日本キリスト教協議会 鈴木伶子
私たちキリスト者はこの数年間、イスラム教徒や仏教徒のみなさんといっしょに、平和を作り出す試みを続けてきました。イスラム教の人は、「世界中の人類が自分たちの兄弟だ」と言い、仏教の人は「お経のなかで、殺すな、殺させるな、殺すことを見逃すなということを唱えている」と教えてくださいました。私たちキリスト者は、今も昔も、各地でキリスト教を掲げて戦争をした罪深い部分があるのですけれども、聖書の教えは「敵を愛せ、報復をするな」ということだと学んでいます。
私たち宗教者のこのような教えは、とかく「非現実的だ」とか「理想主義的だ」とかたづけられてしまうのですけれど、私はいま、この果てしない憎悪と殺戮を断ち切るためには、敵をもたないこと、そして殺すことを拒否すること、それがいちばん現実的な道だと思っています。
私たちは、相手を得体の知れない人間だと思うとき、とても不安になります。でも、相手も平和を愛する人、私たちと同じように信頼できる人だと信じたときに、「敵」だと思った人が私たちと同じ人間であることに気づき、不思議なことに「敵」はいなくなります。ですから、「敵を愛する」ということは、得体の知れない人を愛することではなく、イラクにいる人、アメリカにいる人、各地にいる「ふつうの人」を愛しあうことだと思います。現在の日本が仮想敵国を作って、敵意をあおり、軍備を増強しているのは、かつての歴史から学ばないだけではなくて、次の世代を殺戮にまきこむ、その意味で未来への責任を放棄していると言わなければならないと思います。
私たちはかつて、ベトナム戦争の泥沼を見ました。あの時の軍人は、「戦争で勝つ者はいない」と言いました。たとえ軍事的に勝利をおさめても、癒しがたい傷を受けます。そのような経験のなかから、私たちは憲法を守り、諸国民を信頼するこの道を選んでいきたい。分かれ道に立って、道を誤らないでいきたいと思っています。