私と憲法113号(2010年9月25日号)


「10月ピースウィーク2010」の共同の呼びかけ

今年は、2001年10月7日の米国によるアフガン攻撃開始から9年目になります。米国のUNITED for PEACE and JUSTICE (UFPJ)などの平和運動ネットワークが今年10月に国際共同行動を起こすことを呼びかけています。

米国のアフガン戦争はいっそう泥沼化しつつあり、米国の協力要請にたいして永田町の一部からはまたも自衛隊による給油活動の再開を要求する声まで上がりつつあります。

イラクやアフガンへは従来から米海兵隊が沖縄・普天間基地などから出撃してきました。沖縄では普天間基地の撤去・県内移設反対が民意となっているにもかかわらず、日米両国政府は沖縄の辺野古に新たな基地をつくろうとしています。沖縄では11月に普天間基地撤去を最大の焦点とした県知事選挙があります。この期間に本土において、できるだけ多くの市民が普天間基地撤去、辺野古新基地建設反対の声を上げることが大変重要だと思います。

私たちは米国の市民の呼びかけに応える国際共同行動の一環として、沖縄に連帯して、今年10月に以下のような全国的な共同アクションを提案します。
  全国各地の皆さまの呼応した企画と、相互の連携をお願い致します。

1)「武力で平和はつくれない――もう一つの日米関係へ、
やめさせようアフガン戦争、なくそう普天間基地、つくらせない辺野古新基地をスローガンとし、「イラクからの外国軍の撤退、パレスチナに正義と平和を」などの課題も含めた1週間規模のピースウィーク・アクションを行う。

2)東京では、10月17日(日)午後、芝公園23号地で集会を開き、その後、米大使館に向けたパレードを行う。

3)10月上旬に想定される米国はじめ世界各国での平和集会に連帯し、日本から沖縄の基地問題のアピールなどを行う可能性を追求する。

4)10月9日(土)~17日(日)を「ピースウィーク」とし、全国各地で自主的な行動を起こし、相互に連携しながら、集会、パレード、街頭アピールをこの期間に1日でも行い、沖縄の普天間基地撤去の運動に呼応する。こ
の「ピースウィーク」はとりあえず、東京実行委員会が呼びかけますが、各 地で自主的に実行委員会ないしそれに準じたものをつくって取り組んで頂け るようにする。
とりわけ具体的な行動としては、全国各地で共同して普天間問題での街頭シール投票を行う。(街頭シール投票選択肢案:米軍普天間基地の名護市・辺野古地区「移設」に(1)賛成、(2)反対、(3)わからない、の3択で各地の取り組みの結果を集約して公表すると同時に、全国会議員に届ける。
シール投票に取り組む期間は各地の諸条件を考慮に入れて10月2日から17日までの2週間とする)。

5)このためのサイトを設け、全国の連携を具体化する。記者会見なども設定し、積極的にメディア対策にもとりくむ。http://peaceweek.jp/p/

6)上記の企画に賛同され、何らかのアクションを企画する予定のグループはご連絡をお願いします。

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●シール投票について(全国の各地で是非取り組みましょう)
□普天間基地の辺野古移設 賛成?反対? 市民投票
□選択肢: 普天間基地の名護市辺野古移設に(1)賛成 (2)反対 (3)わからない
□投票の際には、誘導なしに、できるだけ公正中立に行う。
□シール投票実施期間 10月2日(土)~10月17日(日)までのうちのいずれか、各地の事情に合わせて。取り組んだら、メールやブログで情報交換しあう。
□18日以降、全国集約し、国会議員、マスコミなどに公表する。集約はそれぞれのグループごとに行い、情報交換しあう。
□シール投票用のシールは「文房具屋」さんや「百均」などで売っていると思います。シールは直径2cmくらいの大きめの方が使いやすいです。ボードに大きな字で「普天間基地の名護市辺野古『移設』 賛成? 反対?  市民投票」と書いた下に、上記の3択に分けたシールを貼れるものを作って、投票を呼びかけながら選んで貼って頂くやり方です。事前に各地のメディアに取材のお願いをして、記事になったらサイトなどに掲載するようにしましょう。お互いにこれらの情報も交換しましょう。
□実行委員会でわかりやすいA4判、3つ折り、4つ折り程度のリーフレットを用意し、配布する。各地もチラシなど、自発的につくるのは自由。

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《賛同者・賛同団体募集》
「ピースウィーク2010」の賛同者・賛同団体を募集します。賛同される場合は、賛同費(個人・団体とも1口1,000円…何口でも)を下記口座にお振り込みください。
◎郵便振替口座 00110-6-610773
◎口座名「1.18集会」※通信欄に「ピースウィーク賛同」とお書きください。

10月「ピースウィーク」2010・東京実行委員会
JUCON:http://jucon.exblog.jp/i4/
ノーベース全国アクション:http://www.nobase.org/
WORLD PEACE NOW:http://www.worldpeacenow.jp/

協賛
沖縄一坪反戦地主会関東ブロック:http://www.jca.apc.org/HHK/
日本国際ボランティアセンター(JVC):http://www.ngo-jvc.net/
 
連絡先:
■ピースボート:〒169-0075東京都新宿区高田馬場3-13-1-B1
TEL: 03-3363-7561
FAX: 03-3362-6309
http://www.peaceboat.org/index_j.html
■市民連絡会:〒101-0061 東京都千代田区三崎町2-21-6-301 
TEL:03-3221-4668
FAX03-3221-2558
http://www.annie.ne.jp/~kenpou/

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9月12日のシール投票の反省と今後の取り組みについて

9月12日、「ピースウィーク2010東京」の「シール投票プロジェクト・チーム」の反省会をやりました。これから取り組む皆さんに参考までに議事録をメモします。

(1)概略

場所:上野公園口(日) 15:00~16:45まで。結果:参加者20人。  
シール投票を呼びかけた内容は「3択」で、「普天間基地の辺野古移設に、賛成?反対? わからない?」で、投票参加者296人、うち賛成30人、反対243人、わからない23人でした。

主催者が用意したものは85cm×55cmのスチレンボード(もちろんベニヤ板でも結構)3枚をガムテープでつないで(折り畳めるので)、その上に模造紙を貼り、大きく「普天間基地の名護市辺野古移設に・・・」と書いて、3枚のボードの上方に「賛成」「反対」「わからない」と書き、50cm×55cmくらいの枠で囲んだ「シール貼り用ボード」を作りました。結局使わなかったのですが、枠が足りなくなったら下に貼り足せるように、模造紙も用意しました。

他に、「シール投票はこちら」と書いた60cm×45cmのボード2枚、「普天間基地の名護市辺野古移設に、賛成?、反対?シール投票」と書いた80cm×55cmくらいのボード2枚、80×55cmくらいに拡大したジュゴンの写真1枚、写真家が撮った辺野古の写真を10枚ほど1本の旗竿につないだ展示版を用意しました。投票ボードを二人で持ち、シールを緑(反対)、賛成(赤)、青(わからない)用の3種、箱に入れて、その周辺で2人が持ち、トラメガ1台で、「今日は名護市でも市議会選挙が行われています。最大の争点は辺野古に基地を作るかどうかです。本土の私たちもシール投票で意思表示してみませんか。誰でもできる簡単なシール投票です」などと呼びかけました。ジュゴンの絵を刷り重ねた黒と緑の投票案内チラシ500枚を用意して配りましたが、これは早くなくなり、あとはボードで呼びかけるだけにしました。

子ども連れのお母さんが丁寧に子どもに説明しながら投票を促したり、逆に小学生の高学年の女の子が「私、普天間基地って、聞いたことある。」とお母さんに投票をせがんだりしていました。「ジュゴンがいなくなってしまうの?」「ジュゴンとジンベイザメって、どっちがおおきいの、かわいいね」等という子もいました。若者の投票もかなり多かったです。白人のカップルが「ジュゴンが大事だから、どこにシールを貼ればいいの」と聞いてくる人もいました。「沖縄は基地がなくなったら食って行けないじゃないか」と堂々と賛成に貼っていく人、チラシをみながら「でもよくわからない」と第3肢を選択する人もいました。スタッフはこれらの人にも「ありがとう」と頭をさげました。総じて、辺野古とか普天間を知っている人が予想以上に多かったです。鳩山政権の「功績」でしょうか。

下記サイトは12日の東京での行動の写真です。
http://web-kenpou.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-4ab2.html
http://web-kenpou.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-9e31.html
http://web-kenpou.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-bac5.html

