について「国賊という言葉がよぎる」と発言した小野寺防衛相は、安倍政権のもとで防衛大綱を見直し中期防衛力整備計画を見直しするとともに10年ぶりに軍事費の1000億円増額方針を発表しています。安倍首相は、2月後半には米国を訪問し、オバマ大統領と初の首脳会談を行いますが、それに間に合わせるように集団的自衛権行使を容認する憲法解釈見直しに向け、「安保懇談会」で具体的な検討に着手するようあらためて指示を行っています。日本がアメリカとともに戦争をする国となる集団的自衛権の行使が可能となれば憲法9条はさらに形骸化してしまいます。

このように明文改憲のみならず解釈改憲の両面で憲法改悪の動きがすすむ状況のもとで第16回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会が開催されます。この間各地で取り組まれている様々な憲法や反戦平和の運動を持ち寄り交流することは今私たちが最も必要とすることではないでしょうか。顔を見、発言し、仲間の報告を聴き交流する中で元気を分かち合えるだろうと思います。確かに安倍政権は衆議院で3分の2以上を改憲勢力で埋めており一見強大に見えます。しかし、先の選挙でも明らかなようにむしろ自民党への支持は後退し、比例選挙区での支持率はわずか15.99%にすぎません。アベノミクスなる経済政策もそもそも矛盾に満ちています。原発再稼働の動き、さらにはTPPへの前のめり発言、東北アジアでの緊張激化の諸政策も内外を問わず多くの人びとの激しい抵抗が予想されます。けっして私たちは悲観論に陥る必要はありません。大阪集会の公開集会では、高田健さんによる基調的な講演と共に自民党政権下で進められる生活保護支給水準の切り下げ問題をとりあげます。大阪の普門弁護士による講演も是非お聞き頂きたいと思っています。また、特別ゲストとして金 泳鎬(キム ヨンホ)さん(韓国・檀国大学硯座教授)の講演も予定しています。金さんは、1910年の「韓国併合条約」の無効を訴えた「日韓知識人共同声明」の韓国側署名者(596名)の共同代表の一人。12年の日本の各界市民による「『領土問題』の悪循環を止めよう~日本の市民アピール」にたいしても韓国知識人たちの賛同をいち早く集約し、呼応された檀国大学碩座教授です。これからの東北アジアの民衆の交流と連帯の一歩を築きたいと願っています。

07年の大阪集会は第1次安倍内閣の下での集会でした。今回13年は第2次安倍内閣と向き合う大阪集会です。確かに安倍内閣はよりバージョンアップし再び私たちの前に登場しています。しかし、私たち運動の側はけっして弱体化してはいないと思います。むしろ、脱原発をはじめ反貧困の運動など新たな社会運動、民主主義の担い手が登場しています。これまで運動圏にいなかった多くの人びとと憲法運動が手をつなぐことができれば反撃の陣形は広がり改憲暴走を押し返すことも可能だと思います。大阪集会に是非ご参加いただき交流を深めましょう。

第16回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会実施要項
【公開講演会】
日時:2月16日(土)午後1時半~4時半  参加費 1,000円
会場:PLP会館 社団法人PLP会館 〒530-004大阪市北区天神橋3-9-27 PLP会館
TEL:06-6351-5860(代) FAX:06-6351-4687
集会テーマ アジアの民衆の平和と共生を求めて ――あかんで改憲・戦争をする国――
講演(1)高田 健さん (許すな!憲法改悪・市民連絡会)
(2)普門 大輔さん (たんぽぽ総合法律事務所)
海外からの特別ゲスト 金 泳鎬さん(韓国・檀国大学碩座教授)
アピール○池島 芙紀子さん(ストップ・ザ・もんじゅ)
○新田 秀樹さん(オスプレイの配備と低空飛行を許さないヒロシマ市民ネットワーク準備会)
主催:第16回許すな!憲法改悪・市民運動全国交流集会実行委員会  
連絡先:とめよう改憲!おおさかネットワーク TEL:06-6364-0123
許すな!憲法改悪・市民連絡会 TEL:03-3221-4668 F03-3221-2558
E-mail:kenpou@annie.ne.jp

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「一点突破、全面展開」の危うさ

内田雅敏

1 石原後継の猪瀬都知事と戦後体制からの脱却を声高に語る安倍首相

434万票という空前の「支持」を得た猪瀬直樹新都知事の鼻息が荒い。「民意」を背景に「一点突破、全面展開」で、国、中央省庁と闘うと息巻く。地震、原発事故、景気の低迷、格差社会の進行など、時代の閉塞感から、「何かスカッとしたい」と、多くの人々が猪瀬氏の「突破力」に期待を寄せる。戦後体制からの脱却、憲法改正、国防軍、等々を声高に語る安倍晋三新首相に寄せる期待にも同質のものを感ずる。憲法自らが、その出自について、「政府の行為によって、再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と前文においてを語っているように、日本国憲法の背後にアジアで2000万人、日本で310万人の死があることを忘れてはならない。それは安倍首相らが声高に語る「尊い犠牲」では断じてない。理不尽な非業の死だ。非業の死を強いられた死者達の無念さに対しては、ひたすらにその死を悼むことに尽きるのであり、決して死者達を称えてはならない。称えた瞬間から死者達の政治利用が始まる。憲法の理念をよく体得し、それを実践しながら、深めてゆくことこそが、死者達への鎮魂となる。

2 戦後体制から「脱却」してどのような社会にしようとしているのか

昨2012年は、1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約野発効により日本が、連合国軍の占領から脱して独立を回復してから60周年という記念すべき年であった。本来、1947年5月3日の日本国憲法の発効により、日本は憲法を最高法規とする法体系によって国政が司どられるはずであるが、占領下においては、憲法を超える権威として連合国軍総司令部があった。占領状態からの脱出とは、このような超憲法的存在としての占領軍がいなくなる状態を意味するものであり。憲法が文字通り最高法規として機能することを意味した。しかしながら、サンフランシスコ講和条約は日米安保条約とセットなものであった。即ち、戦後日本は憲法大系と日米安保体制という本来相容れない二つの法体系の奇妙な共存によって始まった。そして、戦後の歴史は後者による前者の空洞化の歴史であったとも言える。政治学的に見れば、戦後体制とは憲法大系と日米安保条約体制の二つと云うことになる。安倍首相の言う戦後体制からの脱却がこの二つの戦後体制からの脱却ではないことは明らかである。彼の言う脱却とは憲法大系からの脱却であって、安保体制については脱却でなく、その強化である。この点は石原前都知事も全く同様である。安倍改憲、すなわち、自民党の改憲草案が、自衛隊の強化→国防軍化、集団的自衛権行使の容認による米軍への従属の強化を骨子としたものとなっていることは、ある意味で当然である。前述したように、国内外における多くの無念の死、非業の死を背景として生まれてきた日本国憲法は、その前文に於いて「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」とその出自をはっきりと語っている。自民党改憲案はこれを削除し、そして国連中心主義を謳った「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して我らの安全と生存を保持しようと決意し」も他力本願であり、「恥ずかしい」(安倍発言)として削除しようとしている。日本が国連中心主義から脱却することは、米国との二国間主義(米国への従属に)をますます強めることである。更に「南北問題」をも見据えた「全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れて、平和の裡に生存する権利」も削除し、逆に「日本国は・・・天皇を戴く国家である」と宣言し、本文第1条において天皇を「元首」としている。「元首」とは国を代表する者であり、それが「世襲」によってなされということは国民主権の下ではあり得ない。また「日本国民は、国と郷土を誇りと気概をもって守り」と国民に国防の義務を課している。憲法が国民に何かを命ずるものでなく、国家権力を暴走させないように縛るものだということが全く理解されていない。

3 「一点突破全面展開」は権力者の語ではない

ところで、猪瀬氏と同世代の私も、60年代半ばに「一点突破、全面展開」の語に出会った。この語は、例えば、明治政府の重税に抗し、決起した秩父の農民たちが発した檄、「秩父が起てば上州が起つ、上州が起てば、信州が起つ」に見られるように、叶うことのなかった民衆間の連帯への願望であり、本来権力者の用いる語ではない。権力者がこの語を用いたとき、どのような事態を招来するか。古くは、67年前、1945年8月15日に、最近でも、石原前都知事の尖閣諸島を巡る言動によって思い知らされたはずである。突破した先の社会に想像力を働かせなくてはならない。

歴史は薄められて再来する。『昭和16年夏の敗戦』【注】に学ばなかったのは当時の軍閥だけではなかったということにならないことを願う。

【注】 猪瀬氏の著書。日米開戦に先立つ昭和16年夏、近衛内閣の時、総力戦研究所(官庁、日銀、新聞社などから、30代のエリートたちが集められていた)が、日米戦争について研究を重ね、「12月中旬、奇襲作戦を敢行し、緒戦の勝利が得られても、物量に劣る日本に勝利はなく、終局、ソ連の参戦を迎え、日本は敗れる。なんとしても、日米戦争は避けねばならない。」という報告書を内閣提出した。ところが、東條らは、この報告に対して、机上での話だ。戦争はやってみなければわからない、と日米開戦に突き進んだ。

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札幌から新年に想うこと

山口たか

東日本大震災から2年がたつ2013年は、これからの日本の行方を方向づける重大な年だ。一方、年末の総選挙の結果―自民党圧勝、維新の会、みんなの党などの右派勢力の台頭に、あきらめやしらけたり希望を失いそうになっている友人たちが多数いる。しかし、そんな、我々の気分を知るはずもなく、あるいは好機ととらえ、安倍首相は、念願の憲法改悪にいよいよ着手しようとしている。教育再生会議のメンバーあるいは経済財政諮問会議の復活、どれをとってもいつか来た道、既視感にとらわれる。さらに1月18日、安倍首相は、「憲法9条を変える」とインドネシアで発言している。原発は再稼動どころか増設新設まで言及している。福島原発事故を過去のことにしようとしている。問われるのは、我々市民の改憲阻止の運動であり、脱原発の世論であり、市民力だ。

私は、2011年6月から、福島の親子を北海道に招き、放射能の少ない場所ですごすことによって免疫力を高めてもらいたいと考え仲間たちとともに「福島の子どもたちを守る会・北海道」を立ち上げた。この冬休みまで、休暇ごとに計6回171人の親子の受け入れを行ってきた。参加者にとっては、保養にくることで、福島での日常が、普通の暮らしでないことを改めて痛感する。外で遊べない、洗濯物を干せない、土を触らせない、福島産の食べものをさけざるを得ない、福島県内の医療機関では、受診に制限があり甲状腺検査など納得ゆくまで受けることができない、数え上げればきりが無い尋常ではない状況である。しかし、保養を経て参加者は、母子避難の決断へ至ることも多い。札幌にも3家族が(今年の春にさらに1家族が転入予定)転居してきた。保養は、短期間放射能から免れた生活をするという意味だけでなく、本格避難のための第一ステップにもなっている。震災への関心が時とともに薄れていくことに合わせて行政の助成金やカンパが減少しているが、この活動の意義は薄れることはないと思っている。

昨年8月29日から2週間ドイツを訪問した。札幌市とミュンヘン市が姉妹都市提携をして40年という節目の年に脱原発に政策を転換したドイツ、特に環境意識の高いミュンヘンで、当会の活動を訴え、市民レベルでのネットワーク作りをめざしての訪独で篤志家の方が、費用を全額寄付してくださった。ミュンヘン市、シュタットベルゲン市、ベルリン市において4回の講演会を行った他、ミュンヘン日本人会、独日協会、ドイツ最大の環境NGOブンド、ミュンヘン市議会議員、環境研究所、ドイツ放射線防護協会、原発に反対する母の会、グリーンシティ、独日平和フォーラムベルリン、多くの市民の方とお会いして、脱原発、医療、子どもの保養に関して示唆に富んだご意見を多数いただいた。

