民主党枝野議員への公開質問状
民主党衆議院議員枝野幸男様
許すな!憲法改悪・市民連絡会
「憲法改正国民投票法」に関する質問
日頃のご活躍に敬意を表します。
貴下は民主党内だけでなく国会においても憲法問題で重責を担っておられますが、今年はその役割はさらに重大になることでしょう。そこで、1月20日に開会される通常国会を前に、私たちは当面の焦点となっている「憲法改正国民投票法案」について貴下のお考えをお聞かせ願いたく、以下の通りお尋ねいたします。
ご多忙中とは存じますが、1月31日までに文書で下記連絡先までご返事戴ければ幸いです。ご返事は私たちのネットワーク(全国各地の草の根の市民グループなど約200団体が参加)を通じて各地の市民団体に紹介したいと考えております。
-
民主党憲法調査会が05年10月31日に発表した「憲法提言」では、憲法改正の理由として、「その時々の政権の恣意的解釈によって、憲法の運用が左右されている」「いまや『憲法の空洞化』が叫ばれるほどになっている。いま最も必要なことは、この傾向に歯止めをかけて、憲法を鍛え直し、『法の支配』を取り戻すことである」との認識が語られています。
そうすると、「憲法の空洞化」をもたらしたのは、恣意的解釈によって憲法を運用してきた時々の政権と、それを許してきた国会に第一義的な責任があると思われますが、その責任を糾さずに憲法のほうを変えることによって「法の支配」が取り戻せるのか、はなはだ疑問です。どんな憲法を作っても、それを政府と国会が守らないのであれば、「法の支配」は実現しないのではないでしょうか。この点はいかがお考えでしょうか。
-
憲法改正問題が浮上してきたのは、国際社会や日本の政治・社会の変化に現憲法が適合しなくなったからだという主張がありますが、本当にそうなのでしょうか。むしろ、政府・自民党などの恣意的解釈による憲法の運用が限界に来たこと、いわゆる「護憲派」とされる社民党や共産党が大きく議席を減らしたこと、最大野党となった民主党が憲法改正に積極的な立場をとったことなど、日本の政治構造の変化によることが大きいと思われます。
実際に、憲法改正の最大の焦点とされる「9条」問題では、国民の多くは9条を変える必要性を認めておりませんし、いわゆる「新しい人権」は現憲法下での立法や施策で具体化・保障できるものばかりです。民意や立法・行政の責任を度外視して憲法改正を唱えることは、立憲主義の原理からも大きな問題だと思いますが、いかがお考えでしょうか。
-
「憲法改正国民投票法」の問題は、自民党などの憲法改正の要求から浮上してきたもので、決して「憲法改正に中立的」な問題ではないと思います。そもそも「憲法改正国民投票法」は、憲法改正を求める人びとにとってだけ必要なもので、現憲法を守り生かすべきだと考えている人びとにとっては必要ないからです。
いわゆる「立法不作為」論も、多くの国民は国民投票法がないことによって何らの権利侵害や損失を受けていないのですから、私たちは憲法改正を求める人びとが改憲プロセスを進めるための口実として持ち出しているものにすぎないと考えざるをえません。この点はいかがお考えでしょうか。
-
以下、議論されている「憲法改正(等)国民投票法案」の具体的内容についてお尋ねします。
-
投票権者の資格年齢について
自公案は「20歳以上」とし、民主党案は「18歳以上(内容に応じ年齢要件を下げることができる)」としています。憲法は、一般の法律や4〜6年間の議員などの選挙と違って、国のあり方や人びとの自由・人権という根本原則を長期にわたって規定するもので、その改定はあらゆる世代に大きな影響を及ぼし、特に将来の日本を支える若い世代の運命を決すると言っても過言でない問題です。
したがって、憲法改正の是非を問う国民投票においては、一定の判断能力を持つ国民はできるだけ多く選択権を保障されるべきです。現実の立法や一般的な社会生活においても、就職(義務教育修了=15歳)、少年法の刑罰適用(14歳)、婚姻(女性16歳)などとされており、市町村合併に関する住民投票で中学生(12歳以上)が参加している例もあります。この点では民主党案は自公案よりは進んでいますが、18歳よりも年齢要件を下げることができるのは「未成年者の人権に関わる場合など」と限定的で、憲法についてはさまざまな権利・義務、社会生活を認められている若い世代のかなりの部分を除外してしまうことになります。この点はどうお考えでしょうか。
-
国民投票までの期間について