(2)反省事項

気がついたこと。
通る人の目を引く手段としてスタッフやボード、写真など客観資料はできるだけ多い方がいいと思いました。ジュゴンの写真や絵は考えてもらう上で、とてもいいです。なければWWFジャパンのサイトに絵がありますから、プリントアウトしてカラーコピーでもすればいいのではないでしょうか。シール(たいていの文房具屋さんにはあります)は反省会でも一色でよかったのではという意見と、3色あってどれを取るか考えているときに、どういうシール投票なのか説明できるから、3色あった方がいいという意見に別れました。ボードの順番も、今回は賛成、反対、わからない、にしましたが、主催者としては最初に反対がいいなという気もしますが、ちょうどよかったのではないかと思いました。公園のガードマンさんの制止がはいりましたが、柳に風の対応をしました。後で公園内のテキ屋さんが売っていたたこ焼きを買ってあげた仲間もいました。お腹がすいていましたから。

いずれにしてもスタッフは多いにこしたことはありませんが、少なくてもボードなどでにぎやかにやればいいのではないかと思いました。あと1時間もやれば100票は増えたかと思います。

今回は実験ということもあって、琉球新報以外のメディアには知らせませんでしたが、必ず知らせた方がいいと思います。その時のうたい文句として「普天間基地の名護移設が最大争点になる沖縄県知事選に、本土の住民も何らかの意思表示をするべきだ」と考えて、民意を問う市民シール投票だ、全国で有志が取り組んでいる。結果をまたメディアと国会議員に公表したい、などということでよいのではないでしょうか。

シール投票は緩やかな運動ですが、結果として沖縄県民に連帯できる本土側のひとつの有効な運動ではないかと思います。

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第53回市民憲法講座(要旨)「参院選後の新しい状況の中での憲法問題と市民運動の課題」

高田 健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)
(編集部註)8月28日の講座で高田健さんが講演した内容を編集部の責任で集約したものです。要約の文責はすべて本誌編集部にあります。

みなさんこんばんは。
今日、お話したいことが3つほどあります。ひとつは民主党の代表選挙が9月の半ばに行われる、これを今度の参議院選挙との関係でどう見たらいいのか、ひとつの見方の提案をしてみたい。

もうひとつは昨日の夜、首相官邸に「新たな時代における日本の安全保障と防衛力の将来構想」という報告書が届けられました。今朝から官邸のホームページには全部載っています。プリントすると60~70ページもある膨大なものです。日本のこれからを左右する重大な問題で、これについてお話をしてみます。 3番目には「敗戦後の日本の政治史は、平和憲法の法体系と日米安保体制の法体系の相矛盾する法体系のせめぎ合いの歴史」だったと言われることと関係して、実はこの安保防衛懇の報告書とも重なる問題です。安保防衛懇のうたい文句は「『平和創造国家』を目指して」で、日本はこれから平和創造国家になるというタイトルの報告書です。これは第3番目の問題に関係していいますと、平和憲法の考え方ではありません。日米安保体制、「日米同盟」という考え方に基づいて日本を平和創造国家にするという考え方です。戦後ずっとこのふたつの考え方が争われてきて、いわばその集大成のような報告書が今回こういうものとして出た。これについて3番目に安保との関係でお話をしたいと思います。

民主党代表選--菅と小沢・対米関係での違い

民主党の代表選挙ですけれども、みなさんいろいろな意見があると思います。菅さんとこの前幹事長を辞めたばかりの小沢さんが出る。小沢さんというのは真っ黒というか、灰色というか、有名な政治家ですね。もともと1990年代の初めには自民党の幹事長でPKO派兵などをやってきた方で、この当時「日本改造計画」という本を出しています。この中で改憲論を展開していますし、90年代の半ばあるいは21世紀になってからも改憲論を提起している改憲派、そしてカネと政治が結びついた金まみれの政治家なんですね。この政治家が今度菅さんに対抗して代表選挙に出る。菅さんはご存じのように市川房枝さんの選挙をやったということが売り物で、自分はいままでの政治家と違ってカネもないし親の地盤も、看板もない、そういう市民運動出身であることをうたい文句にしています。

どうみても菅さんと小沢さんだと、市民運動からすれば結論ははっきりしているじゃないかというかたちの争いですが、「はたしてそれでいいでしょうか」という問題提起をわたしはしてみたいと思っています。菅さんは、いまでも市川房枝さんの弟子だったと言うんですが、市川さんは生きていらっしゃる間に、これはいろいろな文書に出てきますけれども、菅さんに何度も自分の弟子だということを利用するな、自分は自分でやりなさい、わたしの名前を使って選挙をするなということを繰り返し忠告したんですね。

この二人の政治家の対立についてどう考えるかなんです。わたしは本当にぐちゃぐちゃな状況だと思っています。そう簡単な問題じゃない。もともと鳩山さんと小沢さんの体制が崩れたのは、鳩山さんが最初はアメリカと対等にやる、普天間基地も「最低でも県外、できれば国外だ」と言った。そして「東アジア共同体」をつくると言った。いままでの自民党、公明党のように日米同盟一本槍ではなくて、日米中は正三角形の関係で行かなければいけないと言って鳩山さんは登場しました。彼なりの理想が見えた。彼は国連に行って環境問題などでもいいことをいった。世の中は大きく変わっていくのかなということを多くの人が期待したわけですね。ところがあっという間に、沖縄の問題でも自民党と公明党がいっていた辺野古に逆走してしまった。それで福島瑞穂さんが、閣議決定の署名を拒否したらクビになる。参議院選挙の結果、与党が多数でなくなりましたから郵政法案も通らない見通しになって、今度は亀井静香さんがやめた。結局この3党連立政権をつくった鳩山さん、福島さん、亀井さんの3党首がいなくなって、そのあとに菅さんが登場したんですね。

菅さんがその後やっている政治では、普天間は日米合意で行きますという線ですね。菅さんの周りにいる前原さんとか岡田さん野田さん、その後見人といわれる仙谷さんとか、こういう人たちは日米関係を積極的に進め、「日米同盟」を進める政治で、これは市民の側の政治とはおよそ縁遠い政治ですね。

経済アナリストの森永卓郎さんが指摘していますが、急速に円高が進んでいる中で、この時期ずっと菅内閣は放っておいた。どうしてこういうことをするんだろう。日本の中小零細企業にとっては大変な問題で、いま円は84円くらいになっている。輸出でもっていた小さい企業もつぶれてしまうと、音を上げている。これを放っているのは森永さんに言わせると、実はリーマンショック以来のアメリカ経済の立ち直りに対する日本側の精一杯の支援だ。円高を一定放置して、なんとかアメリカ経済の立ち直りを側面から支える、「従米」という経済路線をいま野田さんたちは取っている、という指摘です。

これはまんざら間違いではないと思うんですね。これほどの事態に対して、せいぜいやっているのは口先介入だけなんですね。ちょこちょこと電話で白川日銀総裁と話をしただけで、本格的にこれほどの円高に対して何らかの政治的手だてを打つことを、少なくともこの間はやらなかった。政治問題でも基地問題でも経済問題でも、いまの菅さんの政権は相当に旧自民党的な親米、対米従属路線を取っているのは明らかです。このまま放っておけば日本はずっと「日米同盟」という路線を取らざるを得ない。しかし、もともとのきっかけは鳩山さんじゃないかとも言えるんですね。鳩山さんがひっくり返って日米共同宣言を出したからだという言い方もできます。

これに対して小沢さんは多分非常に不満を持っている。小沢さんは、かつてアメリカに対して第7艦隊さえあれば東アジアは大丈夫だということを言ってアメリカから非常に顰蹙を買った。彼の意見は自主防衛論に近いですが、アメリカがこれほど日本にいる必要はないという考えです。それから、辺野古の海を見て、こんなにきれいな海を潰すのはだめだと言ったことがある。そういうことから考えて辺野古の問題でアメリカと約束したことに対して、多分快く思っていないんですね。ですから日米共同宣言あるいは対米関係という問題でいうと、菅さんと小沢さんの間には一定の違いがあります。経済政策でも一定の違いがある。この違いがなかなかマスメディアの中で指摘されないんです。

これは小沢さんがクロだったり灰色だったりするからですね。政治と金の問題でほとんどクロの小沢さんが何で出てきた、ということだけが最近のメディアでは問題にされる。特に朝日新聞がそうですね。徹底して小沢さんに対する攻撃で、背景にこうした一定の違いがあることについての報道は、冷静にされていない。ここはひとつの大きな問題だと思います。14日間の民主党代表選挙で両者がこういう路線論争をきちんとやって、国民の前にどこが二人の意見の違いなのか、どう変わっていくのかを明らかにするのならば、わたしは一定の意味があると思うんです。