ミュンヘン市議会は、保守的なバイエルン州のなかでは、数少ない社民党と緑の党の連立与党。南ドイツでは、いまだにきのこ類、いのしし肉からセシウムが検出されている。ドイツで福島原発への関心が高いのは26年経ってもチェルノブイリは終わっていないことを国民がわかっているからだ。そのことが緑の党を育て、緑の党がなければドイツの脱原発政策はなかったと何人かに聞いた。

その市議会では私たちの帰国後、福島の子どもたちを救う決議が採択されたと聞いた。福島の子どもたちを守れの声は国境を越えて広がろうとしている。

ドイツ倫理委員会は、福島原発事故を受け「エネルギーの決定は社会の価値決定に基づくものであり経済的技術的観点に先行する」と結論づけ、それをうけてメルケル首相が脱原発を決断した。日本では原子力の「平和利用」は核兵器とは区別され推進されてきた。ヒロシマナガサキの反核運動でも、原発問題への意識は高くはなかった。倫理的観点から政策が変更されるということは日本では聞いたことがない。いのちより経済性や効率を重視するのが日本の政治であり経済でありドイツとの違いを最も感じたところだ。

実り多いドイツ行きのなかでも、ベルリンのマリアレギナ殉教者教会は忘れられない。平和のために闘った人々、反戦活動によって命を奪われた人々のために建設され、非暴力・平和・弱い立場から世の中をかえて行くというメッセージが込められた教会だ。9条の会の呼びかけ人でもあった作家の故・小田実さんが、心が萎えた時よく訪れた場所と聞いていたので、私には言葉にならない想いがあった。小田さんにも心が萎えることがあったのだ!そして、反ナチスの活動に命をかけた人たちがいた!そのことに私は心が震えた。「9条が基本」「世界は世直しを求めている」その二つが小田さんが最後にノートに記した言葉だったことを思い出した。

26年前、私も関わった日本の反原発運動は、みどりの政治勢力を育てることができなかった、そのことが「福島」をふせぐことができなかったことにつながっていると思えてならない。その悔いを残しては逝けない。帰国の空の上で、福島の子どもたちのいのち・憲法9条を守りぬくこと・沖縄の基地をなくすこと、このことに残りの人生の時間を使おうと決めた。根っこにその決心があったためか、年末の総選挙の惨憺たる結果に落胆はしたけれど、完全に希望を失なうことにはならなかった。我々の相手は巨大で、権力、金、軍事力、メディアすべてを手中にしているが、故・吉武輝子さんが言っていた「改憲の歯車を止めるのは無数の小さな砂利だ」ということばを心に刻みたい。多くの砂利のひと粒として北の大地に張り付いてがんばりたい、と新しい年のはじめに考えている。

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1000万筆めざして共にプラスワンの活動を

角田京子(日立市)

2013年1月12日(土)AM8:05。1℃の冷気の中、防寒着着用、ホッカイロを背中に貼って、マスク、毛糸の帽子にマフラー、手袋着用して家を出発。風邪が治りきっていないし、高齢にもなってきたので、特にこのような格好で厳重に身をかためて。最寄り駅まで歩くこと約25分(3500歩位)。これが実は健康維持のために効果があるのです。そして電車に乗って日立駅に到着です。あちこちに7枚の手作り看板(憲法9条と原発)をくくりつけ、いよいよ署名開始となりました。

「どんなに言い訳しても、被曝の問題、避難している16万人の方々のことは解決していません。……さよなら原発の署名活動、まだの方、ぜひご協力下さい」。私は声をあげて呼びかけました。

呼びかけを無視して行く人が多い中で、近づいてくる人がいました。リュックを背負い、杖をついたお婆さんが、「何?」と。説明するとすぐに署名OKでした。そしてこのお婆さん、「不思議なんだよう。4回も怪我したのにこうやって生きてんだあ。私いくつだと思う?……90歳だよ。それにしてもよう、あの安倍ってなんだべ。みんなでいってんだよう。へんだねえってよ。あんな人がよう、首相だってさ。何やってんだかよ。次々とよ、へんなことばっかしよってよう」、足は悪そうでも、頭ははっきりしているすばらしい方でした。

次に近づいてきて署名してくれた人もまたお婆さん。看護婦を45年続けてきたんだという身の上話をして、「未来都市日立ってよう、何十億も金かけて駅作り直してるって宣伝してっから来てみたら、トイレのひとつもなくてよう。私は頻尿でよう、困んだ。しょうがなくてよう蕎麦屋で頼んだら、いやそうにしてよう、何度も頼んでやっと使わしてもらったよ。こんな未来都市は困るんだなあ」。そう、タービンなんかいらないよう、トイレが大事って思いました。

そんなこんなで、この日1時間半くらいで署名した人は6人でした。時にはゼロの日もあるのかもと思っているのですが、何人か必ず署名は集まっています。

2011年7月9日から始めて、可能な限り毎週土曜日に続けてきた署名活動は今回で59回目となり、この「未来都市日立駅」での署名数は1004筆となりました。駅頭を往復する人びとに呼びかけ、立ち止まった人と言葉を交わし、署名してもらう活動、「さようなら原発」の意思表示なので、「1000万人の一人として」つながっていく、まさに絆づくりの活動です。

始めた頃は20人前後の人が署名してくれましたが、今ではだいぶ少なくなりました。しかし、話し合いはできていて、原発問題だけではなく幅広い政治の問題、世情問題、教育問題等いろいろ話し合えるので、この活動、なかなか捨てたもんじゃない、と思います。

それはそれはたくさんありますが、塾を経営しているという人が「放射能は処理できる。ニュートリノとか微生物を使ってできるのに無視されている」と言っていました。本当なら、しっかり活用できるように働きかけてほしいといいました。

2人の子連れの若いお母さんは放射能汚染の食物のことについて、不安を持っているというので、子どもも交えて話し合いました。若い夫婦と子ども2人の4人家族、4人とも署名し、原発談義のほかに、競争や比較の今の教育についての疑問など、話し合いました。

センター試験を受けに行く高校生が9条の看板を見て「オレ、9条いらない」と言ったので、「えっ!あなたは殺したり、殺されたりするの?」と言ったら、一緒にいた2人の高校生が口をはさみ、2人署名してくれました。

大学生が「原発に疑問はもっているけど、署名すると悪用されるでしょ」と言ってきた。就職のことが目前にあるので疑心暗鬼というところです。いろいろ話をしたら、署名決心。しかし、日本はこういう若者を不安にし、周りの人への不信感を助長していく貧しい国なんだと思います。

「署名したって何にもならねえっぺよう。だってようオメエ、野田さん聞く耳持ってねえっぺ。いくら反対したってムダだよとか、「うっるせいなあ!」「原発、少しぐらいなくちゃなんねえべ」と大声で言って行く人もいます。何しろここは7割の人が日立製作所と関わりがあるそうで、それだけに難しいところだとは思います。だからといって、思考停止、行動停止してよいはずはありません。「私は貝になっちゃった」というような、私が大きな声で呼びかけても、体をかためてカッカッと歩いていく人も多いのです。このような人びとの心情にも思いを致しながら、地道に活動するしかありません。

私のささやかな署名活動は、日立駅頭の他に友人、知人への手紙での依頼によって488筆集まりましたので、合計で1492筆になりました。活動開始の時の私の目標は1000筆でした。全国1万人がそれぞれ1000筆ずつ集めるようにがんばれば1000万筆は可能だという皮算用だったのです。全体では12月28日現在で、8184028筆ということです。1000万筆までひきつづきすすめるということで、私もがんばっていこうとおもっています。プラスワン!

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戦争する国づくりとも密接な原発問題、原発はダメだ、戦争はダメだと思っている人が行動しないで、どうやって権力者の暴走する心と行動を止めることができましょう。全国の多くの友人が活動していることを励みにして!

富山洋子

新たな年を迎えたが、昨年12月に行われた都知事選及び総選挙の結果への危機感は、日を重ねるごとに募るばかりである。その危機感の第一は、日本の平和憲法の改悪である。

すでに自民党は、昨年4月、2005年にまとめた「新憲法草案」に更なる改変を加えた「新憲法改正草案」をまとめている。この改正草案によれば、新憲法草案では、9条2項の戦力不保持規定を削除し、「自衛軍」の創設としていたのを「国防軍」と改めた。

自民党発行の「憲法改正草案」Q&Aによれば、「(集団的自衛権を含め)自衛権行使には、何ら制約もないように」するとして「(1項の規定は)自衛権の発動を妨げるものではない」という規定を念入りに挿入したことが、得々と述べられている。

昨年12月の衆院選では、自民党のほか、日本維新の会、みんなの党、新党改革が「憲法改正」を掲げており、自公連立合意には、「憲法改正に向けた国民的な議論を深める」の1項目が盛り込まれている。

だが、毎日新聞が2012年12月26、27の両日に実施した緊急世論調査によれば自民党が先の衆院選の公約に盛り込んだ憲法9条の「改正」について、「賛成」と答えた人は36%、「反対」は52%を占めたと報道されている。集団的自衛権を行使できるよう現行の憲法解釈を変えることに関しても、「反対」は37%で「賛成」の28%を上回った。

また、憲法9条改正に「賛成」と答えた人は、自民党支持層では56%、連立政権を組む公明党の支持層では9%、「支持政党はない」と答えた無党派層では、24%だった。 集団的自衛権の行使については、自民党支持層で「賛成」は44%、「反対」は15%、公明党支持層では、「賛成」14%、「反対」46% との回答が寄せられた。

しかし、昨年12月の総選挙では、これらの民意が全く反映されなかった。議席では大勝した自民党だが、小選挙区では43%の得票率で79%の議席を獲得したのは、民意が全く反映しない小選挙区制の故であることは言うまでもない。また、過去最低の投票率であり、自民党の比例区の投票数は、前回より219万票も減少していることは、自民党も支持されていないことを明らかにしている。

にも関わらず、安倍首相は昨年の総選挙後の就任記者会見で、集団的自衛権の行使について「検討を始めたい」と表明。年が明けてから「政府が憲法解釈で禁じてきた」集団的自衛権の行使を可能にするための検討に再び乗り出した。

産経新聞(2012・12・31日付)に「若者から憲法改正論議を求める声」と題した記事が掲載されており、その中には産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が、毎日新聞同様日程の26、27の両日に実施した世論調査では、「安倍内閣は憲法改正に着手すべきか」との質問に51.1%が「思う」、11月の世論調査では、47.6%が憲法改正に賛成する候補者に投票する結果がでていると報告されているが、どのような層を対象にしているのかが問題だ。その記事中では、ある大学の講師のコメントが、「『戦力を持たない、だなんて現実からかけ離れている。国防軍の議論は慎重さが必要だが、議論をきっちり尽くして尖閣や沖縄が攻められてきたときには命がけで守るようにしなければならない』と話す」と紹介されている。

かつての日本の軍隊は15年戦争の末期、沖縄の人々・地域を守るどころか、日本という国家の最後の砦として、人々のいのちを生贄にし、培ってきた風土を踏みにじった。そして日本に復帰以後は、日本の平和憲法の埒外に置かれ、日本に於けるアメリカの軍事基地の70%が沖縄の風土を占有し、人々はいのちがけで暮らすことを強いられている。今、オスプレイの配備阻止が喫緊の課題だ。その講師はその現実を直視しているのか。

