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あらわになった反動と国家主義の地金
自民党新憲法試案要綱批判覚え書き

高田健

自民党新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)は4月4日、新憲法試案のための起草委員会要綱を発表しました。これは起草委員会内にテーマ別に設けられた10の小委員会がそれぞれまとめた「要綱」をひとくくりにしただけの、極めて雑ぱくなものです。発表にあたって、小委相互の調整もはかられていません。

起草委員会は当初予定した4月末の自民党新憲法試案の条文化を先送りし、今回の要綱にそって4月末までに新憲法草案の「要綱」をまとめることになりました。

しかし、大変粗雑なものとはいえ、そこで述べられている内容は極めて危険なもので、復古的な国家主義を基調にした「戦争をする国」のための憲法草案要綱です。そこで「小委員会要綱」段階に過ぎない文書とはいえ、決して見逃すことができませんから、4月末の草案要綱の発表を待たずに、とりいそぎ批判のメモ(覚え書き)を発表致します。

この新憲法起草委員会は、もとはといえば昨年11月に発表された「自民党憲法改正草案大綱(たたき台)」が、実は陸上自衛隊の吉田圭秀二佐がその作成過程にかかわり、彼が作成した「憲法草案」が全て取り入れられたものであることなど、作成過程の重大な問題が暴露され、その結果、当時の「憲法改正案起草委員会」(中谷元座長)は凍結され、たたき台も白紙撤回されたことで、あらたに設置されたものでした。以降、自民党は各小委員会の責任者に首相経験者らを配置するなど、全党挙げて新憲法起草委員会の作業に取り組んできたものです。しかし、各小委員会での議論は必ずしも煮詰まらず、集約作業が容易にはすすまなかったことから、今回の事態になりました。

注意しておかなくてはならないことは、この自民党の各小委員会の動きを意識的にくりかえしくりかえしマスメディアに流し、報道させることで、あたかも改憲が既定事実化しているかのようなキャンペーンがはられたことです。今回の「要綱」の発表に際しても、報道関係に優先して配布されました。「本日配布の新憲法起草委員会各小委員会要綱の取り扱いについては、ラジオ・テレビは4日18:00解禁、新聞は5日朝刊解禁」などという文書が添付され、メディアに流されるのです。自民党側のねらいは明白です。自民党のメディア対策にうまく使われているメディア側の問題も含めて、この問題もまた見逃すことはできません。

この新憲法起草委員会の作業にあたっては、先の「改正草案大綱(たたき台)」が、天皇元首制の主張や、自衛軍、国防の義務規定など、あまりに復古主義的であったことから、改憲にあたって今後の同党内外の調整作業の中心になるとみられる与謝野馨政調会長などから「改憲には国会の3分の2の支持が必要で、国会のコンセンサスが得られないのは独りよがりだ」などの批判がでていました。これとの関係で今度の要綱の内容が注目されましたが、結局、今回の「小委員会要綱」も一部に変化がみられるものの基本的には先の「たたき台」の路線、つまり自民党としての保守色(復古主義的、国家主義的傾向)を積極的に打ち出す路線を引き継いだものでした。とくに要綱全体の冒頭の部分、「前文」にその傾向が濃厚です。「調整はまだ先の話だ。まずは自民党らしい案を作る」ということのようです。前文小委員長の中曽根康弘元首相が要綱策定直前の3月、党内調整にあたった安倍晋三・小委員長代理に対して、「安倍君、たじろぐな」と叱咤激励したという報道がありました(毎日紙4月5日)。「前文」小委員会要綱の冒頭、「作成の指針」には「自由民主党の主義主張を堂々と述べながら、広く国民の共感を得る内容とする」とあるのがそれです。