ただあまり明らかにしそうもないんですよね、あの人は。わたしは実は東北人ですから非常に不満を持っていますが、小沢さんは、東北人は口数が少なくて口べただからあまり説明をしないと言って、それを何となく東北人の特徴にされては困ると思うんです。小沢さんはていねいに説明しないことを信条としていますから、多分14日間あっても菅さんと政治論争を本当にやるかどうか、非常に不安です。やらない可能性があります。なんとなく政治と金の問題だけで終わってしまいそうだ。

わたしたち市民にとっては政治と金の問題は本当に腹が立ちますし、その問題で汚い政治をやってきた小沢さんは最終的には嫌いですね。しかし、今回の問題は、その背後にねじれた問題が含まれていることをわたしたち有権者は見ておかないといけない。マスメディアがあおる「政治と金の問題でクロの小沢が再度出てきて実権を握ってまた強権政治をやる、ファッショ政治の再来だ、うんぬん」と並べ立てられて、そうか、そうなったらまずいよな、「市民派」の菅さんの方がまだましだよな、と今回の民主党代表選をみてはいけないんじゃないかとわたしは思います。

市民派のなかでこういうことを言うのはあまりいないかもしれないんです。インターネットで似たようなことを言っている人がいるかなあと思ったら、池田香代子さんが言っていますね。それからさきほどの森永さん。元レバノン大使の天木直人さんにいたっては、ここまで言ったら言い過ぎじゃないかと思うほど小沢全面支持ですね。それらは論者の中では珍しいたぐいの人ですよ。印象がとにかく悪いし、あの人はろくなことはやらないんですね。内閣法制局の問題で、国会で発言させないことをずっと主張してきました。政府と党の問題では、党の実権を一手に握って各県の陳情は全部党が引き受ける、幹事長がやるという。それから国会議員、特に1年生議員は政治なんかやる必要はない、地元でドサ回りをやればいいんだと平気で言う。非常に古い型の悪い政治なんですね。やっぱり彼は田中角栄の弟子だとつくづく思います。非常に田中的な、金丸的な要素を持った人物です。そういう意味では典型的なかつての自民党の政治家のDNAを受け継いでいる人間だと思うんです。この点に関しては間違いなくて、いくら何でも天木直人さんのようにべた褒めする気にはわたしはならない。

しかしいま争われているのが、単なる2人の意地の突っ張り合いであるとか勢力争い、権力争いではなく、背後に明らかに政治的な、特にアメリカに対する態度についての政治的な意見の違いがある。これを民主党の連中はかなり知っていると思います。ですから、何であんな小沢さんを支持するんだろうというように大量の議員が小沢さんを支持しているのは、その問題があると思います。鳩山さんに期待した、しかし鳩山さんが見事に腰砕けになった問題について、もう一回小沢はやるかもしれないという期待があるんですね。しかし日米問題というのはどんなに大変な問題かということを、わたしたちは今回の政権交代で知ったと思うんですね。あれだけぶちあげた鳩山さんが、最後はがたがたになる。本当に怖いんです、日米問題は。

対等な日米関係と、日米同盟深化の矛盾

最初に「日米同盟」という今はやりの言葉を言ったのは、昔社会党の代議士で、あとで自民党の総裁になった鈴木善幸首相です。日米首脳会談を終えて日本に帰り、違う説明をしたら外務大臣のクビが吹っ飛んでしまった。この問題に手を触れた田中角栄のクビが吹っ飛ぶ。日本では日米問題で虎の尾を踏んで、クビが吹っ飛んだりがたがたになった政治家が伝統的にたくさんいます。本当に日米問題というのは容易な問題ではない。たとえ小沢さんがやったからといって解決がつくものかどうか、それほど大変な問題がこの日米問題だと思うんですね。

鳩山さんはそこに手をつけようとした。新連立政権合意(スーパーマニフェスト)の問題です。鳩山さん、福島さん、亀井さんの新連立政権が成立したときに新しい政権は国民に対して10項目の政策合意を発表して約束をしました。非常に簡単にわかりやすい政策をまとめて、3党連立政権はこれをやると発表したんですね。その10番目の項目をわたしは大変に気に入ったんですね。3党の政策合意で憲法3原則を遵守してこれをきちんと実行すると書いてありました。いままでも憲法は守りますと言った総理大臣はたくさんいます。新しく総理大臣になるときには憲法99条がありますから、わたしは日本国憲法を守ります、わたしの党は改憲の政党ですけれどもわたしがいる間はやりません、あとはわかりませんけど、という言い方をした大臣はいっぱいいます。しかし最初から堂々と、政権合意で第10項目目のようなものを打ち出したのは戦後初めてではないかと思うんですね。この点で新連立政権は一定の進歩性を持っていました。

1~8項目には何が書いてあったかというと、小泉さんの政治を全部ひっくり返すという政策です。小泉さんは、いま慶應大学で教授をしている竹中さんと手を組んで「構造改革」というものをやった。日本は90年代から「失われた10年」といわれている。それを小泉さんの時代に、さらに日本経済を非常に疲弊させた。ですから一昨年の年末の、年越し派遣村のような状態が起きている。日本に貧困があるなどということは、恥ずかしいけれどもわたし自身もわかりませんでした。実はわたし自身の出自は非常に貧困でしたけれど、60年代、70年代、80年代に世論調査でみなさんに聞くと、たいてい相当貧しい人でも「まあ中の下かな」とか言う。だいたいの日本人は「中の中」とか「中の上」とか答えたんです。日本では貧困問題なんかないことになっていた。

ところがこれは「もやい」の湯浅誠君が見事に指摘をしましたが、日本には貧困問題がある。単なる格差問題ではない、と言ったんですね。現実にそうでした。先日の毎日新聞の夕刊の記事をご覧になった方いますか。46歳か47歳の男性がずっとホームレスをやっていて、みんなの支援と協力で4畳半かの部屋を見つけた。そしてビル清掃の仕事も見つけて、ようやっとホームレス状態から抜け出したというか、そういう生活に移れたんです。その彼が熱中症で死んでしまったんです。年寄りの熱中症も大変な問題ですけれど、40代の働き盛りの男性が、ようやっと部屋を見つけたけれども扇風機もクーラーも買えなかったんです。だから働いて家に帰ると、もうそのまま寝るしかなかったんだそうです。窓は開けてあったようですけれども死んでしまった。まさに貧困問題なんです。

極度の貧困問題が日本にたくさんある。これをつくったのがまさに小泉・竹中路線だったわけです。この路線が2000年代の初めから、日本を構造改革によってここまでにした。スーパーマニフェストの1~8項目はこれをひっくり返す政策でした。産業・経済政策、いろいろな政策全般にわたって、だいたいいいことを言っていた。1~8項目と10項目は、わたしから見てもなかなかいいと思う政策でした。これを本当にやってくれるなら、少しは日本も変わるかなという政策でした。

問題は9項目目で、外交安保関係です。ここに日米対等でやりたいというようなことが書いてありました。沖縄の基地負担を少なくしたいというようなことも書いてあって、明らかにいままでの自民党・公明党の政治とは違います。ところが同じ文章に、日米同盟を深化・発展させると書いてあって、明らかに矛盾することがこの9項目目に書いてある。これは鳩山さんの命取りになった問題だと思います。鳩山さんがどうしても突破できず、最後にもう一度辺野古に帰ってくる、その伏線はすでに新政策合意の第9項目にありました。福島瑞穂さんも気づいていたかどうか聞いていませんが、これに調印した。1~8項目と10項目がまあましだから、9項目は日米対等ということも書いてあるから、しょうがないかと多分彼女は思ったんですね。ところがその中に日米同盟を深化させることが書いてあった。この問題なんですね。

この日米同盟を深化させることと、日米を対等でやることがどれだけ矛盾するかということを、当時これを書いた人たちがどこまで自覚していたのかなとわたしは疑問に思う問題であります。それが今日に至っていると思います。政権の中で繰り返しここを大事にする人たちがいました。外務大臣の岡田さんがそうです。前原さんがそうです。この人たちは政権の中で繰り返し日米同盟を強化することを主張してきました。鳩山さんがやろうとすることにいつもブレーキをかけてきた。沖縄の問題でもこのふたりが率先して沖縄に行って辺野古新基地の路線をずっと進めてきたんですね。