国家という権力が保持する軍隊なるものは、人々や風土を脅かす最強最悪の暴力組織ではないか。そして、戦争は、原子力発電と同様、差別構造の上でしか成り立たないことを認識しているのか。集団的自衛権の行使を容認すれば、国家権力が戦争に関っていく口実を限りなく広げてしまう。

本来、国家の最高法規たる憲法は、私たち主権者の人権を守るために権力を縛るものだ。自民党が打ちだした「憲法改正草案」では、「公共の福祉」に代わって「公益及び公の秩序」が登場した。これは、国家が「公益及び公の秩序」を大義名分として、私たち一人ひとりの人権をも制約していく可能性を孕んでいる。 戦争が、限りなく人権を踏みにじり、風土を破壊するものであることを、私は自らの子ども時代に直視した。私は、集団的自衛権の行使の禁止は、日本国家のあるべき姿として、平和憲法に打ち込まれた国の構えであると捉えている。

恒久平和を希求する私たち一人ひとりは、主権者として、第二次安倍政権の、「憲法改悪」への布石を阻止し、日本を堂々と戦争が出来る国に変質させていく企みに止めを刺すべく、総力を挙げて結集しようではないか。参議院選に向けての取り組みも共に進めたい。

イラク戦争開戦から10年に思う。~点と10(Ten)~

2013年.今年でイラク戦争開戦から10年が経ちます。10年前の3月、私は中学1年生の三学期で13歳でした。開戦前の冬、自分の意志で初めて反戦デモや集会に参加し、通っていた学校で有志の仲間を募ってビラまきに行ったり、その手作りのビラを持って街へと繰り出し街頭でビラまきも行い、そのビラまきは高校生になっても続けました。開戦後1か月間はアメリカ大使館前に大人の仲間とともに連日座り込みました。初めの頃は東京23区地図を片手に地下鉄を乗り継いで集会やデモに参加しました。そこまでしてなぜ反戦運動をしたのか。何が私をそこまで必死に動かしたのか。それは同じ思いを持った大人の仲間の皆さんが支えてくれたから、どんなに冷たい視線や周囲の心ない言葉を言われても自分の思いや行動を貫けたのだと思います。10年経った今、私は23歳。紆余曲折ありましたが、10年間私の活動は途切れること、あきらめることなく続けています。「続ける」というより生きることそのものであるかのように中学生の時小さな胸に湧き上がった思いは強まる一方です。

大学でのたくさんの同年代に囲まれて生活した4年間、いろいろな発見がありました。大学2年生になると周りの友達が口々に言いだす言葉が「就活」こと就職活動です。大学側も内定率や就職率などの数字を言いはじめ学生たちを焦らせます。受験や就活などで常に周囲と競わされ、自分を取り巻く情勢や他人の運命などに関する想像力が奪われていきます。大学などまさに就職するための予備校と化しています。就活に追われ企業説明会などに就活スタイルブックを読んでみな同じ格好をしている友達を見て若干23歳の若者のゴール地点が会社に入ることとはあまりにも寂しいのではないかと思いました。

私たち平成元年生まれはゆとり教育世代です。教育は「ゆとり」。しかし社会は「ゆとり」社会ではなく「競争」社会というちぐはぐな環境で、やれ片方では「ゆとり」だ、やれ「競争」しろと振り回され社会への疑問や怒りを感じさせる暇を与えず押し出されるように不安でいっぱいの社会に放り出され、また氷河期を超えた超氷河期時代とも言われ就職できない人たちもたくさんいました。入社できても解雇におびえいつも不安と隣り合わせの生活を送らなければなりません。どこに行っても競争が付きまとい解雇におびえ会社の上司におびえ肩身の狭い思いをしながら働くぐらいなら、保証はないが気ままで責任が重い仕事も任されず辞めたければすぐに辞められる非正規雇用のほうがいいと、フリーターで働くことを選択している若者もたくさんいます。もっと若者は元気に「世間知らず」と「怖いもの知らず」を武器に社会の色に溶け込まずそれぞれの色をそのままに飛び込んでいくべきだと思います。

今、ツイッターやフェイスブックなどとても簡単に昔の友達や海外の人たちとも繋がり、10年前では考えられませんが、エジプト革命のようにツイッターで革命まで起きるようになりました。つながりが増えネットワークは広がっているように思えますが本当にそのつながりが深く互いの生活を支えあっているものなのかといえば、そうではないと思います。「簡単」「分かりやすい」という言葉に自分を含めすぐに飛びついてしまいますが、その裏側にはたくさんの複雑なことが省かれています。真実や大切なことは、複雑で難しく、真剣に取り組むことでしかつかめず、簡単で分かりやすいものはそれなりで理解も思いも浅いと思います。受験も就活も会社での競争も全て安易な敵を作って競うというゲームのようになっていて、今の若者はゲームの中の登場人物のような存在として「生き残る」ための「浅いけれど強い危機感」を持っています。そのために考える余裕を無くし、どうしてこんなに生活が苦しいのだろうかと社会につなげて考える「つなげる力」と「想像力」が教育も含め長い時間をかけて少しずつ会社そして国家に従順な人間を作るために奪われてきていると感じます。

昨年12月の都知事選、衆議院選挙で私も二十歳過ぎて初めての選挙活動をしました。今までは未成年だったので歯がゆい思いをしながら開票結果をテレビで見るだけでした。選挙権を持って社会を担う一員としての重みを感じました。選挙期間、勝手に取材と題し大学の友達など同年代の人たちの選挙意識を何気なく聞いてみると驚くことに、維新の会支持が多く、維新は言っていることもわかりやすいし若者のことを考えている。橋下が何か変えてくれるような気がする。という考えの人が多かったです。ここでも分かりやすい、というのが若者の心をつかんでいるようで、何か今の社会を変えたい変えてほしいという気持ちを持つ人たちは、極右思想で弱者切り捨ての「ハシズム」に間違った期待を寄せています。うわべだけの浅い言葉や言論で分かりやすい敵を作り正義のヒーロー気取りの橋下・石原が行おうとしているとんでもない政策に加担してしまい気づいたときに、自己責任を押し付けられる前に何としてでも一若者としてこの右傾化に歯止めをかけていかなければなりません。共に闘う仲間がいて繋がってこれたからこそ私が闘い続けてこられたように、同世代の仲間にも本当の繋がりを知ってもらい本当の信頼と団結の力で、点と点を結んでほしいと思うのです。

安倍政権になりさっそく憲法9条を変えるため、96条の改悪から着手しています。私たちが戦争を体験せず戦争を知らずにこれたのは9条を大人たちか守ってきたおかげです。今度は私たち若者が選挙権もなく声もあげれない子どもたちの声なき声を代弁して9条を残して安心して暮らせる社会を手渡す番です。私は、今毎週金曜日に首相官邸前の反原発抗議行動に参加しています。戦争・原発・TPP等「どのようなエネルギーで何を食べ、他者と競争するのか連帯するのか」という本当に日常レベルからの闘いが必要だと痛感しています。生活の中で闘うのは常に「無力感との闘い」ですが一つの点として線を結んでいけるように私も引き続き行動し続けていきたいと思っています。

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2013年は民主主義の分岐点となる

半田 隆

民主主義が根付いていない日本

2011年は東日本大震災とそれに伴う原発事故が起こされ、2012年は旧態の自・公による政権交替という災厄がもたらされた。原発事故は「原子力村」の利権構造が国民を瞞着した結果であり、政権交替は多くの有権者が権利を放棄したことで生じた。

核エネルギーと生類は共存できない

「原発」の危険性は市民や科学者が指摘してきたにもかかわらず、政・官・業・学・メディアの「原子力村」が詭弁を弄して潰してきた。倨傲の「原子力村」は、スリーマイル島原発やチェルノブイリ原発事故を他山の石とすることなく、根拠の乏しい「安全神話」を振りまき、それに自らが耽溺して対策を怠った。そのため、福島原発で過酷事故が起こると、対処法を知らずに周章狼狽し、混乱に陥って水素爆発を頻発させたばかりか、適確な住民への避難指示を出すことも叶わなかった。原発は通常運転時にも放射性物質を排出し、過酷事故では致死性の放射性物質を撒き散らすことになり、さらに高レベル放射性廃棄物を積み上げていく。数万年に及ぶ管理が必要な毒物を生成し続ける原発の廃炉は合理的必然である。安倍政権と「原子力村」は虎視眈々と維持・継続を目論むが、後世に有害物の処理を委ねるのは人倫に悖る行為だ。

安倍政権の最大の目標は改憲にある

「政権交替」は、多党乱立と民主党への批判および低投票率がもたらしたものであって、自・公政権に対する肯定ではない。しかし、大勝した安倍政権は、「憲法改定」、「軍備増強」、「領土問題の対立」、「沖縄の辺野古基地建設」、「消費税増税」、「企業減税」、「TPPへの参加」、「非正規雇用の増大」などを押し進めるだろう。中でも安倍政権の最大の目標は改憲にあり、石原維新の会も同様である。憲法の基本理念は国家の義務および逸脱の抑制を本義とするが、安倍政権は国民主権を逆転させて国家に奉仕させることを考えている。参院選で大勝するようなことになれば、96条のみか9条を含む改憲に踏み込むだろう。改憲に至らずとも、解釈改憲で集団的自衛権を強引に認知させる可能性がある。そして無人島の領有を巡って強硬路線を貫くつもりのようだが、米国が大戦に至るリスクを冒してまで集団的自衛権を行使することなどあり得ない。領土問題は外交で解決するしかない。

TPPは新自由主義市場経済の集大成

「TPP」の本質は新自由主義市場経済にあり、80年代に「ワシントン・コンセンサス」としてまとめられている。要約すると「投資の自由化と保護、貿易の自由化、規制の撤廃、公企業の民営化」などである。これがIMFと世界銀行の基本政策となっており、世界規模の拡大を図ったのがOECDで協議された「多国間投資協定・MAI」である。この協定には、締約国はMAIの規定を侵すような法律を制定することはできない、との条項が含まれていた。この資本優先の協定にECの市民側から反対の声が上がり、フランス政府が不参加を表明したことで、98年に交渉は凍結された。米国は方向を転換し、アフリカ48カ国を対象にした「アフリカの成長と機会のための法」を施行した。これがアフリカ諸国に適用されつつあり、農業、医療、教育に弊害が出ている。日本は貿易立国であり、TPP参加は不可欠だと主張する者もいるが、GNPに占める日本の貿易依存度は15%程度であり、主要43カ国の内の40位前後であって貿易立国とはとてもいえない。これを数%増やしても日本経済は活性化しない。

人間尊重の思想が欠如している政治

経済の活性化には被雇用者の3分の1を占める「非正規雇用」を正規化して労働分配率を高め、疲弊した内需の拡大を優先するのが最上の策なのである。
「東北の復興」が遅々として進まない背景には現地の意見を尊重しない人間蔑視の思想が絡んでいる。官僚機構が復興に便乗して予算を流用するのは、東北の人々の救済より権益を優先する行政の退廃にある。

安倍政権は「沖縄」の普天間基地をそのまま維持し、頃合いを見計らって辺野古の新基地建設を強行するつもりのようだが、実現可能性はなく、また沖縄独立論も高まろう。安倍自民党が「日本を取り戻す」をスローガンに政権を交替したのであるからには、日本の国土を恣に使用された上に巨額の米軍駐留経費の負担を強いられている従米国家から、日本を取り戻すのが先決である。