では以下、各要綱ごとに問題点を見ることにします。

  1. 「前文」(委員長・中曽根康弘、委員長代理・安倍晋三)
    要綱冒頭の「作成の指針」では、「現代および未来の国際社会における日本の国家目標を高く掲げる」「現行憲法に欠けている日本の国土、自然、歴史、文化など、国の生成発展についての記述を加え、国民が誇りうる前文とする」「戦後60年の時代の進展に応じて、日本史上初めて国民自ら主体的に憲法を定めることを宣言する」と規定しています。
    そして書き込まれるべき「国家目標」に関しては、「国際協調を旨とし、積極的に世界の平和と諸国民の幸福に貢献すること。地球上いずこにおいても圧政や人権侵害を排除するための不断の努力を怠らないこと」という驚くべき文言があります。これと「自衛軍は、国際の平和と安全に寄与することができる」(「安全保障及び非常事態」小委要綱)とをあわせて考えれば、この論理はアフガンやイラクを一方的に攻撃したブッシュ米国大統領の「先制攻撃戦略」と同一のものとなります。この日本国家が「地球上いずこにおいても」「圧政や人権侵害を排除する」ために貢献することを国家目標に掲げることの傲慢さ、危険さは強調して余りありません。世界大で「圧政や人権抑圧を排除する」ために、日本の軍事力を行使することを宣言しているのです。
    また要綱は「天皇」を柱に、「日本の国土、自然、歴史、文化」について記述しようとしています。「皇国史観」の再来です。この考え方にもとづいて「国の生成」については、「アジアの東の美しい島々からなるわが国は豊かな自然に恵まれ、国民は自然と共に生きる心を抱いてきたこと。多様な文化を受容して高い独自の文化を形成したこと。和の精神をもって国の繁栄をはかり、国民統合の象徴たる天皇と共に歴史を刻んできた。先の大戦など幾多の試練、苦難を克服し、力強く国を発展させてきたこと」などという言葉を連ねています。これは中曽根康弘元首相の持論であり、「天皇」小委(宮沢喜一委員長、橋本龍太郎小委員長代理)の要綱とはニュアンスが異なりますが、前文小委員会の要綱に盛り込まれた意味は軽視できません。自民党がめざす国家主義路線の思想的バックボーンとしてこの天皇を基軸とした愛国主義が公然と前面に出てきたことは重大です。この思想は「国民の権利及び義務」小委の要綱とも不可分な形で出されています。
    そして「前文」要綱のもう一つの問題点は「自主憲法制定」論の問題です。要綱が「明治憲法(大日本帝国憲法)、昭和憲法(現行日本国憲法)の歴史的意義を踏まえ、日本史上、初めて国民自ら主体的に憲法を定める」としているところです。いうまでもなく現行憲法は「大日本帝国憲法」の否定の上に誕生し、存在するのであり、「要綱」がいうような両者は並列・対等の関係にないことは明らかです。そしてこの問題では、現行憲法は「昭和」憲法ではないことも確認しなくてはなりません。「昭和」には「戦前」の20年と、その後の40余年の全く異質な歴史があり、この二つは絶対にひとくくりにできないものです。その意味において現行憲法を「昭和憲法」などと表現することは不可能です。それをあえて曖昧な言葉で、「先の大戦など、幾多の試練、苦難」などという客観主義的表現をすることで、戦争責任を回避し、先のアジア・太平洋戦争の否定の上に立った現行憲法の意義を貶めようとしています。この危険なねらいを「自主憲法制定」の意義を語ることで、包み隠そうとしています。
  2. 「天皇」(委員長・宮沢喜一、委員長代理・橋本龍太郎)
    この小委の要綱は「天皇」条項に関してはほぼ現行憲法通りとしているのですが、その実、いくつかの重大な問題で修正(改憲)を主張していることは見逃すことはできません。
    問題の第一は、天皇について、「前文」に書くかどうかについては賛否両論があったとして消極的姿勢を示しつつ、「天皇がわが国の歴史、伝統及び文化と不可分であることについては共通の理解がえられた」としている点です。
    少なくとも現行憲法では天皇は「主権の存する日本国民の総意に基」づき「日本国の象徴であり国民統合の象徴」と規定されているにすぎないのであって、これを愛国主義的な「歴史、伝統、文化」の象徴とすることは歴史の後退であり、反動です。あえて言うならば、天皇という一個人が「日本国の象徴であり国民統合の象徴」とされていること自体、天皇制の果たした歴史的役割からして容認できないし、今日の民主主義と人権の原則に照らしてもあい反することだといわねばなりません。これは現行憲法が抱えている根本的な矛盾のひとつであり、再検討するのであれば、「国民の総意」との関係でこの議論こそ必要です。なお要綱には「元首とすべきとの意見もあった」と付記されていますが、論外です。
    第二の問題は天皇の「公的行為」概念の導入を狙い、天皇の活動を拡大強化しようとしている点です。現行憲法は第一章で天皇の「国事行為」について厳密に規定していますが、小委要綱はこれに「象徴としての行為(公的行為)」というあいまいな概念を加え、天皇の政治的役割を拡大強化しようとしているのです。これも試案要綱全体を流れている国家主義的・復古主義的傾向と相呼応したものです。
  3. 「安全保障及び非常事態」(委員長・福田康夫、委員長代理・舛添要一)
    要綱は「自衛軍の保持」をはっきりと謳い、「積極的に国際社会の平和に向けて努力するという主旨を明記する」「自衛軍は、国際の平和と安定に寄与することができる」と主張しています。
    「集団的自衛権の行使」については触れられていませんが、これは「いわずもがな」という立場で、当然行使できるという論理です。検討事項の部分に「安全保障基本法」「国際協力基本法」等が挙げられているのはこのことを意味しています。福田康夫は委員会で「集団はいらない、『自衛』だけでいい」と述べたと言われます。これも同様の考えで、民主党などと議論になる可能性のある用語はあえて使わなくても、運用で行使できるというものです。
    ここで謳われた「自衛軍の保持」の問題は、現行憲法9条の完全な否定であり、国際平和のためにこれを使用するとして海外派兵を憲法で正当化したうえで、前述の前文小委の「国際協調を旨とし、積極的に世界の平和と諸国民の幸福に貢献すること。地球上いずこにおいても圧政や人権侵害を排除するための不断の努力を怠らないこと」という考えと結びつければ、日本は地球上のどこにおいても戦争のできる国となるのは明らかです。この下では日米安保体制はグローバルな規模での日米攻守同盟として完成されることになります。
    このほか、「軍事裁判所」「非常事態」なども検討事項で挙げられています。
  4. 「国民の権利及び義務」(委員長・船田元、委員長代理・清水嘉与子)
    要綱のこの部分は他と比べても異常に長文です。この項にはたくさんの問題点がありますが、全体を通して最大の問題点は、「憲法の意義・意味」にかかわる問題です。ここでは復古主義・国家主義・保守主義的価値観の導入による立憲主義の原則の転倒が試みられています。権力制限規範としての憲法から、「国民が守るべき責務をもつ憲法」への転換です。特に「追加すべき新しい責務」の箇所は、従来からの保守的俗論のオンパレードです。この反動的主張を、民主党、公明党などのいう「新しい人権論」の導入というオブラートで包み和らげて見せようとしているのです。4月5日の朝日紙社説は「国家主義の地金がでた」と指摘しましたが、この指摘はあたっています。
    特に20条の「信教の自由」との関係で政教分離原則を大幅にゆがめ、21条の「表現の自由」との関係では「公の秩序」との関係での制限、結社の自由についても破防法の正当化を憲法にまでもちこむ規定を書き込もうとしているなど、反動的傾向が濃厚です。
    「追加すべき新しい責務」の項は極めてひどいものです。これらは各方面からの反発を考慮して「強制可能な義務ではなく、訓示規定としての責務だ」としながら、国防の責務、(保険料など)社会的費用負担の責務、家庭等を保護する責務、生命の尊厳を尊重する責務、環境保護の責務、憲法尊重擁護義務などの新設を主張しています。「家庭などの保護」では、「国民は夫婦の協力と責任により、自らの家庭を良好に維持しなければならない」「子どもを養育する義務を有するとともに、親を敬う精神を尊重しなければならない」「相互の協力と参加により、地域社会の秩序を良好に維持しなければならない」などとあります。まるで帝国憲法時代の社会観です。
    オブラートの「新しい人権」で列挙されているのは、知る権利、個人情報を守る権利、犯罪被害者の権利、環境権、知的財産権、司法への国民の参加などです。これらの権利の実現については従来からの論文で多々書きましたから、ここでは触れないことにします。
  5. 「改正及び最高法規」(委員長・高村正彦、委員長代理・山下英利)
    要綱は憲法改正の発議要件を現行憲法の「各議院の総議員の3分の2」から「過半数」に緩和し、改憲の発議が容易にできるようにした上で、国民投票条項は維持するとしました。そして国民投票は「有効投票の過半数で成立」として、考えられる限りもっとも緩和した条件を導入しました。
  6. その他、「国会」(委員長・綿貫民輔、委員長代理・陣内孝雄)、「内閣」(委員長・林芳正、委員長代理・金子一義)、「司法」(委員長・森山真弓、委員長代理・松村龍二)、「財政」(委員長・溝手顕正、委員長代理・宮沢洋一)、「地方自治」(委員長・大島理森、委員長代理・岩城光英)は略。
  7. おわりに
    「私と憲法」43号掲載の「自民党・憲法改正草案大綱(たたき台)の危険性 〜自衛軍と海外での武力行使を明記し、社会の軍事化促進のねらい」の「おわりに」の部分で、私たちは次のように指摘しました。