そして防衛大臣の北澤さんです。これも不思議な人ですね。北澤さんは防衛大臣になって最初に雑誌「世界」のインタビューで「わたしは憲法9条のもとでの防衛大臣だということをしっかり自覚して防衛大臣の任務を果たしたい」と言ったんです。こんなことを言った防衛大臣はいないんです、いまままで。北澤さん、元自民党にしてはなかなか言うじゃないとそのときわたしは思いました。しかし防衛政務官に長島昭久さんを任命する。長島昭久さんというのは親米派で有名で、民主党の中でも極端な右派ですね。おかしいなと思っているうちに、いつも防衛官僚から耳元に吹き込まれるのか、北澤さんはどんどん日米軍事同盟派になっていくんですね、鳩山さんのもとで。

この3人は鳩山さんのもとでとんでもない路線を突っ走って、鳩山さんが後から追いかけていくような状態でした。任命した責任はもちろん鳩山さんにあり、弁護する必要はまったくありませんが、そういう中で辺野古から辺野古へ逆走する事態が起きてきたわけです。ですからわたしは福島さんが泣く泣く決断せざるを得なかった、あの決断は正しかったと思います。せめてあの辺でも異議申し立てをしてくれなかったら沖縄の人は立つ瀬がないですよ、本当に。沖縄の人は一時期待をしたといいます。あそこまで言うわけだから。ところが全然違うことを最後にはやって、鳩山政権はつぶれて、菅内閣が出てきた。

官僚頼りの安保防衛懇メンバーの人選

安保防衛懇の報告書の問題です。膨大な報告書です。まず誰がつくったか。座長は佐藤茂雄さんという京阪電鉄のCEOです。次期の大阪商工会議所の会頭といわれています。それから岩間陽子さん、政策研究大学院大学教授です。この人は右派の論客です。白石隆さんはジェトロのアジア経済研究所所長。染谷芳秀さんは慶應大学教授で親米派で改憲を主張する人です。中西寛さんは札付きの人で、安倍さん、麻生さんのブレーンをつとめてきて、なぜか鳩山さんのところにすっと入ってしまった。廣瀬崇子さんは、安倍政権のときは内閣原子力委員をつとめて原子力政策を推進した人です。松田康博さんは東大東洋文化研究所の准教授ですが、防衛研究所の主任研究官です。山本正さんは、ずっと日米の民間財界人の交流を進めてきた根っからの親米派で、日本国際交流センター理事長です。

この人たちの会議に専門委員という顧問がつきます。防衛問題ですから専門委員がいろいろと教えるんです。それが三菱海上火災保険顧問で元防衛事務次官の伊藤康成さん。それから加藤良三さんはプロ野球コミッショナーです。何でプロ野球かといえば前駐米大使だったからです。斎藤隆さんは前防衛省統合幕僚長です。これが日本の防衛政策のたたき台をつくる委員会です。何でこんな人を選んだのか、大変な問題です。選んだ責任がある。実は安倍さんのときも安保法制懇という似たようなものがありました。そしてこれはとんでもない改憲と日米同盟路線の報告書を出したんですね。安倍さんのときに時間が足りなくてまとめきれず、福田さんに出した。福田さんはもらった時ぽいっと脇に置いちゃったという、それほどひどい文書だった。そういうものが安倍さんのときにつくられました。

麻生さんのときにも似たような委員会がつくられて、そしてこの同じメンバーでつくられた。これらが書いたらどういう報告書が出るのか、最初からわかっているような委員会です。どうしてこういうことになると思いますか。鳩山さんの政権というのは、民主党の政権というのは、あれだけ脱官僚政治と言いながらほとんどこういうのを選ぶときにはみんな官僚に頼んでいたんです。ちっとも脱官僚ではないんですよ。安保防衛問題で、きちんと言える人がほとんど民主党にはいなかった。

さきほどの長島昭久、防衛政務官になったとんでもない人物。こういうのはいましたけれども、民主党の中で安保防衛問題をつくるほど学習してきた政治家はほとんどいないんです。民主党の理念からいったら、本来こういうものは政治家がつくるべきでしょう。なのに人選まで含めてほとんど外務官僚、防衛官僚にまかせて、こういう方がいいですよ、こういう立派な方がいらっしゃいますよと、並べてきたその人たちを全部取り入れてつくったんです。鳩山さんがこの2月に任命して、昨日までかかってこういう報告書をつくった委員会です。だから民主党の脱官僚というのがどの程度いい加減だったか、いま考えるとわかるんですね。

問題はいまなんのためにこの報告書を出したかです。5年に1回、日本の防衛計画を作り直すために防衛計画の大綱をつくってきました。日本は当面5年間はこういう計画でやるよという防衛計画の大綱です。実は昨年末が5年目でした。政権が替わったばかりだから1年待ってくれと鳩山さんが言って、ちょっと変える気かなと一瞬思ったわたしも甘かったんですが、1年待って出た報告書がこれだったんですね。

5年に1回防衛計画の大綱をつくる。三木武夫さんが首相のとき防衛計画の大綱を初めてつくりました。1976年、昭和で言いたくありませんが51年、「51年大綱」といわれるものです。なぜつくったか。三木さんは自衛隊がどんどん拡大していく、毎年防衛予算が増えていく状態に我慢がならなかった。憲法9条を持っている国がこんなふうにずるずると防衛力を増やしていく状態では良くない、だからきちんと枠を決めようではないか、というのが当時の三木さんの意見です。三木改造内閣のときですから2期目ですね。このときに、あの有名な防衛力はGNP1%以内とかいろいろなことを決めるんです。

これ以来ずっと5年に1回、防衛計画の大綱をつくることになっていて、去年が何回目かの時期で、1年延ばして今年です。だから今年の秋から冬にかけて、民主党政権のもとで防衛計画の大綱をつくらなくてはいけない。そのたたき台が、これなんですね。官邸のホームページを見ると、昨日これを渡している動画が出ていました。菅さんがにこにこして受け取りながら、「みなさんのご提案いただいたこの構想を参考資料にしまして防衛計画の大綱をつくるようにさせていただきます」と答えていました。せめて福田さんみたいにぽいって脇に置くくらいのことをやればいいのになと思いましたけれども、丁寧に受け取っていました。それをホームページにまで載せるのかとびっくりしました。

基盤的防衛力構想を否定し集団的自衛権を容認

さっそくこの大変な中身の問題に入りたいと思います。三木睦子さんは九条の会の呼びかけ人のひとりです。三木睦子さんに言わせると、三木武夫さんは憲法9条について俺がいなくなったら自民党はもっと突っ走ってしまうから、なんとかして自民党の中でたたかうんだと何度も言ってらっしゃったと、いろいろな場でおっしゃっています。本当かどうかはわたしは知りません。それを聞いたのは睦子さんだけですから。そのときの基本的な考え方の第1は基盤的防衛力構想です。これは、日本が憲法9条があるもとで最低限必要な防衛力を持つ。そのためにはどういう武器が必要かということを出した基盤的防衛力構想という考え方です。この考え方は自民党の中でそのあとも受け継がれてきました。

もちろんこれはいくらでも批判できます。自衛隊を合憲化し、安保条約を合法化するために、こうやって解釈改憲をしたというようにも評価できます。しかし一方で、解釈改憲の際限のない拡大に歯止めをかける意味で基盤的防衛力構想があったということも言えると思うんですね。最小限防衛力というのをこの当時いっていました。こんどの報告書ではすっぱりとそれをやめる、基盤的防衛力構想をやめてしまうと宣言しています。初めてです。実は5年前小泉さんのときも、基盤的防衛力構想に全面的に賛成だという感じではないということは言ったんです。しかし今度は初めてすっぱりやめる。

やめる理由が嘘をついています。あれは米ソ冷戦時代につくられたものだが、時代が変わった。米ソ冷戦時代につくられた基盤的防衛力構想はやめるということを、ぐだぐだぐだぐだ長い文章で言っています。なぜ嘘か。確かに米ソ冷戦の時代でした。しかし三木さんはそうじゃないんです。憲法のもとで日本がどこまで自衛隊を持つことが許されるのか。矛盾した話ですけれども、そういう考え方からこの程度なら許される、あるいはこの程度しか許されないというのを出したのが、基盤的防衛力構想です。これは今日でも変わりません、本来は。憲法9条はあるわけですから。それをこの報告書は、時代が変わったからということで、基盤的防衛力構想を投げ捨てることを正当化しています。これが第1です。