民主主義はボトム・アップが基本である

政権交替は「民主主義の危機」を抱かせるほどの事態であり、民主主義を取り戻す方策が問われているが、民主主義の基本はボトム・アップにある。政治リーダーの役割は国民を引き回すことではなく、ボトムの意見を採り入れて政策に反映させるところにある。民主党政権は智恵と経験が不足しているにもかかわらず、国民の声に耳を傾けずに愚策に拘って自滅した。自・公政権と石原維新の会は国民を幻惑しつつ増税によって軍事力増強を図り、日本を強国に見せたいと考えているようだが、ボトム・アップから逸れれば、やがて失敗するだろう。

今夏の参院選は民主主義の分岐点となる

右よりの政党が取り巻く政権交替は、強権的な権力機構と資本優先の社会構造を作り上げる虞れがあるが、希望はある。現政権は国民の圧倒的な支持で誕生したのではないからだ。「脱原発」、「再生エネルギーの推進」、「反TPP」、「消費税増税反対」、「改憲阻止」、「沖縄の基地撤去」、「非正規雇用の正規化」、「東北地方の復興」を課題に、政治に背を向けている人々を喚起すれば、今夏の参院選で安倍自民党および石原維新の会の過半数を阻止することは可能である。

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年末年始に読んだ本から

池上 仁

昨秋丸谷才一が亡くなった。洒脱で含蓄に富んだエッセイがもう読めないのは残念だ。『ゴシップ的日本語論』(文春文庫)にハッとさせられる箇所があった。「昭和天皇の少年時代における言語教育の不備、欠陥」「日本の敗因の……敗因のなかには戦争を起こしたことも含まれるとわたしは解釈しますけれども……重大な一つとして、昭和天皇の言語能力の低さがあげられる」、他の箇所で「言語能力、あるいは思考能力」と言っている、刊行当時右翼の攻撃にさらされなかったのだろうか。

「まづ第一は意味が通じること。その基本条件を抜きにして、明治憲法は文体がよかった、現行憲法は文体が悪い、だから改憲すべしといふ、あの改憲論はをかしいと思ふんです。池澤夏樹さんがこのあひだ、日本国憲法を訳し直して本を出しました。『憲法なんて知らないよ』(集英社)です。それを読むと、意味もよくわかるし文章のもたもたした感じもなくて、いい気持になりますね」。丸谷の日本語論は『完本日本語のために』(新潮文庫)に集約されている。彼の「歴史的仮名づかひ」への固執が極めて論理的なものであることが分かる。初期の小説『笹まくら』(新潮文庫)を再読する。徴兵を忌避し特高の影に怯えながら逃避行を続ける主人公の緊張感が生々しい。しかし、彼の戦後の生活はある意味逃亡生活の継続であった。戦前・戦中・戦後の連続性を示唆する稀有な作品だと改めて思う。

桐野夏生『ナニカアル』(新潮文庫)は作家林芙美子が戦争中陸軍嘱託(事実上は徴用)として戦意高揚の文章を綴るべく戦地に赴く話。沢山の文献を読みこんだ上でのフィクションである。奔放な芙美子の行状、プロレタリア作家窪川(佐田)稲子との接触など興味深いが、何より林たちを慇懃無礼に頤使する軍の薄気味悪さが印象的だ。「謙太郎の声を聞きながら、松本たちはこんな電話まで盗聴しているのではないかと、怖ろしくなった。私たちが何を飲み、何を食い、何を語って、何をしているのか。会話を一言一句聞いている者がいる。行動を逐一見張っているものがいる。私たちの言動は、『情報』とやらになって、憲兵隊本部の書類棚を埋め尽くすのだろう」。国家権力の執拗な追及からの逃避行という点で『笹まくら』に相通じる。

内田樹・小田嶋隆・平川克美・町山智浩『9条どうでしょう』(ちくま文庫)は2006年、安倍内閣により改憲風潮が一気に高まった時期に刊行されたものが、奇しくも第二次安倍内閣発足直前に文庫化された。私はこの文庫版で初めて読んだ。

「私たちが本書でめざしたのは、護憲・改憲の二種類の『原理主義』のいずれにも回収されないような憲法論を書くことである」と内田は言う。確かに4人の論考は自衛隊や日米安保についての認識を含めいわゆる護憲論とは相当に異なっている、というか文体からして「破天荒」なものだ。しかし九条改憲反対のための論点を目一杯豊富化するという点で手に取る価値があると思う。

内田は「憲法九条と自衛隊の『内政的矛盾』は、日本が『アメリカの従属国』であるという事実のトラウマ的ストレスを最小化するために私たちが選んだ狂気のかたちである」と言う。林達夫が敗戦後5年を回顧して「最も驚くべきことの一つは、日本の問題がOccupied Japan問題であるという一番明瞭な、一番肝腎な点を伏せた政治や文化に関する言動が圧倒的に風靡していたこと」(「新しき幕開き」)と慨嘆したこととつながる。いわゆる領土問題で改めてあの「敗戦」が何であったのかの検証が迫られていることと同質の深い問題をはらんでいる。

町山は韓国人の父と日本人の母の下に生まれ、日本国民であって永住権を得てアメリカに住んでいる。小見出しでおよその論点が分る、「平和憲法と軍備の両立は珍しくない」「ドイツは憲法改正を禁じている!」「アメリカ憲法だって押し付け憲法だ」「国を愛する義務より国に逆らう権利を」「国民と民族は違う」…ブログのコメントに「お前は帰化したからって日本人ぶるな」と書き込まれたこともあるという町山の「国民」と「民族」の峻別という観点からの改憲論批判は力がこもっている。

サッカーの話だ。「で、現状、国民的敗北の責任を、目の届く範囲の歴史に求めると、その中心には、どうしても第九条が浮上してしまう。だって、われらが九条は、闘いを放棄するという、世にもマレな敗亡賛歌であり、およそ国家というマッチョイズムの化身が演じるとも思えない尻尾クルクルの土下座踊りだからだ」…小田嶋特有の奔放な口ぶりで、しかし、九条が「青臭い点についてはご指摘の通りだが、君たち政治家が実現すべきは、憲法が示した理想を現実化する仕事だ、というそれだけの話である」という認識は揺るがしていない。
平川は「憲法問題とはまさにこの憲法(に書かれた言葉)への信頼という問題なのだ」(傍点原文)「玄人筋が言うところの、憲法が世界の実情と矛盾しているというところにあるのではない」とし、憲法改正の気分を醸成したのは日本人の側の変化、劇場型政治や戦争報道の観客の如き位置に身を置いたことにあるだろうとする。そして憲法の成立にあたって憲法研究会や憲法懇談会の案が重要な役割を持ったことを指摘し、「それはそのまま日本の『普通の』人々の願いに接続されていったと、とわたしは思う。そしてその理想の効果は戦後六十年という長きにわたって、発揮され続けられたのである」と。

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「現場」が紡ぎ出すもの

毛利孝雄(沖縄大学・学生)

1.普天間ゲート

普天間基地・大山ゲートから振り返ると、宜野湾や北谷の市街地を隔てて左は慶良間の島々、右は読谷から残波岬を望んで、遠く水平線に向けて碧い海原が広がる。68年前には、米艦船で埋まった海である。

この季節、朝6時はまだ夜明けにほど遠い。街灯の明かりをたよったにしても、上がってくる車が「Y」ナンバー(米兵の車)なのか、ウチナーンチュの車なのか見分けはつかない。車内の米兵の表情も確認できない。7時近く、ようやく白みはじめた空に市街地の明かりが吸収されて、ぼくはYナンバーの車に向けて、「マリーズ・アウト」とか「ノー・ベース」とか、もっと英語力を身に付けておけばよかったと思いながら、声をあげる。

大山ゲートと野嵩ゲートではこうした活動が、年が明けた現在も毎日、愚直といえる程の粘り強さで続けられている。ぼくは、週2回行くのがやっとだけれど…。

2.粘り強さを支えるもの

『沖縄タイムス』が、年明けからこの大山ゲート・野嵩ゲートで抗議活動を続ける人たちへの取材を、何回かに分けて特集(「日本への告発状-基地問題の実相」)した。

1月1日の初回は、宮里洋子さん。ゲートでは、ハンドマイクを手に流暢な英語で車の中の米兵に呼びかけている。昨年の県民大会に向けて、72時間沖大正門前を“占拠(とは言わなかったけれど)”して、学生たちで作り出した交流スペース・Village Squareにも訪ねてきてくれた。彼女が、座間味島「集団自決」の関係者ということは聞いていたけれど、細かい事情を知るのは初めてだった。以下、記事から要約する。

-沖縄戦の当時4歳、「死ぬのは嫌」と避難壕から逃げ出し、無傷で生き延びた。母・姉・弟にはカミソリ傷が残る。切り付けたのは国民学校の教師をしていた母。徹底した皇民化教育の先導役としてわが子に手をかけた。

肉親が被害者であるだけでなく加害者だったという重い事実は、宮里さんに戦後長く沈黙を強いることになる。「彼女の親は人殺し」。出身地の座間味島民から、陰でそう言われたこともある。一方で、たびたび戦場の悪夢にうなされた。「助けて」。よく夜中に叫んでは跳び起きた。友人と泊まりがけで旅行したことは一度もない。

3年前、旧盆のため島に帰省した夏、散歩中迷い込んだ先で偶然に「平和之塔」と出会う。刻み込まれた戦没者の名前を前に、「ごめんね、何もできなくて」とつぶやき手を合わせた。不意に涙があふれてきた。自分の心の傷と向き合えた瞬間だった。

昨年9月末、普天間基地を市民らの直接行動が封鎖した4日間。「いいかげん、沖縄に苦しみを押しつけるのをやめて」。宮里さんはマイクを握り声の限り叫んだ。「母が終生抱え続けた悔しさに、後押しされるようでした」とあの瞬間を振り返る。-

普天間ゲートの行動は、このような一人ひとりの体験に根ざして続けられている。「沖縄戦の継承」という課題に関連させていえば、こうした民衆運動の、あるいは闘いの「現場」を通じるなかでこそ、非体験世代により強く引き継がれていくのではないだろうか。この意味で、この半年間の反オスプレイ闘争は、沖縄戦体験世代から非体験世代への記憶の継承について、全県的規模で考えるほとんど最後の機会のように思えるのだ。

宮里さんとは、こんど一緒に渡嘉敷島に小嶺正雄さん(「集団自決」生存者)を訪ねることにしている。

3.「74%集中」の不条理

年末・年始の短い帰省から沖縄に戻り、その間の『沖縄タイムス』を整理していて、あらためて考えさせられたことがある。「本土」との温度差などと表現もされるが、「74%集中」の不条理そのものといったほうがいいだろう。

この期間の『朝日新聞』と『沖縄タイムス』、それぞれの1面トップ記事をひろうと上表のようになる。
「74%集中」の不条理は、このあともこれでもかと言わんばかりに続いていて、以下のようだ。いずれも『沖縄タイムス』1面トップ記事から。

1/6 「ジャングル訓練場 検討」-現在は北部訓練場を使用。米本土近くに新設を検討
1/9 「嘉手納にオスプレイ伝達」-9機配備、普天間基地を含めると30機超に
1/10 「嘉手納 住民大会を開催」-オスプレイ計画の撤回求め、住民大会開催を検討
1/11 「来月にも埋立申請」-辺野古移設で政府は首相訪米前に申請を検討
1/12 「F22また嘉手納に」-12機300人を4ヶ月間配備。2007年からほぼ“常駐”の格好
1/15 「下地島 空自F15常駐」-尖閣警備を目的に国が検討。

