(憲法を考える)緊急事態条項、縛り緩すぎ 自民党の草案、ドイツの専門家に聞く

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(憲法を考える)緊急事態条項、縛り緩すぎ 自民党の草案、ドイツの専門家に聞く

2017年2月28日05時00分

緊急事態の任期って?

 ■憲法を考える 視点・論点・注目点

 大規模自然災害など緊急事態時の国会議員の任期問題が憲法改正のテーマになりつつある。そもそも憲法に緊急事態を盛り込むとはどういうことなのか――。自民党が憲法改正草案を起草する際に参考にしたといわれるドイツ憲法(基本法)。現地を訪ね、考えた。

 ■広すぎる対象

 ログイン前の続き昨年、自民党憲法改正草案の緊急事態条項をドイツの専門家たちに読んでもらったところ、一様に驚きの反応が返ってきた。

 「勝手に新たな類型を作るのを認めてはいけない」

 ポツダム大のエッカルト・クライン教授がまず問題視したのは、草案98条1項だ。自然災害と内乱、外部からの武力攻撃に加え、「その他」として法律で緊急事態の対象を広げることができるためだ。

 「非常に危険だ。ワイマール共和国時代、緊急事態に財政難などあらゆることを含ませてしまい、大統領が自由に緊急事態を発令し独裁条項になった」

 クライン教授が語るように、ドイツには緊急事態をめぐる苦い歴史がある。

 ワイマール憲法は当時最も民主的といわれる一方、公共の安全や秩序に重大な問題が起きた際に大統領が緊急命令を発布できるとする48条が乱発され、ナチス独裁に道を開いていった。

 その反省から、1968年の憲法改正で緊急事態条項が導入されるまでには、10年近い激しい議論があった。

 ■歴史の教訓

 オスナブルック大のイェルン・イプセン教授は当時の状況をこう説明する。「最初に出た案が、ワイマール憲法48条を想起させるような行政権に権限を集中させる内容だったため、猛反発が広がった」

 「そこで政府は、緊急事態の規定を細かく分け、行政に議会や裁判所のコントロールをきかせることで国民の理解を得ていった」

 ブレーキが幾重にもかかる――。これがドイツの緊急事態条項の特徴だ。

 例えば、最も議論を呼んだ防衛出動事態。外国から領土が武力で攻撃されるか、攻撃される直接の脅威が生じた場合を指す。

 事態が発生すれば連邦政府は、移動の自由、職業選択の自由や財産権など人権を制限できる権限を持てる。ただし、事態にあたるかどうかの判断は、政府の申し立てによって連邦議会が行う。しかも、連邦参議院の同意を得たうえで、投票の3分の2以上かつ定数の過半数の賛成を必要としており、事態を確定するには高いハードルがある。

 憲法には、連邦憲法裁判所の任務遂行を侵害してはならないと明記されており、イプセン教授は「緊急事態の認定に議会が賛成しても連邦憲法裁判所に訴え、裁定を求めることができる。これが重要だ」と話した。ちなみに、これまでドイツで防衛出動事態が適用されたことは一度もない。

 防衛出動事態のほかにも、(1)自然災害や重大な災難事故(2)連邦や州の存立に差し迫った危険が生じた場合(内的緊急事態)がある。

 (1)は自然災害などの被害が複数の州にわたる場合、連邦政府に州政府の権限を集めることが主な柱で、(2)も連邦政府に州の警察を指揮したりする権限を与えるもの。いずれも州政府の独立性が高い、連邦制の国ならではの規定だ。

 ■「何でもできる」

 行政権の暴走をいかに防ぐかに腐心したドイツの規定に比べると、自民草案の縛りはあまりに緩い。

 「複雑な気持ちだ」

 ワイマール憲法48条の歴史に詳しいアーヒム・クルツ弁護士は開口一番、そう語った。「緊急事態を決める者と、執行する者を分けることがワイマールの教訓で、ドイツでは議会が防衛出動事態を決める。ところが草案ではその区別がなく、いずれも首相が担うことになっている」

 草案99条1項は、緊急事態になった場合、内閣が法律と同じ効果を持つ政令をつくることができると定めている。ノルトラインウェストファーレン州行政大のマルクス・ティール教授は、「政令がどんな中身になるのかすべてを内閣にゆだねていて、広すぎる。何でもやりたいことができる」と懸念を示した。

 ■まるで「お試し改憲」 災害時の国会議員の任期延長

 自民党改憲草案にあるような「フル」の緊急事態条項の新設にはワイマール憲法48条を想起させると批判が強い。そこで、大規模災害時の国会議員の任期延長という「マイナー」な項目に絞る案がいま、改憲のテーマとして浮上し、野党の一部からも同調の声があがっている。

 なぜ任期が問題になるのか。例えば、衆院選の最中に大震災が起きると衆院が不在となり、対応できない。任期4年を定めた憲法45条の例外として国会議員の任期を延長できる規定を盛り込むべきだ――などと主張されている。

 しかし、任期は憲法を変える理由になるのか。

 憲法54条2項は、「国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」と定めており、半数ごとの改選のため、不在になることがない参院の緊急集会で対応できる。