国会の改憲案発議を受けて国民投票が行われるまでの期間は、単に「周知手続き」や「投票事務」に基づくのではなく、国民が改憲の是非、改憲案の意味内容を熟慮し、議論・検討するために十分な余裕があるものでなければなりません。その意味では、発議から「60日以後180日以内」とする民主党案は、「30日以後90日以内」という自公案より長くしているのは一歩前進ですが、日常の生活に追われる一般の国民が自ら考え、確信できる判断をするには、まだ短すぎるのではないでしょうか。
まして多数の条項にわたる改憲案が発議された場合、最大でも180日というのは、議論・吟味が未成熟なまま投票を強いることになりかねず、憲法への信頼や安定性からも禍根を残しかねません。まして、この法律の下で日本は初めて国民投票を体験するわけです。また枝野さんは国会の審議の中でも、たびたび低投票率に終わらせてはならないことを強調されておられます。その意味からも十分な期間が必要でしょう。「60日以後180日以内」とされた理由は何でしょうか。
-
国民投票公報の作成について
民主党案では,「国民投票公報の作成」「憲法改正案の要旨及びその解説資料の作成」「周知・啓発活動」にあたる機関として,国会に委員6人で構成する「国民投票委員会」を設け,このうち発議に反対した者は「2名以下」としています。また,これとの関連で,貴下は昨年,慶応大学で行われたシンポジウムで,国民投票公報には「反対意見も3分の1の分量で載せることも保障してはどうか」とも言及されています。
これは,発議の議決が3分の2以上の賛成でなされることとの関係から,「国民投票委員会」の構成も公報のスペースも賛成と反対の割合を2:1にそろえたという点で公平を期したかのように見えます。しかし,発議を受けて判断し,投票する国民にとって何よりも重要なのは,判断材料としての正確な情報がきちんと提供されることではないでしょうか。
あらかじめ紙面構成に差をつけた場合,国民に予断を抱かせ,一定の方向に誘導することになりかねません。票決の多寡とは切り離して,それぞれの考え方を公平かつ客観的に示し,その判断・選択を投票権者である国民に委ねるべきではないでしょうか。
また,「公正・平等・中立」という観点からは,「国民投票委員会」は発議の当事者である国会ではなく,中立的な第三者機関に置いた方がふさわしいのではないかという意見に対しては,どのようにお考えでしょうか。
-
内閣の関与について
一部には、内閣にも改憲案の提出権(発案権)を認めるべきとの意見がありますが、主権者の代表である国会が改憲案を発議し、主権者である国民が投票によって是非を決するという憲法制定権力の行使にあたって、行政機関である内閣が関与したり主導権を握るようなことは許されないと思います。したがって発案権はもとより、国民投票運動への内閣の関与・発言は厳しく禁止されるべきだと考えますが、いかがですか。
-
投票用紙及びその様式について
「投票用紙及びその様式」について、自公案は「発議の際に別に定める法律」に委ねていますが、これでは国民の選択権を大きく制限し、事実上否定することになる「一括投票」方式の可能性を排除していません。この点、民主党案は「個別投票」を原則とし、「憲法改正の議案ごとに」投票用紙を調製して、「内容的なまとまりごとに、それぞれ一の議案」としているのは、かなり合理的です。
しかし「内容的なまとまり」とは何を基準に決めるかによって大きく変わります。例えば9条に関連して、自衛隊(自衛軍)を憲法に明記するかどうかということと、その自衛隊(自衛軍)がどのような活動をどこまで認められるかということには異なる判断が成り立ちうるので、国民はそこまで立ち入った選択権を保障されるべきではないでしょうか。また「新しい権利」についても、「知る権利」「プライバシー権」「環境権」「犯罪被害者の権利」などが挙げられていますが、これらはそれぞれ別個の権利であり、「新しい権利」と総称されるからと言って「内容的なまとまり」があるとは言えません。
「内容的なまとまり」の判断基準についてご説明ください。
-
投票の方式について
投票の方式について、自公案は「発議の際に別に定める法律」に委ねていますが、その原案とされている議連案では「○又は×」を記載し、民主党案は「憲法改正(案)に賛成するときは投票用紙の記載欄に○の記号を記載」することになっています。この点、「○の記号以外の記載又は何らの記載もしていない場合」、自公案はそれらの投票を「無効票」として除外するのに対し、民主党案はそれらを「反対票」とするのが大きく異なっており、民主党案の方が合理的です。
これは絶対に譲れない原則とすべきだと思いますがいかがでしょうか。
-
過半数の「分母」問題について
