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【NPJ通信・連載記事】高田健の憲法問題国会ウォッチング/高田 健
緊急事態条項、環境権など新しい人権の導入を突破口に明文改憲に突き進む憲法審査会
2014年12月9日
<改憲の道をひた走る憲法審査会>
最近はあまりメディアが取り上げないが、この臨時国会でも衆参両院で憲法審査会が開かれている。実際、世論の多数は改憲を望んでいないのだから、改憲のための憲法審査会は必要性がない。百歩譲って、もしも憲法審査会を開くなら、それは憲法のあら探しに終始している現状を根底から改めて、この国の政治に、社会に憲法が生かされ実現されているかどうかを検証することこそ重要だ。しかし、衆参両院の憲法審査会の現状は、1強多弱と言われる国会のもとで、自公与党をはじめ、共産・社民を除くほとんどの政党が、明文改憲のための口実作りの議論をしている状況できわめて危ないものがある。
2014年前半の186通常国会では「日本国憲法の改正手続きに関する法律の一部を改正する法律」が自民、民主、公明、維新、みんな、結い、生活、新党改革(参院)の与野党8党の共同提案(!)で成立した。この法律は2007年5月、第1次安倍内閣の下で強行採決された欠陥法の「改憲手続き法」(参議院では18項目の付帯決議が付いたしろもの)が、その根本的な欠陥により施行期限が過ぎてもデット・ロックに乗り上げたまま実施されないという異常な事態に陥っていた。それを18歳投票権に関してだけ、選挙権など膨大な関連法制と切り離して、「法施行後4年間は20歳、5年目からは18歳」に修正し、8党合意の下にしゃにむに成立させたという、改憲優先の欠陥法だ。これを指して、与党などは「いよいよ憲法改正が名実共に実施できる環境が整った」(187国会、船田元・自民党筆頭幹事)と意気込んでいる。
<環境権、緊急事態条項などの導入への意図的な運営>
187臨時国会で開催された衆議院の憲法審査会では、与野党の委員の多くが相次いで明文改憲を目指す方向の議論を展開した。この議論は黙過できない。
この臨時国会の衆院第1回審査会(10月16日)は、「欧州各国憲法及び国民投票制度の調査」の報告だった。従来からも憲法審査会はなぜか海外への調査団の派遣に熱心だったが、今年の通常国会後にギリシャ、ポルトガル、スペインに派遣された調査団の調査は、はじめに「環境権」「緊急事態条項」の「調査」ありきだった。派遣団員だった自民党の船田幹事は「3カ国では特に緊急事態の種類、これは自然災害、テロ、他国からの侵害、それから内乱......区分して規定されている」とか、公明党の斎藤幹事は「(ギリシャでは)憲法の環境権規定と環境基本法、......これは矛盾しない(と説明された)」などと述べた。しかし、調査は必ずしも改憲派の思惑通りにもならなかった。ギリシャでは、欧州債務危機以降導入された緊急事態事項が「この4?5年は本来の緊急事態ではないにもかかわらず、時間がないからという理由でこの緊急事態条項が何十回も使われており、民主主義の観点からも問題」(武正・調査団副団長報告)というありさまであった。
問題は衆院の第2回審査会(11月6日)の議論だ。
ここで自民党の船田筆頭幹事(自民党憲法改正本部長)は前項で指摘したように「改憲の環境が整った」と発言し、改憲手続き法は「個別発議の原則(内容に於いて関連する事項ごとに区分して行う)」であることを確認し、改憲は「(何回かに分けて)部分的な改正が続く」がバランスを失しないよう、長期間を要したり、途中で止まってしまわないようにしなければならないなどと、改憲手続き法の恣意的な解釈を展開した。そのうえで、改憲は国会も国民も初めての経験だから(優先度の高いものからやるのではなく)、「できるだけ多くの政党が合意できる項目から取り上げて行くのが適切」とし、「具体的には......環境権、緊急事態、財政規律など」と改憲を実行する道筋を具体的に述べた。
ちなみに、この改憲の進め方について船田氏は本年7月5日、熊本市内での講演で以下のように述べている。「閣議決定に基づく法改正が行われても、憲法9条の改正は依然として絶対に必要だ」「(憲法改正案の国民投票への発議は数項目ずつ4、5回に分けて実施すべきだ、9条は)最初は難しい。2回目以降のできるだけ早い段階でやりたい」と。これこそ自民党の主流が考えている改憲のコースだ。
この日の審議を通じて、共産党以外(社民党は衆議院には委員がいない)の全ての政党が改憲項目として環境権、緊急事態条項に言及した。民主党の武正・審査会会長代行は環境権の議論を進めるべきだといい、「2004年には3党合意で、緊急事態基本法を国会に提出することも合意」したと述べた。公明党の斎藤幹事は、環境権を主張した上、「緊急事態についても、衆院解散時における対処方法を初めとして、現行法規定には大きな空白があり」憲法に書き込むべきだと発言した。みんなの党の三谷委員は東日本大震災や、東京直下型地震の危機を引き合いに出して「やはり不可欠なのは非常事態法制」で、憲法上定めよと主張、環境権についても述べた。生活の党の鈴木委員も、「あらかじめ緊急事態宣言の根拠規定を設けておき、立憲主義の枠内で対処できるようにしておく」と主張した。