第2は集団的自衛権の一部行使に踏み切る。これも大変な報告です。集団的自衛権というのは簡単に言うと、日米安保条約は日本を守るための条約だということになっています。自衛隊も日本を守るためにつくる。日本とアメリカが一緒に戦争をするのは、日本が攻められたときだけだというのがこれまでの日米安保条約の考え方です。集団的自衛権というのはこれとはまったく違います。日本の安全などに直接関係があろうがなかろうが、アメリカがどこかで戦争をしたら、日本はその戦争に協力をするという考え方です。いろいろ理屈をつければつけられるんですが、日本の戦争に直接に関係あるなしに関わらずアメリカと一緒に戦争をやるというのが集団的自衛権の考え方です。

最近問題になったものがいくつかあります。たとえば日本の周辺にアメリカの軍艦がいたとします。日本海でいまでも軍事演習をしますね。そういうところで軍事演習がやられ、アメリカの軍艦がどこかの国から公海上でも攻撃を受けたときに、日本はそれを守るのかどうかという話です。これは、いまの憲法では守れないんです。直接日本の防衛に関係ありませんから、憲法ではというか安保条約でも守れません。これは集団的自衛権に関係することです。

もうひとつ問題になったのは、北朝鮮がミサイルを、日本の上を通ってアメリカに向けて撃ったときに、このミサイルを日本が撃ち落としていいのかどうか。これもやってはならいなということになっていたんです、いままでの自民党政権のもとでは。日本に向かってきているんじゃない、アメリカに向かっていったものを日本の自衛隊が落とせば集団的自衛権の行使になる。実は落とせるかどうかという技術的な問題がありましてほとんど落とせないんで、これは空論なんですが。集団的自衛権というのはそういう問題です。とりあえずこのふたつに関しては「やる」と、この中でいっています。歴代の政府が、小泉政権のときですらこれは憲法違反だといってきたものを踏み切る。いままでの集団的自衛権についての歴代の自民党の憲法解釈を変える、それを今回この中で出しています。

武器輸出3原則の緩和

第3番目、これもまた大きな問題です。武器輸出3原則、これも三木さんのときにつくっている。その前の佐藤さんのときにできてはいます、この武器輸出3原則というのは。それをさらに修正して強化したのが三木さんです。日本は武器輸出3原則があって、やたらに武器を輸出できないことになっています。憲法9条を持っている国ですから。ですから日本の軍需産業はいま外国に武器を輸出できません。世界の大国はみんな武器の輸出で稼いでいます。アメリカも中国もロシアも、北朝鮮あたりの大国じゃない国でも、みんな武器の輸出で金を稼いでいますが、日本は武器輸出で金を稼いではいけない国です。

佐藤さんのときの3原則は、この当時はまだ共産圏がありましたから共産圏向けはできない。それから国連が禁止したところにはだめだ。国際紛争が始まりそうなところには売れない。こういうふうに当時佐藤さんは3原則を言ったんです。これは甘いんです。三木さんはそうではなくて、そういう対象地域以外についても、武器輸出を憲法及び外為法の精神にのっとり慎むとしたんです。だからこれで日本は一切武器輸出はできなくなった。

それが後藤田さんの時代に、それじゃアメリカに対してはどうなんだという話が出て、後藤田さんは緩和します。中曽根さんが首相のときですね。アメリカとはいいですとなった、日米安保条約があるから。そういう抜け道はあるけれど、歴代の日本政府はいままで武器輸出3原則を堅持する。これは国是でした。当たり前ですよね、憲法9条を持っている国が、武器をどんどんつくって外国に売ったらどうなるんですか。とんでもないことですよ。ずたずたにされてきたけれども、せめて憲法9条を持っている日本の最低限度の誇りですよ。日本は武器輸出3原則というのがあって、死の商人をやっていないことは第3世界の国々から評価されてきたんです。

これもやめちゃおうというんです。とんでもないことを言っている。こういうことをやっていると日本の武器製造会社が衰退する。技術的な開発も遅れている。武器を作らない会社が多くなって自衛隊にも武器を売らなくなる。日本で自前の武器ができなくなる。こういうことはやめて、外国にも売っていいよ、技術もやっていいよ、取引もしていいよ、そういうふうにして会社がもっと武器の研究、開発、製造に熱が入るようにしよう。そうしないとこの国の経済はだめになる。――これは実は民主党政権下でも言っています。こういう話から経団連が一生懸命要求してきたんですね。小沢さんはあまり経団連と会わなかった。菅さんは経団連とにこにこして会いますね。菅さんの時代になったら民主党政権と経団連は仲良くなった。と思っていたらすぐに武器輸出3原則の緩和が出てきた。これは財界は喜んでいますよ。自衛隊に売って儲けるだけじゃなくて外国に売って儲けることができる。そうしたらうちの会社も円高でも少しはうまくいくかなという話ですよ。これを緩和することを出しちゃったんですね。これが3番目です。

PKO5原則の見直し

4番目は、PKO5原則の見直しです。すごいですね、とにかくこれまでの安保・防衛・平和の問題で国是と言ってきたものを片っ端から見直すというんです。PKO5原則は、1992年に小沢さんが自民党の時代にPKO法がつくられました。わたしたちも一生懸命反対して、一度はストップさせた大闘争がありました。PKO5原則というのは、日本の自衛隊が国連のもとで海外に出て行くときには条件があります、といって5原則の枠をはめました。たとえばその紛争地で停戦合意が成立していること、争っている当事者が停戦合意、戦争は中止だといっていたら平和維持活動(ピース・キーピング・オペレーション)で出て行ってあいだに入ってよろしいということがあります。それから当該国を含むPKO各国が、日本が行くことをよろしいというとき、これが第2番目の原則です。勝手に行っちゃいけない。アメリカなんていつも勝手に行きますね。まわりがいいと言おうと悪いと言おうと出て行きますが、日本はその当事者や外国が行ってもよろしいと言われたときに行くということです。

第3番目の原則は、争っているどちらかに偏ってはいけない。当たり前ですよね、どっちかの味方をしたら平和なんて維持できない。中立的な立場であるということです。そしてこれらの3つが満たされなくなったら、紛争が勃発したら早速引き揚げるということが 第4番目。第5番目は、行った自衛隊が武器を使えるのは自分の身を守るときだけであるということ。自分が攻撃されて危なくなったときだけ武器を使える。これがPKO5原則です。これはずっと1992年から約20年近く日本のPKO派兵の、いまでもゴラン高原だのいろいろなところに行っていますが、自衛隊の活動原則でした。

これを緩めちゃおうというんです。特にどこを緩めるかというと、武器の使用に関してです。それから、当事者間の紛争の平和協定ができていることなどについても、そうじゃないときでもいけるようにしろとしています。武器の使用に関しては、自分たちの身を守ることだけではなくて、外国軍を守ることに使ってもよろしい。例の「ヒゲの隊長」の佐藤正久という今は参議院議員ですが、彼がイラクでやろうとしたことです。彼はイラクで外国軍がゲリラから攻撃されたら、これを守るために駆けつけたかった。どうするかというと、自分がクビになるのを覚悟だったといいますけれども、まず偵察に行かせる。それが危なくなったという理由で駆けつけ支援に行くというんです。駆けつけ警護です。法律破り、むちゃくちゃですよ。そうやって、日本のPKO5原則で禁止している外国軍の支援をやろうとした。その佐藤さんが言った、その通りのことをやろうとしています。ですから今度の報告書というのは、いままでの歴代の自民党が憲法違反になるのでやってはいけないと、自身の手足を縛ってきたことを解き放とうとしている。

さらに専守防衛の問題があります。専守防衛という考え方も転換しなければいけない。自衛隊は何のためにあるのか、「国を守るためであります」というのがいままでの自衛隊の答えでした。しかしもう専守防衛じゃなくなった。防衛庁が防衛省になったときに、自衛隊の本務というのが一つから二つになった。それまでは国を守るため、という一つだけだった。防衛省になったときに「世界の平和を維持するため」ということが本務の二つめになったんですね。自衛隊は国を守る、なおかつ世界の平和を守るためにあるとなった。専守防衛から突破し始めたけれど、それを今度の防衛大綱の中できちんと明らかにしようとしています。

非核3原則も放棄

さらに非核3原則です。この大きな問題の最後です。核を日本に持ち込ませない、もちろん使わせない、使わない。非核3原則の問題で、8月6日に菅さんがこんなことを言いました。「非核3原則は守りますけれども、日本では核の抑止力というのは非常に大事だと思います。ですからこれからも核の抑止力、核の傘のもとでの日本という考え方はそう簡単に捨てきれません」。わたしは8月6日の秋葉市長の演説はなかなか大したものだったと思います。日本は非核3原則を法制化しろ、それから日本は核の傘から離脱しろ、世界で初めて原爆の大変な被害を受けた日本がアメリカの核の傘のもとで平和を維持するという考え自身がおかしいではないか、と菅さんの目の前で言ったんですね。