 そもそも参院の緊急集会の規定は、連合国軍総司令部(GHQ)との交渉の中で、「不測の災害」に対応する措置があるとして、日本側の要求で盛り込まれた。そして、1959年の伊勢湾台風をきっかけに、参院の緊急集会を待っていられないような大災害に緊急に対応する必要性が議論され、61年に災害対策基本法が成立。翌年の改正で「災害緊急事態」への対応措置が整備された。

 国会図書館の調査では、自然災害に際して議員の任期延長が憲法に明示されていた国は、ポーランドだけだった。災害を含め、緊急事態時の手当ては、憲法や法律ですでに準備されている。任期延長を理由とする改憲論は、何でもいい、できるところから変えたいという「お試し改憲」だとのそしりは免れないだろう。

 (編集委員・豊秀一)

 

 ■国会審査会 前国会の議論から

 安倍晋三首相が在任中の憲法改正に意欲を示す中、昨夏の参院選後に衆参両院で憲法改正案の発議に必要な3分の2の議席を「改憲勢力」が占めた。これを受け両院の憲法審査会が実質的な議論を再開したのが昨年11月。今国会での議論を前に、論戦を振り返る。

 ■衆院 自民、「押しつけ論」封印

 衆院で注目されたのは、自民党の憲法改正に向けた本気度だ。11月17日の審議で自民党の改憲論の原点とも言える「押しつけ論」を封印した。

 中谷元氏 「憲法の制定過程でGHQ(連合国軍総司令部)が関与したのは否定できない。しかし、05年の憲法調査会報告書ではGHQの関与ばかり強調すべきではないという意見が多かった。これを考慮することは重要だ」

 公明党の北側一雄氏も「日本国憲法はこの70年、国民に広く浸透し、支持されてきた。押しつけ憲法という主張自体、今や意味がない」との見解を改めて示した。

 自民が押しつけ論を封印したのには理由がある。両院で改憲勢力が3分の2超とはいえ、ぎりぎりで発議をすれば国民投票での承認を得られない可能性が高い。承認を確実にするには、野党第1党の民進の賛成が必要というのが与党内の共通認識だ。

 民進の辻元清美氏は「押しつけ憲法論議という、敗戦コンプレックスから思考停止している不毛な憲法論議からの脱却が必要だ」と主張。自民はこうした主張に歩調を合わせ、審査会での議論を軌道に乗せることを優先した。

 一方、改憲に前のめりだったのは日本維新の会だ。

 足立康史氏 「私たちは教育無償化、統治機構改革、憲法裁判所の創設の3項目の改正原案をまとめた。自民も民進も、具体的な改正項目を速やかに提案すべきだ」

 共産の赤嶺政賢氏は「憲法の平和主義、民主主義の原則を現実に生かすことこそ政治の責任だ。安倍政権が改憲の動きを進めていることは看過できない」と述べた。

 ■参院 目立った合区への反発

 11月16日の参院審議は、衆院とはやや様子が違った。自民からは「押しつけ」を問題視する旧来の意見が出た。

 中川雅治氏 「GHQが関与した事実ばかりを強調すべきではないとの意見も多いのは承知しているが、現行憲法は主権が制限された中で制定され、国民の自由な意思が十分に反映されたとは言いがたいことは事実」

 さらに目立ったのは、一票の格差是正で昨夏の参院選から導入された合区への反発だ。自民の高野光二郎氏は「憲法改正論議の一丁目一番地として、都道府県代表で構成できる参院を憲法に明記すべきだ」と主張。ただ、公明の魚住裕一郎氏は「参院の選挙区は都道府県単位に固執するのではなく、大ブロック制のような制度のほうがより憲法の趣旨に沿う」と異なる見解を示した。

 一方、民進は安倍政権による集団的自衛権の行使容認を批判した。

 白真勲氏 「集団的自衛権の行使を認めたことは権力の行き過ぎに歯止めをかける立憲主義と9条の平和主義を揺るがす。絶対に認められない」

 社民の福島瑞穂氏も「改憲を議論する前に、破壊された憲法を取り戻すべきでないか」と同調した。

 (編集委員・国分高史)

 

 ■(情報インデックス)ヤフーが憲法考えるシンポ

 憲法施行70年の節目に議論を深めようというシンポジウムが20日、東京都内であった。主催はインターネット大手のヤフー。憲法論議でよく焦点となる9条などではなく、内閣や国会、裁判所など「統治機構」のあり方を中心に識者らを招いて議論を重ね、ネット上で発信していく予定だ。

 この日は、宍戸常寿・東大大学院教授、曽我部真裕・京大大学院教授らが登壇した。宍戸氏は、1990年代以降の政治・行政改革によって統治機構が大幅に変容したことを紹介したうえで、「憲法改正なしに進められたこうした改革をどう評価するかが、今後の憲法論議で欠かせない論点だ」と指摘。

 曽我部氏は内閣による議会の解散権に触れ、「かなり制限されているのが最近の国際的傾向だ。日本のように『首相の専権事項』として自由に行使できることをどう正当化するのかがいま問われている」と問題提起した。

 

 ■予告

 原則、毎月の最終火曜日に、憲法について掘り下げ、衆参両院の憲法審査会の議論を詳報する特集「憲法を考える 視点・論点・注目点」を掲載します。次回は3月28日付の予定です。
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