この状態は、どう考えても異常である。

4.運動と「現場」がもつ意味

一昨年、沖縄生活をはじめるにあたって借家契約をしたとき、新聞購読の手配について不動産屋さんにたずねたことがあって、次のように言われたことが印象に残っている。

「毛利さん、マジメですねー。今どき学生で新聞取る人はいないですよ。みんなネットですからねー」

その時は、“そうだろうなー”と納得もしたのだが、あらためて考えてみるとネット発信のニュースとは東京発、つまりは「朝日新聞」のそれに近い。『沖縄タイムス』や『琉球新報』の報道や論調が、沖縄の学生や若い人たちに届いていて、この世代の世論も形成しているとぼくたちが考えているとしたら、大変な勘違いになるということだろう。ネット発のニュースのなかから無批判に形成される意識は、やがて後になってボディーブローのように効いてくるにちがいない。

それを超えられるとしたら、それはやはり、民衆(大衆)運動の存在、無数に創造される闘いの「現場」の存在ということになるのではないか。

この半年に凝縮される反オスプレイ闘争は、10万人超が参加した県民大会を実現し、市民らの直接行動による4日間の普天間基地封鎖を経験することになる。それは、今日のゲート前行動へと引き継がれている。そして、これらの取り組みの周縁には、その成功をめざして無数の学習と交流の「現場」が生まれたはずである。沖大生で取り組んできた ①学内シール投票 ②オスプレイ学習会 ③交流のための3日間の自由空間Village Square ④報告感想文集「Villager」の発行 ⑤日米政府へ沖大生のメッセージを送る活動 なども、そうした「現場」のなかのひとつにちがいない。

普天間・辺野古・高江…それぞれの闘いの「現場」の存在と継続とは、たとえ小さくはあっても、世代をつなぎ運動・思想・記憶を交流し継承していく役割を担い、果たしつつあるのではないか、そのように思うのだ。

5.県民大会実行委員会の政府等要請行動に合わせ、沖大生6名で上京

今月末の県民大会実行委員会による政府等への要請行動に合わせて、1月26日~28日にかけて、6人の沖大生で上京する。日比谷野外音楽堂での集会と銀座パレードに参加し、沖大生たちのメッセージを直接日米政府に届ける。東京で沖縄問題に取り組む学生や教員の皆さんには、交流の機会もつくっていただいている。皆さんと東京でお会いできるのを楽しみにしたい。

「オスプレイに勝ってやる」これが何と小学5年生の投書だ。ヤマト出身の私は恥じ入る。

もう30余年も前だろうか、東京の狭山差別裁判糾弾集会での、中高生と思しき少年の演説で「労働者たる者は、自らの社会的立場を自覚してもっと闘え」と問われて以来のことだ。移住した宮古でもまた頭が下がる経験をした。去る4月13日の北朝鮮のロケット打ち上げ失敗を評して近所のオバァ曰く、「これで八方がうまく収まるサー」と事態を達観していた。次いで先日、打ち上げ成功に「やれやれ落ちなくて済んだサー」と、これまた首長の大騒ぎを笑う。どちらにしても、無用のPAC3が発射されなくてよかったのだ。「自衛隊もサッサと帰るサねー」と、島のド真ん中に居座る空自野原分屯地を睨んで、オバァが顎を振る。何も難しいことではない。

凝縮した暴力が沖縄には日常的にある。ヤマト政府と米軍による支配、基地ゆえの貧困と異民族差別に貫かれた最下層への同化の強制、常に命と人権は蹂躙され、ヤマトの歓楽地として観光偏在の経済、アジアへの最前線基地かつ防波堤としていつでも見捨てることが可能な辺境の地、悪人の好意にゆだねるしかない地位協定。などなどと・・・。これが「憲法の下へ復帰」したはずの40年間の実態だ。憲法の上に君臨する安保と、ヤマトの掃き溜めにして恥じない構造的差別意識に今なおくみしだかれている。それゆえに民意は研ぎ澄まされ諦めを知らない。もはや直接民主主義しか民衆が勝つ道は残されていない。開かれたアジアにしか活路はない。

まだ残暑が厳しかった10月1日、オスプレイの飛来に歯噛みしながら声の限り叫んでいた民意は、総選挙結果がいかであろうと不服従抵抗闘争を継続している。安保容認の自民党系首長ですら、もう振興金はいらない。基地をヤマトで受け入れろ。ヤマトとウチナーのどちらが甘えているのだ、と声を荒げる。480人の衆議院定数のうちわずか7名しか選出されない現行制度のどこに、「国民」に併合された被差別少数民族の権利擁護を保障する「項」があると言うのか。

辺野古の攻防が今から始まる。だが以前とは状況が大きく異なる。前面には一つにまとまった世論が立ちはだかる。デタラメなアセス補正書を12月18日にともかく出したと居直る防衛省は、着々と埋め立て申請の準備を進めている。安倍は総理就任前の12月21日、名護住民投票15周年のその日、普天間の移設先は辺野古と言明した。しかも仮に辺野古で新基地が造られると、オスプレイを日米で共同使用すると言う。またオスプレイを自衛隊が購入する計画も判明した。まったくもってとんでもないことだ。12月23日には辺野古移設に即刻反撃の狼煙があがった。オスプレイ・普天間・辺野古・高江・伊江島等を貫いて、全基地撤去・反安保・安倍政権打倒の火柱が上がった。予定されていた集会ではあるが、実にタイムリーだった。

もともとが辺野古移設(改憲と対米従属も原発も基地も、貧困と非正規化も)は自民党が進めてきたことではあったが、09年選挙で敗退・下野して民主党政権に交代した。その初代総理となった鳩山が「国外、最低でも県外」を公約に掲げ自ら表明したことで、辺野古移設は立ち消えとなったのだ。県民世論はこれを歓迎し、自民党県連などネジレ諸勢力を含めて「県外」がオールオキナワの声となった。その集約点が、10万人余を結集した9・9の県民大会だったのだ。しかし、鳩山の対極で「県外」妨害工作を執拗に繰り返し、ついにはその断念に追い込んだものこそ自民党に他ならない。そのことは怨念となってウチナーの心に沈殿している。

「我慢の限界」などとっくに越えている。米兵の度重なる蛮行に、もはやいつ暴動の引き金が弾かれるかという状況で、これを押しとどめているものは唯一、民衆の側の理性だ。

オスプレイの訓練飛行はまさに米軍のやりたい放題で、日米安全合意など無に等しい。その下で生活している人間など虫けら同然。低周波音の影響も深刻でいつ落ちてもおかしくない欠陥機。

これがいよいよヤマトでも本格的に訓練飛行を始める。にもかかわらずヤマトの危機感が乏しいのはなぜか。それを証明して見せたのが岩国市長はじめ九州市長会や全国知事会だ。自分の身さえ安全ならいいと沖縄にだけ押し付けて恥じない。自己中の「対米依存防衛」を隠すための方便として、沖縄経済が未だに基地依存だと過去にしがみついている。ヤマト全体に今なお支配的な差別意識・他人事意識と無理解にその根源がある。ヤマトももはや逃げられはしないのだが。

東アジアの緊張を緩和する意味でも、反オスプレイの闘い、米軍基地撤去はグローバルな意義を持っている。だが言われているように移設先がはたしてグァムか。当該のグァムでも移転反対運動が強まっている。小さな島にどれほどの海兵隊を押し付け移転させるのだと、沖縄と同じ問いを発している。日米両政府は新たな敵を自国経済危機と対外的には中国と定め、中国のミサイル射程外に軍を再編する戦略に基き、対中包囲網の完備を急いでいる。イーグンクバシマ(尖閣諸島を先島は古来こう呼んできた)周辺はますます緊張が高められ、PAC3配備をテコとして自衛隊展開の地ならしが進んでいる。尖閣に中国航空機が飛来したことを口実に、自衛隊のAWACSやE2Cを増強した。沖縄戦がヤマト防衛の時間稼ぎの捨て石作戦だったことを忘れて、その反省もせず中国や北とコトを構えるつもりなのか。権力の宣伝機関に堕したマスコミ。反中ナショナリズムをあおる諸政党、これらがこぞって政治利用に努めている唾棄すべき連中だ。

薩摩の侵略以降、自己矛盾が常について回るオキナワの実情。ヤマトとウチナー、基地労働と基地撤去、生活と基地、貧困と振興、破壊された琉球の地域社会と主体の取戻しなど。深刻な矛盾を内在しながらもウチナーの民意はすでにヤマトから離れ、琉球の先住民族の自覚を取り戻し始めている。異民族支配と多数決民主主義による差別からの解放をかけて、米軍基地を住民の直接行動で封鎖した。これは沖縄とイラクだけだ。ウチナーの決意はゆるぎない。方針も明確だ。居心地の悪い基地状況が絶えず作り出される。あるときには実力行動が取り入れられる。

今度はヤマト民衆の主体取戻しの闘いが強く求められているのだ。刀を研ごう。頭脳を研ごう。
まやかしの「選挙制度」によって出された結果は、まっとうな闘いでハネ返すしかない。
2012・12・2

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「イラク10」――今、問う イラク戦争の10年と日本

筑紫建彦(憲法を生かす会)    

今年3月20日は、2003年に米英によるイラク攻撃が始まって10年目になります。しかし、「イラク戦争」は完全に終わったわけではなく、米軍の駐留と作戦は今も続いています。それ以上に、戦争で破壊されたイラクの国土と、報道されただけで12万人にのぼるイラク人の死者、かきたてられた宗派間・民族間の対立・紛争は、今も続く深い生傷となってイラク社会をさいなみつづけています。

戦争がもたらすのは死と破壊だけ、武力で平和はつくれない――イラク攻撃を止めようと、世界中で市民が行動を起こしました。開戦直前には、世界で1000万人以上の市民たちが一斉に街頭を埋め、まさにその声が地球を一周しました。イラクの現状は、その正しさを悲惨な形で証明しています。

WORLD PEACE NOW(WPN)は、イラク攻撃が始まる前年2002年12月、2001年に始まった(現在も続行中)アフガニスタン攻撃に反対して行動を続けていた市民グループと、新たに反戦行動を始めていた若者たちのグループが共同して生まれた、日本では久しぶりに多様な行動ネットワークでした。03年1月早々から、迫る戦争に危機感を抱いた多数の市民たちがWPNの集会・パレードに参加するようになり、3月には数万人の市民が日比谷公園や芝公園を埋め尽くしました。その中には、子ども連れの家族や中高生、在日の各国の人びとの姿も多く、さまざまな衣装やデコレーションでのパフォーマンスや華やかなサンバの参加も見られました。このうねりは全国に波及し、各地でも「〇〇WPN」が生まれました。世界の市民に連なる市民の反戦行動の新たな再生だったのです。

日本各地で「イラク10」のイベントが

それから10年、イラクの現状を前に、来る3月、日本各地で「イラク10」(イラク戦争10年)のイベントが開かれます。東京では、「あれから10年、そしてこれから――開戦から10年 今、問う イラク戦争の10年と日本」というテーマで、3月20日(水・祝日)午前10時から早稲田大学14号館を会場に、報告集会や分科会、展示などが行われます。また、名古屋、広島、札幌、沖縄、大阪などでも市民グループが中心になって、いろんな企画が進められています。