菅さんは挨拶のときはそれに直接答えませんでした。あとで新聞記者にあの核の傘から離脱しろという秋葉さんの要求についてどうですかと聞かれたら、それは無理だと答えたんですね、菅さんは。これは広島・長崎を経験した日本としては恥ずかしいことだと思います。核によって平和を守るという考え方がだめだというのが、広島・長崎の声ですよ。そして被爆したこの日本だからこそ、核廃絶を世界に堂々と言える国だ。そういう国として核廃絶の先頭に立ちなさいということが広島・長崎の声だったんです。

しかし菅さんは核の傘に入ることをこの中でも出しました。ただあまりに露骨にこの報告書が言っていたものですから、出す前に20日間くらい間がありまして、若干修正させたんですね。非核3原則について、いますぐ非核3原則を改める情勢にはないと書いてあります。原案には今すぐ改めると書いてあった。だけどあまりにひどく、こんなことを書いたら国民に総スカンを食うので、この文書の中で今すぐ改める情勢にはない、しかしアメリカが日本を核の傘で守ってくれているんだから、この手足をいつまでも縛っておくのはよろしくない。当面改める情勢にはないけれどもいつまでも縛っておくのはいいものかと、わざわざ言っています。要するに将来改めるということです。一方的に米国の手を縛ることだけを、事前に原則として決めておくことは必ずしも賢明ではない、と表現しています。「賢明ではない」ということは賢明じゃないですよね。

主なところだけ挙げても、これだけの報告書が昨日出ました。これが始まったら戦後の日本の防衛政策の根本的な転換です。菅内閣がこれを全部受け入れるかどうかは、まだわかりません。答申書を受け取っただけですから。しかし多分全部否定するということもないでしょう。さきほどの非核3原則のように、すぐにはやらないけれども近いうちに、なんていう表現でごまかすのかわかりません。こういう大変な報告書が昨日出ました。

冒頭にいった民主党の代表選で、こういうことが本当に争われるなら歓迎ですね。この報告書を受け入れるのかどうか。でも黙って触れないと思います、小沢さんは。菅さんはこれを受け入れるとか、一部受け入れるとか。わたしは堂々といえばいいと思うんですね。そのためにこそ代表選を公開でやるわけでしょう。大事な政策の問題について国民の前で信を問うたらいい。

憲法9条に反する平和創造国家の思想

この報告書の問題と関連して、報告書のサブタイトルは繰り返しますが「『平和創造国家』を目指して」なんですね。すごく美しい言葉です。平和創造国家を目指す、集団的自衛権もやる、非核3原則も武器輸出3原則も壊す、基盤的防衛力構想も壊す、PKO5原則も壊す、みんな壊して「平和創造国家」になるというのがこの人たちの考え方です。

どうしてそうなるのか。この人たちの基本的な考え方は武器によって、戦争によって平和をつくるということです。平和は武器で武力によってつくられるという考え方がこの人たちの基本です。だから敵がいれば武力で押さえ込む。戦争をやっている人がいればそこに武器を売り込む。武力で平和はつくれるという考え方です。わたしは市民運動をずっとやってきて、とりわけイラクの問題でワールドピースナウという運動以来、武力で平和はつくれないというのがわたしたちのスローガンでした。

余談ですが、イラク戦争を始めたときの国務長官だったパウエルさんの発言を読みましたか。パウエルさんがイラク戦争は間違っていた、あれは虚構の上にあった戦争だったと改めて言ったんです。ところがそのあと往生際が悪いですね、パウエルさんは。間違った情報でやったけれども、あの情報が正しかったらみんな戦争をやった、だからあのこと自身は間違いじゃなかったと言うんです。そしてそれを支持した日本の小泉さんも偉かったと言うんですよ、同じ記事の中で。何を言っているんだと思いました。今日の夕刊です。

この人たちは武力で平和をつくれると思っているからです。武力でサダム・フセインを倒すことで中東に平和をつくれる。わたしたちはワールドピースナウをやりながら武力で平和はつくれないと言った。実は憲法9条の考え方は、武力で平和はつくれないという考え方です。憲法9条の考え方は、武力に頼って平和をつくるんじゃない。諸国民の公正と正義を信頼して、諸国民が本当に平和を願っているというところに信を置いて、自分たちも憲法9条を掲げて世界の平和をつくる、ということが平和憲法の考え方です。

武力で平和はつくれないという憲法9条ができてわずか4年後に、武力で平和をつくるという日米安保条約が結ばれるわけです、吉田内閣の下で。まったく違った考え方です。吉田さんは、共産党の当時の野坂さんとの論争で有名な話があります。日本が自衛力を持つかどうか、自民党と共産党の意見がいまと逆じゃないかと思うような、野坂さんはあの当時自衛軍を持つべきだと言ったんですね。共産党はいま、野坂さんの意見は間違いだと言っていると思いますがそういう論争があった。吉田さんは自衛力という考え方自身が、自衛軍を持つという考え方自身が、これまで戦争を起こしてきた。だから平和憲法は正しいと当時国会で論争したんです。

その吉田さんがアメリカに行って、とっとと日米安保条約を結んじゃうわけです。単独講和をやったあと、密室で。この密約文書がいまどんどん暴露されているわけです。もう1回言います。日米安保条約、日米安保体制、日米同盟というこの一連の考え方と憲法9条の考え方が決定的に対立する理由は、武力で平和はつくれるというのか、武力で平和はつくれないという立場に立つのかという基本的な違いです。このふたつの考え方の違いがわずか数年をおいて日本の基本的な法律になってくる中で、日本の法律はこのふたつの法体系がずっと争ってきた。

60年安保闘争もそうです。1960年に大きな闘争がありました。ワールドピースナウでは最高時5万人でした。5万人でも良かったなあとあの当時思ったんですが、何で国会を取り囲めないんだ、60年安保闘争のときは20万、30万の力で国会を取り囲んだではないか、なぜできないとすごく叱られたことがあります。いろいろな理由があります、国会を取り囲んじゃいけないという法律ができてもいます。

あるとき気がついたんですね。1960年というのは、15年前は戦争だったと思って非常に納得したことがあります。いまから15年前を考えたらわかりますよね、1995年です。PKOよりずっと後です。あの頃に戦争があったら身体に染みついていますよ。二度と戦争はいやだ、飲み屋のおっちゃんの居酒屋談義でも、そう思っていたと思います。いま偉そうに自衛力は必要だとか、核の傘は必要だとか酒の肴にして騒いでいる連中にしても、あの当時、戦争は嫌だって、朝の水木しげるのドラマみたいな話ですよね。たった15年後なんですよ。そのときに、もう一回日本がアメリカと一緒に戦争をやるという条約を改定するとなったら、反対するのは当たり前でしょ、といったら言いすぎでしょうか。それは空気としてわかります。今から見て明らかに状況が違っていますね。だから、今の状況の下でわたしたちはどういう運動をやるか、考えて行かなきゃいけないと思います。

“9条も安保も”という消極的な護憲論からの脱出を

憲法は、諸国民の公正と正義に信頼してというのが憲法9条の考え方です。第1次世界大戦からハーグ不戦条約、第2次世界大戦を経て、戦争が違法だという考え方が世界中で広がりました。いまの国連憲章でも戦争は違法だという考え方に基本的には立っています。集団的自衛権を認めるとかいろいろな問題がありますが、しかし国連憲章も戦争は違法だという考え方です。これが一連の流れですが日米安保条約は、第5条で日本国の施政権下におけるいずれか一方に対する武力攻撃があったらこれを守るという、武力による平和観です。この報告書が言う平和創造国家論というのは、まさにこの武力によって平和をつくるという考え方です。

日米安保条約をはじめとして日本の市民は、何度も何度も平和運動をやってきました。わたしは平和運動を始めた高校生の頃、母親に「おまえのやっているのはいつも負けるじゃないか、いつも少数派じゃないか、何でいつも少数派の味方をしなければいけないんだい、たまには多数にならないのかい」といわれたのがすごく悔しかったんですね。確かにいつも負けてくるんです、この運動というのは。しかし、では意味がなかったのかどうか、という問題です。

