私と憲法1号掲載(2001年6月27日発行)

ポピュリズム小泉と右派原理主義が結合した改憲策動小泉純一郎首相は「聖域なき構造改革」「自民党の改革」を絶叫しながら、あわせてさらりと改憲論を展開する。

この改憲論はいずれもが、この間、その是非をめぐって大激論になってきたもので、歴代の自民党政府がたびたびだじろいできた問題群だ。例えば第九条関連の問題だけでも、(1)集団的自衛権の行使、(2)有事法制、(3)靖国神社公式参拝、(4)首相公選制などでの「突破」を相次いで発言し、九条そのものの改憲も口にする。そして批判をうければ「どうして批判されるのか、わからない」と居直る。

この「わからない」が「受ける」のを小泉は計算している。これこそが一種のポピュリズムだ。例えば靖国公式参拝は(1)憲法の政教分離原則違反だし、(2)A級戦犯合祀の問題があるし、(3)靖国神社そのものの歴史的性格の認識の問題がある、などという議論は「わかりにくい」。それをさらりと言ってのける。 「痛みを伴う」「聖域なき改革」には当然のごとくに憲法が含まれ、誰が痛むのか、どのように改革するのかはあいまいにされたまま、いや隠されたまま、旧来の政治不信、政党不信の空気を引き付けつつ、スローガンだけが絶叫される。

これらの異様な政治的空気の中で、見落とされそうな記事があった。6月12日、朝日新聞報道によると、都内で開かれた会合での挨拶で中山太郎衆院憲法調査会会長は「日本は天皇家を誇りとし、統合の象徴としている。皇紀を明確にしないといけない」と述べ、「タイの憲法は仏暦の下のカッコ内に西暦がある」と述べた。また中曽根康弘元首相は憲法改正の議案提出権がない憲法調査会について「設置法ができた時とは国民の意識も違ってきている。それにあわせて法律を変えなければいけない」と述べたという。「なんと!これはゾンビか」としか言いようがない。「皇紀」なんて死語ではなかったのか。

6月14日の衆議院憲法調査会は、第150~151国会での衆議院憲法調査会の論議をふまえての自由討議で、総括的な議論が行われた。(1)「国民憲法論」がつぎつぎと。

従来から中曽根元首相らは「欣定憲法でもなく、マッカーサー憲法でもない国民憲法の制定を」と主張してきたが、この日は類似の発言が相次いだ。

●自民党葉梨委員。「21世紀の日本を導く新しい憲法を、広く国民の参加を得ながら探求する」
●自由党藤島委員。「国民をこの憲法論議の中に取り込んでいくことが非常に重要だ」
●21世紀クラブ近藤委員。「この憲法は非常に読みにくくてわかりにくい。……国民の皆様にもそういった議論を周知し、国民の声をお聞きしていく」

(2)「改憲の提案」へ。
●民主党中川委員。「国会議員しか改憲の発議はできない。議論も勉強会で終わるのではなく、活発な、具体的な憲法議論に」
●自由党塩田委員。「論憲するからには、ここはこうすべきという具体案を各党は出せ」
●自民党中山正暉委員。「むなしいのは五年間議論しても改正案はつくらないということ。何としても日本独自の憲法を」

「国民」をだしに、ポピュリズムと右派原理主義が横行しはじめた。

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