<共産党の反論と船田筆頭幹事のまとめた改憲の方向>
共産党の笠井委員は原発再稼働、辺野古新基地建設などを批判して、「個人の尊重と幸福追求権をうたった憲法13条、生存権を定めた25条」などの意義を強調し、「環境権は、文字どおり国民の闘いによって獲得されてきたもの」、「憲法に緊急事態の規定を設け、総理大臣に権限を集中すれば大規模災害に対処できるなどというのは、問題のすりかえ」「外部からの武力攻撃への対処ともいいますが、そのような事態をおこさせないためにこそ日本国憲法がある」と指摘した。
最後に船田幹事は「憲法改正に向けて評論家であってはいけない」と具体的に推進する姿勢を主張し、幹事会で「テーマの絞り込みをやっていく」、「多くの皆さんの共通する課題あるいは話題として出ましたのは、確かに、緊急事態、それから環境権を含めたいわゆる新しい権利」「同じ方向を向いているかなと思うのは、緊急事態、あるいは環境権を含めた新しい人権ということであります」と改憲への意欲を表明した。
保利・審査会会長も「それを詰めていったところは最終的には条文案である、法律案であるというふうに考えます......条文があって初めてここの審査会では議論が具体的に進んでまいりますので、......ご努力をいただきたい」と会議を締めた。
一方、参議院では第186通常国会中は衆議院同様、改憲手続き法の改定問題に関する議論が行われた。第187臨時国会では10月22日、11月12日に開かれたが、10月は「憲法に対する認識について」、2回目は「憲法と参議院について」などの議論が行われている。参議院では、まだ衆議院のように改憲項目の絞り込みの議論には至っておらず、一般的な各政党の憲法論の展開に終始している感がある。通常国会でも、臨時国会でも、自民党の代表(赤池誠章、丸山和也)発言で、憲法制定過程の議論が展開され、押しつけ憲法論が語られるのにはうんざりする。この議論は憲法調査会以来14年の歴史の中で、妥当ではないことは決着済みのはずだ。安倍政権の復活の中で自民党の極右派が台頭していることのあらわれであろう。審議の中での改憲派の議論は使い古された「憲法のあら探し」の棚卸しのレベルに過ぎない。
11月6日の衆議院の議論の途中で保利・審査会長が次のように発言した点は注視しておかなくてはならない。「緊急事態の条項は案外難しさがありまして、これは災害だけではなく、国際的なフリクション(摩擦)に対してどう対応するかという問題がやはり緊急事態の一つの側面としてあるわけであります。そこの所をどう組み合わせるのか、あるいは組み合わせないのか、そういった議論が今後されていくと思いますので、非常に時間がかかるかもしれませんけれど、大事な条項として......今後検討していきたい」と。緊急事態条項がともすると先の東日本大震災など自然災害に便乗してショックドクトリンのように議論されているが、実際には「戦争」も含めた議論だということだ。
この保利会長発言の後、みんなの党の三谷委員がすかさず「緊急事態法制の議論というのは、具体的に詰めていくとむずかしい部分があるかもしれませんけれども、各党がそれにたいして、共産党を除いて賛成されているということであれば、しっかり進めていく」ことに賛同すると発言した。
ともあれ、衆議院憲法審査会が以上述べたような方向で改憲条項の議論に踏み出そうとしていることは軽視できない。
<改憲派には、2016年、改憲国民投票という選択肢もありうる>
この憲法審査会の動向は、10月1日に行われた「美しい日本の憲法をつくる国民の会設立総会」で、衛藤晟一首相補佐官が以下のように挨拶したこととあわせて見すえておくべきだろう。
「いよいよ憲法改正に向かって最後のスイッチが押される時がきた。自民党は結党以来、憲法改正を旗印にしてきた。1993年に自民党が政権を失った時(安倍、初当選)、自民党綱領だった自主憲法制定を外すべきではないかとの提案がされたが、安倍(晋三)首相や我々が「憲法改正を下ろすなら自民党なんていうのはやめるべきだ」などと議論をした。今、その時のメンバーが中心となって第2次安倍内閣をつくった。安倍内閣は、憲法改正の最終目標のために、みんなの力を得て成立させたと言っても過言ではない。2016年7月に次の参院選がある。2年後に国民投票を行い、憲法改正を達成しなければならない」。
まさに改憲派は20年の長期の努力で、自民党の極右シフトを準備し、改憲の第2次安倍政権を登場させた。
安倍政権にしても明文改憲の実現は容易なことではないが、選挙戦のさなかの衆院選に加え、再来年の参院選挙は期限が確定しており、これと改憲国民投票のダブル投票というのはあり得ない話ではない(その場合、投票権者は20歳以上で処理できるからダブル投票はそんなに困難ではないだろう)。
安倍政権は解釈改憲を極限まで進めながら、同時に明文改憲を実現し、あらゆる意味でこの国を「戦争する国」に仕立て上げようとしている。当面する日米ガイドライン再改定に反対し、集団的自衛権行使の戦争関連法制策定に反対するたたかいとあわせて、明文改憲阻止を闘い抜こう。
(「私と憲法」163号所収)