自民党はいよいよこのような全面的改憲案作りの作業に入りました。しかし、このことは即、自民党が具体的に新憲法採択という政治路線をとったことを意味するものではありません。……「(両院の3分の2の賛成が必要だから)民主党や公明党の考え方にも十分目配りして、 幅広い柔軟な視点から憲法改正に取り組むべき」(「日本経済新聞」社説)だと自民党執行部も考えているのは間違いないでしょう。とりわけ民主党の現執行部 は今のところ政権奪取に最大の関心があり、改憲問題はその後だと考えているフシがあります。公明党も世論との関連で動揺的であることを考えれば、自民党がいま作成しようとしているような全面的で復古的な改憲案をごり押しすることは考えられません。今後、改憲案の内容は与党や野党第1党の民主党との間で政治的綱引きがおこなわれ、妥協が図られるでしょう。目下、準備されつつある自民党改憲案は、この妥協を計算にいれたとりあえずの「言い値」に他なりません。しかしそうであっても、この改憲草案原案には自民党が長期的に何を目指しているかが鮮明にされているものであり、重視してかかる必要があります。

この評価は現在でも基本的に変える必要がないでしょう。要綱の前文小委員会の部分でも言われているように、今回の試案作成の目的は、まず「自民党らしさ」をだし、世論的に改憲のムードを盛り上げるということでしょう。しかし、これは政権党である自民党のめざす社会がいかに反動的なものであるかを赤裸々に物語っているものであり、私たちが油断すればこの方向へ社会は引っ張られて行くでしょう。こうした路線との闘いを軽視できないゆえんです。

2005年4月6日記


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