「過半数の賛成」について、自公案は「有効投票の過半数」とし、民主党案は「賛成投票の数が投票総数の2分の1を超える場合」としています。民主党案の方がより広い「分母」を採っていることは認めますが、それでも改憲という重大問題の決定には適切とは思われません。投票率が低い場合、ごく少数の賛成票で憲法改正が成立することになりかねないからです。
原理的には、「投票権者の2分の1を超える賛成」とすれば、この問題は解決できるでしょう(あるいは少なくとも「投票権者の4分の3以上の投票で国民投票が成立し、その2分の1以上の賛成で改憲案を承認」などと投票率を高く設定すれば、かなり「投票権者の過半数」に近づけられます)。国民の大多数が参加しなかった投票で「国民の憲法」が決まるなどは、何としても避けるべき事態でしょう。
この点を制度設計にインプットするかどうか、ご意見をお聞かせください。
-
テレビ広告について
「国民投票運動」に関して、自公案が設けているメディア規制は自民党側が緩める姿勢を示してきていますが、これは当然です。一方、「運動の自由」原則は、宣伝・広告・費用などについて無制限ということにもなります。
その際、最も懸念されるのは、例えば「テレビ広告」も無制限でいいかという問題です。テレビ広告には多額の費用がかかりますが、影響力も大きく、資金力の豊かな側が朝から夜中まですべての(あるいはほとんどの)広告時間を買い占めた場合、国民は心理的にも偏った判断に導かれかねません。「運動の自由」が国民の自由で自主的な判断をもたらすための基本原則だとすれば、テレビ広告の独占はその逆の結果をもたらすことになりえます。スイスがテレビ討論は認めても、テレビ広告を禁止しているのはそのためでしょう。
この問題について、いかがお考えですか。
-
運動規制について
国民投票運動に関して、自公案にある「公務員・教育者の『地位利用』禁止」条項は、拡大解釈・適用の恐れが大きく、数百万人の公務員・教育関係者の「個人としての運動」を大きく萎縮させる効果を持つことになるでしょう。その点で運動は原則自由でなければならないと思います。 そもそも「地位利用」とは何を指すのか、どのような行為が禁止・規制の対象になりうるのか、公職選挙との異同は何かなど、具体的に示されなければならないと考えますが、いかがですか。
-
定住外国人の意見表明権などについて
自公案は「外国人の国民投票運動」を禁止するとしていますが、少なくとも定住外国人は長期にわたり憲法とそれに基づく法令で権利・義務を付与され、それに従って生活しています。これら「日本の住人」にとって、憲法が変わるかどうか、またどう変わるかということは、彼らの権利・義務と生活にとって大きな影響を及ぼします。それに対して「意見表明」さえ禁止することは、日本の社会を国際的に開かれた多様性あるものにしていく必要に逆行するのではないでしょうか。
実際、例えば外国政府が日本の憲法改正について言及・評価することはこれまでもあったし、これからも避けられず、それが瞬時かつ大々的に日本社会に伝えられるのですから、「国内の外国人」だけに意見表明を禁止することは無意味です。民主党案には具体的言及がありませんが、この問題はどうお考えでしょうか。
また、一定の要件を満たす定住外国人には、国民投票に際しては「国民とみなして」投票権を付与すべきだとの意見についても、お考えを聞かせてください。
-
訴訟提起について
「国民投票の効力」あるいは「成否の効力」の無効、または「効果発生の停止」などの訴訟について、自公案は「30日以内に東京高裁に提起」とし、民主党案は「○日以内に東京高裁に提起」としています。これら訴訟は憲法改正の成否をめぐる重大な訴訟ですから、主権者たる国民が訴訟を提起するのに十分な時間と適切な条件を保障すべきです。
そもそも「30日以内」に提訴に必要な証拠や書類を整えるのは不可能に近く、事実上、国民の提訴権を認めないに等しい規定ですが、貴下はどの程度の期間を考えておられるのでしょうか。その理由も含めてお聞かせください。
また提訴先を「東京高裁」に限定したのはなぜでしょうか。どの地方に住む国民にもアクセスが容易になるように、少なくとも「各高裁」としないのはなぜでしょうか。
以上について、できるだけ分かりやすくご返事いただければ幸いです。
許すな!憲法改悪・市民連絡会
事務局長 内田雅敏
事務局次長 高田 健
日本消費者連盟 富山洋子
日本YWCA 毛利亮子
ふぇみん婦人民クブ 山下治子
連絡先/許すな!憲法改悪・市民連絡会事務局
東京都千代田区三崎町2−21−6−301市民ネット内
03−3221−4668
FAX03−3221−2558
E-mail kenpou@vc-net.ne.jp