この日本での行事には、イラクのフォトジャーナリストであるアリ・マシュハダーニさんや、英国の「戦争に反対する軍人家族の会」のローズ・ジェントルさん夫妻も参加します。アリさんは、ロイター通信やBBCなどのカメラマンとしてイラク各地の状況を取材、その過程で米軍に捕まり、悪名高いアブグレイブ収容所に拘留されたこともあるそうです。ローズさんは、イラクに派兵された息子さんが戦死したため、英国政府と議会にイラク戦争の誤りを訴え、議会が公式にイラク戦争の検証委員会を設けてブレア元首相をはじめ多くの関係者を喚問する活動を行うようになった原動力となった人です。

WPNも「イラク戦争10年」実行委員会に参加しており、午後3時からの分科会「イラク戦争と自衛隊・在日米軍」の企画・運営を担当することになりました。ここでは、航空自衛隊のイラクでの米軍支援作戦は憲法違反という画期的な判決を名古屋高裁で導き出した川口創弁護士と、巨大な米軍基地がある横須賀を拠点に在日米軍基地の問題を追及してきた木元茂夫さんが報告し、軍事評論家の前田哲男さんがコメントを行います。また、多彩な表現のパレードやパフォーマンスで注目された「WPNの歩み」を写真やフライヤーの展示で紹介する企画も準備されています。

「イラク戦争」の実相

イラク戦争は、2003年3月19日(日本時間20日)に米英がイラク空爆を開始し、翌20日(同21日)には地上軍が侵攻して始まりました。その主な「理由」は、イラクが大量破壊兵器を保有しており、アル・カーイダなどのテロ組織と密接な関係がある、というものでした。しかし、どちらも真っ赤なウソでした。国連の調査団とIAEAは、大量破壊兵器の有無は確認できないので、もう少し調査の時間がほしいと求めていました。サダム・フセインの政権は、中東では有数の軍事力と厳格な独裁体制に自信を持っており、テロ組織との関係は米国のCIAさえ否定的でした。このため、国連安保理では仏、独・中、ロなどが反対して軍事行動を認める決議は行われませんでした。

それにもかかわらず米英がイラク攻撃を強行したのは、1991年の湾岸戦争以来、反米の姿勢を強めてきたフセイン政権を打倒し、イラクの豊富な石油資源の支配権を奪って、中東から世界に及ぶ米国の覇権体制を強化・確立するためでした。特にブッシュ政権の中枢は、米国による世界支配の強化を主張するネオコンと呼ばれるグループが占め、国連や国際社会を無視する単独行動主義を推進しました。

日本の小泉政権(当時)は、これらのことは百も承知でしたが、国際世論の手前、外見だけは「平和解決」を唱えていました。しかし、米英が攻撃に踏み切ると見るや、開戦の直前、小泉首相は「戦争支持」を表明しました。そして「イラク特措法」の成立を強行し、陸海空自衛隊をイラクに派兵しました。政府とマスコミは、サマーワに派遣された陸自部隊の「復旧・人道支援」を大々的に宣伝しましたが、クウェートに配置された空自部隊が何をしているかは隠してきました。空自の輸送機は、「国連等の人員・物資を輸送」とされてきましたが、その「等」とは米軍の兵士や武器で、しかもそれが輸送の大きな割合を占めていたことが明らかになりました。なお、国際法では、占領地における占領行政も戦争の一部とされ、それに加担した陸自も国際法上、「戦争に参加」したことになります。しかし小泉首相は、「非戦闘地域とは、自衛隊がいるところのこと」と強弁しました。

ブッシュ大統領(当時)が「大規模戦闘は終結した」と宣言したのは、開戦2カ月後の5月でしたが、終わったのはイラク正規軍との戦闘だけで、その後はイラク各地での武装抵抗が続発し、オバマ大統領が改めて「戦闘終結宣言」を出したのは7年後の2010年8月末でした。そして、米軍の「完全撤退」が発表されたのは2011年12月ですが、それは戦闘部隊だけの撤退で、治安部隊や「軍事訓練要員」は今も駐留しています。さらに米政府は、イラク新政権との間で条約を結んで恒久的な米軍基地と米軍駐留を可能にしようとしています。なかば事実上の占領と米国統治の永続化が狙いなのです。

生みだされた膨大な犠牲と損失

米英のミサイルや爆弾、砲弾やその後の武力紛争で死亡したイラク人は約12万人(報道分のみ)、難民・避難民は400万人にのぼります。米国発表によると、この間の米兵の死者は4488人(有志国連合全体では4805人)、負傷者は約3万2000人、戦費は米国だけで約6.2兆円(2011年12月現在)ですが、米国はイラク人の犠牲者は一貫して無視しています。

周辺国やイラク国内の比較的安全な地域に逃れた難民・避難民の暮らしも、元に戻るのは不可能か非常な困難が伴います。戦争で破壊された家屋や店舗、事業所などは簡単には再建されないし、費用も多額になります。また、元の居住地に戻れたとしても、破壊されたインフラが復興され、その上で事業や雇用が回復しなければ、生活はできません。生活インフラには、水道、下水道、電気などのほか、医療設備、学校、福祉施設なども必要です。しかもイラクでは、米国や欧日などの「復興」事業で潤った一部の層と、「復興」に取り残された多くの庶民という格差が拡大しているとされています。

米英軍が爆撃、砲撃した地域には、使用した劣化ウラン弾の被害が多く報告されています。放射線被ばくは長期にわたり、特に子どもたちの健康が深刻な課題ですが、劣化ウランの粉じんは除去が困難です。この問題も、「イラク戦争10年」の分科会の一つになっています。

外国軍の武力で打倒されたイラクに生まれた新政権も、深刻な紛争や利害対立を抱えています。フセイン政権で優位だったスンニー派と、新政権で主流になったシーア派の対立と衝突、ようやく広範な自治権を得たクルド人と他のイラク人の油田保有をめぐる角逐、国内に拡散した武器・弾薬と駐留米軍・・・。最近では、これに隣国のイランの核疑惑を理由としたイスラエルによる攻撃の危機や、シリアにおける内戦の影響も懸念されます。

特にイラン問題は、イラク新政権の主流がシーア派のため、事態の推移によってはイラク国内にも大きな混乱を招きかねません。昨年8月に発表された米国のアーミテージ報告では、イスラエルや米国によるイランへの武力攻撃の可能性を前提に、「イランがホルムズ海峡の閉鎖を宣言するか実施した場合は、自衛隊は独自にでも掃海部隊をペルシア湾に派遣すべきだ」と日本に要求しています。安倍政権はその場合、「日本向けのタンカーを守るため」とか、「自衛艦と共同作戦をする米艦を守るため」などと称して、集団的自衛権行使の口実に利用するおそれさえあります。

これらはいずれも、中東全域への覇権拡大をめざしてきた「米国の戦争」の結果であり現状なのです。私たちは、10年前に始まった「イラク戦争」がこんな現実をつくりだし、新たな危機と庶民の苦しみを生みだしていることを直視し、3月20日の「イラク10――今、問う イラク戦争の10年と日本」のイベントを成功させたいと思います。

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「東京都知事選をたたかって」

中山 武敏(弁護士・人にやさしい東京つくる会代表) 

選挙結果は残念な結果となりましたが、多くの市民の方々、複数の政党、多くの団体の方々で宇都宮健児弁護士を統一候補として選挙戦にのぞみ、選挙活動をとおして立場や所属を超えて連帯と信頼をえられたことは今回の選挙の大きな成果であると思います。

この枠組みを大切に連帯と信頼を基礎にさらに草の根かの大きな運動をつくっていくことが大切だと思っています。

都知事選は、超党派・無党派の市民活動家や所属を超えて集まった弁護士などが確認団体「人にやさしい東京をつくる会」をつくり、市民選対を設け、若者中心の事務局が選挙実務を担当し、支持政党、各団体、各地の勝手連がそれぞれ自らの判断で活動すると新しいスタイルの市民が中心となった選挙運動が展開されました。

選対が連絡先等を把握しているだけでも50団体を超える勝手連が続々と結成されています。都知事選終了のこの1月20日に韓国YMAC会館での「2012年都知事選総括集会」で各地の勝手連の活動が紹介・報告されましたが、独自のビラの作成、お散歩デモ、街で生活している一人ひとりに語りかける活動など様々な創意ある活動が展開されています。東部勝手連の方は、宇都宮選挙をきっかけにいろいろの団体、人々と繋がる芽が出てきた、始まったばかりですと報告されていた。

弁護士グループも新しい動きが始まりました。選対メンバーには複数の弁護士も加わり、選挙事務所には法規対策チームの弁護士が常駐しました。選挙期間中の12月8日には、三鷹市で法定ビラを配布していた70歳の男性が「住居侵入罪」等の罪名で三鷹署に不当逮捕、送検されましたが、現地弁護団の機敏な対応で検察の勾溜請求を裁判所が認めず、男性は釈放されました。「人にやさしい弁護士の会」も結成され、東京の多数の弁護士の支持声明、寄付金の呼びかけ、「弁護士100名銀座ウオーク」、「100ケ所一斉街頭宣伝」等も取りくまれた。初めて自らが選挙活動に取組なかで多くの弁護士は公選法の不当性、日頃からの地域の人々との結びつきと活動の大切さを実感したとの感想を寄せられている。「山の手線一周」の独創的な取組も多くの弁護士の協力があってはじめて実現できたものです。

今回の大きな教訓は、石原前東京都知事の突然の辞任による突発的な選挙となったことの運動期間の短さに加え、衆議院選と同時選挙となったこともあって、宇都宮候補の名前、人柄や4つの政策「1、東京から脱原発をすすめる。2、誰もが人間らしく生きられるまち、東京をつくる。3、子どもたちのための教育を再建する。4、憲法の生きる東京をめざす。」を十分に広範な都民に浸透させることができませんでした。

日常的な市民的な政治活動を草の根から積み重ねないと短い選挙選期間中の活動だけでは政治状況を転換させられないということ痛感させられました。

都知事選と共に、今回の総選挙の結果、改憲を明確に掲げた自民党と日本の維新の会の議席は合計348議席で改憲の発議に必要な3分の2の議席を衆議院で超えました。自民党は憲法9条2項を改正し「国防軍」を創設し、集団的自衛権の行使を可能とする「国家安全保障基本法」の制定を公約に明記しました。日本維新の会も憲法改正や核兵器のシュミレーションまで主張しています。侵略戦争への反省にたった平和憲法を改悪し、戦後の日本の歩みを根底から変える再び戦争する国づくりと危険な動きは加速しています。

アルジェリア人質事件で日本人7人の死亡が確認されたこと受け、自民、公明両党は、与党対策本部を開き、海外で緊急事態が起きた際の邦人の保護・救出に自衛隊が積極的に対処できるようにするため、自衛隊法の改正を目指す方針で一致したと1月22日付東京新聞(夕)は報じている。自衛隊法は、自民党は警護を担当する自衛官の武器使用を認め改正案をまとめている。

私は東京大空襲弁護団の弁護団長をしていますが、再び次の若い世代に戦争の苦しみを負わせてはならないと東京大空襲の原告団の皆さんは立ちあがり、このまでは死に切れないと戦争被害受忍論の判例変更を求めて最高裁で闘っている。

今回の都知事選でも憲法の生きる東京、憲法改悪、集団自衛権の容認、行使に反対の宇都宮候補を原告団、弁護団は支持しました。

東京大空襲訴訟の意義と役割は戦争への危険な動きをくい止めうえにおいても大きな意義を有する訴訟となっています。

今回の都知事選での枠組み、多くの方々との連帯と信頼を大切にし、「人にやさしい東京つくる会」が掲げた、脱原発、教育行政の転換、憲法の尊重の広範な運動をなんとしてもつくりだしていかなければならないと決意を新たにしています。