60年安保闘争があったときに、わたしはその後の学生の世代ですから、総括論争が当時、学生のあいだで大流行でした。ある党派の系統の学生は「60年安保は勝利だった」といった人たちがいました。ある党派の学生たちは「壮大なゼロであった」、無駄だったといった人たちもいました。その総括はいま考えるとあまり正しかったと思わないですね。「勝った」というのも嘘ですよ。だって条約は通ったんですから。じゃあ「壮大なゼロ」だったか、そんなことはありません。樺さんを初めとして、さまざまな人が、決して学生だけがたたかったわけではありません。労働組合の人たちもたくさんたたかった、あの壮大な運動は、その後の平和運動に大きな力を与えました。さまざまな人たちがあの力をエネルギーにして抵抗を続けてきました。もしああした運動がなかったら、こんな報告書はとっくの昔に出ていたかもしれません。

言いようによっては今日ようやっと平和憲法を正面から破壊しようとするようなものを出してきたその時間のあいだ、さまざまな平和運動がたたかってきた。憲法9条を守る運動などがたたかってきた。ひとつひとつのたたかいは無駄なように見えますけれども、決してそうではなかった。だって、2006年に首相になった安倍晋三さんは、あと5年後に9条を変えてみせるといったんです。2011年、来年憲法9条を変えると言ったんです。一生懸命わたしたちは抵抗したじゃないですか、全国で。九条の会はいま全国で7500以上あります。たいていのまちにあります。憲法行脚の会、土井たか子さんを中心にがんばってきた、そのほかにいろいろな憲法の組織があります。

安倍さんがああいうことを言ったために、いろいろな人が立ち上がって反対した。来年、憲法9条は変えられそうですか? 安倍さんは政権を投げ出した上に、あのとき言ったことは完全に敗北しています。こういう運動を、この間さまざまな人たちの努力が、ひとつひとつは、わたしは母に「おまえはいつも少数派だ」といわれましたけれども、ときにはマジョリティになることもあり、ときには危険な傾向を阻止するときもあって、歴史に一定の貢献をした。ひとりひとりは本当に微力だけれど、微力な人が集まって戦争まっしぐらという状況を日本では許していない。幸いにも自衛隊は軍事力によっては、まだひとりも殺していないという状態をかろうじて維持してきている。これは、多くの人のこの間の努力の結果だと思うんです。このことの大事さを考えておく必要があると思います。

最後に言いたいことがあります。憲法9条を2011年に変えるといった、安倍晋三さんの企ては阻止しました。いま憲法9条を変えない方がいいという世論は、朝日新聞や読売新聞でさえも6割から7割、います。だからそう簡単に憲法9条をいま変えることはできないと思います。菅さんも実は、奥さんの菅伸子さんが書いた本の中で、菅はすぐには憲法を変えるとは言わないでしょう。といっていることを資料に入れておきました。改憲派はいますぐ憲法9条に手をつける状況にはありません。

しかし9条に手をつけられないまでも、報告書のような格好で、なんとか憲法9条の実態を壊そうとしていることも事実なんですね。憲法9条を支持する人が日本で6割から7割いると言いましたが、日米安保条約も今のままで結構だという人もまた6割くらいます。この6割が、みんな同じ6割で重なっているとは思いません。多分3割か4割くらいが重なっていて、9条も安保条約も今のままがいいと言っているんです。ここまで「九条の会」をはじめとした憲法9条を守る運動が、日本の中で大きく広がっている。これからの課題は“9条も安保も”という消極的な護憲論ではなくて、安保と9条は真っ向から対立するという考え方を理解する人たちを、どれだけ増やせるかということがこれからの本当の平和運道の大きな課題だと思います。

報告書のような考え方は憲法9条と真っ向から対立する考え方だ。このように考え方を変えていかない限り、本当に武力で平和はつくれない、9条を守る積極的な護憲にならないのではないか。だから、「九条の会」が広がってきた、9条を守る世論が広がってきた、ということで満足するわけにはいかない。特にいまの沖縄の問題に象徴されるように、真っ向から9条と違うような状態を打ち破っていくこと、安保こそが沖縄の状態の諸悪の根源だ、安保の考え方こそが9条の考え方と対立する考え方だ、という市民運動をどれだけつくっていけるかに、これからの大きな課題がかかっていると思います。

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資料:グレック元駐韓米国大使の発言に関する韓国のハンギョレ新聞電子版報道の紹介

2010年3月26日に起こった朝鮮半島南北軍事境界線付近で発生した韓国海軍哨戒艦「天安」号沈没事件については、韓国の李明博政権がただちに「軍民調査団」を組織し、その原因を「北朝鮮の魚雷攻撃で沈没した」と発表した。しかし、その調査結果には各方面から多くの疑問が出され、本誌111号で紹介したように在野の最大の市民団体「参与連帯」などが、具体的に調査の疑問点を指摘するなど、韓国内に於いてもその発表を信じている人は32・5%しかいない。また、さる5月31日から6月7日まで韓国に滞在して天安艦沈没事故を直接調査したロシア調査団が、事故原因を「外部の非接触・水中爆発」によるものであるが、魚雷ではなく、機雷の爆発である可能性が高いと結論を下したことなど、李政権の発表には多くの疑問が付けられていることが明らかになった。国連安保理の議長声明も「北」を名指しで非難することはせず、「平和的手段による問題の解決」を促している。

にもかかわらず、米韓両軍は、これを口実に合同軍事演習を強化して、日本政府に参加を要求したりし、日本政府も沖縄の米軍基地に維持強化の口実にこれを利用している。こうしたなかで、元駐韓米国大使グレック氏が重要な発言をしており、翻訳を紹介して頂いたので、資料として掲載する。なおグレッグ氏は1973~75年、CIA韓国支局長(大使館内)、1989~93年、駐韓米大使の経歴を持つ人で、現在はコリアソサェティ会長(韓米交流団体)である。 (「私と憲法」編集部)

◎「ロシアの天安艦調査結果を明らかにすれば李明博政権に大打撃となるだろう」
―グレッグ元大使『ニューヨーク・タイムズ』電子版寄稿で「ロシア友人」の発言引用
―「北の仕業だという韓国の主張にすべての国際社会が同意したのではない」
2010-09-01-15-22

ロシアが天安艦調査結果を公表しない理由は、調査結果を明らかにすれば李明博大統領に大きな政治的打撃になることをはばかったためであるとの証言が出てきた。ドナルド・グレッグ元駐韓米国大使は1日、天安艦沈没事件と関連した『ニューヨーク・タイムズ』オンライン寄稿文で「ロシア友人」を引用してこのように明らかにした。グレッグ元大使はまた、カーター元米大統領の北朝鮮訪問を高く評価しつつ、これを通じて北韓と米国両国の敵対的な現在の関係に変化があることを希望すると明らかにした。

グレッグ元大使は、「北韓の反応観察法」という題名で『ニューヨーク・タイムズ』と『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に寄稿した文章で、ロシアが天安艦報告書を公開しない理由は、「ロシアの調査結果が李明博大統領に大きい政治的打撃を与え、オバマ大統領を当惑させることになる可能性があるから」だと伝えた。去る6月、韓国を訪問し天安艦沈没に関連した証拠物を検討したロシア政府が、調査結果を公開しない理由について、彼(グレッグ元大使)は信頼するに足るロシアの友人から聞いた結果、このような回答を得たと明らかにした。

彼(グレッグ元大使)は自分がそういう質問をした背景について、「天安艦と関連して追加の対北制裁など韓国と米国の強硬策が続いているが、問題は天安艦沈没が北韓の仕業だという韓国の主張に対して全ての国際社会のメンバーが同意しているのではない」という点を挙げた。

海軍専門家で構成されるロシア調査団は去る6月初め、韓国を訪問し、自らの調査を行なった後、天安艦沈没が北韓の魚雷攻撃でなく機雷爆発によるものであると結論を下した。また爆発に先立ち、艦船が座礁した痕跡があり、スクリューに絡まった魚網に引っかかって上がってきた機雷が爆発の原因となった可能性が高いと指摘した。『ハンギョレ新聞』は7月27日、このような内容のロシア調査団報告書(韓国語翻訳の要約本「ロシア『スクリューが海底面に接触して損傷した後、機雷に触れて爆発』」)を単独入手して報道したことがある。

グレッグ元大使は、天安艦沈没事件が韓国と米国の強硬な対北制裁へと続いている状況にも憂慮を表明した。彼(グレッグ元大使)は、「3月26日、韓国の天安艦が西海で発生した不可思議な状況において爆発し沈没した」と述べ、「北韓が発射した魚雷によって沈没したと韓国調査団が結論を下し、米国もこれに同意して対北制裁が加速化している」と指摘した。彼(グレッグ元大使)は、韓国の幹部外交官の発言を引用し、「李明博政府は、北韓に通じるあらゆるルートを燃やしてしまった。そして出口戦略のない強硬策をごり押ししている。現在の南北関係は伝統的なチキン・ゲームに似ている」と指摘した。

