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2005年(平成17年)2月18日
日本弁護士連合会
憲法改正国民投票法案が検討され、憲法改正問題が大きく動き出そうとしている。
2004年12月3日、国民投票法等に関する与党協議会は、「日本国憲法改正国民投票法案」と同法案の審査及び起草権限を衆参両院の憲法調査会に付与する「国会法改正案」を、次の常会に提出することを了承した。加えて、本年初頭の報道によれば、与党は、憲法改正国民投票法案を今国会に提出し、成立を図る方針を固めたと伝えられている。それによれば、2001年11月に発表された憲法調査推進議員連盟の日本国憲法改正国民投票法案(以下「議連案」という)に、若干の修正を加えたものを日本国憲法国民投票法案骨子(案)(以下「法案骨子」という)とし、与党はこの「法案骨子」を基に法案化の作業をすすめるとのことである。
憲法改正国民投票は、いうまでもなく、主権者である国民の基本的な権利行使にかかわる国政上の重大問題であり、あくまでも国民主権の原点に立脚して定められなければならない。しかるに、与党案の「法案骨子」では、そのような国民主権の視点が重視されておらず、その結果、発議方法及び投票方法が投票者の意思を投票結果に正確に反映するものであるか否か明確ではなく、また、新聞、雑誌、テレビ等のマスコミ報道及び評論に過剰な規制を設けようとするなどの、看過しがたい問題点が多々みられる。
当連合会は、基本的人権擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士及び弁護士会を会員とするものであり、その使命達成のため、人類普遍の原理である国民主権とそれに基づく代表民主制、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり永久不可侵の権利である基本的人権の尊重、及び再び戦争の惨禍が起こらないよう恒久平和を念願する平和主義を基本原理とする憲法を尊重し擁護することを銘記し、1949年当連合会の設立以来、今日までの間、一貫して人権擁護活動に努め、幾多の具体的な提言を行ってきた。また、1977年には「生存権の実現に関する宣言」(人権擁護大会宣言)を行い、1997年には「国民主権の確立と平和のうちに安全に生きる権利の実現を求める宣言」(人権擁護大会宣言)及び国民主権の確立をはじめとする諸課題の達成をめざして全力を尽くすことを誓った「憲法50年・国民主権の確立を期する宣言」(定期総会宣言)を行った。今後も憲法に依拠して人権擁護活動その他の諸活動を行うことは不変の原則であり、当連合会が本年11月10日、11日に予定している第48回人権擁護大会では、憲法原理、個人の尊重及び立憲主義を確認しながら、「憲法は誰のために、何のためにあるのか」を問うシンポジウムを行う。
これらの憲法原理は、広く深く国民生活に定着していると考えられるところ、今この時期に、憲法改正を目的とした憲法改正国民投票法を制定すること自体の是非をめぐっては議論が存するところであり、また、当連合会が同法制定に関する意見を述べることの是非についても意見があるところである。しかし、当連合会は、それらのことに十分配慮してもなお、法案の国会上程が近いという事の緊急性と重大性に鑑み、「法案骨子」には看過できない問題点が存在することについて、問題点を指摘して広く国民の論議に資するべきものであると考え、本意見書を公表するものである。
個別の条項ごとに賛否の意思を表示できる投票方法とすべきである
「法案骨子」では、憲法の複数の条項について改正案が発議された場合に、全部につき一括して投票することとするのか、あるいは条項ごとに個別に投票することとするのかについて、明らかにしていない。「議連案」の解説には、「憲法改正の内容が複数の事項にわたる場合、一部に賛成で、一部に反対という意思表示の方法を認める必要があるのではないかが問題になる。しかし、そのような場合は、国会が改正案を発議する際に、改正の対象となる各々の事項ごとに発議を行えば、各事項に係る発議に対応して投票を行うことになるので、一部賛成、一部反対の票を投じることと同じ結果が得られるのではないか。すなわち、この問題は、国会の発議の方法を工夫することに」。よって解決できると思われるとされていたところが、「法案骨子」では、そのような問題点の検討がなされておらず、むしろ、「議連案」より後退している。このような重要事項について曖昧にするべきではない。わずかに、「法案骨子」によれば、「投票用紙の様式、投票の方式、投票の効力その他国民投票に関し必要な事項は、憲法改正の発議の際に別に定める法律の規定によるものとすること」とされ、その説明によれば「例えば、複数項目に係る憲法改正案の場合に、全体を一括で国民投票に付すか、項目別に国民投票に付すかに応じて、投票用紙の様式等が定められたり、また、憲法改正案の内容(分量)に応じて、投票用紙への改正案の記載の有無が定められたりすることとなる。」とされているが、これによっても一括投票か個別投票かは明らかでない。