今年は私は弁護士生活42年、これまで庶民の中の一弁護士として、人と人との繋がりを大切にしてきました。今年の年賀状のやりとりは約2,400枚、都知事選に触れられた年賀状もたくさんありましたが、ほとんど前向きな内容で、その中の1枚に「人こそ希望」と書かれたものがありました。今回の都知事選で、黙々と電話かけを担当された選対の一員の高田健さんの活動に接し、心から感動しました。

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第2次安倍政権と改憲問題のゆくえ

(1)総選挙の結果とそこから考える私たちの勝機

総選挙の結果、3年4ヶ月前に下野した自民党と公明党が政権に復帰した。有権者はマニフェスト破り、約束破りの悪政に終始した民主党政権を拒否し、閉塞状況の日本経済の改善を期待して、自民党などに投票した。

改憲と究極の解釈改憲である集団的自衛権の行使を主張した自民党は単独で過半数を大きく超える294議席、自主憲法制定を主張した日本維新の会とあわせて348議席を確保し(自公連立与党では325議席)、憲法第96条が規定する改憲発議要件の3分の2以上を衆議院で確保した。

今後、自民党はまず第96条の改憲発議要件を両院の総議員の3分の2から過半数への緩和を主張し、世論形成をはかりながら、2013年夏の参院選で改憲派(自民党、日本維新の会、みんなの党が96条改憲を主張)の議席数を改憲発議可能な3分の2以上にしようとしている。あわせて現行第9条のもとでも日本を「戦争をする国」にする集団的自衛権の行使を立法によって合憲と解釈するための「国家安全保障基本法」の制定に着手しようとしている。改憲派のねらう本丸の「国防軍」の創設など第9条の改定はこれらの段階を踏んだ後に想定されている。

安倍第2次内閣の出発にあたり、首相が心しているのは前回第1次安倍内閣の暴走の失敗の轍を踏まないことであるといわれ、しばらくはそのタカ派色を抑え、経済復興政策中心の慎重な政権運営をすすめると宣伝されている。しかし、2012年4月の自民党改憲草案に見られるように、自民党自体の右傾化は極度に進んでおり、今回の安倍政権の組閣の顔ぶれにもその超右派的な傾向が如実に見られるだけに、ごく短期のスパンで考えても、その動向から目を離すことはできない。安倍内閣は参院選後をにらみながら、それまでにも教育制度の改悪をはじめとして、改憲に向けた様々な反動的な立法などによる布石をうつだろう。

今回の選挙で明らかになったことは、第1に、有権者の投票動向の基準が憲法や原発など各党の政策の選択であるより、民主党政権の裏切りへの懲罰と生活の不安の緩和欲求が優先したしたことであり、第2に小選挙区制という悪法による得票率と獲得議席数の大きな差が如実に表れたことだ。さらに、小選挙区制がもたらした自民党の相対的な大勝であり、自民党と公明党(公明党の小選挙区立候補は9選挙区にとどまり、比例区支持率11.8%)の選挙協力が自民党候補の圧勝の重要な要因でもあったことも見逃せない。

安倍首相や石破自民党幹事長が認めるとおり、総選挙で自民党が積極的に支持されたのではなかった。大方の世論調査でも、今日なお脱原発の世論は圧倒的多数であり、9条改憲反対の声はほぼ半数を超えている。ここには民意と選挙結果との重大な乖離がある。
予想される安倍政権の悪政への私たちの反撃の手がかりはここにある。

(2)まずは参議院で改憲派議席3分の2、そして96条改憲へ、安倍自民党の改憲構想

公明党の山口那津男代表は12月8日の記者会見で、「自民党はまず憲法96条を変えようとしているようだが、 これが憲法9条の改正に直接つながるのなら応じることはできない」と述べた。しかし、自民、公明両党の連立政権樹立に向けた政策合意文書案では、憲法「改正」についての踏み込んだ表現を求めた自民党の意向を反映し「憲法審査会の審議を促進し、憲法改正に向けた国民的な議論を深める」と明記されており、公明党の姿勢は曖昧である。8日の山口発言での「これが憲法9条の改正に直接つながるのなら応じることはできない」と述べている箇所は自民党との矛盾の存在を示す発言であると共に、「直接つながらなければよい」とも読めるので、この間、下駄の雪と揶揄されてきた同党の動向の危惧されるところである。

今回の総選挙においても公明党との選挙協力が自民党の過半数議席超えに大きな役割を果たしたことは言うまでもない。すでに指摘したように、現在の所、自民党は公明党の協力なくして政権につくことは困難である。9条改憲にすぐに踏み出せない連立のパートナー・公明党の事情を配慮して、安倍晋三ら自民党首脳の発言は時に曖昧に見えることがあるが、9条改憲が安倍自民党の改憲のターゲットであることは明白である。

安倍は12月14日にもネットの番組で「みっともない憲法、はっきり言って」と憲法敵視の姿勢を繰り返している。安倍によれば、日本国憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書いてある。つまり、自分たち の安全を世界に任せますよと言っている。そして「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めた いと思う」(と書いてある)。「自分たちが専制や隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているわけではない。いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、 日本人が作ったんじゃないですからね。そんな憲法を持っている以上、外務省も、自分たちが発言するのを憲法上義務づけられていないんだから、国際社会に任せるんだから、精神がそうなってしまっているんですね。そこから変えていくっていうことが、私は大切だと思う」というのである。

石破茂・自民党幹事長は総選挙直前の11月25日、札幌市内の党の会合での講演で、民主党を批判してこう述べた。「(民主党は)国防軍が実にけしからんという話を始めたが、だけど、よく考えてみてください。自衛隊は国際法的には間違いなく、れっきとした軍隊だ。軍隊と警察は何が違うか。国の独立を守るのが軍隊。国民の生命・財産、公の秩序を守るのが警察。明らかに違う組織だ。日本国憲法のもとに、あらゆる法秩序は形成されている。どこを読んでも『自衛隊』というものは出てこない。憲法のどこにも、国の独立を守る組織が書いていない国が、本当の独立国家なのかというのが、この問題の本質だ。なぜ書いていないか。当たり前だ。憲法ができた時、日本は独立していなかった。名称のいかんを問わず、国の独立を守る組織が憲法に書かれるのは当たり前だ。国家として当然のことだ。そのことを、国防軍という名前がけしからんなぞという、言いがかりに近いことを言って、これを争点にしようというのは、健全な考え方では断じてない」と。

安倍首相と石破幹事長らはこうした考えに基づいて改憲に向かって突き進もうとしている。今回の総選挙で衆議院の3分の2議席を改憲派で確保したが、しかし、9条などの改憲の実現が簡単ではないことは彼らも十分承知している。そこで、9条改憲に向けた段取りを安倍首相らは以下のように考えている。

「(前回)私が首相になって国民投票法(改憲手続き法)を作った。憲法を変えるための橋を架けたので、いよいよ国民みんなで橋を渡り、最初に行うことは改正要件を定めた96の改正だ。憲法改正は逐条的にしかできないからだ。3分の1をちょっと超える国会議員が反対すれば、国民が指一本触れることができないというのはあまりにもハードルが高すぎる。変えるべきだ。今の段階では(憲法改正の発議には)3分の2は必要だ。参院では程遠い。次の参院選で果たして(3分の2の議席確保を)達成できるかどうかわからないが、努力を進めていく。日本維新の会やみんなの党も基本的には96条(改正)については一致できるのではないか」(選挙後の12月17日の記者会見)と述べて、改憲をまず96条から始める考えを明らかにした。

まず96条改憲について、衆参両院の3分の2以上で発議して、国民投票をやって過半数の支持を獲得するという、改憲の「慣らし運転」をやり、「改憲拒否」のアレルギーをなくした上で、本丸の第9条を変えていこうというのである。

(3)集団的自衛権(国家安全保障基本法)と海外で米国とともに「戦争をする国」

自民党は衆議院選挙の「重点政策2012 日本を取り戻す。」で、集団的自衛権についてこのように明記した。

「【国家安全保障基本法の制定】政府において、わが国の安全を守る必要最小限度の自衛権行使(集団的自衛権を含む)を明確化し、その上で『国家安全保障基本法』を制定します」

ここで注目しておかなければならないことは、第1次安倍内閣の当時、その諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が集団的自衛権の一部行使を認めることを検討した「四類型」(1.公海における米艦の防護、2.米国に向かうかもしれない弾道ミサイルの迎撃、3.国際的な平和活動における武器使用、4.同じ国連PKO等に参加している他国の活動に対する後方支援)にとどまらず、「必要最小限度」という形容詞を付けて「集団的自衛権の行使」全般への道を開いていることである。

1月15日の産経報道では、「政府が集団的自衛権の行使容認について、遠距離の公海上にいる米艦船が攻撃を受けた場合でも自衛艦が防護できるよう検討する方針を固めた。グアム島や日本が米軍施設整備費を分担する米自治領・北マリアナ諸島のテニアン、パガン両島などが攻撃を受けた場合の自衛隊による米軍支援なども検討課題に上がっている」といわれる。

自民党が昨年7月に発表した「国家安全保障基本法案 (概要)」では 「2条(安全保障の目的、基本方針)」で「安全保障の目的は、外部からの軍事的または非軍事的手段による直接または間接の侵害その他のあらゆる脅威に対し、防衛、外交、経済その他の諸施策を総合して、これを未然に防止しまたは排除することにより、自由と民主主義を基調とする我が国の独立と平和を守り、国益を確保することにある」として、そのあとの「基本方針」の項には「国際連合憲章に定められた自衛権の行使については、必要最小限度とすること」と書いてある。そして第10条の「国際連合憲章に定められた自衛権の行使」では「我が国、あるいは我が国と密接な関係にある他国に対する、外部からの武力攻撃が発生した事態であること」とされているのみである。

まさに安倍自民党は第1次安倍内閣当時よりもいっそう踏み込んで、「必要最小限度」という歯止めにもならない歯止めを付けることで、集団的自衛権の全面的行使の合憲化を企てている。

もしもこのような集団的自衛権の行使が9条の下でも許されるとの憲法解釈を行うなら、まがりなりにも専守防衛の立場をとってきた自衛隊法など従来の日本政府の安保防衛政策の基本的立場を根底から変更することであり、海外で行われる米国の戦争(自衛のための先制攻撃を容認)への積極的参戦が合憲解釈されることであり、憲法第9条の精神の究極の解釈改憲であり、破壊である。私たちは過去に「有事法制」に反対する運動で、それは「戦争のできる国」への変質だと指摘してきたが、集団的自衛権の「行使」はまさに「戦争をする国」、自衛隊が海外で人殺しの戦争を行い、あるいは戦死する国、日米の「血を流す」同盟関係、グローバルな規模での日米攻守同盟への変質である。

もし、この国家安全保障基本法を成立させるなら、東アジアの緊張は格段に高まり、平和への収拾がつかなくなるおそれがある。国内ではこれにともない、社会の軍事化が進み、徴兵制ならぬ徴用制(名古屋学院大学・飯島滋明氏)など戦争遂行体制が推進され、社会の広範な分野で人びとの基本的人権が抑圧されざるをえない。

安倍内閣がこの危険な道の暴走を企てる背景はとりわけ冷戦体制崩壊後、一貫した米国の強い要求である。

たとえば2012年8月15日に発表された「アーミテージレポート3」はこう述べている。

「日米両国は中国の台頭と核武装した北朝鮮の脅威に直面しており、特に日本はこの地域で二流国家に没落する危機にあること、これに対して、集団的自衛権の行使を念頭に、米軍の『統合エアシーバトル(統合空海戦闘)』と自衛隊の『動的防衛力』構想の連携で、米軍と自衛隊の相互運用能力を高めるべきだ」「東日本大震災後の“トモダチ作戦”では共同作戦が奏功したが、日本は依然として有事に集団的自衛権を行使できず、共同対処の大きな障害となっている」と。

