何がなんでも9条を変えるための「改憲手続き法案」

(改訂版07.1.15)

改憲派のねらいの核心は、戦力不保持と交戦権の否認をうたった憲法9条2項の否定にあります。自民党は05年秋の大会で自衛隊を「自衛軍」に変えることを中心にした「新憲法草案」を発表しました。そこでは、現行憲法前文に書かれている過去の戦争への反省に基づく平和への強い意志が投げ捨てられ、「自衛軍」の仕事として国の防衛と海外での戦争、および治安弾圧が考えられています。
改憲に向けて自民・公明両党は06年5月、「改憲手続き法案」を国会に提出、民主党も対案を出して、現在、衆院憲法調査特別委員会(中山太郎委員長)では両案の修正協議が行われています。特別委員会での審議を通じて、両案が重大な問題点をたくさん含んでいることがつぎつぎに明らかにされていますが、提案者たちは真剣にこれらの問題点の解明をはかることもなく、あたかも「はじめに改憲ありき」の様相で法案の採択を急いでいます。折しも、集団的自衛権行使に関する憲法解釈の再検討と、自らの任期中に改憲を実現すると公言する安倍内閣の下で、こうした動きにはいっそうドライブがかかっています。
「戦争のできる国」をめざす「憲法9条改悪を許さない」――そのためにも、まずわたしたちは悪法「9条改憲のための改憲手続き法」案を廃案にしなければなりません。

「改憲手続き法案」 どんなもの?

◆改憲手続き法がないのは「立法不作為」か?

「憲法96条では改憲できることになっているのに、改憲手続き法がないのは『立法不作為』だ」「改憲のねらいとは切り離された『国民投票権の保障』のためのニュートラルな法案だ」などとという人がいます。しかし「立法不作為」とは、国民の生活や権利に必要な法律を国会がつくらないため国民に不当な損失や障害が生じる場合にいうことです。憲法を変える必要がなければ、改憲手続き法も必要ありませんし、「立法不作為」にはあたりません。いま「改憲手続き法が必要だ」といっているのは、6割の国民が9条改憲に反対している現実を無視して9条改憲を求めている人びとだけなのです。まして「改憲のねらいとは切り離された法案」であるどころか、最近では安倍首相も自分の任期中に「改憲」を実現するためにも、まず改憲手続き法を作りたいなどと公言しています。
自公両党案と民主党案は、それぞれに修正案がつくられた現在では、ほとんど違いがなくなったといわれています。この06年12月に発表された両案の修正案の問題点を検討することにします。

◆狭すぎる投票権者の範囲

「修正案」は、投票権者の年齢問題では20歳以上を主張していた与党が、法律施行までに公選法、民法、その他の法制上の措置を講ずることを条件に、18歳以上を主張する民主党案に妥協しました。結果、もともとの民主党案にあった「特定の場合は国会の議決を経て16歳以上も参加できる」としていた規定は削除されました。しかし18歳は無論のこと、義務教育終了年齢に該当する15歳以上の若者にしても、憲法改定の是非を問う国民投票の有権者として十分に判断力を持っているし、憲法が若者の将来を左右することを考えれば、広く門戸を開くべきです。現に、民法や住民投票の年齢規定はさまざまです。約200万人もの若者をあらかじめ国民投票から排除する「修正案」は許されません。
また定住外国人は納税義務を課せられており、憲法が変わればその権利・義務も変わるにもかかわらず、国民投票に参加できないのも不当と言うべきでしょう。

◆「過半数」は何を基準にするのか

憲法96条は「憲法改正は国民の承認を経なければならない」とし、「この承認には国民投票において、その過半数の賛成を必要とする」と定めています。「その過半数」とは何の過半数でしょうか。憲法は国の最高法規ですから「有権者総数の過半数」というのがもとめられて当然の基準です。ところが与党は一貫して、憲法のあり方に関わるこの本質的な問題の検討すら回避して、最も改憲のしやすい「有効投票数の過半数」を主張し、民主党の言ってきた「投票総数の過半数の承認」すら拒否してきました。修正案では投票用紙に印刷された「賛成・反対」に印をつけることにすれば有効投票の過半数でいいとし、なぜか民主党もこれを呑むようです。
これでは本当の意味で「民意」を問うことができるでしょうか。

◆どんなに投票率が低くても国民投票を成立させていいのか

投票が有効なものとして成立するための条件の規定は必要ないのでしょうか。賛成が「有権者の過半数」で成立とされれば、この問題は起こりません。しかし「投票総数」、あるいは「有効投票数」の過半数で成立とするなら、低投票率の場合、賛成が有権者の1~2割でも改憲が成立する可能性があります。ことは国の最高法規である憲法の問題ですから、投票の成立要件の規定は必要です。日本の住民投票や外国の国民投票の例にもあるように、「有権者総数の2分の1以上」が投票したら成立するとか、「投票総数の過半数と全有権者の40%の賛成の両方」が満たされてはじめて承認となる(イギリスの例)など、国民投票の成立要件を明確にすることなども論議の対象にすべきです。

◆「一括投票」というデタラメな方式は完全になくなったのか

発議方法については、評判の悪かった「一括」投票にするようなやりかたはとらず、「内容において関連する事項ごと」に発議するという方式に変えられています。しかし、例えば「自衛軍を保有するかどうか」と「海外派兵を認めるかどうか」という異質の問題も憲法9条関連ということで「一括」にすることが当然視されています。これは独禁法違反の「抱き合わせ商法」だと指摘されてきた「一括投票方式」同様のペテンです。たとえ自衛隊を「自衛軍」とするというのは支持できても、今回の自衛隊法の改悪で定められたような「海外派兵の本務化」は反対だと、それぞれを切り離して選択する道は閉ざされています。また仮に現行憲法9条の改定を問うなら、少なくとも1項、2項はそれぞれ個別に問われるべきです。まして公明党のように、海外活動容認の第3項を付加するというなら、それぞれに分けて問うべきであるのはなおさらです。

