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高田健
自民党新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)は7月7日、新憲法起草委員会・要綱第1次素案を発表した。これは4月4日に公表された小委員会試案要綱を整理したものであり、基本的にはそこで示された論点を踏襲したものだ。自民党はこれをもとに11月の結党50周年の大会までに練りあげ公表する予定でいる。筆者はすでに4月の小委要綱を本サイトで「あらわになった反動と国家主義の地金〜自民党新憲法試案要綱批判覚え書き」と題して批判した。今回の要綱を検討して見ても、これに新たに付け加える論点はほとんどない。今回の要綱を検討しての結論は、この小論のタイトルに付けたとおり、「ナショナリズムとグローバリズムの結合による『戦争をする国』をめざす」極めて危険なものだということだ。この改憲要綱は、9・11とそれ以降の国際情勢に象徴的に現れているような不安定な21世紀初頭の世界にあって、数々の困難に直面する自民党や財界などの支配層が自らの活路を、唯一の超大国米国の覇権、グローバリゼーションを支持し、それに追従することで、切り開こうとするものに他ならない。
私たちは今回の自民党改憲要綱第一次素案がしめす危険な戦争への道にはっきりとした反対の声を上げなくてはならない。
4月の小委要綱との比較で今回の第一次素案を見ると、(1)中曽根元首相を小委員長とする委員会が起草した「前文」に関する部分はほとんど変わっておらず、(2)「天皇」に関する部分は「象徴天皇制の維持」で統一し、(3)安全保障に関する部分も4月小委要綱同様、「自衛軍の保持」と「国際的寄与」を明記することとし、(4)「国民の権利及び義務」に関して4月小委要綱を大幅に整理し簡略化し、「国防の責務」など国民の責務条項は検討事項にして先送りした。D「国会」「内閣」「司法」「財政」「地方自治」なども基本的には小委要綱と同様で、「改正条項」も4月要綱通り、緩和することとした。
小委要綱との変化の理由は、それが「復古主義的」に過ぎるとの批判が出たことへの配慮や、とりわけ改憲が国会の3分の2の支持なくして実現しないことから「単なる理念遊びではなく、改憲実現のために妥協した」と舛添要一事務局次長がのべているように、公明党、民主党への配慮の側面もある。
しかし、「第一次素案」などと銘打っているように、全体としていくつかの論点が混在するなど雑ぱくなまとめであり、とてもとてもまともな案の体を為していない。ここに今日の自民党の混迷状況が現れている。自民党はこの素案を今月半ばから全国10カ所でタウンミーティングすることで地方の意見を吸い上げ、新憲法草案を作りあげる計画だ。しかし郵政民営化法案で「内閣半壊」といわれる状態の自民党はこの162国会終盤の成り行きでは「全壊」の可能性すら秘めており、このようななかでの改憲論議は、果たして自民党執行部の予定通り事態は進行するのか、いま情勢は極めて不透明だ。
この第一次素案は先の小委要綱と何一つ変わっていない。「「作成の指針」には先の小委要綱同様、「自由民主党の主義主張を堂々と述べながら、広く国民の共感を得る内容とする」とある。これは前述の舛添のコメントにみる公明・民主への配慮と、中曽根康弘前文小委員長の復古主義的論理とのあいだの意見の食い違いからチグハグになっていることを示すもので、「中曽根さんが作ったものは変えられない」とある幹部がなげいたとされる箇所だ。
以下は4月の「批判覚え書き」で指摘したものの再録。
要綱冒頭の「作成の指針」では、「現代および未来の国際社会における日本の国家目標を高く掲げる」「現行憲法に欠けている日本の国土、自然、歴史、文化など、国の生成発展についての記述を加え、国民が誇りうる前文とする」「戦後60年の時代の進展に応じて、日本史上初めて国民自ら主体的に憲法を定めることを宣言する」と規定しています。
そして書き込まれるべき「国家目標」に関しては、「国際協調を旨とし、積極的に世界の平和と諸国民の幸福に貢献すること。地球上いずこにおいても圧政や人権侵害を排除するための不断の努力を怠らないこと」という驚くべき文言があります。これと「自衛軍は、国際の平和と安全に寄与することができる」(「安全保障及び非常事態」小委要綱)とをあわせて考えれば、この論理はアフガンやイラクを一方的に攻撃したブッシュ米国大統領の「先制攻撃戦略」と同一のものとなります。この日本国家が「地球上いずこにおいても」「圧政や人権侵害を排除する」ために貢献することを国家目標に掲げることの傲慢さ、危険さは強調して余りありません。世界大で「圧政や人権抑圧を排除する」ために、日本の軍事力を行使することを宣言しているのです。