安倍自民党の認識では、尖閣諸島問題などわが国の安保・防衛上の危機が迫っているのに、3年4ヶ月の民主党政権によって日米関係はギクシャクしている。これを正常化するための「特効薬」は米国の要求する集団的自衛権の行使を実現する以外にない、と考えられている。

安倍首相は年末の12月28日の読売新聞との会見で、こうした批判を考慮し「集団的自衛権の行使を可能にすることは米国のためでは全くない。(現状は)わが国の安全保障にとって大きなマイナスになっている。同時に日米はこれでより対等になってゆく」などと弁明した。米国の戦争に日本も参戦することで「対等になる」のだというわけである。

憲法第9条のもとでは集団的自衛権を行使することは出来ないというのが、1981年の鈴木善幸内閣以来の日本政府の公式見解であった。だが、ただちに憲法第9条を変えることは不可能であり、このもとで米国の要求に従うためには歴代政府の「政府見解」を変える以外にない。この歴代政府の政府見解を転換させるために、安倍自民党が考えているのが国家安全保障基本法の制定である。これは憲法改定とは違って、両院の3分の2以上の賛成も、国民投票も必要ではなく、議会の過半数の賛成で制定できると考えるのである。自民党はこの法案作成を内閣法制局が憲法解釈との関係で渋るなら、閣法ではなく議員立法として法制化へと突破すればよいと踏んでいるやに聞く。

もし、この国家安全保障基本法を成立させるなら、東アジアの緊張は格段に高まり、平和への収拾がつかなくなるおそれがある。国内ではこれにともない、社会の軍事化が進み、徴用制(名古屋学院大学・飯島滋明氏の説)など戦争遂行体制が推進され、社会の広範な分野で人びとの基本的人権が抑圧されざるをえない。
そして、このあと、安倍晋三が企てているのが「国防軍」の創設など第9条の改悪である。

このような改憲の企てであるからこそ、私たちはアジアの人びとと連携しながら、国内の大多数の民衆運動の共通課題としての集団的自衛権の行使=戦争をする国への変質に反対する運動を展開しなくてはならない。

(4)自民党改憲草案批判 天皇を元首に戴いて、国防軍で、戦争をする国(国家緊急権で人権を抑圧)

ここであらためて自民党がサンフランシスコ講和条約発効60周年を選んで発表した「日本国憲法改正草案」(2012年4月27日)について触れておかなくてはならない。

自民党はこの改憲草案のガイドブックとして昨年11月に「日本国憲法改正草案Q&A」も公表した。この「Q&A」では冒頭で「占領下でつくられた押しつけ憲法批判」の立場から自民党改憲草案の意義をのべ、その内容としてはまず、「翻訳口調の言い回しや天賦人権説に基づく規定振り」を全面的に見直したとしている。そして「天皇の章では、元首の規定、国旗・国歌の規定、元号の規定、天皇の公的行事の規定などを加え」、「安全保障の章では、自衛隊を明定し、国防軍の設置を規定し、あわせて、領土等の保全義務を規定」、「国民の権利及び義務の章では、国の環境保全、在外国民の保護、犯罪被害者への配慮、教育環境の整備の義務などの規定」、「国会、内閣及び司法の章では、大幅な改定はしていません」、「地方自治の章では、一定の見直しを行い」、「緊急事態の章を新設」、「改正の章では(発議要件を)過半数と改め」たと要約している。

冒頭に出てくる「天賦人権説」の否定は、第97条の全面削除に表されており、片山さつき議員を先頭にして自民党など改憲派の中に根強くある「権利のみが強調されていて義務がおろそかにされている」という現行憲法への批判を表現しているようであるが、笑止極まりないことで、自民党改憲草案が人権や権利を敵視・軽視していることを裏付けるものに他ならない。

前文にも第1章にも共通することだが、前文で「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家」と規定した上で、第1章では「日本国の元首」とした。現行憲法の天皇の国事行為に関する規定が「内閣の助言と承認」を前提にしているのに、自民案では「内閣の進言」に置き換えられていることなどと合わせ、天皇が国家・国民を超越したところに置かれている。これは憲法の尊重・擁護義務に関する規定が、現行憲法99条では「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」とあるのを、自民党案では「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う」として、権力制限規範としての憲法という立憲主義本来の意味を逆転させ、天皇を尊重・擁護義務から除外し、国民にそれを課していることと同様の主旨である。このことは「Q&A」が説く「国の第一人者を意味し」「外交儀礼上でも」などという元首規定の必要性の説明をも遙かに超えた、主権と人権に関わる重要な問題である。

また自民案からは現行前文の「平和的生存権」が全く削除されているうえ、第2章第9条の「戦争放棄」が「安全保障」にすり替えられ、9条2項で「自衛権の発動を妨げるものではない」と「自衛権」一般を肯定することで、現行憲法の解釈上、違憲とされてきた集団的自衛権行使の正当化を試みている。そして従来自民党が主張してきた自衛隊の承認からみても、その範囲を大きく超える「国防軍」の規定をするものにしている。

人権の項ではいわゆる「新しい人権」関連の規定をランダムに並べたうえで、信教の自由の項には「社会的儀礼や習俗的行為」などの除外規定を書き込むことで、靖国公式参拝の正当化が試みられたり、「表現の自由」など人権においても「公益・公秩序を害する」場合の例外規定を設けるなど、重大な制限を試みている。

また先の大震災に便乗して「緊急事態条項」を新設し、「武力攻撃、内乱、自然災害」など「戦争」と「内乱」まで想定した緊急事態における事実上、憲法の人権規定の制限を確認している。

また改憲条項では各議院の総議員の過半数の議決と、国民投票では「有効投票」の過半数とされ、この間の議論のあるところのすべてにおいて改憲のための条件を緩和している。

上記「Q&A」では最後に今後の改憲草案の審議の予想についてこう書いている。

「『日本国憲法改正草案』は、いずれ憲法改正原案として国会に提出することになると考えています。しかし、憲法改正の発議要件が両院の3分の2以上であれば、自民党の案のまま憲法改正が発議できるとは、とても考えられません。まず、各党間でおおむねの了解を得られる事項について、部分的に憲法改正を行うことになるものと考えます。その候補が正に憲法改正の発議要件である両院の3分の2以上の賛成の規定を過半数に緩和することですが、それをするにも、先に両院の3分の2以上の賛成が必要であり、簡単ではありません。いずれにしても、憲法改正は国民の意思でできるということを早く国民に実感してもらうことが必要です。与野党の協力の下、憲法改正の一致点を見いだす努力をすることが重要です。なお、実際に国会に憲法改正原案を提出する際には、シングルイシュー(1つのテーマごとに国会に憲法改正原案を提出)になると考えられます」と。

もとより日本国憲法は、現行憲法の全面的否定につながる憲法全文の改定を想定していない(96条2項など)。この点で自民党が作成した2005年の草案のような現行憲法への全面的対案(新憲法草案)を対置すること自体が不可能なことであった。今回の「改正案」では「Q&A」の解説に見られるように、そのことが意識され、「新憲法」ではなく「憲法改正」として、逐条改訂の立場をとっているようである。

こうして自民党はこのとんでもない改憲案を、参院選を経てまず96条の改憲で地ならし(前出・憲法改正は国民の意思でできるということを早く国民に実感してもらうこと)しておいて、次々に出してこようとしている。その狙いはまさに米国とともにグローバルな範囲において、合憲的に「戦争をする国」に日本を変えようというところにある。

(5)私たちの対抗戦略

すでに述べたように改憲勢力はまず、96条改憲を「呼び水」として、改憲の地ならしをし、その後、順次、状況を見ながら、両院の過半数の賛成で発議し、改憲をすすめようとしている。終着駅は天皇元首制のもと、「国防軍」で戦争をする国(第9条や基本的人権の破壊)である。

私たちはこの自民党の狙いを広範な人びとに暴露し、戦争する国づくりを阻止しなくてはならない。

第1に、今年夏の参院選への取り組みである。安倍首相は昨年12月26日の記者会見で「政治の混乱と停滞に終止符を打つためにも、安定的な政権運営を行っていくことがわれわれの使命だ」と強調した。安倍首相の最大の課題は2013年の参院選勝利だ。

次回参院選での自公両党の非改選議席は計58、改選議席数は計44議席で、過半数の122には64議席、あと20議席の増加が必要である。前回参院選は自民党51、公明党9の計60であった。衆院選の勢いを持続すれば、64議席以上というのは可能かも知れない。自公でこれがクリアできたとしても、参院で憲法96条が定める改正発議要件(総議員の3分の2以上)を満たす162議席のためには、日本維新の会、みんなの党及び民主党内の改憲同調派などの96条改憲勢力も加えてあと40議席が必要である。衆議院で圧勝したとはいえ、公明党の動向と、民主党内の改憲勢力の動向という不安定要因を含めて、この数字が容易でない数字であることは安倍首相は熟知している。

私たちにとっては、まずは安倍首相に改憲発議要件の3分の2を確保させないことである。そのためには来る参院選でできるだけ「護憲」派の議員を当選させることだ。比例区選挙はその性質からより党派感の争いが強くなる。特に選挙区選挙で、できるだけ多くの改憲反対共同候補を擁立する可能性を追求することができるかどうか。これも「人にやさしい東京をつくる会」でたたかった東京都知事選のような首長選挙と違い、国政選挙の選挙協力は容易ではないが、不可能ではない。今回の総選挙での、沖縄1区と沖縄2区における事実上(共産党、社民党がそれぞれ相手側の強い選挙区で独自候補擁立を見送った)の共同候補実現の例がある。このような選挙区を他にも誕生させることができるかどうか。ここでは「東京をつくる会」の経験にみられるような、それを支える市民運動の力量が問われている。

第2に、この点で、市民運動の的確でわかりやすい政治的な結集軸を鮮明にすることが必要である。この点で独善ではなく、共同して知恵を絞る必要がある。その上で可能な、あらゆる手段を駆使して、徹底して広範な宣伝を組織し、草の根からの反戦と改憲反対の運動を発展させなくてはならない。そのためには、与野党を問わず改憲派の中にある矛盾を最大限活用して、その影響下にあるような人びとをも引きつけうる、もっとも広範な共同を作り上げるために奮闘すべきである。この間の「九条の会」の運動や「東京をつくる会」の経験をはじめ、平和憲法擁護、憲法と第9条を守り、活かす運動の歴史的な経験を汲みつくし、可能なすべての勢力を結集して民衆の運動を広範に作り上げなくてはならない。ここではすでに各地で試みられつつあるが、脱原発の課題で立ち上がった多くの市民の運動との連携を、全国各地でつくりだすことはとりわけ重要である。

第3に、この元首天皇を担ぎ、国防軍で「戦争をする国」に反対する運動は米国と共に再び日本がアジアで戦争をする道であり、日本の民衆だけの課題ではない。国際的な、とりわけ15年戦争で日本の軍国主義の犠牲になった東アジア諸国の民衆との連携がきわめて重要である。日本の民衆運動は偏狭なナショナリズムを打ち破りながら、アジアの民衆との連携の強化に、より力を注がなくてはならない。
(事務局・高田健)
註:本稿は1月1日付「私と憲法」巻頭文と一部ダブります。依頼を受けて寄稿した雑誌「進歩と改革」2月号掲載論攷に若干、手を加えました。

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