◆資金力のある改憲派の宣伝は圧倒的に有利

「修正」案でも、民意を真に問おうとせず、カネと力で改憲に都合のいい投票結果を得ようとする意図が濃厚です。
テレビやラジオのスポットCMなどの規制も、投票日前1~2週間は制限するという議論はあるが、期間全体を通じて制限すべきことについては、ほとんど議論がなされていません。放送時間の量や時間帯、製作費などの資金量で、CMの効果・影響には決定的な差が出ることへの対応がされていません。これらも「報道の自由」の問題と合わせて、もっと全面的に議論されなければなりません。
「広報」においても、不可欠な公平性は確実には担保されていませんし、「公費」での広告ができるのは政党のみで、憲法改正国民投票の真の主体である市民や在野の団体は、手続きが煩雑で困難だなどという口実で除外されています。
また国会に設置される「広報協議会」の仕組みと仕事にも問題は残っています。この間、各界から与党案は不当な「報道規制」を狙っているとの批判が強まって、修正が試みられました。すでに「報道は原則自由」といいだしましたが、そのねらいは改憲手続き法を成立させんがための妥協であることは明らかです。

◆発議から2~6カ月の短時間で国民投票

両修正案では「国民投票は改憲発議から60日以後180日以内に行う」となっています。60日で国民は憲法についてどれだけ議論や検討ができるでしょうか。憲法の核心である9条問題を議論するには、たとえ180日でも短すぎます。修正案でも“国民には考えさせないで一気に投票に持ち込む”というねらいが透けて見えます。
憲法を変えるための国民投票は、国会議員を選ぶ選挙とはまったく性質が異なるものです。先の「郵政国民投票」といわれた総選挙は、「改革だ」「民間にできることは民間で」などという熱狂的な扇動で与党を圧勝させましたが、結果はどうだったでしょうか。有権者が冷静に、しっかり議論し、考えるための期間として少なくとも1~2年は必要です。まして、今度行われるかもしれない国民投票は日本では初めてのことで、しかも9条という憲法の大問題を問うことになる可能性が濃厚ですから、有権者の熟慮期間は十分にとらなくてはなりません。

◆公務員や教員の運動に対する抑圧規定

当初案にあったような露骨な運動の制限・弾圧規定は変えられましたが、なお与党案には公務員や教育者の「地位利用による国民投票運動の禁止」条項があります。「罰則規定を設けない」などと説明されていますが、これは誰もが持っている国民投票について自由に意見を表明する権利への干渉であり、運動の萎縮効果を誘導するものです。さらに他の法律を使った権力による不当な弾圧を招きかねないものです。現行法制の拡大解釈による適用で、いまでも「ビラ配り」が逮捕されることはしばしばあります。また法案に設けられている「組織的多人数買収罪」も弾圧に適用される可能性を排除できません。

◆国民投票無効の異議申立ては「東京高裁だけに30日以内に」

与党案では「投票の効力に異議があれば、結果の告示から30日以内に東京高裁だけに提訴できる」となっており、しかも裁判所は「投票結果が変わるおそれがある場合だけ無効判決をする」とされています。いったい30日以内に誰が違反性を十分に立証できるのでしょうか。その後に重大な違反が発覚しても「新憲法は有効」となります。
また、なぜ他の地方の高裁はダメで東京高裁だけなのでしょう。これでは「異議申し立ての権利」は全くの見せかけのものになってしまいます。

◆法案成立後に設置される「憲法審査会」の危険性

法案成立後の国会で設置されるとしている常設の「憲法審査会」は、改憲を目的にした「憲法の調査」と「憲法改正原案づくり」などを常時議論する場とされています。このような憲法審査会が常設されれば、多数派が勝手に憲法解釈をしたり、解釈改憲さえもまかり通る可能性があります。またこの議論の中で、「言論の自由の問題だ」などというすり替えによって、政府と国会議員の憲法遵守義務が軽視され、たとえば最近問題になった麻生外相の「核保有議論の自由化」などに道が開かれかねません。こうしてみると「憲法審査会」は憲法を形骸化するための常設機関としか言いようがありません。

おわりに

このほかにも問題点は多々ありますが、とりあえず以上の指摘にとどめます。
「国民投票法は国民の権利を保障するものだからいいんじゃないの?」と考える人がいます。そうではありません。当初、民主党が主張していた「一般的課題での国民投票」は与党との協議の中で、棚上げにされてしまいました。現在の「改憲手続き法案」は、米国の「グローバルな規模で集団的自衛権の行使による日米共同作戦を可能にせよ」との要求にそって、第9条などの改悪のために作られる悪法です。わたしたちは9条をはじめとする現行憲法は変えるべきでないと思います。だから、「9条改憲のための改憲手続き法」案は廃案にすべきだと思います。
いま必要なことは、改憲手続き法案の対案作成運動ではなく、この法案がいかに危険な悪法であるかを広範な人びとに知らせ、国内外で大きく燃え上がる9条改悪反対の声と合わせて、改憲派を追いつめることです。こうしたことが実現して初めて、 私たちの将来の可能性は大きく広がっていくことでしょう。