彼(グレッグ元大使)は、米国と韓国の軍事訓練や経済的制裁、非難が金正日体制の崩壊へと続くことはないと述べ、中国がそういうことが起こることを許容しないだろうと指摘した。中国は、核武装した北韓をありがたいと考えはしないが、それよりは韓半島の不安定性をもっと憂慮するというのである。彼(グレッグ元大使)は、「平壌に対する最近の度重なる圧力は、北韓の中国に対する依存性を強化させるだろう」と指摘した。彼(グレッグ元大使)はその証拠として、最近、金正日国防委員長の中国訪問を挙げた。

グレッグ元大使は、このような状況において、ゴメスの釈放問題で北朝鮮を訪問したカーター元大統領がオバマ政権の対北敵対政策を転換することに寄与することを希望すると明らかにした。彼(グレッグ元大使)は、「カーター元大統領が平壌で天安艦問題を論議したのか分からないが、カーター元大統領は金日成主席と友好的で有益な対話をした元大統領として尊敬されている」とし、「カーター元大統領が北韓指導部から天安艦と関連した彼らの主張を聴いた可能性がある」と主張した。彼は、「カーター元大統領がゴメス以上のものを北韓から持ってくる可能性がある」として、北朝鮮指導部が考慮することのできる対話の形式を探すことに、カーター元大統領の北朝鮮訪問が少しでも肯定的な影響を及ぼす可能性があると分析した。(クォン・オソン記者)

◎グレッグ元大使「ロシアの天安艦調査結果発表すれば李明博政権に大打撃」
―『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に寄稿
―「信ずるに足るロシア消息筋に聞いた」
2010-09-02-08-36

ロシアが天安艦沈没事件について自らの調査結果を公表しない理由につき「李明博大統領に大きい政治的打撃を与え、オバマ米大統領を困難な立場にさせるため」という証言が出てきた。

ドナルド・グレッグ元駐韓米国大使は1日、カーター元大統領の最近の北朝鮮訪問と関連して『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』に寄稿した文章で「信ずるに足るロシア消息筋から話を聞いた」として、ロシア政府がこのような理由で公式的な発表をしないでいると伝えた。

グレッグ元大使は去る3月26日に発生した天安艦沈没事件と関連して、「北韓の仕業だということに皆が同意しているのではない」と述べ、「北韓が一貫してこれを否認しており、中国とロシアも北韓を非難する国連安保理決議案に反対した」と指摘した。

特に、ロシアは去る6月、調査団を韓国に派遣して、自らの調査を行なった後、調査結果報告書を発表していないが、『ハンギョレ新聞』等、韓国メディアに報道されたものによれば、ロシア側は魚雷攻撃ではなく機雷爆発によるものであるという結論を下した。(『ハンギョレ新聞』7月27日付)。ロシア側は、爆発に先立って座礁した天安艦のスクリューに魚網が絡むとともに、魚網に引っかかって上がってきた機雷が爆発の原因であると見ているのである。

グレッグ元大使は、天安艦沈没原因を巡って相反する解釈が、韓半島の非核化のような重要な問題と関連し、効果的に北韓を相手側として流れを変え、正しい軌道に転換しようとするいかなる努力に対しても障害となっていると指摘した。彼(グレッグ元大使)は特に、韓国の幹部外交官の発言を引用し、「李明博政府は北韓に通じるあらゆるルートを燃やしてしまい、出口のない強硬政策を取っている」と指摘し、「現在の南北関係は古典的なチキンゲームに似ている」と述べた。(リュ・ジェフン記者)

◎グレッグ、「韓国政府がロシアの天安艦調査妨害した」
―『ハンギョレ』とのインタビューで明らかに
―「韓国政府が資料を提供せず、疑問にも答弁拒否」
2010-09-04-08-43

ドナルド・グレッグ元駐韓米国大使が9月2日(現地時間)、韓国政府がロシア調査団の天安艦調査を事実上妨害したと主張し、論難が予想される。

グレッグ元大使は、この日、『ハンギョレ新聞』との電話インタビューで「韓国政府はロシア調査団が見たいと希望した資料を提供せず、ロシア調査団が提起した疑問にも答弁を拒否し、暫定的な結論を下すしかなかった」とし、「韓国政府は合同調査団の調査結果を詳細に明らかにして、すべての疑問を解決すべき」と述べた。

彼(グレッグ元大使)はこのため、ロシア側が中国に対して「韓国に調査団を派遣しても、望む情報を得ることはできないから調査団を派遣する必要がない」と勧告したという中国高位関係者の言葉を引用して、中国はこれに従ったのだと述べた。グレッグ元大使は、北韓が魚雷で天安艦を攻撃したという合同調査団の発表に疑問を抱くと述べ、その理由として北韓がバブルジェットで船舶を一度に沈没させる程度の高級技術を持ち得ないと見るロシアの判断と、当時、北韓が第3次南北首脳会談を提案し、米-朝対話を推進している等、和解の雰囲気を作っている時点で、自ら状況を引っくり返すというのが論理的に理解できない、という点などを挙げた。グレッグ元大使は、合同調査団がすべての調査結果を明らかにして、天安艦沈没に対する疑惑を解決すべきだと強調した。

彼(グレッグ元大使)はこの日、『交通放送』(TBS)ラジオ英語FM‘ディスモーニング’、『文化放送』とのインタビューでも「事故海域は岩礁と魚網、機雷等がもつれ絡まっている複雑な地域」であるとし、「天安艦沈没は事故の可能性がある」と述べた。

グレッグ元大使は、さる1日、『インタナショナル・ヘラルド・トリビューン』への寄稿で「信ずるに足るロシアの友人」から回答を得たとして、ロシアが天安艦報告書を公開しない理由は、「ロシアの調査結果が李明博大統領に大きな政治的打撃を与え、オバマ大統領を当惑させることになるから」と伝えたことがある。

海軍専門家で構成されたロシア調査団は、さる6月初、韓国を訪問して調査を行なった後、天安艦沈没が北韓の魚雷攻撃でなく機雷爆発によるものであると結論を下した。(ワシントン クォン・テホ特派員)

◎グレッグ元大使、「天安艦の国政監査証人、要請時は検討」
―民主党は積極的、政府・ハンナラ党の採択同意は未知数
2010-09-08-10-27

ドナルド・グレッグ元駐韓米国大使が天安艦事態と関連し、韓国国会が国政監査の証人として自分に出席してくれるよう要請すれば、検討するという意思を明らかにした。

グレッグ元大使は9月6日、『ソウル新聞』とのインタビューで、「万一、韓国国会が天安艦事件と関連して、国政監査に証人として出席してくれるよう公式手続きを踏んで要請してくれば、その時は行って日程と場所等を検討してみて決定するだろう」と述べた。

グレッグ元大使は最近の寄稿文とインタビュー等を通じ、ロシアが天安艦報告書を公開しない理由は、そうした場合に李明博大統領に大きな政治的打撃を与えることを憂慮したからで、天安艦沈没に対する韓国政府の機密主義は、ベトナム戦争を引き起こしたトンキン湾事件を連想させるという発言をして波紋を起こしたことがある。

グレッグ元大使は、『ソウル新聞』とのインタビューでも、「(天安艦調査結果は)軍事的な問題であるというよりは、政治的懸案になってしまった」とし、「天安艦事件を巡る論難を解消するため韓国政府が合同調査団の調査結果を全て公開すべき」と重ねて強調した。

グレッグ元大使の国政監査証人出席に対しては、民主党が積極的である。しかし、政府とハンナラ党がグレッグ元大使の証人採択に同意するかは未知数である。彼が韓国国会に証人として出席する場合、全世界の耳目が国会に集まるとともに、政府の天安艦調査結果の信頼性を巡って論難が世界的次元で拡散される可能性がある。大統領府関係者は7日、グレッグ元大使の相次ぐ天安艦発言と関連して、「グレッグ元大使がCIAにも勤務したのでソース(訳注、情報源)があるだろうが、引退して以来長い時間がたち、今は在野の人となっているが、どんな根拠を持ってそういうことを言ったのか、疑問がある」と言い、「その方の話に比重を置く記事も見たが、新しい話ではなく、そういう仮説に対しては政府が説明をしてきた」と述べた。

他方、李明博大統領は9~11日、ロシアを訪問してヤロスラブリで開かれる世界政策フォーラムに参加して、メドベージェフ・ロシア大統領と首脳会談を行なう予定である。一部では、この過程で韓国とロシアの間で天安艦調査結果を巡る意見交換が行われると展望される。

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