また要綱は「天皇」を柱に、「日本の国土、自然、歴史、文化」について記述しようとしています。「皇国史観」の再来です。この考え方にもとづいて「国の生成」については、「アジアの東の美しい島々からなるわが国は豊かな自然に恵まれ、国民は自然と共に生きる心を抱いてきたこと。多様な文化を受容して高い独自の文化を形成したこと。和の精神をもって国の繁栄をはかり、国民統合の象徴たる天皇と共に歴史を刻んできた。先の大戦など幾多の試練、苦難を克服し、力強く国を発展させてきたこと」などという言葉を連ねています。これは中曽根康弘元首相の持論であり、「天皇」小委(宮沢喜一委員長、橋本龍太郎小委員長代理)の要綱とはニュアンスが異なりますが、前文小委員会の要綱に盛り込まれた意味は軽視できません。自民党がめざす国家主義路線の思想的バックボーンとしてこの天皇を基軸とした愛国主義が公然と前面に出てきたことは重大です。この思想は「国民の権利及び義務」小委の要綱とも不可分な形で出されています。
そして「前文」要綱のもう一つの問題点は「自主憲法制定」論の問題です。要綱が「明治憲法(大日本帝国憲法)、昭和憲法(現行日本国憲法)の歴史的意義を踏まえ、日本史上、初めて国民自ら主体的に憲法を定める」としているところです。いうまでもなく現行憲法は「大日本帝国憲法」の否定の上に誕生し、存在するのであり、「要綱」がいうような両者は並列・対等の関係にないことは明らかです。そしてこの問題では、現行憲法は「昭和」憲法ではないことも確認しなくてはなりません。「昭和」には「戦前」の20年と、その後の40余年の全く異質な歴史があり、この二つは絶対にひとくくりにできないものです。その意味において現行憲法を「昭和憲法」などと表現することは不可能です。それをあえて曖昧な言葉で、「先の大戦など、幾多の試練、苦難」などという客観主義的表現をすることで、戦争責任を回避し、先のアジア・太平洋戦争の否定の上に立った現行憲法の意義を貶めようとしています。この危険なねらいを「自主憲法制定」の意義を語ることで、包み隠そうとしています。
第一次素案は「象徴天皇」は現行通りとしている。しかし、前項でみたように天皇条項を前文に差し込んだことは重大な変更だ。
その上で、以下の4月の「批判覚え書き」で指摘したことはそのまま有効だ。
問題の第一は、天皇について、……「天皇がわが国の歴史、伝統及び文化と不可分であることについては共通の理解がえられた」としている点です。
少なくとも現行憲法では天皇は「主権の存する日本国民の総意に基」づき「日本国の象徴であり国民統合の象徴」と規定されているにすぎないのであって、これを愛国主義的な「歴史、伝統、文化」の象徴とすることは歴史の後退であり、反動です。あえて言うならば、天皇という一個人が「日本国の象徴であり国民統合の象徴」とされていること自体、天皇制の果たした歴史的役割からして容認できないし、今日の民主主義と人権の原則に照らしてもあい反することだといわねばなりません。これは現行憲法が抱えている根本的な矛盾のひとつであり、再検討するのであれば、「国民の総意」との関係でこの議論こそ必要です。なお要綱には「元首とすべきとの意見もあった」と付記されていますが、論外です。
第二の問題は天皇の「公的行為」概念の導入を狙い、天皇の活動を拡大強化しようとしている点です。現行憲法は第一章で天皇の「国事行為」について厳密に規定していますが、小委要綱はこれに「象徴としての行為(公的行為)」というあいまいな概念を加え、天皇の政治的役割を拡大強化しようとしているのです。これも試案要綱全体を流れている国家主義的・復古主義的傾向と相呼応したものです。
第一次素案は「自衛軍の保持」をはっきりと謳い、「積極的に国際社会の平和に向けて努力するという主旨を明記する」「自衛軍は、国際の平和と安定に寄与することができる」と主張している。今回は軍の設置を明確にしたことに伴い、軍事裁判所の設置も規定した。 以下、4月の「批判覚え書き」で指摘したことはそのまま有効だ。
「集団的自衛権の行使」については触れられていませんが、これは「いわずもがな」という立場で、当然行使できるという論理です。検討事項の部分に「安全保障基本法」「国際協力基本法」等が挙げられているのはこのことを意味しています。福田康夫は委員会で「集団はいらない、『自衛』だけでいい」と述べたと言われます。これも同様の考えで、民主党などと議論になる可能性のある用語はあえて使わなくても、運用で行使できるというものです。