しかし、仮に一括投票制をとった場合は、国民主権の点で問題がある。たとえば、(イ)環境権の新設、(ロ)首相公選制等の新設、及び(ハ)第9条改正の3点が改正事項として提案された場合を仮定してみると、投票者の意見は、(1)(イ)(ロ)(ハ)の全てに賛成する者、(2)(イ)(ロ)に賛成し(ハ)には反対する者、(3)(イ)に賛成し(ロ)(ハ)には反対する者、(4)(イ)(ロ)(ハ)の全てに反対する者等々さまざまに分かれることが予測される。この場合、もし改正条項の全部につき一括して投票させるとなれば、上記(2)、(3)の意見の投票者にとって、どのように投票すべきか著しく判断が難しいこととなり、かつ、投票者の意思が投票結果に正確に反映されないこととなる。
憲法改正が国民投票の方法に委ねられる所以は、国民主権の原則に則って、国の最高法規たる憲法改正に国民の意思を十分かつ正確に反映させようというところにある。それゆえに、国民投票においては、一括して賛否を問う投票方法ではなく、国民が条項ごと、あるいは問題点ごとに個別に賛否の意思を表明しうる発議方法及び投票方法とすべきである。
個別の条項ごとに賛否の意思を表示できる投票方法とすべきであることは、憲法の一部改正の場合のみならず、全面改正の場合についても妥当することである。むしろ、それが憲法の基本原則を変更するような全面改正である場合には、そもそも憲法改正の限界を超えるものとして許されないとの指摘もなされているところである。
表現の自由、国民投票運動の自由が最大限尊重されなければならない
国民投票にあたっては、何よりも投票者にできる限りの情報提供がなされ、広く深く国民的議論がなされることが必要である。そのためには、表現の自由が最大限尊重されるべきであり、基本的に国民投票運動は自由であるとされなければならない。例外的に、これらに対する規制は、放置することにより著しい不公正が惹起されることが明白である場合等、当該規制について十分な合理性と高い必要性が認められるような例外的な場合に限られるべきである。
ところが、「法案骨子」は、かかる視点が不十分であり、国民投票運動について、広範な禁止制限規定を定め、不明確な構成要件により刑罰を科すものとなっている。例えば、公務員の運動の制限、教育者の運動の制限、外国人の運動の全面的禁止、国民投票の結果を予想する投票の経過または結果の公表の禁止、マスコミの規制、マスコミ利用者の規制、放送事業者の規制、不明確な要件で処罰を可能にする国民投票の自由妨害罪及び、演説・放送・新聞紙・雑誌・ビラ・ポスターその他方法を問わない煽動の禁止等である。
もし、これらの規制が、公職選挙法における選挙運動禁止規定を参考にしているものだとすれば、それは、候補者のうちから当選人を選ぶ公職の選挙と国の最高法規たる憲法改正の是非を問う国民投票とは概念的に全く異なるものであることを考慮しない論と言わざるを得ない。加えて、公職選挙法における選挙運動禁止規定よりも禁止制限する範囲が拡大されていることは、二重の意味で問題がある。
「法案骨子」の禁止規定は、国民投票運動に甚だしい萎縮効果をもたらし、表現の自由を著しく制限するものというべきである。そのような禁止規定は到底容認することはできない。
発議から投票までの期間は、十分な国民的論議を保障するに足りる期間とすべきである
「議連案」では、国民投票の期日は、国会の発議から60日以後90日以内の内閣が定める日とし、国政選挙と同時に行う場合にはさらに短い期間を定めることができるとしていたのに対し、「法案骨子」では、これを縮めて30日以後90日以内の内閣が定める日としている。「法案骨子」の説明によれば、国政選挙と国民投票との性格の相違に鑑みて、国政選挙とは別個に行われることが適当であるとして、このような修正をしたとのことである。
しかし、「議連案」の60日以後90日以内であっても憲法改正を国民的に論議する期間としてはあまりに短期に過ぎるのであって、これより相当長期にわたる考慮期間が必要だと考えられるところ、「法案骨子」のように30日以後であればよいとするのはさらに短期となり、国民から議論の機会を奪うにひとしいものとなるから、「法案骨子」は適当でない。