ここで謳われた「自衛軍の保持」の問題は、現行憲法9条の完全な否定であり、国際平和のためにこれを使用するとして海外派兵を憲法で正当化したうえで、前述の前文小委の「国際協調を旨とし、積極的に世界の平和と諸国民の幸福に貢献すること。地球上いずこにおいても圧政や人権侵害を排除するための不断の努力を怠らないこと」という考えと結びつければ、日本は地球上のどこにおいても戦争のできる国となるのは明らかです。この下では日米安保体制はグローバルな規模での日米攻守同盟として完成されることになります。
第一次素案は小委要綱に比べると、この項を大幅に縮小した。
この項全体を通しての問題点は、先の小委要綱批判でも指摘したように「憲法の意義・意味」にかかわる問題で、復古主義・国家主義・保守主義的価値観の導入による立憲主義の原則の転倒が試みられている点だ。権力制限規範としての憲法から、「国民が守るべき責務をもつ憲法」への転換だ。小委要綱で「追加すべき新しい責務」の箇所が、従来からの保守的俗論のオンパレードとなり、復古主義との批判を浴びた点を考慮し、大幅に縮小したが、「個人の権利には義務が伴い、自由には責任が伴うことを言及する」、公共の福祉を「公益及び公共の秩序」に変え、「個人の権利を相互に調整する概念として、または生活共同体として、国家の安全と社会秩序を維持する概念として明確に記述する」としている。
その上で、問題になった第一次素案では「新しい権利」や「新しい責務」については「更に議論すべき項目」として先送りした。個別の項目では「環境権」などが先送りされ、あわせて「家庭等を保護する責務」や「国防の責務」「(保険料など)社会的費用負担の責務」なども継続議論事項に回された。しかし7日の自民党起草委員会幹部会で与謝野政調会長が「復活折衝」を約束するなど、今後の議論の過程で再浮上することが予想される。
20条の「信教の自由」との関係でも政教分離原則を大幅にゆがめ「社会的儀礼や習俗的・文化的行事の範囲であれば許容される」等として、国家と宗教の癒着への道を開こうとしているし、軍人の死者など「公務員の殉職に伴う葬儀等」が具体的に指摘されている。
この部分は以下の4月の「批判覚え書き」で指摘したことはそのまま有効だ。
要綱は憲法改正の発議要件を現行憲法の「各議院の総議員の3分の2」から「過半数」に緩和し、改憲の発議が容易にできるようにした上で、国民投票条項は維持するとしました。そして国民投票は「有効投票の過半数で成立」として、考えられる限りもっとも緩和した条件を導入しました。
改憲の声が声高になっているが、今回の第一次素案は、一方では改憲派の作業が容易ではないことも示している。7月8日の産経社説は終わりの部分で「だが、憲法が体現する国家像がいまだに明確ではなく、根幹部分の議論不足は明らかだ。民主・公明両党との調整はまだ先の話である。自民党として、あるべき国の姿をどうするのか。小泉純一郎首相は国民的議論をいまこそ提起すべきである」といらだちを隠さなかったし、同日の読売社説は「新憲法へ、着実に歩を進めているということだろう」といいつつ、「党内論議を深めるのは無論、国民各界各層に幅広い憲法改正論議を巻き起こしてもらいたい」と述べ、返す刀で「民主党も早く議論を集約せよ」と「疑問なのは、憲法公布60年の来年、憲法改正案を策定するとしている民主党の憲法論議が停滞していることだ。(郵政民営化法案などで)自民党と歩調を合わせた憲法論議はしにくいのかも知れない。だが、『政権準備政党』をかかげるのなら、むしろ憲法論議を積極的に推進することが、責任ある姿勢ではないか」と批判している。
舛添は彼らの狙いに関連して以下のように説明した。「(要綱の最大のポイントは)最大の目玉は、9条を改正し、軍隊を持つということを打ち出したことだ。軍隊を持つ以上は『普通の国』として軍事裁判所を持つ。第2点は前文の改正案を示したということだ。占領下で作った憲法でなく、我々が自発的に作り、日本の国らしさを感じることのできる前文にした」「改正が急がれる最優先項目は9条2項だ。自衛隊の海外での活動を憲法解釈で拡大することは、限界に来ている。要綱は、96条の国会の改正発議要件を緩和することも打ち出した。まず、9条2項と96条の改正を実現すれば、風穴をあけることができる」(読売新聞7月7日)と。
これらをみてもわかるように、第9条の改憲こそが改憲派が最も急ぐ課題だ。改憲の動きは急であり、これに反撃する闘いの強化が切に望まれる。しかし、私たちはいたずらに危機感を煽るのではなく、またあきらめるのでもなく、改憲派の意図を徹底的に暴露しながら、これに反撃する広範な共同の体制をしっかりと作っていくことが求められている。こうした闘いこそが、改憲派の弱点を突き崩し、その野望を阻止することを可能にするだろう。「九条の会」の運動を成功させることができるかどうかは、この前途を大きく左右することになる。
2005年7月8日
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