改正が一部改正か全面改正かによって、あるいはまた、改正の内容如何によって、必要な期間が異なることも考えられるが、いずれにしても、発議から投票までの間は、国民全体が十分に議論をし問題点を認識して改正をするか否かについて的確な判断をなし得るのに必要で、十分な考慮期間が保障されるべきである。そして、法案について公聴会を開催するなどして、広く国民的論議をすることができるよう配慮すべきである。
賛成は、少なくとも総投票数の過半数で決すべきである
「法案骨子」は、憲法改正に対する賛成投票の数が有効投票総数の2分の1を超えた場合に国民の承認があったものとする。賛成票の数え方については種々考えられるが、最も広い考え方は、全有権者の過半数の賛成を必要とする考え方であり、憲法改正という事の重大性を考えれば、国民の意思を尊重するこの考え方にも理由がある。
仮に全有権者を基礎とする考え方をとらずに、投票数を基礎とする場合でも、国民投票は何よりも国の最高法規たる憲法の改正という極めて重要な問題を問うのであるから、少なくとも改正に賛成する者が、改正の是非・当否について投票した全ての者の2分の1を超えるか否かにより決すべきであるとするのが、民意を尊重する憲法の趣旨というべきである。
この場合に問題となるのは、無効票をどのように扱うかである。この点、「法案骨子」は、投票された票のうちから無効票を排除して、有効投票のみで賛否の数を数えるものである。
しかし、無効票を投じた者は、投票所に赴いて投票し、憲法を改正すべきか否かについての意思表示をしたものであるところ、改正に賛成の意思を表明した者でないことは明らかである。そうした、投票はしたが改正に賛成の意思を明示しなかった者の票を、あたかも投票しなかった者の如く排除するのは、上記の憲法の趣旨からみて妥当ではない。無効票を投じた者は、改正に賛成しなかったものとしてカウントされるべきである。
因みに、もし無効票が多い場合には、ごく少数の賛成によって憲法改正が実現されることになり、この点からも、「法案骨子」は妥当でない。結局、憲法改正承認の成否は、投票数を基礎とする場合でも、少なくとも、「法案骨子」のように改正について賛成投票数が有効投票総数の2分の1を越えたか否かではなく、賛成投票数が総投票数の2分の1を超えたか否かにより決せられるべきである。
国民投票無効訴訟についてはさらに慎重な議論を要する
「法案骨子」は、国民投票無効訴訟について定めているが、この点については多くの問題点が含まれている。
まず、提訴期間について、投票結果の告示の日から起算して30日以内に提訴すべきとするが、この期間は憲法改正という極めて重要な事項についての提訴期間としては、短かすぎる。次に、一審の管轄裁判所を東京高等裁判所に限定する点も問題である。情報公開法の制定に際しては、当連合会を中心として国民的批判と要請が広く展開された結果、地方管轄が実現したが、憲法という基本法の改正についてであればこそ、特に広く国民の司法審査を受ける権利を十分に保障すべきである。一審裁判所を地方裁判所とするのが難しいとしても、全国の各高等裁判所をもってその管轄裁判所とすべきである。
さらに、どのような場合に提訴ができ、判決結果にどのような効果を与えるのかについても「法案骨子」では不明確である。
加えて、国民投票無効訴訟制度を定めるのであれば、法曹三者も参加した慎重かつ十分な検討により、合理的で民意を反映するに相応しい成案を整えることが必要である。
公民権停止者及び未成年者の投票権は考慮を要する
公職選挙法上の公民権が停止されている者の投票権について、「議連案」では、軽微な選挙違反による公民権停止者には投票権を認めていたのに対し、「法案骨子」はこれを認めず、「衆議院及び参議院の選挙権を有する者は、国民投票の投票権を有するものとする」としている。また、18歳以上の未成年者についても、「法案骨子」はこれを認めないとしている。
しかし、公民権停止中の者に対して憲法改正の投票権を否定する理由に乏しく、また、18歳以上の未成年者についても十分な議論がなされるべきである。
「法案骨子」には、以上に述べたとおり、重要な問題点が多々含まれている。当連合会は、今この時期に憲法改正国民投票法を制定することの是非について、国民がしっかりと議論をなしうる場が設けられることを強く求めるものである。そして、同法案を制定することとなった場合においては、法案の国会提出に先立ち、本意見書に摘示した問題点について、国民が議論を尽くすのに必要な情報が提供され、十分な期間が確保されることが重要であると考える。当連合会は、関係機関、関係各位に対し、慎重な対応をなされることを求める次第である。
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